人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

朝日・吉田純子編集委員の文章術その2を読んで / レベッカ・ミラー監督「ブルックリンでオペラを」を観る ~ 潔癖症の精神科医の妻とスランプのオペラ作曲家の夫と、恋愛依存症の女船長の三角関係の行方

2024年04月10日 00時00分02秒 | 日記

10日(水)。昨日の朝日新聞朝刊のコラム「新聞記者の文章術」に同社編集委員・吉田純子さんによる「書き手を支える もう一人の私」という見出しの文章が掲載されていました 1週間前の「『音楽』を書くこと」の第2回目です。彼女が取り上げた自身の記事は2024年2月10日付朝日新聞朝刊に掲載された小澤征爾氏の「評伝」の文章です 彼女はその冒頭で次のように書いています

「『小澤の目力』という言葉を、楽員たちからよく聞く 目が合った瞬間、無意識に音が出てしまう。なのに、なぜか他の奏者たちとぴったりそろってしまうのだと 制するのではなく、技術と気の独奏的な融合により、壁を壁とせず、東洋人にクラシックはできないという偏見に挑戦状を突きつけてきた 規格外の才能を花開かせたのは、やりたいことを絶対にやり抜く意志力、桁外れの行動力、そして愛すべき無鉄砲さだった

そして、文章を書くにあたり、「何をどう書けばよいか」を考える上で普段から心がけていることを次のように書いています

「文章を書くとき、私は意識的に『書き手』の私と『編集者』の私の2人を自分の中に置くことにしています 言葉を探すのは、脳みそに結構な汗をかく行為です しんどい時は文章の断片や思いついた言葉をとにかく連ねる。そしていったん『書き手』を休ませ『編集者』を呼び寄せます。『書き手』が無意識に放り投げた言葉の数々に静かに目を落とし、連ね、構成する この作業を繰り返すうちに『編集者』がおのずと育ちます 『書き手』が行き詰った時に思わぬ妙手をくれることも 記事になった文章を、後から読み返してみることもあります。ああ、この文とこの文をひっくり返しておけば。ここは『が』じゃなくて『は』だったかも・・・かように悶絶することもしばしばです。・・・『編集者』を心の中に持つことは、自分の思いを客観的に見つめる第三者を自分の中に育てるということでもあります SNSなどに投稿する前に『これは本当にあなたの本心?』『この表現は誰かを傷つけるんじゃないかな』などとささやき、真意をより正確に、より多くの人に伝える手助けをしてくれることもあるでしょう

吉田さんは、「入社してから3人、この人の技術を盗みたいと思える上司(デスク)に出会えた」と書いていますが、新聞記者の特権です 亡くなった人もいるが、「あの人ならこの文章に何を言うだろう。どんな指摘をくれるだろう」と考えてみるといい、と書いています

以上のことから導かれる吉田さんの文章術は「自分の中に、対話できる『編集者』を育てよう」というものです これは「自分の書いた文章を第3者の目で見直す習慣をつけよう」と言い換えることが出来るかもしれません その際に重要なのは”推敲”を重ねるということです 吉田さんの言う「ここは『が』じゃなくて『は』だったかも」というような1文字の選択から、文章全体の構成に至るまで、自分が納得いくまで推敲を重ねるということです

フォロワーの皆さま以外のブログを拝読していて たまに見かけるのは、「この人、自分が何を書こうとしているのか 本当に分かって書いているんだろうか」と疑問に思うものや、「この人は自分が言いたいことを書き殴っているだけで、他人に読んでもらおうという気持ちも工夫も全くみられない これではフォロワーも増えないだろうし、そのうち誰からも相手にされなくなるのではないか」と思うようなブログです ひと言でいえば「独りよがりの文章」、「書き殴り手」だけいて「抑制者」がいない文章です こういう人に限って「アクセス数が少ない」と嘆き、「自分のブログの価値を認めない方が悪い」と被害妄想を抱いているように思えます 一人でも多くの人にブログを読んでほしいのであれば、誰も読まない”愚痴”を書くのは止めて、書いた内容が”読まれる”ように書き方を工夫した方が良いと思います

ということで、わが家に来てから今日で3375日目を迎え、トランプ前大統領の陣営は6日に南部フロリダ州で開催した資金集め集会で、バイデン大統領が3月28日の集会で集めた2600万ドルを大幅に上回る5050万ドル(約76臆円)を集めたと明らかにしたと  いうニュースを見て感想を述べるモコタロです

 

     

     せっかく大金を集めたけど ほとんど訴訟費用に消えるとは 献金の甲斐がなくね?

