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八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

(34)小泉の言いなりになる、節三

2016-03-22 03:45:11 | 節三・Memo
   

大正4年去年から参戦した第一次世界大戦も秋田の田舎では、まだ実感として捉えられていなかった。
むしろ、鉱山の資源は、益々小坂町の財政を潤し、新助も、長男戍太郎、悌三らは好景気の恩恵を受け、投資でも稼いでいた。
太田家の悲劇は、ただ一つ、七男の節三であった。
大館中学、柔道部主将、黒帯二段、東北六県の他流試合では無敵を誇り、新聞もやんやと書立てた。
講道館五段三船久に見込まれて、柔道では申分ない、少年なのだが、又しても校長室を賑わした。

担任の小笠原連三は、生徒の一年間の記録簿を、昨年、三船指南が教導の為に作らせた檜のテーブルに置き、校長と口車の教頭の前で額に皺をよせ、溜息をついた。
「もう一度記録を見せてくれ」
への字の校長が記録簿に目を通すと、何も言わず、やはり肩を落とした。
節三は昨年同様、学業不振に付き、進級できずの憂き目の瀬戸際に立たされていた。
校長は窓の光を遮る、雪の山を見ながら、ポケットから「朝日」の煙草に火を点けた。
娯楽、嗜好品の少ない、小坂町の楽しみは、煙草であった。
「山桜」「敷島」「大和」などは大人気だった。
数年前から輸入煙草も売ってはいたが、地主か鉱山の重役位でなけれは買えない値段であった。

「落第ですな」
教頭が沈黙の空気に唾を飛ばしてまくし立てた。
「落第、落第、柔道が少しくらい、強いと鼻にかけているようだが、校長、学校は学問を学ぶための場所。その場所で学問の出来が良くない、記録簿が物語っているでしょう。これはもう一度、二年生ですな、成績が上がるまで二年生。すんなり進級させられますか」
校長も返す言葉が見つからなかった。が、
節三の落第を覆したのは、柔道の浅利顧問であった。
節三が落第らしいと教員室で噂を耳にした浅利顧問は、
「教え子が落第と聞いては、黙って見過ごす気持ちになれない」
校長室の引戸を静かに引いて、ストーブに薪を投げている校長に、
「太田君は、三船指南の門下生になる予定です」
「三船指南は、その気になればいずれかの大学に進学してもらわなければならん。教導の役目には、大学の肩書が必要になろう。
親御さんも太田君が学生の分際では、仕送りもしてくれるでしょう。そう言って帰られました。三船指南は太田君が上京すると、思ってますよ。その三船指南の行為を二年も三年も待たせる訳にはいかんでしょう。ここは目をつむって太田君の将来にかけましょう」
校長は柔道で学校に貢献する節三の落第に気分を曇らせていたのである。

この言葉は節三の窮地を救い、浅利顧問は面目を保った。

秀才、小柄な一歳年下の同級生、小泉の言いなりになる節三の中学三年が始まった。

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