春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

30歳の技、波に龍・・長福寺②-② 千葉県いすみ市

2022-05-19 22:04:33 | 波の伊八


後期高齢者の健康保険証を貰って、
5日目、提示しないで済んだ怪我の回復、
今日から職場に復帰して帰り際、
どこから仕入れたのか、
小さなヤリイカの刺身が入った手提げ袋。

山積みになってた仕事を浮かべ、
ブログ投稿が終われば、ビールで一杯、
まもなく梅雨、晴れた日の八王子です。


千葉県鴨川で生まれた武志伊八郎さん、
通称・波の伊八の彫刻を見学しました。
いすみ市・長福寺。






本堂で、ご本尊様に手を合わせてから、
欄間は周りを見てから、ゆっくり拝見します。
ご本尊の隣の部屋に、
👇中央に毘沙門天立像が、
左に薬師如来座像を祀ってました。
薬師如来座像の膝裏には、
建長2年(1250年)の修理銘があるといい、
11世紀の部屋と勝手に呼んで・・。



👇本堂の欄間、
武志伊八郎さん30歳、
1789年の時の彫刻3点。



中央欄間に、波に龍・・
大胆なフォルムは当時、同業者彫り物師に、
衝撃を与えたかもしれません。
田畑作業に疲れて、訪れた庶民も、
すごい彫り物があったぞ ‼
お前も、行って見てこいや ‼
と、畔で泡を飛ばす、
光景が浮かんできます。

師匠島村貞亮さんが、
20代後半の伊八郎さんに
独立を許したのが、判るような気がします。


👇不謹慎ですが、キリンビールの
ラベルで見た雲に乗った麒麟。



👇須美壇の彫刻も伊八さんの作と・・。
一部です。







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長福寺 ②-① 千葉県いすみ市。

2022-05-18 21:38:52 | 波の伊八


千葉県に いすみ と呼ぶ地名があって、
市と郡、いすみ市はひらがな、
郡は夷隅郡、脚のけがで思いがけない情報。

江戸彫り物師の中で、名を馳せた、島村流。
島村流の初代が住んでいたのは、
江戸神田紺屋村、染物屋が繁盛していた村。

千葉で有名な彫り物師は、鴨川生まれの波の伊八さん。
植埜うえの村で修行したとあって、
師匠は島村貞亮さん。
貞亮さんは、江戸島村流を相続した、
初代から、4代目辺りになる?初代の血を引いた、
彫物師。
その貞亮さんは夷隅郡植野村で、
生まれてた、ことがわかり、
師匠島村貞亮さんのもとで、
波の伊八さんは修行してた裏付けが取れ・・・。

貞亮さんの同門に島村源蔵さんがいて、
2人の師匠が、島村唐四郎(
俊実)さん、
この方も鴨川市の清澄寺に彫り物を、
唐四郎さんの父、円哲さんは
市原市の高源寺に、不動明王坐像を彫ってた。
今月15・16日の訪問で、
気が付かなかったのですが、
ファイル整理中、唖然としました。




👇、波の伊八さんが30歳、
師匠のもとを離れて、まもなく、
畔の草刈りしてた、おばさんに見惚れて、
いすみ市長福寺。
御開帳の立て札、けど誰もいなかった。



👇足さすりの仁王さん、
足の痛みを吸い取ってくれるというので、
深々とお辞儀をして・・。



👇伝説、頼朝さんが訪れた時、
筆をここにかけたという、槇。



👆807年からの歴史を持つ古刹ですが・・、




👇本尊 阿弥陀如来
造像は室町時代と伝わる座像の仏様で、
本尊の背、光背は江戸時代の物といわれ、
後に取り付けられたものと伝わっているそうです。






元来、本尊様は写真を撮るものではなく
手を合わせ拝むものですが・・

本堂の中も撮りました
明日は
波の伊八さんの欄間彫刻を

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1年1枚の絞り染めにトンボ玉。一竹美術館 ③-③ 山梨県河口湖。

2022-05-16 21:18:52 | 散歩


昨日、朝食を済ませて6時、
貧乏ゆすり式のリハビリが済んだ時、
足が云います。
どこか、連れていけぇ~・・

足を産んだのは私の母ですが、
育てたのは私、その育ての親に命令します。
育て方が良かったのか、幾分頑丈な足。
その分、我儘に育ってしまい、
じっとしてられません。
つい、子供可愛らしさに、千葉鴨川市まで。
夜は、海の幸で一杯なんてどうでしょうか、と・・ぬかし、
親の心をくすぐる、
も持っていて、
それはつい、乗ってしまった。


