暇つぶし日記

思いつくままに記してみよう

刺青 ; 観た映画、 May 06 (7)

2007年05月31日 11時41分57秒 | 見る
刺青(しせい)
 
1966 
86分 カラー

監督 増村保造
助監督 宮嶋八蔵
脚本 新藤兼人
原作 谷崎潤一郎
撮影 宮川一夫

配役    
お艶 若尾文子
新助 長谷川明男
刺青師清吉 山本学
旗本芹沢 佐藤慶
権次 須賀不二男
徳兵衛 内田朝雄
権次の女房お瀧 藤原礼子
新助の母 毛利菊枝
嘉兵衛 南部彰三
お芳 橘公子



この間ドイツのテレビ、アート局から江戸川乱歩に材をとった「盲獣」という船越英二と緑魔子のものをみたのだが、今度は同じ監督の、谷崎のものである。 脚本を新藤兼人が担当していて後の新藤の「山姥」の官能とは少々種類の違うものに書き上げている。 

官能、それは人間の想像力を刺激して喚起されるものであるらしい。 その引き金を強く、また官能を発火させる雷管の役目を果たすのは視覚か聴覚か。 映画では嗅覚、触覚が排除されているゆえ視覚が主に引き金を引かせることになるようだがそれで十分に雷管を叩いてあまた詰まった官能の火薬を爆発させることが出来るのだろうかという一点がここでは問われている。 それが増村のテーマを構成させる動機でもあるのだろう。

若尾のファムファタールを配するのは「盲獣」で緑魔子を配するのとほぼ同じ構図なのだが、刺青がテーマでその触覚から排除された我々は視覚だけで、すべてを巣に絡めとり奪いつくす女郎蜘蛛に向かうのだが、スクリーンの官能に同調しようとするものには話の展開が少々性急すぎるようで「盲獣」の場合の饒舌と同じく原作の意図するところから逸脱しようとする監督の意図なのかそれとも商業映画の制約に絡めとられたからか判断を付けかねて逡巡するうちに、もう40年ほど前に目を通したことがあったかどうか定かでない谷崎作に戻った。

私事、老母がまだ世界と格闘していた40年ほど前にスカーレット・オハラ作「風と共に去りぬ」の映画化、スピルバーグの「太陽の帝国」で日本軍が「進攻」して混乱する上海租界の街角のビルボードとしてクラーク・ゲーブル、ビビアン・リーの姿を効果的に見せていた当の映画を娘の時に見た中年女性の感想はこうだった。 映画はすばらしく、絶世の美男、美女ではあるけれど、しかし、原作を読んでしまっているので見事な映画であってもしかし原作が頭に描かせたそれにはかなわない、と。 これを昔の人の譬え、シシ喰った報い、とでもいうのだろうかか。 旨いものを一度喰えばその後の不味いものは甘受するしかない、と。

ここでは私は官能を触覚、嗅覚なしで追体験できるかというところで逡巡しているわけで、旨いものにはさまざまな相があるから谷崎ものを極上のものと限っているわけではない。 それはまな板に乗った谷崎の鯛の調理の仕方なのかもしれない。 ただ映画になって谷崎の鯛からは聞けなかった旨みの声を若尾の肉声で聴かれたのが引き金にかかった指をひくつかせたようだし原作には詳しくみられない佐藤慶の旗本も指の助けにはなるのだが引き金の耐圧力はかなりのものだ。 

それに23歳の谷崎が描く彫師の悪と官能ははここでは山本に結実しているのか私には判断がつかない。






日記もパンクな荷風調だなあ

2007年05月31日 10時37分57秒 | 読む
ヴィデオに摂って置いた谷崎の「刺青」の映画化したものを見た後、夜中に昔のロックをポール・ウェラーがカバーヴァージョンでやっていたものを聴いてからネットを散歩していてふと目に付いたのが町田康の公式ページだった。

思えば作品をを文学雑誌で目にしだした頃、作りはともかく野坂昭如の口調を継ぐものだなと面白く読んでいたときに知人の若い外交官がえらく町田町蔵というパンク歌手に入れ込んでいることを聞き、そこで町田の音楽は聴いたことがないものの詩人、歌手から文を書くようになる、特に話を綴るプロセスをたどっている作家を面白いと思った。 当時、その外交官と何回か音楽、文学などを親しく話すようなことがあり、本人が外交官のキャリアと町田に触発された自分の芸術的表現願望に悩むところでやりたいようにすればよいと陳腐な意見を述べたら数ヵ月後に、外交官をやめて表現者として始めると日本から便りがあったことも思い出されて懐かしいのだが。

