Invisible
by Paul Auster
Publisher; Fable & Faber
ISBN 978-0-571-24951-0
2009 paperback edition、 308p
スキポール空港で検閲を抜けて中の免税店街を何をするともなく暇つぶしに歩いていて本屋に山積みされていたもの中で目に付いたものだ。 その前、12月の初めにイギリスBBCテレビのカルチャー・ショーでポール・オースターのインタビューをみて初めてその作家の姿を見、それまでのイメージと異なることにも驚き、いささかそれまでのイメージに比べて厳しいところもあると意外に思ったもののそれはまたそれまでにオースター原作の映画から俳優ウィリアム・ハートのイメージに対照していたからで、こんなことから一層興味をもっていたところに見つけた一冊だったのだ。 それじゃあ日本まで12時間ほどの飛行中、映画や音楽に飽きれば取り出して読もうかと求め、リュックザックにそのまま放り込んだ。
本作で面白く思ったのは1967年のコロンビア大学の学生達で始まり、今は老年になってその回想と友人達のその後の何十年かが徐々に露になるに連れ、様々な想いと経緯が浮かび上がり、主人公とその友人、妹、恋人、NYと留学先のパリでの尾を引く出来事など、文学の匂いも関連させ大学や出版関係者たちの周辺というオースター的世界にも繋がるような人々を配置しつつ緊張を高め本来なら桃源郷にも比せられるところでいささか唐突気味に終結する佳作であり、その終結後にもいささかの余韻を後々までなびかせる意外な展開である。
自分自身日本の1967年世代でもありそれが当時のパリ、NY、と関連付けられるとなると同時代の話でもあっても、政治、サブカルチャー的には共有する部分があるにしてもこういう大学生活は日本ではどうだったのだろうか、という思いに駆られ、当時ヨーロッパやアメリカに渡った日本人学生にも想いが行く。 ここでは政治に関しては俯瞰するだけのこともあるけれどそれでもモンスターのような老獪な教授を配して彼をアメリカのリベラルに対する仇もしくは嫌われ役として置き、今から想えば、、、ああ、あれはそうことだったなあ、、という方向にもその人物像が働いて、それはフィクションにおいても現実世界でも融通の利くものとして上手に絡めてある。
「見得ないもの、不可視であり、更に見てはならないもの」とまで解されるタイトルは読後更に、あなたならどうする、と時代を共有するものたちに問いかけるものでもある。 ここで唐突に、それでは世界にも知られた日本のベストセラー作家Mの世界とはどのように交差するのかしないのか、漠然と想ってみるがMの方には大して興味がいかず、今までに何作か読んでから感覚的にこの20年以上は手に取らないその日本の作家とオースターを比べるのは大学の文学部あたりで男子学生が物す修士論文中にはひょっとしてあるのかもしれないとも想像する。
ニッポン・サバイバル - 不確かな時代を生き抜く10のヒント
姜尚中
集英社新書 0379B
2009年 第八刷 237p
本書は2005年から6年にかけて女性誌「ポータルサイト」に掲載されたものを元にして加筆修正したものらしい。 著者の言説にはもう何年もあちこちで見聞しており、今回日本に帰省中、毎回帰るたびに出かける大型書店の、この何年かで良質の書籍が徐々に消え、漫画や中身がスカスカで読み飛ばすしかないものがあふれる中、あれもないこれもないという中で目に付いたものだ。 新書版のコーナーで、この時代を生き抜くのにどんなヒントがあるのだろうか、女性のためだけではなく我々還暦の男たちにも何か役立つかとも思って興味をもち求めた一冊だ。
1)「お金」を持っている人が価値ですか?
2)「自由」なのに息苦しいのはなぜですか?
3)「仕事」は私達を幸せにしてくれますか?
4) どうしたらいい「友人関係」を作れますか?
5) 激変する「メディア」にどう対応したらいいの?
6) どうしたら「知性」を磨けますか?
7) なぜ今「反日」感情が高まっているの?
8) 今なぜ世界中で「紛争」が起こっているの?
9) どうしたら「平和」を守れますか?
10)どうしたら「幸せ」になれますか?
上記の目次で「お金」と現在の格差社会に関しては小泉時代からのネオコン、新自由主義者たちが勝手に世間を荒らした結果が今なのだと著者は主張している、とそのように乱暴に解釈する。 西尾幹二は引かれていないものの中野孝次「清貧の思想」が引用されていて小泉政権に直接間接的に阿った当時の胡散臭い著書たちのことを思い出すし、「清貧」を主張するなかでそんなことにはお構いなくうかれ踊り、ブランド物を追う女性達の姿も思い浮かび上がり、それは今でも町のあちこちでまるで持ち主達と奇妙に符合するかようなフランスやイタリア製のバッグを今も電車の中などで見るたびに苦笑がこぼれるのだが、上記10の問いに対する著者の力は7)6)5)9)という順に重力がかかっているようにも見え、つまるところは10)に導かれるのだが、日本人には不得意な「自由」と「息苦しさ」、更には「空気を読む」ということに関しては女性に対するというより、ここが著者の専門とするところなのだろうけれど、知性を磨こうとつとめている人たちへの確認のためのメッセージのようにも響くようだ。
社会安全保障の財源を巡って増税と各種システムの厳しい見直しがいわれ、このごろ発表された生活指標予想やフリーター、ニートの増加もが予想されるなか、「清貧」というより「赤貧」が浮かび上がるだろうと事が明らかで、そのような中で本書が若い読者たちの役に立つのかどうか。 元来ヒントというのはこれだという赤らさまなものではなく、これはどうだろうか、という風に分かったものがら分からないものに与える示唆であり、その示唆の具合は本書では各章の冒頭に載せてある「みんなの声」というそれぞれの問いに対する20ほどのアンケートの配置にもみられるのと同様いささかみえみえにもとられるようでもある。 読後、最近、NHKで美術教養番組のホストを務めるのをみても本書とは別の知性の働き具合をメディアに登場する著者の戦略は那辺にあるのか大学教授の社会に対するサービスと捕らえているのならそれは本書の動機とも符合するのだろうか。