明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1997)ビキニ核実験による民衆の覚醒まで被爆者には光が当たらなかった。国は救済の義務をいつも果たしてこなかった-被爆国論の再考5

2021年03月04日 17時00分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210304 17:00)

【ご注目】 3月7日午後2時から舞鶴市でお話しますがzoomからもご参加できます。お申し込みはこのアドレスまで  kssbkeep-shikeep@yahoo.co.jp 詳しくは「明日に向けて(1995)」をご参照ください

政府は被爆者をまったく救おうとしなかった

前回、ビキニ環礁における水爆実験と第五福竜丸などの被爆を契機に、日本の中で女性たちを中心とした大きな運動が巻き起こり、1955年の第一回原水爆禁止国際大会が開かれたことなどを紹介しました。
誇るべき歴史ですが、しかし僕は強い胸の痛みも感じました。1954年を境にした運動の高揚は、それまで広島・長崎の惨劇、被爆影響のもとでの苦しみが国内にほとんど知られず、被爆者に光が当たっていなかったことをも突き出しているからです。
強い憤りとあまりの悲しさを感じます。あれほどの惨劇にあわされ、その後も悲劇の連鎖が続いてた人々が、9年間も放置されていたのです。その間にどれだけの方が悶絶死していったことでしょう。


NHK「その時歴史は動いた」から 右は長崎で被爆し東京に移り住んだ田中熙巳(てるみ)さん

このひどい仕打ちが続いた理由は、1952年まで日本占領を続けた核攻撃の加害者であるアメリカーGHQが、原爆に関する一切の報道を、「占領目的阻害行為処罰令」という法律の下に禁止したためでした。
同時に戦後に全面的にアメリカに追従し、様々なアメリカの戦争政策に協力することの中で自己保身を図った日本の支配層もまた、何らの救済も試みませんでした。被爆者は長く見捨てられ続けていたのです。
それだけではありません。前回、ご紹介したNHKの番組では、原水爆禁止署名運動の盛り上がりに対して、「日米両政府が沈静化を画策した」ことが指摘されています。

具体的には1955年1月4日に第五福竜丸の被爆に対する補償問題での日米両政府の合意がなされたことでした。法的責任を問わない見舞金として200万ドル(約7億円)をアメリカが支払い、日本が一切の請求権を放棄するというものでした。
実はアメリカ政府にとってこんなに都合の良い条件が出されたのは、日本が水面下で戦犯に対する免責を要求したからでした。詳しくは高橋博子さんの報告をお読み下さい。 http://hikaku-kyoto.la.coocan.jp/takahasi0915.pdf
日本政府は、ようやく始まった原水爆に対する民衆の怒りをすら、自分たちの免責のために利用したのでした。


国と民衆を分けて考えなければ真実が見えない

ただただ深い憤りと悲しみを感じますが、この史実を前にしたとき、よりいっそう「被爆国」という限界の多い言い方をいまこそ越えていこうと提案したいです。
戦中の日本政府は、無謀な戦争に国民・住民を弾きこんだ挙句、アメリカ軍から空襲などの大量虐殺攻撃を受けたのにいたずらに戦争を長引かせ、沖縄上陸や原爆攻撃など、さらなる惨劇に民衆をさらし続けました。その責任を問わねば。
さらに戦後の日本政府もまた、自らの責任のもとに被爆し、大変な苦しみを背負った被爆者をなんら助けようとせずにきました。そこにもとても重い責任があります。

ところが「被爆国」などというと、あたかも被爆者が十分な援助や補償・保障・保証が受けられているかのような誤解を招いてしまいます。
事実僕は幼少期の頃から、この国の中で被爆者がとても大切にされ、充分な手当てなどを受けているのだとばかり思って来ました。そういう誤解は多いのではないでしょうか?事実は逆です。政府は被爆者を打ち捨ててきたのです。
状況を少しずつ変えてきたのは、被爆者自らとこれに共感した民衆の努力によってでした。かくして1957年、戦後12年経ってようやく「原爆医療法」ができ、被爆者手帳が作られるようになりましたが、それとて余りに不十分なものでしかなかった。

そもそも未だに日本政府は被爆者に対しての謝罪と補償を行っていません。いや都市空襲にしてもそうです。沖縄戦にしてもそうです。それどころか政府はいまだに米軍に基地の提供を続けている。沖縄をはじめ多くの人に大きな負担を強いてです。
それほどにひどい政府がアメリカを後ろ盾にしてまだ存在していることを明らかにするためにも、「被爆国」という正しくない言い方を越えていきましょう。
繰り返し言います。日本政府はあの戦争の被害者ではなくて加害者なのです。さらに戦後も加害者アメリカと共に、被爆者を苦しめ続けてきたのが日本政府なのです。

その日本政府に真っ当な怒りをもって向き合わなくてはいけない。
民衆への加害責任に対する謝罪と補償を求めましょう。その中で核兵器禁止条約に参加すべき義務をつきつけましょう!


