トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

**今日の都々逸

2021-11-22 | 小人閑居して憮然
              今宵の月食
              欠けても戻る
              コロナ欠職
              欠け続け ハアコリャコリャ

相惚れし易い樹木たち…

2021-11-22 | 今日は真面目に
 フイールド東端の柑橘樹の救い出しをしたのが昨年末で、1年経過して林床の笹が2尺ほどに伸びている。「笹刈り」は必須なのだけれど小生は落枝樹対応で手が回らなかった。その間にYさんが一週間ほどを要してほぼ刈り払いを済ませてくれたのだ。小生の落枝対応もどうにか終わり、この日は刈り払いの応援ではなく立ち枯れ木の除伐と日照不足の一因になっている樹木の除伐に入った。落枝樹除伐でチェーンソー作業が続いていた事もあり、まあ、延長戦みたいな感覚だ。

 立ち枯れて除伐したいのはクリの木2本とユズに日陰を提供しているヤマグワ1本なのだが簡単には倒れてくれそうもない風情なのだ。クリの立ち枯れ木は白骨体のように白っぽくなって立ったままで枝もしっかりしている。これにチェーンソーを入れたとしても掛かり木になるのはお約束みたいなもので近くには暴れ枝を四方八方に広げたマキノキが金魚のウンコ状態なのだ。
 それを確認していながらロープも牽引器も運ばなかったのは不徳の致すところであって結局、掛かり木を発生させてロープを取りに戻り、更に牽引器を取りに戻った手太楽で、万歩計の数値が飛躍的に上がったのは幸いなるかな幸いなるかな。

 最初の除伐はクリの立ち枯れ木で、これは竹藪方向に倒れたのだが樹木とは異なり滑りやすいしスムーズに着地しするだろうと読んだものの、結果は惨敗。真竹や細い立ち木のしなやかさに助けられしぶとくたったままだ。結局は牽引器を用意して幹元を横方向に曳き倒したのだった。玉切りの後は陥没孔に集積投入して一件落着である。
     伐倒  ➡   玉切り  ➡   陥没孔に投棄

 二本目もクリの立ち枯れ木で切断径は40cmあった。切断する前から重心方向がマキの暴れ枝と掛かるのは明白だったからマキノキから除伐した。都合、暴れ枝のマキノキ2本を除伐して立ち枯れ木の伐倒を行ったのだが樹高もあるし枯れたとはいえクリの木である。「腐っても鯛」と同様、杉の枝にしっかりと絡んでしまった。どこであろうとも落葉広葉樹の伐採は枝ぶりが展開しているから重心は読みにくいし周囲の樹木と絡みやすい。
 あえて言うなら「相惚れし易い性」とも言うべきか「ナンパ好きな双方」と言うべきか、姥捨て山の孤老にはかって記憶にも無いラブラブぶりを度々見せつけられては「まったくもうっ!。昼日中から人の目の前でイチャイチャするな!」と激しい嫉妬も生ずるのであって、まだまだ達観には程遠い小生なのだった。所詮、その程度の人間だったのだ…。
    まずは支障木となるマキノキの除伐から  ➡   マキノキ同士で絡みあい睦あいハグハグ

 目的のクリの立ち枯れ木、開けた方向には重心が無く、結局は掛かり木となり牽引器を使う事になった。切株に乗ったままの幹元を横方向に落としてから幹元延長線上へ牽引器で曳いて着地させたのだ。シコシコ牽引器を操作して曳く事3mあまり、ようやく着地して2件目落着。
 切株から外す  ➡   幹元延長線上へ引く  ➡   3m強曳いて着地させた

