暇つぶし日記

思いつくままに記してみよう

イギリスもオランダもお祭り気分だ

2011年04月30日 03時15分41秒 | 日常


2011年 4月 29日 (金)

昼過ぎに起き出したら下の居間で家人が昼間からテレビを見ているのでなんだろうと覗いてみるとイギリスの皇太子の長男が中流階級の娘と結婚式を挙げたところだと言い、ウエストミンスター教会から出るところだった。 カメラが通路を出口に向かう二人を写している背景に一瞬ビル・クリントンが画面にでてその後見知った顔も見えず、馬車に乗った二人はホワイトホールを抜けて何とか言う何時も騎兵や軍の式典に使う練兵場にみえる広場を通ってケンジントンパーク沿いにバッキンガム宮殿まで馬車が向かった。 何回かロンドンへ行った経験からするとその距離はあまり長くはなかったように思う。 画面ではこの日のスケジュールはほぼ分刻みで決まっており世界で20億ほどの人がテレビに釘付けになっていると言っている。 そうすると我々は20億分の2ということになるのか。

ロンドンに行ったことはあるといっても一番最近は10年以上前でそのときは小学校を卒業した息子の希望で二人、ロンドンで一週間ほど遊んだときに歩いたこともあったからでまだその記憶は残っている。 オランダからロンドンの市内に行くと20年以上前初めての時は昔の大阪のイメージが浮かんだ。 ごみごみとしていて何処と無く薄汚く、それに埃臭かった。 その後イギリスに行くことはあるけれど大都会は出来るだけ避ける。 

別段なんの感慨もなくみていて腹が減ったのを思い出し、何日か前の夕食を電子レンジで温めて家人と二人、スクリーンの前でテレビ・ランチにした。 まあ、祝いのものだからと理由をつけてシャドーネーワインを一杯添えて食事を終えた後、裏庭の日当たりのいいところで新聞を読んでいるとなにやら家人がアトリエでコツコツ音をさせて作品制作に励むような様子だ。 まだ明日に備えて何か作るつもりらしい。

明日はオランダ女王の誕生日で国民の祝日、すでに大方のものは今日からこの晴天の下、祝日気分ともなり明日に備えているのだ。 女王の誕生日といっても現女王のものではなく彼女の母親の故ユリアナ女王の誕生日だったのだがこの時期気候もよく晴れの可能性が自分の誕生日のものよりいいことからそのそのままにしていて、それに続く5月4日の戦没者慰霊記念日、5日の第二次大戦のドイツ降伏、オランダ開放記念日とともに記念日続きなのだ。 これには旧オランダ領インドネシアで日本が降伏した8月15日までに戦没した兵士、民間人をふくむことも明記され地球の反対側の日本ではGWで浮かれるのとは一味違った日々の過ごし方にもなるようだ。  そういうことも背景にあり、明日の女王の日を控えて隣国の将来国王になる者の今日の結婚式はオランダ人の今の気分にもってこいのイベントなのだ。

お祭り気分の催しが続く中で家人の妹が住む町の芸術家協会から家人に公園での野外展示会に出展しないかと招待があり彼女の妹と隣り合わせて半日公園の青空市場のテント会場で多くの人に見せるらしい。 自分はその運転手兼店番でもありそれに半日付き添うことになる手配になっている。 だからそのためのアトリエでの作業なのだ。 その町は二週間ほどまえに銃をもった男がショッピングモールで多くの死傷者をだしたばかりのところで明日店を出す公園はそこから遠くない。

今夜は娘が下宿で家族四人でなにか食うように手配していて夕方から3時間ほどそこで過ごし、帰り道、町の中心部では明日に備えてもうあちこちのカフェーや通りで前夜祭を祝うたくさんの人のあいだを掻き分けて帰宅したらテレビでヘレン・ミレン主演の「クィーン (2006)」を放映していた。 別局では明日のオランダ女王の全国行幸でリンブルグ州の町に行く際の身辺警護について地方警察署長のインタビューがあった。 それは二年前暴漢が日本製乗用車で女王を含め王室の乗るバスに特攻をかけ多くの死傷者を出した事件の例もあるからだと思われる。 今日のロンドンの行事にしてもテロの恐れがささやかれ警備がものすごかったとも報道されていた。 上述の映画の中でもイギリス王室のダイアナ妃の死後すぐの対応が冷たいと一時国民から敵対感情が湧きそれにチャールズ皇太子がテロ攻撃を恐れたというようなエピソードがあったぐらいだから国家元首とその家族というのはある意味何時もそういう危険に晒されていると考えてもいいだろう。 今の世の中、どんなことがあっても不思議ではない。


ウィキペディア; 女王誕生日 (オランダ)の項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E8%AA%95%E7%94%9F%E6%97%A5_(%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80) 


モンスター  (2003);観た映画、 Apr. '11

2011年04月28日 22時45分03秒 | 見る
モンスター(2003)

原題; MONSTER

109分

監督: パティ・ジェンキンス
脚本: パティ・ジェンキンス
撮影: スティーヴン・バーンスタイン
音楽: BT

出演:
シャーリーズ・セロン   アイリーン・ウォーノス
クリスティナ・リッチ    セルビー・ウォール
ブルース・ダーン     トーマス
スコット・ウィルソン
プルイット・テイラー・ヴィンス
リー・ターゲセン
アニー・コーレイ
マルコ・セント・ジョン
ババ・ベイカー

アメリカ犯罪史上初の女性連続殺人犯として人々を震撼させたアイリーン・ウォーノスの真実の姿に迫る衝撃の実録サスペンス・ドラマ。ハリウッドを代表する美人女優シャーリーズ・セロンが13キロもの体重増加を敢行するなど体当たりでアイリーンを熱演、みごとアカデミー主演女優賞に輝いた。共演は「スリーピー・ホロウ」のクリスティナ・リッチ。監督は本作が長編デビューとなる女性監督パティ・ジェンキンス。

1986年、フロリダ。ヒッチハイクをしながら男に身体を売る生活に疲れ果て、自殺する覚悟を固めたアイリーン・ウォーノス。有り金の5ドルを使い果たそうと飛び込んだバーで、彼女は一人の女性セルビーと運命的な出会いを果たす。同性愛の治療を強制されフロリダにやってきたセルビーもまた自分と同じように社会からの疎外感を抱いて生きていた。初めて自分を偏見なく受け入れてくれる人物と出会ったと感じたアイリーンは、“一緒に暮らそう”と提案する。しかしそのためにお金が必要になった彼女は、再び客を取るため道路脇に立つのだったが…。

