春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

飲み過ぎ、丸太から滑った
徳利、背中の与太郎河童
花見の色香に、プハァ~川から顔出し
キョロ、きょろきょろ!

車川、車の松!

2017-10-27 21:31:43 | 榛名湖・上州

 

花車、香車、車火、糸、井戸車、風車
車川、きれいな名前の川が、群馬県箕郷町があって、隣接地に、
冨岡、和田山、白川村、善地村が1889年合併した車郷という村がある。

早朝、予定外の小雨にも、ワカサギ釣りに夢中な方がいっぱい、いた。
この静けさに、釣り人の邪魔にならなければ、
ボートで、しばらく時を過ごしたかった!
鳴沢湖。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その近くを、榛名湖に通じる126号線が、なだらかに。
紅葉への変わり目、稲の刈った跡が、小気味よい。
数回通った道、幾度でも、小気味がいい。
が、この日(10/25日)は、コメント、いただいた、
車(kuruma)村を探しに来たのでした。

が・・・・この車村(kuruma-mura)が、歴史に疎い私を、
勉強家にさせるのです。
車川、車村、車郷、群馬の松が、
今の私の部屋、改築中の乱雑さとすんぷ変わらず、
頭が、ごちゃごちゃ、歩く足取りは、千鳥足に・・・・。
この後、コメント下さった、たかさんの助言をもとに、
市役所の皆さんと、住民の方を巻き込んで、
何気なさそうな、助言の奥を識ことになるのです!


               ※☝車川沿いにある群馬の松=車の松

明日、亦・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

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まゆみ

2017-10-26 08:41:01 | 榛名湖・上州




 榛名山の「まゆみ」が種子を見せました。
  5月から榛名を訪れ10数回、ようやく見た「まゆみ」
  満開ではありませんが、充分まんぞく。
  この日は10月24日の夕方。
  あいにくの曇り日でした・・・・が、
  恋人「まゆみ」と呼んで、半年、この日を待っていたもので、
  今度は、「太陽」の晴れ着を着た満開の「まゆみ」を、
  心待ちにしている、ところです。   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    
           榛名山ロープウェーの原田さん、
      大変お世話になりました。
      原田さんも仕事の合間、「まゆみ」を撮り続けている方でした。
            

                 

     ☟ 帰りがけ、晴れた数分の晴れ間。
          榛名湖「いまが、見ごろ」になのました。

 

 


                                                    ※ 10月24日 榛名湖

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榛名山麓「車川」・川を渡って・・・。①

2017-10-24 23:41:00 | 榛名湖・上州


群馬、榛名湖への道、126号。
車川、一級河川に「群馬の松」があって、
数回、通っているのに、案内看板まで、
気が付かなかったわけで。
脇見運転しない、優良ドライバーといえば、
おお~ォよし、よしだけど、
改めて、石碑・案内看板を見直すと、
気づかないのは「単なる阿保」だった。

この地は、群馬のにとって、歴史に欠かせない場所だった。

それを何度も「阿保さ加減」に、丁寧に教えて下さったのが、
山の師匠、トレッカーたかさんだった。

その車川、に咲いていた植物を・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ネコの手になりたい!

2017-10-23 22:26:28 | Extra

 

 

 

 

 


                               ※ ☝☝☝☝岐阜の植物とオブジェ

留守をいいことに、八王子の❝ミッキーマウス❞があぐらをかいて、
爪楊枝をくわえていた、事件。
プロジェクトを組んで対応するというので、
ついで、模様替えをすることにしまして。
ついては、大工さんが、入っている間、
ブログもとぎれとぎれに・・・。


夜行性は、赤色に反応するというので、
まず「赤色」をできるだけ捨てることにた。
出入口は電気のブレーカーの配線の小さな穴。
荒らし終わって出るときは、かならず入ったところからと・・・。

台所の板を外したら、配管のビニールをかじった跡。
ここではない。

下の階、2階の天井は、自由な運動場であったに違いない。
ネコの手を借りずに、済んだことは、
よかったけど、
小さな音にも、やたら過敏になって・・・。
野武士と豪語する、私が、まさか、
顔を引きつらせ、髪の毛逆立て、びくびくするとは・・・。

わたしは、猫の手になりたい!


                                        ※ ☝新潟の猫

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船にのってきた馬、どうして?群馬

2017-10-21 22:21:11 | Extra

 

 

 


群馬県は、馬の生産地だった、歴史があって、
古墳の数もピカ一。
埴輪の数は、ダントツ№1.

