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足手まとい

2025-08-05 04:51:42 | マスターおすすめ曲
敏いとうとハッピー&ブルー  


サザンクロス

 
♫(前奏 18秒)♫

足手まといだから 別れて行きます
ゆうべひとりきりで 決めました
あなたに黙って 旅立つことは
身を切るような
身を切るような おもいです
わかってくださいますね あなたなら

♫(間奏 18秒)♫

足手まといだから 別れて行きます
ふたり眠る夜は ないけれど
あなたの未来に わたしがいては
お荷物だから
お荷物だから 行くのです
わかってくださいますね あなたなら

♫(間奏 18秒)♫

足手まといだから 別れて行きます
かぞえきれぬ愛を ありがとう

ボストンバッグに涙をつめて
静かにドアを
静かにドアを しめました
わかってくださいますね あなたなら

♫(後奏 14秒)♫




足手纏いはさまざまな類義語をもつ言葉です。主な表現には以下が挙げられます。

・邪魔立て
・横やり
・お荷物

邪魔立ては、わざと邪魔をすることを表します。「余計な邪魔立てをしないでください」などの形で使うことが多いです。

横やりは、第三者が口を出して文句をつけることを意味する表現です。

「横やりを入れる」というフレーズが一般的で、第三者がいきなり非難するような言い方をしたり、でしゃばった行動をとったりすることを表します。

お荷物の意味は、負担になるものや厄介者です。何かを成し遂げたいときに妨げになるような人を指すことが多く、「仲間のお荷物になる」のように使われます。

ところで、今の日本、「足手まとい」になっている人、どれだけ居るかしら。(笑)




























































































































































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おもかげ色の空

2025-08-03 04:21:06 | マスターおすすめ曲
かぐや姫 



別れた時 おもかげ色の空を忘れました
飲みかけのグラスに映った 空を忘れました
あの日の君は 笑いさえもうかべていた
まるでぼくの後姿に
よろしくと言いながら

通り過ぎる風 それが季節 とても寒い季節
ガラス窓のすき間みつけては せまい部屋の中へ
なぜかさびしい夕暮れ時 風が止まり
そんな時にふと思い出す
やさしかった人を

いつか君が忘れていった レンガ色のコート
僕には少し短すぎて とても着れそうにない
想い出として 君はここにおいてゆこう
部屋のあかり消しながら
また会うその日まで

また会うその日まで
 また会うその日まで






自分を捨てて行った女性を過去の想い出にして再出発を決心した男性、そんな歌でしょうか。

コンサートの最後なんかに歌っていたように思います。

詞とは裏腹な軽快な曲で、最後の「また会うその日まで」という部分はコンサートに来てくれた人達へのメッセージのように聞こえました。

おもかげ色の空・・・、

同じ空の色でも、それを見る人の境遇や状況によっては、さまざまに変化して見える空。

運動会の徒競走のスタートの順番を待つときに、緊張と期待とに、胸躍らせて仰ぎ見た、晴れ渡った秋空の透き通るような空の色。

優しい日差しの中での遠足のお弁当、一緒に食べるグループの中に淡い想いを抱いた好きな子がいるだけで、なぜか幸せを感じて見上げた空の色。

ひとり、またひとりと、友達が帰っていく公園で、長く伸びた自分の影と一緒に見た夕焼け空の色。

野辺の送りの帰り道に、青空が、さらに蒼く蒼く、晴れ渡って、一筋のひこうき雲が見えた空の色。

渡しそびれた手紙を投じたキャンプファイアーの炎が、篝火のように燃え上がり、火の粉が蛍のように風に舞って、見あげた夜の空の色。

傷心の心を抱えたままに、降り立った朝まだきの駅で、いまにも降りだしそうな気配の朝焼けの空の色。

(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)うんうんと…、頷いてますか?

 そう、誰にでも、このような空の色を見た記憶があるんでしょうね、(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)うんうん。

(^^?) えっ、でも、具体的過ぎるから、これみんなマスターの体験談とちゃうかって?