上記が映画データベースの記述である。

本作を観ようと思ったのは二ヶ月ほど前にシャーリーズ・セロンがトミー・リー・ジョーンズと共演した「告発のとき IN THE VALLEY OF ELAH(2007)」をテレビで観てそれまでに彼女がキアヌ・リーヴスの妻、アル・パチーノ主演の「ディアボロス/悪魔の扉 THE DEVIL'S ADVOCATE(1997)」の中で精神を蝕まれていく様子に惹かれていたという事もあり彼女の経歴を読んだときに本作のことが紹介されていたからすぐアマゾンコムで3ドルほどのDVDを取り寄せたのだったが、届いたものを見たらDVD本体の表にはちゃんとプリントがあるもののあとは何もないごく薄く黒いプラスチックだけに包まれたもので、それは正式にコピーされたものではないことが明らかだった。 考えてみるとそれは本作にふさわしい梱包、セッティングでもあり、そのままにしておいたのはなかなかまともに観る覚悟がなかったこともあるけれど、今観た後では観る方にも演る方にも覚悟のいる作品だとの感想を持った。 それはサイダーハウス・ルール(1999)でも一端は窺われるけれども大元は典型的なアメリカン・ビューティーである主演女優が本作では大きく皮を剥いて実力をつけた役者になるものだった。 男優ではスコセージ監督の「レイジング・ブル」でデ・ニーロが体形を変え、また徐々にミッキー・ロークがイケメンからプロレスラーにもなり最近では映画でそれを演じ実生活でもそれに近いような形になっている類型に分類されるのだろうが、多分、セロンはデ・ニーロのように歳を経つつ様々な役をこれからも演じるようになるのだろうがロークのようにはならないだろう。 ここでは肉体の形状の大幅な変化がどのような性格、演技に結実するかについて比較しているのだがセロンは女性でありまた美人であるから男優に比べてそのリスクは大きいに違いない。 

モンスターというのは当たっているのだろうがそのモンスターの中にあるものを暖かく見せるのは脚本を書き監督した同性のパティ・ジェンキンスの意図だろう。 ストーリーは「テルマ&ルイーズ THELMA & LOUISE(1991)」に似ていなくも無いが本作のほうが厳しく、その中に暖かさが感じられるのは女性の眼ということもあるのだろうか。 それは「ボーイズ・ドント・クライ  BOYS DON'T CRY(1999)」でも監督が示す視線に類似する。 これらの中で示される性に関して本作ではあからさまな性は大きくあるものの、だからこそ性から疎外された者の求めるものが一層明白かつ切実にに浮かび上がり、その切羽詰った結果が数多の取り返しがつかない犯罪に交錯し重い現実となり、そうなると物語の行き着く先は中盤以降誰の眼にも明らかになるだろう。

短い出演ながら「孫ができるんだ」と言いながら去るスコット・ウィルソンにしても「帰郷 COMING HOME(1978)」でジェーン・フォンダ、ジョン・ヴォイトと並んで深く印象付けられたブルース・ダーンの渋い脇役の演技がここでも本作に深みを与えていることは確かだ。

それにしても銃社会ということの問題がここでも見えている。 銃が無ければ主人公がそのように終らなかったかというとその可能性は低かっただろうと思われるものの、そこに至る段階で幼児虐待、家庭内暴力、家庭崩壊、その後一人で生きていく上で体を売り、若くして人生に絶望という構図は世界に存在するし、その結果が引き金を引かせるとも受け取れるのだ。 肉の性ではプロでありそこでは様々な男の獣性から自分を守る上で自分を守る何かしらが必要なのは現実だ。 銃でなくとも他の武器も利用されるし、そのような職業の女性の小さなバッグには片手に入るほどの「護身」用のものを潜ませてあるのはこれもアメリカ社会での現実のようだ。 そこでどのような状況でそれが使用されるのか、ということに対して本作ではそのヴァリエーションが見せられる。 それに、絶望的に世間に対抗する手段として主人公は女性護身用ポケットガンを用いるのではなく女性のものとしてはダーティーハリーのS&W 45口径に匹敵するような錆びたS&W 32口径リボルバーを使うことで荒涼たる彼女のワイルドウエストを辿るえものとしているように見える。 外敵から自分の娘を守るために父親が掴んで外を窺うときに手にあるのも自動拳銃であり銃は日常にあるようだ。 その中で生活するにあたり、銃が危険であるゆえに銃をまわりにおかない、という態度は勇気あるものだと称えられていいだろう。 

自分が守るべき者、自分を頼る者が出来たときに主人公が生き始めそこで見せる筋肉性(マチズモ)と女性の柔らかさ、デリカシーの交錯の具合が本作で主人公に寄り添う監督の、新聞的事実に対照する映画の領域と見ているのだろうと思う。 数多く示される主人公の素肌のアップは男性監督には見えない女性の強さを見せているのかも知れず、それにそれは果敢に取り組む女優の強さとも共振しているようでもある。





ナイロビの蜂  (2005);観た映画、 Apr.  ’11

2011年04月27日 00時25分27秒 | 見る

ナイロビの蜂(2005)

原題; THE CONSTANT GARDENER

128分

製作国 イギリス

監督:  フェルナンド・メイレレス

原作:  ジョン・ル・カレ   『ナイロビの蜂』(集英社文庫刊)
脚本:  ジェフリー・ケイン
撮影:  セザール・シャローン

出演:
レイフ・ファインズ     ジャスティン・クエイル
レイチェル・ワイズ     テッサ・クエイル
ユベール・クンデ     アーノルド・ブルーム
ダニー・ヒューストン    サンディ・ウッドロウ
ビル・ナイ        サー・バーバード・ペレグリン
ピート・ポスルスウェイト   ロービア


冒険小説の巨匠ジョン・ル・カレの同名ベストセラーを、「シティ・オブ・ゴッド」のフェルナンド・メイレレス監督で映画化した感動のミステリー・サスペンス。アフリカの地を舞台に、政治に無関心なガーデニング好きの英国外交官が、慈善活動に熱心だった妻の死をきっかけに、初めて彼女の活動に目を向け、やがては危険を顧みず陰謀渦巻く事件の真相に迫っていくさまをスリリングに描く。主演は「イングリッシュ・ペイシェント」のレイフ・ファインズ。また、共演のレイチェル・ワイズは本作の演技でアカデミー助演女優賞を獲得した。

ケニアのナイロビ。ガーデニングが趣味の英国外務省一等書記官ジャスティン。事なかれ主義の彼は、アフリカで精力的に救援活動を続ける妻テッサの行動には深く立ち入らず、見ない振りを通していた。ところがそんなある日、テッサは救援活動中に何者かに殺されてしまう。警察はよくある殺人事件の一つとして処理しようとしていた。しかし、事件に不審なものを感じたジャスティンは、意を決して自ら調査に乗り出す。やがて、事件には国際的陰謀が絡んでいたことを知るジャスティンだが、そんな彼にも身の危険が迫っていた…。

上記が映画データベースの記述だ。

8時のニュースの後、オランダ民放テレビにかかった映画で原作がジョン・ル・カレのもの、主演がレイフ・ファインズとテレビガイドに出ていたこと、それに庭の草花に水を撒こうかとおもっていたところにタイトルがTHE CONSTANT GARDENERとあったから水を撒くのを後にしてソファーに腰を落ち着けて観ることになったのだった。 結果として今までのレイフ・ファインズのイメージに少しは明るいものが射したということで私には本作は収穫だった。 そのストーリーとともに当時人のいない映画館で観た「イングリッシュ・ペイシェント THE ENGLISH PATIENT(1996)」、とそれに続く「スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする SPIDER(2002)」の印象が彼につよくあり、本作では上記の作に近い性格ではあり、それがまた本人の売りなのだろうがそこに笑顔が見えて陰と陽のコントラストを観たことで性格に幅がでたというのが印象だ。 それに自分でも知る何人かの外交官のイメージにも合っていたからでもある。

二人の出会いのレクチャーのシーンは多少の誇張はあるものの外交関係のレクチャーは大体そのようなものだろうと思う。 レクチャーのあと人が去ったなかでファインズがワイズに自ら言うようにそれは大抵退屈なレクチャーなのだがその退屈なレクチャーに意義も質問も唱えないのが大半であることが世界の問題なのだ。 そしてそれを根掘り葉掘りするとどうなるか、というのがこの話で、ファインズに好印象を持ったのは前半の微笑みも湛える心優しい外交官だった。