 これで作業終了のつもりだったのだが、残る1本ヤマグワの伐採も牽引が必要だ。後日にすると再度牽引器を運ばなくてはならないので、とりあえず伐倒だけすることにして地上に落とした。この樹も途中で枝の先端が掛かって落ちてこなかったから、幹の途中にロープを移動させ牽引器で曳き落とした。樹高が牽引位置まで届く判断はしていたから牽引支点となる樹木の陰で曳いていたのだが、やはり先端部が身体をかすめて来た。本来はフック付きのローラーなどを使用して牽引方向を変え、伐倒範囲に入らないようにするべきなのだが、そう綺麗事ばかり言ってはいられないのも現場の事情であって、それは「面倒くさい!」。こういう行為で隙を産む。いかんなあ!。
 やはり絡んだ  ➡   先端部は牽引作業位置まで届いた  ➡   撤収

**今日の都々逸

2021-11-21 | 感じるままの回り道
                給付助成で
                国庫は窮腐
                負債子孫へ
                給負浸け ハアコリャコリャ

今日のエッ!品「窮亭料理:満菊全皿」

2021-11-21 | 今日は真面目に
 まだ午前三時前である。小用に起きて「もうひと眠り…」と思ったのも束の間、妄想が湧いてくる。菊花を使ったレシピの数々、自己制御出来なくなって暴走中みたいなもんであるが、幸いにも午前は降雨の予報で「雨降りお憑きさん家の中」お約束なので「ままよっ!」とばかり起床した。何でかぁと言うと「ママ」を構想するためである。
 起床する前から既に大枠は決まってしまって、一寝入りすれば忘れる事必定なので起床してしまったと言うべきか。大陸には「満漢全席」と言う似た様な料理があるらしいのだが、数日を掛けて食べ尽くす料理とは異なり、十数分で食べ尽くせる「満菊全皿」である。

 あっちは山海の珍味をプロの調理人が準備した贅沢満足感だけの退廃的食欲を満たすだけのもので、こっちは妄想からでも知恵と工夫と手間暇かけ達成感で午睡間違いなしの旬だけの一席である違いがある。「小年金暮らしの孤爺で何を言うか!」と言われそうなものの、目の前に出された物を食べるのは病人と籠の鳥くらいだと本にあった。
 激しく同意したいものの浮世の実態は「作らねば喰えん」なのであってトホホ窮まれり。さて、その妄想の献立は次のようにまとめた。これで雨の日の昼食、豪華絢爛「満菊全席」を作るぞーっ!。だけど台所では醤油が切れていた。9時の開店を待って雨の中スーパーまで行った。この執念畏るべし、と言いたいところなれど醤油が無いとおぼろ汁も菊花の佃煮も出来ないのだ。銭こが無いと醤油も手に入らないし棲むのは路頭である。

             主食  実家魚沼の新米、塩昆布と菊花の混ぜご飯・葉唐辛子佃煮載せ
             汁物  おぼろ汁菊花入り
             主菜  卵焼き菊花とじ・生キクラゲ炒め添え
             副菜1 菊花三杯酢(桃色種:もってのほか)
             副菜2 晒しエゴ菊花味噌漬け
             副菜3 菊花の佃煮
             茶菓  菊花羊羹
             茶   ほうじ茶 

 猛き餓鬼道、遂には滅びぬ。もう二度とやりたくなーい。どうせ雨だし午前三時に起床してしまった手前、日本男児として「打ちてし止まム」の心持で挑んだのだが、やはり一汁一菜が性に合った小生なのだ。それでも実家の新米はお喰い初めで、混ぜご飯にする前にひとつまみ試食したが、やはりおかず無しでも食べられる旨さだった。全品、菊花を用いたから口直しに葉唐辛子の佃煮を添えたのは正解で、ここまで菊花で攻められると、いささかゲンナリしない訳でもない。まあ、全て身から出た錆で因果は巡るのであった。