高橋さんの論稿から 全文はPDFでご覧下さい。

続く

#被爆国 #占領目的違反 #戦犯免責 #原爆医療法 #核兵器禁止条約

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明日に向けて(1996)ビキニデーに思う 核実験被害にまったをかけたのは女性たちだった -被爆国論の再考4

2021年03月03日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210303 23:30)

【ご注目】 3月7日午後2時から舞鶴市でお話しますがzoomからもご参加できます。お申し込みはこのアドレスまで  kssbkeep-shikeep@yahoo.co.jp 詳しくは「明日に向けて(1995)」をご参照ください。


ビキニデーとは・・・・原水爆に対して女性たちが起ちあがり、世界に波及していった

一昨日3月1日はビキニデ―でした。1954年3月1日、アメリカがマーシャル諸島のビキニ環礁で水爆実験(ブラボー)を行ったことにちなむ日です。
ブラボー水爆は広島原爆の1000倍の破壊力を持っていました。莫大な量の放射線物質も飛散させ、マーシャル諸島の多くの人々や日本のマグロ漁漁船、第五福竜丸などを被爆させ、同船の乗組員23人全員が急性放射能症にかかりました。
この事件をきっかけに日本の中で原水爆に反対する大きな運動が巻き起こりました。とくに東京都杉並区の鮮魚商菅原トミ子さんなどの呼びかけて始まった女性たちによる原水爆禁止を求める署名が、瞬く間に広がっていきました。

この過程のことを描いたNHKの番組を見つけたのでご紹介します。貴重な映像が使われています。ぜひご覧下さい。
「その時、歴史が動いた 3000万の署名 大国を揺るがす」 (世界の原水爆禁止運動のきっかけ-母親たちの反核運動のタイトルでYouTubeにアップされています)
https://www.youtube.com/watch?v=zZkNX9GvXao

動きだしたのは子育て世代を中心とする女性たちでした。食卓に魚を乗せられない。そればかりか日本に降る雨からも放射性物質が検出され、パニックすら起こる中、女性たちが新聞への投稿を始め、声をかけあい、起ちあがっていきました。
とくに杉並で始まった署名は世界にも波及し、やがて1955年8月6日の第一回原水爆禁止国際大会の実現に結びつきました。この場で署名が国内で3000万人を超え、世界で6億人を超えたことが報告されました。
番組では紹介されませんでしたが、女性たちの起ちあがりは、平塚らいちょうさんなどを中心とした母親運動をも作りだし、1955年6月に全国母親大会、7月スイス・ローザンヌでの世界母親大会も開かれました。


女性たちの奮闘で核実験がとまった!

この運動は核保有国に大きなプレッシャーを与え、やがて1963年にアメリカ・旧ソ連・イギリスによる「大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約」の締結を生み出すことに結果しました。
世界中の女性たちの運動が、大気中核実験を禁止に追い込んだのでした。それが日本の女性たちの動きを発火点としていたことをしっかりと記憶にとどめたいです。
ビキニデーはこのようにして世界に波及した原水爆禁止運動を記憶にとどめ、継承していくべく日として、毎年、さまざまな企画が行われています。

これらを考えるときに、あらためて女性たちへの感謝の念を強く感じます。1959年に僕を産んでくれた母もその一人でした。母は積極的に運動を担ったわけではありませんが、僕が幼少のころ、雨に当たってはいけないと度々さとしてくれました。
母が第一子である兄を出産したのは1952年6月のこと。第五福竜丸が話題になったとき、彼女は1歳9か月の幼児を抱えていました。その後、僕が生まれるまでに母は妊娠中絶を経験しました。兄と僕の間に生まれなかった子がいたのでした。
その間、米ソは核実験を続け、放射性物質をばら撒き続けていました。母の妊娠中絶との関係は分かりませんが、それでも母が再度妊娠し、ようやく出産に漕ぎ着けた息子の僕を、放射能から守ろうとさまざまに心を砕いただろうことは想像できます。


昨年他界した兄、和也と。兄と僕の間に一人の生まれなかった兄弟姉妹がいた・・・

もちろん僕の母だけではありません。僕と同年代のほとんどの方が、母親から「雨にあたってはいけない」と言われた経験をお持ちです。母の世代の女性たちが、私たちの世代を守るために奮闘してくれたのです。
その意味でビキニデーは、命を守ろうとしてくれた多くの女性たち、それを支えた諸先輩方への感謝をささげる日でもあると思います。
大事なことは日本政府は加害者アメリカにひれ伏して、そんなことは一言も発しなかったということ。女性たち、庶民の声が核の被害を部分的に押しとどめたのです。だから国と民衆を分けて考えなくてはいけない。被爆国論の見直しを訴る由縁です。

続く

#ビキニデ― #ビキニ環礁 #核実験 #第五福竜丸 #原水爆禁止運動 #原水爆禁止署名 #菅原トミ子

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明日に向けて(1995)東日本大震災・福島原発事故から10年-さよなら原発舞鶴集会(3月7日)でお話します。zoom併設!ぜひ全国からご参加下さい!