作家としての町田はその後、芥川賞をとることになるのだが話の結構、纏り、落ちということにおいてはパンクがこういうものでもあるのだろうということでその語り口の面白さにまかせて今も読んでいる。

正月に本屋で求めたものもまだ手付かずでそのままに積読中なのだが、ある時期、ときには並べて読んでいた川上弘美といい対を成すように思いもする。 それは二人の言葉に対する思いいれの程度が質や方向は違うものの日本語の操作にかけては着実に精進する様子に類似性をみるからだろうか。

公式HPの中の日記を横目で眺めて面白く読んだのだが、そこを見ても荷風散人の断腸亭日乗日記をも意識しているのかと下衆の勘ぐりが漏れそうなのだが荷風散人の日記ではパンク調ではなかったのだが、ハテ、なぜ荷風散人が頭に浮かんできたのだろうか、これはちと面妖じゃわいな。 町田も荷風散人のような老後を夢見ているのだろうか。

今日は芝生をガーデンセンターに買いに行った。

2007年05月29日 10時02分03秒 | 日常

庭の改修もなんとか目鼻が立って、先週まであちこちに掘り起こしの穴が見えたり、それに全体の地面をかさ上げすべく砂が投入され、その上に自然石のタイルや煉瓦のタイルが敷かれたので何とか表玄関や裏のキッチン入り口が泥だらけにならなくてもつかえるようになったの庭の改修を頼んだ、で日常使う各自の自転車を路上駐車したり前庭に放っておかなくても済むようになった。

この10年ほど家の改修の際には何かと世話になっている大工のヤンに今回も土方仕事は我々が、といっても私だが、担当することにしてヤンに庭の改修を頼んだのだが、この延べ3週間の間に砂、腐植土の山を運んだり古い煉瓦タイルを掘り起こし、きれいにし、まとめて邪魔にならないところに積んでおくことをしたので足腰、腹の肉に変化が出た。 腿が痛み、ビール腹気味のぶよぶよが少々取れてベルトが楽になったようだ。

今日は雨が降る、と天気予報に出ていたのできのう裏庭の腐植土を入れて平らにしてあった部分に敷き詰める芝生を朝からガーデンセンターに出かけて買ってきた。 40cmの幅のものが長さ2m強の長さにしたものを巻いてあり、それが1平方メートルなのだという。 それが一巻き約200円、30ロールほどを買った。 やっとのことステーションワゴンの後部座席を倒して平らにした中にビニールシートを敷いて一杯に詰めた。 土、日と泊りがけでヤンは北部フローニンヘン州の港町から沖合いに見える島までほぼ干満の差が大きい今の時期には歩いてわたることが出来るのでそれに出かけたのだった。 8時間干潟を沖の島を目指して何キロメートルか歩くのであるがそれには専門のガイドが必要で、それは遅れたりぬかるみで腰まではまり込むような危険な箇所をさけるためがひとつと、どこでも時間が来ると満ち潮になることからうろうろしていると干潟に戻ってくる海水で溺れ死ぬようなことにもなりかねないからだ。 引き潮で干上がった島と本土の間を8時間ほど歩き続けるのだったと思う。 帰りは島からフェリーで本土まで戻るのだ。 それでも1時間以上の船旅になるのではなかったか。

そのヤンが明日からこの芝生の巻物を腐植土を敷き詰め平らにならした裏庭にタイルや部屋の絨毯よろしく敷き詰める作業に入る。 今これをしておかないと1ヶ月ほどすれば息子の卒業パーティーで若者たち何十人もが夜を徹して裏庭でパーティーをするのだからそれまでには芝生もちゃんと根付けておかないと、荒らされしまい復元も難しくなれば芝生の敷きなおしをしなくてはいけない羽目になりかねないし、それらの事を考えると今これを済ませておかねばいけないのだ。

小雨が振り出しおとといまでは30度近くまであった気温も下がり今は誠に作業しやすい15度ほどになり、雰囲気もまた早春に戻ったようだ。

Shinode

2007年05月27日 10時34分39秒 | 喰う
日本人は米を食う、米はライスである。 

しかし、コメを食うのではない。 飯を食うのでありコメを食うには硬い歯と強い胃が必要になる。 レストランでコメを下さい、といえば困った顔をされるし、実際、日本語を知ったかぶりに使うオランダ人が日本でそういって失敗したことも聞かされているから日本語を少し話す外国人の生半可な知識を笑う材料にはなるのだが、それはあくまで日本語だけの世界だ。パンですかライスですかと聞かれライスですと答えればライスは皿に入れられた飯であり、和定食についてくるのはライスではない。 飯である。 今の若者ならそれもライスというようなものもいるかもしれないがそういうのは論外である。  論外が普通になる日も近いようにも感じられるがそれはまた別の話。