 これで菊花の食べたい調理は試みたし、庭の菊花はもう食べなくても良い気分になった。早い話が食傷気味で、何事も分をわきまえほどほどが肝心。だからと言って「おどまかんじん、かんじん」は嫌だけれど・・・。しかしなんだなあ、「バッカリ食」は貧しかった時代の記憶の食事で芋バッカリ、カボチャバッカリ、野沢菜バッカリ。沢庵バッカリ、シオカラバッカリ、麦飯バッカリ、米作農家なのに黄変米バッカとか、指折り数えればこぼれ落ちて来るが「嫌だなあ!」と思って食べた記憶はない。まあ、空きっ腹には何でもおいしいのであった。飽食の時代、ご馳走や嗜好品が溢れていても美味しい物は欲求が勝り無いに等しい。
 これはこれで不幸であって、そのいくばくかをアフガンや難民に分け合う心情も無いとなれば、これこそ本当の餓鬼道、不幸な浮世だろう。小生は今回の「窮亭料理・満菊全皿」で「足るを知る」を得たのだったが「足るを知る者は富む」と言う諺は誤りであって、上を見ても降りては来ないクモの糸ばっかりだからしょうがないし下は奈落である。歌にある「千尋の谷万丈の山」天下は険に溢れている。難民は瞼に溢れている・・・。

            
             

**今日の怒々溢

2021-11-20 | 小人閑居して憮然
                路地に立つ夜の
                たつきの寒さ
                ボーナス二百か 
                詐病猫 ハアコリャコリャ

糸目は続くよ何時までもも大団円

2021-11-20 | 今日は真面目に
 針山地獄は午後やってくる。まあ、姥捨て山在住では次の行き先は閻魔様と決まっているから夢も希望も無いのだが今はもう秋、芋もゴボウもあって美味しい。冷凍のイトメは池のタナゴとドジョウに与えても水面まで上昇しなくなったし、すぐに姿を見せる事も無くなった。既に冬ごもり体制なのだ。

 作業衣も冬の衣装を用意しボチボチ着用する時期になったのだが手直ししなければならない部分が出来た。今までガラケーだった時のポケットではスマホが入らないのである。作業ズボンの後ろポケットや太腿のサイドポケットでは作業姿勢や作業で落ちやすいし傷つけ易いから胸ポケットにせにゃならん。待っていれば取り換えられて目の前に置いてある生活とは無縁の姥捨て山、小野田さんや横井さんのように自己完結せにゃならぬ。

 しかしリフォームしてから10年は経過していると共布が無い。作業衣なのでパッチは気にしないものの「デザイン性」もあって、我が審美眼に適うかどうかが難問なのだ。新たに端切れを購入に走る事でも無いので薄くなって破れたパジャマや作業衣の糸目をほどいて使える部分からパーツを作った。午前は作業に出かけ昼食もそこそこに窓際に椅子を寄せリッパーで糸目を切り開く事、どんだけやっただろうか作業ズボン、パジャマ、上着と糸目を追い切り続けて一枚布にまでにする。
 裁ち鋏でジョキジョキやっても差し支えないのは理解していても生まれも育ちも貧乏米作農家育ち故か、そういうやり方は出来ないのだ。と言うより空気を読むタイプなのでSDGsへの同調動機が高じる。さて、パーツを取ったボロ切れも次の当て布用に「取っておくべきか、捨てるべきか⁉」と迷う小生である。捨てられない止められない〇ビの端切れ作戦・・・。

 さてさて次は糸目と格闘しアイロンの出番、そのあと直接布に製図してウンチャラナンチャラと細かい作業が続く。リフォームをやって理解したのは「アイロンかけ」と「待ち針を打つ」事の大切さで、横着して省くと出来上がりはそれなりでしかない。まあ、他の人なら用立ても使用もしない衣服のリフォームだけれど小生にとっては作業を快適にするサポートでもあって欠かせないリフォームなのである。
 今回、リフォームしたのはスマホが入るポケットに交換、上着の半袖化、ズボンをオールインワン化、更にもう使い道がないキャラクター生地で薬局に通う薬入れも作ってみた、と何時もより多様化したし量も多かった。糸目地獄の後はアイロン地獄で、待ち針地獄が続きミシン地獄に至った。ホント、地獄とは遍路みたいに移動せねばならんのだのう。まるで就職生のワークショップ、体験活動みたいになったわい。

            

