春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

たんぽぽ 

2019-04-30 23:57:43 | Extra

 


改元がお祭りになる、
天皇即位が、悲しみを引きずらない即位であれば、
天皇攘夷は許される、と、
我々の多くが思うことになるのでしょうか。

昭和天皇の崩御した時を知っているものにとっては、
なんとなく複雑。
天皇崩御の時は、店も開かなかった。
多くの人との一体感があったけど、
天皇象徴という実態が薄れなければいいのだけど・・。

ただこれからの若い方たちにとっては、
新しい天皇の姿を見ていくのだから、
余計な心配ごとですね。
あと10分、

 

 

 

 

 

 

 

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天井周りが なくなりました。

2019-04-29 21:13:30 | Extra

 

昨晩、ブログに投稿した後、
左の耳に触ると吐き気と天井が回る、
症状に藁をもすがる素人が施したのは、
茶碗一杯の茶漬けと、
両耳を引っ張ったり耳たぶを揉んだり周りを、
トントン抑えたりした2時間です。

それで効果が出たのかはわかりませんが、
今朝からは
眩暈のふらつきもなく、
天井も回りませんでした。

ご心配をおかけいたしました。


耳たぶを揉む効果は、
薬を飲まない治癒、
健康本の見出しで呼んだことはありました。


今回・・耳鳴りの音が小さくなったのは確かです。

今も天井が回った昨日に比べたら、
あんずの大きさと、小玉のスイカほど、
ただ、思考の集中時間が長いと、

少しずつ高くなってきます・・・。
視力からのストレスも大きいですね。

それは仕方のないことで、
ウィークポイント、長い付き合いです。
これからは、
程よく、眼を休ませ、
気分転換も図るようにしなければ、と、
反省をしております。

明日からはまた違う文面で、
お会い出来るここと存じます。

近所のお宅の庭に咲いていた花から・・。
調べても判らない花もあり、名前は後日、書き足します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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花 と 自立神経

2019-04-28 23:11:24 | Extra

 
ひんやりとして、富士山がくっきり見えた八王子でした。

いつもは、午後2時ごろまでは、
陽の目を見ないかもしれない、資料作り、
それから15分ばかり午睡します。
その今日の午睡で、これからのルーティーンを、
変えようかと思ってしまった、体の変化です。

3月の定期健康診断では、全く正常な診断、
若干血糖が基準値から出そうなので気を付けろ、と、
問診で言われたのに、
午睡で訳の分からない夢が変わって、
カクンと意識が落ちたような気分。
吐き気に目を覚ましたら、天井がクルクル回っていた。
動くと、吐き気。気分転換外に出たら、
街中の看板がよく見える気分が、ふらふらさせて、
意識が遠くなりそう。

とうとう、胃の中を空っぽにしてしまいました。

左耳を揉むと吐き気がする、
三半規管の障害?、耳鳴り。
埃のように小さいストレス・睡眠不足、
精神もタフだと思っていましたが、
老化への日々に、突然現れた症状でしょうか!

さっき16時頃から21時頃までは爆睡でした。
ぼやけて見ずらかったテレビの画面が、
くっきり、本箱の書生の文字もくっきり見えました。

ピントの合う文字・画像を見るのは久しぶりです
しのびよる恋には、不安も恐怖も、絶望もあるけど、
倖せのひと時もあり、人を成長させる力がある...、
のに・・しのんできた疲労のスロープには倖せ感がない、と、
のど元過ぎない連休明け、
もう少し、世の中の一人でいたい!
医師を頼って、快適な状態に戻ればと。

今宵は花を見ながら‥です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真 2019.4.22 箱根湿地園の花たち

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木瓜 と ボケ。 

2019-04-26 21:28:06 | Extra

 
蛙の目借時どころか、八王子の雨は、
仕舞い忘れた どてら に感謝した10連休前でした。
明日から4〜5日の仕事に精を出し、
後は、花ラッキョウつまんで、英気を養うことに・・。

木瓜の花、



記憶」を失っていく父に困惑した娘が、
道端で、泰山木を見入っている姿を見て、
記憶は、美しさは忘れていない、と、
以後、父の看病に精を出す娘の姿を描いた、
有吉佐和子さんの「恍惚の人」


木瓜の花では、
花柳を引退した、二人の女性、
壮年の学者に乙女のような心で憧れる正子
豪華な料亭を経営しながらも、男無しでいられない蔦子、
幾度の衝突を入り返し、とだえた二人に、
恍惚の人となった、蔦子の母が訪れ、
再び、二人の愛憎が始まる・・。


