春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

大叔父・太田節三の慕情を新装しました・・・。

氷川神社・江戸風鈴。

2018-08-29 13:32:25 | 関口文治郎/神社仏閣

 

ポリ袋に入ったように蒸し暑さもたまらないけど、
雨、降るか降らないからの曇天に、
左右される心地も、そぞろ。
ウン、降らないと、決め、出かけたのは昼近く。
埼玉県深谷市、群馬県伊勢崎市、戻って川越と、
この地方、どこでもトロンとした目つきになるほど、
やはり蒸し暑かった。

2ヶ所の神社巡りを終え、
川越市宮下町に着いたときは、日暮れ。
安堵に灯がついて浴衣姿の女性がたくさん。
氷川神社の風鈴祭りだった。
この神社は、飯田仙次郎の息子、
岩次郎と島村源蔵彫った彫刻が本殿にあって、
前回、秩父三峰神社の水屋の彫刻の続きとばかり、
立ち寄ったものの、
暗くて、彫刻はうすらぼんやり。
彫りは江戸彫りと呼ばれ、上州花輪彫刻から少し、
彫師の時代の変遷がうかがえます。

彫刻撮りは、風鈴撮りの世界に・・・。







 

彫刻はこれだけ、無理して加工もここまで!
こうなると、本殿影が薄く、風鈴の彩りが、いい。

 


 



 

 

 

 

 

 

縁結び風鈴、200個の江戸風鈴の短冊の願いは「縁」
絵馬の願いも「縁」

叶うといいですね!

 

 

 

👇 大きい鳥居、
扁額の社号は勝海舟の文字。
が、高くてよく見えなかった。
今度はゆっくり、時間をかけて・・・。

 

コメント

檜原村、山に入っても川遊び。

2018-08-27 23:19:34 | Extra


♫ キンギョ~ 金魚・・・ 
  金魚~キ~ンギョッ ♬
掛声が似合わない季節に移るのに、
背筋が伸びない暑さ。
夜店で買った金魚は、金魚鉢の中でギブアップ!
川のアユも、岩間の陰で、ゼイゼイ!
👇 釣り人、坊主。一匹も釣れない。
頭フリフリ、帰り支度直前の釣り師。
こんな日(2018.8.26)は、山奥、檜原村に涼を求めに、
が・・・・。

 

 

檜原村、山に入っても川で遊びたい、暑さでした。

 

👇 吉祥寺の滝

 

 

 

👇 6月の秩父湖はこんなだったのに、(2018.6.9)



2か月半で、(2018.8.23)



水瓶は底を衝く勢い、かといって、
雨ごいするにはなんとも後ろめたい。
案の定、関東あちこちで、氷が降ったり
冠水があちこち、マンホール持ち上がり、
おまけに水道感が破裂して、でかい噴水状態に。

👇 去年の雲なら、きれいだと空を見上げるけど、
今は、不穏の兆候と、素直になれない。




あしたは、爽やかな風、吹けと、
ベンチに金平糖を置いてみる。


 

コメント

ヤマボウシ、甘いか、苦いか、三峰神社。

2018-08-26 09:20:27 | 関口文治郎/神社仏閣



1700始め、高松又八を元祖とした上州黒保根の、

彫刻花輪集団の活躍が、かげりを見せ始める。

1800年にはいると

外国軍艦が、どっと押し寄せ、
事件も起こり「鎖国の日本、平穏を壊されたくない」の、
思いは、通じなくなる不穏な時代に入る。

1800年、天台宗三峰山観音院高雲寺(三峰神社)。
関口文治郎69歳、
文治郎の彫りを、
武州塗師棟梁、善次郎、配色森田清吉が彩色した、
社殿を眺めて、
秩父を後にする。

53年後、神社水舎を手掛けたのが、

飯田岩次郎。
自由に発想を鑿に伝え、文治郎が一目置いた、
石原銀八の2代目の門人、
飯田仙次郎の息子。
浦賀のペリーの黒船の物遊山で湧いた年。
その岩次郎の息子たちも、
やがて、彫師で「飯」が食えなくなっていく。

