春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

鉄砲洲稲荷神社!

2016-10-31 22:05:38 | Extra

今日は、鉄砲洲神社から、佃島、石川島、築地本願寺、京橋、八丁堀、日本橋の旧跡を、
尋ねる予定でしたが、旧跡で現存するのは、
神社仏閣だけ。武家屋敷など、ゼロ。
これも、武家とはいえ、何ら旧跡を残せなかったのかと、
少々残念です。
「鉄砲洲稲荷神社」
1624年に創建され、水除けのご利益があるとされる、神社で、

南八丁堀の総鎮守。
江戸時代米や塩、酒などあらゆる消費物質は、鉄砲洲の湊に、
入る為、氏子だけではなく、全国の船乗りから信仰されたという
今は、海が埋め立てられて、ビルばかりですが、
昔の地図では、5分も歩けば海のようで、
時代の流れは想像を超えています。

が、それから3日経った昨日の夜、今度は彦兵衛が、大川へ突き落された。
「昨夜と言いますと、たしか雨が降り出していて・・・・」
るいが膝を乗り出した。
「左様でございます。暗くなってから降り出しまして、・・・・・・旦那様は夕方から、
鉄砲洲稲荷の近くへ揉み治療にお出かけになりました」
「御宿・かわせみ」・「ほととぎす啼く」平岩弓枝氏から
作中、御宿・かわせみ」は、この場所から7~8分、大川端に・・・・・。

神社の後、築地本願寺へ向かうのですが、このあたりのビルの谷間で、
ひときわの存在感です!

         

         

それでは、また!

 

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人が居なくなる少し前!

2016-10-30 19:32:34 | Extra

春がなかった今年、今日の空は、まだ先の師走を思わせる曇り空でした。
このまま、秋の日和の恩恵を受けずに冬になるのでしょうか。
仕事の最終期日の見積もりが甘かったかもしれない。
修正はできるけど、なるべく期日まで終わらせたい。
最後の仕事?踏ん切りが付けられるように、
とはいえ、ほどほどのリフレッシュがないと・・・
というわけで明日は、東京下町辺りへ雲隠れ。
川越って、一時は、江戸より人口の多いときがあったんですよね!

 
                        

     

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やるせないねぇ~!

2016-10-29 19:40:21 | Extra


こんな記事。
昨日は飲みっぱなしに飲んで、
今朝は満足だったのに!
このていたらく!
検体を入れた袋を、休憩所に置いて、
暖を取るのに、焚火の中に入れたと・・・!
誤ってと!
重労働と飢えで歿くなった61人がようやく日本に還れる、
最後の「61柱の歯」
休憩所のテーブルに置く自体不敬。
作業員も苦労したであろう埋葬地の遺体からの採集。
遺族の思いが叶う姿が浮ばなかったのだろうか。
間違えてって!
間違えてないでしょう!
焚火で温まる為には、焚火の木と「61柱の歯」が、一緒。
私は遺族ではないけど、

謝る職員めがけて、石ころに手を伸ばします。
なんか、むなしいね!
言葉がないから、ここでやめます!

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ブログのネタは?

2016-10-28 21:36:50 | Extra

 

八王子午後から雨で、出かけるには、やや、不向きな日でした。
出先から帰って、「あれれ」ブログのネタは?
昨日の続きの写真です!
昨日は、

桜も咲いてて、秋晴れ、帝京大学の学生さんたちが、
「鹿」の生態を調べていると云っていました。

覗いたら、鹿は林の陰で昼寝? 夕寝?でよく見えませんでしたが、
学生さんたちは、溌剌としていて、カメラに収まってくれました。
ダムが完成するまでの大変さと、自然、芸能などが、
水道局の建物の中に展示されていました。

                   



        
そして帰り、櫛・かんざし美術館に入り、内容にびっくりして、
今日も馳せ参じた次第です。

寒い今日です
よ!
 明日、明後日は、何処へ行っても、人、ひとでしょう!
のんびり、家ですごします!

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気分転換 奥多摩!

