春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

秘湯の温泉、肘折温泉に・・。山形散歩 ①

2020-09-30 21:14:49 | 散歩

山形市から肘折温泉に来ました。
温泉の歴史は1200年といい、
24軒ばかりの宿屋の、湯治場です。
東北、7月の豪雨であちらこちら、
復旧工事で通行止め箇所が多く、
到着までは、難儀をしました。

農作業の疲れを癒すために、
怪我の治癒に、
効果があるのだそうです。
一晩だけでは、
昨日の寝違いの首の痛さや、
足首の痛みが、治るとは思いませんが、
周りは観光施設は無く、夕暮れには、
ほんに山あい、
静かな湯治場です。
日本秘湯を守る会の提灯が、
湯治場に時を過ごす心地を、
良くしてくれます。

今日はここまでで・・・。









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山形、河童の散歩② 飛天を背にして③-③

2020-09-29 20:10:32 | 散歩


昨日は、山形市の観光地を見学し、
その前日の山寺の1000段の石段2往復に、
クラッチ踏む足に、あ~ァ、歳だなぁ~ ・・・と。
それでも👆一位の木の実、幼い頃がいつだったか・・。
成ってたところは山形城がある、


山形県の今日を作り上げた、
最上義光(もがみよしあき)大将👇の、
像の前。



ひとつ摘まんだけど、幼い頃の味が、
思い出さなかった。
済生館👇を観たり、


山形城の門を守る猫👇と話をしたり


一位の木の実「食っていいか」と訊ねた、
職人さんと話をしたり、


とんぼ 👇と、駆け引きをしたり、




なんとなく歩いて、夜は、
食事前のビールで、コテン!

明日は、どこへ行こうか、
まだ散歩の余裕で、投稿後は、
行末は 誰が肌ふれん 紅の花・・芭蕉
のキャッチフレーズの山形の酒、
男山」をちびり、ちびり・・とです。



秩父街道、宝登山神社の玉泉寺、飛天の絵。
最後の投稿、になりました。
代̪赭(たいしゃ)色で描かれた、
ふくよかな飛天、
無信仰の私でも、こころが安らぐ、
天井画でした。
代わりになる絵を探すことは、
きっと、出来ない事でしょう・・。






















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山形県、山寺に、秩父街道の飛天を重ねて③ 

2020-09-28 06:33:30 | Extra

リアルタイムのファイルを投稿するのは、
久しぶりです。

👇 昨日は、山寺・立石寺に登山したのですが、
冬のいでたち、
カメラの付属品を、頂上に忘れ物をして、
1000ほどの石段を2度往復してしまい、
宿に着きビールを飲んだら、
アッというものあ~さ、朝です。
寒い朝です。
山形駅の今朝の景色です。





山形にはたくさんの古刹があり、
山寺・立石寺もひとつでしょう!
860年からの歴史、
慈覚大師円仁ゆかりの開山堂と、
左に小さい納経堂に、
秋が訪れてます。






♫♬
秩父街道、宝登山神社の玉泉堂の飛天の天井画、
待たれる方がいます、
落ち着ける絵でね・・。











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宝登山 ② 玉泉寺の飛天図 

2020-09-25 20:02:08 | 社寺


赤色、黄色のパプリカに、
舞茸、ブナシメジを刻んで、
夕餉の定番、
豚肉の炒め物を頭に浮かべた、
そぼろ雨の小路。
寒さに疼いた歯に、薬が効いたら作ろうと、
それまでは、
高野山黒ゴマの豆腐2つと、
噛めるか、いわしの刺身・・・。
夜の食事をとらないファスティング療法を、
とうに頓挫してしまった、河童の金曜日夜のメニュー。



1800年、
常陸國真壁郡関本村、今の茨城県筑西市に、
生まれた男の子。
9歳で、筑波郡作谷村の東済寺で得度し仏業の修行に入り、
13歳、武蔵國埼玉郡上羽生村の正覚院で
僧として認められた、
小菅是道・
榮乗

22歳で、正覚寺、末寺の住職になり、
2年後には、
京都で、大日如来が宇宙の真理を説くという教えの、
会得に厳しい修行の日々を送った榮乗住職。

39歳、宝登山信仰の、
玉泉寺46代の住職迎えられ、以後、
宝登山大権現の社殿再建の道を歩みます。
廃物稀釈の明治に在って、
宝登山神社を完成させるという、
榮乗住職の毅然とした信仰が、
幕府を説き伏せ、
寺と神社は別の宗教になった今、
同じ敷地で互いに、補完し合って、
無信仰な私でさえ、訪れれば、
江戸末期に再建された👇
玉泉寺本堂の、
天井画の諸仏飛天図を、
弘法大師の生涯を彫った欄間を見ていると、
安らぎいっぱい、帰りの時刻を忘れさせます。