国際的謀略と書いてあるのは少々過大な表現だがコングロマリットの企業活動に国益を守るための公務員として外交官達が寄与するのは当然のこと、今更それをいうことでもない。 武器輸出はその一例だろう。 西側が売った武器で現在多くのいわゆる「自由の戦士」たちが殺戮されているのがリビアであったり、武器を作って輸出してはいけない国であっても民需の名の下に部品が輸出されその付加価値が国益に寄与するという例がいくらでもあるのは周知のことである。 60年代末にはそれで潤ったのが日本であったりしたのは今となっては古い話だ。 けれどそれは国益となるのだろうがその国益の名の下に大企業のノウハウを試すためにアフリカの国で理不尽に人命が「消費」されるのに外交官の私欲が絡めばことは問題となる。 彼らにしてみれば国もそういう二枚舌を使うのだから自分がそれをやって何がわるい、という傲慢が首をもたげても不思議ではない。 それがジョン・ル・カレが本作でフィクションとするところだろう。

我々が学生の頃、ベトナム戦争が終結後、焼き尽くせ、殺しつくせと飛行機からナパーム弾やジャングルに撒き散らされた強力「殺虫剤」エージェント・オレンジというのが取りざたされて戦争の場が化学者たちの実験場になっていることが指摘され、その後遺症は現在も敵だけではなく味方のなかでも続いているのも知られている。 化学兵器を禁じたハーグ条約に違反しているかどうか、それを決めるのは国であり化学者には関係のないことでもある。 かくして歴史の中で戦争は科学技術の進歩に寄与してきたという論がある。 本作でそのことを思い出した。

HIVに関してはひところ報道された程メディアに現れなくなったのは西欧諸国ではある程度の制御が効いているからだろうがその薬剤にたいする研究には莫大な研究費と時間が費やされ薬学、薬品業界の一部では潤ったに違いなく、それはそれら企業の株価にも反映されているだろう。 だが西欧諸国のジレンマはある程度の動物実験はできてもつまるところ人体実験が許されないという「モラル」に縛られていることだろう。 ではどうするか。 そのモラルが反映されていないところ、西欧のモラルに影響されない地域で人知れず行う、ということだろう。  それが本作の舞台でありそれに各自の思惑が絡んだ話に仕立てられている、ということだ。 原作は2001年らしいがそのころの反HIVキャンペーンはどうだったのだろうか。 南アフリカが製薬会社と交渉して特別価格を得るべく努力しているとメディアにでたのもそのころだったかもしれないがここでのポイントは結核を絡めてあることだろう。 

結核とはなんとノスタルジックな響きだろうか。 19世紀後半から20世紀前半、佳人薄命のイメージをもたらしたのは結核だった。 結核は現在理由のない放射線被爆に対する偏見差別を生んでいるように人を恐れさせた。 1990年代にはエイズが同様の反応を人に引き起こしており、それが一応治まったと思われる現在、ガンが平和な国では邪悪な病気となっているがさすがにこれで感染するというような偏見はすくなくなっているような中、結核である。 西欧諸国においてはエイズキャンペーン最盛期には結核はすでに地上から失せているとも報じられ偶に発病してもそれを認知できる開業医がいなかったり誤診するようなものがでたり、というほどの稀病となっているのだがそれは西欧諸国の中だけでの話、世界には発病する環境を持つ国々が多くある現実の中での「フィクション」であるらしい。 世界は何時も戦争だ、ということを言う者があるとすればそこにはこういう話のありえるというシニカルな思いに駆られるのだが、MI6で働き外交官であった原作者の想像力であれば現実とつかず離れずのフィクションにしたてるのは難しくないかもしれない。 

本作中外交官の使う言葉に苛立ちを覚える者はすでに冒頭レクチャーで苛立ちを覚えるレイチェル・ワイズと心情を共有するものとして自分の行動、周りを注意する必要がある、という気にさせるのは原作者のシニシズムなのかとも勘ぐりをいれたくなる。「チェーン・リアクション(1996)」、「ハムナプトラ/失われた砂漠の都 (1999)」、「ニューオーリンズ・トライアル(2003)」などで眼に留まり、「スターリングラード(2000)」では魅力的な射手ターニャを演じたレイチェル・ワイズはカメラが迫ったときには斜視にもみえるのはそれほどの眼球の大きさ故なのかその話し方とともに我々の記憶に残るものだ。

庭に水を撒き、そろそろ害虫、草花の病気対策として散布する薬をガーデンセンターで買おうとおもって参考にネットで調べたら有用なのは世界的に有名なドイツの製薬会社のロゴが入ったものがさまざまなサイトで推奨されていて、本作を観た後では妙な気を起こさせもするのだが、世界は何事も無く過ぎ、美しい草花を咲かせるためには過去にどのようなことがあったとしても今ではそこで得た知識を有効に用いた、ヒトには「無害」な農薬を撒くことになるのだろうと去年梨の木にみられた赤星病を防ぐ算段をする。

  