今日のエッ!品「サツマイモのクラッカー」

2021-11-19 | 何よりの楽しみ
 書き込むのにタグ付け欄があるからチェックを入れるものの、スイーツなのかお菓子に分類するのか理解できない小生である。まあ、理解できなくても美味しく食べる結果があればそれで良いのだ。
 今回はサツマイモ100%でクラッカーを試作した。正確にはベーキングパウダーやら砂糖やら投入したので100%では無いけれどネットに溢れる関連レシピを閲覧すると、単なる芋のトッピングだけだったり小麦粉に混ぜ込んだりと小生的な意味合いからは外れたレシピが多かった。つまりは参考にならなかったのだ。

 サツマイモは焼き芋にしてから使うつもりだったのだが1個500gの芋だったのでオーブン1時間では芯まで熱が通らず、結局はレンジで熱して使った。
 まずは金笊で裏漉しし、砂糖50g、バター7g、ベーキングパウダー3gを混ぜ合わせた。バターの混入をどうするか考えた結果、キビ糖に揉み込み砂状にしてから芋に混ぜたのだが正解だったろう。

 生地作りが終わったものの緩すぎて伸ばす事は出来ても移動させられない。そこでシートの上で伸ばし切れ目とガス抜き穴を開けたうえでプレートに移動させた。

 170度15分での焼き上がりはまだ軟らかく手で摘まめない。そこでイタリアの二度焼きスイーツ「ビスコッティ」を真似し、さらに150度20分焼いた。冷えたらやや硬めになった。味わいは一言で言えば「スイーツポテト」の薄焼きで、これはこれで美味しいのだが甘すぎたし咀嚼する時に歯にくっつくネチッとした感じがする。下の写真、上段は二度焼き後の裏側である。二度焼きする前に全て裏返しにしておいたら色目は揃ったのかもしれない。
 今回は空茶に飽きて甘いものが欲しくなった孤爺のエッ!品でありました。

            

 翌日、未明まで降雨でフイールドは濡れてスリップ注意の状態なので取り止めて、砂糖を大匙一杯だけ投入して作り直ししてみた。水分量が多いのは変わらず、生地の状態で型抜きも切り分けも無理だったのでシート上で延ばし包丁線を引いて焼いた。
 170度15分では、やはり焼き足りず追加の加熱になってしまった。試食は糖分が少なくなった事で「お芋感」満載。はっきり言えば切干芋を焼いた感じである。これだと糖分の多い最初のエッ!品の方が万人受けするかもしれない。結論としては切干芋で焼けば良のだが、それよりも何よりも「サクサク感」が無いのが物足りない。最終結論「小麦が入らないとお菓子感が出ない」のだった。まあ、人生死ぬまで修行であって、これを「生涯学習」と言う。…違うか⁉。

**今日の都々逸

2021-11-19 | 小人閑居して憮然
                解除となって
                ひと繰り出すも
                おいら職ない
                まだステイ ハアコリャコリャ

東奥斜面の笹刈り

2021-11-19 | 今日は真面目に
 丁度一年前にマキの大樹を除伐し日照を確保した東奥の斜面。先日確認に行ったところネザサが2尺ほどに伸びている。根絶は不可能だが抑制のためにも環境維持のためにも笹刈りは欠かせない場所になった。予定はしていたものの思わぬ落枝樹の除伐や斜面へ階段の設置等々がランダムに入ってきて笹刈りは後回しになっていた。その場所を会友のYさんが刈り始めて何回目になるか、この日様子を見に行ったところ刈り払うべき面積の半分くらいまで進んでいた。
   

 小生はまだ除伐した大樹を林道上から撤去する作業の途中だった頃で、片付けてから参加してもギリギリセーフになるかどうか微妙な塩梅だった。ついでに刈り出した柑橘樹、ユズと温州ミカン、夏みかんを見て回った。温州ミカンは着果が増えて色付いており作業の合間に喉を潤す果樹になってくれるだろう。夏みかんはひょろ長くなった樹形のせいか着果数の回復は見られなかったのだが、数年後には樹勢も回復しそれなりの収穫はあるだろう。
 ユズは4本ほど刈り出したがまだ刈り出し不十分な環境があって、着果数の増加には結びついてはいない。その中でただ1本、一番日当たりが良くなった樹の着果数が増え、既に色付いていた。しかしこの樹、支えられていた広葉樹を除伐した事で支えを失い倒れてしまった樹で応急的に孟宗竹で起き上がらせておいたのだが、これが一番着果が多かった。そうなるともう少ししっかりした支えを用意せにゃならん。ほんと、山の中で水商売・自転車操業・・・。

  

まだ食べていたわい!

