富岡製糸場世界遺産伝道師協会 世界遺産情報

「富岡製糸場と絹産業遺産群」は日本で初めての近代産業遺産として2014年6月25日付でユネスコ世界遺産に登録されました。

JR上尾駅ぐんま観光PR会場で世界遺産伝道活動

2017年06月27日 15時06分49秒 | 世界遺産伝道師協会

上尾駅ぐんま観光伝道活動

 

6月17日(土)高崎駅8時44分発の電車にM田(睦)、K下部、I崎、K谷、O田(三)の5名が乗り込み上尾駅10時03分到着。県の石原さんは先に到着し、6名で駅の自動通路にて活動開始。

のぼり旗イーゼルを組み立てパネルを設置。パンフレットをそれぞれ持ち準備OKですが、座繰りと繭クラフトは12時40分から13時50分の間と決められているので早めの昼食をとり、駅専用の通路を通って煮繭をしたりお湯を運ぶ作業が大変でした。

通路では八木節の踊りを始めぐんまちゃん登場。東吾妻、わたらせ渓谷鉄道、伊香保温泉の無料配布などが時間が区切られて行われていました。

伝道師協会も10分間で設置するという早業で終了後も6名でやらなければならないので団結力が発揮されました。座繰りは行列ができ親子連れや年配の方にお土産として挽いた糸を差し上げ、家に持ち帰ったらどのようにするかの説明をしますと、そこまで教えていただけるので大切に飾ったり、使わせていただくとの言葉をいただき、嬉しい限りです。

もちろんぐんまちゃんの繭クラフトも盛況でした。パネル解説はK下部さんが興味を持ってくれた人に長時間説明。

富岡生まれで上尾に嫁ぎ半世紀の年配女性は富岡の話で盛り上がったり、富岡を知らない子供たちの目の輝きも印象的でした。

上尾駅長さんを始め担当者のみなさんにはお世話になりありがとうございました。

事務局の石原さんは伝道師より早く駅に着き、一日中立ち通しでお疲れのことと思いましたが、私たちの活動の様子をわかっていただけたと思いながら帰路に着きました。

岡田三枝子

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「前橋市蚕糸記念館」の伝道師活動報告

2017年06月26日 20時13分53秒 | 世界遺産伝道師協会

「前橋市蚕糸記念館」の伝道師活動報告
 6月4日(日)、晴れた日ではございましたが、バラ園のバラの花も
満開を過ぎ、花の数が少なく、午前中は来場者の出足も遅く感じま
した。

 バルコニーの「桑の木クラフト」場所は日陰の為、肌寒く、手を摩り
ながら準備を致しておりました。

 午前中、前にいらして方がお知り合いをお連れになり、A見伝道
師と会話されながら、前回とは別のスタンプでストラップをお作りに
なられました。

 富岡からいらした方が偶然、重なり、A見伝道師と楽しく会話され
ながら、ストラップを作られて、大事そうにお持ち帰りになられました。
お守りの乾くまで、館内の「座繰り体験」をご案内致しました。
 

 館内では、来場者の方々に座繰り指導と解説をY澤伝道師、K井
伝道師が活動致しておりました。

 体験者された方の中に先週、お見えなり、座繰り体験の時間が終
了していた為、再度、お越し下さりました。

 座繰りを体験された方には体験分を記念にお持ち帰り頂きました。
K井伝道師が育てた「お蚕」 も展示されており、初めて「お蚕」を
ご覧になった、埼玉県の小学校の先生は桑の木が身近にお有りら
しく「お蚕」を少し差し上げたとの事です。


 

 午後3時過ぎには来場者も少なくなられて、片づけまして、4時終
了致しました。

 来場者の方々は市内をはじめ、高崎、伊勢崎、川場村、東京、栃
木等各地から座繰り40名、桑の木クラフト40名(重複有)体験され
ました。

  今年は世界遺産登録から3年となります。
日本絹遺産も含め、群馬県の遺産へ多くの方々にお越し頂きたく、
さらに伝道活動を継続致したく存じます。

 本日の活動参加者はY澤伝道師、K井伝道師、A見伝道師、T
平の4名でした。
(T平 和子 記)

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第16回 絹遺産研究会リポート

2017年06月24日 20時36分17秒 | 世界遺産伝道師協会

 

 第16回 絹遺産研究会リポート

 梅雨に入り、今にも降りだしそうな曇り空の、平成29年6月13日(火)午後1時30分より4時まで、県庁14階141会議室において第16回の絹遺産研究会を開催しました。