2016-10-27 22:17:27 | Extra

今朝目が醒めたら、頭の中に靄がかかって、
珈琲を飲んだら霞に変わり、
椅子に座ったら、シャキッとした!
今日は何もしない!
出掛けよう!

徹夜の連続が、そうさせた。
どこでもいいのだが、行く場所が決まらない。
人のいないところ、静かなところ、楽に歩けるところ、
時間が余ったら、寄り道の出来るところ・・・。
都合の良いことばかり、
そんな場所、ようやく決めた。
奥多摩湖。
水深142メートル。東京の渇水時の水瓶、人造湖。
小河内ダムができる前の村を書いた石川達三の「日陰の村」
ダムの稜線の向こうは「大菩薩峠」、中里介山の得意とした、風景。
先日投稿した、「モスラ」の映画にも奥多摩湖が登場する。
今日は、何も考えたくなかった。
ただ、ただ、ぼんやり、気ままに歩くだけでよかったが、
やはり、何か考えている。
往生際が悪い!
もう何日も続いている。

「その悪い往生際」が「なまくら往生際」が、
帰りの車の中で、き・え・た一瞬にして。



訪問くださっているのに、非礼な振る舞い、なにとぞ、なにとぞご容赦くださいますよう!

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ショウマ(升麻)! 高尾山

2016-10-24 21:57:06 | Extra



3日間の蟄居生活から、放たれて「高尾山」へ登りました。
打ち合わせ後だったので、昼近く。
リフトに乗って前回より少し遠くまで歩きました。
地表からそんなに離れていないのに、
高所は「苦手」と知りました。
埼玉県越生町で見かけた花の名前が解り、「気分はよし」です。

    

もう少しいたかったのですが!



パンパンの足になったけど、丈夫になりました!

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吉見② ヒカリゴケ!

2016-10-23 20:14:31 | Extra

 看板を見ないで洞窟にはいれば「よく掘ったなぁ」と、
 キョロ、キョロして、出口まであっという間だったろうけど、
 穴の上は、古代人のお墓、お墓。
 戦争に勝つためには、なんでもありというわけか、
 「負けるが勝ち」など、甘いことは言っていられないのが、
 戦争なのだから、当然でしょうネ!
 が、労働者は、相当に「くたばった」であろう!
 立ち止って、働きぶりを想像しても、
 私の想像力では、100メートルのバゲットをかじった、
 鼠の歯型程度の、ものに違いありません!

 



         

         

            

 中島飛行機が作った飛行機のエピソードは、数年前、
 十和田湖から引き揚げられた、戦闘機があって、
 2010年テレビのニュースで報じられていました。

 私ごとは、大叔母ルーシー・
バニングが亡くなった数年後、
 アメリカから帰国した節三が、後年生家にも、寄らず十和田湖に赴く記録が、
 ありますが、「幻の遺産」
 中島飛行機の戦闘機が落ちた場所の確認で、
 赴いたものと、推測しています。

            

 明日は晴れ?!
 3日間運動不足、うっぷんを晴らせたら、と
 虎視眈々です。

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吉見百穴① コロボックル! 

2016-10-22 20:46:19 | Extra

 太陽の無い空は、秋というより、冬空。
 肌寒く、机の下?にはストーブが欠かせなかった今日でした。
 生活態度は誉められない、一日。
 ただボーと過ごしたけど、
 これも一日。あっという間!

  コロボックル物語2 豆つぶほどの小さないぬ 児童文学創作シリーズ

  一昨日、埼玉県の生越で用を済ませ時間があったので、
 東松山市の「吉見百穴」を見物してきました。
 案内看板「コロボックル人」
 「蕗の下に住むという、身丈30センチほどの人間」
 すばしっこく、いたずらや悪さなどはしない、

 気立てのよい性格。
 アイヌ人が北海道に住む前から石器や土器を扱い、
 笹の葉を縫い合わせた、小舟で漁をしていたという。
 自分たち姿を見られることを嫌った、コルボックル人は
 アイヌの人たちに、夜になるとこっそり窓から差し入れをしたというのに、
 ある日、悪がきが、差し入れの手をつかむなり、ひっぱりこんでしまった。
 美しい人だった。
 その手首に、綺麗な「刺青」が描かれていた。
 コルボックルは羞恥のあまり、泣き、
 それ以後、激怒したコルボックル達は、遠い海の地方へ去ってしまった。
 アイヌの刺青は、コルボックルから受け継がれたものだろうと!、
 
