春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

誰が彫ったか、医光寺の赤城神社

2018-11-29 23:52:47 | 関口文治郎/神社仏閣

 

のんびり屋の私、いつも気にするのはカレンダーで、
何事につけ、後何日あるかと、あせるのですが、
まあまだいいか、と、
手抜きをすれば、
のんびり屋、当然四苦八苦してしまいます。
気づけば、今年も幾日もなく、月日があっという間でした。

6月から、眠っていたファイルは彫刻の作者不明の神社。
関口文治郎という、武芸も達者な人物が彫刻が、
デビューしたのは、上州桐生から、日光に抜ける、
日光裏街道、黒保根水沼信号から4キロばかりの、
医光寺の本堂の欄間。1753年の事でした。
その医光寺のお墓の最上段近く
赤城神社があって、正確な資料を観ないまま、
数か月がたちましたが、まもなく年も暮れ、
蔵入りするわけにはいきませんので、
説明できないままですが、投稿させていただきます。


洗練された彫刻、1700年中期では見かけられません。
文治郎亡くなった1808年、
海老紅陵、榛名神社の龍の動きに似ているなど、
それより後年に作られたものと思うのですが・・。
早く、新しい資料が見られることに期待してです。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

👇 医光寺本堂の欄間、
関口文治郎22歳の時の彫刻、抜粋です。

 

 

 写真 2018.6.23 上州 黒保根水沼、医光寺

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いい国だと思ったけど、置いてけぼりになっちまった。

2018-11-27 23:58:30 | 残念・・・!

 

 

 ☝ 山梨県、黒岳の麓から撮った富士山でしたが、
今日から1週間ばかりの仕事で今年は、
自由に使える時間があるかもしれないと、
喜んではいますが、
投稿する記事が、不足しています。
それに、考えされる法案がすんなり通ってしまった。

「外国人材拡大」は移民。
大雑把にとらえて、
明治初めからアメリカに移民としてシアトルの日本人
12万人が、幾たびも繰り返された排日運動の結果、
1943年、ルーズベルトによって、
強制収容所に収監されてしまった。
安い賃金で働き、収益を上げる日本人に、
アメリカ人の働き口が無くなった、大きな社会現象。

今回成立した法案、詳細はこれからだと、
なんだか、訳も判らず決まってしまった。
東京には、まじめな外国人はいますが、
不法滞在者もまた、たくさんいます。
性風俗、小さなごみ処理場、飲食店、
提出書類を必要としない工事現場、
最初は正式に入国で来た人たちです。
国はどこまで、管理できるだろうか。

それに詳細は決まっていない法案ですので、
何を口にすれば、いいのか?
私、黙らざるをえなく、あえなく孤独。

👇 時間がありましたら、1昨年投稿したブログ、
アメリカテキサスの漁村アラモ湾の出来事を描いた、
フランス映画監督、ルイ・マンの作品を、
取り上げています。

「死刑台のエレベーター」から29年!「アラモベイ」!


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上野東照宮 2

2018-11-26 10:49:21 | 関口文治郎/神社仏閣

 

☝ 家康の遺言、
私が死んだら、まず、久能山に納め、神として祭るように。
葬式は増上寺で行い、三河の大樹寺に位牌を立てよ。
一周忌が過ぎたら、日光山に小さな堂を建てて勧進せよ。
関八州の鎮守となろう。

戦国時代あーだこーだと云いながら、
こっちにくっついたり、裏切ったり。
最後は天下を統一してしまった、
東昭大権現と言われた家康、
東昭=薬師如来、
権現は神様や仏さまが、
人間など仮の姿でこの世に姿を見せる、というのですから、
薬師如来の化身・徳川家康=東昭大権現は神様
家康の遺言を聞いて1627年、藤堂高虎という大名が建て、
家光が1651年改築したという、
当時にして、荘厳な宮。
500円の拝観料で見ることができました。

「狸」=家康のあだ名は、徳川を倒すときに、
西郷隆盛や大久保利光らの、
会話の中のセリフに出た呼び名らしい?
家康の知識について未熟な私でも、
知ればやはり評判通り「タヌキ親父」だなと、
死後300年、今ならつい、笑みが出てしまいます。