今日のチャットルームで

2011年04月26日 20時00分19秒 | 読む

18:08 SriVidyut>こんばんは
18:10 raa>こんばんわ、らあです、よろしく
18:10 raa>晩飯コールがでるまでチャットです、あと30分ぐらいかな
18:12 SriVidyut>おお まったりです
18:12 raa>といっても何時もまったりでしょ
18:13 SriVidyut>ですねw
18:14 raa>なんか変わったことあった?
18:14 SriVidyut>いえ うーん
18:14 SriVidyut>ああ、ホリエモンが実刑確定って話がありましたね 古いかな
18:14 SriVidyut>2年半
18:14 SriVidyut>あとは
18:15 SriVidyut>なんだろう
18:17 raa>ああ、ホリエモンね、あれが事実としても、ていってたね、裁判がおかしい、って
18:17 SriVidyut>あとは・・・東北大震災や福島第1原発事故の検証的な記事が幾らか出ているのでチラ見してる
18:18 SriVidyut>そうですね
18:18 SriVidyut>SPEEDIが事故後のデータを全部公開することになったというニュースが昨日一昨日ころ
18:18 raa>でもあいつ何億ぐらい残してるんだろうかね、検察、国としても30何億全部没収できないだろうからね
18:19 SriVidyut>そうですねw
18:19 raa>当時もうひとりいたでしょ、香港なんかに国外逃亡してたやつ
18:20 SriVidyut>ああ、名前知らないですが、はい
18:21 raa>堀江はふてぶてしくエゴ満載だけどもう一人の方はいかにもできそうなタイプで
18:21 raa>為替と株を操作してたんだっけね
18:22 raa>だから外国へ、って
18:22 SriVidyut>ああ、なるほど
18:22 raa>あれからあと個人投資家がFXってのかな、そういうのやりだしたのかな
18:23 raa>FEXだったかな
18:23 SriVidyut>FXですね
18:24 raa>しかし東電の事後処理、莫大な金をどこからひねりだすのかな
18:25 SriVidyut>ああ、大変なことになっていますね
18:25 raa>東電なんか初めからないものはだせない、ってわりきってるから蛙の面になんとかだね
18:26 raa>日本の原子力委員会もくわせものでしょ、だって学者にしても推進派、原子力研究者なんていけいけばっかりなんだからね
18:26 raa>国際原子力監視委員会っていってもおなじことでしょ
18:26 SriVidyut>炉内が放射化する過程で軽金属を入れておいて緩衝させるとかして、後でロケットとかで宇宙に投棄できないんでしょうか > 一般的な原発廃棄処理過程
18:27 SriVidyut>いけいけw
18:27 raa>宇宙に投棄しても異次元からもどってきたりしてw
18:27 SriVidyut>そうですね、事故が起こるのが一番やばいw
18:27 SriVidyut>宇宙って太陽とか
18:28 raa>どこが一番技術をもっているのかな
18:28 raa>フランスかもしれないね、だって70%頼ってるんだから
18:28 SriVidyut>フランスか、アメリカか部分的にロシア
18:29 SriVidyut>そうですね、処理技術はノウハウはフランスでしょうか
18:29 raa>ロシアは理論てきだけど裏づけができないでしょ
18:29 SriVidyut>はい
18:29 SriVidyut>イギリスはだめですか
18:30 raa>このまえBBCテレビの太陽系の不思議、っていう番組見てたんだけどね、おもしろかった
18:30 SriVidyut>あそこも経験国
18:30 SriVidyut>ほう
18:30 raa>去年サリフィールド、ってのかなあの近くをあるいた
18:30 raa>北イングランドだけどね
18:30 SriVidyut>惑星とか好きだから面白そう
18:31 raa>イギリスは管理はできそうだけど先進国かな
18:32 raa>それでね、宇宙の始まりのことはみんないうけど果てのことはいわないんだよね
18:32 SriVidyut>ああ、そうですね
18:32 raa>ないといったりねじれてるとかなんとか
18:32 SriVidyut>どうなっているんだろう
18:33 raa>だけど始まりのとき何も空間がないところに何か存在するのか、ってね、わからないんだよ
18:33 SriVidyut>ダークマターな領域があって安易に観測できないとかありそう
18:33 raa>観測とかそういうのはどうでもいいけど、はて、げんど、限りはあるのかどうか、おもしろいね
18:34 raa>無から有がうまれる、ってね
18:34 raa>それで宇宙は膨張してる、っていうんだろ
18:34 SriVidyut>ヴェーダンタっぽい
18:34 raa>膨張、っていうかぎりは膨張線があるよね
18:35 SriVidyut>> 無から有
18:35 raa>膨張できるんだから膨張を許す空間がある、っていうことじゃないの、ねじれていてもなににちても
18:35 SriVidyut>ほう
18:36 raa>そこのところを説明している分かりやすい本ないかな
18:37 raa>で、太陽系もいづれなくなるらしいのだけどそれまで人間が存在しているかどうか
18:37 raa>ま、無くなるときにはパニックににはなっているのは確かだけどねw
18:37 SriVidyut>そうでしょうねw
18:37 raa>何千億年かそれぐらいかな
18:38 raa>天文学数字というのはついていけないからねw
18:39 raa>で、この5年ぐらいの観測結果というのはとてもおもしろい
18:39 raa>太陽系だけのなかのはなしだけどね
18:39 raa>土星の輪っかの写真とかハブル望遠鏡の映像なんかすばらしい
18:41 raa>BBCのその番組の面白いのは一流の科学者が登場して分かりやすく、きれいなCGを駆使しているから年寄りには生きててよかった、って思えるほどだねw
18:42 SriVidyut>おお いいなぁ
18:42 raa>The Wonder of Solarsystem とかいうんじゃなかったかな、 DVDもあるはずだよ
18:43 raa>http://www.bbc.co.uk/programmes/b00qyxfb
18:43 raa>これ
18:43 hlt_smart>> BBC - BBC Two Programmes - Wonders of the Solar System: Original Series()
18:44 SriVidyut>あっと、URLありがとうございます
18:45 SriVidyut>本当、向こうの番組は洗練されていて羨ましいですね
18:45 raa>http://www.amazon.com/Wonders-Solar-System-Blu-ray-Brian/dp/B003NF97O4/ref=sr_1_cc_1?ie=UTF8&qid=1303836287&sr=1-1-catcorr
18:45 hlt_smart>> Amazon.com: Wonders of the Solar System [Blu-ray]: Brian Cox: Movies & TV(text/html)
18:45 raa>アマゾンでもブルーレイである
18:47 SriVidyut>ケンバーンズジャズの宇宙科学版みたいなクオリファイなんでしょうか
18:48 raa>ケンバーンズジャズはふるいでしょ、アルキーフとしてはいいけどね
18:48 raa>こちらの方は最新の観測結果だしてるから
18:48 SriVidyut>昔、アッテンボローの「地球に生きる」を観たけど、面白かったようなぁ、今見るには少し情報が古いので観れないかもしれませんが
18:49 SriVidyut>なるほどなるほど > こちらの方は最新の観測結果だしてるから
18:49 raa>アッテンボローさんね、元気でいいですね、まだシリーズつくってますね
18:49 raa>とにかくたくさんいい映像もってるからね
18:50 SriVidyut>ああ、つくっておられるんですか、御壮健で何よりですね
18:50 raa>BBCというのはお金を潤沢にもってるでしょ、時間をかけて最新の技術、機材でね
18:51 raa>NHKも世界に誇れるほどの技術もってるけどね、なんか硬いですね、音楽にしても語り口にしてもなんかね
18:52 raa>ところであなたは今ジャズ聴くんですか?
18:52 SriVidyut>最近は深夜ラジオ便とか、放送大学の講座とか聞いてるので
18:52 SriVidyut>あまり聴いてないですね
18:52 raa>こないだとてもかわいくていい女の子の声聴いてCD買ったら日本人だった
18:52 SriVidyut>好きですが
18:52 SriVidyut>ほうー
18:53 raa>ジャズじゃないけどね、どういうのかな
18:53 raa>Little Dragon っていうんだけどね
18:54 raa>長野雪見 ていうのがヴォーカルでね
18:54 raa>スウェーデンのイエテボリってとこで育ったらしい
18:55 raa>父親は日本人のヒッピーで母親はスウェーデン系のアメリカ人らしい
18:55 SriVidyut>ほうー 面白いですね
18:55 raa>まあ、そういうのは後付けだけど、ヴォーカルがわたしの好みでね
18:56 raa>昔、リッキー・リー ジョーンズ というのがいて、それに似ていたのかな
18:56 SriVidyut>ほうー
18:56 raa>だから買ったんだけどね、そしたらたまたま日本の名前がついていた、ということかな
18:57 raa>そういう意味じゃ日本人じゃないのかもしれない
18:58 raa>http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%83%E3%83%97-%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA/dp/B000064W1T/ref=sr_1_11?s=music&ie=UTF8&qid=1303837067&sr=1-11
18:58 hlt_smart>> Amazon.co.jp: ポップ・ポップ: リッキー・リー・ジョーンズ: 音楽(text/html)
18:58 raa>これがお勧めです
18:58 raa>ジャズのいいのがそろってる
18:59 raa>中古CDで278円だってw
18:59 SriVidyut>URLありがとうございます、チェックさせていただきまする
19:00 raa>ま、いまだったらこんなもの金払わないでダウンロードできるんだろうけどね、子供達がやってるように
19:04 raa>放送大学、ラジオのね、以前あなたに紹介して貰ったのはおもしろかったですね
19:04 raa>なんだったか忘れちゃったけどw
19:04 raa>現代の哲学だったかな
19:04 SriVidyut>結構面白いですよね
19:06 raa>私は日本に帰省したときに岩波新書の「イスラム哲学の原像」井筒俊彦著というのを買っていま読み始めたところです
19:08 hlt_smart>> 井筒俊彦 - Wikipedia()
19:09 raa>あっちこっちであの人の名前は聞いていたけど実際に読み始めたのはこれが最初かな
19:09 SriVidyut>『コーラン』 岩波文庫全3巻 の訳者さんなのですね
19:09 SriVidyut>岩波版のコーラン持ってるけど、まだ全部読んでないです
19:12 raa>日本とは関係ない、といってもパックスアメリカーナ、パックスクリストスのなかじゃ、これは必要ですね
19:13 raa>それにギリシャ哲学のヨーロッパへの伝ばにはイスラム哲学の貢献度が大、というのが面白い
19:14 raa>晩飯コールがかかったので3時間ほど AFK   ではまた  ノシ
19:14 SriVidyut>ノシ

