鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

立鶴図小柄 鼎印光興 Mitsuoki-Otsuki Kozuka

2012-04-10 | 鍔の歴史
立鶴図小柄 (鍔の歴史)


立鶴図小柄 鼎印光興

 ただ佇むだけの鶴。一切の背景となる要素を採り入れず、鶴の後ろを振り返る姿と表情のみを描き表わした作。だが、仔細に鑑賞すると、背後には叢に石目地が打ち施されており、足元にも叢に点刻が配されている。高彫に片切彫色絵という定型化された彫口ではなく、翼の輪郭にも抑揚があり、表面処理と微妙な線刻、銀の白から赤銅の黒へと連続鵜する色絵のぼかし、顔の素銅の調子とその目玉の輝きが巧みに表現されている。何て素敵なんだろう、ただ佇む姿だけなのに。

芦雁図鍔 光興 Mitsuoki-Otsuki Tsuba

2012-04-09 | 鍔の歴史
芦雁図鍔 (鍔の歴史)


芦雁図鍔 光興鼎印

 芦雁図鍔の例として桃山時代の伏見住金家を紹介したことがある。芦原に舞い降りる雁とそれを見上げる雁の巧みな構成であった。この鍔は月を見上げる芦原の雁。大徳寺塔頭養徳院に伝えられた宗湛・宗継筆の襖絵にも通じる、古画を想わせる構成であるが、大胆に月を採り入れたのは光興の感性。鍔の造り込みは変り形で、拳のような変形を遺している金家にも通じるところがある。そう、光興は金家の作を下地として新たな作品を生み出したのである。
 光興は禅に通じた意識の持ち主であったと想像されている。禅味を帯びた作例が多いことが理由である。江戸時代中期の円山応挙以降の絵画の基礎となる写生と正確に再現するという美意識とは、かなりかけ離れた世界観があるだろう。琳派という流行もあった。そう考えると、むしろ絵画的には時代を逆行しているのかも知れない。87ミリ。


老松図鐔 大月光芳 Mitsuyoshi-Otsuki Tsuba

2012-04-08 | 鍔の歴史
老松図鐔 (鍔の歴史)


老松図鐔 大月光芳(花押)

 なんと大胆な意匠であろうか、齢数百年の老松を正面から眺め、太い幹と覆いかぶさるように伸ばす枝を、表裏に描き分けた作。素銅地一色の素材の使い方も優れている。一切の色金を用いず、渋いその色調のみで、古紙に描かれた松樹のような印象としている。鳥の巣籠りを抱くように葉の茂る様子を描いている部分には、松樹一体の強さとは異なる温か味を感じる。演出もうまい。
 光芳は大月光興の父。作品は多くは見ないが、この例で知るように優れた感性と技術の持ち主であったことは間違いない。一般的に子の光興の方が知名度も高く作品も多く、江戸時代後期の京都を代表する金工とされている。
京において育まれた我が国の伝統の美意識は、他の芸術と同様に江戸時代に大きく発展した。京都の金工としては、細野政守、一宮長常、鉄元堂正楽などがあり、いずれも人物図を得意としているが、この大月派は、人物を主題とした作と同時に風景図にもみるものがある。76.3ミリ。

東下り図鍔 亀谷斎額川保則 Yasunori Tsuba

2012-04-07 | 鍔の歴史
東下り図鍔 (鍔の歴史)


東下り図鍔 亀谷斎額川保則(花押)

 我が国の古典『伊勢物語』に採られている、頗る有名な和歌物語に取材した作。富岳を望む在原業平の姿を捉えて美しい風景としている。ところが描かれている人物の表情は、殊に従者の様子は欠伸をするものに居眠りするものがあり、なんとも…面白い。額川保則は、玉川吉長の門人。73.2ミリ。

蘇東坡図鍔 松玄斎政春 Masaharu Tsuba

2012-04-06 | 鍔の歴史
蘇東坡図鍔 (鍔の歴史)


蘇東坡図鍔 松玄斎政春

 古代中国の詩人蘇東坡(そとうば)の名も良く知られている。蘇東坡は政治家でもあり、皇帝の変化により、政治の表舞台から裏方、再び表へ、そしてまた地位が転落…というように政治に翻弄された生涯を送った人物。雪中に街を離れてゆく姿を捉えたこの鍔には哀感が漂っている。雪の下にも花咲く植物があり、雪の重みに竹が耐えている。政治の表舞台に再び戻ることを暗に示しているのであろう。優れた技術による鉄地高彫に金銀素銅の象嵌。人物描写が特に優れている。政春は玉川吉長の子で、江戸の石黒政常に学んでおり、写実性を追及する意識は石黒派の影響であろうか、人物描写、特に顔の表情、動きのある身体の表現が素晴しい。68ミリ。

