春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

坊さんが肘を折って・・肘折温泉。山形県。

2020-10-25 16:59:35 | 散歩


肘折温泉、宿の主が、
絶対明るいうちに来るように・・

7月29 日、最上 川中流の氾濫は、
投宿先の近辺、大蔵 村肘折で 216.5mmでも大雨で、
道路決壊、家屋に被害が出たとのこと。

👇1200年前平安時代、月山の麓、銅山川沿いで、
温泉が発見され、
怪我して湯治すれば、
宿で自炊をし、かけ流しの湯に浸ってれば、
あっという間に治り、
かくしゃくとした気分で我が家に帰り、
晩酌では回復の話で、しきりの、
肘折温泉。


平成平成24年にも土砂崩れがあり、
全長240mに及ぶ国内最大級のS型の橋では、
肘折温泉が全貌でき、
肘折希望大橋と名付けて、
山形県新庄市への架け橋になってます。




👇湯治場風景・・。



👇肘折温泉は24軒ばかりの湯治場生業。



明るいうちに着いて、
宿のおかみさんの、
まず、着いて良かったと・・
山形訛りのイントネーションが、
道中の疲れを癒してくれる。


👇荷物を置いて・・?
荷物は全部、
宿の女将さんがさっさと、
運んでしまった。

ので、温泉街、散歩。

👇湯座神社、別名・薬師神社



👇登山口に、秋葉山の石碑
肘折温泉を火災から守っている石碑。
1700年頃3度の火事に在った湯治場・・。
なんて読むのか‥?
題字を頼まれた近在の和尚の書いたのは、
碑の文字、
の文字、へんを反対にした・・と。。

秋の紅葉、全山

紅く燃えるのは火事を連想させる、
だから反対にしたと・・・

う~~ㇺ ❢




👇旧郵便局舎
昭和12年に建て、今は、
ミニコンサートなど、各種イベントに利用して・・。


  
湯治場、歓楽街は無く、夜は深閑とし、
煙草は、
温泉街1ヶ所しか喫える所がないので、
しょっちゅう外へ出る。



旅館の玄関には、今まで訪れた人たちが、
造った灯り提灯。
「ひじおりの灯」『肘折絵物語、夜語り」を、

毎年のイベントとして、
灯りを付けて待ってます。







👇通行止めになった橋







翌日、朝市で買い物するので、
早寝になります。

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風呂上りで関山大滝。天童市

2020-10-23 22:29:42 | 散歩


あくせくした時間が終わり、風呂上り、
秋の風に、背伸びすれば、
こんな👇景色が、

明日のエネルギーとなって・・。



宮城県と、山形県を結ぶ、
産業街道。
宮城県鳴瀬川の、
野蒜河口を国際貿易港にしようと・・・
明治の初め、ダイナマイトを運ぶ途中、
煙草の火で25名の死者を出した関山街道。
慰霊碑の傍に、
道路抗夫が昼時、
滝を見ながら昼飯を頬ばったことでしょう
禁断の場所まで、周り誰もいなくて、
ちと、緊張したけど、
車に戻れば、

にわとり、負けず劣らず、ペッ、パっと、
すぐ忘れる。
山形、天童市から東根市、
尾花沢市に通じる、
関山大滝。







進入禁止らしい、
くさつた鉄骨階段に吊ったロープの、
横をひょい・・
岩場を降りてよろよろ、して👇












掃き出しの隙間の秋風、
脛が寒くなってきました。
今日はここまでです。



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山寺、芭蕉と、慈覚大師の追体験。

2020-10-22 22:25:44 | 関口文治郎/神社仏閣





山形県尾花沢で、紅花で財を築き俳人でもあった、
鈴木清風さん。
芭蕉さんと共の曽良さんは、紅花商家の一室で、
10日間を過ごし、
最上川、新庄市の前に、
立石寺を是非と勧められ・・
別れ際、


まゆはきを
   俤
(おもかげ)にして 
       紅粉(べに)の花 

と、紅花を見て、眉に着いた白粉子を払う、
美しい女性を連想させる、色香漂う句を残し、
28キロばかりを、朝7時に出て、
午後3時ごろには、立石寺を登山する。
なんという健脚。
前かがみ、狭い山道、一休みに見上げた岩肌に、
ニイニイゼミの透き通る鳴き声が、
染み入って・・・夏の日暮れ、

山寺や石にしみつく蝉の声
寂しさや岩にしみ込む蝉のこゑ
閑かさや岩にしみいる蝉の声 と詠んで

里の宿坊で、芭蕉さんは幾度も、
曽良さんに詠ませて、選んだ句は、
閑かさや岩にしみいる蝉の声
芭蕉さんの凛とたたずんでいる、
姿さえ、浮かんできます。
芭蕉さんは、
出先の事実をそのまま詠んでない

