富岡製糸場世界遺産伝道師協会 世界遺産情報

「富岡製糸場と絹産業遺産群」は日本で初めての近代産業遺産として2014年6月25日付でユネスコ世界遺産に登録されました。

下仁田ネギ産地の「下仁田へ行ってんべー祭」で世界遺産”富岡製糸場と絹産業遺産群”伝道活動

2018年11月11日 23時20分07秒 | 世界遺産伝道師協会

「下仁田へ行ってんべー祭」で伝道活動

11月4日(日)「第9回下仁田へ行ってんべー祭」が催され、I井規雄、K山正男,S藤登、Y村和子、S川文子の5名の伝道師が参加して伝道活動を行いました。当日は下仁田まちづくり委員会主催による「下仁田へ行ってんべー祭」(駅前中央通り)と下仁田商工会主催「青年部フェスティバル」(下仁田小学校校庭)、同商工会主催「商業祭」(下仁田町文化ホール)が同時進行で行われ、「3会場回ってスタンプを集めて商品をもらうんべー」という企画でした。

 

午前7時45分現地集合。すぐに会場設営し、9時の開会前には準備完了。簡単な打ち合わせ(I井伝道師〈理事〉から下仁田にまつわる話や荒船風穴、下仁田社等の話あり)後、私たちも開会式に臨み、祭り実行委員長さんのあいさつ、続いて白いジャンパー姿をした「まちなかコンシェルジュ」の高崎商科大学の女性2名と引率の先生のあいさつがありました。

鍋のお湯の温度がなかなか上がらず難儀をきたす場面もありましたが、来訪者には支障はありませんでした。

10時ころ、開会式であいさつされたコンシェルジュ2名と先生が伝道師ブースに見えました。繭クラフト体験後、会場内を案内するため「座繰り」の知識も得たいということで座繰りについて構造や糸の取り方等いろいろ解説してあげました。座繰り担当は主としてY村伝道師。やがて¨紅い襷¨を結んだ着物姿(下仁田社の工女さんを再現)の同商科大学のコンシェルジュ3名が来訪。繭クラフト体験後、Y村伝道師が「繭」「かかあ天下」「座繰り」等についてわかりやすく説明し、熱心に聞いていました。

I井伝道師は主としてパネル解説、地域の人と楽しく伝道していました。K山伝道師、S藤伝道師は子供やおばさん等来場者となごやかに会話を交わし、繭クラフトを指導していました。私(S川)は主にぐんまちゃんのストラップ作りをして来場した人や近隣の人へ配ったりして蚕や繭について理解を深めてもらうようにしました。

昼食は下仁田カツ丼弁当を交代でとりました(おいしかった!)。

昼過ぎになるとブースも日陰になり、冷えてきました。

午後3時、今日の一大イベントである恒例の「下仁田かつ丼大食い大会」が詰めかけた大勢の見物人を前にして、私たちの敷地内で始まりました。大食い感のある体格の良い人、大丈夫?と思われるスマートな人…、女性1名も加わり、計6名でスタートしました。15分間でパックに詰めたかつ丼を何パック食べられるかを競うものです。

1個目、おいしそう。2個目箸も進み順調。3個目お茶で流し込み、まずまず。4個目、ペースダウン、つらそう。5個目途中でタイムアウト。体格の良い人が昨年に引き続き優勝。女性は2個半でした。優勝の体格の良い人は大きなお腹をなでなで会場から去っていきました。

一大イベントが終わると客足もめっきり少なくなってきました。

3時半ころ片付け始め、片付けも一段落したころ、実行委員長さんから「キノコ汁」が振る舞われました。冷えた身体に温かいキノコ汁はうれしく、おいしくいただきました。大変ご馳走様でした。

今日一日お客様も途切れることなく結構なにぎわいを見せました。身も心も充実、資材を車に積み込み、無事伝道活動を終えました。お世話になりました。ありがとうございました。

                                (S川 文子 記)

 

 

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秋のバラフェスタ(蚕糸記念館)<前橋市>での世界遺産伝道活動

2018年11月09日 23時12分04秒 | 世界遺産伝道師協会

秋のバラフェスタ(蚕糸記念館)<前橋市>での伝道活動

平成30年11月4日(日)9時ー16時蚕糸記念館にて秋は3回のうち2回目の活動です。いつもの桑の木クラフトではなく繭クラフトと恒例の座操り体験を行いました。

昨日とは違い肌寒く曇り空、ウットデッキでは寒いので室内での繭クラフトは正解で記念館の入り口を入ると右にクラフトを体験でき左は座操りを体験できるとあって団体の場合二手に分かれ、お互いに声を掛け合いその声が館内に響いていました。

