春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

滝つぼ、主の化身か・・払沢の滝

2018-01-29 21:43:01 | 魅せられた!



見てよかった「払沢の滝」

 


「お嬢さんお手をどうぞ!」
若いころなら、口説きの殺し文句!
今は云っても向こうに、気を遣わせるだけ。
「降りられませんか?」
「鎖につかまって降りてくださいね!」
なのに云ってしまう。
「手に、つかまりな」

アイゼン凍結の雪道、心強い味方。
が、疲れの果て歩幅にリズムを崩すと、
状況一変、つんのめり、おっととと、と!

 

 

 

 


4段、60メートルの落差が凍結、
伝説、大蛇の化身かもしれない。




 

 

 

 

 

 

 

 
檜原村、案内は安全な道でみられる滝。
あとは、危険な道、心し見物する滝が40瀑ほど。とのこと。

 

 

滝の場所の地図

 

                                                                       

 

 

 
滝の氷は3月ごろには融けるだろうが、
初恋の痛手の胸の凍りは、いつ融ける、のか・・・。
まぁいいっか。
お汁粉にしようか、うどんにしようか・・・。
周りは「汁粉」
テーブルにはうどん。
¥650

払沢の滝、入り口、シンプルな店で

 

 




 

 

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山あいの村、払沢の滝が凍り・・。

2018-01-28 21:52:36 | 魅せられた!

                            ☝ 歩経路から「忠助淵」
東京の最西部に関東山地に囲まれた、
小さな村があって、2105人が住んでいる。
「ひのき」に囲まれ、「やまぶき」を村の花にして、
春呼ぶ「うぐいす」を大事にしている。
縄文時代には、20~40人が住んでいた「檜原村」
古墳時代には多くの渡来人が住み始め、
それぞれの時代の落人が、山深い檜原村の土地を、
安息の場として、慣れない木こりをしながら、
炭を焼きながらひっそりと住んだ、山あい。




平成の年号が変わる今年、
村役場の職員が、テレビ、ネットで知った、
凍結95%の「払沢の滝」を見に来る、
マイカーの交通整理をしていた。
「払(ほっさわ)沢の滝」いかほどのものか・・・。
幾分不自由な足、私はきっちりアイゼンを持参。
以前ここで、滑ってこけた!



☟ 武蔵五日市駅からバスを利用する人は、
ここで降りて、15分。



まず、ここで「卯の花のドウナツ」1個、¥100。




☟滝まで、ウッドチップが敷かれていて・・・



☟滝が凍れば、人が来る、
いつも閉まっていたのに、今日は暖かい灯がついていた。







☟人工のしぶきで、



 

 

 

 
とッ!つららをみて3分。
滝がない、ない・・。

ここは東京。中央から来た若者、
「ここは山梨だろう?」



 

 


☟歩くところは、アイスバーン。

 

 

 

 

 

 

 

☟滝つぼに大蛇が住んでいたというけど、
これでは手も足も出ないだろうに!

夜もふけ、今日は間もなく眠りにつきます。
明日また!

 



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昨年の・・・飛騨高山 

2018-01-27 21:17:25 | Extra



13時間寝っぱなし。

日中の出来事がさっぱりわからず過ごしてしまいました。
目覚めた16時。
ベランダに、見事洗濯物が飾られていて、
その物音にも気づかず。

不規則な生活環境、
スポーツのルーティンは大切なことだけど、

日常に置き換えることは、
むつかしい!!
が、不思議と生きてる!
頬杖に、明日の予定あれこれに、
タバコをくゆらせ、
眼が爛々しはじめた、
21時です。

※☝ ☟ ファイルは、岐阜・高山、昨年の風景です




 

 













 


 

 

 

 










 

                                 ☟ 穂高岳山頂

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76歳、菅原義正氏、砂漠を走る。

2018-01-26 14:32:07 | 魅せられた!