宝登山訪れて、玉泉寺に寄れなかった方もいましょう。
👇こんな絵が、本堂格子天井に描かれいます。












飛天図は25面あり・・次の投稿で・・。




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玉泉寺の住職の宝登山神社。秩父街道。①

2020-09-23 22:56:16 | 社寺


ここ数日 8時には眠くなり、
そのまま眠ることもありましたが、
今日からは幾分、時間の余裕ができ、
幾分、平和な心持ちです。

埼玉県を流れるかつては暴れ川と呼ばれた、
荒川は甲武信ヶ岳を源流として、
縄文時代の遺跡を見せる、秩父盆地を、
日本地質学発祥の地碑のある、
長瀞の岩畳では、穏やかな川下りを楽しめます。
まもなく紅葉時期、
11月の上旬から、下旬まで、
モミジ、クヌギが500メートルばかりの、
透き通った川面のラインくだり、
夜の、月の石公園ではライトアップするのですが、
今年は、どうでしょう?
楽しみにしているのですが・・・。




ライン下りの後は、船着場から、
まっすぐ宝登山へ(497m)へ、
幕末に建てられた神社ですが、
埼玉県の名工・岩田岩次郎さんの彫刻を観、
ぐるり一回りするまで、
なぜか、時を忘れさせてくれます。










岩田岩次郎さんが手掛けた、龍の
独特なデザインは
秩父、三峰神社の手水屋の龍とそっくりです。




宝登山神社は、敷地内にある、
玉泉寺を抜きにして語れません。
1113年開基され、
創建された本堂は、真言宗智山派 、
明治維新の廃仏稀釈の兆しに、
住職榮乗さんが、
神主の資格を得て、
限られた御浄財により当初計画を変更しながら、
苦労をして、建てられたもの。
彫り物を配し、
動植物等を天井絵をも飾った神社です。
その住職・榮乗さんがいたお寺が、
玉泉寺で、今は宝登山神社の社務所になっています。
宝登山神社の登山の後は、
是非玉泉寺、拝観の時間を、と思います。

ファイルは一部、以前投稿記事とダフリますが、
次回投稿に欠かせなかったものと、
ご了承くださいますよう!













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忙中、忙中、明日も暇なし。ゴーヤと戯れ!

2020-09-19 20:09:05 | Extra


葛の大きい葉、一枚、
葉柄に葉身くるりまいて、
風は、ないのにひらり、ひらり。
くすんだ稜線、明日は霖の気配に、
煎じ、呑んで時を過ごそうか・・
ゴーヤの天日干し。
ちょっとの苦みに甘さが鼻を通し、




❛❜おまいさん、今夜もかい?❛❜
40年前なら、いきり立って、
❛ おう、そうよ、バーボンのロック!❜
人の年輪、東西南北、でこぼこに太り、
天空に伸びるはずが、縮まり、
ぽってり腹が、無性に腹立たしい!
今夜の秋風、明日のお茶づくりの前、

ビールどんぶりに、
天日で痩せたゴーヤ、
ふたつ、みつ、ポイ!





















👇 10月の下旬には、
榛名湖のまゆみの実は、
パコンと開く、行けるかどうか・・・。







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《居間に射す陽光、画家の妻と子》

2020-09-16 19:59:31 | Extra




油彩・35.5×45.5cm・デンマーク国立美術館蔵

新しい内閣が出来て、
これから、私、私たち、
どんな生活を送ることが出来るでしょう!

👆デンマーク、
ナポレオン戦争で財政の繁栄、
開運業が打撃を受け、
国家財政が疲弊し、、
スウェーデンもノルウェーも手放して、
半世紀以上後、
市民が文化を作り上げていく、
王侯貴族の趣向、
王宮や教会に飾られる絵画が、
市民の居間に飾る絵画の幕が開く。
1888年、
アンデルセンの童話に挿絵を描いた父に、
画家ヴィゴ・ピータースンが描いた
室内でくつろぐ妻と子、
「居間に射す陽光・画家の妻と子」
微笑む女性に、母を興味津々に指さす幼子。
思い出、今なら、机に飾る写真の額を、
当時は絵にして、居間の風景を壁に飾る・・。

なんと、穏やかな時間の流れ・・・。
デンマークでは、
お金やブランド品を持っているより、
毎日、くつろいで、落ち着いて、なごむ時間を、
持つことに価値を置く人が多いという。