 まっ、空・・・、そら・・・、そうかもしれません。(笑)




















































































































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チャンピオン

2025-08-02 12:07:14 | マスターおすすめ曲
アリス


つかみかけた熱い腕を
ふりほどいて 君は出てゆく
わずかに震える 白いガウンに
君の年老いた悲しみを見た
リングに向う長い廊下で
何故だか急に君は立止まり
ふりむきざまに俺にこぶしを見せて
寂しそうに笑った
やがてリングと拍手の渦が
一人の男をのみこんで行った
[you're King of Kings]
立ち上がれもう一度 その足で
立ち上がれ 命の炎を燃やせ

君はついに立ち上がった
血に染まった赤いマットに
わずかに開いた君の両目に
光る涙が何かを語った
獣のように挑戦者が
おそいかかる若い力で
やがて君は静かに倒れて落ちた
疲れて眠るように
わずかばかりの 意識の中で
君は何を考えたのか
[you're King of Kings]
立たないで もうそれで充分だ
おお神よ 彼を救いたまえ

ロッカールームのベンチで君は
切れたくちびるで そっとつぶやいた
[you're King of Kings]
帰れるんだ これでただの男に
帰れるんだ これで帰れるんだ
 ライ ラ ライ ラ ライ・・・・・





近寄り過ぎずもせず

さりとて突き放すこともなく

程よい距離を保つ

その距離感と優しさが

真のチャンピオン
























































































































































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一ツ星

2025-08-02 08:47:55 | マスターおすすめ曲
きくち寛



片親育ちとおちょくられ
負けず嫌いの この俺は
でこにタンコブたえなんだ
そんな男におまえは惚れた
愛の温みを教えてくれた
なにわ嫁なの初情け
惚れて暮らした
一間の部屋の
裸ランプがなつかしい

おかずは梅干 ひとつだけ
日の丸弁当で 行く俺に
おきばりやしゃと 声かけた
あれが最期の おまえの笑顔
やっとつぼみも 膨らみかけた
春も待たずに なぜ死んだ
いつか可愛い 花嫁衣裳
着せて 頬ずりしたかった

おまえは夜空の 星になり
俺は下から 仰ぐだけ
酒も喧嘩も あの日から
止まらないまま 転げていった
さいの河原の 渡し場あたり
あわてちゃ 駄目よと 声がして
空を仰げば おまえの星が
俺を見つめて 濡れていた

やっとつぼみも 膨らみかけた
春も待たずに なぜ死んだ
いつか可愛い 花嫁衣裳
 着せて 頬ずりしたかった




この曲は、20世紀を代表する天才漫才師横山やすしさん(本名:木村 雄二、1944年3月 18日 - 1996年1月21日)が奥様である木村啓子さんに贈られた曲です。

元々は1981年頃、きくち寛さんが横山やすしさんから詩をもらい、すぐ作曲した曲なんだそうですが、やすしさんがすぐに唄えずお蔵入りしていた楽曲でした。

その後、7・8年経って再度レコーディングし、発売になるわけですが、やすしさんの身辺でのいろいろなトラブルが重なり、結局はまたしてもお蔵入りに。

その後、やすしさんは吉本興業を解雇され、不遇の数年を過ごし、そして病に倒れ他界。

・・・その告別式で出棺のおり、会場に流されていたのがこの曲でした。

テレビでその光景が流されと、あの曲は何という曲なのかとテレビ局に問い合わせが殺到。

それならばと発売元のクラウンが急遽「追悼盤」として発売、ようやく日の目を見たということです。




























































































































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空に星があるように

2025-07-29 04:20:05 | マスターおすすめ曲
荒木一郎


高橋真梨子


岩崎宏美



空に星が あるように

浜辺に砂が あるように

ボクの心に たった一つの

小さな夢が ありました 


風が東に 吹くように

川が流れて 行くように

時の流れに たった一つの

小さな夢は消えました..

