明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1413)広島の原爆死の真実を捉え返すー1 あの日たくさんの人が圧焼死していった(NHK「原爆死 ヒロシマ 72年目の真実」より)

2017年08月17日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1300~1500)
守田です(20170817 23:30)
 
ドイツから戻ってから「明日に向けて」の更新を少々長く怠ってしまいました。申し訳ありません。
この間、8月4日に「元気いっぱい琵琶湖キャンプ」で子ども達に放射能からの身の守り方についてお話しし、5日に京都市のすみれやさんでドイツ訪問報告会を行いました。また昨日16日に「夏休みショートステイin信楽」でお話しし、明日18日にびわこ123キャンプでやはり子ども達に放射能からの身の守り方のお話をします。
このほか8月2日と14日に旧日本軍軍隊「慰安婦」問題での街頭行動にも参加するなどそこそこ活動を重ねて来ています。
ドイツ報告会は23日午後3時からキッチンハリーナでも行ないます。ぜひご参加ください。案内を貼付けておきます。
 
守田敏也さんとドイツ訪問をシェアする会
 
さてこの間、広島・長崎原爆の日、「終戦記念日」などが過ぎて行きました。一方でトランプ政権と朝鮮民主主義人民共和国の金政権が、あやうい緊張関係を作り出してもいます。論じなければならないことがたくさんあり、どれをどう論じるか考えているうちにどんどん時間が経ってしまった感があります。ドイツ訪問の疲れも手伝って、たくさんのことを論じたいのにかえって記事を書けない日が続いてしまい、みなさんに申し訳なく思っています。
 
何を優先するのか考える中で、まずはこれを先にしようと思ったのは、8月6日、広島原爆投下から72年目の日に、NHKドキュメントで放送された広島原爆に関する報道に関してでした。タイトルは「原爆死 ヒロシマ 72年目の真実」です。見応えのある番組でした。
番組は広島市がこれまで収集してきた55万7000人もの被爆者のビッグデータを解析し、原爆投下前の朝から被爆後の人々の動きを克明に追ってコンピュータに入力し、コンピューターグラフィックで可視化することを軸に構成されています。このことから、これまで分からない面が多かった原爆死の実体の解明を大きく進めることに成功したのです。
 
原爆投下後、72年も経ってやっとこのような事実が明らかにされたことに忸怩たる思いもありますが、しかしこのNHKの調査には拍手を送りたいと思いますし、ぜひ多くの方に共有化していただきたいと思います。それで時間がかかりましたが、番組全体を文字起こしすることにしました。
まだ動画もYouTubeなどにあがっているので、可能な方はぜひ観ていただきたいのですが、お時間のない方は文字起こしをお読みください。
また番組を観られた方も、内容を振り返るために、文字起こしを利用していただければと思います。
 
なお僕自身の感想は番組全体の紹介の後に書きますが、あらかじめ要点だけを述べておくと、この番組で明らかにされたのは、ものすごい新事実というよりも、今年3月に亡くなられた肥田舜太郎さんや、原爆症認定訴訟への証人としての参加を契機に原爆の問題に関わられた矢ケ崎克馬さんなどが、繰り返し述べて来られた「隠された被曝」の実体そのものだと思いました。これらがビッグデータの解析によって克明に裏付けられたと言って良いと思います。
そうであるがゆえに「72年目になってようやくか」という思いもするのですが、しかしこれだけのデータでヒバクの実相の解明が進んだことの意義はとても大きいです。日本政府はただちにこのデータ解析の内容を被爆者援護行政に反映させ、あやまった被ばく評価(極端な過小評価)をあらためるべきです。こうした点が基軸であることを踏まえてぜひ全体をお読みいただきたいと思います。
 
なお50分の番組を文字起こししたので量が多いので、文字起こしを3回に分けて掲載し、その後に僕の感想を記します。
 
*****
 

原爆死 ヒロシマ 72年目の真実 (2017年8月6日 放送) −1

 
ナレーション
通勤通学の人々が行き交う朝8時の広島市。
72年前、8月6日の朝もここには同じ光景が広がっていました。
これは1945年の広島の航空写真。
無数の青い光は原子爆弾が投下されるまでの人々の動きです。
55万7,000人の被爆者のデータをもとに初めて可視化。
広島市の外から8万人が市内に向かっていた事が分かりました。
国のために動員された学生や女性たち。
多くの人がいつもと同じ朝を迎えていました。
そして8時15分…。
この人々の頭上に原爆は投下されたのです。

人々の動きを遡って見てみると、一人一人の命の軌跡が浮かび上がってきます。
郊外にあるこの5つの点。
一つ屋根の下に暮らす家族でした。
夫婦は幼い子ども2人を老いた母に預け出勤。
45歳の夫は北部にある工場で被爆しましたが助かります。
36歳の妻は勤労動員で市の中心部へ。
そこはまさに爆心地でした。

当時2歳で母親を失った柳原有宏さん(74)です。
 
〜映像、額に入った30代の女性の写真〜
取材者 「お母様?」
柳原  「ええ」

まだ物心が付く前でした。
母の満子さん(享年36)
この写真だけが面影を知る手がかりです。

柳原
「これが母親だと言われてきたんですからね。ああ、美しい、きれいな方だなと思いながらですね。
会いたかったですね」

アメリカが広島に投下した原子爆弾。
その年だけで14万人の命を奪ったとされていますが、いつどこで、どのように命が奪われていったのか、詳細はいまだに分かっていません。
今回私たちは広島市が集めた55万人以上の被爆者の記録を初めて入手。
そのビッグデータを解析して、原爆による死、原爆死の全貌に迫ることにしました。
するとこれまで分からなかった死の実態が次々と浮かび上がってきたのです。

投下された日の死者は53,644人。
それぞれの被爆した場所が詳細に判明しました。
また死のドーナツ地帯とも呼べる特定の地域で被爆した人々が、翌日以降次々と亡くなっていました。
更に原爆の放射線がほとんど届かなかったとされる2.5kmより外の地域でも、謎の死が相次いでいた事も分かってきました。
 
放射線の専門家
「確かに驚きますね。まだ我々が知り得ないところで、何らかの関係があったのかなというふうに思います」

ビッグデータを手がかりに追った、死に至るまでの被爆者一人一人の姿。
人々の頭上に投下された核兵器は何をもたらしたのか。
72年目の真実です。
 
タイトル
 
広島市原爆被害対策部
その一角に被爆者の調査を続けてきた部署があります。
ここにいまだ公開された事のない記録が残されていました。
原爆投下の直後から作成されてきた資料です。
死亡した際の診断書。診察に当たった病院のカルテ。
市が集めた資料はこれまでに150点を超えます。
これらをもとに市はデータベースを作成。
原爆被爆者動態調査と呼んでいます。
その数55万人分に上ります。
これまで一人一人がどのように亡くなったのか詳しく解析されていませんでした。

2歳の時に原爆で母親を失った柳原有宏さんです。
この辺り(原爆慰霊碑付近)で亡くなったとされる母。
遺骨さえ見つかっていません。
最期を知りたいと思い続けてきました。
 
柳原
「やっぱり苦しいですね。
爆風に飛ばされて亡くなったもんやら、熱線で亡くなったもんやらですね。全然分からないですからね。
まあ、母のことを言えば、ついつい涙が出ますけど、それがずっと心の中にあるんだと思うんです」

一人一人がどのように命を奪われていったのか。
私たちは今回初めて動態調査のデータを個人が特定できない形で入手しました。
被爆した場所や死亡した場所。
そしてその日時。
死因や家族構成などのデータです。

更にここに別のデータを重ね解析しました。
火災の発生時刻や気象データ。
被爆者が描いた絵やNHKの取材情報などです。
これらを広島市の航空写真に落とし込み、解析することで、原爆死の全貌に迫ることにしました。

原爆が投下された8月6日、広島はいつもと変わらない朝を迎えていました。
この青い光は一人一人の自宅と被爆した場所を、結び移動を可視化したものです。
多くの人が市の中心部に向かっています。
原爆はこの人々の頭上で炸裂しました。

私たちは被爆した場所ごとにこの日の死者を数え上げていきました。
その数、53,644人。爆心地から3km以上離れた場所でも死者が出ていました。
8月6日の死者の数が被爆した場所ごとに可視化されたのはこれが初めてです。
いたる所で人々の命を奪っていた原爆。
動態調査のもとになった資料から人々がどのように亡くなったのかが分かってきました。
検視調書。
警察官が医師と共に遺体の確認を行った記録です。
焼死ややけど。
そこには一人一人の死因が詳細に記録されていました。

検視の拠点となったのは爆心地から1.2km離れた東警察署。
現在は銀行になっています。
当時の東警察署が写った航空写真です。
青で示したのは人々が亡くなった場所。
データは広島の街の1/3ほどに限られていました。
しかしここを詳しく見ることで、市全体の傾向をつかめるのではないかと考えました。
死因を詳しく見ていくと最も多かったのが黄色で示した焼死。
1,406人に上りました。
赤で示したのは聞き慣れない死因でした。
圧焼死です。
それはどのような死だったのか。
圧焼死が集中している地域を見てみると20人が同じ地点で亡くなっている場所がありました。
そこは女学校でした。
 
