7日(金)。昨夕、初台の東京オペラシティコンサートホールで、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の「生誕80年記念・岩城宏之メモリアルコンサート」を聴きました 午後6時開演と、普通では考えられない非常識な時間設定だったので、会社業務終了後、すっ飛んで行きました
岩城宏之は1932年東京生まれ。1951年に東京藝大音楽学部打楽器部に進学し、在学中にN響の副指揮者を務めます。その後、N響の正指揮者、オランダ王立ハーグ・フィル常任指揮者、メルボルン交響楽団首席指揮者等を歴任、1988年にオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督に就任しています
2004年の大晦日にはベートーヴェンの全交響曲を一人で指揮、05年も再び開催し、そのタフぶりを発揮しましたそしてその翌年06年6月13日心不全のため死去しました
このコンサートは①打楽器奏者としての岩城,②現代音楽の庇護者,初演魔としての岩城,③作家,エッセイストとしての岩城,④テレビ番組に出演したタレントとしての岩城,⑤一夜でベートーヴェン全交響曲を振った男としての岩城に焦点を当てて,生きていれば80回目の誕生日に当たるこの日に挙行するものです.コンサートは3部構成で、第1部「パトロン・岩城宏之」、第2部「岩城宏之アラカルト」、第3部「ベートーヴェン振るマラソン」という構成です
自席は2階C4列26番,右の端です.会場はほぼ9割の入りでしょうか 開演直前に作曲家の池辺晋一郎と檀ふみのN響アワー・コンビが登場して,檀が「まだ本番ではございません.今日は3部構成で長丁場ですが,何とか遅くとも9時15分までには終わらせたいと思っております.私たちのおしゃべりは決して無駄なものではございません 演奏と演奏のつなぎ役のような役割を果たしておりますので,よろしくお願いいたします(笑)」と挨拶,その合間にオーケストラのメンバーが登場しスタンバイします そしてOEK音楽監督の井上道義が登場して1曲目の武満徹「ノスタルジア」を演奏します この曲は弦楽だけによるヴァイオリン協奏曲のような曲で,OEKコンサートマスターのサイモン・ブレンディスがヴァイオリン独奏を務めました.この曲は「タルコフスキーの追憶に」というサブタイトルが付いているとのことで,なるほど,彼の映画を観ているような感覚に襲われました
ここであらためて池辺,檀のコンビが登場して自己紹介をしました そして池辺が,岩城は武満のことを「あの人は異星人だ」と言っていた,というエピソードを紹介しました.「なぜ?」と訊く檀に「見た目がそうでしょう(笑)」と答えていました.なるほど,写真を見ると確かに火星人のような風貌をしていますね
そして指揮者・外山雄三とピアニスト・木村かおり(岩城夫人)を迎えて2曲目の一柳彗の「ピアノ協奏曲第3番”分水嶺”」の演奏に入りました 一柳はOEKの最初のコンポーザー・イン・レジデンス(座付き作曲家)とのことです.終演後,客席にいた作曲者が舞台に呼ばれ拍手を受けました 次いで木村かおりが「残暑厳しい中,お出でいただきありがとうございました.遺族を代表して(笑)お礼申し上げます」と挨拶しました
次いで黛敏郎作曲「日本テレビのスポーツ行進曲」を外山雄三の指揮で演奏しました メロディーを聴けばだれもが「あ~,あの曲ね」とわかる有名な曲です 次いで,やはりコンポーザー・レジデンス・池辺晋一郎の「悲しみの森」を岩城の弟子で初代OEK指揮者・天沼裕子が指揮をして演奏しました 聴いていて何故かムンクの「叫び声」の絵を思い浮かべました
ここまでで第1部が終了,所要時間は55分間でした.ここで15分の休憩です 1階ロビーで岩城の写真展をやっているので観に行きました プログラムの「ヒストリー」欄には,岩城がベルリンフィルやウィーンフィルを振ったという記述があるのですが,どうも信用できません.でも,ベルリンフィルやウィーンフィルとともに写っている岩城の姿を見て,初めてハッタリではなかったのだと納得しました
第2部は舞台が暗い状態の中,日本打楽器協会有志と外山雄三がひっそりと舞台に登場し(実は見え見えでしたが),外山の作曲による「管弦楽のためのラプソディー」が,パーカッションや大太鼓,小太鼓など打楽器だけで演奏されました この曲は,オーケストラの演奏で何度か聴いたことがありますが,八木節を中心とした溌剌とした曲で”日本人の血が騒ぐ”曲です 今回の演奏は岩城の編曲によるものです.打楽器だけの演奏で初めて聴きましたが,なかなか迫力があっていいと思いました