・・・・・・・・・・・




この曲が発売された昭和41年と言いますと、4月にマイク真木さんの「バラが咲いた」が発売され大ヒットしています。

その「バラが咲いた」につづくフォーク調の大ヒット曲がこの曲「空に星があるように」でした。

ただし、「バラが咲いた」は浜口庫之助さんの作詞作曲、「空に星があるように」は荒木一郎さん自身の作詞作曲。

そういう意味でも、荒木一郎さんは日本のシンガー・ソングライターの先駆けと言っていいかも知れませんね。

歌うことはそれ自体「表現」ですが、「歌手」はヒット狙いで他人の作った曲を歌う「歌い手」、シンガー・ソングライターの歌は、もちろんヒットも狙いますが、

「自己表現」としての性格が強くなります。

若者たちが歌で「自分を表現する時代」の幕開け、荒木一郎さん、見事な才能でした。































































































































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刈干切唄 

2025-07-28 12:59:20 | マスターおすすめ曲
小柳ルミ子




ここの山の 刈干(かりぼ)しゃ すんだヨ
明日はたんぼで 稲刈ろかヨ

もはや 日暮れじゃ 迫々(さこさこ)かげるヨ
駒(こま)よ いぬるぞ 馬草負えヨ

屋根は萱(かや)ぶき 萱壁なれどヨ
昔ながらの 千木(ちぎ)を置くヨ

秋もすんだよ 田の畔道(くろみち)をヨ
あれも嫁じゃろ 灯(ひ)が五つヨ

おまや来ぬかよ 嬉しい逢瀬(おうせ)ヨ
こよさ母屋(おもや)の 唐黍(とうきび)剥(む)きヨ

歌でやらかせ この位(くらい)な仕事ヨ
仕事苦にすりゃ 日が長いヨ

高い山から 握り飯こかしゃヨ
小鳥喜ぶ わしゃひもじヨ





「刈干切唄」は秋山の草刈りで歌われる、男性的で風土色の濃い、仕事唄です。
  
阿蘇連山が、その稜線を際立たせる秋の半ば、期間にして9月下旬から10月上旬にかけ、高千穂地方や五ヶ瀬地方では、山の斜面に密生した

雑草を刈り取る農作業が行われます。
 
これは春の山焼きとともに、古くからの季節の行事で、家族ぐるみで出掛けるのがならわしとなっているそうですが、

結(ゆい)の形を守っている地区もあります。

まだ青さの残るマカヤ(ススキ)などを、背丈を越す大鎌で払い刈り、天日で乾燥させ蓄えます。

この一連の作業を刈り干しと呼んでいます。

干し草は冬場の家畜の飼料として使われるわけですが、そうした山で働く男たちの伴奏歌として、またのど比べとして歌い競われたのが「刈干切唄」。

名人と言われた故佐藤明は、「山では夜明けとともに歌声が上がり、あちらの谷こちらの谷と、一日中絶えることが無かった」と当時を振り返っています。

もちろん自分の居場所を家族に知らせるためや、歌垣としても歌われています。
 
土の香りを漂わせた素朴で大らかな節調と、明るく力強い歌唱は、こうした暮らしの背景から生まれてきているのです。
 
刈り干しの作業は所によって異なり、それが節づくりにも、少なからず影響を与えています。
 
五ヶ瀬地方の山で使用される鎌は、柄の長さが50センチほどで、片手で自由に扱える大きさ、その際の仕事唄は、小節を押さえた軽快なテンポで、

一節がおよそ30秒前後。
 
これに対し高千穂地方では、背丈を越す大鎌を使用し、倍の長さで朗々と歌い上げます。
 
この相違は使用する鎌の柄の長短にあり、それを手にして左右に振るう振幅が、テンポの基になっていると推測。
 
地元で生まれ育った民謡「刈干切唄」には、山の刈り干しと呼ばれる、陽旋律のものと、昭和15年に普及版として補作された、陰旋律のお座敷調のものとが

ありますが、どちらも全国区の民謡として愛唱されています。

ここの山の刈干しゃ すんだよ
     明日は田んぼで、稲刈ろかよ
  
最早日暮れじゃ迫々 かげるよ
     駒よいぬるぞ 馬草負えよ
 
 肝心の刈り干し風景はかつての姿を変えつつあるようですが、山の叙情をたたえたこの唄は、これからも歌い継がれて行くのでしょうね。






























































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電話

2025-07-25 03:30:48 | マスターおすすめ曲
松山千春


眠れぬ夜は あの店で酒を飲み
夜明けの街を 歩くのもいいよ
お前ひとり いないくらいで
何も変わりないよ
部屋の鍵は かけやしないけど

ラジオの音に 眼をさます毎日は
けだるさだけに いだかれているよ
ラジオつけて 眠るくせは
早くなおさなけりゃ
ひとりきりじゃ さびしすぎるけど

それから今度 働いてみるからね
自信はあるさ うまくやれるはず
お前ひとり 愛せないで
こんなこと 言えないね
心配ないよ 子供じゃないから

お前はどうさ おとなしくしてるかい