は「妙義山御神木・アルガシルク再考と甘楽社創業と変遷について」と題して掛川伝道師が約2時間にわたって研究成果を発表しました。

 

 前半の1時間は「天下一印アルガシルク再考」をテーマに、1月10日の第12回の研究会において「妙義山の御神木・天下一印アルガシルクと上州南三社(甘楽社菅原組)」と題して発表した内容の再考補足です。

 主な項目は、⓵ブリュナの調査とアルガシルク、②初代有賀善五郎(秀元)の人物像、⓷二代有賀善五郎(秀元の長男・秀成)の人物像、④富岡製糸場とのかかわりについて、⑤私立漢学紹啓塾規則についてです。

 

 後半の1時間は「甘楽社創業と変遷等考察(菅原組)」をテーマに甘楽社を中心に西毛での組合製糸の変遷について発表されました。

 主な項目は、⓵甘楽社創業と変遷、②甘楽社本社所在地等の変遷、⓷甘楽社の事業分量考察、経営方法、商標の変遷、④菅原組の成り立ち調査・概要、⑤甘楽社に関係した人物についてです。

 

 K川伝道師は群馬県史・関係市町村史や群馬県蚕糸業史などの文献調査とともに、末裔者や地元での聞き取り調査や県立文書館に何度も通われ資料発掘にあたられているそうで、今後の成果が楽しみです。

おかげで、甘楽社についての克明な資料作成や紹啓塾規則の発掘、子孫や地元民のこぼれ話など、西毛での絹産業の歴史の一端についての学習することが出来ました。質疑も盛り上がり、30分延長して午後4時に例会を終了しました。

 

(築比地規雄)

 

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3回目の企画展「富岡製糸場と絹産業遺産群―明治の養蚕風景―」が終了

2017年06月23日 15時15分54秒 | 世界遺産伝道師協会

3回目の企画展「富岡製糸場と絹産業遺産群―明治の養蚕風景―」が終了

 

 6月8日から22日までの14日間、富岡製糸場東置繭所内で開催された企画展が終了しました。この間24名の伝道師が交代で、平日は2名体制、休日は3名体制で入場された見学者の皆様に解説をさせていただきました。

 企画展は3回目ですが、「富岡製糸場と絹産業群」は産業遺産であり、4資産から構成されていること、世界遺産としての価値は「技術革新」と「技術交流」であること、について入場された皆様に理解いただけたのではないかと思います。

 富岡製糸場入場者は平日1500人前後、土日は3000人前後です。登録前後の多いときは1万人超という狂騒的な状況と比べるとゆっくり見学できるようになりました

お聞きすると日本全国から来られています。家族連れや夫婦連れ、ペアで等々、登録から時間も経ちじっくり見学できるようになった頃合いだろうということで来られたという方達もおりました。

企画展には土日の多い日は2000人超、平日は700名を超える方々が立ち寄ってくれましたので、物理的に入場された方の一部の方にしか解説を聞いていただけませんでした。団体のため時間がない、当方も限られた人数のため全てに対応しきれなかったのは残念でしたが、映像をじっくり見学している方も多く見受けられました。

解説を聞いていただいた方にお聞きすると、世界遺産は富岡製糸場だけ、明治5年の煉瓦の建物が世界遺産、と思っている方が多かった。説明を聞いていただいて初めて4資産から構成されていること、なぜ4資産が選ばれたのか、産業遺産として世界に与えた影響、について、皆さん“眼からうろこ”という反応でした。

聞いていただいた多くの皆様から、解りやすかった、面白かった、勉強になった、興味が湧いた、と言っていただきました。

いろいろな制約がありますが、このような企画展で解説させていただく必要性を感じた14日間だったと思います。

参加された伝道師の皆様には、ご苦労様でした。

 

                           (K下部 邦彦 記)

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「大室公園公開イベント」で伝道活動

2017年06月17日 23時29分12秒 | 世界遺産伝道師協会

「大室公園公開イベント」で伝道活動

 

 6月11日(日)、前橋市大室公園で前橋市・前橋市教委主催の「大室古墳イベント2017」が行われ、この催しに参加して伝道活動を行いました。今年でちょうど10回目の参加になります。

 この日は梅雨の季節とは思えない青空の一日でした。

 大室公園内には、大小4基の前方後円墳や歴史遺産があり、これまでの調査で旧石器時代から古墳時代にいたる様々な遺物も発見されている貴重な遺跡でもあります。大きな沼もある広大な緑地には自然と安らぎを求めて多くの人が訪れます。