馬は1500年ほど前、朝鮮から運ばれたもの。

                                         群馬県立歴史博物館・ぐんまの森

外来者が1500前、馬を運んだ船は、どんな船?
ここで、【博物館曰く】
大阪の古墳から出た船形埴輪を復元した船が☟。
これに乗って、馬の生産、飼育・技術の専門家が渡来したという。
更に、この船に馬も乗ってに乗り込んだという・・・・・。
ここでストップ。
こんな小さな船に馬、人間、生活用品、餌を積んで
漕ぎ手は、馬の腹を見上げ、海面を見たりして、腹の下で漕いで、
荒波を超えてきた?

眠れない、眠れないが、もう3日!

 
その埴輪が☟ダ!

 

 
馬だって、船酔いでは、わがまま、になるというもの!

箕輪城がどうして武田勢に落とされたか、あの堀?
その絵を天井に描いたら、これまた眠れない。
どこかで、眠ってるが、眠らないイメージが強い!
今日は、唄を歌って、笑われるカエルが、ボーナスをくれた。
群馬の話は後日!

八王子、嵐の前の静けさです。

怪物にに対応する、体力温存に、おやすみなさい。

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台風に備えて。いろづく銀杏。

2017-10-20 22:23:09 | 高尾山

八王子が4キロを街路樹にしている銀杏が黄色になり始めました。
真っ黄色になるのは後3週間くらい。
今年は、早くなるのでしょうか?

小雨の今日でしたが、明日からは出掛けには不都合な雨になりそうなので、
作家・安倍公房のお墓参り。
月命日は22日なのですが、行かないよりはいいわけで・・・。
墓参り、帰りはいつものこと、妙に落着きを取り戻すのが不思議です。

台風の間は、出稼ぎは中止とし、
しっかりと、食糧を買いだめし、図書館からは、
※ ドキュメンタリーとは何か
※ 新藤兼人 私の十本
※ コロボックルの世界へ
※ 文学における 故郷 
『文学に・・・』は、民族の・民族のなかのことば、等、
抒情を配し、個と集団に源氏物語の時代まで。

の4冊を借りて、しばらく、時間を過ごすことにしました。


真ん中が、時々訪れる高尾山。


高尾山・秋明菊

 

キレンゲショウマ

 


セキヤノアキチョウジ

 

 




テンニンソウ?

 

とにかく、台風の被害が、出ないように、祈るばかりです。

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大黒様に顔がみえて、ゲンノショウコ。

2017-10-19 19:38:33 | 高尾山

{大黒様のつぶやき}
 『コメントを見て、ここは、一役!

 わしの前の道は、狭く、葉っぱが茂って見通しが悪い。
 後ろは、背丈ほど低い小道の東小屋。
 昨日のカメラマンは、背伸びをして撮ったよう。

 だれも手を合わせない・・・こんないい顔しているのに。
 お金は大事なものだけどねぇ・・・・ウン
 まぁ~いいっか、わし、後ろ姿にも、御利益ありますので・・・』
                     つぶやき終わり

というわけで、植物園、花壇に置かれた大黒様、
道を変えればこんな姿に。
後ろ姿、一服しながら、見ていたらチャーミングだったものでした。


暮れた帰り道、川端に繁る葉っぱの隙間から・・。

 

 


  枯れてもアザミ、高尾のアザミも・・・。 
  老いても、魅力はあるわけで・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 


ゲンノショウコ

  のんべぇの親父の数少ない思いでは、ゲンノショウコ採り。
  何回か足を運んだのは、
  「医者いらず」効き目があつたのかもしれない。

  

 

 

 

 

 

  



台風です、充分気を付けて・・・。

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高尾山の「あかり」

2017-10-18 21:45:03 | 高尾山

リフレッシュ、昼から大急ぎ、高尾山に登りました。
登ったといっても、途中までケーブルカーで、
途中から研究路4号に入り、しっかり気分転換。
平日の山、登山者も実にマナーがいい。
すれ違いの挨拶、100パーセント返えって、気分がいい。
最近、これがよくて、登るような気がしてきた。
それにしても今日の山は人が多かった。
研究路、花は咲いていないけど、満足の午後でした。
今日は高尾山の「あかり」で。

高尾山麓の民家・登る時は、石垣のある場所を歩きます。

 


高尾山のことならなんでも、ここで聞く。599・・・何とか。
  コーヒー店もあって、しばし休憩するのです。
  芝生は寝そべっても、お茶しても、あり。

 