天台宗三峰山観音院高雲寺は、
すべての仏像を宝蔵に安置し破壊の難を逃れるが、
今は神仏分離のあおり、
神道一途になり「三峯神社」となる。
今は恋の成就に一役買う、若人
人気の神社で、
駐車場はいっぱい。

文治郎が手掛けた社殿と、拝殿内部。
飯田岩次郎の水舎 👇 

 

 

 

 


拝殿の天井👇

秩父の花、草、木が描かれて・・。


1853年再建された手水舎👇
極彩色、柄杓の水、指の先受けるのも、はばかります。

 

 
手水屋の天井👇

 



ここでエピソード。
「三峯神社、こんなにきれいだったかしら?」
勝手に、私の山の師匠にした、上州、榛名山麓の「たかさん」
ここへは、
平成14年7月1日以前に、訪れたのでしょう、
平成16年秋頃まで改装したようですね。
(私は彩色補修をしなかった頃の神社を見たかった。
榛名神社のようにです!)

 

 

 

 

 

 

 

写真 2018.6.9 / 8.23

コメント (2)

雨の三峰、黒川の清流を足に留める文治郎。

2018-08-24 17:56:54 | 関口文治郎/神社仏閣


1791年、裏参道から黒川の渓流に、足を止め、
前原藤次郎親子、並木源治らに、文治郎が声をかける。
ここらで「飯にしようか」
表参道、鳥居をくぐって、三峰神社社殿までは、
一時半(3時間)は山道。
800年代、淳和天皇が弘法大師に彫らせた11面観音像と、
本堂を建てた。

戦いで、山主が絶え、140年の荒れ地の時代もあった。
27年の歳月をかけて荒廃を嘆いた、修験者が全国を行脚し、
集めた金で、1502年再建した社殿。
その後は、徳川の加護によって、
天台宗の修験の関東総本山となった三峰神社。

「武州公儀御彫物棟梁関東彫物大工」
『日光山彫物棟梁』の肩書を持つ文治郎。
3人の弟子とともに、
荒れた社殿修復の彫刻を頼まれ、
9年間、険しい山道を登ったり、降りたり。
文治郎、
煙管の時間が長くなる61歳。
榛名山麓の「西明屋八幡宮」を、
彫り上げたばかりでした。

黒川を渡れば700メートル、。
参道脇の川沿いに1億2000年前の縄文時代、
イノシシ、カモシカ、ウサギ。タヌキ、ムササビを食して、
人が住んでいたなど、文治郎一行、思いもしない。



神庭洞 👇


 

 

☝ 2018.6.9 

 





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



☝ 2018.8.23
 

コメント

エスケープの口実、今だ思い浮かばず

2018-08-23 07:38:44 | 散歩

 

昨日友達の家で草むしりをしながら、
タブレットを観ていたら、投稿記事のファイルが、
ごっそり抜けているのが判り、少し残念、
というより、む~かついた。
パソコンでは、全ファイルは見ることはできるのですが・・・。
規則になんか違反していたのか、
人の顔を載せるときは、
だいたい許可を得ているのだけど・・。

今朝は、
睡眠十分とれて、すっきり。
関東地方夕方から雨も、今は晴れ、太陽がまぶしい。
仕事の電話が来る前に、虎視眈々、
エスケープの口実を考えながら・・が、
どれもこれも、説得力がない・・・・困った。









 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真は箱根と高尾山麓のコラボです。

コメント

はないちもんめ

2018-08-21 22:11:20 | Extra

勝ってうれしい 花一匁
負けてくやしい 花一匁


隣のおばさんちょっと来ておくれ
鬼が怖くて行かれません

お釜をかぶってちょっと来ておくれ
お釜がないので行かれません


お布団かぶってちょっと来ておくれ
お布団破れて行かれません


あの子がほしい 
あの子じゃわからん
相談しましょ そうしましょ
 

昨日から、やたら口に出てきて、不思議・・・。
2か月ばかり社寺に取りつかれて日増しに口数が少なくなって、
入り口が見えたとたんの今日、
無性に山へ登りたくなって、昼から高尾山へ。
今年の山は、くすんだ緑になっていた。
もみじのプロペラもくすんだ赤だった。
頂上までは行かず、展望台のベンチに座ったり、
麓の町を眺めたりして、過ごしてきました。








 







 

 