ロバート・キャパ。報道写真家が、
一躍戦場のカメラマンとして脚光を浴びたが、
ピントが合わない写真があった。
覗いたファインダーの光景に、
震えた指で押した、シャッターに、
仕上がった画は、ぼけていた。
1996年代、欧米のカメラ誌で
❛ bokeh ❜ (ボケ) という写真用語が生まれ、
「ピンボケ」の言葉は、世界共通語でもあり、
輪郭の境がぼけるのも、貴重な一葉だと・・。


日常の常識をひょうひょうと逸脱して語る、
私のことを、

陰で、ボケと噂する輩もいる・・が、それが楽な時もある!!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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雪餅草に破れ傘。

2019-04-25 21:37:33 | Extra


昨晩の雨が稜線を浮かべる、爽やかな八王子でした。
近くの高尾山に登ればいいのに、
残念!頬杖ついてタバコ、ぷかり。
出不精の性格が、幅を利かしてしまった・・・。

雪餅草・
世界的に見ても、
日本の三重、奈良、四国の限られた地域に自生するという、
サトイモ科テンナンショウ属
別名を歓喜草とも言

これは,ユキモチソウを初めて見た人たちが,
その美しさに仰天し,
歓喜するところからつけられた名前という。
暑い季節に直射光に当てるのは致命傷で,
涼しい環境作りが必要。
雄・雌が年数によって性転換する植物のため

山に還す時期も非常に難しいらしい。
性転換は、発芽して大きく(2~3年)成長するまではオス、
それ以降はメスに転換するようですね~(インターネットより)

そういえば箱根湿地園では小屋の中で、
楽しませてくれた。
雪見大福、ゆきみだいふく・・半歩、歩いては雪見大福。

 
 

破れ傘刀舟と呼ばれ、名は叶刀舟。
江戸から2里、千住のはずれのボロ寺、瑞光院に、
朝、昼、晩、酒を飲み、
治療代の無い者からは、
せいぜい商いの野菜をもらう程度の蘭方医。
悪を嫌い
「てめぇら、人間じゃねぇ〜、叩っ軌っててやる」と、

バッタバッタ、悪を切り倒す、正義の味方。
1970年代の傑作。演じたのは亡き萬屋萬之助氏。

が、こちらの破れ傘、乾いた土壌に、
植物にして、白絹毛の産毛が春風に嬉しい。
人間同様、子供の時は愛らしい。

願わくば、アイスクリーム、
雪見の大福を手にして眺めていたい。

 



 






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青いケシの花

2019-04-24 22:20:51 | Extra

 

雨が降ってきました八王子の宵に、
風の音も聞こえてます。

箱根湿地園では、咲く花も多くなっていました。
昨年も見たヒマラヤの青いケシ、今年も咲いていました。



今年2月初めに亡くなった、
うつろいゆく自然の姿を描いた、
日本画家の堀文子さんが、
このヒマラヤの青いケシの写生の為に、
82歳でヒマラヤに登った。

江戸っ子、切れ味のいい語り、
洗練された画風は、語り口そのまま。
日常は孤高にして、気さくだったと・・。


花柱ある青い花は、ケシ科メコノプシス属で、
花柱が無く、ヒトデ状の柱頭になっている、
黄色い花は、果実から麻薬を取る、
ケシ科ケシ属といい種類が違うと知りました・・。

 

 

 

〜 ヒマラヤ山脈の青い花 〜

 

 

 

 

 

 

 

 

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平成31年4月23日。八王子はひと、人、人。

2019-04-23 21:50:52 | Extra

 

八王子のメイン通り、多摩御陵から高尾まで、
ひと、人、人。
観光地での人込みには酔うものの、
今日の人混みが嬉しい。
天皇陛下が武蔵野御陵に着く予定は11時30分。
8時には、御陵への橋はかき分けなければ・・。
こんどいつ来るかわからなければ、
今までの両陛下の思いと行動には、私でも、
一声かけたい。


 

 

 

 

 

 

昭和天皇に退位の報告を済ませた、
美智子妃殿下に、

呪縛であったろう長い軌跡、
玉串
捧げて、今日で融けた重責・・・と、
そう思わせた、御陵からのまなざし・・。

 

 

 

昭和47年から5年ごと参拝をしていた、
労働災害で殉職した方々の御霊を慰める、
高尾みころも霊堂、
今後は皇太子殿下が引き継がれるのでしょう、
退位の今年は、3年で玉串しを捧げました。

 

この目つきにも感謝をしたい!

