春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

3センチに200年の石、日原

2018-02-28 22:11:01 | 魅せられた!


👇 ここは、12薬師と云って、

12本の鍾乳石が垂れていたけど、明治に観光客が折ったとかで、
痕跡しか見ることはできません。

 

 

 

 👇 日原のガマ。地上ではそろそろオタマジャクシが生まれる頃です、ね。

 

 

 

 個々の見どころは、広い空間の宮も魅力ですが、
この石灰岩の節理を見ることができることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3センチの鍾乳石に200年。
気の遠くなる鍾乳石を見て、日原鍾乳洞を終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日原鍾乳洞、都心から2時間ちょい、
奥多摩の隠れた名所といえるのでしょう。
赤や緑、紫のサーチライトの空間も素晴らしいのですが、
一つの山の中で見る、石灰岩の節理は、
海の中で作られ、今地上で見ることができる、
感慨もの、ぜひ機会がありましたら、ご覧いただければ、と。

コメント

悠久の宮。日原街道に

2018-02-27 22:06:06 | 魅せられた!

 1,200年前に発見された新宮洞と、
昭和38年に発見された新洞からなる日原鍾乳洞。
総延長1,270m 見学できるのは8つの洞の内、
新宮洞と新洞の800mですが、
足元は、きちん整備されていて、つまづきはないものの、
滑って、こける可能性は一歩一歩その都度です。
階段は手すりに頼って、けがの無いように、です。

 

 

 

 


 ☝ 👇水琴窟、発見当時は、なかったものでしょう。
   
地を這うような、ながい響きは、神秘的でした

 

 

 
👇三途の川、賽の河原、渡れば会いたい人もいるので、
ごめんなすって、急いでいるもので、と、早急に離れます。

 

 


👇ここは黄泉の国?  
 日原、悠久の宮。

コッペパン積んだらいくつ何個入る、と、
バカばっかし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

👇 縁結びの観音。
この日は若いカップルがやたら目に着きました。
観音さんの前で、握った手と手。
その手は、青空の下、永遠に離れない、離れない!
・・・・・・・。

ごめん。自分のことをしっかり棚に上げてしまって・・・。
少し歯が浮いてきたような・・・・。

 

 

コメント (2)

日原鍾乳洞、奥多摩

2018-02-26 22:26:44 | 魅せられた!

 

東京のはずれ、奥多摩湖に通じる道、
青梅線奥多摩駅付近で曲がれば、都道204。
10.8キロ、日原鍾乳洞まで。日原はーにっぱらーと呼び、
対向車を待つ狭い道。落石も多く、
私ごとき、打ちどころが良ければ、
さわやか人間になるかもしれない。
あえて期待はしないけど、
今日は、日原街道、車中太陽を浴び汗、タラタラ、
小気味よいドライブを。

前回、聖滝(ひじりたき)へのゲートは開いていたけど、工事用の車だけ。
かろうじて入れるゲートの隙間は、訪れるのは、工事完了後と、
観念させるに相応しい、分厚いべニアで、しっかり封鎖。

やっぱりダメか・・と横目に、
終点、日本鍾乳洞九選といわれる日原鍾乳洞まで。

ここは昔海の中、もこもこ浮き上がったのは石灰岩。
檜原村も奥多摩も、渓流に転がる巌は石灰岩。
白妙の渓流と呼びたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずい、地獄のような時世もあったけど、
三途の川だけは渡ったことがない。
あなたより先に渡ってしまうことになりました・・・が、

 

今日はくれぐれも、悔やみは、おあげくださいませんよう。
三途の川手前、船頭に渡す銀子は、どのくらいかと考えているところです。

コメント

かわのりやま、かわごけやま、思い込みの油あせ。

2018-02-24 21:03:08 | 魅せられた!