 

 


コメント (4)

男の艶、掌の鑿。2代目常八。

2018-08-19 23:09:40 | 関口文治郎/神社仏閣


クーラーをつけない昼のひと時は、
短いけど、ぐっすり眠れ、2日間も眠っていたような気がします。
八王子、静かな日曜日です。

群馬県みどり市花輪町の、
江戸時代は、

足尾銅山の銅を運ぶ道を、銅街道と呼び、
日光東照宮の参拝者の通る裏街道、
宿場で賑わった村でした。


沼田城主、真田昌幸のから700石の知行を受けていた、
蜷川佐右ヱ門。
その息子佐平太が武士を捨て、

江戸に赴いて、彫師「島村俊元」に、ごり押しで弟子になる。
この島村俊元が、幕府御用に顔を出す、
当代きっての名彫り師。

日光東照宮の陽明門、本殿等を彫った。



腕を磨いて佐平太、室町時代から続いた、

蜷川姓を捨て「高松又八邦教」と改名し、
上州、勢多の花輪村に住んだ。
11人の彫師が又八の門人になった。


その花輪彫刻集団の元祖、高松又八邦教
共に東照宮の手直しで名を挙げた、

息子、高松又八頼品
門人石川銀八(吟八郎)義武らに看取られ、

1716年、彫師の生涯を閉じてしまう。

小さい祠だった、上州、武州の神社に、
一気に昇り龍、下り龍が現れる。

1740年が過ぎたころ、日光東照宮建立から100年後、
武州妻沼に極彩色・派手な聖天堂、本殿が完成した。
その彫り師の棟梁が、石原吟八郎義武。
八人の門人を抱え、武州の地域に根差した彫師。
その中に、江戸中世の名人と呼ばれ、
人気者になった彫師がいた。

関口文治郎と石原常八雅詖(まさとも)

ケチの徳川吉宗の倹約で幕府の金で、
神社創設を禁じたために、
ほとんどが、地元住民が金を出し合って作った神社ばかり、
その意気に、応えたのが、花輪彫刻集団、鑿の使い手たち。

超人気者が石原常八雅の二代目石原常八主信。
5寸(15cm)の板に掘る透かし彫り。
縁下、火の守り神「龍」の怪しい面相。

二代目石原常八主信の代表作といえる、
埼玉県比企郡小川町、1833年完成した、
「八宮神社」
これから数年後、三男坊腕のいい彫師が不幸な事件に、
巻き込まれるなど、思いもせず、
49歳鑿に艶を込めた彫りが👇


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八宮神社(埼玉県比企郡) 2018、8.17    花・2018.8.8. 箱根

コメント (2)

元気になって、風、爽やか!

2018-08-17 23:14:20 | 関口文治郎/神社仏閣

 

出かけた、今年最高気温を記録した熊谷市、
風が吹いて、からりとした天気でした。
東松山市では「まなびのみち」公園の木立の中では、
寒さを感じるくらい。
このまま、この陽気でいてほしい!


関口文治郎を語り、彩るのに、とんでもない方向に進んでしまい、

かといって、投げ出すわけにもいかず・・・。
群馬県みどり市の花輪町の18世紀の彫物師たちの、
系列図を頼りに裏付けをとるのは、大変な作業。
調子に乗って、系列が崩れた日には、
もう、目が後頭部に移るかもしれないくらい引っ込んでしまう。

今日、疑問の一つが解けかかっていて、
これからファイルの整理。

ビールの1本くらい飲めそう。

というわけで、今日も花で!



 

 

 



 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

眼は天井。味方はあなた・花!

2018-08-16 11:00:46 | Extra


せわしいお盆が過ぎて、
八王子の朝は、
心持過ごしやすくなって、
目覚めのすっきり感が、いまいち状態の回復を、
あとは待つだけ。

思い立ったら動いている、瞬発力が程遠く、
カレンダーを眺めて、グダ、グダ
「ハードボイルドも今は面影ないねぇ~・・」の、
図星の一言。
腹も立たないが、
眼・・
天井の隅をヘロヘロ、泳ぐばかり。

「捲土重来」胸に秘めてン十年、
その兆し、今だ表れず、
慰めてくれるのは、
あなた・・!
 は~な~ハ~ナ~花。
は~なッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

👆 2018.8.8 箱根湿地園

コメント (2)

泡の風呂桶、必殺技!