朝のニュースで見たので来たと話す太田市からいらしたご夫妻はバラがまだたくさん咲いてるのに驚き、座操りを熱心に体験して、自分たちの姿と伝道師も一緒にと写真を撮り、次回持ってきてくださるそうで優しくわかりやすく教えていただいたお礼とのことでした。

活動中いろいろな人に出会いますが感動しました。一人でいらしたやはり太田市の女性も蛹までカメラに収め自分でひいた糸を大切そうにお持ち帰りになりました。朝いちばんに見えた高崎の障碍者施設の職員と数人の児童たちにも笑顔が見えた事、前橋、渋川市の群馬県人,のほか茨城県、栃木県の足利市や下都賀郡からも来てもらえました、報道の力には驚くものがあります。

昼食後も中学生に見えた小学生女子3人なかよしさんは世界遺産を知っていたのでパンフッレットを渡しもっと知って欲しく噛み砕いて説明し興味もってくれました。

入場者座操り42人、繭クラフト32人計74人でしたが滞在時間が長く会話も弾む活動になりました。K川、S沢、M山、O田の4名各伝道師大変お疲れ様でした。そして前橋市文化財保護課の横山様の細かいお心遣いに感謝いたします。ありがとうございました。

O田三枝子 記

 

 

 

 

 

 

 

 

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小春日和のなか、「甘楽町産業文化祭」で世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」伝道活動

2018年11月08日 10時07分36秒 | 世界遺産伝道師協会

小春日和のなか、「甘楽町産業文化祭」で伝道活動

11月3日(文化の日)富岡市に隣接する甘楽町の「甘楽ふれあいの丘」お祭り広場で、恒例の産業文化祭が開催されました。当日は日本中の晴天を甘楽町に集めたかのごとく、「とっても快い、小春日和の一日」でした。出展テントから出て日向にいれば温かい、日陰に入れば、これまた涼しいほどの快適さで伝道活動ができました。

 朝7時30分集合。この日担当したのは、地元在住のI井規雄理事の下、甘楽町小幡出身のY村伝道師、F破伝道師、S藤(和)の4名が分担し、

○「繭クラフト」のぐんまちゃん作り、

○繭から生糸をとる「座繰り体験」、

○「富岡製糸場と絹産業遺産群」の紹介と啓発活動等、それぞれが各コーナーの相互入れ替わりで奮闘しました。

 このイベントは、何といっても年に一度のまちを挙げての「みんなの祭典」とあって、総人口13,300人ほどの長閑な町とはいえ、朝早くから人々が途切れなく来場し、主催者からの推定来場者数は5,000人ほど、農村地域での行事としては大勢の人々が押し寄せ「とっても・いい感じ」でした。子供を連れた若夫婦から孫の手を引いたお年寄り、また、若いカップルや小中学生~高校生まで会場に押し寄せ、まさに地域を挙げての「楽しさあふれた大イベント」が繰り広げられました。

 私たちのブースには朝早くから途切れない来場者があり、それぞれ分担の4人が多忙とともに程良い接客で、来場者のお客も満足、伝道師もほどほど満足した一時を過ごすことができました。

 伝道師協会のブースは、本部席に隣接した町の観光協会と同席でした。隣の特設舞台では、小学生から大人まで、そろいの法被で迫力ある「かんら太鼓¨樂鼓¨」が奏でられ祭りがスタートしました。そして引き続き町内で保存され、重要無形民俗文化財となっている神楽舞や獅子舞がこの日一堂に会し、披露されました。五穀豊穣、家内安全、無病息災を祈願する民俗芸能が次から次へと舞台に展開し、地元出身の歌手「中野新太郎歌謡ショー」の舞台で、幕が下ろされました。そして最後には、来場者全員参加の「じゃんけん大合戦」が行われ、本日のイベントは終了しました。

 この日は天候に恵まれ、来場者に恵まれ、会場の雰囲気にも満足し、多忙の中にも相互の交流は思い出に残り、感謝・感激・感動を皆さんとともに味わえ、伝道師としても満足できる一日を過ごせました。

 甘楽町の皆さん! ありがとうございました。

 なお、当日は上記の4名でした。

                              (S藤 和男 記)

 

 

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「第28回ぐんまマラソン」で富岡製糸場世界遺産伝道師協会の世界遺産・日本遺産・ぐんま絹遺産伝道活動