👇 透し塀も彫刻に彩色が施され、

 

 

 

 

 

👇 慶安4年1651年落慶に奉納された諸大名が、
銅灯篭は、48基と、権力の強さも垣間見ることができます。


👇 平成26年に修復工事が済んで公開された、
金張りの拝殿。



👇 場所を変えて拝殿と幣殿。

 

👇 手前拝殿と本殿を。

 

👇 幣殿

 
👇拝殿の扉



👇 拝殿前から唐門を


 

👇 拝殿の彫刻。

 

 

👇 本殿

 

👇 日光東照宮まで行けなない人々が、
お参りできたという東照宮、
金色殿とも呼ばれ、
手を合わせる人々に新しい息吹を与えたのでしょう。

 

 

 

 


記事参照=インターネット

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上野東照宮 1

2018-11-24 22:46:16 | 関口文治郎/神社仏閣


去年の今頃は、山間部へ行く用心に、
タイヤを冬用に変え、
今から変えて、どこへ行く?と云われました。
内緒は内緒で、応えもしないで、いたものでしたが、
暖冬とは云え、そろそろ気にし始めてもいいかな、と、
思っている今日です。
昨日、上野公園の都立美術館を訪れた後、、
動物園の脇に徳川家康を祀る、
上野東照宮も拝観していました。

東照宮の名は全国に130社ほどで、

一時は700社も
あったと云います。
拝殿、幣殿、本殿一体の権現造り、
煌びやかな装飾には、願い事すら、
恐れ多いと、感じてしまうほどです。
徳川の譜代、外様大名が金に糸目をつけなず、
こぞって建てたもの。
当時の庶民にとっては、遠くから見る神社も別世界、
20年の歳月をかけて、
1651年に完成した、上野東照宮、
1651年に亡くなったといわれる、
左甚五郎の昇り龍、下り龍の彫刻も、
見ることができました。










灯篭はほとんど1651年の完成に合わせ寄進されたもの。




👇 拝殿正面が見えてきます。


 





 

唐門に左甚五郎の龍が・・・・。

社殿を拝観する前に、
栄誉権現社・御狸様。
手を合わせて、強運を願います。


良かった、御狸様です。

 

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秋季・蒼騎展を見て・・。

2018-11-23 23:57:23 | Extra

 

秋 芸術の秋。
ここ上野公園は美術館、博物館,藝大などがあり、
眼にすることができない、画家の名作が公園内の、
あちらこちらで、見られますが、
今日は、勤労感謝の日
動物園パンダを見る人、人で、



ルーベンス展も、フェルメール展も、ひと、ひと、
美術館を訪れるのは、平日の雨の日が、
いいわけでして、みんなパス。


ただ、パス出来ない展覧会があって、
東京美術館に出かけました。
ここで、ムンク展が開かれていますが、
同様、パスして、
2階の会場へ直行しました。

👇背景を埋め尽くす「油絵」「水彩画」などの間に入ると
背景の空白を生かす描き方の「墨彩画」は寂しい感じがしますね。
春の展示会に向けて・・・少し作風を見直してみましょうか!
製作者・中井氏の言葉。
でしたが、私は画家でもないし評論家でもないので、
背景の空白を生かす描き方が墨彩画は寂しい・・、
作者でなければわからない言葉なのでしょうが、
会場の中では、技術も空間の活かし方も、
一際目立っていたように思えたのですが・・・。

写真では見えませんが、
細かく散らした無数の点の色合い、
油絵、水彩で表現しずらい、良さが・・・。
あの点描が、
画をわび、さびで埋め尽くしていたようにも・・。
実物を見て、驚いた次第です。

ただ作風が変得てみるという、次回の作品が、
どのようなものか、見てみたいと思います。


👇 この方は、墨彩画の前で、しばらく動かなった方でした。

 

 

 

美術館前の球体。

 

 

 

この日は伊賀忍者のイベントもあり、
遅い朝食、昼食はショーを見ながらでした。

  

 

👇 黒田記念館もパス

 

 

👇、ここが上野駅でした。

 

☝ 👇 東京藝大美術館の入り口、ここもパス。

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく人、ひとの上野の勤労感謝の日でした。

 