見合いをしてさ 落ちついてみろよ
こんど電話をかける時まで
まだひとりでいるかな
バカなことを きいたみたいだね

こんど電話をかける時まで
まだひとりでいるかな
 バカなことをきいたみたいだね 





この曲「電話」(でんわ)は、松山千春が1983年6月にリリースした15枚目のシングルでした

「恋」に出てくる男のその後を描いた曲が「電話」と「愛って呼べるほどのもんじゃない」です。

当時のインタビューで「愛って呼べるほどのもんじゃない」を書きあげて3部作として完結をみたと語っておられました。

ところで、最近は「電話がイヤだ」という、新入社員、中堅社員の方が増えているそうです。

携帯電話の普及で、家に固定電話のない、或いは使わない家庭で育った世代は、友達同士の電話なら問題がないのですが、

顔を知らない、誰かわからない相手に電話を掛けることと、受けることにストレスと恐怖心を感じているからだとか。

しかし、そういった新入社員、中堅社員の方が増えていること、そちらのほうが恐怖心を感じてしまうマスターです。

さて、固定電話を設置することによるメリットとデメリットはいくつかありますよね。

基本的にそれらを享受できる世帯は設置した方が好ましく、そうでない場合は特に設置する必要はないかもしれません。

しかし、固定電話のメリットである「災害に強い」という点は鑑みる必要があるのではないでしょうか。

日本は災害大国とも言われるほどであり、いつ何時どこで大きな災害が起こるか分かりません。

携帯の電波やインターネット網は災害が起きたからといって即座に停止するものではありませんが、

通信の混雑や停電による機器の利用不可リスクは無視できません。

PCは停電と同時に使用が難しくなってしまいますし、携帯やスマホも1〜2日でバッテリーが切れてしまう可能性があります。

その点、シンプルな固定電話であれば停電時での活躍が期待できます。

今や、固定電話の電話料金は微々たるもの、備えておられたほうが良いように思います。



















































































































































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惚れた女が死んだ夜は

2025-07-23 03:32:20 | マスターおすすめ曲
すぎもとまさと



小林旭



なぐさめなんか ほしくない
黙って酒だけ おいてゆけ
惚れた女が 死んだ夜は
俺はひとりで 酒をくむ

わかりはしないさ この痛み
どこへもやりばの ない気持
惚れた女が 死んだ夜は
雨よ降れ降れ 泣いて降れ

酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ

甘えてすがった さみしがり
ふり向きゃいつでも そこにいた
惚れた女が 死んだ夜は
何を言っても ぐちになる

いいやつばかりが 先にゆく
どうでもいいのが 残される
惚れた女が 死んだ夜は
涙流れる ままでいい

酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ
酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ




「好き」と「惚れる」の一番の違いは、気持ちの重さです。

好きは軽いものから重いものまで様々、その最上級の重い心理が「惚れる」。

その証拠に、「好き」には「嫌い」という反対語がありますが、「惚れる」には反対語がありません。

まずは大前提として、男性はすべての女の子が「好き」だという点を押さえておきましょう。

女子は好きになる人は特別、でも男子は世の中の女の子すべてに良い感情を持っています。

つまり「この子が好きだな」と思うだけでは特別感がありません。

女子がコスメ売り場に行くと「かわいい!欲しい!」と思うものばかりだと思いますが、その感覚に近いかも知れません。

極端な言い方をすると「A子もB子もかわいいから好き」という心理があるので、男性はすぐに誰かを好きになります。

その証拠に、女子に誘われたら相手をよっぽど嫌ってない限り体の関係をもてるのが男です。(笑)

惚れた女が 死んだ夜は
涙流れる ままでいい

酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ
酒よ 酒よ 俺を泣かすなよ

マスターは20年以上前になりますが、妻を亡くしました。

その時、妻を見送った訳ですが、涙は一滴もこぼれませんでした。

恐らくですが、人って、本当に悲しい時には涙は流れないのではと思うのですが・・・。






















































































































 

