春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

飲み過ぎ、丸太から滑った
徳利、背中の与太郎河童
花見の色香に、プハァ~川から顔出し
キョロ、きょろきょろ!

枯れる涙

2018-03-11 23:10:24 | 3.11 被災

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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春なのに、なぜかうすら寒い! Nippon

2017-04-26 11:11:18 | 3.11 被災

常磐自動車道の福島地域に入ると、
田んぼの中に、黒いトン袋が数えきれない数で並んでいるのが見えてくる。
被災地で、行き場のない黒い袋。
福島県浪江町の高速道路を下りると、
幹線道路左にはバリケードが張り巡らされ、
ガードマンが不幸の砦を守っている。
立ち入り禁止の区域であった。
右の道、1分も走れば、黒い袋の大きさと、敷き詰められた広大な面積には、
車を止めてしまう、衝動に愕然としてしまう。
家々の門戸には頑丈に鉄パイプのバリケード。
それが2017年、3月10日、
4月から帰宅可能になっても、保障費打ち切る直前の浪江町の風景でした。
3月11日、6年前の震災当日。
日本国中が震撼とした天災で、すべてを失った人たちが、
多くの励ましと、支援を受けて、立ち直ろうとした矢先、
6年後、

唯一救世主であるべき日本国に、被災は忘れ去られ、
明日を比較対象の前で切り捨てられていたとは、
これっぽちも思っていなかったであろう。

天災は、小さくも大きくも、被災者にとっては同じ困難が生じる。
それを救うのが国ではなかったろうか!
国は、国を守るのはなく、国に住む人間を守ることが基本ではなかったか!

前途ある若者が、国を意識しなくなる理由が判るような気がする。

覆水盆に返らず。
謝って盆に返そうとする、デリカシーのない人など、今の日本に必要ではあるまい。
謝ることが常習化し、ことが進んでいく、責任のなさに、

春なのに、なぜか背中がうすら寒い。

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帰町まで150年? 双葉町

2017-03-14 14:25:44 | 3.11 被災

パトカーはひっきりなしに通りますが、
一般車がこの道を通るのは、何台か。
八王子ナンバー、腹も立つでしょう。
車を止めて、それぞれのパトカーから、5回注意をされました。

が、6年たって、戻れない現状を見たら、
誰だってここに住んでいた人たちを特別視できないでしょう!
写真はあっという間ですが、
この状態が何キロも続くのだから・・。

自家用車置いたまま。

このままで、退避されたのです。

もう葉をつけない木。

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3.11 追悼! 故郷はいまも、こう!{1} 

2017-03-12 11:57:12 | 3.11 被災

いわき市小名浜港の夜明け。

常磐道、浪江の道は通行禁止。
6年経っても!

インターから車で15秒ほど!工事中ではありません!

だれもいない

の道路を挟んで、これこの景色はいたるところに

人間を助けてくれる、神様さえ放って置かなければならないなんて!

インターから歩いて5分ほど、すぐ感じます。誰もいない
 車?6年前から、タイヤに空気がない!

道を挟んで、誰もいない

幟のそのまま、誰もいない

こんなに晴れているのに、誰もいない。
浪江町の悲惨な姿はまだこんなもんじゃない!{次に!}
来月から帰れ
るというけど。

 

福島県いわき市久之浜海岸。2017年3月11日・14時46分

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