自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ」の問題点

2015-04-08 21:24:34 | 牛豚と鬼

三谷 口蹄疫発生を終息させるために感染源と感染経路の疫学的調査、ことに血清学的サーベイランス(抗体検査や遺伝子検査等)が必要なことはOIEコード(第8.5.42条)に規定されています。

 2000年宮崎の口蹄疫発生では口蹄疫の感染源として輸入粗繊維性飼料が疑われたことから、宮崎県内だけでなく全国の疫学関連農場(初発農場に関係した中国産わら類等(プレスリリース3月29日)を使用している農場)の膨大なサーベイランス(約6万検体の抗体検査)を実施し、さらに県内で2戸(第9,14報)と、北海道で1戸(第39報)の感染を確認しています。
 この時は徹底的なサーベイランスにより、普段なら見逃したかもしれない口蹄疫感染を見つけ出したとも言えましょう。 このことは疫学調査は口蹄疫の初発農場の周辺だけでなく、感染源になった可能性がある輸入畜産関連資材に関連する全国的な農場のサーベイランスが必要なことを示しています。

 しかし、2010年には29万頭も殺処分したにもかかわらず、このような感染源と感染経路に関する徹底的なサーベイランスは実施されていません。このことから次に示したように県と国の疫学的隠蔽とねつ造が疑われます。
 参考文献 畜産システム研究会報第34号,11-45.(2011.2)

1. 口蹄疫発生中に個人情報守秘義務を理由に発生農家名等が隠蔽された。その一方で、根拠もなく国は発生農場順を公表し、地元の国会議員は初発農場を水牛農場と名指ししている。この個人情報守秘義務と冤罪的な名誉棄損の情報流布は矛盾している。

2.今日の疫学調査は、抗体検査やウイルスの遺伝子配列解析等により、感染源と感染経路を科学的に追求する方法が確立している。しかし、以下に列挙するように科学的根拠に基づかない口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ(中間取りまとめ)」を疫学調査チーム名で公表し、「口蹄疫対策検証委員会」に提出している。

3. ウイルスの遺伝子配列解析結果は韓国、ロシアより中国からの侵入の可能性が高いことを示していたが、この重要な科学的知見を国の疫学調査は無視している。

4. その一方で韓国からの訪問客によるウイルス侵入という嘘の噂が流された都農町の人里離れた水牛農場(酪農)を「人の移動によってウイルスが侵入した可能性は否定できない」として、科学的根拠もなく初発農場と推定している。

5. さらに水牛農場(6例目)を初発農場とすることによって、企業農場(7例目)については6例目からのウイルス侵入の可否のみを調査し、この企業農場における輸入畜産関連資材に関する疫学調査を実施していない。

6. また、初発農場に関係する農場は立ち入り検査されるのが常識であるが、口蹄疫発生が集中した地域に13農場(発生:9農場、非発生:4農場)ある企業農場の立ち入り検査は実施していない。ことに地元で発生が噂された農場は非発生としてワクチン接種後に殺処分された。これらの事実は初発農場の可能性が疑われた企業農場を疫学調査から隠蔽するために予防的殺処分で証拠を隠滅し、水牛農場を根拠なく初発農場とした理由と考えられても仕方がない。

7. 初発農場と地元で疑われている川南町の企業農場(7例目)が、口蹄疫発生の確認(4月20日)後も感染の疑いを県に届け出ていなかったことは明白であるにも係らず、県や国はこれに対して厳しい処罰を科していない。

8. 都農町の水牛農場(6例目)と肉牛繁殖農場(1例目)は、それぞれ3月30日、4月9日に家畜保健衛生所(県)に通報している。しかし、口蹄疫の遺伝子検査をしなかった。

9.一方、口蹄疫の疑いを通報しなかった企業農場(7例目)は、4月8日頃複数頭に食欲不振が確認されたと4月22日の立ち入り調査に答えている。口蹄疫発生を隠蔽した企業農場の申告を前提に疫学調査をすること自体が疫学調査のねつ造につながる。