排気量10リットル未満クラス9連覇を果たした菅原照仁ドライバーの日野レンジャー

                      ☝2018年砂漠を縦走する日野トラック

慣れない出来事は、急激に対応するので、
ひと段落すると、疲れが押し寄せてきます。
昨日の夜は、日暮れの食事をしながら、眠るという、
初めての経験をしました。
雪が降ったり、仲間の不幸があってと、
4日間の出来事、今日は陽が高いのに、ボ~ォッとしてます。

世界一過酷なレース「ダカールラリー2018」が、
1月6日~20日に開催され、
日野レンジャーは2台で参戦し、
連続35回出場の世界記録を更新したベテラン菅原義正は、
ラリー序盤のステージ2でリタイアしたけど、
息子菅原照仁は、
トラック部門、排気量10リットル未満クラスで優勝し、
チーム史上最多となるクラス9連覇を達成した。

76歳「ダカールの鉄人」
菅原義正さんは、

「常々、ダカールラリーは『人生の学校』だと言ってきたが、
ラリーの神様がまだ僕を卒業させてくれないようだ。
気持ちを切り替えて、次回改めて頑張る。
今回はコース設定も難しい中、照仁はよく頑張ったと思う」と、
息子の成績を称え、
自身は早くも次
回ラリーへの参戦に意欲を燃やしている。

私といくつも違わない、年嵩。
動画を見れば、何という鉄人ぶり、
疲れたなど、下手に口には出せません!
(2つ目の動画に76歳、菅原さんの顔が・・・)


景色が美しい
Best Of Truck - Dakar 2018



三国を縦走するラリーの案内です。


日野市、日野自動車工場に整備待ちをしていた、
2016年に優勝した時のトラック。



 

 


1月20日、アルゼンチンのコルドバでの動画。

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白根山。

2018-01-23 22:21:01 | 榛名湖・上州

                             ☝1月23日の風
関東の雪が予想された日、
が置けない仲間の奥さんが翌日(今日23日)、
外せない外出があるというので、彼の家に泊まり、
奥さんを乗無事送りと届けて、
さっき帰ったばかり。
駐車場の雪かきをし、
スタットレスでは心もとないとチェーンを付け。


昨日は景信山の下山、災難を呼ぶ、判断のミスのドキュメントを更新する、
つもりでいたけど、
今日・群馬・白根山の噴火のニュースに、私の記事はどうでもよくなった。
私の判断ミスは、下山途中の標のない道を、
携帯のマップが圏外で、「こっち」と判断し、
進んだというもの。
結果、午後2時半過ぎには駐車場まで下山できたのに、
17時、日没くらいにたどり着いたというもの。
その漫画が☟
赤い線が登りと下り。
青い線が、下山ルート。とんでもない距離を歩いたということです。
無事帰れたので、いいわけで・・。


白馬山噴火。
死傷者の出た自衛隊員は、たぶん、
山の師匠の自宅の裏地。
群馬には2つの自衛隊駐屯地があり、その一つ相馬原駐屯地の、
自衛隊員かと思われるわけで・・・・。
(違っていたら後日訂正します)
群馬は火山の多いところ、今でも浅間山は噴煙を上げていて、
鬼押し出しの溶岩流の跡地を見れば、
物珍しさの観光気分など・・。

去年群馬を再三訪ねたことであり、
明日からどうなるのか気になります。

1500年前、渋川市の馬と暮らす古代人の住んだ、
黒井峰遺跡は、榛名山二ッ岳の噴火で、軽石の堆積が、
2メートルもあった調査。

今回、草津スキー場のテレビ画面、
全員救出来たというが、
白いスキー場が黒くなるを、見ると、
山の師匠の地元近く、気になる現象です。


☟榛名山全景

渋川市の全景・黒井峰遺跡の場所。
この一帯が噴火の火砕流の上に建った街。
俯瞰は渋川から榛名に通じる伊香保温泉、
「高根展望台」から

大噴火にならないことを、ただ祈るだけです。

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景信山に登って。

2018-01-21 22:13:23 | 高尾山

                        ☝ 小仏峠・城山、高尾山と景信山の分岐地点

小仏峠、山梨から新宿までの甲州街道に位置し、
高速道路中央道は、ふるさと帰省時には、
とてつもなく混む小仏トンネル。

高尾山の手前、小仏の関所を右に、狭い道を進んで、

突き当りが「景信山(727m)」の山麓、車道はここで終わり。
が、高尾から続く「関東ふれあいの道」「景信山」に、
登るためにの駐車場は7台ほどのスペース。
今日は、バスに乗り合わせた登山客の多いこと。

車道に車を止めて、「景信山」山麓から頂上まで、

足の遅い私は2時間ばかりかかります。
だいたいほとんどの方に、
追い抜かれてしまう。
下りの歩を止め、登りの私を待ってくれた人は2人。
「山の師匠」だってちゃんと書いている。
登り優先!