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あゝ野麦峠  

2025-07-20 01:30:32 | マスターおすすめ曲
アルル



つぶらな瞳が歩いてゆく

うなじが白く吹雪に染まる

悲しみだけが待っているのに

その時はまだ何にも知らずに

つぶらな瞳は明日を見つめる

しあわせは野麦の東

山は高くても谷は深くても

道は遠くても夢は途切れても

・・・・・・




1903年(明治36年)2月。雪山を往く100人以上もの少女の群れ。
 
彼女らは飛騨から野麦峠を越えて諏訪湖付近の岡谷にある製糸工場で働くために移動しているのです。
 
河合村の政井みね(大竹しのぶ)、三島はな(友里千賀子)、庄司きく(古手川祐子)、平井とき(浅野亜子)、途中で合流した篠田ゆき(原田美枝子)も

新工として群れに加わっていました。
 
3年後、過酷な労働環境の中、みねは一人前の工女になっていました。
 
取り出す糸の品質によって工女たちは厳しく査定され、ときとはなは劣等呼ばわりされ、みねとゆきは社長の足立藤吉(三國連太郎)から誉められるほどの

優秀工女のお墨付きがつきました。
 
工場の跡取りで道楽息子の春夫(森次晃嗣)はそんな二人に関心を寄せるようになっていました。
 
絶望したときは、大日本蚕糸会の総裁である伏見宮殿下(平田昭彦)一行が工場視察に訪れた日、諏訪湖に身を投げ自ら命を絶ちます。
 
やがて正月。
 
みねは故郷に一時帰省し、兄の辰次郎(地井武男)らと再開します。
 
帰る家のないゆきは春夫に身をまかせます。
 
ある日、金庫の金が紛失しているのが発見され、帳付け担当の野中新吉(山本亘)に疑いがかけられます。
 
新吉を慕っていたきくは、見番頭の黒木(三上真一郎)に相談しますが、小屋に連れ込まれて乱暴されてしまい、自暴自棄になったきくは小屋に火を放って逃走、

新吉と共に天竜川に身を投げ心中してしまいます。
 
やがて旧盆が訪れ、工場は束の間の休業に入ります。
 
はなは検番代理の音松(赤塚真人)と交際を始め、ゆきは春夫の子を身籠っていました。
 
しかし、春夫には既に婚約者がおり、ゆきは藤吉や春夫から子を堕ろすよう説得しますが、きくと新吉の死因に疑問を抱いていたゆきは工場から去り、

一人で子を産み育てようと野麦峠を越えていましたが、途中で倒れて流産してしまいます。
 
1908年(明治41年)、アメリカの大不況の煽りを受けて生糸の輸出は停止され、各地の製糸工場が倒産に追い込まれていました。
 
そんな中、藤吉の工場は生き残りをかけて国内向けの生糸生産にシフトし、労働条件は更に悪化の一途を辿っていました。
 
そんな中、みねは作業中に吐血して倒れてしまいます。
 
結核と診断されたみねは物置小屋に放置され、知らせを受けた辰次郎が引き取りに出向きますが、藤吉や春夫らの態度は冷淡でした。

辰次郎はみねを背負って秋の野麦峠を進んでいましたが、みねは「兄さ、飛騨が見える」と言い残して静かに息を引き取ります。
 
知らせを受けた工女たちは、みねが放置されていた物置小屋に手を合わせ追悼していました。


1979年製作「あゝ野麦峠」、原作は山本茂実のノンフィクション「あゝ野麦峠」です。

シリアスな題材に対して製糸工場の再現などに巨額な予算が必要なこともあり、以前にも映画化が企画されましたが断念されました。

しかし、新たに設立された新日本映画の出資によって実現、若い人気女優たちの共演や抒情的な主題曲などで人気を集め、

社会派映画としては突出したヒットとなり、翌年にはTVドラマ化もされます。

主な出演者は、森下愛子、永島敏行、西崎みどり、江藤潤、音無真喜子、蟹江敬三、中原早苗、小池朝雄、山田隆夫、三ツ木清隆・・・

ただ、その時の主題歌は、小椋佳 の「想い出して下さい」

 