広島女学院。当時の校舎は原爆で焼失しましたが戦後同じ場所に再建されました。
8月6日の朝もここに144人が登校し礼拝が行われていました。
この日は久しぶりに学徒動員を解かれた女子学生たちが学校に集まっていました。
その一人が見つかりました。

「私はこの辺りにいたんです。」
当時17歳だった鎌塚寿恵子さん(89)です。
音楽を通じて仲よくなった親友と一緒に講堂にいたといいます。
それが成井明子さんでした。
 
鎌塚
「あの方、きれいなソプラノですからね。わたくしは低い方だから。
いつも2人で高音と低音で二重唱をやっていました。
それだけはやっぱり懐かしい思い出なんですけれども‥」

礼拝を終えた直後の8時15分。
原爆が炸裂。
鎌塚さんたちを秒速100mを超える猛烈な爆風が襲いました。

「光ったとたんにドカンですから。あっと思ったらもうつぶされたんです」
講堂は倒壊。
鎌塚さんと成井さんたち生徒は生き埋めになりました。
鎌塚さんはなんとかがれきの隙間を見つけ、脱出しましたが成井さんの姿はありませんでした。
 
「あの方の声だけ聞いて姿が見えないんですよ。
成井さんの声だってことがわたくしがすぐ分かってかけよったんですけれども
がんばって、がんばって、なんとかするからって‥」

その時、学校周辺はどのような状況だったのか。
ここに火災発生時刻のデータを重ねてみます。
学校のそばではまだ火災は発生していませんでした。
鎌塚さんは成井さんを助けたい一心でがれきを必死に動かそうとしていました。
1時間半を過ぎた頃燃え広がった火がついに女学院に迫ってきました。
友人たちはまだがれきの下でしたが、教師から逃げるように命じられ、泣きながらその場を後にしたといいます。
 
「一生懸命、こうやってたんです。どうにかならんかと思って。
「それがどうしても助けることができなかったのは私の一番の苦しいというか思い出したらたまりません。
何年もたっても忘れることはできないんです」
広島には被爆者によって原爆投下後の様子が描かれたおよそ4,000枚の絵が残されています。
8月6日の様子を描いた絵の場所を特定しました。
そして赤い圧焼死による死者が集中した地域に絵を重ね合わせます。
そこで描かれていたのは倒壊した建物に火災が迫る様子でした。
がれきに挟まれた母と子が助けを求めています。
圧焼死とは生きながら焼かれ、亡くなった人の姿だったのです。
 
鎌塚さんはその後、成井さんがどのように亡くなったのか分からないままでした。
私たちは8月6日女学院で20人が圧焼死していたことを伝えました。
 
「むごいです。亡くなり方があまりにもむごたらしい。
わたくしも相当苦しかったけれど、この亡くなられた方は 火が来たんだもん。気の毒ですよね。ほんとに。
辛かったと思います。苦しかった。どんなに苦しかったろうねえ。
‥長い沈黙‥
会いたいです。わたし、成井さんに。もう一度会いたかったです」
 
8月6日、いつもと変わらぬ朝を迎え命を奪われていった53,644人。
その一人一人の軌跡は苦しみ抜いて亡くなった人々の姿だったのです。
 
続く
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Unknown (梅谷)
2017-09-08 14:16:41
本記事(1413)に誤記入と思われる部分がありましたので、コメントを投稿させていただきました。
・「ビックデータ」
 →「ビッグデータ」
・「とあらためる」
 →「をあらためる」
・「場所を、結び」
 →「場所を結び、」


「明日に向けて(1415)広島の被曝死の真実を捉え返す−3 2.5キロ圏外でも多数の内部被曝死が起こっていた!(NHK「原爆死 ヒロシマ 72年目の真実」より)」にも、
・「ビックデータ」が2箇所
 →「ビッグデータ」
・「地表に起きる現象」
 →「地表に落ちる現象」

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「体に取り込んだことだということがあれば、」
 →「体に取り込んだということがあれば、」


「明日に向けて(1416)「黒い雨」による被曝データが隠されていた―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その1」にも、
・「地チリ」
 →「チリ」
・「あったのかのを」
 →「あったのかを」
・「数重もの」
 →「数十もの」
・「高いとことでも」
 →「高いところでも」
・「激しく振りました」
 →「激しく降りました」

