春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

箱根風景、今日でぉぉお~~、チョン !

2020-06-29 21:15:40 | ヴェネチアのガラス


昨日・・一昨日、
仲間とじゃんけんをしました。
休みに出かけたら「東京差別」
いい顔されないし、タイヤの2本も空気を抜かれたら、
おいそれと、帰れない‥ヨ ッ !
そんなことは無いよと、意地を張って・・
で、勝っちゃった。


内心は、仲間の意見に納得したのに、
土砂降り、晴れると見込み、
長野県駒ケ根市に。
早めに宿に着き、仕事をしようと・・なのに、
寄り道してしまった、諏訪市。

パソコン開いて、準備で眼が点に、
内蔵バッテリーが消耗しているのに
鞄にはコードがない、
おまけにカメラ受電用の、ソケットもない。
ソケットは買えたけど、パソコンの充電コードは買えず、
とうとう、ウンでもスンでもない。
ドキュメンタリー、この時暗い8時。

そっとパソコンを裏返して、尻をパンパン。
横にして引っぱ叩いたけど、
意固地で頑固なパソコン、てこでも思いどぉりにならない。
面倒を見なければしまつに置けない、子供のような、
まるで生き物だ!

で、寝際のノンアルコール、
ありきたりの、あてにならない結論が・・・。
男の頑固も、女性のちょっとの支えで、
女性の思い通りに、男を扱えるのかもしれない・・・と。


箱根の記事も今日で終わります。
しばらくの間、レストランでのカンツォーネも
広間のヴァイオリン演奏も休演してますが、
早くコロナ騒ぎが下火になればいいですね !













































コメント

箱根・ディル・チフリーさんの現代ガラス。

2020-06-26 22:12:25 | ヴェネチアのガラス


1941年、アメリカで生まれた、ディル・チフリーさん。
1976年、自動車事故で左の眼は盲目に、
3年後サーフィンをしていて、左の肩を脱臼。
インテリアデザインの文学士号を取得し、
ヴェネチアでガラスの勉強をし、
美術学修士号を取得しても、
事故でガラス吹きパイプを持てなくなった彼が、
彫刻家と共同で築いたグラススクールでは、
監督であり、振付師であり、ディレクターとして、
成功をおさめた起業家でもあります。

箱根ガラスの森美術館が、イタリアのガラスの島、
ムラーノ島の美術館と姉妹提携をしたときに、
館内にチフリーさんの特設コーナーをつくりました。
池には、👇
























👆 芸術といわれるジャンルに理解が疎い私には、
いささかどこまでの価値なのだろう?・・・と。
ただ、コーナーから出るとき、
つっと歩を停め、振り返って、も一度眺めていました。
庭には、彼が幼い頃、玉ねぎ畑で働いた記憶の、
チフリーオニオンの作品もあります。

👇チフリー作品ではありません。







一昨日から実行している、
午後3時から、翌朝7時まで食事は摂らない・・・。
反動、朝飯、昼飯・・喰うこと喰うこと・・。



コメント

駒草・仙石原の夏! ②

2020-06-22 20:44:48 | ヴェネチアのガラス

古代、黄金や天然宝石より珍重され、
神秘的な輝きは、人々の夢や願望を掻き立て、
繊細優美にして清楚さは、
儚さに高貴を併せて持つ、
中世貴族の貴婦人が持つ美しさに似て。
ヴェネチアのガラス職人が、美の女神として、
魂を奪われて、ガラスの美を探求した。

自然に抱かれた山里の集落に、
扉を開けばそこは、
越中五箇山の合掌造り、
富山の豪商の迎賓館、金沢の商家、
秋田の造り酒屋など、
長い年月を経て風合いを増した建物を、
移築して、和、洋の空間に一店一店が、
和,洋の、食の世界を作る、
「うかい亭」