李白観瀑図鍔 弘親 Hirochika Tsuba

2012-04-05 | 鍔の歴史
李白観瀑図鍔 (鍔の歴史)


李白観瀑図鍔 弘親

 酔李白の画題があるように、詩人李白は酒を友とし、多くの詩を遺している。最も有名なのが廬山観瀑のこの場面。瀧を前に酒を飲む姿は絵画においても、雄大な風景を背景に描かれることがある。この場面は安親の作例が良く知られており、かつて紹介したことがある。
 弘親は打越弘壽の門人。師同様に古代中国の偉人などを題にとり、写実表現するを得意とした。この鍔でも、鉄地を彫り込んで深山渓谷の岩場の様子とその質感を表現、轟音高く落ちる瀑布が目前に迫るような構図も巧みである。李白の身体は高彫象嵌に色絵。73.8ミリ。

養由基図小柄 松壽軒美長 Yoshinaga Kozuka

2012-04-04 | 鍔の歴史
養由基図小柄 (鍔の歴史)


養由基図小柄 松壽軒美長

 『百発百中』の語源となった弓の名手養由基の伝説。天上高く飛翔する鳥を見事に射抜いたこと、樹に隠れた猿を射抜いたことなどが絵画化されている。縦位置を巧みに利用して天に向かって弓を射た姿と、その先に天をゆく鳥の頭を表に、これを連続させた裏には鳥の翼のみを描いている。構成も巧みであり、古代中国の伝説的な人物像も肉合彫と高彫色絵を複合して表現している。朧銀地に金色絵。松壽軒と号する美長は、水戸の玉川派の工であろう。

許由図鐔 蘭々亭友寿 Tomotoshi Tsuba

2012-04-03 | 鍔の歴史
許由図鐔 (鍔の歴史)


許由図鐔 蘭々亭友寿(花押)

 友寿は水戸金工一柳友善の一族。鉄地に写実的で正確な構成になる肉彫や高彫像嵌の手法で事物を彫り描くを得意とした。この鐔でも密に詰んだ鉄地をくっきりと彫り出し、古代中国の帝位継承にまつわる伝説を表現している。自らに降りかかった皇帝位の話。それを聞いてしまった耳が汚らわしいと川で耳を洗うのが許由。この伝説にはさらに続きがあり、この川の水を自らの牛に飲ませていた巣父は、牛にこの水を飲ませることすら汚らわしいと、川から立ち去ってしまったという。清廉潔白をであらんとする意識を明確にする図柄であり、水戸金工に限らず、武家の持ち物には好まれて描かれた図である。72.5ミリ。

草摺曳図小柄 赤城軒元孚 Motozane Kozuka

2012-04-02 | 鍔の歴史
草摺曳図小柄 (鍔の歴史)


草摺曳図小柄 赤城軒元孚(花押)行年七十歳

 歌舞伎の演題、その名場面を活写した作品も多い。もちろん古典に通じるものであり、名場面は単に演者を格好良く見せる一場面というだけでなく、物語全体を示すもので、何らかの意味を持っている。
 草摺曳は鎌倉時代の曽我兄弟の活躍譚を素材としたもの。現在でも歌舞伎で演じられることがあるので、御存知の方も多かろうと思う。力比べを美しく表現した例は、『平家物語』の錣曳きや、朝比奈の首曳きなどがある。
 元孚は江戸の奈良派に直接学んでおり、本作も見るからに奈良風の出来となっている。小柄を縦位置に用いた構図が良い。人物描写とその表情には迫力が満ち溢れている。裏板の猫掻鑢仕立てにも奈良に学んだ様子が窺える。


蟻通図鍔 弘直 Hironao Tsuba

2012-04-01 | 鍔の歴史
蟻通図鍔 (鍔の歴史)


蟻通図鍔 弘直(花押)

 同じ弘直の小鍔。朧銀地高彫に色絵の手法で、和歌の神として知られる蟻通宮の神威を表現したもの。素材は紀貫之を主人公とする謡曲にあり、遍く知られている。古典に題材を求めた理由は、徳川光圀による『大日本史』編纂でも知られるように、水戸の武士が取り入れた学問の基礎が古典の重視にあったことに通じよう。61.5ミリ。