トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

孤爺暑居して布繕を成す

2024-07-31 | 何よりの楽しみ

 猛暑続きではあるがお膳にナス料理があれば食欲は落ちない孤爺なのである。やはり食べたいのは残り火で焼いた焼きナスだ。オーブンでもコンロでも可能だけれど熾火で焼いたのが一等旨い。まあ、望んでも無理な贅沢な一品であろう。さて、ナスはさておき猛暑日続きではフイールドへは危機管理上、出かける訳にもいかず猛暑が長引けば蟄居謹慎するしかないのだが身の所在も無い。読書もビデオもそうそう続くものでは無しで、運動不足にもなるがストレッチ程度では身が保てない。

 そこで子育て最中に使った水着が有るのを思い出して近くの焼却熱を加熱源にした温水施設に行ってみたのだがウエストが5cmほど大きくなった体型には少々きつかった。そんな事があって「そうだウエストを広げよう!」と朝から作業開始である。お裁縫は6月の頃に子供用の衣服を大量に憑かれたように作ったのだが結果として子供たちには不人気で更なる結果として疲れたのであった。まあ、草臥れ儲けであったわい。

 水着の再生の要は継ぎ足す布地にあるのだが布感が作業ズボンと似ていたので廃用にしたズボン生地を使って4cmほど広げてみたけれどまだ小さ目だった。せっかく完成させた再生品をもう一度切り離し新たな布地でやり直した。これで6cm広げた結果になったのだが夕食後の夜鍋も含めて完成したのだった。敢て補修再生せずとも使えるパンツは水着ではなくともあるのだし、衣料品店で下見をしたところ千円程度で購入できるのも知っていたがデザインが気に食わない。

 作業ズボンからの生地 ➡  完成 ➡  再度の再生

 古風な再生パンツであっても小生のビジュアルには適うのであったからわざわざ1日を使って再生したのである。時間の節約や千円ではお手頃価格であってもこの連続猛暑日の中、どうにかしてウダウダグダグダせずに日々を送るかと言うのは銭金時間に勝る優先事項である。出来上がり品はなかなかの出来栄え、と言っても近くで見れば縫い目の乱雑さが目立つ速攻の仕上げぶりなのだが自らが身に着けて恥じるパンツでも無いのであって店頭に並ぶデザインよりこっちがいいのだ!。お陰様で最高気温37℃直近にまで迫った猛暑日を難なく乗り切れたのである。いやいや籠り切れたのだが、とは言え明日も続くのだし「明日は明日の熱風が吹くケセラセラ」で行くしかないわい。とりあえず夕方5時からワンコインで利用できるからデビューするのだ、そうするのだ。

 


キジョランの手入れ

2024-07-30 | 蝶の食草園

 連日の熱中症警戒アラート出っ放しでも暑さにめげないのは戦わないからである。既に壮年期ではなく、国に本音を言わせれば前期や後期ではない臨終期高齢者として処遇し国庫負担を軽減するのを目論みたいのだろうが、それでは票田を失ってしまう。であるからして負債を孫子の代に先送りして汗水は流さないで済ますのが本流と言えよう。そもそも今を凌ぎぶら下がっていればよいのであるし・・・。と言ってしまえば身も蓋も無いのだが戦わなくても折々の見回りは必要で、この日も警戒アラート発表中なのだが雲の多い空模様なので出かけたのだった。

 いつもの如く水見回りして、しばらく足を運ばなかった尾根突端部も周る。昨季に定植したキジョラン2鉢分の株はどちらも葉を大きくして元気だった。ツバキの根元に植えた株は日当たりが悪いので蔓の伸びは少なかったものの蕾を付けている。しかし、蕾が付いたからと言って、開花したからと言って結実する訳でも無いのが当フイールドでの経験値である。台地の肩に定植した株は蔓を1mほど伸ばしているが、それよりもヤマノイモやオニドコロの方が優勢で覆われていた。これを外すに刃物は不要だけれど細い蔓でも意外と強靭で不用意に手繰るとキジョランの方を傷めてしまいかねない。