「どこへ行ってた?」
美容室へ出かけて、開口一番のあいさつ。

「晴耕雨読」どっこい。
山へ登るなら絶好の日差し。
疲れていたのか、椅子に坐ったきり、
うとうとと、時にはビクンとしながら陽が暮れる間際まで。
まさに「どこか、ピントがくるっている、
八王子の貴公子、散髪で、ますますいい男に・・・。
と、云って鏡を見てからでは、とても書けるものではありません。

昨日雨で断念した奥多摩、川苔山の聖滝の
この川苔山、かわのりやまと呼ぶのだそう。
電話で「かわごけやま」と「かわのりやま
2~3度掛け合った後、看板を見たら、「かわのりやま」
寒いのに脂汗が・・・、
転んだわけではないけど、人がいないかと。

自分の恥を書くのも勇気のエネルギーが必要で、
クテッとなります。







  



 バスストップの広い場所に、車を止めて、
峡谷に降りました。

上流に峡谷を渡る、トロッコが頻繁に交差していて、
しばらく眺めていました。

 

 

 

 

 

 橋を渡ったところにロックくらいミグの練習場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
この日最も時間を費やした場所。日原街道の拡幅工事現場。

 

 

 
このポーズでどうだい!
様になるように撮ってくれ。
凍える気温での作業に気迫。

 

 

 

 

 

 寄り道に奥多摩湖へ、東京の水瓶。940戸が湖底に沈んでいる多摩川上流。

2018.2.24あと3時間、おやすみなさい。

コメント (2)

登山口で頓挫、梅で口直し。

2018-02-23 23:00:35 | 残念・・・!

 

冴え帰った今朝、八王子は雪。
そのころテレビの江の島の景色は、
コントラスト見事な晴れ。
昼近く、晴れる気配にむすびを4個。
奥多摩、聖滝に一目散。
が、行けば行くほど、曇って挙句雨。
しかも、目的地までは落石があって、入山禁止のゲート。
本日、登山道口手前で、あえなく頓挫。

青梅の里にも梅が・・・。







 

1時間登れば聖滝があり、百尋の滝はさらに1時間。




昨年8月の落石。2か所。
う~ん!

電話で問い合わせたけど、入山いいとは言わなかった。
3月1日から4月末までの工事だ、と・・・6日後かぁ~。





まぁ いいッか!

コメント

小夜時雨に訪問者・・・・・

2018-02-22 23:04:13 | ヴェネチアのガラス




日本橋から15里、織物が盛んだった八王子の里
窓越し遠く街の灯は、小夜時雨でぼんぼり、
猫の恋が終わり、時雨たら猫柳も芽吹く、あと数日。

ロックでバーボン、物思いに吹けようかと思うも、
夜の訪問者、主夫失業で、食事にありついたのは、
いいけど、酔いに紅い顔して、トロンとした眼、無言で視線が、
散髪に行けぇ~、髭を剃れッ、と、やたらしつこい。

飲んべぇ~のドドンパ娘。
云われて?気にする私小心者、明日はどうしたものか。


☝ 👇 画は箱根ガラスの森美術館の庭です。








 







コメント

トラウマの釜ゆでと、美しい白糸の釜。三ッ釜ノ滝。

2018-02-21 23:08:41 | 魅せられた!

 

年越しそばの出汁に、鶏をと、
羽をむしられも、なお、クテンとしたままの鶏、
わらの火で、正気を取り戻して、
雪の上を駆けずる姿に驚き、
釜ゆでにされる鶏を見ていて、以来、
半世紀以上、鶏肉を食べたことはなく・・・。

今は汚れないナイーブさは、とっくに損なわれ、

酒のつまみは、ネギと鳥に塩をまぶして。

 

 

 三ッ釜、二段目の白糸。

 
三ッ釜、一段。

 

 


母のような、懐の深い丸い釜は、
岩肌を滑る、しなやかな白糸を一層、
美しく見せてくれる。


美しい理屈を捜しても、探しようがない。

あるなら、心地が穏やかになるから美しい、と。
あとは、言葉がわいてこない。

 