2021年02月28日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210228 23:30)

「さよなら原発・舞鶴集会」に全国からご参加を

昨日27日に城陽市で「原発ゼロ。核兵器のない社会の実現を」のタイトルでお話しました。
10年前のあの原発事故とはどのようなものだったのか。この10年間で実現できたものは何か、不十分なものは何か。これからの10年、その先をいかに歩むのかについてお伝えできました。
これを踏まえて続いて3月7日(日)に舞鶴市でお話します。今回はzoom併設なので全国から参加可能。みなさん。ぜひ舞鶴の集会に全国、全世界からご参加ください。

集会は午後2時より舞鶴市西公民館4階ホールで行われます。僕の講演タイトルは「原発ゼロの日本をめざして、今できること」。50分お話し10分間質問にお応えします。
主催は「原発ゼロ・舞鶴の会」 連絡先 舞鶴地方労働組合協議会内(電話76-8304)

新型コロナ感染症対策として、会場参加者を50名に限定するとともに、ZOOMによるオンライン開催を併設!zoomのお申し込みは kssbkeep-shikeep@yahoo.co.jp にメールするか、チラシにあるQRコードから。
集会後は明倫緑地集合でスタンディングアピールが行われるとのこと。僕もこれにも参加します。(午後3時35分~4時まで)



福井原発銀座について、電源を原発に依存することについて

お話する内容のアウトラインを示しておきます。
今回は舞鶴の方だけでなく、全国のどこからでも参加可能になりましたので、まず舞鶴に隣接する福井原発銀座がどんなところなのか。舞鶴市と原発の位置関係はどうなっているのかについてお話します。
全国のみなさんに舞鶴について、福井の原発銀座についてぜひ知っていただきたいです。世界の中でも他にないような原発密集地帯で世界が抱えている巨大な危機です。舞鶴市に一番近い高浜原発についての特有の問題もお話します。

続いて幾つか課題をいただいていますので、それにお答えします。
「本当に、原発に電源を依存する必要があるのか」「再生エネルギーの可能性」「老朽原発は安全なのか」「事故時に避難はできるのか」「福島原電の原発立地地は今どうなっていいるのか」の五つです。

原発に電源を依存する必要などもちろんないし、それどころかしてはなりません!一番大きい問題は、使用済み核燃料の処理に何万年も要してしまうこと。そんなの未来世代に対するものすごい暴力です。
二つ目に原発は発電設備として性能も効率もとても悪く、出力調整が苦手で、しかも排熱処理で海をせっせと温めながら夜間に大量に電気を作ってしまっています。それが消費させるための深夜労働を作りだしているのす。
さらに三つ目にそもそもエネルギーの必要性を語るときに、それが誰にとっての必要性かを考えなければならないことをお話します。再生エネルギーについてもその観点に立ち戻って考え直す必要があります。


ネットより


老朽原発について、避難について、福島と日本のいまについてお話します

四つ目にお話するのは老朽原発の危険性についてです。どこがどう危ないのか、幾つかのポイントを話すとともに、実はより新しい原発とて負けず劣らず危ないこともお話します。
五つ目に避難について「事故時に避難はできるのか」という問いの立て方をひっくり返して考えることを提案します。事故と避難の関係についてできるだけリアルに語り、いざという時の心得を具体的に提示します。
六つ目に目に福島のいまと日本のいまをお話します。

この六つ目では城陽市でもお話した10年前の事故のこと、その後の10年間に民衆が実現したことと不十分だったこと、これからの10年間の課題についてお話します。
とくに原発ゼロを実現していくために、何をしていけばいいのか、具体的な提案をさせていただくととに、原発ゼロのために、核兵器禁止条約をみんなで育てていくことが不可欠であることもお話しします。

以上、舞鶴の地から、福島原発事故後10年に際してのふさわしいお話を必ずします。
ぜひ舞鶴集会に全国全世界からご参加ください!