オランダ人の一般家庭でもRijst(ライスト、米)は普通に食卓に上がる。 けれど、それは旧植民地のインドネシア風の炊き方で、大まかに水を張った鍋を沸騰させてそれに細長いインドネシア、もしくは南米スリナム渡来の米を洗わずそのまま放り込みある程度炊き上がったら水を捨てて出来上がりというはなはだパサパサの、戦後すぐによく聞いた外米であり、インドネシア風、スペイン、南米スリナム風の料理と共に食される。 中華料理にも供されるがオランダでは中国料理はインドネシア経由であるから白米にしても少しは粘度がつくものの基本はほとんどこのインドネシア風とおなじである。ただこれらの米にしてもちゃんと洗い少し多めの水で炊けば匂いは取れるから焼き飯の材料ぐらいにはなる。

オランダ風に雑食の我が家では食材としての米をわざわざ大都市の日本食材店まで足を運ばずとも町にある中国食料店にいけばさまざまな米の中に日本米もいくつかあるから日常はそれを求める。  日本米といっても日本からの渡来物ではない。  もとの種米は日本からのものであるのだが栽培されて収穫、出荷されたのはカリフォルニアかイタリア。 どちらも米の栽培に適したところだと聞くし、特にイタリア北部のロンバルジア平野には古くからイタリア風おじや、リゾット、が米料理であるのだからそのリゾット用米の生産地である平野で日本米を栽培して日本米として輸出しているのだという。

我が家では長年カリフォルニアの「錦、ニシキ」という米を炊飯器で炊いて食していたから我が家の子供たちには一週間に二度は口にする日本の米はほぼ常食となっているから日本流の飯がどのようなものであるかは一応わきまえている。 同時に中国風、インドネシア風、リゾット、それに時には南米風ワイルドライスも食卓に上るからそれぞれの料理に添ってさまざまな米の味を受け入れているようだ。 私には日本の米は血肉を築く漆喰であるのだが妻子には食材の一種でしかないようだが妻子たちにしても日本の米には他の米より親密感があるようで茶碗に飯だけをよそって喰うこともあるようだ。

ここ何年かは町の中国食料品店に積み上げられた、どうみても日本から来たとは思えない奇妙なデザインの袋に入った「日の出」という銘柄のイタリア産米を使っている。 透明なビニールの袋に10kg詰められたものであるのだが、町人か侍か中途半端な格好のちょん髷を結って刀をさした男が日本家屋風の建物をバックに描かれているものだ。 ふるっているのは「日の出」の下に称賛日本米と中国風にワープロ標準フォントで書かれ、その下にアルファベットで「Shinode」と出ていることだ。 シノデである。 イタリア人メーカーが日本人にこの漢字をなんと読むのか聞いたのだろう。 それでこの男、江戸っ子だったのかもしれねえ、 なんでえ、これしきの字が読めねえのかい、べらぼうめえ、シノデじゃねえかい、といったのだろう。 シノデである。 べらんぼうめえ。 大阪人の私には、なんや辛気臭さ、といった気分であるのだが味はちゃんと日本のものである。




F Claasen, Paquito D"Rivera ケルン インプロヴィゼーションの夕べ

2007年05月23日 08時37分10秒 | ジャズ
ミュージック・トリエナーレ ケルン2007 インプロヴィゼーション

2007年 5月6日 於 ケルンシンフォニーホール 

Fay Claasen, Paquito D"Rivera with WDR Big Band and WDR Rundfunkorchester

編曲・指揮 Michael Abene

火曜の夜には不定期ながらドイツ、ケルンに本拠を置くテレビ局WDRのジャズ番組がもう何十年も続いており、ドイツ文化の中心の一つであるケルンのWDRビッグバンドはヨーロッパのビッグバンドの中でも歴史があり達者なジャズメンをそろえていることで定評があるのだがそのベース奏者であり編曲も担当するAli Haurand がホストを務めるJazzLineという番組がそのメインである。 この日はミュージック・トリエナーレ ケルン2007 インプロヴィゼーションと題してビッグバンドにシンフォニーオーケストラを加えた大編成をバックに2人のソリストが加わってインプロヴィゼーションをやろうという試みの70分の番組構成である。