 ここの木の根は、子供にも老人にも優しい。
妙なところで感動もした。



三ッ釜ノ滝を少し登ると👇
ネジレノの滝、海沢峡谷の最上部の滝が。

 

 

 


頭に巣くっていた、ごちゃごちゃがどこに行ったものやら・・・
ここで、海沢渓谷、三ッ釜ノ滝に満足し、滑って転ばないよう、
帰りの道です。

 

 

 

 

 

 

 





パシュートを見ていたら、こんな時間に・・。
これから晩酌です。

コメント

奥多摩、三ッ釜ノ滝。

2018-02-20 22:23:11 | 魅せられた!



仕事が片付き、少々ボケっとしていた午前、
天気もいいし、と、奥多摩まで出かけました。
檜原村の天狗滝・小天狗滝、綾滝のある、
大岳山の裏側(どちらが表か裏か判りませんが・・)の、
三ッ釜滝まで。
奥多摩湖に通じる街道を走って、1時間30分ほど、
三ッ釜滝までの小道は、いまだ氷の道でした。
今日は、ボケっとしているので、
道のふくらみのある場所に車を止めて、
歩きです。
徒歩、三ッ釜滝まで30分ばかりで着くはず。
景色は、歩いてみるもの、渓谷覗いては、
あたりをキョロキョロ。

結局倍の1時間ほどかかっている、いつものスローペース。
👇写真は外人さん、はるか下で追い越してのに、前にいる。
今日は、いい。
追い越されるは、しのび寄っている「歳」の所為ではなく、
丁寧に景色を見て、仕事の緊張から解放する、のんびり散策・・・?

 

 



 












 

 



 

 

 



 

 

 



 









三ッ釜滝、今日の目的地、まもなくです。







三ッ釜ノ滝、一つ目に着きました。
今晩は、このあたりで休ませていただきます。
久しぶりに、開放感に浸った散策でした。



コメント

ブラマンク。

2018-02-15 22:06:39 | Extra


                          ☝ 雪の村・1930年。66.5×81.5

日陰の雪間土が一気に姿を見せた2月15日。

仕事に行き詰まったり、完成しない仕事に時間が刻々と刻まれると、

逃げ場所を捜す。
昨日、今日はそんな日。続きそう。
逃げたところは、ブラマンクの絵。
徹底した自由主義者、画家にして、文筆家。
パリで生まれ、少年時代に家出をし、
自転車の選手、ヴァイオリンを弾いて、生計を立て、
フランス郊外シャルトーで生涯を閉じたブラマンク。


画家、詩人、音楽家にとって、最も難しいと思われること、
しかしながら、、実はもっと簡単なこと、
それは、自分自身を伝え、その意図と感情を表す欲求、
すなわち、飢えたときにパンを食べ、のどが渇いたときに、
たい水を飲むのと、同じ欲求が、彼らの中に、生じる、
主な理由を知り、理解することである。
ー雪の村・ブラマンクー

シンプル。

 

 

 

       

コメント

出たあ~! 檜原の天狗

2018-02-13 20:35:19 | 魅せられた!

☝ 天狗滝を降りて50メートル
でたあ~
天狗・・・!

○o。.○o。..。.。o○
泡を吹いて、腰が抜けそう。


天狗、誰も見たことがないけど、

八王子の主夫は見た。
こんなの☟
 
☝ ☟高尾山にある像と額です


☟ 臼杵山、真言宗の天光寺でセミナーを受けているたちの滝行。
天光寺、セミナーには写経、企業研修、駆け込みなど、
年間5000人も訪ねて来るのだといいます。







 





 

 


奥さん外国の方で、新宿から初めて旦那さんの付き添い、
旦那はちょくちょく滝修行するそうだけど、
それ以上聞けない。
なんつっぅたって旦那、寒さで口がガチガチ。






  

日本海の雪、これ以上降るな、と願うばかりです。

コメント

迷子の救世主、天狗。檜原。

2018-02-12 20:50:07 | 魅せられた!

