1.予防的殺処分の実施の判断
(1) 予防的殺処分は、口蹄疫に感染していない健康な家畜を対象とするものであることから、真に他の手段がない場合のやむを得ない措置として、実施する。
(2) このため、農林水産省は、次の要素を考慮して、発生農場におけると殺及び周辺農場の移動制限のみによっては、感染拡大の防止が困難と考えられる場合に、予防的殺処分の実施を決定する。
① 通報の遅さ(病変の状態、発症畜数等)
② 感染の広がり(疫学関連農場数、豚への感染の有無)
③ 環境要因(周辺農場数、家畜飼養密度、山・川の有無等の地理的状況)
④ 埋却を含めた防疫措置の進捗状況
(3) 予防的殺処分の実施を決定する場合には、備蓄ワクチンの有効性等を考慮した上で、予防的殺処分の対象家畜へのワクチン接種及び抗ウイルス資材の投与の有無についても、併せて決定する。
健康な家畜を対象とする予防的殺処分は、「真に他の手段がない場合のやむを得ない措置」としながら、「と殺」と「移動制限」のみでは感染拡大の防止が困難と考えられる場合に実施するとしています。ワクチン接種は感染拡大を防止する主要な手段であり、「真に他の手段」としてワクチン接種を採用すれば、予防的殺処分は必要ないと思います。しかし、この指針では予防的殺処分のためのワクチン接種を想定しています。宮崎の口蹄疫ではワクチン接種した全頭を殺処分しました。私はとんでもない非常識なことだと思い、「最新の科学的知見と国際的動向」を調べましたが、ワクチンは生かすために接種するのであり、殺すために接種している国はありません。宮崎の誤りを認めないで、防疫指針にその誤りを新たに採用する態度はどこから生まれるのでしょうか。
また、山内先生は宮崎の口蹄疫で民間の種牛処分についての取材に対して、「科学的に感染していないことを証明するのは容易であり、検査を行った上でその点が確認されれば生かしておくべきであると答えていたが、この意見は報道されなかった」と著書「どうする・どうなる口蹄疫(岩波科学ライブラリー,2010)」のあとがきに紹介されていますが、第16 その他(p.49)には、「種雄牛など遺伝的に重要な家畜を含め、畜産関係者の保有する家畜について、個別の特例的な扱いは、一切行わない」としています。
健康な家畜や貴重な遺伝資源を殺処分から救うのではなく、殺処分を重視して殺処分に平等の負担を求めるこの2件に、日本の口蹄疫対策の問題点が象徴的に表出しています。口蹄疫の被害は殺処分により生まれますから、殺処分を前提にした防疫対策ではなく、殺処分を最小にして感染拡大を終息させる方法を、1頭の殺処分をすることなく終息できるようになるまで、専門家は考え続ける態度が必要です。ことに殺処分の権限を与えられている専門家には、現場の状況を把握して最新の科学的知見と技術で被害を最小にする防疫対策を追求する責任と義務があるのではないでしょうか?
山内 御指摘のとおりだと思います。指針に述べられている予防的殺処分では、国際的に受け入れられている「生かすためのワクチン」の原則は完全に無視されています。宮崎の発生では、欧州家畜協会は殺処分と「殺すためのワクチン」により清浄国復帰を急いでいた日本政府の対策を批判して、「生かすためのワクチン」の実施を強く勧告していました。
このメール対談の「11.抗体検査や遺伝子検査と殺処分の関係」で紹介されている英国の動物衛生研究所のCharlestonの論文では、予防的殺処分は不要ではないかという見解が述べられています。予防的殺処分を重視するのではなく、遺伝子検査などによる迅速診断と、それに基づく迅速な「生かすためのワクチン」接種の体制を整えておくべきです。
民間の種牛の殺処分については、私の著書でも簡単に触れましたが、OIEのヴァラ事務局長は「OIEには希少動物の生命を保護する義務があり、動物園動物や和牛の種牛はもちろんこれに含まれる」と語っています。貴重な遺伝資源の保護のためには特例的措置も必要です。
初稿 2012.7.11 2015.4.5 更新
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