小椋佳  想い出して下さい



野麦峠は、岐阜県高山市と長野県松本市の県境に位置し、飛騨国と信濃国を結ぶ鎌倉街道・江戸街道と呼ばれる街道の峠です。

古来から野麦街道最大の難所として知られ、能登で取れたブリを飛騨を経由して信州へと運ぶ道筋でした。

信州では飛騨ブリとして珍重され、能登では1尾の値段が米1斗であるものが、峠を越えると米1俵になると言われたそうです。

明治の初めから大正にかけて、当時の主力輸出産業であった生糸工業で発展していた諏訪地方の岡谷へ、現金収入の乏しい飛騨の村々の女性

(多くは10代)が女工として出稼ぎのためにこの峠を越えたという史実は、1968年に発表された山本茂実のノンフィクション「あゝ野麦峠」で

全国的に有名になりました。































































































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三人家族

2025-07-15 02:58:33 | マスターおすすめ曲
あおい輝彦


あの時は何気なく会った
あの人が
なぜか心に残る
淡い恋心
この広い空の下
ぼくのさがす 幸せは
あなただけ あなただけ

名前さえ 知らないで
好きになった人
いつも遠くの方から
わたしを見てる
燃えている夕焼けが
ふたりだけの 明日を
呼んでいる 呼んでいる

あの人の澄んだ目が
いつもぼくに 微笑みを
投げかける 投げかける
投げかける





偶然、横浜駅発の朝の通勤電車で見かけた同世代の会社員の柴田雄一と稲葉敬子。

互いの名前も知らず、一目惚れをし合った二人は、お互いの会社が丸の内にあると気付き、デートを重ねる内に交際をするようになっていきます。

一方、横浜では予備校のクラスメートとして、雄一の弟の健と敬子の妹の明子が知り合い、ふとしたことから交際を始めました。

そして、姉妹の母キク、兄弟の父で定年退職前後の会社員の耕作(どちらも3人家族)を含めた家族ぐるみの親交も生まれていきます。

この曲は1968年 - 1969年に放送されたTBS系列のテレビドラマ「木下恵介アワー」の第4弾、『3人家族』の主題歌でした。

ちなみに、ドラマのキャストは・・・
 
柴田家
柴田雄一:竹脇無我
柴田健:あおい輝彦(雄一の弟)
柴田耕作:三島雅夫(雄一の父)

柴田家
稲葉敬子:栗原小巻
稲葉明子:沢田雅美(敬子の妹)
稲葉キク:賀原夏子(敬子の母)

その他
沢野敬:中谷一郎(写真家)
ハル:菅井きん(柴田家の家政婦)
須藤兼一:森幹太(キクの元夫)
洋子:川口恵子(健が想う娘)
小林:近藤洋介(雄一の先輩社員)
高松:菅貫太郎(商事会社の営業課員)
佐藤:遠藤剛(雄一の同僚)
通信部長:武内亨(雄一の上司)
健の友達:鶴田忍
中山:東野孝彦(雄一の友人)
明美:片山真由美(中山の恋人)
敬子の上司:永井智雄
旅行代理店の客:川上夏代、三戸部スエ
沢野の元恋人の女性:川口敦子
山下公園の青年:林家珍平
予備校の窓口係:関口銀三
電話工事業者:矢野宣、荘司肇
:江幡高志
ご隠居さん:吉田義夫
 
ほかナレーション:矢島正明



















































































































































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波浮の港

2025-07-12 02:54:12 | マスターおすすめ曲
倍賞 千恵子


フランク永井


石原裕次郎






磯の鵜(う)の鳥ゃ 日暮れにゃかえる
波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
あすのひよりは
ヤレホンニサ なぎるやら

船もせかれりゃ 出船のしたく
島の娘たちゃ 御神火(ごじんか)ぐらし
なじょな心で
ヤレホンニサ いるのやら

島で暮らすにゃ とぼしゅうてならぬ
伊豆の伊東とは 郵便だより
下田港(しもだみなと)とは
ヤレホンニサ 風だより

風は潮風 御神火おろし
島の娘たちゃ 出船のときにゃ
船のともづな
ヤレホンニサ 泣いて解く





「波浮の港」(はぶのみなと)は1923年に野口雨情が発表した詞に、中山晋平が作曲した歌曲です。

昭和初期の伊豆大島は、観光とは無縁の離島で、島の南東部にある波浮港村(はぶみなとむら)は、島の中心部の新島村からも三原山を挟んで反対側にある

わびしい漁村でした。

当時は東京からの船便もなく、雨情は現地には全く行かず、地図さえも確かめずに詩を書きました。

このため、歌詞が必ずしも現地の風景に忠実でない部分があります。

東を海に面し西側に山を背負って全く夕日が見えない波浮港に「夕焼け」を見せる点や、雨情の故郷の磯原にはたくさんいるものの、

大島には全くいない海鵜が登場する点がそれにあたります。

とは言っても日本の抒情歌の代表作、素敵な曲です。



続く教員の性暴力「由々しき事態」、文科省が緊急会議 私学にも課題

盗撮など教員による子どもへの性暴力事件が相次いだことを受け、文部科学省が10日、緊急のオンライン会議を開いた。参加した都道府県と政令指定都市の教育長に、文科省は服務規律の徹底を強く求めた。 
望月禎・初等中等教育局長が「非常に耳を疑う、教育界を揺るがすような大変由々しき事態。危機的な状況だと共有していただき、教師による性暴力の根絶をしなければならない」と述べた。(朝日新聞)


日本の教育界もここまで落ちているのでしょうか・・・

校長も、授業前に、教職員この曲を聞かせてやったら。

多少はマシになるかも知れませんね。

























































































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江戸の闇太郎

2025-07-08 02:43:31 | マスターおすすめ曲
美空ひばり 
 



月に一声 ちょいとほととぎす
声はすれども 姿は見えぬ
おれも忍びの 夜働き
どっかり抱えた 千両箱
こいつァ宵から 縁起がいいわい
ヘンおいらは黒頭巾
花のお江戸の 闇太郎