                           ☝ 天狗滝のてっぺん。

檜原城落城して、平山氏重の奥さんが、
天狗滝の上の綾滝で庵をむすんで、聖観音を安置して、
拝んだ場所で、僭越ながら昼をとった後、           
                           ☟ 綾滝

 

 

 

下山道をそれて、天狗滝のてっぺんに・・・。

日光、華厳の滝から、
一高生、失恋か、厭世になった藤村操が、
ハムレットの心境、巌頭之感をミズナラの木に刻んで、
身を投じたのは、
明治36年

巌頭之感

悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、
五尺の小躯を以て此大をはからむとす。
ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。
萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。
始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。

   幸い、私は失恋もなく、滝に身を投じるほど、
   厭世的にはなっていなくて・・。
   華厳の滝より落差はないとしても、
   てっぺんに立つと、滑って落ちるのでは、と。
   および腰になって、自称「野武士」があきれ、
   さらに、羽うちわ持つ天狗のように、修験者に喝を入れ、
   宙を舞う技など、サラサラ持ち合わせていないわけで・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☟ 大岳山、標高1267メートルの中腹、ここが「天狗滝」



 

 

 

 

 

 



 天狗は、迷子を送り届けるという、
村民に不思議な力を与え、山の神としての隠れた特技も持つ。
藤村操、日光「華厳の滝」が「天狗の滝」の名前だったら・・・。

そんな檜原村「天狗滝」で・し・た。

 

 

この滝の下に、小ぶりの滝があって、
そこには、修験者に喝を入れている、天狗の化身?が・・・。

コメント

綾滝、檜原村

2018-02-10 22:15:43 | 魅せられた!

 

車道からの距離:1.7キロ
40分の標記、でもちっと違う・・・。
登れど登れど、沢は岩石、
登山道は急勾配で凍結の土曜日、

標高800メートルほどの
東京最西の檜原村「綾滝」まで。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   日差しが強いと思った。春はそこ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 落差:21メートル
一筋の水流が岩肌を音もなく流れ落ちる様は、

綾の織物を垂れ下げたような滝で。
檜原城落城後、城主・平山氏重の奥方がここに庵をむすび住み、
聖観音の像を安置して拝みながら余生をおくったと。

標高800メートルくらい、畑もなく、電気もなく、
う~ン。

 

 

 

 

 

 

コメント (4)

紅柄の橋梁も、織る錦。碓氷峠

2018-02-08 22:23:39 | 榛名湖・上州

 

 


☝ ☟ 廃線・信越本線・熊ノ平駅





日暮れ、黒光の氷道を登れば、
錆びた紅柄色の、役目を終えた越本線の橋梁を、
包むようにように、黄雀茶色の木立と落ち葉が・・・。

国文学者、高野辰之35歳の時、
故郷信州豊田村に帰る途中の碓氷峠、熊ノ平駅で、


秋の夕日に照る山もみじ
濃いも薄いも数ある中に
松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は
山のふもとの裾模樣(すそもよう)

溪(たに)の流に散り浮くもみじ
波にゆられて はなれて寄って
赤や黄色の色さまざまに
水の上にも織る錦(にしき)

の詩を創りました。
山に川に、
汽車の窓の空には紅葉が、汽車の窓の谷間にも、もみじ。
水の上にも、織る錦のように美しい、もみじ、が・・。
1911年。
100年も愛され続けている唱歌。

碓氷峠、群馬横川から、長野軽井沢に架かる、
紅柄の橋梁は、春告草、新緑を、紅葉を、
朽ちることなく、125年見続けてきたわけです。
まさか、「もみじ」や「僕の帽子」の名作が、
生まれていたなんて知らずに。

☟ 碓氷第6橋梁



☟ 碓氷第五橋梁



☟ 碓氷第四橋梁




☟ 碓氷第三橋梁

高野 辰之1876年4月13日 - 1947年1月25日)号は斑山(はんざん)
碑は、碓氷湖のほとりに・・・。

コメント (2)