食の物語から一店舗だけ。
ヴェネチアからすべての建物を移築して、
箱根の仙石原すすきが原の麓に、
「うかい亭」が、美術館を造ったのが1996年8月。
息がつまるほどの、訪れる人への、もてなし。

苦心をして収集した古代のガラス、
惜しげもなく、カメラの被写体に・・許しています。







👇 チケット売り場の壁に、ヴェネツィアの旗が、


























コメント

箱根、仙石原の夏!①

2020-06-20 22:03:20 | ヴェネチアのガラス

嫌な夢もゴミで捨てられないものか、と、
朝、ごみを出しながら、思ってしまった!
仔犬の尻尾を踏んで、
驚いた犬に脛を噛まれる夢。
仔犬が巨大な犬にへん~し~ん。
出来事に、
梅雨の合間の朝焼け、冷めた心地でしっかりと、
目が醒めてしまった。
恐かった!

箱根裏街道、神奈川県の道志みちを、ゆっくり。
久しぶりに、箱根湿生花園と箱根ガラスの森美術館に、
向かいました。
どちらの施設も、若い人たちが圧倒的でした。
ちょっと今までに無かった現象でしょうか。



花は、人の心も映す植物らしい!
自由になり始めた気分で、散策すれば、
春が過ぎて、
沢山咲いていないけど、
ひとつひとつが、奇妙にきれいに見えた!


















👇 ガラスの森美術館は特別企画は、ありませんが、
美術館が所有する、
中世からの作品を見ることが出来ます。






👇 向こうの煙は、大涌谷の噴煙・・・。



👇ガラスのアジサイも、自然に融けて・・。


👇 5センチばかりの車百合。
なんとも愛らしく、人気でした。



コメント

コンティエッロさんの蝶々

2018-05-04 21:46:33 | ヴェネチアのガラス

 

今朝,パッと目が覚めました。5時。
テレビ、中央高速の渋滞情報。
下り、6時で40キロ、相模原IC近く。
上りは15時小仏IC付近で30キロ。
これで、しっかり萎えた。

大事な情報、ここで訂正とお詫び、なんと数キロ、
2度寝の寝ぼけた耳に、かすかに聞こえた。

時すでに遅し。
陽を持て余し主夫の仕事も、もうなく、
茶漬け、具一杯を、
サラっサラッ,ツツ~っ‼

 

 特設の部屋があって、せっせと昆虫を創っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☝ 写真 2018.4.28 箱根ガラスの森美術館

コメント

マリア・パロヴィエールたちが創った礎。

2018-04-26 20:33:34 | ヴェネチアのガラス

 

 

☝ 長寿寺の花 写真 2018.4.22 



 

ムラーノ島
15世紀から19世紀
ガラスの可能性に挑戦し
奇跡のガラスを生んだ
 

パロヴィエール一族展
4月28日~11月25日
箱根ガラスの森美術館



高水準の透明ガラスが生み出されたのは、
15世紀中頃のヴェネチア。
アンジェロ・バロヴィエールは、
哲学者で錬金術に携わっていたパオロ・ダ・ペルゴラの下で、
ガラスの成分を研究し、透明なガラスの中でも、
より純度の高い「クリスタッロ」(水晶を意味するイタリア語)
と呼ばれるガラスを生み出しました。

アンジェロ・パロヴィエールや娘マリアの発明や研究は、
ヴェネチアン・グラスの礎となり、
その後の約3万色とも言われる色彩表現や、
透明なガラスと乳白色ガラスを捻じり合せて作られる
繊細優美なレース・グラス技法の発明につながり、
豊かな装飾に彩られた
ヴェネチアン・グラスの黄金時代を築き上げました。

 
取材で世界を撮っていらっしゃる、プロ写真家がいます。
針さす指に、漁を獲る夫の帰りを待つ、情景が、
ムラーノ島、数キロ先の海に浮かぶブラーノ島の、
レース編みの伝統を鮮やかに・・・。