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黄金色の道を、リンゴの春巻を・・・。

2018-11-22 22:54:58 | Extra

 

晴れた日の月曜から3日間歩いた数が46,624歩。
山登りのウォーミングアップと思えば、
大したことは無いのでしょうが、
夜、8~9時には親指と人差し指で、
瞼を開けて見る、パソコン画面でした。
雨の予報の今日の八王子、
目覚めて、ブログの訪問の方が24人、
見た方が40人。
あらまぁ〜。

小机と小机、山積みになった紙屑が、
減るのであれば、嬉しいけど、
極端に減りまくった、
ブログの数字を気にしながら、
5日前のいちょう祭りにいつも来る
「春巻きりんご」の、ファイルを見ながら、
ノンアルコールをちびりちびり、
紙屑1枚1位、裏表見ながら、屑籠にポイポイ。
クラッシュが多く、立ち上がりの遅い、
パソコンの手直しに苦戦して、サクサク感が出たら、
いつの間にか、ブログ訪問した方の数字が、
増えていた。どう~ゆうこと?


全国あちこちに出向く、青森の春巻きりんご、
これがうまかった。去年も食べた。

 
パリパリの皮、リンゴは甘く、あのうまさ、
どう表現していいか、分らない、一口含んで、

 

二口目はここに置いて、

 
3口目は、水栓を借りて、

 

いつも同じところに出店する珈琲屋、
北海道、羊蹄山の湧水で
(藤十郎)だだちゃ豆のコーヒーをすする。

青森の春巻きりんごとだだちゃ豆のコーヒー。
でも、ほら、こんな風景、一人じゃなくて、
相棒がいたら、アチチィ・・なんて云いながら、
時間を過ごしたら、

もっと、旨かったねッ!


いちょう祭り、
これが終われば、八王子は黄色い道になって、
独り歩く
初老の男も、女性も、
幼い子の手を引く、母親の後ろ姿も、

絵に描ける、穏やかな風景になります。

 

 👇 私の中のベストカー・コスモスポーツ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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多摩御陵・いちょう祭り。

2018-11-19 21:18:04 | Extra

 

八王子のいちょう祭りが終わりました、18日。
天皇一家のお墓がある武蔵野御陵、多摩御陵。
760本の銀杏が甲州街道八王子から、
高尾の駅前までの4キロ、
毎年、大正天皇、皇后、
昭和天皇、皇后を偲んで、90年間。
今年は特に人出が多かったと云います。




 

 

 

高尾山方面、景信山でしょうか!

 


👇 多摩御陵までの、欅の並木を歩いているとピ〜ンと、
空気が張っているような感覚になってきます、




 

 

 

 

 


南浅川の土手が人、人。
テントが一杯です。

 

 

あしたも!

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釈迦ヶ岳に登って

2018-11-18 11:04:10 | 山に登れば

 

 

スズランの群生地が黒岳の裾野に、
可憐な花が咲くのは、雪解けが始まり、春が来る、
それを花ことばで「幸福が帰る」になるのだという。
山梨県、芦川沿い登るほどに、でこぼこ道、
葉が散り切った谷あいに
「すずらんの街灯」が、不釣り合いに感じるけど、
来年の景色に、期待感が湧いてくる。

河口湖を俯瞰して、富士山を撮影する車が、続々と降りてくる。
絶景展望台があるらしい。

予定は黒岳と釈迦が岳へ、
16日の朝7時。
360度展望できるという釈迦が岳へ登りました。
2時間半、登って下って、
釈迦が岳では、
ロープを手繰る箇所もあり、
難儀はしますが、

☝ 釈が岳



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登りきると、三角の山、10人いれば座る場所は無く、

👇 南アルプス、白峰三山
あれが、富士より気を引かせる北岳かと、
次の山黒岳、今日はあきらめて、しばらく眺めていました。

 

 

 

 

 

 

 

近くの景色、黒く走る 手前の稜線が印象に残りした!