この時間を、「ヒュゲ」という言葉で、
表現するといいます・・・

がさつで、無鉄砲な私の脳裏が、
穏やかな優しさに占領させられた、
一枚の絵でした・・。

👇水の街、三島市の
猛暑日、楽寿園で見たぐったり姿。














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漆喰・なまこ壁の町。伊豆松崎町

2020-09-12 20:42:46 | Extra


打たれて、ほっとひと息、
二の腕に優しい秋の雨、雨でした。
窓を開けて眠れる、こんな夜は・・
ロックのバーボン片手に、
過ごしてみたい週末です・・。

水の街、三島市記事の前に・・。
三島大社の蟇股の彫刻は、小澤半兵衛さんでした。
昨年2月、伊豆白濱神社を訪れた時、
巫女さんから、松崎町の彫刻家と聞いて、
相模湾から駿河湾へと方向転換をした、
記憶がポッと蘇りました。

小澤半兵衛さんが生まれた町、松崎町、
小澤さんの詳しい情報は、得ることが出来ず、
散策に「なまこ壁」がとても新鮮でした。
後日、松崎町には漆喰細工、

鏝絵・なまこ壁の名工、
入江長八(1815~1889)さんの名も知りました。

👇2019.2.25の記録です。


































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水の街、三島市の散歩の前に・・。三島神社 ②-②

2020-09-10 22:01:38 | 社寺

蜩の声はまだかと、
呟く9月2日、雨空から晴れ間がのぞき、
水の街、三島市の風景を撮ろうと・・。
旧東海道と、下田街道の分岐点の、
伊豆半島の神様92座のてっぺんに座する、
三島神社をお参りです。

松尾芭蕉の句に今日のような、
空の日に詠んだ句だと思いながら、





840年三島神の皇后を祭祀した三島大社、
三島大社の今日までの歴史が記載されている、
冊子は西暦、年月日がきっちりと記載されていて、
朝廷が関わり、
源頼朝さん、北条さん、足利さんたちが奉納した、
品々や、朝廷への上申など、
事細かく記録されていて、
読むにつれて、息苦しささえ感じる。
もし、息抜きが出来たと、いえるなら、
1194年頼朝さんのお嬢さんが病に伏し、
祈願に訪れ、奥さん北条政子さんが、
蒔絵手箱を献上した辺り。
娘さんの病名は何だったか・・・。
1200年の略史には、
伊豆国府を知るためには貴重な資料では、
あるのでしょうが、
三島に住む、庶民の動きは、
日々の願いに手を合わせる市井の、
記録はなく、
何か取り残された気分になる。







総門の彫刻は、伊豆の海鼠壁で名を知る、
松崎町に住んでいた、
小澤半兵衛さん。
幕末に活躍した方で、相当の売れっ子。
系図等、文献も沢山あって、
容易に知ることが出来ます。


👇舞殿から拝殿を・・。






👇拝殿、本殿の彫刻も、小沢半兵衛さんで、



👇蟇股彫刻3部作は、
右から、漢学者で遣唐使の吉備真備さんが、
唐で初めての囲碁を挑まれ、生か死か、
一目で勝って、死を免れたという、
吉備野真備の図の一部で、
中央は、天照大神の岩戸の神話、
左は、平家物語、
猿の顔、狸の胴体、虎の手足で、尾は蛇 、
夜中にヒュー・ヒュー、不気味に鳴く、
妖怪「ぬえ」を退治する図柄。






👇境内に、鹿の園、30頭はいたでしょうか。







この後、市内に向かうのですが、
空模様が・・

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震災の生き証人、三島うなぎに口わらず。静岡三島大社。①

2020-09-08 19:39:09 | 社寺

👆台風が過ぎ去り、
穏やかに白むあさぼらけに、
夜空に輝いた星屑が名残惜しむ、
ロマン、美しい花、曙草。

昼に・・午後になれば、見事、
晩夏に、夏バッテ!
にら蕎麦がっつり・・
日暮れに風も無く、もの思いのロマン、
かけらもない!

箱根峠、旧東海道を函南ブナ原生林を左に、
沼津港へただひたすら下れば、
漆喰塀に3本の古木・・。
650年から750年、
1850年代立て続けにこの地を、
恐怖に陥らせた地震に耐えて、
1853年の震災で倒壊した、

三島神社の姿を見ていた唯一生き証人達。
三島うなぎの弁当にも、口を割らず・・。








👇朱色の欄干は、




















👇建築中伊豆震災に遭い、
竣工昭和6年、台湾檜を使用したという総門。









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