ビリーとエディー

2011年04月25日 17時26分55秒 | 日常

イースターの休みに隣のゲイのカップルがどこかに出かけたので3日間猫二匹の世話を頼まれた。 こういうことはお互い様なのでもう何年もそういうときには世話をしたりされたりしている。 反対側の隣の猫は顔見知りをするのか頼まれることはないけれど大抵ここでは両隣の家の鍵を預かっていて何かあったときの頼りにする。 鍵を中に置いたまま外に出たり、落としたかなにかして見つからなかったときや我々の留守に子供が訪ねて来て鍵をもっていなかったりしたときに隣に走るという具合だ。

昼間や宵はどことも勝手に猫が出歩いてあちこちの庭でそれぞれテリトリーを心得ながら遊んでいたり牽制しあったりしている。 その家の台所の流しに書置きがしてあった通り、朝、水とドライフーズを足し、裏の台所のドアの下に穿ってある片手が通るほどの小さな通り穴を操作してここのうちの猫だけは首輪につけた発信器で出入りが出来るけれど他のうちの猫はブロックされる、といった風の出入り口を操作する。 夕方には外や中で待っている二匹の猫と一緒に玄関から入り缶入りのえさを与え、通り穴を出入りできないようにつまみを廻してブロックするといった具合だ。

人の性格も千差万別、猫も同様だ。 他のもののエサまで隙あらば喰おうというのがうちの13歳のメス猫と同じぐらいの歳なのに小さくて痩せているビリーだ。 これは我が家の台所まで入ってきてエサの腕を舐めてしまいきれいにして帰る。 もしそういうのをみつければ大声を立てて追いまくるのだがそれでもまだ5mほどむこうでこちらを向いて座って前足で喉のあたりを掻きながら眺めているから小憎たらしい。 ドライフーズは何時もいくらでもあるのに先ずちゃんとした湿った餌を捜し求める、というのが習いになっているのだろう。 自分の取り分は何時も確保してあるのだから贅沢なそういうところに知恵がまわる猫でもある。 

そういうずるがしこいような猫と、その3割は大きいうちの4.5kgもあるオバサン猫ほど大きくないエディー(おっとりしていてすばしこいビリーに比べると影が薄く名前を家中の者に聞いても思いだせなかったのだが今これを書いていておもいだした)に同じ分量だけ缶入りのエサを指示通り二つならんだ椀に入れるとビリーはすぐに平らげてしまいおっとりと隣で喰っているエディーのほうに口を突っ込んであつかましく喰う。 こういうことがあるので前々から躾をしようと頭を張り倒し一度で効かなければ羽ほどに軽い体を掴んで向こうに放り投げるとやっと聞き分けて5mほど向こうに座ってこちらを眺めている。 油断がならないからエディーが喰い終わるまでそれをエディーのそばにたって見張っている。 エディーが喰い終わればビリーも諦めたのかそれぞれ居間のあちらこちらに散る。 それが一日目だ。

2日目、1日目と同じように夕方缶詰のエサを用意するのだが足に纏わりつき台所の流しの上まで上がり缶に擦り寄るビリーを払い落とすところまでは同じ。 二つの椀を置いて見ているとこの日は自分のものを喰いおわったビリーはそこに座っているけれどエディーの椀までよって来ずまだ喰っているエディーを置いて裏庭がみえるガラス窓に向かう。 

3日目、エディーは足に纏わりつくものの流しには跳びあがらない。 自分の椀のものを喰えばすぐにどこかへ去る。 エディーは喰い残すものの来ない。 それぞれ寝転んでいるところに行ってそれぞれの頭や喉をなでて家に鍵をかけそこを出るのだが、こういうことをこの7,8年、年に2,3回やっているのだが毎回同じことだ。 エディーの方はどうということはないのだがビリーの方は躾を身につけない。 習うのは早いのだが習慣になるには短すぎて主人でもない他人から小突かれ投げられただうるさいだけなのだろう。 我が家の猫はビリーの方と気があっているように見えるのは面白い。

初夏になり台所のドアを開け放しにしていることが多くなるとそれにつれてビリーをうちの庭でみることも多くなる。



イースタン・プロミス  (2007);観た映画、Apr. '11

2011年04月24日 21時22分07秒 | 見る

イースタン・プロミス   (2007)

原題; EASTERN PROMISES

100分

製作国  イギリス/カナダ/アメリカ

監督: デヴィッド・クローネンバーグ
製作: ポール・ウェブスター
ロバート・ラントス

出演:
ヴィゴ・モーテンセン   ニコライ
ナオミ・ワッツ      アンナ
ヴァンサン・カッセル   キリル
アーミン・ミューラー=スタール  セミオン
イエジー・スコリモフスキ     ステパン
シニード・キューザック      ヘレン
ミナ・E・           ミナ
サラ=ジャンヌ・ラブロッセ    タチアナ


「ヒストリー・オブ・バイオレンス」のデヴィッド・クローネンバーグ監督とヴィゴ・モーテンセンが再びコンビを組んだ戦慄のバイオレンス・サスペンス。ロンドンの裏社会を舞台に、ひょんなことからロシアン・マフィアを敵に回してしまった女と、ロシアン・マフィアの一員でありながら非情さと優しさを併せ持つ謎めいた男の奇妙な心の交流を描く。共演は「マルホランド・ドライブ」「キング・コング」のナオミ・ワッツと「クリムゾン・リバー」のヴァンサン・カッセル。

 クリスマスを控えたイギリス、ロンドン。助産婦のアンナが働く病院に、10代の幼い妊婦が運び込まれる。少女は、女の子を産んだ直後、息を引き取った。少女のバッグからロシア語で書かれた日記を見つけ出したアンナは、孤児となった赤ちゃんのためにと少女の身元を調べ始める。ロシア語の分からないアンナは、挿まれていたカードを頼りにロシア料理の店を訪ねる。そしてその店の前で、運転手だという謎めいた男、ニコライと出会うアンナだったが…。