お借りいたしました。
fujikuma-junさん


JFK-world世界の撮影・取材地トピック
Freelance Film Director

TV-CMおよびTVドキュメンタリー番組のディレクター & カメラマン

Venezian Lace ベネチアン レース

色鮮やかな家々

Murano ムラーノ島

コメント

底がぬけたら、帰ろう♪

2018-04-24 23:14:19 | ヴェネチアのガラス

 

♫~♪ 
な~べ な~べ

そこぬけた~
そ~こが
ぬけたら 
かえりましょ 

~♪♫♬  

茶~壺 茶~壺
茶壺にゃ~蓋がない
底とって蓋にしょ 
♫♬♪~

 

 

息づかい・所作

 

 
すべてを敬い、もてなし清廉に日々を過ごし、
満開の花に、野辺の一輪。
雪間の緑の葉もまた春待つ緑の葉。
呼吸整え、見上げる半月も、また麗し。
・・・か・・・。

 

 



 ☝ 鎌倉・建長寺 写真 2018.4.22

 



ムラーノ島
15世紀から19世紀
ガラスの可能性に挑戦し
奇跡のガラスを生んだ

パロヴィエール一族展

4月28日~11月25日

 箱根ガラスの森美術館

 

 

 

 

 

 

コメント

漱石の見た鐘と、子規が聞いた鐘。鎌倉、建長寺

2018-04-22 22:39:04 | ヴェネチアのガラス

 

 

 

 

 

 

 

👇 鎌倉、建長寺、
見上げて眩しく足もとが、ふらついてしまった三門。
三解脱門、この三門をくぐると、空、無相、無作、
あらゆる執着から解き放たれるという。
半分くぐり、もともと飽きっぽい性格ながら、
煩悩捨てるには、まだ年が若く?
あれもこれもの執着、一つくらいは何か残したい。
実存を優先し、
困った、小走り逆戻りをして、通り抜けることなく。

それでも建長寺。
魅力たっぷりでした。


👇 鐘楼が向こうに。



夏目漱石の1895年9月6日の「海南新聞」

建長寺を訪れて、
【 鐘つけば銀杏ちるなり建長寺 】

故郷松山の親友、正岡子規、11月8日の「海南新聞」
奈良の宿先で
【 柿くえば鐘が鳴るなり法隆寺 】

夏目漱石がたたずんで読んだ俳句が、建長寺のこの鐘。
造った時期は1255年だそうで・・・。
俳句、なんとなく正岡子規ののほほんとして、達人?

 

 入り口から、、シャクナゲ?ボタン?の花が赤、白、黄色。
赤い花もいいし、白もいい、黄色はひよこ色、
色の鮮やかさは、オクラの花とどっこいどっこい。
一際、観光客の目を引いていました。

 

 

 

 

 

 このあと「東日本大震災」の復興支援のお茶会に。 ☝ 写真 2018.4.22

 



 まもなく、あと6日。
ムラーノ島の、バロベィエール一家の作品が、
箱根仙石原の、❝箱根ガラスの森美術館❞ で・・・。

 

 

コメント

煩悩と文鎮、スミレの咲くころ。

2018-04-20 21:17:44 | ヴェネチアのガラス

煩悩・・・・ウン?
貪,瞋,痴,慢,疑,悪見の6種。

私の生涯、煩悩1000万本の薔薇に匹敵する煩悩だらけ。
が、これだけは清貧、譲れない少年時代の心。
無神論者ながら、消したい煩悩「悪見」
これだけは、

座禅組んでも、すがすがしくなる修業。
後は、肩にあざができ、膏薬貼れども、失神。
「修業が足りません」と。

ふてくされて、岩間のノスミレに、心を奪われ、
ウン、あしたがあるさ、あしたがある~と、ハミング。

花、覚えるのに必死、とにかく必死。
庭に咲いた、山に咲いた、花、花、花、は~な。
♬♪~すみれのは~な咲くころ~♫・
氷嚢額に当てて、スミレは私の眼には百変化、
すみれ。
ちがいが判るまで、歩けという~のか!
ヘェック・ション!