老朽原発うごかすな!キャンペーンニュース 第17号 より

#さよなら原発 #舞鶴集会 #福井原発銀座 #原発事故避難 #老朽原発 #再生エネルギー #福島のいま #日本のいま

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明日に向けて(1994)そもそも「国」とは幻想的な共同体だ!支配階級の利害が往々にして「国の利害」と言い換えられている 被爆国論の再考ー3

2021年02月26日 22時00分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210226 22:00)

被爆国論再考の3回目です。起承転結の「転」をなす今回、国の幻想共同性について考察します。

そもそも国とは幻想的な共同体だ

これまで日本のことを「被爆国」というのはおかしいのでは?と論じてきました。とくに大日本帝国政府は被害者とはとても言えません。日本国民と住民がアメリカに虐殺され続けたことへの責任を負っています。
今回はさらにもう一歩、深めましょう。そもそも国とは幻想的な共同体で、全成員の共通利害などほとんどありません。むしろ戦争はいつも支配的階級の人々の利害のために起こされ、被支配階級・下層の民衆が戦場に立たされてきたのです。
その際、支配層は自分たちの利害を「国」のものと大義づける。そして本当はそんな利害など、共にしていない民衆が動員されるのです。

原爆のことから少し離れますが例えば「徴用工」問題もそうです。あれはもともと国家間の問題ではない。あのとき徴用された韓国の方たちは日本臣民とされていて、日本の法律で徴用されたのです。
しかも未払いに責任があるのは、当時商工業大臣として徴用の指揮を執った岸信介氏らでした。賃金を払わなかったのは麻生炭鉱などの財閥でした。なんのことはない。岸-安倍家や麻生家の問題が「国家」の問題にすり替えられている。
そうして日本民衆が「お前たちの権利が侵害されている」と騙されてきたのです。そうではない。むしろ元徴用工への賃金未払いは今の日本社会の非正規雇用にもつながっている。元徴用工と私たちの利害こそが重なっているのです。

こうしたことを見事に描いた小説にレマルク著『西部戦線異状なし』があります。映画化もされていますが、第一次世界大戦において国の命令のもと、戦いたくもない他国民との殺し合いに動員された兵士たちの苦悩が描かれています。少しセリフを拾ってみましょう。
ジャーデン「どうして戦争が起こる?」クロップ「それは、ある国が別の国を攻撃するからさ」ジャーデン「国がどうやって別の国を攻撃するんだ?ドイツの山がフランスの野原に怒るのか?」
クロップ「熱病みたいなものさ。特に誰も戦争なんて望んでないのに、突然起こる。俺たちも望んでない。イギリス人も望んでない。でも、俺たちはここで戦ってる」 (二つは別々のシーンです)


階級的なものの見方が必要だ

ここで問いたいのは私たちには「階級的なものの見方」が必要だと言うことです。幻想的共同性から自由になり、支配階級に騙されないようにしなくてはいけない。
階級的なものの見方とは、資本主義の中で大きく人々が資本家階級、労働者階級、地主階級に分かれていることに基づき、被支配階級の立場から国家を捉え返す見方のこと。
区分けにはボーダレスなところがつきまとうので、現代では1%の国の富を独占するものと99%の私たちと捉えた方が良い。橋本健二氏は『新・日本の階級社会』の中で4.3%の資本家階級が日本を牛耳っていると指摘しています。

ただし支配階級に騙され、ないしは強制されたのだとしても、それで被支配階級が他国に侵略し、他国の人々を殺め傷つけてしまった場合、私たち民衆もまた道義的責任を背負わざるをえません。
その点で私たち日本民衆はアジアの人々へのかつての侵略を、自分事として捉え返していかなければならないし、とくに朝鮮半島についていえば、独立後の南北に分かれた戦争の勃発にもいろいろと責任があることを考えなくてはいけない。
日本の平和運動の諸先輩たちは、この点について前進を重ねてくれました。懸命になって日本の侵略のあやまちを捉え返そうとしてきた流れがあります。なお継続が必要ですが、僕は諸先輩方に感謝を述べたいです。

ただその先をもっと進めなければと思うのです。日本民衆もあまりの苦しみを背負わされたのです。とくに戦争で本当にひどい目にった。兵士となった庶民も虐待されつつ人殺しに駆り出された。多くの兵士がショックで拒食症で死んでいきました。
しかしながら諸先輩たちは、日本の侵略責任の捉え返しに一生懸命でそこまで目がまわらなかった。しかしいま私たちはそこにも大きく目を向ける必要があります。それができてこそ、過去の過ちの捉え返しは私たちの幸せの拡大につながるのです。
ちなみに日本と国交を正常化したときの中国共産党政府はこうした観点に立っていました。「日本民衆もまた日本軍国主義の犠牲者だった」という観点から戦時賠償の権利を返上してくれたのです。