上記が映画データベースの記述だ。

本作の前日オランダ民放テレビ局でクローネンバーグ作「ヒストリー・オブ・バイオレンス(2005)」を観て覚書を記した。 イースター前に2日連続でクローネンバーグの物を放映した意図は何だったのだろうかと考えたか分からなかった。 毛色のかわったアクション・ヒーローものを見たいと決定したのかもしれない。 上記の通り、昨夜観た映画の主演俳優が共通するものであり、ここでも暴力が登場するがそれはクラシックなマフィアの問題処理の仕方なのか銃は登場しなかった。  実際にもし犯罪で銃器が使われれば弾痕その他から銃はもとより誰の犯行か特定されかねなく暴力のプロなら他にもっとある方法でやるにちがいない。 その一端が本作で窺える。 舞台はロンドンに設定してある。 イタリア・マフィア組織はそこにも存在するのだろうがアメリカほど大きくないのだろうか、だからそのぶんシマの取り分、パーセントは他の移民グループのものとなり、ここではさしあたりそこにロシアン・マフィアが現れる。 アメリカを舞台にするイタリア・マフィアの場合と同じくレストラン、キッチンが謀議の場となりそこは大物がオーナーであり自国風のパーティーを仕切る模様が示される。 そこではロシア語が話されロシアの歌が歌われ祖国への想いが表白される。 ロシアは寒すぎロンドンは湿っぽすぎる、といって異国で自分のアイデンテティーをウオッカで確認するのだがそれは男どものことであり、自国民、若しくは現在は分割独立した旧ソヴィエト連邦の国から騙され売られてきた女達の現実は旧東欧諸国の状況から西側に出稼ぎにくるつもりがこの組織にながれついて体を売る結果になるのだ。 アイデンティティーというのはどこ出身のだれか、ロシアではそれが重要なようだ。 苗字と名前がなんども呼ばれる。 お前はだれなのか、どこから来て家族は何と言う名前で、、、というアイデンティーが問題だ。 それは主人公のことでもあるがそれは見えない、というより棄民の子であるとしている。

ロシア王室とイギリスの王室は深く関係があることもあってロシア人がイギリス社会に根を張っていてもそれは不思議ではない。 しかし、本作が撮られる何年か前にイギリスのスリラー、犯罪ものの登場人物群としてはテレビでは暴力に長けたグループとしてセルビア人が登場していたが本作でもむやみやたらと暴力を振るうといって呆れられているのはロシアにとっては政治的には敵、テロリスト集団としてあつかわれるチェチェン人のグループだ。 そこに闇の組織同士で絡みつくものとしてKGBの名前も挙げられるが、それはもう古い組織で今はFSBなのだと組織の若い者はいう。 

ロシア・マフィアの結束、綱紀、義理といったものはイタリア・マフィアのものより古い形のようにみえ、それはある種日本のヤクザの様式に近いようにもみえるが実際のところはどうなのだろうか。 刺青を入れる場面とその意味の説明もそれに重なり興味深いだろう。 体のあちこちに特徴的な彫り物をいれ、それには意味があるらしい。 だから旅行のスーツケースに貼られた沢山のタッグのようにも見え、そうなると日本のヤクザの体一面に彫られた全体性のある圧倒的な刺青の美しさとは格が違うということにもなる。

本作を観るものは主人公ニコライの従順さとクールさ、憂いを含んだものごしにその意味を読み取ろうとするのだろうしその設定のままで進む話に親和性をもつだろう。 が、物語としては後半で分かる彼の背景が我々に分からないほうが、つまりボス達が語り自分でも納得していた出自のままであったならば話にもっと深みが出ていたのではないか。 もしそうならその叙情は1960年代東映のヤクザ映画とも重なることになるだろう。 サウナでの乱闘のシーンは観た者の記憶に長く残るに違いない。

約束の地、東方の約束の地、というのは黄金のジパングとも取れそうだがこの20年ほどのロシアにとっての約束の地は故郷とディアスポラの地の間で振り子のように揺れ動くようだ。

暖かくなったからいろいろな花があちこちで咲いている

2011年04月23日 17時25分37秒 | 日常

寒冷の地オランダにしては今の時期には暖かすぎて、暑いと言い女子供達が薄いスカートやビキニまがいのものを纏うこの頃、ここにきて一挙にいろいろな花が咲き始めた。

スイカズラ(Caprifolium)の根元から細い葉が何枚も伸びたと思ったら茎が出てそこに鈴のような細かい花がたくさん咲いている。 前庭のバラの根元にはいまたくさん鈴蘭が伸びてこれも白くて小さい鈴のような花を咲かすのだがそちらはまだ花もゴマ粒のように細かく花というところまでは行っていない。 こちらのほうは鈴蘭ではないから何なのだろうか。 何年か前に調べたのだが物忘れが激しく思い出せない。

赤や黄、紫や青など色とりどりの花が今になって一気に新緑の中に溢れ出した。

今日は聖金曜日もしくはキリストの「受難日」だった

2011年04月23日 00時07分38秒 | 日常

2011年 4月 22日 (金)

夜中じゅう起きていて閉めきった屋根裏部屋の温度は24度から下がらないほどの暖かさだ。 もうそれは暑さといってもいいかもしれない。 当然午前4時の外気は14度前後なのだろうが今までの習慣が続いていて夏のシフトになっていないから小窓をあけなかった結果こうなったというわけだ。 今日からイースターになるのだがオランダの気象庁開闢以来の暖かさだといっていたからそんなものなのだろうが、だからベッドの布団にもぐりこんでも掛け布団は要らないほどで、このかわりようは去年の11月、12月と同じだと思った。

11月から12月にかけて急に寒くなり例年になく雪もたくさん積もり、これは寒い、けど、まてよ、これを1月2月の寒さが前倒しになっただけのこととすれば1月の終わりだとおもえばいい、と思いなおしたのだったが、今急にこういうように暖から暑に移るともう初夏というより夏の気分になる。

こういう天気に対応するのか草花の動きが早いようだ。 数日経つ間に木蓮は済んでしまい、椿も緋色に茶色の縁取りが広がり小さな木の周りに落花がくたびれた絨毯模様を作っている。

何日も降水がなかったから今日初めてホースで裏庭と前庭に水を撒いた。 去年は夏場に放水した覚えが殆どないものの、通常7月、8月には2,3日に一度はあわせて一時間弱は撒く。 そのときには耳に i-pod のプラグを差込みジャズを聴きながらやるのだが日本でそれを壊し今はそのままだ。 音楽などはこういう風に日記を記すときにネットラジオかパソコンに移したCDを聴くぐらいで昔スピーカーの前でLPをしっかり聴く様な習慣などとっくに失せている。 個人の習慣など変わりやすいものがある。

少々蒸すような午後で家人は茸のクリームスープとサラダを作り、モロッコのパンで夕食にしそれを裏庭で摂った。 そのとき一天俄かに曇りだし、ポロポロと細かい雨粒が感じられたので慌ててガーデンテーブルに並んだものを台所に運び入れ夕食を続けたのだがそれだけで雨は降らなかった。 今日はキリストの受難日、グッド・フライデーなのだ。 なにかそんな太陽だった。

大抵中年以上の家庭ではどこでもそのCDセットがあるように今日はヨハン・ゼバスティアン・バッハのマタイ受難曲が彼方此方で演奏され、コーラス隊員として参加する人々も多い今日の晴れの日でもある。 ちょっと種類は違うが日本でも年末にどこでもベートーベンの「第九」が演じられるのと同じようなものだが、内容が違う。 西洋文化の大本であるキリスト教のその記念日であるから日本で「第九」が演奏されるのとはそこに大きな相違がある。 日本にはどれほど日本固有の文化に根ざしたこのような催しがあるのだろうか。 「第九」といっても60年代からの流行の音楽で所詮は文化的根無し草の一現象といわざるをえないだろう。 釈迦の入寂を祭って御詠歌を詠じる習慣が国民に広く深くあるかどうかは疑問であるし、宗教のない日本と旧大陸のリベラルで自由を標榜する国でも、またこの30年ほど教会に足を向ける人口が減少しているとはいえまだ中年以降の年代では改めて宗教を考える契機、伝統として多くがこういう場に出かけるようだ。 それに続く3日後、キリストの復活を祝う「復活祭」とセットになり今の時期、春の息吹、生命を謳歌する「ハレ」の伝統文化のプロパガンダとしても最適で、宗教離れといわれていても祝日がつづくこの時期はそのことを想う契機になっているようだ。 文化の根というものはここでは日常の中にあり静かで深いところにある。