スミレを見ると、これもスミレ、それもスミレ?
あれは・・・スミレ、うん、スミレ。

来年は、きちんと、言える。
高尾の◎〇スミレの皆さん、
待って、くれる?




148・・・年、忘れた。
ロヴィエール一家のムラーノ島に渡った先代。
マリア、パロヴィエールは、女性の感覚で、現代の私たちの美観に、
素直に受け入れられる、文鎮をつくっていました。
画像は、マリア・パロヴッティエールではありません・・・・。

Making an Implosion Marble in Soft Glass

   

コメント

クマガソウ・風に揺れるピンクのグラス。

2018-04-18 22:31:43 | ヴェネチアのガラス

の谷の戦い。
海の中に「敵にせを向けるとは卑怯者なり・・」

いざ覚悟、逃げた16歳平敦盛。
追いつき、顔を見れば美しき美少年、16歳と名乗り、哀れ、
逃がそうとして、手を抜いた熊谷直美16歳。

源氏の追っ手を知り、泣く泣く敦盛を手にかけ、

熊谷直美、やがて、
武家の無常を悟って高野山へ。

クマガイソウ、熊谷直美が背負った幌(母衣)に似ているところから、
付いたものです、と。
平家物語、よく知らないので、ここまでです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ☝ 写真 2018.4.17 高尾山



 

私は、ジュゼッぺ・パロヴィエール。 

 

まもなく、ムラーノ島から、みなさんと、日本の森と湖の町箱根で、
お会いすることになります。

パロヴィエール一族展・あと9日。

 
まもなく私の作品と
パロヴィエール家の名工たちの、作品とともに、
森と湖の箱根でお会いできる日が来ます。

すでに『風にそよぐグラス』は
現代作家のディル・チフリー氏が、制作した美術館の池にある、
パラッツォ・ドゥカーレ・シャンデリアのを見下ろす、建物に、
常時飾られ、
私が1893年の肖像画を描いていただいた、
2年後、
芸術家集団「パロヴィエール」が、
1895年、ヴェネツィア・ビエンナーレに出品した作品で、
当時、ガラス工芸の常識を破り、技術は奇跡のグラスと、
世界の注目を集めたものでした。

それが、
宙吹き、
24.1cm 幅 22.8cm

わずかな風にもゆらゆら、ゆれ動く、淡いピンクのグラス。


コメント (2)

オーそれ・・み~ョ…。

2018-04-17 22:56:03 | ヴェネチアのガラス

 

 

 

 

八王子、予報通り雨。
感情押し殺して流される一粒の・・涙のしずくに比べれば、
こんな雨「」でもない、とばかり、出かけた高尾山。
山頂付近はさすが寒く、背中に雨の冷たさ、
身震いするも、犬の身震いには到底及ばず、
3度のくしゃみに、元気いっぱいの登山者、
振り向いて「風邪ひかないで!」と
ニッコリ!
噂のくしゃみでもなく、花粉症のくしゃみでもなし、
下種の後知恵、せいぜい 「温かい風呂につかる」程度の知恵!

ベランダに出れば、奥高尾連峰・・・南無、南無、なむ~!