日頃のスタジオや普通の舞台録画ではなくケルンのシンフォニーホールライブ特別番組で音楽もさることながら入れ物も豪華なものだった。 古くはカラヤンが颯爽と君臨していたベルリンのホールはモダンなものだったがケルンのものはクラシックというよりローマ時代の円形劇場仕立てで生の自然の音響効果に電気操作を最小限に抑えることを目的にしているようだ。 もう何年も前にローマ時代の円形劇場をフランス、リヨンの南、ヴァンヌで見学した折、それがたまたまフランスでは知られたその町のジャズフェスティバルの翌日であり舞台がまだ解体される前だったので舞台中央に立ち話かける家族の声を後方の客席から聞いてその音響効果に驚いたものだがケルンのホールも明らかにその構造を持った擂り鉢型のものである。

オランダのスキャットの名手ジャズ・ヴォーカリスト、フェイ・クラーセンとハヴァナ生まれのリード奏者パキート・デ リヴェラをゲストに緻密な構成のインプロヴィゼーションの試みである。 インプロヴィゼーションというのはシンフォニーオーケストラ構成で何人かのソリストを迎え、クラシック音楽に対比しての意匠だろう。 ジャズの本性は即興演奏であるのだがその割合をどのように配分するかによって塑性が決定される。 本プログラムでは全員の即興演奏は期待されない。 特にシンフォニーオーケストラのメンバーには自由は全くなくハーモニー装置として厚みを持つ響きを生み出すことに貢献させられる。

ビッグバンド、リード、スキャットをそれぞれフィーチャーした3曲に最期にそれぞれが合わさったジャム形式の4曲でその間に二人のゲストにそれぞれ5分程度のインタビューをはさんだ70分であるからビッグバンドの数人を含めたゲスト各人の即興演奏が本コンサートの題目、インプロヴィゼーションということになるのだろうがその合間合間に響くシンフォニーオーケストラのつむぎだす響きの重厚、甘味、且つシャープなポリリズムには20年前には実現されなかった現代の大型ジャズ演奏のクラシックに対する明らかなジャズの優位を示すインプロヴィゼーションである。

明らかにジャズを特色付けるサキソフォーンという楽器がフランスで花咲きそれをいち早くキューバのハヴァナにもたらした人の息子であるデ リヴェラが幼少時よりクラシックもジャズも境がないものとして親しんだアルトサックス、クラリネットを駆使して演奏するのをみるとこの20年ほど各地でアルトを駆使してバトル合戦で奮闘していた頃が思い起こされ、華麗なアルトの印象が強いのだがこの日、自分のソロの合間に大編成のサウンドと複雑な楽譜をユニゾンで演奏するのを見るときにはこの大編成ならではのユニークな両方の腕試しだと受け取れた。 特にクラリネットの演奏には大編成を意識してか静かな火花が感じられ円熟の証と受け止められた。

画面に映し出される60人は優に越したメンバーの中には東洋人と見える顔が何人かあるがこれは欧米の大編成楽団に見られる傾向である。 その中でギター担当の男性がソロのパートを何回か執ったのだが韓国、中国、日本人かの区別はつかない。 可能性の一番は日本人なのだけれど確かではない。

ヨーロッパで今クラーセンは注目されている。 ヴォーカリストとしてそのスキャットのインプロヴィゼーションの巧みさが注目されていて先日2度目のマスタークラスにアムステルダムのコンセルバトワールで陪席する機会があったのだが訓練された咽喉を正確に制御し学生たちに即興と協調を指導する場面では厳しい選考の結果入学し訓練された若葉マークのヴォーカリストたちとクラーセンの差を耳にして、いまさらながらこの人の才能と技量を確認した。 日本でも昨年この咽喉はライブとCDで賞賛されている。 オランダ人女性のヴォーカリストは嘗てアン・バートンが日本で好まれたがそれに続くジャズ・ヴォーカルになるに違いはないが、その目指すところはクラーセンにはアン・バートンの安全性に加え、音楽性における危うい冒険の要素が大きいようだ。







怪傑ゾロの空

2007年05月22日 06時01分35秒 | 日常
夏時間の議論が日本の内閣で始まっているそうな。 今までも半世紀以上前に労働強化につながる、と反対が多数により議会で否決されたのだそうだ。

それがここでまたぞろ出てきて、それも経団連の後押しがあるのだそうで、このあいだなんというのか、超過勤務に対して支払いをなくするような法整備が議論されていたり、この何年かで雇用状況が大幅にパート雇用の割合が増えており、一部エリートを除いてかなりの若者の収入が相対的に減っている、企業の計上利益が増えているにもかかわらず一般の雇用者の懐には入らないというニュースが聞かれる中のサマータイムの議論である。