 

 


どこからともなく「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
一声かけるはずの私は、言葉をつまらせ、

 

 

沢山の感謝の声に、
美智子妃殿下のまなざしに、
沢山の集まった人たちの眼は潤るんで、
振る手が見えなくなっても、
まだ動かない。

私もその一人でした。

美智子妃殿下も、
「ありがとう」と、そう、語ってたんだよな!

 

 

 

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アンドレ・リュウとコラボする、あくびのリス。

2019-04-21 22:20:31 | Extra

 


 André Rieu  〜 

 

Andre Rieu 2010.jpg

 

名画を残すオランダの最も古い町、
マーストリヒトに
生まれた、
ヴァイオリニスト、
アンドレ・リュウ。



あくびをするリスを見ながら、
聴いている音楽、
たまには、いい!

そのまま眠るのも、またいい。
そんな、心地にさせて、優しい男にさせる、
リスのあくび!
 

 

 

 

 

写真はお借りしたものです

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異空間・北前船寄港地の集落。

2019-04-20 23:03:53 | Extra


国道305号、福井県越前街道、
今は漁火街道と呼ばれ親しまれ、若狭湾が眺望でき、
晴れた日には、快適なドライブコースになる。

☝ 北前船のコンクリートのレプリカが、一際引き立つ広場。
自販機の陰から、舞う新聞の折り込み広告が、
舞う先を見つめて、返ってきた言葉は、
『原発は停まらないほうがよかった!』
原発から流れる排水が、海水を温め、
サワラ、鯛も、イカも沢山獲れたのだといいます。
5年、今は海水が冷えて、全く獲れなくなった。
漁だけの生活はもうできない!
唖然として、私は、カメラを背中に回していました。

若狭湾の向こう
敦賀半島👇は、
「もんじゅ」「ふげん」が在るところ。
小一時間、去る二人の元漁師の後ろ姿に、
昔、江戸後期から、北前船で莫大な財を築き、
明治の半ばには、通信、汽船、内陸の交通が発達して、
その役割を終えてしまった、
船主たちの軌跡が、くっきりと浮かんできました。

 2017年4月、日本遺産に認定され、北前船。
「荒波を越えた、
男たちの夢が紡いだ異空間~北前船寄港地・船主集落~」

南条郡南越前町河野。 








廻船全盛の頃はこの道👇がメイン通りだといいます。














👇昔の工法で直すのでしょうか、
 楽しみです
☝ ☝・・👇
ここの家々は、船主たちだけが住んでいた、集落で・し・た!

 

 

 

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英勝寺にアケビの花と八重山吹。鎌倉

2019-04-19 20:47:36 | 関口文治郎/神社仏閣

 

線路沿いにアケビの花が咲いていました☝

鎌倉・扇ヶ谷町。
尼寺・英勝院、
江戸城を築いた太田道灌の血を引く「お梶」さん、

徳川家康が亡くなり落飾して『英勝院』と呼ばれ、
お梶さんを慕っていた、家光に寺を創ってもらい、
1642年まで住んでいたのだそうです。
お梶さんについては専門家の間でも、
正確なことは判らないとのこと・・。

映画や、テレビではお梶さん・
家康と戦場に出れば負けなしと言われ、
一時は『お勝』と言われた。

正確なことは判らないので、
アウトライン、この辺にして、
尼寺の本堂、30センチばかりの格子を開くと、

豪華!
極彩色に彩られたご本尊です。

歴史・・小生疎いものでこのあたりにします、が、
訪ねたのは、前回投稿の寿福寺の隣、
源氏山を背負った場所で、
太田道灌の屋敷であった場所が決めて。

閉門16時。
10分前、頭を下げて
見学をさせていただきました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鎌倉・寿福寺、29歳の才媛と・・。

2019-04-18 22:37:46 | Extra

 

総門をぐり、整然とした長い石畳から、



👇 樹木に生した苔を眺め、
突き当たって、左に曲がり、

 