2018-08-12 21:08:25 | たいへんだ



日暮れて「迎え火」墓所までは行けなかった。
やもお(め)にされて17年。
不思議と忙しいときに、この習慣。
迎え火はいつでも焚いているからと・・
送り火は、送らなくていいだろうと、焚かない。

姿かたちが蒼い煙で消えた時、
浮かんできたのが風呂場の風景。
書類のありかを聞きにドアをあけた瞬間、
飛んできたのが泡だらけの風呂桶のお湯。
スポーツに、2匹の犬、庭の花があれば「いい」の女性。
若い時から、崩れていく体に敏感になっていた頃の、
夫婦になって思いもしない、突飛で素早い動き。
その後、鈍感で無神経な私、同じ手を4回味わった。
心が、やんわりくじけた。
女性10面相の一つ。
夫にも隠したい、女ごころ。

朱く揺れる「迎え火」新月、消えても今だ姿見えず、
風呂に入っているなら、早く出てきて皆と一杯、
コップ一杯で、トロンと半開きの眼で、
笑ってまくしたてる姿、早く見てみたい。

 (迎え火、8月13日・・・ですよね?  ずれてる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント

Rain.....Rain...パソコンが動いて...

2018-08-09 22:48:58 | 音楽

 


庭の花も花、山の花も花・・・。
海辺も、川辺も、道にも、野辺にも、
垣根も、あぜ道も、花が咲いて、
パソコンが動いて、箱根。
台風、雨が降って花、艶が・・・!
どうせ降るなら、こんな程度がいい。
👇




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真 2018.8.9 箱根

コメント

ブログの画像にカーテンが・・・。西明屋の訂正文。

2018-08-08 22:35:35 | 関口文治郎/神社仏閣

 

パソコン、台風の所為か、暑気あたりの所為か、
乱暴に扱うからか、ブログの画像がサクサクと出ません。
機械は今年初め、買い替えたばかり、
画像が出ないのが私だけなら、修理に出そうかと・・・。

6月27日に投稿いたしました「東向八幡宮」の記事で、
誤りが判りました。
下記の分は、当日に記したものですが、
赤字が誤記と訂正箇所。昨日判明したものです。

榛名山の麓、
箕郷の西明屋の氏子から神社の改装を依頼されたのは、
1783年黒保根、上田沢で正月を過ごしたばかり。
関口文治郎は次男松治郎を連れて、
※松治は、文治郎の子ではない・・文治郎末裔、関口聡氏・談。
西明屋の八幡宮に出向き仕事の打ち合わせをしている。

浅間山に噴火の煙がたち、噴火の焼砂が降り始めたのが7月7日。
箕郷村は農作物が全滅し、荒れ地になってしまった。
翌1784年は八幡宮の建立を中断し、
浅間山の噴火が収まり、落ち着きを取り戻した、
氏子たちは、八幡宮の建立に、15両1分を集め、
再度八幡宮改修に願う。
本殿がの出来上がったのは、1791年。1796

文治郎60歳。66歳
次男松次郎は、脇障子、戸脇を担当し2両2朱、
文治郎率いる花輪彫刻の、
神梅の鏑木半次郎と花輪の前原与四郎は、
獅子8つ象2つで作料3分
鏑木半治郎 作料金3分

目貫龍竜と珠輪を彫った水沼の萩原要右衛門に1両2分を、
そして、越後から呼んだ、木挽久右衛門は、
神社の正面、蟇股を彫った功績に、4両1分を渡した。
文治郎ここでは彫らず、棟梁風。
天下の名工と騒がれているのに・・・まったくゥ~!