北ヨーロッパのように緯度が高く、夏には11時ごろまでぼやっと明るいところではサマータイムは効果があるもののイタリアはおろか緯度がモロッコあたりまで低い日本で効果があるのか、多分、経済効果を見越してもことだろうと思うが誰のための経済効果かその説明を聞きたいものだ。

そういうことを夜10時半の西空を見ながら考えたのだが、空を飛ぶ航空機の飛行機雲が交差してあたかも怪傑ゾロの剣先のひらめきのようにも見えるのだが、ゾロの意見はどうだろうか、ゾロは貴族の息子だから経団連か、弱いものの見方だからガタガタの労組の見方か? どうなのだろうか。

ロンドンの月; 見た映画 May 07 (6)

2007年05月21日 06時19分19秒 | 見る
ロンドンの月

 (1995)
月満英倫
FOREIGN MOON

91分
製作国 中国

監督: チャン・ツーミン 張澤鳴
 
出演: チェン・シャオシュアン陳孝萱
リュー・リーニエン劉利年
チェン・ターミン 陳大明
シエ・チアンシュン


ロンドンの月(月満英倫)
異国の地ロンドンで暮らす3人の中国人男女の物語。音楽大学へ入学するため保証人を頼って単身ロンドンにやって来たランランは,大学へ入学させてもらう条件が保証人の息子と結婚することだったことを知り,保証人の家から飛び出してしまう。
ランランがロンドンで頼る人といえば,この街に着いた時に,右も左もわからない彼女を保証人の家まで親切に連れて行ってくれた中国人・スートンしかいなかった。スートンは,金を稼いで移住する目的でロンドンにやって来て,中国に残した妻子がビザを取りロンドンにやって来るのを心待ちにしている。スートンと同居しているトンリンも,同じように夢を求めてロンドンにやって来た中国人のひとりだ。生活苦に陥ったランランは,男2人のアパートに同居しながら中華料理の宅配の仕事を手伝うことにしたが,予想どおり破局が訪れる・・・
夢を抱いて外国に渡った中国人が現実の生活問題に直面し,当初の音楽家になるという目的を捨て,生活のために労働者にならざるを得ないといのは,姜文主演のテレビドラマ「北京人在紐約(ニューヨークの北京人)」と同じパターンだ。
こうした外国を舞台にした映画は,中国人の生活を描いていても大陸臭さがないので,なかなかシャレた中国映画として楽しめる。それでいて,内容は異国の地で暮らす人々の不安,寂しさ,つらさがよく出ていると思う。異国の地での中国人同士(チャイナタウンも含めて)の助け合いの心もさすが華僑の国の人と納得させられる。特に親子ほども歳の違うランランをスートンが常にかばい,大切にし,節度をもって愛する様が観ている者を安心させます。異国の地で20歳の女性ランランが本当に頼りにできるという男という気がしました。
『ロンドンの月』という題名は,宅配の事業が軌道に乗り始めた時に3人が「中秋節」を祝うシーンから採ったものと思う。遠く離れた中国からも家族が見ているであろう,同じ満月を見ながら,お互いに自分の夢や過去を打ち明けるのだが,遣唐使・阿倍仲麻呂の「天の原・・・三笠の山にいでし月かも」を連想させ,望郷の念に強く駆られるシーンだ。
ラストシーンでは結婚を控えたランランがスートンに真実の愛を打ち明け,スートンもこれを受け入れます。でも二人は駆け落ちしませんでした・・・恋愛映画ならそういうドラマチックなストーリー展開になったのかもしれないが,監督の真のねらいは,金儲けのため安易に出国しようとする自国民への警鐘だったのだろう。ロンドンで結婚式を挙げたランランだって,決して幸せそうな表情をしていないのだから。
スートンを演じた劉利年は,『芙蓉鎮』で主人公・胡玉音の最初の夫の役で出てました。

以上が「中国映画への招待」サイトに掲載されていた解説である。


アジア人は西欧各国に散らばって各々の活動に専念している。 自国の企業の尖兵として派遣され何年か暮らして次の派遣国に向かうか自国に戻る場合が日本人、日本人家族に多い。 だから彼らはその国の経済に貢献される客として待遇され、何年かの異国滞在を過ぎれば自国と比べつつも不便さをポケットにその国の好ましい思い出を写真やみやげ物とともに引越し業者のケースに収めてその国を去る。 彼らにとって居つくことは端からプログラムの中にない。 長期滞在もそのような経済関係の中ではあることはあるが圧倒的に少数である。 そのほかの、居つくものについては会社、文化、家族のシガラミから離れ、違った経緯で異国に何らかの新関係を紡いでそこに住む意思をもって滞在する者たちであるのだが彼らが他のアジア人に比べて質量的に比較できるほどのコミュニティーを形成しているのは幾つかの例外を除いてはあまりない。 それに、その例外にしても中国人のコミュニティーには遙かに及ぶべくもない。 どこでもコミュニティーの中心は男たちである。 それでは、日本人の男はそのようなコミュニティーを作らないのかというと、大抵は作らない。 男の絶対数が少ないのであろうし、個人的になんとかやっていけるのでそのような共同体も必要としないのかもしれない。 それに、そこに同化しているから。