10. 獣医師から県への届け出は早かったにもかかわらず県から国への検体の送付が遅れた。このことが問われているにもかかわらず、先に紹介した議員は水牛農場(6例目)の「獣医を責めるのは酷ではないか」とし、「宮崎の一獣医が動物衛生研究所に検体を送る」のは「非常にハードルが高い」と何故か誤った認識の発言をしている。

 これらの疑念に県や国はどう納得できる説明をするのでしょうか。地元の国会議員は口蹄疫疫学調査チームが初発農場を水牛農場としたことを、なぜ「非常に高く評価」しているのでしょうか。
 

 国の口蹄疫疫学調査チーム長は国会の農林水産委員会に参考人として出席して議員の質問に対し、疫学には「防疫目的」と「今回(中間取りまとめ)のように、どこからどういうふうに広がっていったのか、それから、どういう要因がウイルスの侵入を許したのかという本当の意味での疫学」の二つのやり方があるとし、今回は後者の充実を考えたとしています。しかし、海外からのウイルス侵入については、「香港、韓国、ロシアでことし分離されたウイルスと極めて近い」ので「こういった地域から日本にウイルスが入ったのではないか」と曖昧にし、疫学調査に必要なウイルスの遺伝子配列解析による感染源と感染経路の関係の調査はしていません。また、輸入畜産関連資材については、企業農場(7例目)における海外からのウイルス侵入の可能性について調査をしないで、「明確な、これが入ったということは得られておりません」とし、ウイルスの海外からの侵入は畜産関係資材ではなく、「人あるいは物の出入りに伴って国内にウイルスが侵入した」可能性を否定し切れないと初発農場を6例目(水牛農場)としています。

 疫学調査チーム長が説明した「中間とりまとめ」が「本当の意味での疫学」と言えるのでしょうか。疫学調査は第一義的には「防疫目的」のために実施されます。

 今回の報告は、農林水産省に疫学調査班、宮崎県に疫学調査班を立ち上げて、すべての発生農場について感染源となる家畜あるいは人、車両、物等の動きを調査した結果をもとに疫学調査チームが分析、検討したと説明しています。したがって疫学調査チームは調査結果を分析、検討したにすぎませんが、この「中間取りまとめ」は疫学調査チームでの検討すら経ないで、「口蹄疫対策検証委員会」に提出し公表されています。しかも、「口蹄疫対策検証委員会報告書」は先に第6項で指摘したように科学的リスク評価に欠けています。

 その理由は、「口蹄疫対策検証委員会」が「中間とりまとめ」を中心にした関係者からのヒアリングを踏まえて、「今回の防疫対応の問題点と改善方向を整理」したに過ぎないからです。

 このように「中間とりまとめ」と「口蹄疫対策検証委員会報告書」は科学や真実に真摯に向き合わないで意図的に作成されたと考えられますが、これらの報告を踏まえて家畜伝染病予防法(家伝法)の改正と口蹄疫の防疫指針の改定がなされています。
 家伝法や防疫指針は民間の責任と行政の権限を規定していますが、それは専門家が客観的に行政の権限を規定するために作ったのではなく、産官学と政治家が絡んだ政治的力によって行政の責任を問わず、行政の権限を守るために作られたと推察でき、そこには不都合な真実や人を無視または排除して「事実」をねつ造しても罪に問われない国の仕組みがあるように思います。

 ここで取り上げた疑問はウイルス学や疫学ではなく、政治学というよりも霞ヶ関話法の矛盾をシステム論的に指摘したものですが、政治的な決定がなされる諸問題については、このような矛盾が出ないように公開の場で科学的リスク評価をするべきです。
 「清浄国に復帰する近道とし殺処分という方針を貫くべき」という意見があるにしても、それが最新の科学的知見に裏付けられたものか、清浄国への復帰を早めるためにワクチン接種した家畜を全頭殺処分することが許されるのか、検討する場が必要です。

初稿 2012.10.7 更新 2015.1.25


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