風に稲穂は あたまをさげる
人は小判に あたまをさげる
えばる大名を おどかして
さらう小判は 涙金
おつな商売 やめられましょうか
ヘンおいらは黒頭巾
花のお江戸の 闇太郎

江戸の盛り場 猿若町に
ひいき役者の 幟があがる
あだな笑くぼに 雪の肌
女泣かせの 雪之丞
こいつァ今夜も
行かざぁなるめえな
ヘンおいらは黒頭巾
花の お江戸の闇太郎




 
西條八十の詞は、闇太郎にふさわしく、江戸っ子口調と庶民的な言葉遊びを使います。
 
「月に一声ちょいとほととぎす/声はすれども姿は見えぬ」
  
 
ほととぎす鳴きつるかたをながむればただ有明の月ぞのこれる
 
 
「百人一首」の後徳大寺左大臣の歌(『千載集』)以来、月にほととぎす、一声鳴いても姿は見えぬ、というのはほととぎすの定型イメージ。

ついでに挙げれば、月にほととぎすをあしらった「沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)」は大坂落城を描いた坪内逍遥の新作歌舞伎の題。
 
そのほととぎすの姿を見せぬ様を和歌でいう序詞のように使って、闇に紛れて姿を見せぬ自分の忍び仕事の「夜働き」へとつなぎます。
 
「こいつは宵から縁起がいいわいは河竹黙阿弥作の歌舞伎「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつかひ)」でお馴染み、

お嬢吉三の名台詞「こいつは春から縁起がいいわい」のもじり。

雪之丞が役者なので、闇太郎も少し芝居がかるわけです。
 
最後は、芝居がかったその勢いで、「ヘンおいらは黒頭巾/花のお江戸の闇太郎」、ちょいと気取って名乗りを挙げます。

「ヘン」は名乗りの前の咳払いみたいなもの。

得意げに威張った「エッヘン」の「ヘン」と受け取ってもよいでしょうし、「てやんでえ」みたいな啖呵の前置きと受け取ってもよいでしょう。

弁天小僧なら「知らざあ言って聞かせやしょう」とくるところです。
 
 二番の歌詞「風に稲穂はあたまを下げる」は、偉くなればなるほど世間への感謝を忘れず謙虚になるべきだという意味の俗諺「実るほど頭を下げる稲穂かな」。

「頭を垂れる」「頭の下がる」などともいう)をもじってやっぱり序詞みたいに使い、現実には人は小判に頭を下げるが、この俺は金と権力を握って

ふんぞり返る大名どもから千両箱を盗んで庶民に分けてやるのだ、俺が盗んで配る小判なんぞは奴らが貧乏人に施すべき当然の「涙金(同情の施しとして与える

わずかな金銭)」にすぎない、と義賊の心意気を歌います。

義賊とは、いわば、不合理な「格差社会」に抗議して「富の再分配」を個人で強行実践する者のことです。
 
三番で雪之丞の名を出して歌い収めるあたりもうまいもの。

浅草の猿若町は芝居小屋が集まっていた盛り場。「女泣かせの雪之丞」は単に雪之丞が女性観客を熱狂させたというだけでなく、「雪之丞変化」の物語と

深くかかわっているのです。

この曲もまた、芝居っ気があって、胸のすくように痛快で、なんとも気持ちのいい歌ですね。































































































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アメリカ橋 

2025-07-06 13:30:59 | マスターおすすめ曲
山川豊


五木ひろし  


田川寿美


1 風が足もとを 通りすぎてゆく
  久しぶりだねと 照れてわらいあって
  アメリカ橋のたもと ふと通うぬくもり
  やるせない恋埋めた街
  角部屋の灯り
  石だたみ石だたみ 想い出続く
  いつかいつか 熱かった青春
2 君は変わらない 月日は過ぎても
  髪を切ったので 少し若くなった
  アメリカ橋のたもと 黄昏が間近い
  煙草やめたのいつからと
  それとなくきいて
  眼をそらす眼をそらす ガラスのむこう
  遠い遠い かえらない青春
  アメリカ橋のたもと
  それじゃと手をあげる
  そっとコートの衿たてた
  さり気なさおいて
  人の群れ人の群れ 誰もが他人
  はるかはるか あの頃が青春