イギリスにとってアジアというのは中東でありインドであった。 ロンドンのさまざまな地区には旧植民地諸国から移り住み着いた人々がそれぞれの島とも言うべきコミュ二ティーを作っている。 それは世界中の都市でみられることであり、そこでは必ず中国人のコミュニティーも見られるのだが彼らは同化して成功したもの、食うや食わずで妻子を故国に残して渡ったもの、体一つを資本になにかのツテを頼って訪れる新参者たちである。

子供に何らかの可能性があるとすると将来に向けての最良の教育を授けたいと願うのは殆どのの親の常である。 だが、希望が必ずしも現実に向かうとは限らない。 しかし、日本の若者にはこの20年以上経済的発展に基盤を置き、今はいささか弱くなったとはいえ、世界に冠たる円の力で若者が、訪れた国が夢のディズニーランドかはたまた言葉を駆使できなければ生き抜くことも難しいタフな現実世界かを見る機会を与えられているようだ。 私事、何回かロンドン滞在の折、そしてロンドンだけでなくヨーロッパの他のかなりの都市で、日本料理屋で働く若者たちと話す機会があったのだが、勉強目的できたものの、、、、滞在許可が、、、、帰ろうかどうか、、、しかし、ま、言葉を先ず勉強して、、、、という者が多かった。

比較的裕福な家庭から渡航したものは別のサーキットに入る。 料理屋でアルバイトなどすることなく、知人を介して適度に地元の社会と接点を持ち言葉を習得して他の国でも縁を見つけるなりそこに住み着くなり故国にもどるなりして海外経験をすることとなる。 また、日本人の海外での国際結婚の割合を見ると圧倒的に日本女性と非日本人男性のケースが多い。 欧米では特にそうかもしれない。 欧米に長期滞在、もしくは住み着いた日本人男性のストーリーを聞くのは非日本人男性と結婚した日本人女性(日本は今のところ二重国籍を認めないので元日本人女性が多いのだろうが)のストーリーを聞くより興味深い。 日本人女性の、日本人女性だけではないが、夢と希望の渡航は単に語学研修やホームステイとして個人に結実したものだけではなく、この100年のアジアが欧米化を目指した行き着くところである。

この映画でもこの構図がステレオタイプ化して示されているようだ。 才能ある女子学生がその夢を自力で果たそうと格闘して居残り組の生活に日々格闘する階層から成功組の中に花嫁として入るプロセスに対して妻子を本土に残し文化大革命の傷跡を生き延びるべくロンドンで若い世代と共にどこにでもあるテイクアウェーの中華料理屋を屋根裏部屋で始めて挫折、本土から渡航許可がおりない妻子のもとに戻る男を交差させる。

男は稼がねばならないし女は玉の輿に乗りさえすればいい、という古今ありふれた構図に落ち着くのがこの映画でありヴィヴァルディーも所詮は飾りにすぎない日本の1960年代をみるような錯覚に陥りそうだ。

本土に戻る男に対して、かつてボディービルで鍛えた肉体でロンド娘をベッドのなかに誘うべく怪しげな東洋の哲学を駆使して体一つでロンドンを渡りあるく、アメリカ経由と思しき、中国人の若者が今は浮浪者となって町をさまようのは何の謂いなのだろうか。 

メロドラマの域を出ない。  

侘びと寂び

2007年05月21日 05時15分51秒 | 日常
日曜の午後、表から裏庭に通じる通路と裏庭の改修のため先週はがした数百枚のレンガタイルを一つ一つビールを飲みながらきれいに埃をとりのぞき、ヘッドフォーンからは生きるジャズ史ともいうべきマックス・ローチとマルチリード奏者アンソニー・ブラックストンの何度目かのデュオ録音、現代音楽風のジャズを聴きながら作業を進めていた。

目の前の30cm四方、一枚が3-4kgのタイルはこの50年以上前に焼かれたものと思われるが幾つかはまだ赤身が新しくみえるものの幾つかはその年月をはっきりみせているように思えるし、どこからか持ってきて再利用したものであればさらに時代はさかのぼる。 何年もまえにフランスの田舎でヴァカンスを楽しんだ折にに死んだ娘の供養のために100年以上前こつこついろいろな石を集めてきてそれを当時の最新技術であったセメントで理想の宮殿とか神殿を造った郵便配達夫の建造物をみたのだがキッチュともいわれるそれも月日が経って国の文化財に指定されていた。 セメントがもたらした可塑的建造材である。