曽良さんの日記が証明してしまった。
事実を描写することより、虚構を混じえて、
句を詠み、旅をする・・・。
旅の在り方を、探がしながら・・。
誰か同じ場所に立ったら、
その人は、どう感じるだろう・・。

同じ、放浪の連歌の巨匠、
尊敬する宗祇法師の体験を、
芭蕉さんは、飛躍して追体験の、
句を詠んだ。

以降、人の集まりの連歌を捨て、
五、七、五に、
研ぎ澄まされた感性を傾けたのでしょう。

てなわけで私も、芭蕉さんの登った道を、
ゼイゼイしながら巌を見上げるのですが、
なんつったって・・・
句は創れず・・・創れず、詠めない・・・。

👇芭蕉ここで蝉の声を聴く



この道、まっすぐ奥の院まで。
👇藤原秀衡公の日牌所、金乗院



👇伊達政宗に嫁いだ義姫さんの兄、
出羽の名将、最上義光御霊屋(1630年代)







👇奥之院、






👇奥之院の、如法堂で、
写経道場、法華経を一日、七行半写経をし、
うるう年、開山堂の横、
紅い納経堂に収めるのだそうです。









慈覚大師が、僧の修験場として、
天台宗の佛界は
マタギ、磐司磐三郎さんから、
買い取った宝珠山、山形市の名所になって・・・。







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山形、山寺千丈岩に堂宇。

2020-10-21 06:56:55 | 関口文治郎/神社仏閣



👇山門
山寺の中腹辺りに、山門があり、
1864年の建てたもので、







両サイドには運慶さんの、弟子が彫ったという、
迫力ある赤い像が・・・。






訪れたのは日曜日でしたが、
混雑はなく、ゆっくり歩きの、
私でも気兼ねなく・・・。


👇 開山堂と納経堂、
この日の見学を楽しみにしていた、
開山堂、中で1000年以上も、
香は絶えることがないそうで、
見られない内部だけに、
厳かな気持ちになります。

栃木県の壬生に生まれた、
開山した慈覚大師は、
壬生寺に子供の頃植えた、榧かやの木が、
枯れ死し、記念に慈覚大師像を彫り、
壬生寺から、大師ゆかりの、
この山寺に寄贈し、2尺8寸5分の坐像を、
祀っているのだそうです。
見られる日は、
正月と8月の14日。

千丈岩に立つ納経堂、
赤い堂は立石寺の堂宇で、
如法堂で書写された加法経を、
うるう年の11月28日に収められる、
山寺で一番、古い堂宇。








👇五大堂
開山堂の狭い石段を登って、
里を一望、参拝者の心を放しません







👇性相院
阿弥陀如来像に
運慶彫ったという、毘沙門天を安置し、
伊達政宗さんの母さん、義姫さんが、
日々霊を弔う、日牌所として・・。










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芭蕉七里を歩いてきて、山寺に登る。 

2020-10-19 21:58:12 | 関口文治郎/神社仏閣


なかなか山形の散歩が終わりません。
まさかの午後の雨に、ずぶ濡れになり、
ひとッ風呂、いい心地です。

山門をくぐって、
石段‥一段ごとに煩悩が無くなる教えは、
どこで忘れたか、若い女性の姿に、
シャッターを切ってしまった。


登山道には、いたるところにお墓があって、
調べていたら、もうこの辺りで日が暮れてしまう。


ちょっと登ったところのお堂。
姥堂・奪衣婆・・



その、ばぁ~の顔が👇
三途の川を渡ってくる死者を待ち構え、
生前の衣服を容赦なく奪い取り、
隣の懸衣翁けんえおうと呼ばれる男に渡す。
彼は衣服を衣領樹に吊るして、
枝のしなりで、罪の重さをはかるという。
三途の川の番人、
ここは早めにパス。









👇今の時世のマスクは、
旅の心地を、良くしてくれます。


👇 浸食で、虫食い状の特異な景観を作る、
凝灰岩の巌。 




ドクトルマンボウを書いた、
北杜夫さんのおとっつあん、
山形県の歌人・精神科医の斎藤茂吉さんが、
「鳴いた蝉は、アブラゼミ」と頑張るも、
後年、やはり違ったかと、がっくり首を、
うな垂れ、
芭蕉がじっと聞いていた蝉、
巌にしみいるような鳴き声の蝉、は・・。
・・・。

松尾芭蕉は子分、曽良と共に、
旧暦5月の17日、午後4時、
この場所👇で、


 山形領に立石寺と云山寺あり。
慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。 
一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、
尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。
 日いまだ暮ず。梺の坊に宿かり置て、
山上の堂にのぼる。 岩に巌を重て山とし、
松栢年旧土石老て苔滑に、
岩上の院々扉を閉て物の音きこえず。
 岸をめぐり岩を這て仏閣を拝し、
佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。
浮かんだ3句に、迷って選んだ

閑さや岩にしみ入蝉の声
 

---おくのほそ道----

鳴いてた蝉は、なに蝉だったろう・・・

 

👇せみ塚




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