ヒストリー・オブ・バイオレンス  (2005);観た映画、 Apr ’11

2011年04月22日 23時21分08秒 | 見る
ヒストリー・オブ・バイオレンス(2005)

原題; A HISTORY OF VIOLENCE

96分

監督: デヴィッド・クローネンバーグ
製作: クリス・ベンダー   デヴィッド・クローネンバーグ   J・C・スピンク

原作: ジョン・ワグナー  ヴィンス・ロック


出演:
ヴィゴ・モーテンセン    トム・ストール
マリア・ベロ       エディ・ストール
エド・ハリス        カール・フォガティ
ウィリアム・ハート     リッチー・キューザック
アシュトン・ホームズ    ジャック・ストール
ハイディ・ヘイズ      サラ・ストール
ピーター・マクニール    サム・カーニー保安官
スティーヴン・マクハティ   レランド
グレッグ・ブリック      ビリー

ある事件をきっかけに夫の過去を巡る黒い疑惑が浮上、平穏だった一家が暴力と罪の渦に呑み込まれていくさまを、リアルでショッキングな暴力描写とともに綴る衝撃のサスペンス・ドラマ。同名グラフィック・ノベルを鬼才デヴィッド・クローネンバーグ監督が映画化。主演のヴィゴ・モーテンセンをはじめ、マリア・ベロ、エド・ハリス、ウィリアム・ハートら実力派俳優陣による迫真の演技合戦もみどころ。

 インディアナ州の田舎町で小さなダイナーを経営するトム・ストールは、弁護士の妻と2人の子どもとともに穏やかな日々を送っていた。そんなある夜、彼の店が拳銃を持った2人組の強盗に襲われる。しかしトムは驚くべき身のこなしで2人を一瞬にして倒してしまう。店の客や従業員の危機を救ったトムは一夜にしてヒーローとなる。それから数日後、片目をえぐられた曰くありげな男がダイナーに現われ、トムに親しげに話しかける。人違いだと否定するトムだったが、トムの過去を知るというその男は、以来執拗に家族につきまとい始める。

以上が映画データベースの記述だ。

テレビガイドにクローネンバーグの名前があったのでその時間を楽しみに待った。 それまでに彼の作で眼にしていたのは「デッドゾーン THE DEAD ZONE(1983)」、「ザ・フライ THE FLY(1986)」、「戦慄の絆  DEAD RINGERS(1988)」、「エム・バタフライ M. BUTTERFLY(1993)」、「スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする  SPIDER(2002)」ぐらいで他のめぼしいものには眼を通していないものの彼の映画の手触りというものを好ましいものとしていたのだが、本作は暴力をめぐっての話で自分のそれまでの印象を少しは変えるものだった。 題名を暴力の歴史、とするならば少し焦点がぼやけるようで、それなら暴力の履歴、というように言い変えると「自分が歩んできた暴力の軌跡」というようにも解釈され、それを現在に繋げてどう扱うかという風になるだろうか。 作中の3つの暴力場面がその暴力の模様、描写がもうすこし別のように展開していたならば上記の俳優達の力の入った演技がもっと全面に出てもっと興味深くなっていたように思う。 もっとも、主役が暴力のプロであった、ということがここでの主役が主役たるところではあるが、しかし、本作を概観してみると暴力の形態がランボーやヴァンダム、スティーヴン・セガールのものとどう違うのか思わずにはいられない。 これら暴力、その技術のプロたちの作品にくらべて本作はもっと陰影に富むようだがそれでも大筋は手が動いてしまうことで終末に導かれるものだからそこに違いがあるのかどうか。 功利的にいえば、なにをどのように言っても所詮、暴力に対処するのに暴力しかない、ということか。 

途中で題から連想されて大昔に映画館で観た暴力の専門家サム・ペキンパーの撮った「わらの犬 (1971)」のことを思い出したのだが本作の主人公とは背景がまるで違う。 わらの犬では暴力を否定する若き学者のダスティン・ホフマンが状況の変化の中でどのように変貌するか、ということで徐々に暴力がむき出しになっていくのだがどちらにせよ最終解決に銃がもちいられる点では共通するものの、我々の日常には本作での暴力はある種の活劇的、芸は身を助く的なものとなりはてかねないものであり、クローネンバーグが撮る映画の匂いというものがここに強くでているのかどうか自分の鼻には嗅ぎ難かった。 幾分か思い違いをしていたのかもしれない。 

日常銃を扱うものとして今更ながら恐ろしい背筋が凍るような思いをした場面がある。 それは銃撃戦ではなくひょっとしてアメリカの日常にありえる情景であるかもしれないが妻がこまごまとしたものを置いてある棚の奥からショットガンをとりだし実包の箱から散弾を装てんして侵入者に備える。 夫が内に入ってきたと安心してそれを低い台、もしくはコーヒーテーブルに銃をそのまま横にして置き、そこを離れる。 なにも知らない子供達のすぐ手の届くところである。 それだけの状況だが、実際アメリカで年間どれたけの子供が、また大人がこのような銃の扱いから起こる不必要な事故によって命をおとしているか、そのことを思わないではいられないからだ。 派手な銃撃シーンは日常から離れた非現実的なものであるから我々には派手な活劇のシーンでしかないけれど、このような何事も起こらないシーンで背筋を冷たいものが走るように感じるのは一種の倒錯だろうか。 それは、暴力装置の扱い方を問題視しているからで、本作の暴力の発動形態には関係がないからだ。 もし発動形態、その発現に視点が留まっているなら本作は「An Appearance of Violence (暴力の発現)」とでもすればよく、銃器が無ければ素手で戦うカンフー映画と変わらない。 

気に入りのウィリアム・ハートがどのような登場の仕方をするのかに興味があったのだがその演技に満足するとともにその風貌ににやりとさせられたが出番が少なかったことに少々残念な思いがした。

大阪だから喰い物がらみなんだけどね、、、

2011年04月22日 02時10分19秒 | 思い出すことども


正月に帰省したときに撮った写真を見ていて思いだしたことがあるので記す。

浪人中だろうか、高校時代の友人とここ千日前「王民 王民(みんみん)」に来たのが最初、1969年ごろか。 えらく薄汚い店で中国語が飛び交い、焼き飯、餃子、友人はそれにビールをつけて、自分は飲まなかったと思う。 飲めなかったのだ。 その友人のうちで当時朝日新聞の活字職人だった彼の父親と食事をしたときかに、その父親から、こいつと一緒に酒を飲める日が来るのを楽しみにしていたと聞かされたときに酒飲みの家庭というのはそういうものかと思ったのを覚えている。 

それに比べて自分は、農家で育ち、大人の男二人と高校生の自分がビールの小瓶をめぐってもういい、お前のめ、と残りを押し付けあうほどの下戸の家族だった。 もっと子供のころ、小学校の低学年のころか、その家でもう一人の叔父の結婚の折に従妹と一緒に三々九度で親戚一同と固めの杯を取り交わすその運び役になってそれぞれの杯を言われるままに新郎新婦をつなぎ渡り、きまりの乾物の添え物といっしょに羽織袴姿で運んだ。 その内内の式典が済んでから金屏風の裏に廻れば叔父は殆ど昏倒状態で新婦に介抱されていた。 それが母方の家族なのだがそれは父方とは対照的だ。