イベントの内容は、古墳にちなんで勾玉づくり・火おこし・土偶づくり・お面づくり等の体験やボランティアによる古墳案内・古墳めぐりスタンプラリー等で、大人も子供も楽しめます。

伝道師協会には中二子古墳の東隣の芝生に3張りのテントが用意され、ここで座繰り体験・繭クラフト・桑の木クラフト・パネル解説とパンフレットの配布を行いました。

 集合時間の9時には準備も整い、文化財保護課の橋本次長と田中課長も加わって挨拶と簡単な打ち合わせを行いました。イベント開始の10時には少し時間があるので、公園内に移築されているぐんま絹遺産の「旧関根家住宅」を希望者で見学しました。典型的な赤城型民家で、養蚕を行っていた2階に上がり黒光りのする柱や床を見て養蚕の盛んだった頃を偲びました。活動前に良い研修もでき、10時前には持ち場に着きました。

 このイベントについては、前橋全地区の小学校で「イベントのお知らせ」を行ったそうです。その甲斐あってか、10時前からたくさんの親子連れが集まって来ました。お目当ては勾玉づくりや火おこしのようでしたが、座繰り体験と繭クラフト・桑の木クラフトにも担当者が休みも取れないほどの行列ができました。正に嬉しい悲鳴です。

 ほとんどが小学生・未就学児と保護者で、3つの体験コーナーはイベント終了の3時まで、ほとんど人の途切れることがなく終日賑わいました。

 各伝道師は親子にやさしく話しかけながら体験をしてもらい、体験者は「ありがとうございました」と言いながら生糸やぐんまちゃんの繭クラフト、お守りの桑の木クラフトを持ち帰っていました。

 パネルに近寄る人は少数ですが、説明に熱心に耳を傾けてくれます。荒船風穴以外は行って来ましたという人も増えてきています。また母親が製糸工場に勤めていたという人の話も聞くことができました。櫓のある養蚕農家が取り壊されているのを目撃した人は、良い対策がないものかと残念がっていました。 

 

 3つのコーナーとも210名以上の体験者がいて、昼食を摂る時間以外は全く休めず、あと4~5名の人手が欲しいところでした。

今回も大盛況の中、貴重な体験をされたたくさんの人達に喜ばれ、伝道師の皆さんも心地よい疲れを感じながら帰途に就きました。

参加の伝道師は、10名(N屋、N島進、A見、U澤、K嶋、S澤、S藤英、A井春、S田、I上雄)でした。

大変お疲れ様でした。

            (I上 雄二 記)

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広報とみおか6月号、韮塚製糸場の記事

2017年06月17日 23時21分55秒 | 世界遺産伝道師協会

広報とみおか6月号に今井幹夫先生が韮塚製糸場の記事を書いています第4回です。

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5月28日(日)ばら園まつりでの伝道師活動

2017年06月16日 04時48分04秒 | 世界遺産伝道師協会

5月28日(日)ばら園まつりでの伝道師活動

 

敷島公園ばら園で、恒例のばら園まつりが始まり、蚕糸記念館で座繰り体験と桑の木クラフトの指導が行われました。

ばら園入り口に入った途端、バラの甘い香りが漂ってきました。

色鮮やかな、バラが、咲き競い見事です。

園内では、約600種、7, 000株が順次花を咲かせるとの事。

ばら園の中にある蚕糸記念館は、1912年に建てられた建造物、国立原蚕種製造所 前橋支所として建設され、当時は、日本全国6箇所に建設された内、現存する唯一のものだそうです。

1981年前橋市が移築し、「糸の町前橋」の象徴とし蚕糸記念館として開館したとの事。

座繰りの体験では、養蚕から製糸そして織物についてと真綿、天蚕について

いろいろ詳しく質問した女性がいました。

そして新潟から、バラを見にきたご夫婦は、座繰りの体験をし、こんなに素敵なお土産ができたと、喜んで帰っていきました。

テラスでは、桑の木タラフトと繭人形作りがあり、多くの皆さんが体験し、仕上がるのを待ちわびて、とでも嬉しそうでした。

前回も桑の木クラフトを作り、今回も楽しみにしていたという姉妹もいました。

世界遺産のの富岡製糸場へ行ったことありますか?と尋ねてみましたら、まだ行ってないという人もいました。

隣では、繭人形作りをしていて、その横にお蚕と回転まぶしが置いてあり、座繰りをした生糸も飾られ、子供たちも興味深く眺め、話を聞いて、その関係が、理解出来たと思います。

外の中央の方では、バラ園での結婚披露宴が開催されていました。

ばら園まつりにきて、初めてこういう場面に遭いました。

新婚夫婦が退場するとき、バラを見にきている人達か両脇でアーチを組み、音楽が流れる中、通りすぎていくといった光景でした。 どうかお幸福に!