私たちも階級的なものの見方にたって原爆の被災を捉え返さなくてはいけません。日本政府の責任をきちんと追及しなくては。だからこそ「被爆国」などという政府に都合の良い言い方を克服しましょう。
そして日本政府に戦争を起こし、アジアと日本の民衆を苦しみにおいやり、被爆すらさせた責任に基づいて核兵器禁止条約に参加せよと迫らなければ。
国の共同幻想性から自分たちを解き放ち、核なき未来に向けた新たなステージを切り開きましょう。

続く

#被爆国の再考を #幻想的共同体 #階級的なものの見方 #西部戦線異状なし #支配階級に騙されるな

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明日に向けて(1993)コロナ禍の社会をどう生きるのか、アフターコロナで何を目指すのか(藤原辰史さんにお聞きする企画の録画をアップします)

2021年02月25日 23時00分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210225 23:00)

藤原辰史さんをお呼びした企画、大盛況でした。多数のご要望にお応えして録画をアップします!

2月15日にウチら困ってんねん@京都主催で、「コロナ禍の社会をどう生きるか -藤原辰史 さんに聞いてみよう-」という企画を行い、おかげさまで100名を大きく上回る方にご参加いただけました。
ただ申し込みへの返信が迷惑フォルダに入って当日、アクセスできなかったり、急な事情で視聴できなかった方もおられました。部分的にしか見れなかったと言う方も。
それでぜひアーカイブを見たい。録画をアップして欲しいという声が多数寄せられましたので、藤原さんのご快諾を得て、YouTubeの「もりもりチャンネル」からアップさせていただきました。以下からご覧下さい。(なお一部、電波が不安定になり藤原さんのお話がところどころ聴きにくくなってしまっいるところがあります。ごめんなさいです)

コロナ禍の社会をどう生きるか -藤原辰史 さんに聞いてみよう-
https://youtu.be/o9F4HprwTUM

なお多くの方にご覧いただくために無料公開としましたが、投げ銭で活動を支えていただけるとありがたいです。
可能な方、以下の口座にお願いします。

ゆうちょ銀行 448支店 口座番号 14440-50025191 
ウチラコマッテンネンアットマークキョウト


藤原さんのお話から

藤原さんのお話の概要とまとめ部分だけご紹介します。お話は三部で組み立てられていました。

第一部 歴史分析:スパニッシュ・インフルエンザ
第二部 現状分析:新自由主義の限界
第三部 思考実験:ラディカルな食と農の思想を目指して

これらのトータルな結論は以下の通りです。(藤原さんのスライドから)

1、歴史が過去を発見するのではなく、現在が過去を発見する
2、百年前の疫病の知識が、それほど古びない。
3、すでに社会的にあり隠されてきた問題点が顕在化する。
4、構造的暴力と感染症
5、戦争の兵士と産業の「兵士」の類似的構造
6、雇用者と被雇用者の搾取の関係と、人間と自然の搾取の関係。思想問題として本来同根ではないか。
7、労働に関心をもつ人と、エコロジーに関心をもつ人は、結びつきが弱い。蝶番として切実なのは衣食住、特に食べもの(見せかけのエコロジーではない思想を求めて)
8、鶏は摂取したエネルギーを肉に持って行きやすいように品種改良され、ゲージに詰め込まれ、免疫力が落ちているので、その結果インフルエンザにかかりやすくなり、抗生物質が与えられ、抗生物質に耐性をもつもっと強烈なウイルスに突然変異する可能性が出てきている 。鳥インフルの変異にどれほど危機感を抱けているか?

どうでしょうか。なんかワクワクしてきませんか?そう思われた方はぜひご視聴を!
https://youtu.be/o9F4HprwTUM


すでに終わった案内です・・・QRコードは使えないのであしからず・・・。


資本主義と戦争と暴力と

藤原さんのお話を受けて僕も少しコメントさせていだきました。第二部新自由主義の限界に即してですが、藤原さんの話にとても共感して触発されたので、この間、考え続けている資本主義と暴力と戦争の問題について語りました。
まず新自由主義は、「自由」とか言いながらクーデターや労働組合潰しなど、もっぱ国家権力の暴力に依拠して登場してきています。ちっとも「自由主義」ではないし、経済的でもないんです。
さらにそもそも資本主義そのものが極めて暴力的で、大航海時代の暴力的な海の制覇による世界の商業圏への暴力的統合から始まりました。その後も生産力の拡大が兵器の破壊力の拡大に結びき、原爆まで作られました。

しかしこのように資本主義に暴力がビルトインされていることを、マルクス派や左派は十分に捉えられてこなかったのではないか?この点の考察を僕はこの間、ずっと深めているのです。
これらの歴史の捉え返しから、資本主義の害悪そのものとして暴力を捉え、巨大化された暴力を越えることを資本主義の克服そのものとして、きちんと位置付け直すべきではないか?
そんなことのポイントを語りました。この点にワクワクしていただけたならぜひ当該部分もお聴きください。1時間20分ぐらいからです。