 とりあえずは根元を断ち切って上部を枯らす作戦で対処する。ついでにキジョランの株周囲を坪刈りして再萌芽し絡まるまでの時間稼ぎもしておいた。帰宅するには多少は早いから上部の絡まった部分を軽く取り除きキジョラン本体に光を届けるように手入れをし、このクソ暑い日の作業を終えた。時間的には大した時間でも無いのだがフイールドに立っただけで汗ばむこの頃では、軽作業と言えど肌着まで濡れる発汗だった。無理はするまい転ぶまい、これがお爺の活きる道・・・。

 


今日のトンボ「ミルンか?コヤマか!」

2024-07-29 | 小父のお隣さん

 水域周辺のヤブジラミやヌスビトハギ、ミズヒキなどのいわゆる「ヒッツキ虫」だけ狙って刈り刃を打ち込んでいたのだが水路の中から飛び出したのはテネラルだった。いわゆるヤンマ型なのだがやや小ぶりで最初は過去の現場の経験からハネビロエゾトンボの期待をもったものの蜘蛛の巣に絡まった個体はその特徴が無かった。そうなると種の見当は糸口が無い。帰宅して図鑑を入見ればサイズ的にはミルンヤンマかコヤマトンボに相当する。

 ミルンヤンマは今期の発生を確認していたしコヤマトンボも記録としてはあるので、となるとどちらかかの判別は絶望的だ。蜘蛛の巣に絡まった個体を「これ幸い!」と撮影し画像を確保してから助けるつもりだったが撮影が済まぬうちに飛び去られてしまったのである。とりあえず様子が判明する写真は1枚だけで、図鑑対照しても小生に判明させる素地も無く、ここは暑さでフイールドにはご無沙汰のS先生がおいでになった折りにでも尋ねるしかない。もしもコヤマトンボだったら発生の初記録になる。

     


オオカナダモの抜去

2024-07-28 | 水辺環境の保全

 毎日毎日僕らは鉄壁の猛暑に焙られ嫌になっちゃうよぅー。なんて歌っている場合ではなく上の池のオオカナダモの駆除に邁進せねばならない時期になった。この暑さで弱るどころかますます緑を増して水中では金床雲のように周囲に伸びているのが現状である。思い起こさずとも2回目の抜去を行ったのが7月3日で、この時は足浴バケツ1杯だったのが23日後には足浴バケツ1,5杯分にもなった。これだけ抜き取るともううんざりする。

 作業を開始した段階で33℃で最高気温は36℃超えとなったこの日、コシアキトンボの産卵を初見して来季の発生が確実になっただろう、と思うとオオカナダモの駆除のためにこの池を干上がらせて駆除する方法は採れなくなった。他の水域にも産卵している可能性は限りなく低いからだ。結局は真竹の杖を頼りに胴長を装着し、回収用の足浴バケツを腰に紐付けして池に入った。容器を水面に浮かばせておくだけだと波のまにまに離れてしまって足浴バケツと言えど拘束はせねばならん。

 泥の層は膝下あたりまでと深くなり反対に水深は30cm程度になってしまった。これでは魚類の生息に難があるけれど浚渫は絶望的で細々とジョレンで続けるしかないのだ。さて泥中の脚だが沈むだけ沈んでも靴底に当たる部分が固い訳ではなく指先での支えも効かないし抜き取り段になると杖にすがらなければ脚を抜けないのだった。こんな手太楽をつっつもっつ繰り返し続けてようやく視認できる範囲の抜去は終了したのだった。

 胴長を装着したついでにアシの生育範囲の制限も行い植生面積を減らす。トンボの羽化台となり魚類の棲み処となりクロコノマチョウの食草となるアシではあるが狭い水域ではそうそう伸び伸び育っても困るのだ。周囲と折り合いを付けれない植物はどうしても間引きや駆除の対象になる。もともと生息していなかった跋扈蹂躙著しい威之志士様も駆除対象で根絶して欲しいのだが、どこも同じく駆除は低迷撤退の方向の様で将来的には池の中もフイールドも悶絶対象になって終わりだ。


蜂満様境内の刈込み

2024-07-27 | 今日は真面目に

 トンボ池横の草地の繁茂が猛烈である。タイアザミやミソハギ、ノアザミやフジバカマなどの高生種が主体なのであたり前田のクラッカーではあるのだが、そうそう「自然のままに」だけでは環境が損なわれる。やはりある程度の介入と方向づけは必須なのだ。4枠ある囲いの中の植生は昨季までとは打って変わり竹や葦などの侵入が激しくノアザミなどは衰退している傾向にある。ノアザミ自体は宿根草と思って長期にわたり存在できるかと信じて疑わなかったのだが結果的には数年で衰弱して消えていく。多年生と言うより数年性なのかどうかは資料が無いので不明のままだ。

 ➡  

 まずは刈り払い機で蜂満神社などのBeeホテル周辺を刈りだし囲いの脇も刈り進み観察通路としつつ囲い内の除草を容易にする準備もしておく。草地の部分は通路となる幅だけ刈り取り他は草藪のブロックとして残した。これで漸く数が増えて来たバッタ類の生息場所と食料を保全できるのだ。囲いの中は衰えたとはいえノアザミの株があるから低い姿勢で稲刈り鎌で地際から選択的刈り取りをしてスッキリさせた。株が失われた部分に今期発芽して保育中の苗を補植するかどうかは決めかねている・嫌地現象があるなら再定植はタブーだし他の草域にもノアザミを広げたいし、今のところは決めかねる。

        囲い内の刈りだし     カラスザンショウの刈りだし


今日のトンボ「コシアキトンボ産卵した」

2024-07-26 | 小父のお隣さん

 この日の最高気温は35℃、の予報。それでも薄曇りだからとフイールドに出かけたのだった。作業はオオカナダモの抜去・駆逐である。池を一周しながら着手コースをイメージしていたのだがコシアキトンボの連結体が飛行しているのに気が付いた。フイールドでコシアキトンボの連結体を見るのは初めてでその上、オスメスとも複数匹飛翔しておりカップルも二組確認できたのだが時間は短かった。産卵行動もお初だったのだが水面に数センチ頭をのぞかせている腐食した竹杭の近くでチョンチョンしていた行為はそうだろう。

 今までコシアキトンボの確認は一回限りが多く、今期は連日ではないにしろ何回かの視認が有ったので産卵に対する期待はあったのだ。それがたまたまオオカナダモの抜去作業の日に巡り合ったのであるから通わなければ出合いも無いのであるのは一目瞭然だ。産卵個体は少なくとも2匹はいたので来季の発生は確率が急上昇である。

 一方でオオカナダモの根絶には池を干上がらせねば難しい事も泥身に染めて理解している現在、これで上の池の干上げは選択できにくくなった。と言うのも他の水域では飛翔していないから確実に産卵したのは上の池だけなのだ。欲を言えばチョウトンボも生息して欲しいのだが確認できたのは数回で繁殖体ではないのが残念だ。チョウトンボの誘致にヒシを導入した事もあったけれど繁殖力が強く小さな水域では植生の単一化につながりかねなく駆除して今は無い。


深川どぶ板長屋縁台納涼会

2024-07-26 | 合混で闘作すれば

       熱帯夜ホトトギスさえ音をあげず  竹笛売り

       焙られて通り人無き酷暑かな    汚わい屋

       また一夜長屋ギシミシ寝付けない  かど番

       また一夜新婚所帯で寝付けない   チョンガーさぶ

       静けさや服に滲み出る猛暑ぶり   馬笑

       ああ猛暑ああ猛暑かなああ猛暑   馬笑

       夕涼みドブと厠の発酵香      越後杜氏

       ドブの香や縁台将棋の香すっぽ   壮太 

       熱帯夜ドブの香藪蚊三つ巴     熊さん

       晩節を汚したく無し腹痛し     梅電留五郎

       ドブ臭とドブ衆群れるお雛段    徒乱夫     

       ぼて振りも棒に振るだけ猛暑なり  八さん

       夏風邪か手足口病コロナかも    初親

       涼むにも風は通らぬ長屋なり    手相見

       弾丸ライナーようやく動く死に体したのなんでかの ハアコリャコリャ  八丁堀 

       パーテイやっても集まり悪い暑さ恨めし裏飯裏子 ハアコリャコリャ   口入れ屋

       部下を殺して我が身を守る一将巧だけキャッチだけ ハアコリャコリャ  肝入

       右を向いても左を見ても筋の通らぬ事ばかり ハアコリャコリャ     浩二

       臭いさもしい住血給虫群れているよなあの永田 ハアコリャコリャ     黒百合御前

       理不尽すらも矯正八重歯道理意により白も黒 ハアコリャコリャ     家主     

 

 

 

 

       