2021-11-18 | 小父のお隣さん
 アカボシゴマダラの幼虫、「そろそろ越冬位置に移動したか⁉」と帰宅前にエノキを見て回ったのだが、案ずるのは早すぎてまだ葉の上にいる。考えてみればエノキの葉は青々として枯れてはいないから食べごろには違いない。長い越冬を食事を摂らずに乗り切るためには越冬前のエネルギー摂取が肝要なはずであって、まだ食べれる葉があるのに休眠状態に入るなどと思ったのは愚かしい限りであった。

 葉の上では緑色、移動して枝の分岐点に落ち着いた頃は枝の色合いとまあ、良く出来た習性である。とは言え新芽が萌えだし食料調達が可能になる前には多くの幼虫が姿を消す。ほとんど小鳥たちに消費消費されるらしいのだが、それも食物連鎖の「お互い様」となるのだろう。

   

**今日の都々逸

2021-11-18 | 性向有毒の翁なれば
                自腹じゃないから
                大判投げて
                後でニギニギ
                入れる袖 ハアコリャコリャ

Saw音ジュクジュク独り大樹の集積

2021-11-18 | 今日は真面目に
 落枝が始まり通行に危険がありうるから伐採したヤマザクラの大樹、玉切りして林道の脇や雨水路に寄せていたけれど何時まで放っておくわけにもいかない。さらにサイズを短くしたとしても重量物には違いが無く腰の痛みが薄れない老骨老体には及び腰になる作業でもある。
 「月例会で行ったら…」と言う意見もあったけれど、慣れない作業を頭数ばかりでは危険が増すだけで、結局は独りで粛々と行う事でしか片付けないのであった。切断する際は長さを揃えておいた方が集積後の美観も向上するのだけれど針葉樹のまっすぐな幹だけとは異なる曲がりくねって好きなように伸びたコナラやヤマザクラなどの落葉広葉樹の大木は枝と言っても大人の胴回りほどもあるし、処理し易い場所から入り込む関係上「長さを揃えて」なんて綺麗ごとになってしまう。材を生かせるわけでも無い集積し腐朽を待つだけだからだが、誠にもったいない限りのヤマザクラではある。

  ➡   散乱面積と嵩張る枝の処理から始めないと作業スペースすら無い。枝の部分は長めに切断して集積し、その上からさらに太い枝を載せ重し替わりで沈下させる。これだけでも嵩高は減るし腐朽していくのも早まる。太枝も幹の部分も1m前後で玉切りした。径が小さければ鳶口で曳いたり転がしたりせて林道横の平坦地まで移動させる。

 林道と平坦地の間には雨水を流す窪みがあるから、ここを通過させるのが難儀で、小径丸太を並べ窪みを小さくして渡らせたり、重い物は牽引器で曳いて集積場所まで移動させた。この牽引器の操作はレバー式なのでレバー1往復で曳ける距離は10cm以下、肩や肘が痛い身には堪えるのだったが利き腕でない左手での操作は非力で、どうしても利き腕の出番となってしまう。磁石粒や湿布を張り付けてのご老体、嫌でもご老体を実感できるのである。記憶にとどめ失念しないためには繰り返し繰り返し教え込むのが肝要なのだ。特に短期記憶の劣化激しい木久扇症候群ではなおの事であろう。