資本主義の勃興期は海戦の連続ーアルマダの海戦(1588年) イングランド対スペインの戦い 火力が勝敗のカギを握っていた

ともあれ藤原さんの話、とても良かったです。何はともあれご視聴いただければ幸いです。
今後もこうした会を重ねながら、コロナ禍をいかに生き、アフターコロナをみんなでどんな風にデザインしていくのか、一緒に考えていきたいです。

#コロナ禍の社会をどう生きるか #パンデミックを生きる指針 #藤原辰史 #ウチら困ってんねん京都 #蒔田直子 #守田敏也 #新自由主義 #資本主義と暴力

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明日に向けて(1992)原爆のためにアメリカの人々も殺された!「唯一の被爆国」という言い方はより恥ずかしい 被爆国論の再考―2

2021年02月24日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210224 23:30)

アメリカは無差別攻撃を激化させ原爆攻撃のために多くの人々を被爆させた。アメリカ青年もあたら殺された

ここで戦争犯罪を繰り返したアメリカ政府の責任も指摘しておきましょう。第二次世界大戦中に航空戦力を一気に拡大したアメリカは、原爆の前に新型爆弾を開発しました。先にも述べた焼夷弾(ナパーム弾)でした。
開発したのはフィーザ―という有機化学者とスタンダード石油でした。石油王ジョン・ロックフェラーが立ち上げ、後に独占禁止法によってエッソ、モービル、ゼネラルなどに分社化された全米ダントツの石油会社が製造を担ったのでした。
アメリカ軍はこの焼夷弾(ナパーム弾)をB29にたくさん搭載して日本の主要都市のほとんどを焼き尽くしました。戦争に勝つにはもはやそんなことまで必要なかったのに。スタンダード石油をはじめ兵器産業の大儲けのためでもありました。

B29戦略爆撃機とそこに搭載されたナパームを詰めた焼夷弾 左下はユタ州に作られ燃焼実験が行われた「日本ムラ」 明らかに民間人をターゲットにしていたことが分かる B29 は守田撮影 他はネットより

さらにアメリカは莫大な資金を投入して開発中だった原爆による攻撃をなんとしても行いたかった。そのためにウラン鉱の採掘で各地の先住民族を被爆させ、プルトニウム製造でも周辺地域に手ひどい汚染をもたらしました。
ところがそもそもの開発の動機ともなったナチス・ドイツが1945年6月に壊滅し降伏してしまった。アメリカはそれで攻撃先を日本の都市に定め、7月16日にトリニティサイトで核実験を行って周辺の人々を被爆させました。
ただしアメリカは日本政府も戦争をやめたがっていること、しかし天皇制の存続は望んでいたことをつかんでいました。実はアメリカはそのためにこそポツダム宣言=無条件降伏を突きつけたのでした。もちろんそれでは降伏できないだろうとふんででした。

この宣言が作られた会談がなされたのは7月17日から。アメリカは直前に核実験を成功させていて強気で会議をリードし、7月26日に宣言に漕ぎ着きましたが、実は前日25日に広島への原爆投下命令を極秘に発していました。
案の上日本は宣言を受け入れず8月6日・9日を迎えたわけですが、詩人のアーサー・ビナードさんは、こうした過程でアメリカの青年もあたら殺されたのだと指摘しています。米兵がたくさん戦死した硫黄島や沖縄の戦いも本当は避けられたからです。
このように国民・住民が次々殺されようとも保身のために戦争を長引かせた日本政府と、日本全土を焼き払い、沖縄を蹂躙しつつも原爆攻撃まで日本を降伏させず、アメリカ人にすら犠牲を強いたアメリカ政府の思惑で戦争が続いたのでした。


ポツダム会談に臨んだチャーチル・トルーマン・スタ―リン 1945年7月26日 ネットより
トルーマンはこの前日に広島への原爆攻撃の秘密命令をだしていた


「唯一の被爆国」という言い方はより恥ずかしい

このように見たときに日本の支配地で続いた大量虐殺、被爆、アメリカ兵の戦死、また原爆製造での各地の被爆の責任が米日両政府に大きくあることは明らかです。米日両政府はこれらへの謝罪と共に核兵器禁止条約に参加すべきです。
とくに日本政府は被害者のフリをするのを止めるべきです。アジア侵略と同時に自国民や自国住民、また支配下の住民を戦乱に巻き込んだ加害責任を償いつつ参加せねばなりません。
にもかかわらずきちんとした反省を行っていない日本政府を抱くこの国を「唯一の被爆国」だとか「唯一の戦争被爆国」などと言ってしまってきたことは恥ずかしさの極みではないでしょうか。このことを反省的に捉え返すことが大事だと僕は思います。