私の子供の頃、50年代のなかごろには当時の新しいアパートや病院などにはセメントに小石を混ぜてそれを人工堆積岩まがいに磨きをかけたような床、台所、洗面所の水周りなどが見られたが、これはヨーロッパでもおなじこと、こちらに来た1980年以来いろいろなところで見ているのだがそれがもはや消え去りつつある現在、レトロなインテリアにはそういうものが再び見られるのだが私自身は幼少時の思い出からは特にこれには親和感を抱かない。

そういった人造堆積岩のパネルは釜で焼いたものとは思えないのだが、レンガは明らかに800度程度の釜で焼いたものである。  赤身のある表面は明らかに火をくぐってきた煉瓦であるのに下方はセメントに小石を混ぜた組織になっており、上と下の二層構造が認められるものもある。  そうなると焼くエネルギー節減、すなわち製造コストを低く抑える戦前からの技術の成果なのだろうがわざわざ薄皮の煉瓦をセメントの鋳型に上からおしつけて煉瓦に見えるように作ったものだろうか。コスト削減の努力は新種をもたらすという一つの例だろう。

家人と私は敢えて古いものをそのまま使おうとしているのだがそれは振興住宅地やDIYショップの建材にあふれる庭にうんざりとする気持ちがあったからでもある。 いわく、アンダルシア風だのひところ流行ったトスカーナ風だの新建材のテカテカ感にキッチュを見たからだ。 それならいっそディズニーランドを現出させればいいのだがそれには20年遅すぎるしこのうちの50年の歴史をそのまま継ごうという意思も働いている。 町を離れ田舎にでかけるとどこの国にも苔むしたひっそりとしたうちがみられるものだ。 落ち着きなごむ佇まいには人は心魅かれるようでそこに住む人々の生活にも想像が湧くのだが異国に住む日本人としては侘び寂びが共通する形であちこちに見られるゆえ日本の特産でもあるようにいわれる侘び、寂びは日本独自のものではないと思えることが多い。

今の時代、侘びや寂びをインターネットで書くこと自体時代錯誤もはなはだしいと笑われそうだがわが国独自、独自と主張するところに無理の穴が見えるようだ。 

わたしがしばしば利用するアムステルダム中央駅の煉瓦と野外歴史博物館にある明治時代の建物の煉瓦を比べてみるのも面白いかもしれないがそれぞれには詫び寂びを感じさせるにはまだまだ日時が足りないようにも感じるのだ。




ミスティック・リバー ;見た映画 May 07 (5)

2007年05月20日 11時15分50秒 | 見る

ミスティック・リバー

2003年
MYSTIC RIVER
138分

監督: クリント・イーストウッド
製作: クリント・イーストウッド
ジュディ・ホイト
ロバート・ロレンツ

音楽: クリント・イーストウッド
 
出演: ショーン・ペン ジミー・マーカム
ティム・ロビンス デイブ・ボイル
ケヴィン・ベーコン ショーン・ディバイン
ローレンス・フィッシュバーン ホワイティ・パワーズ
マーシャ・ゲイ・ハーデン セレステ・ボイル
ローラ・リニー アナベス・マーカム
エミー・ロッサム ケイティ・マーカム
ケヴィン・チャップマン バル・サベッジ
トム・グイリー ブレンダン・ハリス
スペンサー・トリート・クラーク レイ・ハリス
アダム・ネルソン ニック・サベッジ
キャメロン・ボウエン 少年時代のデイブ
ジェイソン・ケリー 少年時代のジミー
コナー・パオロ 少年時代のショーン
ケイデン・ボイド マイケル・ボイル
イーライ・ウォラック 酒屋の店主 (ノンクレジット)
ロバート・ウォールバーグ
ジェニー・オハラ
ジョナサン・トーゴ
アリ・グレイノール
ウィル・ライマン