   コロポックルを日本の石器時代人と唱えた

 人類学者坪井正五郎がこの伝説を根拠に、吉見百穴に住んでいたと、
 したが「吉見百穴」は古代人のお墓の説に否定されたままになった。
 学者坪井はサハリンへアイヌとコルボックルの調査に出かけ
 志半ばで、現地で無くなっています。


 1961年可愛い妖精役、島の原住民で出演していた「ザ・ピーナツ」の映画、
 「モスラ」
 原水爆実験の島で吸血植物に絡められた、
 原住民の調査に来た言語学者を、双子の妖精が助ける。
 その妖精の身長が30センチあまり、
 映画ではとてもかわいい心に残る映画でした。
 安保闘争の後で、比喩は極めて日本の世相なのに、
 今は、小さい妖精を登場させた事の方に興味があります。


 信じられない話ではあるけど、アイヌにかかわったコルボックル。
 新聞の記事を読んで、馳せ参じた、一昨日。
 今日は、これから野球鑑賞の後、
 「モスラ」の映画を見て過ごします。

 「豆つぶほどの小さな犬」
 佐藤さとるの著書、の中の1冊。
 1959年から書き続けたコルボックスを題材にしています。
 ファンタジックです。今は、女流の有川 浩(ひろ)氏が、
 名指しで後継に指名され、ビックリ!」したといいます。
 きめ細かく、佐藤氏の後を引き継いでいます。        



         
 コルボックル、漁が上手いといいますが、まさか、タコまでは、思います!

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まさかネ!

2016-10-21 18:36:08 | Extra

一昨日の19日、仲間が足首のリハビリだけでは効果がない!
そろそろ下半身の強化をしたらいい、というので、
素直に従った。用意してくれたのは、6尺の脚立。
これを昇って、降りたら、もう反対を昇って降りて100回繰り返す。
というのが「指令」
何回か続けていたら、「指令者」の家の窓の汚れが目に付いた。
身体を動かすことには、昔から抵抗がない。
窓の掃除をやらせろと、談判!
それでは、困る、やらせろの
押し問答の末、結果、ウイスキー1本で手打ち!
窓が終わると、庭の汚れが気になった。
しゃがんだり、立ったり。4時間。
そして昨日のドライブ。
それが祟った。
腿の付け根から、筋肉痛!
自分の足では、ない!
今日はおとなしくする羽目に!


鳥取の地震は頻繁だし、北海道では雪。
ファイルの中にこんなのがありました。
川越城本丸御殿の中庭が、雪景色?
まさかネ!
季節の変化に追いつきません!
一杯吞んで、寝ます!

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七重八重花は咲けども・・タイムスリップ!

2016-10-20 21:23:15 | Extra

 節外れの温度朝方仮眠の後、
 つい、出かけてしまった。
 又しても、埼玉県。
 太田道灌、少し気になる。
 半袖に解放の窓、小気味よかった。
 秋田の十和田湖、栃木の那須岳辺りは、
 紅葉の真っ盛りだと思ったけど、
 紅葉の話が聞けない。
 まぁ~いいか!

 埼玉県越生町「龍穏寺」の道灌の像。
 ここは、道灌の父君と道灌のお墓があるところ。

 

 こちらは川越市の市役所前の道灌像。



 七重八重
 花は咲けども
 山吹の実の一つだに
 なきぞ悲しき

 鷹狩の道灌。雨が降って蓑を借りようと、
 乙女、差し出した一枝の山吹に、
 道灌、怒り心頭。
 家来につい喋った。
 これがよかった。
 家来に「古歌ですよ」と覚らされ、赤っ恥。
 道灌、乙女の山吹に託した思いに
 それからせっせと歌道をを志し
 文武両道の名将になったという話。