色々な事がありました本日の楽しい活動の一日でした。

本日の担当はY田、M下、A見、S澤の4名と文化財保護課の大澤さんでした。

皆様大変お世話になりました。

(S澤美代子記)

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第1回研修会(みどり市・桐生市・日光市足尾町)を行いました。

2017年06月09日 11時54分27秒 | 世界遺産伝道師協会

第1回研修会(みどり市・桐生市・日光市足尾町)を行いました。

 

 6月2日(金)、本年度の1回目となる「現地研修会」を26名の参加者で行われました。

 午前8時すぎに、22名を乗せた中型バスは高崎駅東口を出発し、本日の研修会が始まりましたが、今回の研修地が群馬県のみどり市・桐生市と栃木県の日光市足尾町のため、参加者の便宜を図り乗車場所を、わたらせ渓谷鉄道「大間々駅」前にも設けたことから、ここで4名の参加者が乗車し、26名全員が揃いました。

 高崎駅を出発して大間々駅へと向かいましたが、車内では近藤会長から「物見遊山ではなく、伝道師としてしっかりと学習してほしい」との挨拶に始まり、井上理事(研修担当)からスケジュールと留意事項の説明と、この研修会全般の講師として町田(睦)さんの紹介がありました。

 大間々駅には若干遅れたものの無事到着し4名と合流し早速、本日最初の研修場所「光栄寺」(みどり市大間々町)へ、そして住職から「上州観音36か所の一番札所とのことや、かつてここ大間々地域は養蚕が盛んで桑を霜害から守る仏として信仰を集めた霜除観音が安置されており、4月18日は縁日となっている」との話を聞くことが出来ました。

 次の見学地、みどり市大間々町塩原の「穴原薬師堂」へは10分程で到着です。ここにある「馬鳴菩薩石像」は一面六臂(顔が一つ、腕が6本)の県内随一の光背坐像で、蚕蛾を載せた宝冠をかぶり、左手に束ねた生糸、蓮花と蚕卵紙を、右手に糸枠、桑の枝葉、蚕の掃き立ての羽を持ち、毛蚕を掃き立てている姿をしています。

 穴原薬師堂からは次の見学地の「桐生市黒保根町歴史民俗資料館」(桐生市黒保根町水沼)に向かいましたが、この間の車内では町田講師の紹介で、この研修会に参加している西塚さんから水沼製糸所に関するエピソードとして、西塚さんの高祖母の西塚うめさん(富岡製糸場3・5代所長速水堅曹の姉)が、明治7年5月に工女として、ここ水沼製糸所に来られたこと、ここでの出来事などを話してくれました。

 

黒保根町歴史民俗資料館には10分ほどで到着しましたが、すでに館内には解説をしていただく川池さん(黒保根史談会会長)が待機をされていて、早速に旧黒保根村のこと、この歴史民俗資料館のこと、そして明治初期の民間で初めての器械製糸所「水沼製糸所」を設立した星野長太郎や実弟で明治9年にアメリカに渡って生糸の直輸出を開拓した新井領一郎のことについての話をお聞きした後、資料館の裏手にある「水沼製糸所跡」では、当時の石垣と長屋門や動力源の水車跡の一部を見学し、資料館前の国道122号線を挟んだ南側の星野家の墓所を訪ねました。この墓所には長太郎夫妻の墓や長太郎の子息元治夫妻の墓もあります。

 

 

ここでも町田顧問から「元治の妻キクは、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産の一つ「高山社跡」に関する重要な人物の町田菊次郎の長女です」との説明がありました。

 予定より遅れ気味となってはいるものの、次は日光市足尾町を巡ることになります。足尾へ向かう車内では町田講師による水沼製糸所関連の話や星野長太郎の実弟新井領一郎がアメリカへ渡ったエピソードなどや和田英の「富岡日記」に関する話を織り交ぜた軽妙な話に聞き入っているうちに足尾の町に近づいたところで、井上理事から当初の予定を変更して昼食前に足尾町掛水の「古河掛水倶楽部」と「和田英居住の役宅(社宅)」を先に見学するとの案内がありました。そのために一旦、NPO法人「足尾歴史館」に立ち寄り、ここから足尾銅山などの解説をしていただく小野崎さん(日鉄鉱業株式会社名誉顧問及び足尾銅山の世界遺産登録を推進する会顧問))をバスに乗車していただいき足尾銅山を巡ることになりました。