 人気作家デニス・ルヘインの傑作ミステリー小説を、「許されざる者」「ブラッド・ワーク」のクリント・イーストウッド監督が映画化した重厚なミステリー・ドラマ。かつての幼馴染みが、ある殺人事件をきっかけに25年ぶりに再会、事件の真相究明とともに、深い哀しみを秘めた3人それぞれの人生が少しずつ明らかになっていくさまが、静謐にして陰影に富んだ筆致で語られていく。主演の3人、ショーン・ペン、ティム・ロビンス、ケヴィン・ベーコンをはじめキャスト全員の演技が高次元でぶつかり合い、素晴らしいアンサンブルを披露。アカデミー賞ではショーン・ペンが主演男優賞を、ティム・ロビンスが助演男優賞を揃って獲得した。脚本は「ブラッド・ワーク」「L.A.コンフィデンシャル」のブライアン・ヘルゲランド。
 ジミー、ショーン、デイブの3人は少年時代、決して仲が良いわけではなかったがよく一緒に遊んでいた。ある日、いつものように3人が路上で遊んでいたところ、突然見ず知らずの大人たちが現われ、デイブを車で連れ去っていってしまう。ジミーとショーンの2人は、それをなすすべなく見送ることしか出来なかった。数日後、デイブは無事保護され、町の人々は喜びに沸くが、彼がどんな目にあったのかを敢えて口にする者はいない。それ以来3人が会うこともなくなった。それから25年後。ある日、ジミーの19 歳になる娘が死体で発見される。殺人課の刑事となったショーンはこの事件を担当することになる。一方、ジミーは犯人への激しい怒りを募らせる。やがて、捜査線上にはデイブが浮かび上がってくるのだったが…。

以上が映画データーベースの解説なのだが私がこの映画がテレビで放映されているときにこれをヴィデオにとり別の映画を見ていた。 それも今思い起こしてみると人が死に、刑事がでてきて不倫がからむ。 関係者それぞれの心理が色濃く出て、疑惑、恐れがあぶりだされ人間的な深みへと我々を連れ込み映画が終わってからも死んだ女がその契機となる心理を考えずにはいられないようになり因果なものだと一人ごちすることになる。

ここでは不倫はからまない。 今は育った通りに住むもののそれぞれの過去をもち普通に営みを続けているものの過去の影はそれぞれにある。 フィルムの色に顔がポートレートを見事に浮かび上げてそれぞれの演者に深みをあたえる効果を出しているのだがそれにしても人は完全ではない、哀れさがただよう無常観があちこちに嵌められているように思える。 

ここで感心するのはイーストウッドの作り方が、かれの多くの映画でヒーロー、アンチヒーローがはっきりとでていたものがここでは枯れてそういうヒーローを出さないところだ。 関係者以外が一概に颯爽としているのに重要人物たちの苦味のトーンははなまなかなものではない。 その中でペーンの手下で事件解決のために独自で警察の鼻を明かそうという兄弟が精力的であることに明るみを見るのだがこれも奇妙なことだ。 それに、多分イーストウッドが気に入りの台詞をここで敢えていうならペーンが妻に告白した後の妻、リニーがペーンに言う言葉が今はさまざまな映画を撮ってきたイーストウッドの苦い独白のようにもとれるとみた。 何があっても父親は王なのだ、ということかもしれない。 けれどその後ろには多大な過ちと犠牲の裏打ちがなされていてもそれを信じなければ世界はなりたたない、現に夫を信頼しない女は不幸になるとの笑みを見せるところにそれが顕著だ。

私はイーストウッドが初めて監督した映画が気に入りだけれど一貫してマッチョで絵の撮りかたに大味なものを感じていたのだが内容、絵作りにしても本作でこのような厳しくて渋く重厚なところまで来るとは思いもよらなかった。 

 ランタナ ;見た映画 May 07 (4)

2007年05月19日 23時05分43秒 | 見る

ランタナ
(2001)
LANTANA
117分
オーストラリア

監督: レイ・ローレンス

 出演: アンソニー・ラパリア
ジェフリー・ラッシュ
バーバラ・ハーシー
ケリー・アームストロング
ジョン・ベネット

他のテレビ局でイーストウッドのミスティックリバーをビデオでとりながら見た映画だ。 オーストラリアの映画は時々見るけれどハーシーとオーストラリアの組み合わせが面白いとおもってチャンネルを合わせ、人物描写がかなりいいので結局最期まで見てしまった。

題名の花が出て女と思われる死体が写され徐々に話が展開されるのだが犯罪物がなかなかよく撮れている。 結局、人のさが、年齢、性の齟齬、人は、夫婦はどういう風につながるのか、そういったものがこじんまりとした完結世界のなかに提示され事件は単なる纏り糸の役割だ。

ハーシーは87年の「或る人々(SHY PEOPLE)」での演技でいよいよ大女優になったと認識したのだがここでは控えめながらハーシーのシュリンクが彼女の、大学の学部長の夫とともに一番緊張感のある世界をつむぎだしている。 幾つかある性交シーンで彼女と夫のものは秀逸だ。