今日のトンボ「キイトトンボの連結体」

2024-07-25 | 小父のお隣さん

  草叢が茂ってくるとキイトトンボの独断場みたいになる。あっちでもこっちでもツイツイワラワラと湧いてくるように浮かんでくる。今期はアサヒナカワトンボの出現数が少なく、ダビドサナエの出現も無かった。それでも今期のキイトトンボやアジアイトトンボなどの飛翔能力の弱いトンボが多くみられるのは嬉しい限りではあるけれど諸行無常・色即是空の展開が目前にあるのがフイールドだ。

 イトトンボの連結体は止まる時はオスが立っている様に止まる時も多いのだが下のメスが水藻などで産卵する時などはオスは掴まるな所が無いのでメスの首根っこを押さえて立っている。見方に依っては虐待とかパワハラ紛いに見えてしまうが相手はそうは思っていないのだから成立は無し。それにしてもか細い身をして何とタフなおっかさんである。

      


エノキの定植

2024-07-24 | 今日は真面目に

 温水田の林道側、泥上げとカサスゲの抜去体の積み上げですっかり土手が出来てしまった。今はカサスゲの席巻凌駕するに任せている部分だけれど先々を見据えエノキの幼樹を植えた。エノキは食樹としても依存する昆虫は数種存在しているし結実すれば冬鳥の食料にもなるし、ホダ木としてヒラタケ栽培にも有用な樹でもある。

 今回、定植した幼樹は林道の泥の堆積物を搬出した中から芽生えたのを昨季にポットで養成した苗である。自宅で育てたけれど親樹はフイールドのどこかにあるはずであるから「里帰り」みたいなもんだろう。林道に添って列植してみたが日当たり良好な位置関係では無いのでどれだけしっかりと成長してくれるかどうかまでは心もとない。今回の位置は水域の南側であるが、日照は南側の尾根に遮られる位置関係でもある事からエノキが育っても水域に大きく日陰を作る可能性は少ない。多少は日陰になるだろうが日陰を好んで産卵する種もいるから差し引きトントンで、そうだよねえ、とんとんとん禿爺さん トントントントンボさん・・・。

     


法面の修復

2024-07-23 | 水辺環境の保全

 冬季に威之志士様の跋扈蹂躙され削り落とされてしまった法面の修復にようやく着手出来たのだ。梅雨に入った頃だったのだが、とは言え空梅雨状態で猛暑日が出現するなど作業は遅々として進まず、浚った泥土を引き上げて整復しているからジョレンでのひと掘りを崩された部分まで運び塗りこめるのが続く。まあ、山土ではない腐植質の多い泥土なのでおっつけ威之志士様の跋扈蹂躙が始まるのはお約束であって三途の河原の石積みに似たような繰り返しでもある。いわずもなが二度童の身では石ではなく泥を積むのが課せられた業なのであろう。

 泥をそのまま積み上げると量も多くなるから水域から抜去したイネ科の株を泥付きのまま据え続けて嵩を増やす。こういう横着をやるので植物体が腐食すると威之志士様の大感激場になるのはわが身が痛くなるほどの身をもって承知だけれど、身ごもった事が無い孤爺としては生みの苦しみはよう分からんのだったが創出する苦労は骨身に滲みている。この日、行えた範囲はお茶を濁す程度ではあったものの粛々と継続すれば冬期までには修復は終わるはずで、春ともなればまた崩された部位の修復が始まる。

 孤爺のような貧しい民草は死ねるその日まで汗水たらして働かねばならんのだっちゃ。当の本人が聞いても語ってもいわゆる「語るも汗涙、聞くは感涙の物語」なんちゃって・・・。で、熱中症警戒アラートが続くうちに梅雨も明け更に猛暑酷暑続きで現在頓挫中、とんだ手太楽のままだわい。老年、老いたるを増し構築なり難し。


再度のワルナスビ駆除

2024-07-22 | 小人閑居して憮然

 悪い奴ほど良く萌える、ホントにしぶとい。上の池のオオカナダモも先日に抜去作業をしたばかりなのに既に水面のココカシコに先端を見せている。先端産業ならぬ先端惨行をまたまた始めねばならない。