 昔より言われる「重い役者ほど後から出て来る」の諺通り、最後はヤマザクラの幹が残った。面倒なく1本で曳き出したいのだが恐らく1屯はありそうな重量物ではコロを入れて曳かねば動かないし嵌り込む溝もあり不可能だ。結局は切断して牽引した。
 これで林道上の材と雨水流路に落ちていた材のすべてを一カ所にまとめることが出来た。本来なら二段か三段重ねで始末すれば見た目も美しいのは承知なものの、抱えたり起こしたりは避けたい「お腰様」の事情で却下。禅の言葉にもある「証拠で却下」…すみません間違えました「照顧脚下」で関係なかった・・・。とにもかくにも大事が無くて何よりだ。写真を見ると「こんな程度!」に見えてしまうが、転がっている半分は50cm以上の直径なのだ。

    


 

まだいたアサギマダラ

2021-11-17 | 小父のお隣さん
 突端台地のフジバカマに昨秋の落ち葉紛を施していたらアサギマダラが小春日和に浮遊しているではないか。既に南の方に下ったしまったかと思っていたのだが三々五々、下るのだろう。それにしてものんびりし過ぎと思わないでもない晩期の飛翔だ。
 フイールドのアサギマダラは全てこの台地上で見ている。下がった谷地の中では飛翔さえ見る事が出来なかったし、後悔しきりのキジョラン切断なんて、産卵蔓を失ってしまった結果なのだろうか。幸いにも再萌芽はしっかりした太い蔓を伸ばしてくれたから刈り払いの季節が来るまでに防護策を考える。
 動体視力やら反射神経、短期記憶による注意力低下等々が影響していると思わないでもないので、失わないリスク管理は必須でもあろう。「爺さんは山へ蔓切りに婆さんは街へ命の洗濯に・・・エチゴサッテモウシタモウシタ」あーあ、笑えない。

         

           

今日のエッ!品「菊花の羊羹」

2021-11-17 | 何よりの楽しみ
 庭に食用菊がたんと咲いてしまった。郷里で食べ馴染んだピンク色の「もってのほか」も採集できる開花状態で、こうなると妄想できる献立は全て作って食べてやろう、と餓鬼道真っただ中を進む事にしたのだ。敢て記すけれど小生、猪年ではないので「威之志士様の跋扈蹂躙」の類いには決してならない。

 菊花は花びらだけにし、それもさッと湯掻いてフードプロセッサーで粉砕し混ぜ合わせる事にした。最初は電子レンジの「オート調理・茹で野菜」の機能を使ってみたのだが、加熱するに従い花びらが黒く変色していく。「これは堪らん」と中断して湯掻いたのだった。
 フードプロセッサーには3回に分け300gの花びらをペーストにした。後は標準的な手順、粉末寒天を煮たてキビ糖と菊花ペーストを投入し撹拌。型に入れ冷蔵庫で冷やした。しかし、あにはからんや…あにはからんや…。

 さて肝心のお味、出来上がりはと言うと羊羹の固さが出ていない。水の量も手順も寒天の袋に書いてあった通りに進めたはずなのにである。柔らかすぎるが菊花の風味は堪能出来たしシャキシャキ感も残っている。羊羹なのだから歯切れを期待したのだが「プリン風」の性状では、それは無理なのであった。原因はどこにあるか不明で、もしかしたら菊花の成分に固まりを阻害する理由があったかなかったか・・・。
 まあ、菊花を堪能出来たという事はあるが、もとより他人様に「ご馳走」する類いのものでない「迷惑食品」の類いであるので孤食用でもある。この羊羹にならず柔らかすぎる出来上がりは「よう噛んで!」と言わなくても大丈夫な高齢者向けのエッ!品になってしまった。期せずして「身の丈に合わせた」エッ!品となったのである。故事に曰く「ヤドカリは己の大きさに合わせ貝を選ぶ」なんちゃらかんちゃら。

  ➡  

**今日の一歌

2021-11-17 | 温故痴新
              トラベルやイートや給付の何よりも
                         まされる宝身に定職を     コロナ禍人

               銀も金も玉も何にせむに
                          まされる宝子に及かめやも    万葉集 山上憶良



              当選は晦日の深夜おまけつき
                           文書交通月分百万     辞目等例内 盗魔等内