 尋ねた土地は、もともと山吹の自生地
 地名も山吹
 近くの報恩寺には、山吹姓を名乗った一族が
 いたことも記されています。

 季節外れの山吹、まだ咲いていました。数えて16輪。
 乙女の姿が浮かぶようです



 越生に行く途中、日高市で皇族、政界、芸能人、小説家の参拝者がずらり、
 隣国、新羅に滅ぼされて日本に亡命した、高句麗の帰化人を朝廷が
 この地に住まわせたといわれる、「高麗神社」の境内。
 10月桜が咲いていました。
 なんと半年ばかりの「タイムスリップ」
 良い日でした。
 テレビは、9時間余り前のニュース。
 録画でタイムスリップであります。

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梲(卯建)

2016-10-19 21:16:13 | Extra

川越、蔵造りの町では、梲(うだつ)を上げた、
お店は、1件しかなかった。
周りお店が「梲の上がらない」という皮肉ではなく、
見たまま「妻壁を一段上げた建物」ということで、
誤解ありませんよう。
さて、明日まで「いとま」をいただきます。
残務整理であります。

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ホッコリ!(越生町)

2016-10-18 20:42:53 | Extra


今日はこんなにもすっきりと晴れて、久しぶりの秋を満喫するはずでした。
能力以上の仕事、昨日はとうに終わっている筈。
が・・かなしい、終わらなかった。
朝の目覚め、2升の酒を飲んだように気分。
仕事、頭の中のどこかで息切れしている。
こんな時は、部屋の中で、グズ、グズしても仕方がない。
出掛けました。
もともと、下の写真のお寺に来る予定でした。
江戸城を築いた太田道灌の父君と、本人のお墓のある「龍穏寺」です。
今、太田道灌を大河ドラマにと、あちこち運動をしているところらしい。
悲惨な「死」を迎えた道灌ですが、彼の功績は、川越本丸、江戸城と、
色々あるわけですが、ドラマチックに欠けた、
如何せん秀才!「地味」
成功するといいですね!

ただ越生町は「梅林」で賑うのですが、
観光ずれしていない。
何となくホッコリです!




小型車、2台すれ違うのも難しい鬱葱とした山道から登った、
見晴台の景色に、長椅子で頭を持ち上げて、しばし、ドテ!

思わず車を止めたけど・・・

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埼玉りそな銀行1918(川越市)

2016-10-17 19:57:55 | Extra

 明治26年(1893)3月27日20時15分。 
 旧城下の養寿院門前から火災発生の一報。

 町の消防22組が総出で消火作業に当たったが、
 北からの強風・連日の晴天続きによる
 空気の乾燥・消火用井戸水の使い果たし、町域3分の1を消失。
 連雀町の「時の鐘」「八十五銀行」も消失。
 翌18日8時に鎮火。
 出火原因は
養寿院門前紺屋職作業場の業務用灰を
 十分に消火しないで、灰部屋に入れたため。   
 蔵造りの町連雀町に、
 埼玉りそな銀行川越支店(旧第八十五銀行)がそびえ立ちます。
 
 明治11年(1878)10月15日設立。
 発起人は川越町内の旧川越藩御用商人や近郷の富農ら16人。
 川越町南町にあった横田五郎兵衛の敷地を一部借りて開業。
 明治31年1898)に普通銀行となり
 大正7年(1918)に第八十五銀行の本店として建てられました。

 鉄骨鉄筋コンクリート造り、三階建て、搭屋・金庫室付き。
 高さ25m、面積291㎡。
 近代金融史のシンボル的な洋風建築で、

 ネオ・ルネッサンス、サラセン(イスラム)風デザイン。
 
平成8年(1996)に国の登録有形文化財の指定を受けています

小坂鉱山の事務所も一緒ですネ※幾度か掲載しましたがいつか、また!


    
 設計は保岡勝也(やすおかかつや)(
1877~1942
 東京帝国大学で辰野金吾(日本銀行本店や東京駅を設計)に師事。
 卒業後は三菱社(現・三菱地所)に務め、
 29歳で技師長に就任。

 明治45年(1912に三菱を退社、
 保岡勝也建築事務所を設立し、
 住宅や数奇屋の設計者として活躍。
 享年65歳。

蔵造りの町シンボル「時の鐘」明治26年大火で焼失してしまった。



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帰りはこわい、とおりゃんせ!