 

         

 

昨日、夕食に「餃子」を焼いて、「麻婆豆腐」を作りました 餃子を焼くたびに思うのは、俺ってどうしてこう焼くのがヘタなんだろう

 

     

 

         

 

昨日、シネ・リーブル池袋でレベッカ・ミラー監督による2023年製作アメリカ映画「ブルックリンでオペラを」(102分)を観ました

ニューヨークのブルックリンで暮らす極端な潔癖症の精神科医パトリシア(アン・ハサウェイ)と、現代オペラ作曲家のスティーブン(ピーター・ディンクレイジ)の夫婦 うつ状態で5年も新作を発表していない人生最大のスランプに陥っていたスティーブンは、愛犬と散歩先の とあるバーで、風変わりな曳舟の船長カトリーナ(マリサ・トメイ)と出会う    カトリーナに誘われて船に乗り込んだスティーブンは、最初は乗り気でなかったものの、ストーカー的恋愛依存症の彼女の誘惑に負けてしまう スティーブンは”一度の過ち”と心に誓う一方、彼女とのやり取りからオペラのインスピレーションが湧き、それをもとにオペラを作曲し大成功を収める 一方、パトリシアと元夫との息子(18歳)は、家政婦の娘(16歳)と熱愛中 家政婦のパートナーで娘の養父である厳格な法廷速記者は養女のことが気がきでない 二人の親密な写真を見た養父は若いカップルの性交渉に激怒して「法廷強姦罪」で告発しようとしたことから、スティーブンや家政婦たちは二人の結婚が可能なデラウェア州に向けてカトリーナの曳舟で出港する スティーブンとカトリーナの関係を知ったパトリシアはショックを受け修道院に入る決心をする 曳舟の上でスティーブンは「人生で初めて真の幸せを見つけた」と言い、カトリーナに求婚するのだった

 

     

 

映画の冒頭、カウンターテナー歌手が歌うビゼーのオペラ「カルメン」の「ハバネラ」で幕を開けます この曲は、言い寄る男たちには目もくれず、自分に無関心な態度を取る衛兵伍長ドン・ホセに興味を感じて「恋はあまのじゃく、慣らすことのできない小鳥・・あたしはあとの一人が好き、無口だけど私は好き・・・」と歌い誘惑するというものです この曲は、スティーブンが最初は気乗りしなかったのに、最後にはカトリーナの誘惑に負けてしまう ~ というストーリーを象徴しています 次いで、ヘンデルのオペラ「リナルド」から「私を泣かせてください(涙が流れるままに)」が歌われます この曲は「私を一人で泣かせてください。残酷な運命にため息をつかせてください。失われた自由に私の悲しみの鎖を打ち砕くのは哀れみだけです」という内容ですが、精神科医なのに心を病んで最後には修道院に入ってしまったパトリシアの人生を象徴しているのだろうか

ところで、カトリーナとの出会いからインスピレーションを受けて作曲したオペラのリハーサルシーンで、見覚えのある女性がオペラ歌手役で登場しました カトリーナをモデルにしたその歌手は口パクでなく本当にアリアを歌っていました それはMETライブビューイングでもお馴染みのアメリカのメゾ・ソプラノ歌手イザベル・レナードでした 演技の出来るオペラ歌手として、モーツアルト「コジ・ファン・トゥッテ」、マスネ「シンデレラ」をはじめ古典から現代に至るまでの数多くのオペラに出演しています

 

     

     

 

本作は、深刻な問題を遊び心とユーモアで包んだロマンティック・コメディーに仕上がっています。1時間42分があっと言う間でした


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