谷間 ❝僕のあの帽子❞ 霧積・金湯館

2018-02-07 20:29:18 | 榛名湖・上州

 
明治43年の大雨で山津波が発生する前、
軽井沢が発展する前、
40数件ホテルや別荘地は、東京からの避暑地として、
栄えた霧積温泉でした。


☟ 霧積館は昭和46年の開業から半世紀、
  平成24年、水車を残し解体。

 
☟ 霧積館の近くに、土砂崩れで悲惨な状況を見て、
  幸田露伴は小山内薫ととも訪れ、荒廃した姿を,
  詩に書いていた。

 

☟ ここから、旅館「金湯館」をめざし、

 

 

 

 

 

☟ 駐車場に6台の車は、埼玉、東京などのナンバー。
  霧積川の向こうで、
  アイスクライミングする人たちの車だった。
 

 

 

 

 

 

☟ あれが「金湯館」
  伊藤博文、尾崎行雄、森村誠一、長谷川如是閑、
  与謝野鉄幹・晶子夫妻、幸田露伴、
  山口誓子、小山内薫、山口薫も泊っている。
  西條八十、直接「霧積」を題材にした詩。
  同じ道だと思う・・・私も歩いている!
  鹿の爪痕のある雪道。

 

 

 
☟ 明治17年創業。
  改築しながらの営業は、風呂に将棋盤を浮かべて、
  勝負を競えるほどの、ぬるま湯。40度ほど。
  
風呂にはいれと言われたけど、丁重に断り、
  山菜そばを、量があって、しかもうまかった!

 

 

 

 

 

☟ 今年は水が少なく、氷塊が小ぶり。
  上毛新聞社のカメラマンの写真を見せていただいたが、
  水車から川底まで、てんこ盛り状態。

 

 

 

 

 


☝ ☟勝海舟が皮膚病の湯治に。
   同じく滞在していた、徳富蘇峰。蘆花の、
   叔母(キリスト教婦人叫矯風会創立者・禁酒運動の親分)
   矢島楫子(かじこ)の依頼で
海舟が筆をとった石碑の拓本。
   明治20年ごろだ、と。

 
☟ 秘境、霧積温泉一軒の宿、若女将が、
  冬場、土日には20人ほどの宿泊者をもてなしていました。

 

☟ 「人間の証明」 森村誠一氏が執筆していた離れ。

5492

 ☟ 電気は昭和30年から。

 

 

 

 



            ふぅ~ぅ! 長かった。 

コメント

前略 西條さま、森村様。霧積!

2018-02-06 22:28:08 | 榛名湖・上州



前略、西條八十さま。
あなたが谷底に落としたY.Sと書いた頭文字の、
つやつや光った、伊太利麦の帽子。
谷間に静かに雪がつもっているでしょう、と
回顧した、霧積。
あなたの帽子を探した日は、
陽がさすのに、手がかじかみ、
氷柱が心に残った景色でした。
そして、紺の脚絆と手甲を付けた薬売りが、
拾えなかった、あなたの帽子。
ありました。
1972年、無残な事件のあった、
霧積湖に!
凍てつく景色にぽっかりと。





 





 

 



 

 




前略、森村誠一さま。
あなたが学生時代、夢中になった山歩き
ここに泊まらなければ「人間の証明」は、
後年、生まれなかったかもしれない。
霧積温泉、
金湯館の弁当の包装紙、
西條八十氏の「僕の帽子」
金洞滝から少し登った、広場に車を止めて、
あなたが歩いた道を、
私はあなたを追うように、
歩いてみました。

でも今日は、いったん休憩を取ります。
碓氷峠を越えた軽井沢より栄えた別荘地、
土砂崩れで埋もれた「霧積」
対向車が来ないよう、願いながらの道を昇ってきました。
車を止めて歩けば・・・・。
霧積の100年、その魅力、少し判ってきたような・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント