お江戸ではスカイタワーとソラカラちゃんが人気だとか、お山はフカイタワーからのソラカラちゃんが任期に入る。このソラカラちゃん、戸籍は「杉花粉」なのだが「花粉」ではあまりにも美的だ。社会的惨状をみると「花糞」が相応しい。
だからと言って小生は恨みなど無く、子ども時代は大いに遊ばせて貰った相手なのだ。花粉玉を口の中に詰め込み、ネマガリダケの稈で作ったシリンダーと自転車のスポークのピストンで「杉玉鉄砲」を楽しんだものだ。花粉症とは無縁の世界だったが、青鼻は垂らしていた。現代の様相は全て人の営みによってもたらされたものと言える。
余談はさておき、気温は零度で寒風を避けるために作業場所を変更したのだが、除伐中の竹林の横に胸高直径50cmにもなる大杉が2本ある。どちらも立派な花粉タワーとして聳え立っている。
木立の上に抜きん出ている姿は、さながら紅葉かレンガ色のアートみたいである、と言うより実態はゴーストモンスターに近いか…。今日は風が強かったが、花粉の飛散は無い様で煙る様子は見られなかった。積算温度も関係するとの話であるが、気温がまだ10度以下の日が多いのでもうしばらくは安心のようだ。今年は非常に花粉の飛散量が多いと予想され、こんな時は花粉症の出なかった人も発症しやすいとか…。それが問題だ。
小生、今は肋骨の骨折で、クシャミや咳、鼻をかんでも痛いから「勘弁してー!」と少々弱音の気分である。それでも「山には行く!」のだ。失業中高年には居場所が無いのである。
長らく使っていた掛け矢のヘッドが割れてしまった。柄の部分は既に折れて交換したのが昨年である。寿命と言えば寿命だろうが、新調すると年予算の1割も支出するし、柄を新調したばかりだからヘッドは自作することにした。
乾燥した梁の切れ端も有ったのだが、重さが欲しかったからアラカシの幹を利用した。未乾燥状態で、割れが入る可能性は高いけれども、駄目ならまた作ればいいと思って加工に入った。
柄を通す角孔の下孔を開けるに電気ドリルを使用したが、結局食い込んで回転不能だった。仕方なく手回しドリルで両方から孔をあけて貫通させたのだが、これが骨折した肋骨に響いた作業だった。仕上げはノミと槌で柄のサイズに合わせて角孔を広げ、なんとか完成までたどり着いた。手回しドリルのチャックの不具合で結果的に指先に血豆を作ってしまった。ズキズキと痛いが、これで胸の痛みは忘れた。いつもお粗末である。
久しぶりにH氏が来訪した。探鳥に来たとのことだったが、「コモチシダ」があるからと、わざわざ案内してくれた。
名前までは知らなかったが「荒削りなシダだなあ!」と思っていたそれだった。良く見ると葉の表面に子どもがくっついている。昨夏の頃は葉に行列をなして付いていたと写真をを見せてくれた。
シダなんて胞子で増えるのだと思っていたのだが、少々変わり者が身近にあったとは驚きだった。二枚の葉の中心には茶色の本体があって、それは既に小さいけれど一人前の株元と言える風情を出している。一見すると航空母艦だが、今風なら「アバター」の崖に群れて張り付いてる空とぶ生物、そんな感じである。
親離れした子しない子葉は見せて冷えし山陰子持ち羊歯生く
手入れが終わった台地に思っていたより早く「一番乗り」が到着した。台地下の真竹林でひとしきり遊んだ後、子どもには急な坂道を登って到着した御一行様である。
3歳未満児の一団だったが、遠めに見ていても活発な活動をしていた。どちらかと言うと大人の方の動線が小さい。ほとんど「見守り」に近いから無理も無いのだが、乳児を抱えた母親もいて、言わば「良く遊ばせている」親に違いない。
時折、眺めながら作業をしていたら「今日は来ないな」と思っていた会友のO氏がお孫さん3人と娘さんを連れて現場まで上がってきた。下のお孫さんは、まだ4ヶ月でお母さんの胸に抱っこ、二歳と四歳のお孫さんは手を引かれて作業道を歩いてきた。我々でも歩きにくい、急ごしらえの作業道をよくも歩いてきたものだ。
そんなことで、今日はお山が幼児で満艦飾だった。行き帰りに子ども達に挨拶されると自分の身内の様に感じるが、この児たちには明日の年金を支えてもらわないといけないからなあ、とフイールド作りに精が出ようと言うものだ。
もみじ手の温きふっくら残る手に鋸を握りて作業する午後
切り株に風花散らす雪雲の白き黒きもまた美しき
雪かとも見紛うばかり風花は山をかすませ溢れ舞う昼
寒き朝朽ち葉を踏めば足裏に霜の柱の潰れゆく知る
葉は落ちて茎は緑に棘しろきイバラ袖引く大寒の藪