2018年11月07日 13時56分01秒 | 世界遺産伝道師協会

「第28回ぐんまマラソン」で伝道活動

11月3日(祝・土)、市民ランナーの祭典「第28回ぐんまマラソン」が前橋市の正田醤油スタジアム群馬をメイン会場とするコースで行われ、スタジアム周辺で伝道活動を行いました。

フルマラソン・10キロ・リバーサイドジョギングの3部門に、北海道から沖縄までの1万5246人が出場し、秋晴れの上州路を走り抜けました。

スタジアム周辺の道路は大変渋滞するので午前6時半集合で準備を始めました。7時半くらいからフルマラソンに参加する選手が集まり始めましたが、目的はマラソンに参加することです。早い時間帯はあまり足を止めてくれる方はいませんし、パンフレットもこれから走る方には邪魔になるので終わったら来てくれるよう案内をしました。

【パンフレットでPR。テント内でぬりえ】

伝道活動の内容は「富岡製糸場と絹産業遺産群」「ぐんま絹遺産」「日本遺産」のパネル展示、パンフレットの配布とぐんまちゃんの塗り絵です。フルマラソンは9時、10キロは10時、リバーサイドジョギングは12時から20分おきに7つのグループに分かれてスタートしていきます。10キロマラソンのスタート時間を過ぎるころには応援のご家族や会社の同僚とみられる方が正確にはわかりませんが参加者の3倍くらいのおおくの人々がメインスタジアム周辺に溢れていました。そして、ぐんまちゃんを始め10のご当地キャラクターたちが登場です。

【となりの観光課でぐんまちゃん】

午前中はマラソン中の家族のゴールを待っている親子連れやリバーサイドジョギングに参加する時間まで待っている子供たちがぬりえをしてくれました。午後は参加者にふるまわれるおきりこみを食べた後のご家族連れを中心に80人以上の子どもたちがぬりえをしてくれました。

【子どもたちを見守るI田さんとY田さん】

午後にはステージでは自衛官による音楽ライブやお笑いタレントとゲストランナーのトークショー、ぐんまちゃんダンスが来場者たちを楽しませていました。

全国各地から群馬に走りに来るだけでなく、いろいろな意味で楽しんで帰って行ってもらいたいと思いました。富岡製糸場と絹産業遺産群を紹介すると熱心に聞いてくれる方もいて、次回は世界遺産を見に来て下さいとお話ししました。以前のぐんまマラソンでの伝道活動は繭クラフトだったので作成に夢中で親御さんとあまりお話ができませんでしたが、ぬりえは子どもたちを見守りながらお話ができてよかったと思います。

参加メンバーはI田みち子さんY田知子さん、T山の3名と世界遺産課の辰野さんでした。

(T山 真大 記)

 

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利根沼田地域の「蚕神めぐりコース」を訪ねる

2018年11月05日 22時10分06秒 | 世界遺産伝道師協会

利根沼田地域の「蚕神めぐりコース」を訪ねる

 

絶好の行楽日和となった10月31日(水)、利根沼田地域の蚕神コースを蚕神調査員有志11名で訪ねてきました。今回の蚕神めぐりは調査員からの提案で、先に発行した蚕神調査報告書『群馬の蚕神』の中に設定されている県下12の蚕神めぐりコースのうち、利根沼田地域コースを訪ねたものです。

蚕糸技術センター駐車場を8時に車2台に分乗して出発し、高速道路を一路、利根沼田方面へと向かいました。最初に訪れたのは、沼田市内の長寿院にある県下最大を誇る「馬鳴菩薩像」です。長寿院は、代々沼田城主の祈願所として保護され隆盛を極めた名刹ですが、このたび住職さんのご配慮により、本堂北にある勢至堂内に秘蔵されている馬鳴菩薩像を見学させて頂きました。勢至堂内の急な階段を上ると2階中央にどっしりとした馬鳴菩薩像が安置されており、その周りを各種の仏像が取り囲んでいました。馬鳴菩薩像は、人々に衣服を与える蚕神として12世紀頃、中国から日本の密教系寺院に伝わったと言われていますが、この像がいつ頃、制作されたものかは不明とのことです。白馬に跨り右手に竿秤、左手には糸繰りを持つなど一面六臂(手)の像で煌びやかに彩色され、盤台を含めた総高は1.8mもあり、その迫力に圧倒されました。現在、養蚕の衰退等もあり壇家や一般参拝者には公開していないとのことでした。(写真 ①)

 

 

次に向かったのは十二山神社境内にある「蚕影明神像」です。平出ダム近くの道路脇の坂道を登って行くと岩壁下に約1mの石柱の上に蓮台と約40cmの円盤に女神像が浮彫りされた蚕影明神像がありました。円盤には、右手に蚕の種紙、左手には桑の枝を持った座像が彫られ、像の左に5粒、右に3粒の繭玉が彫られています。この蚕影明神像は、「ぐんま絹遺産」に「蚕神塔」として登録されているものです。

この後、近くの平出神社境内にある石祠の「蚕影山」を訪ねました。「蚕影山」も「ぐんま絹遺産」に登録されているものですが、社殿内に安置されてあり公開は年に3回ということですが、地元役員さんのご配慮により特別に見学させて頂きました。この石祠は、横浜が開港された翌年の安政7年(1860)に越後の国(新潟県)の石工によって制作されたもので、繊細な彫刻が施されてあり参加者一同、その高度な技術に感心して見入っていました。かつて盛んに行われていた養蚕が無くなったものの、現在も毎年4月には地域の人々によりお祭りが行われているとのことでした。(写真 ➁)

 

周囲の山々が紅く染まった片品村花咲道の駅で昼食を済ませてから、地元の戸丸調査員の案内で「永井流養蚕伝習所」と「蚕稲荷神社」を訪ねました。針山集落にある永井流養蚕伝習所では、家主のご配慮により養蚕伝習所の2階の内部も見せて頂きました。現在、内部は物置として使われていますが、当時使われていたと思われる蚕棚や蚕カゴなどの蚕具が残されていました。

この永井流養蚕伝習所は、紺周郎・いと夫妻が温暖育の「いぶし飼い」を考案し、その技術を普及するために明治21年(1888)に建てられたものです。この建物は、平成27年に「日本遺産」として認定されましたが、その保存活用が望まれているところです。(写真 ③)

 

この後、紺周郎家三代が神主を務め養蚕の聖地とされた「蚕稲荷神社」に向かいました。

武尊山麓にある神社鳥居前まで車で行き、それからは徒歩で林道を1kmほど歩いた所から急坂となるため、一同、枯れ枝で杖を作りケモノ道のような細いジグザグ道を100mほど登っていくと武尊山中腹の岸壁下に三つの建物が現れました。正面には蚕稲荷神社、右に観音堂、左に奉納したオビヤッコ(土焼の白狐)の奉納堂が建っていました。神社前から周囲を見渡すと、ブナやモミジ、カラマツの紅葉が美しく映え、その素晴らしい景色が疲労困憊の体を癒してくれるようでした。

かつて養蚕が全盛の頃には、豊蚕を願う農家の人たちの参拝で長い行列が出来るほど賑わっていたとのことですが、今日のような養蚕の衰退という事態には紺周郎もさぞかし悲しまれているものと思います。神社周辺でしばらく休憩した後、枯れ葉に埋まった細い道を足元に気を付けながら帰路につき、紅葉の素晴らしい林間を後にしました。(写真 ④)

 

次は、川場村の武尊神社境内にある「蚕霊大神碑」に向かいました。ここの武尊神社は江戸中期に建立された日本武尊を奉る神社で、社殿の前に舞台がある珍しい造りとなっています。この社殿の東側奥に建つ桑の葉の形をした大きな石塔が「蚕霊大神碑」で、明治41年(1908)の大霜害によって飼育中の蚕を遺棄したことを悔やみ、大正2年になってから建立されたものです。同境内の西側奥にも蚕影山の石祠があり、屋根裏などの模様が緻密に彫刻されていることに参加者たちは、熱心に見入っていました。

 

蚕神めぐりの最後は、沼田市秋塚にある「蚕養神社」です。この神社は養蚕教師の今村満次郎夫妻が、昭和14年に個人で建立した神社ですが、利根沼田地域で養蚕指導を行ない養蚕が当たると歩合で指導料をもらっていました。また、神社の例祭には、農家から「繭の額」が奉納されると、その繭を評価して表彰したというほどの指導熱心でした。こうしたことから社殿内の壁面一杯に「繭額」が奉納されてあり、その数たるや実に102にも達しているのには参加者一同驚いた様子でした。また、かつては春秋の例祭には指導を受けた養蚕農家や近在からの参拝者で賑わっていましたが、養蚕の衰退とともに参拝する人もいなくなり、現在は管理もままならない様子に心を痛めながら帰路につきました。(写真 ⑤)

 

 以上、蚕神めぐりの様子を概括的に記しましたが、実施に当たっては蚕神管理者の格別なご配慮を頂くとともに、この地域を担当した蚕神調査員2名のご協力により有意義な研修の場とすることが出来ましたこと、厚く感謝致します。

              (蚕神調査プロジェクトチーム リーダー M田 睦 記)

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