広島・長崎の原爆に限っても被爆したのは日本人ばかりではなく、多くの植民地出身者がおられました。とくに広島には韓国の陜川(ハプチョン)出身の方などがたくさんいて、朝鮮人は被爆者の1割以上を占めていたと推定されています。
この方たちは当時は日本臣民とされていたので「外国人」とは言えませんが、その後、新憲法のもとで日本国籍を奪われてしまいました。それでも日本に残った方たちがサンフランシスコ講和条約以降に「在日」と呼ばれるようになったのでした。
「唯一の被爆国」という言い方では、その「在日」の方たちや半島に帰られた方たちが除かれてしまっています。それだけではありません。台湾の方たちや中国、東南アジアから連れてこられた方たちなど、多様な人々が被爆したのです。


推定された朝鮮人の被害  被爆者数と朝鮮人の被害状況 (no-more-hiroshima.com)

さらに戦争終結後は、かつて日本が領有していたがゆえに太平洋戦争の戦場とされた南太平洋の島々で、大規模な核実験が繰り返されました。そこで被爆したのも日本にゆかりが深かったがゆえに巻き込まれた人たちでした。
しかし日本社会は第五福竜丸などマグロ漁船の被爆のことしか焦点化できませんでした。かつて米軍が死闘を通じて日本からもぎとった島々と海域が、核実験場にされ、好き勝手な蛮行に晒されていることへの批判が残念なことに弱かった。
「唯一の被爆国」という言葉からは多様なヒバクシャが排除されてしまいます。「戦時」がついても同じ。戦前戦中からヒバクシャはいたのです。その苦しみ・悲しみを自分事としてシェアして歩みたい。だから「唯一の被爆国」も「被爆国」も止めましょう。


ビキニ環礁で行われた4,5回目の核爆発  写真はクロスロード作戦の中のベイカー実験
1946年7月25日 ちょうど一年前の同じ日に広島への原爆攻撃の極秘命令が出された ネットより

続く

#核兵器禁止条約 #被爆国論の再考を #空襲は戦争犯罪 #被爆したのは日本人だけではない #唯一の被爆国なんて恥ずかしい

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明日に向けて(1991)福島原発事故から10年-原発ゼロ・核兵器のない社会の実現を(2月27日城陽市でお話します)

2021年02月24日 16時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210224 16:30)

あらためて事故を問い直し核なき未来の展望を探る

いよいよ東日本大震災と福島原発事故から10年の日が近づいてきました。
各地でさまざまな企画が計画されています。僕も幾つかの地で講演させていただきます。2月27日(土)には京都府城陽市でお話することになりました。
午後1時半から文化パルク城陽にてです。講演のタイトルは「あらためて事故を問い直し核なき未来の展望を探る」です。

アウトラインはこんな感じ。まずは10年前のあの事故はどのようなものだったのかを捉え返します。
二つ目にあれからの10年の中で何が実現できて何ができていないのかをお話します。
それを踏まえて、これからの10年、さらには核なき未来に向けた展望をお話します。

もう少し詳しく述べてみましょう。やはり一つにはあの事故は「東日本壊滅」寸前の事故であった点を確認したいです。ちなみにこれは当時福島第一原発所長だった故吉田氏が遺された言葉です。
二つに逞しい反原発運動が生み出され原発が次々と廃炉になってきたこと。裁判の流れも変わるなど画期的な成果が生まれ続けていることを確認しましょう。しかし被曝の危険性の把握まもっと進めなければ。ここが課題です。
三つに今後の展望は、核兵器反対運動と原発反対運動のより豊かな一体化の中にあると僕は思います。そのジョイントは遺伝を含んだ被曝影響のしっかりとしたつかみ取りにある。この点を述べます。

さらに時間が許せば、現代社会=資本主義社会そのものとして、核兵器を頂点とする暴力の極限的肥大化への批判をすすめ、戦争と暴力の超克を目指すべきことを語りたい。
すごくシンプルなことですが、実は資本主義批判として十分に語られて来なかったと思うのです。僕はここにこそ私たちが歩むべき大きな道があるとの確信を日々深めています。
実は最後の点は講演会では初公開。ぜひここまでお話したいです。頑張ってコンパクトにまとめて発信します!ぜひお見逃しなく!


2月27日(土)文化パルク城陽にお越し下さい!