今日は下山、別ルートで降りて、道を違えると、
予測できない災難に会う、という経験をした。













曲がりくねって狸の置物がある、休憩所。
景信山と高尾山の分岐になるわけで、


左の道を、


後ろの女性たち、あれよあれよで、
はるか前方にいるという、何か感じるわけで・・・。




 

 


頂上を知らせる、そば、うどんの幟。

 

着いた。ビックリ!

 

日曜日、人、人、人。
座って居心地いい場所、探しては撮るわけです。

 

 




500円。

 

 


関東平野一望は、高尾山より視野が広い。

というわけで今日はこのあたりで、



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春、また来よう檜原、吉祥寺の滝!

2018-01-19 20:13:40 | 魅せられた!

 

♬ おまえ来るかと、一升買って待ってたヨ (アラ オコサノサ)
   あんまり来ないので (コラヤノ ヤッコラ)
   飲んで待ってたヨ (オコサデ オコサデ ホントダネ)

世知辛い世の中、なんとも鷹揚な光景。
この歌が流行ったのは昭和22年ごろ、秋田地方で。

昨日は、横浜で昨年、お世話になった若輩の先生、
1年ぶりのあいさつは「酔いが回ってます」
定刻30分前についたのに、先方1時間前からすでに酩酊状態。
が、それからが強い。
本日脱水症状にて、双方、水、がぶガブ。

と、余分な話は、後にして、

昨日の続きの、檜原村、吉祥寺の滝下流部です。
上流部は、吉祥寺の滝(檜原村) 1

水量が多くなったとき、また訪れてみたい滝でした。

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ南秋川渓谷は、下流50メートルで、
北秋川渓谷と合流し、
秋川渓谷といわれる、本流になります。

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吉祥寺の滝(檜原村) 1

2018-01-18 11:07:11 | 魅せられた!



都心から電車で1時間で登れる高尾山(599m)は、八王子自然の名所。
我が家の窓からいつも見えるのですが、
今日は靄の中。

たまにはこんな日があってもいい思いながら、
11日に訪れた、檜原村の吉祥寺の滝を・・・。
檜原村、南秋川渓谷と北秋川渓谷が流れていて、
合流地点から、南秋川を450メートルほど登れば、
吉祥寺滝。
ここから合流地点までの渓谷を「橘峡」と呼び、
川床いっぱいに流れる神秘的な景観。
滝は、3段からなり、奥行は20メートル、
その間を4メートルの落差をつけて流れ落ちていきます。

駐車場はなく、滝の付近のお寺、檜原城址の登り口、

吉祥寺に止めてもらいます。
(檜原城址と墓参の時はいいのですが、滝の見学には、お断りを入れます
快く受けて下さいます)









 

 

の当たらない山あい、
削られた灰岩塊が流れをさらに優雅に見せます。
これで日が当たれば、長くつはいて、上流まで、
むすび背負って、たくあん、柴漬けも添え、
キャラメル、ポケットに入れて遡上?
したいものです。
春。ヤマメの解禁!

 

 

 

 


植物のたくましさ、これも神秘です。
が、我が身と思えば、背筋も凍る心地。



 

 

 

 

 

 

 
檜原村、危険地帯の滝を含めると、
50ヶ所くらいの滝があるそうで、
ここはお寺の駐車場から5分。
吉祥寺バス停から2分、車道からも見ることができ、
朝陽を黄金色に移す、吉祥寺の滝の、上、中流部です。

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PCで、酸素不足

2018-01-16 22:01:16 | Extra

八王子は小雨が降り続いています。
昨日はパソコンを立ち上げ、
最初はサクサクと行きましたが、突然うんでもすんでもなくなり、
やはり四苦八苦。
使い慣れたや「7」のほうがシンプルでよかったかな?と。
「10」今のところ使いこなせない、といったところ。
「7」では一度もなかった現象、
画面切り替えられなくなったときは、
さすがトラウマでしたが・・・。

我が家の「ドドンパ娘」
山で、滑落するよりは安心とばかり、
電話もかかってきません。
「気がおけない仲間」カメラもダメで、パソコンもダメか!
「やはり抜けてるなあ~」
大きなお世話だけど・・・返す言葉、またしてもない。
明日は関東地方、16度まで気温上昇とのこと。
じっとしていられるかどうか・・・。
今晩の集中力次第。
気分は「失恋した」とウソばっかり!