 

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わたらせ渓谷鉄道、うさぎと亀を口ずさんで・・。

2018-11-15 22:12:24 | 関口文治郎/神社仏閣

 

ここは280年前、神社に画期的な彫刻を施した、
彫刻師達が住んでいた『銅街道」の宿場町。

秋になると美しい紅葉を「渡良瀬川」に、
映し、沢山の人たちを心を潤している。
穏やかな流れは、対岸まで歩いて渡れるほど、と、
付いた名前。
が、一旦暴れると、手が付けられず、
見る間にあふれる川の水かさは、
多くの民家を、砕いて流したという。

昔、知る人たちは、流れる家より、増水した川の水が、
子供心に恐ろしかったと・・・今は静かに。

今日(14)も静かに、無人駅から無人駅へ。
わたらせ渓谷線の2両の電車が、
とことこ走っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

童謡 うさぎと亀の作詞者はこの町、花輪宿の生まれ。
歩いて4分,販売機、コーヒーを買っても4分。

 

 

 

 

 

花輪駅のアイドル。
「花輪の文治郎」

 

 

今日も花輪駅は「ひっまぁ〜」

 明日は早出、夢の世界に入ります・・・。

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赤城・駒ヶ岳の夜道、ライトの灯りで・・。

2018-11-14 23:14:06 | 関口文治郎/神社仏閣

 

昨日、1時間20分ほど、道路に車を止め、
公道に姿を見せるまで待ってくれた女性を捜しに、
赤城山の大沼まで行きました。

会えませんでした。
手掛かりは、外人の女性、流暢な日本語は、
外人ではありませんでしたが、
ライトに照らされた顔は、外人でした。

👇 この辺りは黒檜山を下り始めた頃、
このあたりで、駒ヶ岳に着くころには、暗くなると、
覚悟を決め、なら景色を撮ろうとした頃です。

 

 


👇 岩場の無い道は、腰を下ろして休憩させるのに十分。
と書いて、後を書かなければ、
紳士然と、仮面を被っていられるのですが、
ズボンのチャックを下ろしてしまった。
今度、女性と登ったら、私のために時間は取らせません。
急いで下山をさせるでしょう。
売店は無く、水もなく、トイレでホットするところは、
公道に降りなければ、なのです。

 

 

駒ヶ岳頂上、写真は明るく、
看板もまだ見えますが、足元は暗いので、ここで、
ライトを肩にかけます。

 

 

 

 

 

 

駒ヶ岳は九十九折りなので楽ですが、
木製の階段はとぎれとぎれ、
鉄の階段では、疲れた足には、母でした。

 

 


途中から公道に車がずっと停まっているのが見え、

2度のサイレンが鳴り、 しまったと思った。
まさか自分を捜しているのではと、思い始めました。
でも、まさかと思った意識が強かった。
暗い山道、ライトをつけて登山する人は沢山いる。
が、公道に出て、女性の声、

山頂で点いたライトを見てから、
ずっと、待っていて、
ふたつある登山口、
片方に留めた車が私の車だと確認した経緯の
会話に、
更に動揺しました。

 

 

 

👇 途中、看板を見ているとき、女性が車を停めた。
「乗っていく?」この時、
「歩く」と返して、振り向いた手のライトで、
日本人でないことが判った。
分れた、さっきまで、日本人と思っていたほど、
流暢な日本語。
その手掛かりで、土産屋が教えてくれた家。
旦那さんも、女性も敬虔なクリスチャンで、
キャンプ場の管理をしているのだといいう。
今日も会えなかったけど、
じき、会える。
そう思い、上州をあとにしました。

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上州、赤城・黒檜山から駒ヶ岳 1

2018-11-13 23:31:37 | 関口文治郎/神社仏閣

 

昨日、年内は登れないとしていた山に登りました。
群馬県を訪れる度、いつかは登りたいと思っていた山、
赤城山。
空を眺めて、あきらめたことも、
今日こそはと思い、胸を膨らませた時に、
雑用?が先行してしまったり、

群馬県(私には上州と呼んだほうがはるかに近親感が湧きます)に
逗留していて、この機を逃せない。
冬の前に、紅葉が残る前にと、意を決し

昨日(12日)、赤城山大沼に出かけました。
曇りの筈ですが、青い空。
赤城神社に参拝をし、

 