👇 源氏山、緩やかな階段の上に、
北条政子が招いた
臨済宗・栄西が開山をした決して、
広くはない
墓地見えてきました。


ここに、北条政子尼将軍?と、
源実朝の五輪塔がやぐらの中に、

👇 猫の大仏次郎さんのお墓は、父・野尻政助さんと、


👇 高浜虚子さんのお墓も、やぐらの中に、


👇 虚子の二女、『文学界』創始者の星野天知さんの息子で、
鎌倉彫りの職人になった星野吉人に嫁いで、
癌で亡くなった
星野立子さんのお墓が、

雛飾りつゝふと命惜しきかな  立子

と、自筆句碑、日常生活で使う言葉が、
父のお墓に、対面するように建立されていている。



そして、森田愛子さんのお墓が、
ひっそりと・・

 

 

伊東伯翠の名を背負い、
師・高浜虚子氏との友情を語るように、
やぐらに向いていて・・。



 


晴れた、4月16日、
死して師を仰ぐ森田愛子さんの、

楚々として芯の強さを垣間見て、
胸が高まりが、空に響きました。


 

彫刻も彫れなければ、一句くらいと・・!
群馬花輪の文治郎、呆れて・・。
......無理、むり ムリ。

 

1947年4月1日。
亡くなる3日前、虚子に打った電報。


ニジ キエテスデ ニナケレド アルゴ トシ

私が生まれる1か月前に、
亡くなった森田愛子さん29歳の才能が・・。
鎌倉・寿福寺に・・。




 

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森田愛子さん、越前三国から鎌倉に・・。

2019-04-17 22:11:19 | Extra


漁火街道、国道305号を南条郡波越前町から、
75キロばかりあたりに、坂井市みくに龍翔館が、
日本屋敷とはかけ離れた、建物が高台に見えてきます。
明治6年、大阪から、三国港へとの日本の土木に貢献した、
日本が雇ったオランダから雇った土木技師、
ジョージ・アーノルド・エッセルが、
日本を離れる、5年間の間の最後の年に、
デザイン、建築技術を指導して、
明治12年に完成させた龍翔小学校、
今は復元をして、
板井市三国の自然風土、文化の遺産を展示する、
貴重な博物館でもあります。



 

一階には、北前船(地元の方は、きたまえぶねと呼びます)の模型が、


2階に三国の古代遺跡の出土品を、
👇は絵画で遺跡物ではなく、


3階に、高見順、三好達治、森田愛子各氏の文学者の、
資料が、陳列しています。
どこの博物館、資料館に出かけても、
撮影禁止のお札が張られ、
いつもガッカリするわけで、
『文化遺産大いに広めて、
貰えばいいのに度量がない』などと、

余計な腹を立てるわけです!
実際、実際学芸員に呟いたことはありますが・・。


ここで私は、森田愛子さんの存在を初めて知りました。
東尋坊、👇三者の俳句の碑に、
寝待月・・八月の眠れない日に、
雪国の風景を
浮かべた森田愛子さんの姿、

越前町『北前船、右近家資料館』に時間を取られて、

駆け込みで入館した、みくに龍翔館の学芸員の誘いで、
訪れた、東尋坊の石碑。
それ以来、この句がどうも頭から離れません。


森田愛子の写真


我が家の 対岸に来て 春惜しむ   愛子

菜洗うも濯ぐも一つ桟橋に    愛子

九頭竜の空ゆく鴨の見ゆる窓  愛子

美しき布団に病みて死ぬ気なく    愛子

写真

※森田愛子さんのファイルは借用したものです。
虹の俳句は、高浜虚子氏の作。

森田愛子さん、北前船の廻船業で財を築いた、
森田三郎右衛門と、生え抜きの芸者、田中よし子さんを、
両親に持ち、
東京女子大学で学んで・・・結核に!
鎌倉の七里ガ浜、結核療養所に送られ、
俳人・高浜虚子の弟子伊藤伯翠氏に俳句を学び、
身近な風景を、透き通った水のように、
しみこむ、
句を詠み、
二九歳の高浜虚子氏との会話、
虹を渡ることなく、

三国、九頭竜川の見える部屋で二九歳の生涯を閉じた方。

高浜虚子、虚子二女、星野立子さん、
そして、お墓の立ち位置まで、
涙を誘う、森田愛子さんは、
鎌倉、市街地を離れた『寿福寺』で・・・。

帰り、七里ガ浜の療養所からも、
見たであろう江の島からの夕焼けの景色に、
ひと時を過ごしました。




森田愛子さんのお墓はこんど・・。

 


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雨晴海岸・家持と芭蕉・そして義経。

2019-04-15 22:10:23 | Extra


八王子は明日も晴れるというので、
出掛けたいのですが、
ブレーキパッドがまもなく、ぎィ〜ぎィ〜音がする寸前で、
車を預けたら、八王子の町までスキップして・・・。

チョットがさつで、おっちょこちょいな私が、
店内、粛々と研ぎ澄まされた空気の中、
そろそろと歩いたのは、
高岡市内の『雨晴海岸』沿いの道の駅でした。
高岡市伏木町、万葉集の編纂に携わった大伴家持が、
国守として赴任した土地。

万葉歴史館も厳かであれば、道の駅も厳か・・。

空腹でガッツク態勢でさえ、シャキッと!