 

 

 

 

 

 

 

 

 

☝ 高尾山 写真 2018.4.17



あと10日 4月28日 パロヴィエール一族展 箱根で

  ガラスの歴史は5000年前、
  西アジアで青銅器が作られ、
  
日本では、
  世界に誇る、新潟の火焔型土器が作られた頃と一緒。

天然ガラス黒曜石の鋭い破片が狩猟に使われたと、
解明されているけど、人間が、どのようにしてガラスを創ったかは、
タイムスリップをし、古代に戻らないと、記録に残せない。

ムラーノ島に渡って500年、バロベィエール一家が残した、
最大の技法、クリスタル・ガラス。
色を排除した、透き通るグラス。
ジュースを水をワイン、カクテルと、オールパーハス、
最も使用頻度の高いグラス。
今も変わらないのでは。

玉脚コブレット
17世紀
宙吹き
高 14.5cm 幅 8.7cm           新潟・火焔型土器

  

コメント (2)

花と竜にアイス・クラック。

2018-04-16 23:58:50 | ヴェネチアのガラス

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

  

                      


              

☝ 円覚寺 仏殿の天井の龍


近くのスーパーまで、歩いて買い物。
普段、車で通り過ごす景色に、足を止めていた時間、
あまりの穏やかさに、
公園、向こうで子供が遊んでいるのに、
つい、ポケットから煙草を取り出してしまった。
           

👇 円覚寺・・・・・・・・懺悔!          


                          

 

 

 

  ☝ 円覚寺を除いて 写真 2018.4.16

 


    ムラーノ島、華麗なるパロヴィエール一族展は、4月28日から箱根で。

ヴェネツィアン・グラスの一技法として創出されたのは、
レース・グラス技法のほかに、ヨーロッパの、
貴族に人気があった、アイス・クラック技法があって、
行程は溶融状態から冷水の中に瞬間、投入して仕上げたグラス。


16~17世紀初
宙吹き、モール装飾、アイス・クラック
高15.3cm 幅11.4cm

コメント

地蔵とミルフィオリ、レース・グラス

2018-04-15 23:11:33 | ヴェネチアのガラス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

錫色の隙間につゆ草を染めたような青空から陽がさした朝、
コーヒーカップ、受け皿代わりの掌が、奇妙に落ち着いていて、
こんな日は、パソコンの中の資料を整理しようと・・・。
背伸びしたり、肩をゆすったり、机の上に足を伸ばしたり、
結構な数量で、今はやりの言葉、
商標登録(断捨離)があるため、ここは「だんしゃり」
気分がよかった一日。いま23時少し前。
そろそろ、久しぶりの夜更け酌です。
 
地蔵さんと、さしつさされつ・・・ダメですよね・・・。
明日も、いい日でありますよう・・・南無!

                       ☝ 円覚寺 2018.4.7 境内の花たちと地蔵。


  4月28日から箱根で、奇跡のガラスを生んだ、
    華麗なる、
パロヴィエール一族展が始まります 

👇 ミルフィオリ・レース双耳瓶

1915年。 ヴェネツィア
エルコレ・バロヴ
ィエール作
宙吹き、
ミルフィオリ・グラス
熔着装飾、
レース・グラス、
高 19.8cm

ヴェネツィアン・グラスの中で、
最も難しいレース・グラスとミルフィオリ・グラスの
技法の
併用は不可能としながら制作した作品。
作者、エルコレ・パロヴィエールは、
ムラーノ島の500年の伝統を伝えるガラス職人一家で、
名門パロヴィエール一族の、
今世紀初めに活躍した生え抜きのガラス作家といえます。

※  ルフィオリ・グラスとレース・グラスを合わせることは、
パロヴィエール一族の名誉をかけて作った製法は不明で実験的な価値がある

     ルフィオリ・グラス・・金太郎飴のような模様が入っているガラス棒を、 
     
短く切って、使用して作った製品のこと。
      イタリア語の Millefiori は直訳すると「千の花」。

コメント

ナポレオンがいなければ・・・・。

2018-04-12 22:54:51 | ヴェネチアのガラス

 

私はぞろ目のまっちゃん。

遊びがが好きで呑べぇ~のぐーたら、
が、一歩外に出れば、正義の味方にして大盗賊、怪傑ゾロばりの、
剣術よし、馬術よし、話術よし、紳士で優しい。
昭和の終わり、そんな雰囲気だったが、
今は、部屋にいれば、ぞろ目のまっちゃんのまま、
外に出ても、ぞろ目のまっちゃんのまま。

怪傑ゾロのりりしい姿、さ~らさら、全く面影全くなし!