父親は飲んだようだ。 それで失敗をしたことも何回かありそうで、それを辿れば父方の家系はかなり飲めるほうだったようなのだがそれ以上ははっきりとした跡は不明で、その不明ということにも何か怪しい影が漂うような気もしないではない。

小学校の卒業旅行は当時は我々の地方では伊勢参りだった。 2泊だったろうか。 出発前日は自宅の法事で親戚が4,50人集まって何時ものとおり、田舎の決まりの汁物、にしめに寿司、魚で食事が供され当然酒が振舞われ、親戚の叔父のひとりからビールをコップに一杯飲まされた。 するとその後すぐ全身一杯気持ち悪いほど粟立つ蕁麻疹がでて、それに親は慌て、翌日事情を話した親のこともあってか楽しみにしていたクラスメートたちと後ではなしの種になるはずの伊勢の旅館の大浴場であそぶことも叶わなかった。 毎年、一年分の味噌を作るときの麹で小さな甕にどぶろくを造り祖父はちびちびとそれを吸い、赤い顔をさせそれが酢になる前に残りは棄てていたのを見ている。 母親は一滴も飲めず鯖と同様少量でも体中に蕁麻疹がでる体質だった。 けれど夏に目薬ほどのものを冷水で薄め旨いといっていた自家製梅酒を毎年つくるのだがそんなものは台所の隅に幾つも溜まり、7,8年ものはざらだった。 後に友人が自分のうちでは1年ももたないからと母親の古いものから順番に持って帰っていたようだ。

そんな環境に育ち、飲めなければ将来の仕事や何かにつけて差し障ると母親が判断して時々「訓練」の小瓶が食卓に登ったのだったが、状況は上記の通りであり、そういうこともあって自分は40を越す頃までアルコールを自分から進んで飲もうという気持ちにはなっていなかったものの、それでも強くはないけれど大学時代にはコンパや何かの行事の折には小瓶1本ぐらいはこなすようになっていたし、冬の夜中に暗室から下宿に帰る途中では屋台でおでんと冷酒一合を腹に収めて暖かくなるようなことはしていた。 写真部の中でも自分と同じように小瓶一本で陽気になる友人もいて他のものからお前らは経済的にできていていいなあと羨ましがられもしていたし、卒業後の小輸出商社で営業をしているときも接待や何かでもアルコールは口にして親の「訓練」も一応の結果をみていたのだろうが、酒を飲むことより他に何かする、ということのほうに忙しかったのかもしれないし、畢竟それは酒の味をまだ知らなかったということだろう。

で、ミンミンに戻ると、商社員時代にはこの提灯の下をよく潜ったと思う。 餃子とビールだった。 その頃この近辺に「王将」チェーンが進出しはじめたのだが、そこの餃子も悪くはないけれどミンミンで刷り込まれた味が基準になっているのか「王将」のものはなんだか怪しい酸味があって自然に足が向くというほどではなかった。 今ではどちらでも何でもいい、餃子ならば、という具合だが機会があると鮭が生まれた川に戻るようにここに来る。

3,4年に一度日本に帰省すると家族連れでいろいろ喰う。 当然餃子はかなり上のランクに位置する。 もともと自家製の餃子を作っていたのだからオランダに渡ってからも時々餃子はつくるし、こちらの友人、親戚からも評判がいい。 ただ珍しいだけのものだけではないようだ。 日本料理はうまいなあ、といわれてそのたびに、いや中国料理だ、というのだけど、オランダじゃどこにいっても中国料理屋ではこういうのは喰ったことがないという。 オランダの中国料理はインドネシア、中国南方の人間ばかりが作るものだから北方の餃子はないはずだ、というのだが、なんでこういう旨いものがないのかね、ビールとよく合うな、これはワインじゃない、ビールのものだと同じようなことを皆言う。 それともう一つ、トリックがある。 うちで餃子を喰うものは自分で包まねばならぬ、という規定を勝手に設けた。 だから自分の手になるものを自分で否定できるかという取り込みトリックも包み込まれている。 

何かの折に何が喰いたいかと家族に訊ねると大抵「餃子」という答えが返ってくるから帰省の折には彼方此方で一緒に餃子を喰う。 家人はどうも衛生状態、内装などからかミンミンというと顔をしかめる。 こういう手合いにはアジアのうまいところの条件のひとつである、うすぎたないところ、を説明してもどうも分かり難い、というより分かりたくないような態度をとる。 味の前に環境が立ちはだかるのだろう。 そういう手合いは大阪人にはなれない。 自分以外は日本語がわからないから餃子が喰いたいというとどこでも手近なところで喰わせ、皆はそのとき大抵は何も文句を言わず旨いといって喰っている。 

こどもたちも20を越したあるとき、パパの餃子を除いてどこの餃子が一番うまいか訊いた。 家人はミンミンの何倍もする高級中華料理店のものがよかったという。 それは自分の母親と同意見だ。 こどもたちは口をそろえて「Ming Ming]という。 その辺りを歩いているときにはいろいろ説明をして昔はこうだった、あそこには大型の本屋があってデートの待ち合わせにしたのだけど、そんなものは今は消えてしまってつまらないゲームセンターとなり、最高級の装置でジャズをかけていたコクのあるヨーロッパコーヒーを飲ませた店もとっくに失せている、といっても彼らはぎんぎらネオンの「グリコ」バンザイを眺めて上の空だ。

こんど何年かぶりにここを歩いて昼からここでビールと餃子を腹に入れた後そとに出てもう一つ恋しいものが消えたことを寂しく思ったものだ。

それはこの路地をでてすぐのところにあった「叩き売り」の店だ。 東区で仕事をしてキタにでることは少なく難波から電車に乗るのならこのあたりが一番手軽でよくぶらぶらしたのだがミンミンで食事の後よく立ち見をして「叩き売り」とか「啖呵売」とかいうそのはなし口を面白いと思った。 それは大阪の口で売る伝統だったのだろうが一人で30分ぐらい担当して面白いはなしを聞かせ調子よく時計や小間物をおまけにして両手でもてるぐらいのものを売りさばくのだ。 倒産ものとか質流れの新品などがまわっているのだろうが冗談の遊び商品も混ざりなかなかおもしろいものだ。 当然話し上手な者の手になるとよく売れるし、新人のものは話し方が固かったりぎこちなかったりすると赤い顔をして楊枝を口にくわえたものも混じる10人以上の客をそのうち一人二人と去らせて次の口上手な売り手にバトンタッチする、というようなものだった。 近くに寄席があるのにもかかわらずそちらにはいかなかったのは吉本のものは金をはらってもみるようなものではない、と踏んでいたからかもしれないけれど、小遣いの殆どはジャズのコンサートのチケットやLPに消えていたからここでも2時間ほど立ちっぱなしで彼らの話芸だけを楽しんでいた。 当然欲しいものがあれば買っていたはずだが役に立つようなものは登場せず結局何も買った記憶はない。 しかし、この場所、この大きな提灯をみるとその調子のいい売り手とそれを取り囲む人々の情景が懐かしくなる。

新世界のジャンジャン横丁あたりにもこういう店があった、と聞いているが今でもまだあるのだろうか。 もしあるのなら今度でかけてみたい。 それに新世界のその近くにはミンミンはあるのだろうか。