食事は喉も通るまいと、
注文したのは、コーンカップの抹茶ソフトクリーム。

上品なスプーンが付いてきた。
クリームすくいながら、つい見てしまった、
隣の人のカレー、

陽ざしにいい色合い、照らされてうまそう!
昼は済ませてしまった、と、つい言い訳したばかり。
宿で別注に作ってもらった握り飯を、
車の中で食べる始末に・・。

嘘はやはり身に堪える!

 

 

 

女岩の向こうは、立山連峰が見えるはず。
3000mクラスの山を海岸から見ることができるのは、
雨晴あめはらし海岸、
世界には此処にしかないのだといいます。

残念。
写真家は厳冬の毛嵐、春先の立山連峰と、
時期を待つのだそうです。

 

👇 これが、高岡市伏木北前船資料館の案内の方からお借りしたものです

 

 

 

 

 

 

 

国守の足固めに、馬をつないで、意気揚々、
磯を見学する、家持。


芭蕉は、

早稲の香りを嗅ぎながら、
旅の疲れで行きたいところも行けない、
無念をこの磯で読んだ・・。
互いの立場の違いの心情が、くっきり。
間もなく、岐阜で『奥の細道』を終えるのですよね!

 

 

 

 

 

〜 コシノコバイモ 〜 越の小貝母
福井県、富山県、新潟県と静岡県、福島県の山林の薄暗い場所に自生
( 写真は箱根です
)

 

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能登を走った・切子灯籠 ❛ 輪島 ❜

2019-04-13 21:06:09 | Extra

 

春の陽ざし、テレビの番組が変わるのも知らず、
昨日も今日も、ほどよく睡魔に、
ただ、ただ,うつらうつら・・。

6日の輪島市は強風で、しゃがむほど、
朝市のテント張りのお店は、早々と後かたずけし、
海岸線での運転は、危険さえ感じた日でした。

港の先端、モダンな建物。
観光客多くの方が、

ガラスの切子の展示館と、
思ってしまうのだそうです。

私も・・・。

 

 

 

 

 

 

 

キリコ吉祥文字・地区ごとの願いや祈りを込めた3文字

 

 👇 真ん中


👇 切子の元祖は、笹竹に吊るした小さい行灯・・。

 




裏には、文字であったり、絵であったり、

 

海の男たちが競ったキリコは、年々大きくなり。
能登國が最後で、
町の通りは、切籠が通れるように、
電線の切り回しまでしたそうです。
15mならビルの4階くらいでしょうか・・。

 

 

 


今は、小ぶりに変わり、
👇の切籠は現役のもので祭りには
このキリコ会館から、担ぎ出されるのだそうです。
彫物の山車とは一味違い、風雅さえ感じます。

 

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越前・三国、いにしえの岬。

2019-04-11 22:18:37 | Extra

 

海岸まで、
暴れん坊の東尋坊が、
寝ている間に恋敵の仲間たちに、蹴落とされた場面が、
今でもガキ大将の私の脳裏に浮かんで、
崖の上に立ったら、足がすくんでしまった。
日暮れの時刻が、尚更恐さを増す。

訪れる予定に無かった観光地、
安山岩の世界に珍しい、柱状節理。
3角もあれば4角もある。
これで、沈む陽が紅ければ、恐怖は消え、
俳人、東京で森田愛子さんが歩けば、
通りすがるすべての人が振り返えった、という
29歳で亡くなった人生を浮かべ、偲び、

時を忘れて、座っていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の岬
旅のをはりの
鴎とり
うきつゝとほく
なりにけるかも

三好達治氏

 


「雪國の深き庇や寝待月」森田愛子さん

「野菊むら東尋坊に咲きみだれ」 高浜虚子氏
「日本海秋潮となる頃淋し」伊藤柏翠氏


 

高見順さんの碑・・は?
・・もう暗いんです。こんどの機会があれば。

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