この曲についてエピソードを問われた日本打楽器協会の代表は「実は,作曲者の外山さんには内緒で,勝手に編曲して勝手に練習をしていたのです その後,岩城に会の代表になってくれと頼んだところ引き受けてくれました.彼にその編曲の件を話したところ,『外山には内緒にしておこう.バレると著作権料を払わなければならなくなるから(笑)』と言っていました」と裏話を暴露していました
檀が「この曲はもっと長い曲でしたよね」と訊くと,外山は「もともと”おてもやん”の音楽も入っていたのですが,岩城に楽譜を見せたら,この部分はいらないと言って,そこだけ楽譜を破かれて捨てられてしまったのです(笑)」と答えていました.滅茶苦茶ですね
会場が暗転し,東京混声合唱団がスタンバイします.OEKのミュージック・パートナーの山田和樹が登場し林光作曲「原爆小景」より”水ヲ下サイ”を演奏しました 無伴奏の曲ですが,人の声に匹敵する楽器はないと思うほど感動しました
次いで,檀ふみが岩城の書いたエッセイ集「森のうた」から一節を朗読し,彼の文学的な才能を披瀝しました 彼のエッセイは本当に面白いです 岩城は小説も書いているようで,当時「おれ,芥川賞とりたいんだよ」と言っていたと池辺が語っていました
ここで薄緑のドレスのペギー葉山と白鳥のようなデザインの白のドレスを身にまとったジュディ・オングが登場しました ペギー葉山がミュージカルか何かでいっしょに働いたとき,当時「南国土佐を後にして」が大ヒットしているときで,岩城から,芝居の筋にまったく関係ないのに”南国土佐を後にして”を歌っちゃえば・・・とそそのかされて,本当に歌って場を唖然とさせたというエピソードを披瀝しました ペギーは懐かしい「学生時代」を歌いました
次いで,ジュディ・オングが,例の白鳥のような純白の衣装をヒラヒラさせながら「魅せられて」を歌い上げました 岩城はジュディ・オングの大ファンだったとのことですが,池辺によると岩城は曲の題名を「見させられて」と勘違いして覚えていたと暴露しました
次に渡辺俊幸作曲「NHK大河ドラマ”利家とまつ”より”颯流”を作曲者自身が指揮をして演奏しましたNHK大河ドラマはN響が演奏するのが通例だったのに,岩城が「OEKに演奏させろ」とねじ込んで,結局N響とOEKの合同で演奏することになったようです.どうも岩城という人は強引極まりない人のようです
ここで第2部が終了.所要時間は50分でした.ここでまた15分の休憩です.コンビニで買ったおにぎりとウーロン茶の夕食をとって,第3部に備えました
第3部は「ベートーヴェン振るマラソン」です.まず最初は西村朗の「ベートーヴェンの8つの交響曲による小交響曲」です これは約15分程度の曲ですが,3楽章から成り,現代音楽風なメロディーの中に,ベートーヴェンの第1~第8の交響曲すべてのメロディーが潜り込んでいます.「聴きながら自己採点してみてください」との”挑発”がありましたが,私はすべて判りました
作曲家の三枝成彰によると,そもそも年末のベートーヴェン交響曲全曲演奏会は,最初3人の指揮者が3つのオーケストラを分担して振っていたのを,岩城が「自分の振る順番が回ってくるのを待つのがつらい」と言いだし,「オーケストラを一つにして,おれ一人に振らせろ」という話になって始めたとのことです.やっぱり強引ですね
この日のプログラムを締めくくる曲としてベートーヴェン「交響曲第9番ニ短調”合唱付き”」の”第4楽章”が演奏されました ソロは,森麻季(ソプラノ),鳥木弥生(メゾソプラノ),吉田浩之(テノール),木村俊光(バリトン),合唱は東京混声合唱団という豪華メンバーです 指揮は井上道義です 小編成ながら迫力のある素晴らしい演奏でした
終演後,檀が井上に「一夜でベートーヴェンを振ることについてどう思いますか?」と尋ねると,井上は「あり得ないですよ 岩城さんは好きなんだけど,まったく理解できない(笑)」と答えていました 檀が池辺に「井上さんのことをどう思いますか?」と尋ねると,池辺は「好きなんだけど,まったく理解できないです」と答えて会場の笑いを誘っていました
と言う訳で,バラエティーに富んだ贅沢なコンサートで,十分楽しむことができました