まずは「古河掛水倶楽部」(国登録有形文化財)です。ここは足尾銅山の旧古河鉱業の迎賓館として1899(明治32)年に造られた瀟洒な建物で、現在は古河機械金属(株)の福利厚生施設として使われています。

この掛水付近一帯には多くの社宅があった地区でもありますが、掛水倶楽部の一角には戸建の重役役宅が現存しており、うち一棟の副所長役宅(県指定有形文化財)があります。ここは和田英が晩年に子息の盛一(足尾鉱業所副所長)と居住していた役宅ですが1907(昭和4)年に72歳で天寿を全うした地でもあります。

 再び「足尾歴史館」に戻り、昼食を摂ったのちに、小野崎さんの案内で館内を一巡、館内には古河鉱業の創設者古河市兵衛や古河三代に仕えた木村長七のこと、また、足尾の建築物の数々が再現された模型の説明、そして足尾の山に緑を再生しようとする歴史の紹介と荒廃した地に緑が再生してゆくことを伝えるコーナーでは、小野崎さん自身が足尾に緑を育てる会の設立に携わっていることから、特に熱心に話されていました。

館内の説明後、バスは参加者と小野崎さんを乗せて北上、間藤駅や集落の家並を過ぎると古河橋ポケットパークに到着、ここ「古河橋」(国重要文化財)では、明治23年に架け替えられた道路用鉄橋として現存する貴重な橋で足尾銅山の誇れる産業遺産とのこと、それと対岸の「本山精錬所跡」については古河鉱業の経営で東洋一の生産量を誇る銅山になったことの説明を受けました。車中に戻り車窓からは、精錬所から排出された亜硫酸ガスで、いうところの公害で失われた山の緑が今日までも続けられている植林で取り戻しつつある姿を目の当たりにすることができました。

そうこうしていると「銅(あかがね)親水公園」に到着です。この公園は、よく整備をされている印象を受けました。吊り橋の銅橋の高欄には足尾町の町獣である「ニホンカモシカ」と町木の「シラカンバ」を配したレリーフが付けられています。また、この橋の上から壮大な「足尾砂防ダム」を一望にすることもできました。しばし晴れ渡った眺めを楽しみ、再び車中の人となり、次の「間藤水力発電所跡」へ向かいますが、その途中にある「龍蔵寺」に立ち寄り、無縁仏となった坑夫の墓にお参りしてから発電所です。この発電所は水力で1890(明治23)年の完成し、発電された電力は銅山の近代化の力となったが、今は、その証として鉄管と発電原動所の一部を見ることができました。

今回の研修会で最終地「宝増寺」(足尾町赤沢)です。この寺は和田英が役宅で死去したため告別式が行われた所です。これで今回の「研修会」での見学が終わりました。

「足尾銅山めぐり」では、有意義で分かり易い解説をしていただいた小野崎さんには「足尾歴史館」で下車をされましたが、参加者一同、改めてお礼を申し上げました。

今回の研修会を振り返ると盛りだくさんで、予定の時間を若干オーバーしたものの充実した一日でもありました。

帰途の車内では、始めに町田講師から「和田英の死去によると遺体は荼毘に付して遺骨として生地の長野県松代の蓮乗寺に埋葬された」との話がありました。しばらくは雑談での時間をすごしたのち、この研修を振り返って参加者からの感想などを聞くこととなりましたが、多くは有意義で充実した一日であったことや日頃の伝道活動と併せた近況などなど一人一人が思い思いに雑感をも含めて感想を述べました。

また、近藤会長からは「近代古文書読解講座」を開設したので参加希望者は連絡を、そして町田顧問からは、「群馬県蚕神調査プロジェクトチーム」を設置したいので、多くの方の参加をしていただきたいと、それぞれの連絡がありました。

今回参加された皆さんには、この研修会で得られた多くのものを伝道活動の糧としてお役に立てていただければと思います。

大間々駅には午後5時ころに到着し、ここで4名が下車。途中に休憩もなく高崎駅へ向かい午後6時には無事に到着し、それぞれの帰宅の無事を確認して本日の研修会を終えることができました。

(N島  進 記)

 

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