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「採録にあたって」
 →「再録にあたって」
・「そのとき渡されたのは調査につかったからの質問表でした。」
 →「そのとき渡されたのは調査につかった空(から)の質問表でした。」
・「1ヶ月あまりの後の測定」
 →「1ヶ月あまり後の測定」
・「疑念が沸いて」
 →「疑念が湧いて」


「明日に向けて(1417)アメリカが核戦略維持のために真実を葬った―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その2」にも、
・「こんな一説が」
 →「こんな一節が」


「明日に向けて(1418)隠されてきた内部被曝の実態を明らかにするために被爆者が奮闘してきた―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その3」にも、
・「しか大瀧教授」
 →「しかし大瀧教授」


「明日に向けて(1419)NHKドキュメント『原爆死 ヒロシマ 72年目の真実』が突き出したものー原爆の非人道性が再度、明確にされた!」にも、
・「述べたいた」
 →「述べていた」

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「熱破裂させていたことが突き出されました。」
 →「熱破裂させていたことが指摘されました。」「熱破裂させていたことが告発されました。」「熱破裂させていたことが我々に突き付

けられました。」
・「彼女の姿を見ながら再び三度、思いました。」
 →「彼女の姿を見ながら、再度思いました。」
・「番組後半で突き出された」


「明日に向けて(1420)台湾のアマたちとともにーアマミュージアムと花蓮を訪ねて」にも、
・「臓物」
 →「収蔵物」「収蔵品」「収蔵資料」

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「陳蓮花(チェンレンファ)も」
 →「陳蓮花(チェンレンファ)さんも」「陳蓮花(チェンレンファ)アマも」
・「まだまだお二人の元気で私たちを迎えてくれた」
 →「まだまだ元気で私たちを迎えてくれた」


「明日に向けて(1421)蓮花アマと満妹アマのお墓を訪ねて」にも、
・「今ははいっぱいで」
 →「今はいっぱいで」
・「おかげてと言ってよいやら」
 →「おかげと言ってよいやら」「おかげでと言ってよいやら」
・「富に」
 →「頓に」「とみに」

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「カムアウトしてくれてのだよね。」
 →「カムアウトしてくれたのだよね。」
・「姿を思い出されて、」
 →「姿が思い出されて、」


「明日に向けて(1422)原発からの命の守り方と、戦争からの命の守り方についてお話します!」に
ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「しかもどこの年間降水量の半分近くが」
 →「しかもどこも年間降水量の半分近くが」「しかもそこの年間降水量の半分近くが」
・「北海道を超えて」
 →「北海道を越えて」


「明日に向けて(1423)核実験―緊張を深める朝鮮半島情勢の背後にある隠された事実をつかもう」にも、
・「Naition」
 →「Nation」

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「ステレス」
 →「ステルス」
ほぼ全箇所、訂正しました (守田敏也)
2017-09-08 15:39:57
梅谷さま

今回もたくさんのご指摘をくださり、大変ありがとうございました。ほぼ全箇所、訂正させていただきましたが、一か所だけ当該箇所が分かりませんでした。(1413)の「場所を、結び」→「場所を結び、」という箇所です。

それでまったく不躾なのですが、ご指摘をいただくときにもう少し前後の文章を長めにお書きねがえないでしょうか。その方がみつけやすいと思いますので。

なお今回はいくつか訂正案をいただいたところもありましたのでそのご報告も貼り付けます。単純に訂正だけしたところは「訂正」と記し、選択肢の中から選んだところはそれを示すなどしています。

ともあれ本当にどうもありがとうございました。

守田

*****

本記事(1413)に誤記入と思われる部分がありましたので、コメントを投稿させていただきました。
・「ビックデータ」
 →「ビッグデータ」訂正
・「とあらためる」
 →「をあらためる」訂正
・「場所を、結び」
 →「場所を結び、」×場所がわからず


「明日に向けて(1415)広島の被曝死の真実を捉え返す-3 2.5キロ圏外でも多数の内部被曝死が起こっていた!(NHK「原爆死 ヒロシマ 72年目の真実」より)」にも、
・「ビックデータ」が2箇所
 →「ビッグデータ」訂正
・「地表に起きる現象」
 →「地表に落ちる現象」訂正

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「体に取り込んだことだということがあれば、」
 →「体に取り込んだということがあれば、」訂正