 

怪傑ゾロ に対する画像結果


今は300万人の観光客であふれる、
ヴェネツィア・カーニバル。
90キロほど離れたアクイレイアの抗争に勝利した、
1162年。
勝利のお祝いに、サン・マルコ広場に集って踊り始めたのが始まり、だといいます。

その後、
素顔では知れる、貧富の差、身分の格差を仮面の中に隠し、
仮面をかぶれば、みな平等、と、楽しく街を歩く、至高のお祭りが、
1797年、
ナポレオン・ボナパルトにヴェネツィアが降伏することで、途切れています。


森と湖の箱根。
「箱根ガラスの森、うかい美術館」では、

売店の商品はすべて、ヴェネツィアで制作されたもので、
👇仮面際の衣装も仮面もヴェネツィアで作られたものを無料で貸し出したものです。

 

 

 

 

 

 

 👇 この方・・・すがお

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このヴェネツィアのカーニバルは、
2013年、世界を撮っていらっしゃる
JFK-World 世界の撮影・取材地トピックさんが、
私にはない感性と、技術で現地のカーニバルを撮ってます。
以前、美術館の☝ 池のガラスを制作した、チフリー氏の素顔を撮ったのを機に、
掲載許可をいただき、快くうれしいお応えをいただきましたが、
今回はまだ、お願いをしていません。

近いうち、お願いをし、ご紹介できればと思っています。

                                 写真 2018.3.31

コメント

沼地で葦の繁ったヴェネチアが生んだガラス。

2018-03-08 23:22:27 | ヴェネチアのガラス

 

 ヴェネツィア共和国の国旗

 私は一つ極めたものが、ありません。
サラリーマンにもなれず、職人にもなれず、
画家にもなれず、政治家にもなれず、
資格はいろいろ持っているけど、どれ一つ、生活費を稼ぐのに、
役立っていない。
好奇心の強い性が一つを極められない。
ようは飽きっぽいのであります。
ただ、ひとつ、心に決めたこと、
半世紀前にもなります。一つのことに執着しない、と。
極めているのはこの「ひねくれた決めたこと」
おかげで、山登りでいつも追い抜かれるように、
人生でも追い抜かれて行きました。
母や、兄弟からは幾分持て余された存在でもありました。
これからも「私には成し遂げたものは何一つない」と、
云って生きていくに違いありません。
流れはそのまま流れに乗ってです,ネ!

塩野七生女史は、ヴェネツィア共和国の初期の年代記の伝説を、
ローマ帝国末期。ローマの平和に馴染んでいたヨーロッパの人々を、
恐怖のどん底に陥れた、蛮族最高の恐怖民族、フン族から、逃れる手段として、
天に向かって両手を挙げた。
「神」の塔に登れ、そこから海の方角を見よ、見える地がこれから、
お前たちの住家になる。
「海の都の物語」で紹介している。

ベネツィア協和国は697年に国家元首が生まれるが、
この伝説は1500年前の昔。
見えた島は、葦が生えているだけの沼地。
今は、観光客が押し寄せる、
水の都ヴェネツィア。
アドリア海の女王ヴェネツィア。
貴重なガラスを生産し、貿易で利益を上げるために、
ガラス職人を集め、生産を始めその技法、芸術性は、
伝統となって、驚かせ、ヴェネツィアの歴史にまで、
のほほんと生きている私に、
興味を抱かせてしまう。

 

 

 

 

k




 

 

エミール・ガレ パート・ド・ヴェール


関東、この雨が止めば、沢の水も増えるでしょう。
沢登りと、仕事。
仕事優先したもので、股下までウェーダー車でひび割れしそうです?

コメント