林内の侵入竹除伐で竹の枝が散乱してしまった台地を片付けた。二人掛かりで半日仕事だった。古い竹の枝の集積場所も残っていたが、これは冬イチゴが入り込んで引き剥がすのに苦労した。竹の枝を地面にミシン掛けしたような状態だったからだ。
ともかく地表をすっきりと整理して、さらに一度、刈り払い機で処理すれば歩き易く、子どもたちが走り回っても危なくない環境になる。周囲の侵入竹が全伐された台地は日当たりも良く感じが良い。
360度、針葉樹の立ち並んでいる空間だから、この周辺にはない舞台装置だ。森の中のギャップと言う、そのままの状況であるけれど、なによりも至近な場所にあるのが利用者には喜ばれると思う。春になって芝草に地表が覆われてくれば静かな異空間が出現するはずである。
一月に入って胸高直系30cmほどのヒノキが根こそぎ倒れてしまった。樹長15m、根株の最大径は4尺ほどしかない。覗いてみても直根はなく、パイを床に落としたような形でしかないのだ。これでは容易に倒れるはずである。
この林内は一昨年に侵入竹除伐は終了しているが、林床の表土は無く、砂礫交じりの地表だ。これでは土壌の支持力もある訳がないのだ。フイールド内の倒木の多くは「根こそぎ」なのである。
20年以上、孟宗竹に日光を奪われ続けてきた森は、完満には程遠い木姿であるけれども、筋はしっかりと伸びて使える状態にまで育ってくれた。これから大径木に育てようかというところだったのだが、今後もこのように倒木となる木が出てくるのであろう。薄い砂礫層の下は粘板岩だから上部の急斜面には地すべり痕が見える。
ともかく誰もいない時に倒れてくれてホッとしたが、まだ緑濃い葉を見ていると可哀相でもある。原因を「表土流出」として孟宗竹に求めるのは簡単だけれども、一方では土地と樹種の組み合わせ不適格で植えられた悲劇でもあるだろう。このような事は土壌環境から今後も不可避の事態でもあるのだ。
寒とは言え、陽射しも温かさを増してきて、今日は「ツツピーツツピー」とシジュウガラのさえずりを聞くことが出来た。ウグイスより早くさえずりを聞かせる小鳥ではあるけれど、いくら温かいとは言え最高気温は10℃前後にしかならない日の午前中だ。
春の兆しかと、刈らずに置いて枯れた草藪の部分をあちこちと三箇所ほど刈り払った。どこも日当たりは良い部分で、若草の芽生えが早い場所だ。特に写真の場所は、オオイヌノフグリの絨毯が出来る場所で、密かなお気に入りの場所である。
それもトンボ池を奥に造作したから、度々NPOが主宰する子ども達のグループが入るようになって「風前の灯」かも知れなくなった。まあ、環境教育の一助にはなるだろうからと、納得するしかない。
降雨が一ヶ月も無い。乾燥しているが火を使わない活動だから、その点は安心である。
今日は胸部を休めるために竹の処理作業はほっといて、ブルーシートをかけるための造作をした。と言っても自分達で使用するわけではない。雨天時や晴天でも降雨直後の濡れている時はフイールドには出ないから必要がない。
我々の活動とは別の団体のリーダーに頼まれた仕掛けである。幼児のグループを年齢別に野外活動をさせているのだが、雨天の時の雨よけの場所が欲しいとのことで話があったのだ。
原っぱでも良かったのだが、真竹林の一角に簡単に竹を渡した。これにブルーシートを掛けて四隅をロープで張れば屋根が完成する、という簡単な仕掛けである。お気に召すかどうか不明だけれど、原っぱがよければ次の造作をするだけのこと。小生的には林内の方が風除けになるとの判断だけど、使う立場ではないからどっちでもいいのだ。工夫して造作するところに楽しみがある。
現在、作業中の林床はアリドウシが密生している。背丈は高いもので膝を越えるくらいだが、大抵はふくらはぎ程度の高さにあるから、通るたびに刺される環境が出来ている。
棘で悩まされるのはアリドウシとノイバラが主で、イラクサやカラスザンショウも痛いけれど、これは許容範囲だ。棘ではないがヌスビトハギの種子にも悩まされる。ここ数年で大繁殖した。フイールド内の移動が活発になったのが理由の一旦なのだろう。
アリドウシの針は細く硬い。長さは30mmもあるから容易にズボンの布地を突き抜けて刺してくる。顔面には防護メットをつけているからといって、これは容赦をしない。とくに網目の物は簡単に突き抜けてくる。前かがみの時は要注意である。
作業前には一通り刈り払うのだけど、それを排除する時も棘には気をつけなければならない。「アリドウシ」だなんて、言い得た名前をつけたものである。本当に蟻を刺し通せる感じのする棘であるが、実際通してみた人はいるのだろうか。