とりがら時事放談『コラム新喜劇』

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透明人間の告白

2006年01月17日 20時57分54秒 | 書評
得意先の社長さんや専務さんといった少し年配の方と雑談をすると、よく次のようなアドバイスを受けることがある。

「○○○という本はもう読んだ?」
「いいえ」
「そりゃいかんな。是非読んで見たまえよ。あれはホント、勉強になる」

と、読みたくもない話題の書籍を読むことを薦めてくることがあるのだ。

たいていの場合「○○○」という本はビジネス書や政治家がゴーストライターに書かせたものが多い。
私はこのようなビジネス書や政治家先生がゴーストライターに書かせた「提言書」の類いは実のところ好みではないので、「よけいなお世話じゃい」と思いつつ「はあ、それでは機会があれば一度読んでみましょう」などと言って相手を怒らせないように誤魔化すのが普通だ。

かように人様に薦められる本が、自分の好みに合うとは限らないのは当たり前。
「読みたまえ」と語るぐらいなら少しは先に内容を教えてくれても良さそうなものだが、教えてくれることは、まずない。

新聞雑誌の書評欄のお薦めは得意先のオヤジが薦めてくる本に比べると格段にヒット率が高くなる。
それは得意先のお薦めは1冊か2冊に絞られていることに対し、書評はいろいろな選択肢の中から自分でこの本は面白うそうだと選ぶ違いがあるからまともな本をヒットする確率が増えるのだと思える。

ところで、私はFM大阪(FM東京系列)で毎週土曜日夕方に放送されている「Saturday Waitting Bar Avanti」という番組が大好きで、ここ数年時間が合えばダイヤルを合わせている。
この番組は東京仙台坂にある架空のイタリアレストランを舞台にして毎回各界から有名人や知識人を出演させ、彼らが酒を飲みながら話す内容にリスナーが耳を傾けるという主旨の番組だ。

昨年末のこの番組で「本の雑誌」の編集者が出演し「本の雑誌創刊以来30年のベスト30を選んでみたんです」という話を始めた。
そこで堂々の一位に選ばれたのが今回紹介するH・F・セイント著「透明人間の告白」だった。
昔の怪奇小説の透明人間と異なり1980年代に発表された本作は「リアリティがあって面白い」というようなことが語られていた。
NYで証券アナリストを務める主人公がとある事故で透明人間になってしまう。そしてCIAから追われる身になってしまうのだが.....、という筋書きを聞いた時「面白そうじゃないか」と思ったのだった。
なんでも、本の雑誌編集長の椎名誠氏以下主要編集員の3人が同意見であったというだけに「面白いに違いない」と期待させられ、新年早々買い求めたのだった。

だが、結論から言って「失敗」であった。

アイデアは悪くない。
ストーリーも面白い。
しかし物語の進行速度が著しく遅く感じられ、くどいのだ。
1980年代の読者であれば、間違いなく物語に没入していける力を持った小説だが、私には不自然で、読むのがかなり苦痛の一冊だった。

で、ここから昨日のブログにリンクするのだが、私は「リアリティのないSF」は受け付けない。
理由は昨日の通りだが、この小説の中での透明人間についての記述が私にはまったくリアリティに欠け矛盾だらけのために、ユニークなストーリーにも関わらずまったく楽しめないという事態が現出したのだった。
例えば「透明人間になった主人公はまったく他人から見えないのに、人や建物、家具などの物体にぶつかると物理的に衝撃を受けたり、与えたりする」ということが、論理的に矛盾していて楽しめない。
もし仮に主人公が見えないのであれば光がスルーで通過するということであり、光がスルーで通過するという「物体」であれば、その物体が他の物体にぶつかって物理的力が生じるわけがないのだ。
物理的に力が生じるものには光も物理的にぶつかり反応するわけだから「透明」であるはずはない。
そしてさらに、なぜ透明になっているのかという「科学的説明(ウソでもいい。ホントらしければ)」もないのでSF小説というよりも安物のマンガのような感じがしてしまう。
この説明には物体を透明に見せる方法に周囲の空間をねじ曲げるという方法がある。
これはなにも昨日のブログに記したSF番組の影響で述べているわけではない。
大きな重力や磁力を加えると、その周囲を通過する光は湾曲することは天文学や物理学で立証されているので、そういう既存の科学的事実を利用してそれらしく説明してほしかったのだ。

結局、書評を信じて購入しても、得意先の偉いさんに推薦を受けるのと同じような状況に遭遇することもあり得る、という実例に今回はなったというわけだ。
嗚呼、哀しい。

せっかく上下巻併せて買ったし、物語の筋は悪くない。
だからなんとか下巻も読了したいと思っているのだが.................。

~「透明人間の告白」H・F・セイント著 高見浩訳 新潮文庫刊~


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