平成10年(1998)2月発売、歌っていたのは演歌歌手の山川豊さんですが、メロディも歌詞もフォークかニューミュージックに類する曲だといっていいと思います。

こんなふうに、別れたひとと偶然再会し、少し話してから淡々と別れることを夢見た人は、けっこういたかもしれませんね。

たいていは、果たされることなく終わる夢ですが。
 
2番の「眼をそらす眼をそらすガラスのむこう」は、2人の仲が元に戻るには時間が経ちすぎたとお互いに感じていることを暗示していたのでしょうか。

この束の間の再会は、結果として、それを確認するためだけの邂逅(めぐりあい)だったかもしれません。
 
温暖化の影響なのか、ファッションの変化なのかはわかりませんが、人びとがあまりロングコートを着なくなった昨今、コートにまつわるこのイメージは、

もうあまり理解されないかもしれません。







































































































































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かもめの街

2025-06-29 13:39:11 | マスターおすすめ曲
すぎもと まさと



ちあきなおみ


キム・ヨンジャ 




やっと店が終わって ほろ酔いで坂を下りる頃
白茶けたお天道が 浜辺を染め始めるのさ
そんなやりきれなさは 夜眠る人にゃ分らないさ
波止場に出れば カモメがブイに2、3羽
一服しながら ぼんやり潮風に吹かれてみるのが
あたしは好きなのさ
カモメよ カモメよ
淋しかないか
帰る故郷があるじゃなし
おまえも一生 波の上
あたしも一生 波の上
あ〜 あ〜 ドンブラコ

いろんな人が居たし いろんな人が居なくなった
泣いてくれるのは カモメと霧笛ばかり
一服しながら あれこれ取り止めなく懐かしむのが
あたしは好きなのさ
カモメよ カモメよ
風邪などひくな
絹の寝床があるじゃなし
おまえも一生 波の上
あたしも一生 波の上
あ〜 あ〜 ドンブラコ
 カモメよ カモメよ あ〜 あ〜





入り江に向かうなだらかな坂道を下り
ホテルと見まがう新しい病院の一室で
もうすぐ死ぬかもしれないひとと
穏やかなひとときを過ごした

(問いかけたいことはもうなくなっていた
答が分かったからではなく
答が分からないことが答だと知ったから)

窓際のコップの中のハマナスの花
枕もとに散らばる子どもたちの写真
からだにつながれた機械の微かな吐息
硝子窓を透かして見える世界の切れはし
曼荼羅を描くのに足りないものはない

「……あのとき……あなたと……私は……」
切れ切れに言いかけてあとが続かない
だが青白い仮面のような表情の下に
見えない微笑みの波紋がひろがり
ベッドの上の病み衰えたひとは
健やかな魂のありったけで私を抱きしめた

谷川俊太郎「見舞い」



いかにも谷川俊太郎さんらしい「詩」です。

ひとの一生、腑に落ちないこと、理不尽なこと、いろんなことがありますが、ただ抗うばかりでなく身をゆだねることで分かることもあります。

そのひとつが大切なひとの死であり、ひいては自分の死かもしれません。

死を迎えて言葉が交わせないひととの言葉なき問答・・・



























































































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センチメンタルカーニバル

2025-06-28 04:09:16 | マスターおすすめ曲
あおい輝彦


渚に揺れながら 小さな声で
「好きよ」とささやいて 逃げた人
夏が過ぎれば この恋も
終わると 知りながら
このまま朝まで 踊ろうか
それとも 星になろうか
愛してキスして 燃えたひとときの
センチメンタル カーニバル

小さな肩先を ふるわせながら
月夜に流れ込む 君がいる
明日帰るよ あの街へ
想い出 抱きしめて
愛して許されるものなら
死ぬまで 離さないだろう
涙にぬれてる ドレスがまぶしい
センチメンタル カーニバル

このまま朝まで 踊ろうか
さよなら 真夏の夢よ
愛して失くして 燃えたひとときの
センチメンタル カーニバル





この曲「センチメンタル・カーニバル」は、1977年6月25日に発売されたあおい輝彦の14枚目のシングルでした。

オリコンチャートにおいて、前作「Hi-Hi-Hi」に引き続き2作連続でベスト10入りを果たしています。

なお1977年の年間ヒットチャートでも53位にランクされるヒット曲となりましたが、あおいのシングルにおいてオリコン10位以内に入ったのは、現時点で本楽曲が

最後となっているそうです。




























































































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