☝ 登るのは黒檜山、左の山、
赤城山で一番高い山(1862m)らしい。

その尾根伝いに、駒ヶ岳👇タケノコの子のような突起の奥の、
裾野まで。


 
👇池の鯉、参拝者に共通した言葉「でかぁ!」

 

黒檜山駐車場から、パノラマラインを登って、3分に看板。
不安が的中する。
登山口は標高1000メートル、
826メートルを登る。案内では1時間ちょい。
高尾山の599メートル、
実際登るのは400メートル、
1時間30分を、いつでも2時間半。

山を登るときは、それが精神衛生上いいのか、
どうか、わからないけど、
私は、どんな山でも、
下山できない可能性は100パーセントあると、
装備には気を付けザックはいつも重め。


 


👇 ここがとばっ口、この岩場の状態を直線で一気に登る、
これが不安。
足が耐えられるか、が、引き返せない、登るだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

登山口の岩だらけを、平場なしの道を登り切りました。
書かなくていいのですが、
案内書、1時間15分で登れるところを、
3時間10分かかった。

 

👇向こうは谷川岳でしょうか。
頂上には外人さんが、ひとりだけ。

 

 

 

 

黒檜山を下ります。
駒ヶ岳(1685m)まで。
その山頂で陽は沈みました。
👇 日暮れの前の小沼とアンテナのある山。
写真では表せない、いい景色でした、が、
まさか人を巻き込む事態になろうとは、です。

 

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渋川赤城神社

2018-11-10 23:41:15 | 関口文治郎/神社仏閣

 

平成17年 渋川市津久田の赤城神社で、
上州花輪彫刻集団を率いた関口文治郎の名前が出た。
文治郎の資料では一番新しいもので・・。
もともと赤城神社、1774年近郷の村々が、
お金を出し合って完成させた神社。
類焼もあり、ぼやもありで、記録は残っておらず、
冒頭平成17年の改装で、胴羽目の彫刻の裏面に、

東上州上田沢村 彫物師 関口文治郎
安永3年ノ7月〇〇日
弟子 助次良 徳次良 善次良 傳次良 

と、案内看板にも書いています。

文治郎43歳の時で、制作依頼をこなしていて、
最も脂ののった時期。
1770年は前橋の一本木神社本殿、
1773年は、やはり前橋の金剛寺本堂の欄間、
渋川赤城神社は1774年と、
彫物師は一か所の彫刻を完成するのに、
3年から10年。

文治郎が得意な集団を作ったのは、
弟子たちの食い扶持を確保するという役目で、
弟子たちが彫っている現場を。行き来する、社ッ長さん。
ここに、文治郎の作と云えない文治郎作という、
墨書、刻銘が発生するわけで、
資料の当事者が、彫った作と断言できる、
判別はなかなか、できないものです。

👇 訪れたのは6月23日ですので、花も景色当時のものです。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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西沢渓谷、七ツ釜を。

2018-11-08 23:44:08 | Extra

 

雄々しい西沢渓谷の流れを見れるのは、
今月いっぱい。
耳がシンと冷たく、手はかじかみ、
上空わずかの風に、舞い散るブナの葉。
紅葉酒のノンアルコールビールさえ、
ザックの中で出番がありません。
ただ歩くだけ。
一方通行のマナーは約5時間、私はプラス2時間で。

西沢渓谷まもなく冬です。

 

 

 

最近、いい性格になった。
どんな小さな祠にも、手を合わせるようになった。

 

 

竜神の滝。

 

 

駐車場から1時間ほど、
白肌の巌を滑るような流れは下流地点辺り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一服をするのはここ。👇
峡谷入り口から2.5時間をかけてしまった。

 

更に1.5時間、七ツ釜です。

 

 

 

 

不動の滝 最上段の釜です。👇

 

 

 

 

12月1日から2019年4月末までは入山禁止であります。

 

 

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西沢峡谷、七ツ釜の滝をぐるり。

2018-11-07 23:42:42 | Extra

 

よんどころない用事とはいえ、
更新できずにいました。
どうか容赦くださいますよう!

今日は、山梨県西沢峡谷に出かけました。
久しぶりのハイキング、
晴れ間は無く、曇天から小雨、紅葉はちょび、ちょび。
私は気分一新、帰れば、出かけて良かったと・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

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