イタリアの保存技術専門誌に掲載されました
富岡製糸場西置繭所で開催の建築遺産の保存と研究についてのシンポジウムが、イタリアの保存技術専門誌に掲載されました(INTERNATIONAL TRENDS IN ARCHITECTURAL HERITAGE CONSERVATION AND RESEARCH)
2022年2月20日(日)、富岡製糸場西置繭所にて群馬大学国際センター陳雲蓮研究室(建築史)主催の国際シンポジウム「建築文化遺産の再生保存と研究:ヴェネチア、富岡製糸場、蘇州大学・近代キャンパスを中心に」が開催されました。11月、その内容がイタリアの文化、歴史、保存技術に関する専門誌「ANANKE 95号」に掲載されたとのお知らせがありました、シンポジウムの内容とあわせて報告いたします。
このシンポジウムは富岡製糸場西置繭所をメイン会場に、オンラインにて日本各地・イタリア・蘇州をはじめとする中国・カナダ等各国を結び、研究者が中心のものでした。伝道師協会にもご案内をいただき、広報等のお手伝いをいたしました。冒頭のオリエンテーションでは、陳先生より「富岡製糸場世界遺産伝道師協会」の名前をあげて参加と協力について丁寧な謝辞がありました。古くからのシルクの名産地である蘇州、シルクロードの到達点のイタリアと日本、時空を超えた絲綢之路としてオンラインで空間を共有し、西置繭所から私たち伝道師協会の名前が世界に届けられたことは感慨深いものがありました。
基調講演は、ヴェネツィア建築大学のジョルジョ・ジャニギアン教授による「イタリアの歴史的建造物の保存再生ーヴェネチアの経験はいかに継承されるか」です。建築遺産の保存再⽣における⺠主主義的考え⽅について、それぞれの建築はユニークで、⼤規模なものから⼩さなもの、古代から現代のものもあり、記念碑的建築物、普通の建築物、さらには貧弱な建築物も歴史によって多種多様の変化があり、互いに調和して共存していると説かれました。それらの時代性と多様性を活かし、その総合的な豊かさを継承していくことが重要であるとのお話でした。レジュメを引用いたします。「良いか悪いか、⾦持ちか貧乏なものか、健康か衰退か、それら全てが我々の歴史を表しています。その真正性を回復すべきです。記念碑的または象徴的な建築物のみに焦点を当てるだけではなく、基本的またはマイナーな建築も必要であり、尊重され、十分な注意が払われるべきである。」
富岡市世界遺産観光部富岡製⽷場課の岡野雅枝氏からは、「富岡製糸場西置繭所の保存整備事業」として、迫力ある動画をもとにこれまでの保存活用の経緯を説明して頂きました。京都⽂教短期⼤学⼭⽥智⼦先生は、「富岡製糸場女子寄宿舎の建築構成の変遷と女性労働者の生活環境」と題し、女子寮の居住構造を中心に社会的な重要性を再評価されました。蘇州⼤学建築学院副教授、歴史建築与遺産保護研究所副所⻑藩⼀婷先生からの発表は「建設文化の受容と文化遺産への応用についてー蘇州大学の近代キャンパスを実例として」でした。キリスト教会によって設立された蘇州大学の近代キャンパスを実例に、近代中国における西洋建築受容の歴史と建造物群の保存のための研究についての報告がありました。日本の共通点も多く中国の近代建築をより身近に感じることができました。
最後は、ジャニギアン教授とご学友である法政大学の陣内秀信特任教授に委ねられ、「産業、工業遺産と新たな都市史・地域史」として、富岡製糸場を、イタリアボローニャ、イギリス、アメリカ・ローウェルの綿工場等の産業構造との比較し、新しい都市史の重要性をお話頂きました。都市と産業領域の関係、水が運搬と動力として主要な役割を果たしてゆく展開で、建築と都市をエネルギー、物流、経済等多くの視点から学び、知る醍醐味を、躍動感をもって教えて頂きました。
専門性の高い発表でしたが、陳先生の通訳と参加者のご協力もあり、熱意にあふれる暖かい空間からは一体感を感じることができました。敬意と信頼に満ちた時間は心を豊かにし、建造物そして都市の歴史を示す技術の伝播に学ぶことから、世界は広くそして全てが深いところで影響し合っていることを教えられました。ウクライナの侵攻はこの4日後となってしまいましたが、文化遺産を通して学び、世界と繋がることへの勇気と責任感の重要性がより切実なものとなりました。内発的な行動に基づき、世界遺産について自ら学んで発信する伝道師協会の活動の大切さを再認識する機会ともなりました。
「ANANKE 95号」の掲載は陳先生による英文5ページの報告です。前項は建築家・数学者ザハ・ハディッド氏の没後6年特集がイタリア語で、次項はグラダナの景観と建築のシンポジウムの報告がスペイン語で記載されています。その中で、この富岡製糸場のシンポジウムの記事は静かに光を放っております。群馬大学国際センターには貴重な機会を設けて頂きましたこと、そして陳雲蓮先生には地域の文化を尊重して世界と繋げて下さいましたことを感謝いたします。最後に会場運営にご尽力頂きました富岡市役所の皆様、告知にご協力頂いた群馬県世界遺産課とI川武男伝道師はじめ皆様に御礼を申し上げます。(K池志津子 記)