「明日に向けて(1416)「黒い雨」による被曝データが隠されていた―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その1」にも、
・「地チリ」
 →「チリ」訂正
・「あったのかのを」
 →「あったのかを」訂正
・「数重もの」
 →「数十もの」訂正
・「高いとことでも」
 →「高いところでも」訂正
・「激しく振りました」
 →「激しく降りました」訂正

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「採録にあたって」
 →「再録にあたって」訂正
・「そのとき渡されたのは調査につかったからの質問表でした。」
 →「そのとき渡されたのは調査につかった空(から)の質問表でした。」 「からの」を削除
・「1ヶ月あまりの後の測定」
 →「1ヶ月あまり後の測定」訂正
・「疑念が沸いて」
 →「疑念が湧いて」訂正


「明日に向けて(1417)アメリカが核戦略維持のために真実を葬った―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その2」にも、
・「こんな一説が」
 →「こんな一節が」訂正


「明日に向けて(1418)隠されてきた内部被曝の実態を明らかにするために被爆者が奮闘してきた―「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャルより)その3」にも、
・「しか大瀧教授」
 →「しかし大瀧教授」訂正


「明日に向けて(1419)NHKドキュメント『原爆死 ヒロシマ 72年目の真実』が突き出したものー原爆の非人道性が再度、明確にされた!」にも、
・「述べたいた」
 →「述べていた」訂正

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「熱破裂させていたことが突き出されました。」
 →「熱破裂させていたことが指摘されました。」「熱破裂させていたことが告発されました。」「熱破裂させていたことが我々に突き付けられました。」告発に訂正
・「彼女の姿を見ながら再び三度、思いました。」
 →「彼女の姿を見ながら、再度思いました。」訂正
・「番組後半で突き出された」→「明らかにされた」に訂正



「明日に向けて(1420)台湾のアマたちとともにーアマミュージアムと花蓮を訪ねて」にも、
・「臓物」
 →「収蔵物」「収蔵品」「収蔵資料」

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「陳蓮花(チェンレンファ)も」
 →「陳蓮花(チェンレンファ)さんも」「陳蓮花(チェンレンファ)アマも」「アマ」を書き加え
・「まだまだお二人の元気で私たちを迎えてくれた」
 →「まだまだ元気で私たちを迎えてくれた」訂正


「明日に向けて(1421)蓮花アマと満妹アマのお墓を訪ねて」にも、
・「今ははいっぱいで」
 →「今はいっぱいで」訂正
・「おかげてと言ってよいやら」
 →「おかげと言ってよいやら」「おかげでと言ってよいやら」「おかげで」に訂正
・「富に」
 →「頓に」「とみに」「とみに」に訂正

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「カムアウトしてくれてのだよね。」
 →「カムアウトしてくれたのだよね。」訂正
・「姿を思い出されて、」
 →「姿が思い出されて、」訂正


「明日に向けて(1422)原発からの命の守り方と、戦争からの命の守り方についてお話します!」に
ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「しかもどこの年間降水量の半分近くが」
 →「しかもどこも年間降水量の半分近くが」「しかもそこの年間降水量の半分近くが」訂正
・「北海道を超えて」
 →「北海道を越えて」訂正


「明日に向けて(1423)核実験―緊張を深める朝鮮半島情勢の背後にある隠された事実をつかもう」にも、
・「Naition」
 →「Nation」訂正

また、ややわかりにくい部分がありましたので、次のように変更されてはどうでしょうか?
・「ステレス」
 →「ステルス」訂正
Unknown (梅谷)
2017-09-12 10:27:51
おはようございます。
訂正ありがとうございます。
ご指摘の箇所は、
・「一人一人の自宅と被爆した場所を、結び移動を可視化した」
 →「一人一人の自宅と被爆した場所を結び、移動を可視化した」
です。


最新記事(1424)の誤記入と思われる部分を報告致します。
・「在日米軍の存在意義が著し低く」
 →「在日米軍の存在意義が著しく低く」
・「これにによると朝鮮のGNIは」
 →「これによると朝鮮のGNIは」

また、ややわかりにくいと思いました部分として、
・「朝鮮戦争を最後的に終結させ」
・「火種を最後的に消してしまえばよい」
・「最大数の殺戮を犯してきた」
 →「最多の殺戮を犯してきた」「最悪規模の犠牲者数となる殺戮を犯してきた」
・「2014年10月から12月のGDIは約527兆円」
 →「2014年10月から12月のGDIを4倍すると約527兆円」「内閣府によると、2014年度の名目GNIは510兆円で、同年度の実質GNIは524兆円」

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