           

            ※上のファイルは箱根ガラスの森美術館の所蔵しているものです。


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うん、すん、云わないパソコンとバトル

2018-01-16 10:49:55 | Extra

一昨日から、パソコンが使えていません。

 うん、すん、位の画面は出るのですが、

肝心のすべてのデータの画像が出てきません。

フォルダーを見やすく整理して、完了間近、

ウインドウズのユーザ名まで、削除してしまい、

その後、再接続することができません。

ユーザ名のパスワード(ノートに書いてある)を

入れても、書き忘れたのか違うのか、

画面が切り替わりません。

1つだけ手段があるようですが、試してダメなら、

買い替えることに・・・・・。

データは保存してるので、良いのですが

デスクトップのショートカットは作り直し。

ぼ〜ツと、していた時の出来事でした。

使い慣れた機種なのですが・・・・・・。

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ムラーノ島の職人、会えるか、なぁ~!

2018-01-13 21:20:18 | ヴェネチアのガラス

今日、
近年にない、考えもしない、行動もしない日で終わりそう。
今年4日から通った檜原村、2日は欠席?したから、
のべ7日間の、ファイルの整理も未完成。
しようと、気持ちもなかった・・・・です。
このまま明日も、同じ状態なら、そろそろ無気力の、
長い、なが~い時間を送るのか・・・、
それならそれで、また、いいか!。
が、たばこの灰皿、喫った吸殻を見ると・・・・本能!
無気力ではなく、体力、気力のインターバルと思いたい!
明日になれば、どっちか、判る筈。


今日は、イタリア・ムラーノ島、ガラスの村の職人さんの映像で。



      

 

 

 

 


                                        ☝ファイルは、箱根ガラスの森美術館所蔵

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宣伝しない、夫婦の滝!

2018-01-12 23:18:10 | 魅せられた!


行ったり来たりで、到着した夫婦の滝への入り口。
観光マップには記載されてるけど、
あちこちの立て看板では紹介されていない滝。
駐車場は3~4台位のスペースに、
還暦前、間違いない。坊主頭に作業服の方が、
車の中で、弁当を食べていた。
車の後部ガラスに「観光・・・」のシールが貼ってある。
一昨日探せない、華水の滝までの道を、聞いたあと、
思いがけず、「松姫の道」を語ってくれました。
それはいつか・・・。
夫婦滝まで、行くのですか?と顔が曇り、
「気を付けてくださいネ」と云うがまだ言い足りなさそう。
社交辞令なら、素直に聞いたけど、
何か、奥歯に物が挟まった、云いよう!

女房に奥歯に物が挟まった云い方をされると、
おど、おど、何かバレタ、どれだろう、と、
目はあっちを見、こっちを見て、うつろ。
おろおろ、あぶ汗じっとり、湧いてくるが、
今は、(云う言う)自適のひとり者。
奥歯に(言葉)が挟まっても気には、しない。

が、男性の奥歯に挟んだ言葉。
200mほど歩いて、気づかされた。
滝まで1キロの道、
「年寄り一人では、いかない方がいい」と、
云いたかったのかもしれない。
御前山の中腹、標高630m、たかがではあるけど、
転げる要素はたくさんあつた。
肩幅ほどの道、小石、ところどころ土砂崩れは、道がなく、
足場を堀り、帰りの階段を造り乍ら、行くわけで・・・。

 

和紙の原料、こうぞ、でしょうか。






 

 

 




2たつ目の沢を渡り

 

 

 

 


夫は左、夫人は・・・左だよな・・・。

 

 

 

 




清水を汲んで、呑めば軟水。




つぶれ紀州南高梅のむすび、
汚いと写真を、と、申しますな・・・。
実にうまかった。



檜原、滝の村。
夫婦の滝は、時を過ごすのには一番の滝だった、
が、宣伝しない理由がわかりました。
道中、パンプスでは、絶対辿り着かない!

帰り・・・陽射しのいい南斜面、
5~6ミリほどの、可愛い春が・・・・。

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カメラをここに置いてっと、中山の滝!

2018-01-11 22:22:07 | Extra

檜原村集落の入り口あたり、
中山の滝を、撮りました。

「風土記」に、この滝は「鮎跳滝」と云われ、
滝を登る、鮎や山女魚をすくって捕ったと、
中山の滝の案内看板には書いてあった。
石灰岩に沿って流れる水の表面に射す朝陽が、
きれいだった。
素人のカメラマン、
ここにカメラを置いてっとで、
幾らか成長した、何枚か。
そして、檜原村通いも、そろそろ切り上げようかと・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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幻のままでいい!松姫の道。

2018-01-10 23:29:42 | 魅せられた!