 さて、過日に駆除作業を行ったワルナスビの駆除部分の確認に行ったところ更に6株ほど新しい株が見えたから晴れ間を使い除草剤を葉面散布して来た。散布液が乾燥するまで降雨が無ければ効果が出るだろう。購入した除草液はキャップを取り直接シャワー出来るようになっているが、それほど大量の除草剤を使うのはアウトであって、ここは選択的除草、つまりは直接取り除きたい草本葉面に泡状にして散布する。

 この時期、農薬売り場を占有する店頭の除草剤の中には「虫も一掃できる」とうたった薬液もあるけれど、除草して生物も一掃する様な薬効は環境破壊に他ならない。自宅前がまだ空き地だった頃、所有者は除草剤を振り撒いて帰るのが当たり前だった。確かに簡便で便利だろうけれど、それにもめげず毎年草本はめげずに伸びていた。とは言え見えない土壌環境に悪影響は蓄積・変質も含め汚染はあるのだろうけれど警鐘は無いのがなんともはやでもある。

 先日の事、十数年ぶりにワルナスビの発生源とみられる園地にキリギリスを楽しみに行ってきたのだが、ワルナスビの鋭い棘への注意書きは立っていたものの駆除は行っていない様子だった。開園以来、坊主刈りしていた園地は坊主刈りの部分と刈り高調整している区域と分けてあるように見えたのだがそうだとすれば園地の目的に少しは近づいたか・・・。最初の頃は全域坊主刈りで、県知事までお手植えした植樹祭までしたのに数百本の苗木すらその夏には刈り取られた手太楽だった事を思い出す。

     


産卵床を備えてみた

2024-07-21 | 水辺環境の保全

 絞り水溜まりを拡幅して積み上がった泥土の水分も抜けた頃と思い、猛暑続きから一転の梅雨空続きの雲間を縫って整地をしたのだが削り取った水際や整地した裸地が痛々しい。そのままでもおっつけ植生は戻ってくるものの環境を早く整えるために水際には苔を張りヤブヤンマなどの産卵場所を用意した。水域に立てた丸太には苔も育ち産卵床と羽化台を兼ねる状態なのだが拡幅した溜まりなので産卵部が増えるのは願ったり叶ったりであるか。

 過日、苔三尊を作った残りの苔が変色しながらも雨に打たれれば緑を見せるから、現地で採集した苔と共に竹箸で止めておく。その上から泥土を注ぎ掌で圧着して終了である。整地した部分には林道横の雨水による堆積砂泥に芽生えたホトトギスを舗装面から剥ぎ取り移植しておく。林道上のホトトギスはおっつけ路面を掃除されれば消え去る運命なので孤爺は救世主となったのでありホトトギスが生きながらえる限りは子々孫々、語り継がれるであろう。

 ➡  苔の貼り付け終わり

 植えつけてはみたものの裸地全面を覆う量でも無いが種子を散布出来れば来期には数を増すだろう。どちらにしても準備はしても後は相手任せの無責任作業であって、花壇や畑のように手入れが必要な内容なら環境の整えには繋がらない。「生物生産緑地」として機能させるためには創出部は必要だけれど後々の折り合いは植生に任せるのみである。「勝手に丸坊主」する人物が来なくなって3年目、フイールドは草茫茫に見えるも分け入ってみるとバッタ類やカマキリの豊富さが目立つようになった。直接は目に留まらないものの蛇やトカゲ、アカガエルなどが地表に居るのは確かなので漸く第一歩の感じがしてきた。

 帰宅するにはまだ時間があったから造林鎌を研ぎなおしヤブジラミ、ヌスビトハギ、キンミズヒキ、キツネノボタンなどを選択的に刈り払い種子の散布を押さえておく。とは言え切り取られても再萌芽させ背丈が低いままで種子を実らせるからイタチごっこは終わらない。最終的には孤爺が撤退する事になり勝負は目に見えているのであるが・・・。まあ、溺れる者は藁をもつかむ、小爺は閑居に勝てず自然を成す云々。💮

            ➡  ホトトギスの植え込み終わり


勝負あり!カマキリの勝ち!

