自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

アメリカの肉牛産業と日本の肉牛生産

2016-08-12 16:20:36 | 自然と人為

 アメリカは肉牛生産の世界一の国だと教えられ、10万頭規模で肥育しているフィードロットを見学したことがある。印象に残っているのはカーボーイが馬に乗って牛を見回り、牛の少しばかりの変調を見出して処置している姿と、寡占化が進む食肉パッカー (牛の総飼養頭数)月報「畜産の情報」(2011年3月)によって支配される大規模なアメリカの肉牛産業を支えているのはメキシコや東南アジアからの移民労働者であったことである。アメリカの肉牛産業を支えているのが移民の人達だということに、日本の肉牛生産は家族経営により支えられていると考えていた私には「世界一」と言われることへの違和感があった。

 アメリカの肉牛産業は大規模なフィードロットとパッカーで語られることが多いが、広大な土地を放牧管理する繁殖経営を基盤にして成立し、農家は「我々が畜産を行うのは、保有している農地から得られる利益を最大にするためには何が一番いいかを試行錯誤した結果である」という言葉を好むそうだ。なかでも牛だけではなく鳥類や昆虫、微生物を含む生物,水,ミネラル,エネルギー などの資源を、生態系や物質循環を考慮しながら、全体論的(ホリスティック)に管理し、今より良い環境を次世代に引き次ぐことを目的としているホリスティック管理が普及しているの知ったことは大いに勉強になった。

1.アメリカにおける牛飼養頭数の推移
 1826-2016年までのアメリカの牛総飼養頭数は1975年にピークの1億3,200万頭になるまで8年から12年の周期的な増減を繰り返しながら増加し、その後減少傾向で推移している。ことに戦後は肉用繁殖牛が急増したのに対し、乳牛は1頭当たり乳量を増加させながら頭数は減少している。肉用繁殖牛の飼養は土地資源を活用した家族経営が主体であるが、酪農は1頭当たり乳量を増加させ効率を求める企業的経営が主力になってきた。


USDA-NASS 04/29/2016


北米における肉用牛繁殖経営の現状と課題(月報「畜産の情報」2009年2月)

 クリックすると拡大します。 
月報「畜産の情報」2016年3月


2.日本の肉牛生産

 日本では里山の土地資源は共有林として管理されてきたが、牛の放牧利用による資源管理の歴史がなく考え方も育たなかった。農耕用に使用されてきた和牛は農作業の機械化により役割を終えたが、霜降り肉という神話の世界に生き残った。一方、酪農の副産物としての肉利用は輸入肉との価格競争から、乳牛の更新に必要ない部分に和牛を交配したF1が肉質の良い牛肉生産として普及定着している。F1は酪農から供給され、子牛の時から人工哺乳により育てられるので、日本の酪農も肉牛生産も規模拡大によるコストダウンを目的とした企業的経営を常識としてきた。

 しかし、「世界に誇れる日本の美しい文化」とされた里山は、農家の高齢化と農業の衰退により荒れ、今ではイノシシなどの野生動物の棲家となり、農作物の被害対策が必要とされている。アメリカでは砂漠隣接地帯を緑化するために牛が放牧されているが、日本では放置すれば山に戻る資源豊かな里山を管理するために牛の放牧が必要になってきた。戦後、里山に開拓に入った人々が稲作や畑作ではなく酪農で生き残ったように、資源豊かな里山を管理するには牛の放牧が必要なことを認識し、日本の肉牛生産と酪農の原点として、生産性の追及ではなく資源活用型の畜産をめざす時代になっている。

 北海道の斉藤晶さんが戦後の開拓団の一員として里山に入り、最も若いから最も生産性が低いと思われた土地を与えられ、日本で最も美しい牧場を牛が拓いてくれた。何もないけどそこに宝の資源があることを牛が教えてくれた。生産コストや技術ではなく、牛も人も生きる資源が里山にあることを教えてくれた斉藤晶牧場の業績を現代の畜産は評価できず、未だに全国に普及していない。
 日本では稲作文化を大切にする一方で、畜産界はアメリカの企業的畜産を常識としてきた。里山資源を牛の放牧で活用することは、高度経済成長を経た日本社会の思考停止によって見えなくなっているが、山口県防府市の「ふるさと牧場」の山本喜行さんは、「民の公的牧場をめざして、それは混牧林経営で」を、すでに発表されている。
 牛は資源を循環し、人をつなぐ。私が育ち今も住む近くの大谷山の里山で、雑草対策の草刈り隊が里山の管理に牛の放牧を始めて5年になるが、昨年、「シルバー世代が作った牧場」(録画)としてテレビで紹介された。平均年齢74歳だから、子供の頃遊んだ里山のことはよく知っている世代だ。このような世代の経験を次の世代に残し、里山資源を牛の放牧で管理することが常識になる日を夢見ている。

 かつて、このブログで「システムからデザインへ」と論じたことがある。既存のシステムから「自然とデザイン」を考えることがこのブログの目的であった。夢を実現するためには、牛の放牧で管理した里山を遊びと学びの場とする公園化を始め、里山のあらゆる資源を活用するためのデザインから具体的なシステム化の動きが必要である。また、和牛の子牛生産は小規模農家で実施されてきたが、高齢化の進行とともに市場出荷頭数が減少し、将来は大型肥育業者の市場への来場が減少し、子牛価格の低下と市場開設が困難になることが心配される。今や「システムからデザインへ」の次に、「デザインから新しいシステムへ」を考えねばならない時期に来ている。里山資源の管理のシステム化だけでなく、子牛市場が成立しないなら、酪農でのF1生産とF1子牛供給システムを精液供給を含めてシステム化し、さらに里山で放牧されたF1雌牛を短期肥育して牛肉を販売するまでのシステムが必要だ。それには現場の事業家の方々の参加が必要で、「牛の放牧による里山管理」を実践する会の立ち上げを提案してきたが、もうじっと待ってはおれない。そろそろ動き始めたい。

初稿 2016.8.12


最新の画像もっと見る

コメントを投稿