本日№1。心にともした「あかり」

 

 


ずっと上からこのまま、手をつないで、

 


大きい神社より、このくらいが、ご利益がありそう、と、

  無神論者だけど、いつも思ってしまう。

 

 

 

 



もう日暮れ、東京の町は霞んでいて、見えるのはかすかな、あかり。
紅葉は、まだ、まだ先!
そんな高尾山でした。

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箕輪の「郭馬出西虎口門」に・・。

2017-10-17 22:55:06 | Extra


井伊直政が城主の時代、(1590~1898年)の、
城門の柱の礎石が見つかった。
平成14年のこと。
見つかった礎石は現在1つ。
郭馬出西虎口門。
見つからない瓦から板葺きと判明したという。


この門の復元に、丸2年、昨年11月に完成したもの。
関ヶ原の戦い以前では、関東地方最大規模の門。


箕輪城、南北に1.5キロ、東西に0.6キロほど。
出来立ての虎口(出入り口)の門を見るだけなら、30分もあればいいのだけど、
この城跡は、類に見ない、空堀と土塁。、
空堀を、散策して、郭馬出虎口を見上げると、そのすごさに気が付く。
石垣も、直政が、北条の知恵を借りて、
城下に流れる榛名白川から運んだ、という苦労にも、息を飲みます。

 


ここの土塁では簡単に責められる。

昔、実際の法尻は、この深さの2倍以上だったという。
と、なれば、やはり攻め込むのには、難儀する。
集めていた石を転がって来れば、痛い!


というわけで、
空堀は後にして、昨日の続き、谷川岳で一杯にします。

今日のつまみは、梅干し、シシャモ、ジャガイモ、糸こんにゃくと豚肉の煮物。
後は、でかいトマト1個。
箕輪城の花たち!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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上州、箕輪城の花達

2017-10-16 22:25:30 | 榛名湖・上州

1598年、井伊直政、テレビ大河ドラマ「井伊直虎」で、井伊家の再興を胸に、
立身出世願望を果たしていく、井伊直政は、
徳川家康から、見事12万石をしっかり頂き、
30歳で上州、榛名富士の裾野、養蚕の盛んだった、箕輪城城主になる。
8年後井伊直政は、高崎に城を移築。その城が


今は高崎の真ん中に姿を見せているが、
8年住んでいた、箕輪城は1500年頃造られたもの。
鍬ともっこで、苦労したであろう、
空堀があちこちにあり、4時間かけて歩いてみれば、
昔、攻めようにも攻めきれない、なんという外堀と。

その城、本丸の跡地が

 


箕輪城の魅力は、戦国時代を知れば、どんな城よりも、
すごいと思って、脳裏から離れない・・。

が・・・・
今日は旅の疲れをいやす、一杯。
「水芭蕉」か「谷川岳」か「巌」・・・・・辛口すっきりここは「谷川岳」を冷や
つまみは、梅干し、花ラッキョウ、後は花を見ながら・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                        ※写真は 10/16 雨の箕輪城で。

この城の近所に、私が勝手に思っている「山の師匠」がいる。
師匠の庭を荒らして、怒られはしないかと・・。
幸い、師匠は、私の顔を知らないわけで、
今日は雨だった。これが幾らか気分を楽にする。

さてと、コップが待ち遠しい!

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甘楽小幡の引札、群馬。

2017-10-13 21:48:06 | Extra



☝ ☟小幡地区、雄川堰に並ぶ商店の方々は、小幡八幡宮の下、
  弁財天にお参りしたのでしょう。

 



引札
天和3年(1683)に越後屋(現在の・三越デパート)が呉服の宣伝に
「現金安売り掛け値なし」という引き札を十里四方に出したのが、
引き札の始まりと言われる。
商品の広告だけでなく、開店、改装のお祝い、
得意先配り、街頭配りなどにも使われた広告。

30×40センチくらいで、障子に張ったりもして、
今では、歴史資料として、美術品として、
価値があって、取集家には、「たまらない引札」でもありましょう。

1683年は江戸、八百屋お七の放火で、大火の年でもあって・・・。

10数点が、小幡資料館別館にありましたが、そのうちの4枚を・・・・。

 

 

 


秋畑地区へ
ここから懺悔の秋畑地区、山の方に登っていくわけですが、

古傷、胸がざわめくのですが、
一軒の材木屋さん、キャンプ場の開拓、頓挫。
当時のことを知る方もおらず・・・・。

 

 

 

 

 

 

 


☟ 今日ニュースで、この地区ではありませんが、
「秋紅梅」が咲いていた、とありましたが、
これが紅梅なのでしょうか。
判りませんが、鮮やかな色でした。

 



実に寒い八王子でした。
秋雨、温度も下がり、体調の管理も容易ではありません。
皆様も、風邪など召しませんよう、体調にご配慮くださいますよう!