2024-07-20 | 小父のお隣さん

 自転車の泥除けにカマキリが見えた。なんでこんなところにポツンと一匹、と思わぬ訳でも無かったのだが空模様は降ったり曇ったりのこの日、久しぶりの猛暑日から解放されているとは言え、小雨模様の有る日では自宅蟄居・謹慎である。だからこそ暇つぶしにカメラを向けたのだが捕食しかぶりついているのはハエトリグモであった。フイールドのカマキリがツチイナゴを食べているのに出くわしたときは頭部を齧るガリガリという音が聞こえて「凄いものだ…」と驚いたのだったがクモでは音が発生する様な食感ではないだろう。想像するにトロロ芋を齧る感じに近いのだろうか⁉。

 さてそれはともかくカマキリもハエトリグモもどちらも捕食者としての地位があろうけれど一方的に食べられるだけの立場になる蜘蛛を見ていると生きる事の厳しさを垣間見た。こんな記事を載せるしかない状態なのは猛暑日続きでフイールドには出かけず、今度は梅雨空で家から出られず、で記事が無くなってきたためもある。頭髪が無くなるのは致し方なしなのだが記事が無くなるのは活動が無いに等しく頭頂部のように侘しい限りなのだ。俳句や川柳などはビビビッと降臨が無ければ文字にならず頭部の光輪だけでは人生、生きられないな金輪際・・・。

     


泥は浚うのでなく上げる…

2024-07-19 | 水辺環境の保全

 泥浚いも佳境である、と言いたいところなれど佳境なんてありえず現実はエンドレスなのであって粘土レスではない泥土なので粒度は細かく積み上げ水分が抜ければ締まる性質があるのだが上げた状態では緩々ズブズブで扱いにくい。その上、長きにわたり泥上げしてきた結果で周囲が高くなって更にジョレンをずり上げるのが出来難く体力消耗に繋がる。この日の作業は長柄のジョレンでは操作し難い高さでもあって、普通のジョレンを持って立ち込んでの作業だ。

 しかしながら泥を上げておく場所が少ないので狭い幅の一部を片付けてそこに泥を上げた。しかし幅は狭いし盛り上げるにしてもてんこ盛りウンコ盛りは出来ず、自然傾斜角に倣い流れ落ちない角度で盛り上げて途中終了だった。この部分の水分が抜けスコップ作業が出来る状態になってから一輪車で搬出しそこに次の泥土を上げる手順の繰り返しとなるのである。他の泥上げして高くなった部分も掘削搬出して適正高さにしたいけれど作業時間が短くなるばかりの低年金高年齢弱者には手が回らんし肩が痛くて頸も回らん。泥浚いしている場合では無く鍼に行かねば・・・。


ワルナスビの駆除跡

2024-07-18 | 今日は真面目に

 先日の事、ワルナスビに除草剤を噴霧しておいたのだが確認に行ったら噴霧されたワルナスビは消えていたものの周囲には新たな姿が見えている。写真の範囲だけで3本が確認できるが、これらも含め追加噴霧したいけれど小雨模様では噴霧の効果も薄れるから晴天日を待つしかない。

 毎回、周囲の植物にまで影響を広げたくないのでハンドスプレーで葉面散布を心掛けたのだがやはり一尺径ほどは枯れてしまった。ワルナスビの直根は地下数十センチも貫入していて掘り取れるほどの強さも無く容易に切れてしまうゴボウ根みたいなものだからどうしても薬剤散布に頼る事になるのだが根絶できない理由の一つに活動する運搬者が存在する事と無縁ではないだろう。かくして毎期毎期、乱視老眼を駆使していいえ、苦視しつつ探して除草剤噴霧が続く。厄介者は永遠に不滅です!。

 ヌスビトハギとヤブジラミなどは主に歩道周辺から獣道などの往来があるあたりで繁茂していて、オオバコの繁殖状態もそうだけれど動物の移動による繁殖拡大が良くわかるケースである。オオバコなどは踏圧被害が強くて他の植物にには耐えられない範囲に密集しているので、一方では「繁殖の仕方」を学べる恰好の教材なのだが「刈りたい!刈りたい!丸坊主刈り」命の人たちにとっては地際から刈り払うのが当然と刷り込まれて全草刈り払うけれど、当然の事としてその中には草本木本の取捨選択の意識も自覚も無いのが環境保全に限らず多様な生物層の回復には痛手である。人社会に例えればガザ地区、ウクライナ、AA地域等の人命もろとも廃墟と化すやり方に等しい。行為の主体者たちは「それ」が目的なのであるから歴史を紐解くまでも無く暴虐者も永遠に不滅です。地獄もヘデナも今そこにある。