せせらぎの小滝、
公園の噴水、
軒下の雨、
雪解けの小川の音
小さいときから、じっと聞いていた、好きな水の音でした。
特に小滝の静かで、軽やかな音には、
なにも考えず、じっと聞いているといった、習性が・・・。
同行者がいては、出来ない、贅沢な時間です。
檜原村の民家は、山の中腹の家に見えても、
幾本もある渓流に沿って、建てられた家ばかり。

晴れた今日は、そんな檜原村へ・・・。
どれもこれも、伝説ばかりで、
真実を明かすことは、出来ないのでしょう、
「松姫の道」
判っているのは、
信州伊那の高遠城から、1581八王子に辿り着き、
八王子の礎を築いたこと。
資料のないまま、亡くなった方を、
憶測で心を暴くなど、大変失礼なことで・・・・。
今は自分だけの、こととして、松姫が歩いた道を・・・。
道中立ち寄ったという檜原城址へ今日は出向きました。

檜原村、吉祥寺の境内から地蔵さんたちの横の道を登ります。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


450m、ここが檜原城址、10数メートル四方。
廓が数段に分かれて、城址だとは思うのですが・・・。 


臼杵山、
この奥に陣馬山、越えれば甲州街道、高尾山近く、
小仏峠、これが「松姫の道?」 

 
下の一葉は松姫とは関係なく。


甲府から大菩薩峠、向山、三頭山、臼杵山、市道山、陣馬山、小仏峠、城山・・・高尾?
尾根伝い・・・・
松姫、歩いた道、明かされることなく・・・。 

と、長い説明でしたが、
八王子に着いてからは、恋仲だった織田信忠の一字を取って、
剃髪をし「信松尼」と名のって
(信長・本能寺の変の後、信忠は自害)
心源院の別院で草庵を
結び、

 


松姫は、侍女たちとともに蚕を飼い、染物をそめ、

兄たちの3人の姫を育て、
近隣の子供たちには手習いを教えたりした。
この時に松姫が伝えた織物が、
八王子織物として、町が発展していくこととなったのです

 




松姫がなくなっって10年後、徳川に仕えた、
旧武田家の家臣が建てた「信松院」




20歳の・・・・松姫。




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「松姫の道」 1

2018-01-09 22:43:14 | たいへんだ

 むかし1500年代、山梨・甲斐に武将がいた。
武田信玄。
信玄に(1561年年)9月、子供が生まれ、
子の母は側室の「油川ご寮人」
生まれつきの美人で名は「松姫」。

松姫の生涯の恋人は、織田信忠。

生涯顔を見ることなく、
武田家と小豪族のこわっぱ、
織田信長の嫡男、
奇妙丸(信忠)婚姻を結んだだけ。
松姫7歳、信忠11歳の時であつた。

が、時代は1567年。
信玄全国制覇をもくろんでいた時である。
遠江の三方が原に出撃、徳川軍と一戦を交えることに。
これが松姫の不運の始まり。
織田が徳川に三千の援軍を出したということが信玄に伝わり、
怒り狂っ信玄は、織田に絶縁状を叩きつけ、
婚約は解消。信忠15歳。松姫11歳の時だ
った。
9年の歳月が経ち。
恋人、織田信忠は、武田軍の要塞、
信州伊那の高遠城を攻め落とす勢い。
織田・徳川連合軍に追い詰められた、
腹違いの兄、勝頼は、高遠城に入っていた、松姫に、
盛信の娘(督姫)と、
勝頼の娘(貞姫)、
人質である小山田信房の養女、4歳の香具姫らを連れて、
十数名の供とともに甲州路の東へ向かわせるのであります。

勝頼が味方の裏切りもあり、
天目山麓の田野で自刃し、武田が滅亡した頃、
織田軍の残党狩りは、村人達も、
山奥深くまで逃げ込むほどの熾烈さのなか、
松姫ら4人とともは、大菩薩峠を越えて、
険しい甲武国境の山並、寒さや雨、幼女をかかえ、
松姫は大きな試練に耐えぬいて、
武蔵に落ち延びた来たのであります。

その道は、今なお、云い伝えられて、いるだけ・・・・。

松姫・・・この時20歳!

 



 

 
峠までの道は、危険な状態の時期、登れません。







 



 

 

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