一連のバローロが飲み頃を迎え、呼ばれるがごとく、次から次へと飲みたくなります。ヴィーニャ デル グリは何故か途中で経過を見なかったワインです。香りは:甘草、コショウ、シナモンの上品な香りと黒オリーブ、桑の実のリッチな香り。いまだに若々しい果実味、ふくらみのある柔らかな酸。味わいの中で一番嬉しくさせられたのがタンニンです。最初に張り付くような強いアタックがあります。しかし、淡雪が解けるように綺麗に解けていきます。この引き際の潔さが、桜の花の散り際に重なり、春の桜が無性に恋しくなりました。いまだ寒さが居座る札幌ですが。柔らかな酸と果実味に心温められ、タンニンの余韻の潔さに、運命を冷静に受け入れる日本人的な精神を感じます。
話が飛びますが、太宰治の小説「人間失格」を原作にした映画を見てきました。原作は読んでいないので、監督の意図とした事は解りませんが。筋だけを見ていくと女優さんの演技だけが華やかで。特に津軽の風景は混沌としたグレーが立ち込む映像が映し出されていました。その最中に、ふと思い出したのが弘前城の桜です。散った花びらは道路を桜色に埋め尽くし風に吹かれるままにうごめく様は、まさに風の行く末の運命を穏やかに受け入れ、散ってなお、その美しさを顕わにしています。“ヴィーニャ デル グリ”を飲んだ翌日に、タンニンの潔い引き際を桜の散る様が微妙な重なりに感じられ、思わぬところでワインの余韻が蘇ってきました。
訂正があります。先回のグロミス社のバローロ1988とありますが。正しくは1998です。申し訳ありません。
このワインは醸造と瓶詰めはグロミス社となっているが、ガヤ社の所有の畑のブドウから造られるワインです。在庫をしている1997には単一畑のチェレクイオと商品名のコンテイザが表記されているが。98と99はバローロのみの表記になっています。
当初は優柔不断な存在感のない香りと記憶をしていましたが。私の予感が的中。輪郭のくっきりした艶やかな木イチゴ、スグリ、サクランボの香りをカカオの香りが漂うベールで包み込み、ゆったり薫っています。ゴロンと塊のようなつかみようのない酸とタンニンはスリムで滑らかに変化し、しなやかな柔らかさのある果実味にミネラリーなアフターテイストがあります。
長い時間をかけてエイジングをしてよかったと、思わせるワインになっている時が、絵にも書けない幸せを感じる一時です。
ボルゲリ ロッソ “レ マッキオーレ”はリリースされて間もなく抜栓しても美味しく飲めるワインだと思います。ボルゲリでの赤ワイン造りは、イタリアの在来品種に不向きな土地柄らしく、インターナショナルな品種が主に植樹されています。以前はこれらの品種に興味がなく、とりあえず試飲だけはして様子を見ていました。そのうちサンジョヴェーゼとメルローの相性が気に入り、ボルゲリもスタイルの一つに加えてもいいと思い、手ごろな価格のワインをリストアップしていった経緯があります。
この“レ マッキオーレ”はサンジョヴェーゼが15%入っていることへの共感とゆったりした果実味のユルユル感が気にいったワインでした。この豊かな果実味と生き生きした弾むような酸は。しかし、さほどの欠点ではないのですが。酸の基礎部分が希薄で安定感に不安は覚えていました。ミッドまでゆったりと延びる豊かな酸があれば、果実味の豊かさがもっと生きてくると思われたからです。この2006年はとても天候に恵まれた年で少し多めに買い置きをした1本です。今回は1年ほどエイジングをしてどのように変化をしているか様子を見るために抜栓をしました。残念ながら期待していた、モリモリと底辺から湧き上がるような酸にはなっていませんでしたが。しかし、この価格帯のワインであれば“コンパクトにまとまった柔らかな酸とタンニン”とコメントをしておけばよいのだが。試飲の段階で多くを期待しすぎたのかもしれません。私の見込み違いで価格と品質のバランスが悪いワインであるとは思っていません。美味しいワインの部類に入ると思っています。何か期待感を持たされるワインであり、これからも見守っていくつもりです。
記念日に開けるワインを今回は、アマローネ デッラ ヴァルポリッチェッラ クラッシコ “サントゥルバーノ”を選びました。それは、去年の12月のパーティーで抜栓して頂いたアマローネ“ヴァイオ アルマロン”が私の期待していた以上に仕上がっていました。その時に一番気になったワインがサントゥルバーノだったからです。
そのパーティーに抜栓するワインの構成を考えていたときに、まず思い浮かんだワインがヴァイオ アルマロン 97を最後にサービスすることです。そこから、3本目がヴァルテリーナ“チンクエ ステッレ”1997、2本目がバローロ“レ コステ”97、1本目にヴェルディッキオ“セッラ フィオレーゼ”2000、最初にフランチャコルタを抜栓する計画を立てました。実はこのヴェルディッキオが曲者で6年経過して、ようやく熟成香がつき始めているかダメになっているか確認をしたいと思っていたワインです。お客様にお出しするにしても、一定レベル以上の経験がなければ、ただのデットストックのワインと思われかねないので、時機を逸していたワインでしたが。今回はメインのお客様がワインに造詣が深く、なにより喜んでくれる姿が見に浮かんで来たので、一揃えの中に入れました。メインはアマローネとアラを組み合わせ。私の密かなたくらみであり、相性に疑問符を付けられるのは覚悟を決めて。これもアリだと思っている私は念願を果たすも結果は?
このよう経緯から今回はアマローネ“サントゥルバーノ”を抜栓することにしました。晩ごはんはマグロと帆立貝の海鮮丼。マグロの赤身をワインのスパイシーな味わいが引き立て、赤身の鉄分がワインのミネラルを調和してくれる。さらに、トロのかかった一切れがワインの艶めかしく凝縮された果実味を向かい入れ一体化し、帆立貝のほんのりした甘さが輪郭をさらにはっきりさせてくれます。酢飯の酸とワインの酸の楽しげな宴は、これらを巻き込みながら輪となり、ひと塊になり致福の時を過ごす。
ヴァイオ アルマロンとサントゥルバーノの比較は酸の輪郭はサントゥルバーノの方がくっきりしています。しかし、ヴァイオ アルマロンはスケールの大きな果実味が特徴で貴腐菌の影響であると思われるリキュールのような風味があります。
ジャコモ コンテルノ バローロ“カッシーナ フランチャ”1996は、リリースされてから、ほぼ10年が経過をしたワインです。渾然一体になった香りは森の黒い果実以外に、思い当たる香りが見つかりませんが。しかし、奥深さはあります。今の時点で味わいは、果実味はフレッシュのままで、ようやく酸とタンニンが滑らになったところだと思います。私の能力ではこれだけ複雑になると、何と表現していいのか言葉が出てこないのが実情です。
それにしても、エイジングをして、その固さを和らげられたワインには独特の世界観があり。それらの様子を眺めることが、五感に感じることが、本来の楽しさではないかと思います。そう考えると、私にもこのワインを楽しめる資格が、多少でもあるかなと思います。
それは、飲み進んでいる最中に、ひたひたと広がっていく様子が美しいと感じました。黒い地面を遥か地平線まで七色に次々と変え、背中に感じる温かい微風は、そのまま前面に通り過ぎ、雪解けの萌える草のような躍動感が展開してくれたからです。こうなるルンルンな気分にさせられます。
前回のピコリットもそうであるが。ディテールを細々と言い当てることにあるのではなく、美味しく感じる鍛錬が大事であるような気がします。
今後、エイジングを重ねることで、更なる変化を期待できると思います。