2016-10-16 18:01:46 | Extra

口笛拭いても届かないくらい高い空。
清々しい秋です。
足の具合は暗いけど、気分はスッキリ状態!
と、云いたいが、面倒な仕事?
コーヒー片手の時間が長い、なが~い!
というわけで!

 
とおりゃんせ、とおりゃんせ
ここはどこのほそみちじゃじゃぁ~・
神奈川県小田原市の菅原神社(山角天神社)や
埼玉県川越市の三芳野神社が発祥と?
この歌詞の意味に
神隠し伝説や人柱埋蔵金伝説の関連付けをする人は多くけど・・・。
専門家が解らないのに、私に解るわけがな~ぃ!
今日はすんなり「とおりゃんせ!」

天神様、1639年川越城の鎮守様になってから、
警護がうるさかった!
年に1度以外、誰もお参りできなかった。
昔の絵図では、ほんとに細い道。
7・5・3のお参りだけは許された三好野神社。

諸説くつがえして、

天神様怖い。見たことない!
7つのお祝い、出かけたはいいが、
天神様を見て、この世のものではない、怖い。
残像が残って、子供に、こわかった、こわかった!

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

社殿は改装中でした。残念! 
三好野神社境内、ここで「とおりゃんせ」の唄が生まれたと云い伝えです。

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鎖と龍!秩父

2016-10-15 18:34:40 | Extra

昔から日本人は、家や地域の四方を青龍、朱雀、百虎、玄武という神使が
守っていると信じてきました
境内案内板より
この彫刻も、当社の東北(表鬼門)を守護する青龍の姿を
名工左甚五郎が社殿彫刻に施したもの


左甚五郎。
岸和田のだんじり、岸和田の隣接の貝塚の生まれ、
彫刻師「岸上」一族の一人であるという説があるけど、
初代・岸上甚五郎左義信は1504年に誕生し、
66歳で没したとされている。
一族は、途絶えており、真説は判らない。
龍にまつわる伝えを楽しみたい。

秩父神社東側本殿の彫刻の龍。
近くの小林寺、「天ヶ池」に住み着いた龍が暴れた時、
必ず、この竜の下が、水たまりになる。
そこで、龍を鎖で縛った。
以後、「天ヶ池」には龍は現れなくなったという。

桶川市の龍は、もっと物語っぽい、
泉福寺の正門にある竜の彫刻も左甚五郎の作らしい。
むかしこの村は非常な旱魃(ひでり)にあって、
田畑の作物が枯死寸前となり、村人たちは困った。
すると村の長老が、
「長いこと門に閉じこめられていて、さぞ退屈だったろう、
どうじゃ寺の池にでも出して泳がせてみるとしたら」
と、言った。
どんな雨乞いもきかなかったときのことだけに、
村人たちもそろって賛成し、さっそく竜を門からおろして、池にはなしてやった。
彫刻の竜は、雨乞いの村人たちの目の前で、
まるで生きもののように泳ぎ出した。
雨乞いの祈りも忘れて、目を見張る村人たちの頭上が、
にわかに曇って、その黒雲の流れの早いこと、
見る間にあたりはうす暗く、風雨も強く降った。
雷鳴がとどろき、大暴風雨となり、池はあふれ、
たちまちのうちに荒川もいっぱい、大洪水となってしまった。
驚いた村人たちは、雨乞いもやたらと出来ないと語り合い、
あの竜をどうしたものかと相談した。
竜を放そうと言った長老が、
「この先、暴れすぎて、何が起こるか知れん。
すぐにでもあの竜を動けないようにしなくてはならない」

それには、どうしたらよいか知恵をしぼった。
そこで、村人たちが総出で、竜の爪を切りおとして、今まで納まっていた寺の門へ、
かねの鎖で、しっかりと縛りつけることにした。
それからは、村に大洪水はなくなったという。
雨は農作物にはいいけど、洪水はもっと困りますネ!
参考書・桶川観光協会


程よい秋晴れでした。軽く食事の時間です!

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