このころから、文治郎は、彫刻棟梁としての集団をまとめる力は、
多の集団より抜きんでていた。

※誤記に横線をし、赤字は訂正箇所  訂正toyo
 勢多郡東村誌、黒保根村誌に依存

西明屋八幡宮、今は東向八幡宮。

 


 

 

 

 

コメント

彫刻師は人気商売。高鳥天満宮

2018-08-07 21:28:33 | 関口文治郎/神社仏閣

寺院は、
国家が官学の寺院として建て
僧侶が主体となって大名や豪族を捜して建てるか、
出家しない一般の民衆が信仰のために金を貯めて建てるか。

群馬県に入ると、小さいお堂の傍に、田んぼの一角に、
住家の傍に、道の端に、数基の墓石が目立つ。
供養のお寺が少ない時だった。

人は
形のあるものに、安心の親近を感じてしまう。
畑を耕し日暮れ、地蔵に手を合わせ無事の今日に安息する。
生活にゆとりができると、在俗の信者に、
祠の造営の意思が芽生え、
年番名主が、建立のために金を募る。
近在(武州)に住んでいた人たちの、
集めた金は、宮大工、彫師に払う金。
身なりは粗末であっても、
1750年代から活躍した上州花輪地区の彫師にとっては、
大事な施主。

半端な腕では、日光東照宮を拝観して、
目の肥えた人たちには、さげすまされる。
棟梁に選ばれた
彫師、鑿の冴えも一際違う。
次の仕事の為にも、手は抜けない。


喜多川歌麿・webから

浮世絵師も人気、鼠小僧も人気、役者の見得も人気商売。
世界は、アメリカが独立戦争を起こし、
ナポレオンが植民地戦争に精を出し、
日本では、他国との戦いは無く、上州花輪村の彫師、
鑿の切れ味、刃先を指の腹で探る。


2代目常八、63歳、人気絶頂期、年寄りにして人気うなぎ上り、
休む暇なく、彫り続けている。
邑楽郡板倉町、雷電神社近く、👇「高鳥天満宮」

👇 社殿彫刻の修理。
奉賛者御芳明。
数枚他県、横浜、桶川、栃木、加須の地名を、
記録しているものの
地元板倉町の人たちの名前の札が架けてある。


👇 2代目常八、63歳傑作の海老紅陵、龍の透かし彫り。







👇 梅。ここは菅原道真が、臣下に建てさせた神社。


👇 本殿の後ろに小さい祠の壁障子の彫刻。

 

 


👇 数を間違えたのか、行くところがなくて・・
  門番になってしまった。
(神社にしてこちらのほうが洒落ている)




 

 

 

 

写真 高鳥天満宮は2018.8.1

コメント

幻の名工 石原常八雅詖・高尾に登る。

2018-08-05 23:01:29 | 関口文治郎/神社仏閣

70市町村のある群馬県。
そのうち26市町村の社寺に彫り物をした花輪の彫師集団、
1750年代最も彫師たちの中で、
現在なお、棟札、墨書がなく、裏付けの取れない、
幻の名工。石原常八雅(まさとも)
二代目、三代目石原常八を花形名工に育てた初代。
群馬県も火事の多かったところ。
初代が彫った寺社もほとんど焼失し、
再建されないまま、世に知られることがない。

遠く離れた八王子。
年間350万人が、登山する高尾山。
寺院の中に神社があるという、
神社分離の以前の形が残っている、飯縄権現堂。
本殿の後ろ棟札に、
 
彫工    上州勢多郡花輪宿
        石原常八雅
    同所  桑原新蔵 十六歳
安永九庚子歳九月
  寺務権僧正  秀興 休隠比丘
              秀憲 

唯一残されている、石原常八の彫刻👇
本殿は1729年建立しているので、
安永9年(1780)、修復で彫ったものでしょう。常八63歳。



👇 ここからは不明







薬王院👇




 

 




 

 


コメント

海老紅陵 競作。

2018-08-03 23:45:51 | 関口文治郎/神社仏閣

 

1711年から1871年。
関口文治郎が花輪彫刻集団に衝撃を与えた。
海老紅陵の彫物。

開いた口はいつまでも開きっぱなし。
代表作といえる3人の彫物。

関口文治郎。👇
榛名湖「榛名神社」
1806年。死の2年前。



 

 

 

 

2代目石原常八主信。👇
邑楽郡板倉町「高鳥神社」
1848年。




小林源太郎。👇
前橋市「一本木稲荷神社」
1864年。




☝ 花輪彫刻集団、それぞれ棟梁を張った3人。
  年代で変わった、鑿使いでしょうか?

 

 

 

 

 

コメント