👇庭の散歩は河口湖、辻が花一竹美術館、















👇牛乳とコラーゲンを使った新感覚のスイーツ
群馬県水上町の大トロ牛乳、
幟につられて、



























👇また一口頬張ってから・・・。
食べ終わったら、自分でトレーを戻し口に・・。









長い時間、見学しましたが
ブログ記事も長い
まっ、いいっかです。
帰りは、玄関で迎えてくれた馬に
今度来るまで・・さよなら、と






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辻が花、どんな花・・久保田一竹美術館 ② 山梨県河口湖。

2022-05-14 22:46:52 | 散歩

鎌倉由比ガ浜から鶴岡八幡宮に通じる、
若宮大路に、民芸品の織物を売る店ができたのは、
2か月前、店の名前を紬屋といった。
新聞社に勤めている四郎が出会ったのは、
紬屋に勤めている遠野夕子
フランス文学者と1年で離婚して7年。
お茶でも飲んでいかない・・
この時四郎が目に停めたのは、
大絞りの紺地に、花の描き絵や、
刺繍、箔をほどこした多彩な帯だった。
四郎がそれが辻が花の帯と知ったのは
翌年の春であった・・・

なんて、こんな出だし辻が花を小説に紹介したのは、
故・立原正秋さん。
八歳年下の四郎と四日間の旅行は、
夕子が仙台の男性に嫁ぐことが決まって・・。


辻が花はどんな花ですか・・
散歩から帰ってきた夕子に、
寝起きから覚めて聞く四郎に、
四郎さんそれは調べない方がいいですよ・・
調べても無駄です・・




伊万里鍋島焼に着物型で・・。



練り物・椿を半分頬張ってから、
👆の皿の着物型に乗ったみそ味の煎餅で、
抹茶を・・。



👆👇ここの部屋は、展示室の奥にある
一竹さんが商談や打ち合わせに、また憩いの場として
使ってた小部屋








アフリカで収集した女性用のベットも、


一回り大きい男性用のベッドも、
今は陳列台にして、










姿勢変わらない
パティシェさんに手間取らせました、
そろそろ場所を変えます

自然もモダンに見えた
木造の一竹美術館
ちょっと小腹が・・・
カフェーに






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一竹美術館 ① 山梨県河口湖。

2022-05-12 13:05:47 | 散歩

2019年10月の美術館近くからの富士山

今年は4月29日から5月9日まで
特別展示した河口湖
一竹美術館までの散歩でした




1917年生まれの久保田一竹 いっちく さん
14歳で手描き友禅を習い、
朝鮮北部への招集令状を受けたのは、
26歳1944年、
シベリアに抑留されて重労働。
帰り道、膨大で真っ赤な太陽が沈む光景に、
日本には帰れないだろう思いに、
上官に見られないように、
端切れに色を染め、
洗っては染める端切れに、
召集前上野の美術館で見た、
江戸になって忽然と消えた、室町時代の
染色、辻が花がよみがえり。

もし、辻が花にシベリアで見た、
あの雄大な景色を描けたら・・。
1948年、復員してからの一徹は、
子供のPTA会費も払えず一人涙し、
染めつつけて独自の辻が花に、
身が震えた着物の完成に、「一竹工房」を設立。
45歳の時。
5年が10年経ち、15年後60歳。
1年に着物1枚に染め上げ、陽の目を見たのは、
60歳・・・1977年。



シベリアの赤い太陽、
生死の極限で見た自然が生涯のモチーフに。
富士山の裾野、岩肌を、晩秋霧に噎ぶ山々、
冬の訪れ、みぞれの交じりの山々、水の美しさの極まりに、
湖面に映った山を染めて・・・

河口湖に、沖縄の凝灰石で、もてなしの場所を。
展示室は、16本の1000年のもみの木で、
野外から耐震構造で、
木造の湿気対策をし、構造は日本にここだけの
一竹美術館を造る。

ツユクサの汁で下書きをした、
未完成の宇宙の世界、13枚を残してしまった、
久保田一竹さん、2003年85歳。






























生涯、原始美術が好きなようで、
各地を訪問して、収集したもので、エントランス








メラが許可されたのは
外観や、展示室にある一竹さんの談話室
ミュージアムカフェ
それでも4時間居心地が良かった
もうちっと、ファイルがありますので
・・・・・

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