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枯れるな、甘楽雄川堰。

2017-10-12 21:24:59 | Extra

38年、訪れたくなかった甘楽小幡の石垣を流れる雄川堰。
春には、堰に散り、流れる、桜の花びらは、踊っているようだった。
小幡を過ぎて轟、秋畑地区にキャンプ場作る話に便乗して、
あえなく、頓挫した、悔しい思いもした。
幾度、見たことか!
そのころと、変わらない石垣の雄川堰。

甘楽町は、初代上野小幡藩の領主奥平信昌(1555年生)の、
祖父、親父が、代々仕切っていた土地。

奥平信昌は、豪傑、力持ち、長篠城で、武田勝頼の勢いを止める。

その2年前の出来事。
大軍を率いた武田を食い止めるため、
徳川家康は、苦肉の策、を信長に相談。
信長は、
徳川家康の、瀬名姫との合作、
おきゃんな長女「亀姫」を嫁がせるよう命令(1573年)。
そのために、武田家に出した、人質の妻(16歳)を離縁し、
後武田の手で、妻、弟(13歳)を、失うが・・・・。


後年、小幡藩領主は、織田信長の次男「織田信雄」が受け、
織田信雄直径で8代領主「信邦」の明和事件によって、
松平家に移り、4代で「廃藩置県」
歴史のある町、甘楽でもある。

小幡藩を支えて、なにも語らない、雄川堰である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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焦がれて、弾けぬ「まゆみ」

2017-10-10 23:58:15 | 榛名湖・上州

朝から、い~ぃ天気の榛名湖までの街道。


夏の艶のいい緑が、紅くなっていた。


まゆみ、10回通って、まだ開いていない。
女性のもとなら、今頃至近距離500mの判決が言い渡される。


葉っぱが散らなければ、実は開かない・・・と。


通う、私も私だけど、
種子を見せない「まゆみ」もしぶとい。
もっと、通えというなら、通いもするが、
弾けない「まゆみ」を見れば、
焦がれた「まゆみ」に、やつれて、病に伏してしまう。
なんてネ。紅くなった。
10月の末には「弾ける」・・・・ウン!



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越後の母!

2017-10-09 23:29:28 | Extra

高校野球時代、地方予選で、甲子園で、
2日酔いを、ニンニクでごまかし、サヨナラホームランを打ち、
優勝する景浦安武。
ベースランニングで、酔いが回り、おう吐してしまい、
優勝を取り消され、社会人になって、
監督と喧嘩。
やけ酒を浴びていた時、プロのコーチ、
岩田鉄五郎に、プロで野球をしろと、
熱心に誘われ、晩年、心の広い、でかい男になっていく。
その子を産んだ母親も、
しこたま「ノンベイ」
ちょっとしたことには、動じない、
母である。
その舞台が「越後・雪の新潟」でもある。

※景浦安武は、漫画・水島新司・あぶさん。

 

 


夏のさは平気だという。
冬は胸が熱く、背中が寒い、今の季節はちょうどいいと。

 

 

 


私は、人の指を見るのが好きである。
しなやかな、指。
ごつごつした指。
農作業で固まった指。
肉付きのいい指。
関節に刻まれたしわしわの指。
そのどれもが、生活の指である。

私の指は、ごつごつして、筋張った、しわだらけだが、
人の指を見ていると、この人には
適わないと、いつも思う!
どんな指にでもである。

 

 
新潟古町は、ひと、人の8日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 
緑の山が、消えると、群青の山の稜線に変わる、
越後平野。
車は空に向かって走っているようだった。


長岡・新潟近代美術館、玄関。
母と子。


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越後三条・鍛冶の受け継いで400年 

2017-10-07 22:41:59 | Extra

 

 


小学生、学校の近く、家に帰る前、
「ふいご」を押して、馬蹄をたたいて、つながれた馬の足に、
釘で、馬蹄を打っているのを、よく見ていた。

今は使わない「ふいご」


越後三条、精巧で、切れ味のを世界に知られる鍛冶。

400年以上、一人で全行程をこなすのは、
その教えだから、当たり前だという。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

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