以下、集会案内をはりつけます。

~福島原発事故から 10 年~原発ゼロ・核兵器のない社会の実現を
福島原発事故から10年。大飯原発1,2号機が廃炉になるなど、日本も世界も原子力をめぐる情勢は大きく動いてきています。
原発ゼロをめざす城陽の会では原発事故避難者の福島さん、フリーライターの守田さんをお招きして原発事故の今を考える集会を行います。ぜひご参加ください。

日時:2 月 27 日(土)午後 1:30 ~
場所:文化パルク城陽(西館)「ふれあいホール」

お話:竹本修三さん(原発ゼロをめざす城陽の会代表。大飯原発差し止め訴訟原告団長)
福島敦子さん(福島原発事故避難者として)
守田敏也さん(フリーライターとして世界各地で取材。京都「被爆二世三世の会」世話人)
「あらためて事故を問い直し、核なき未来の展望を探る」

主催:原発ゼロをめざす城陽の会
※コロナ感染防止対策のお願い:連絡先記入・マスク着用・手の消毒と検温(1Fエントランスと会場に設置) 37.5 ℃以上の熱のある方や体調が思わしくない方は参加をご遠慮ください。感染拡大の影響により変更等ありますのご了解下さい。
※参加費は無料です。カンパをよろしくお願いします。

原発ゼロをめざす城陽の会 代表 竹本修三
連絡先 津留康守 53-4618 亀井成美 53-3178

#福島原発事故10年 #原発ゼロ #核兵器のない社会を #原発ゼロをめざす城陽の会 #竹本修三 #福島敦子 #守田敏也 #被曝遺伝的影響

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明日に向けて(1990)「被爆国」という言う表現は正しいのだろうか?「被爆国」論では日本政府を免罪することにしかならないのでは? 被爆国論の再考-1

2021年02月23日 12時00分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210223 12:00)

「被爆国」との言い方をみんなで再考したい!そんな考えをまとめました。3回に分けます。一緒にお考え下さい。

日本政府はアメリカ軍の国民・住民への攻撃を避けるための努力を怠った。被害者ではまったくない!

本年1月22日に核兵器禁止条約が発効しました。画期的なことです。ぜひ締約国を増やすだけでなく内容的な深化も実現したいです。
この際、ぜひ考え直す必要があるのでは?と僕が強く思うのは日本政府への迫り方です。
政府が条約を締結しないことを繰り返すことに対して、「被爆国としておかしい」「唯一の戦争被爆国の政府なのになんなんだ!」という声がたくさん聞こえますが、率直に言って、強い違和感を覚えるのです。

なぜか。そもそも僕には日本政府が原爆の被害者だとはまったく思えないからです。「被爆国政府なのだから条約を締結すべき」というのは「被害者なのになぜ声をあげないのか?」ということですが、おかしくないでしょうか?
日本政府、正確には敗戦までの大日本帝国政府は、アメリカによる原爆による大量虐殺も、その前の都市への無差別空襲や沖縄戦での大量虐殺も、避けることができたし、避けるべきでした。しかし避けませんでした。
その点で国民と住民を米軍の攻撃から守る努力を決定的に怠りました。被害者などではない。無謀な戦争を起こし、国民、住民にものすごい苦しみを背負わせ、挙句にアメリカの攻撃から守ろうとしなかったすごく大きな責任があります。

まず問うべきはこのことです。日本本土や沖縄だけのことではありません。植民地としていた地域もひどい戦闘に巻き込まれました。とくに南太平洋の島々はひどかった。島々と海が米軍に奪われ、その後に核実験が繰り返されました。
それらの責任にかけて日本政府に、戦争でのあらゆる加害の反省の上にたった核兵器禁止条約への参加を迫らねばならないと僕は思うのです。戦争責任を問う中でこそ、政府に平和の道を選ぶことを強制しなければなりません。


核兵器禁止条約発効を祝して 京都市円山公園枝垂桜前で 20210122 守田撮影


国民・住民を守るためにとっとと降伏すべきだった

もちろんあのときアメリカの攻撃を避けるとは降伏して戦争を止めることでした。そして実はそれ以外に道はありませんでした。大日本帝国軍は1944年秋のレイテ沖海戦まで敗北を続けてほとんど壊滅し抗戦能力がなかったからです。
それどころか開戦を決めた「御前会議」に参加していた大臣の誰一人も、実はアメリカに勝てるとは思っていなかった。だったらせめて1944年末の段階で降伏すべきだった。そうしたら本土空襲も沖縄戦も原爆攻撃もなかったのでした。
事実、日本政府は何度も戦争終結の道を模索していたことが分かっています。ただし降伏ではなく都合よく和平をむすび、大日本帝国をそのまま継続させる形で戦争を終わらそうとしていたのでした。

その間にアメリカは1945年3月10日の東京大空襲を皮切りに、多くの都市への焼夷弾(ナパーム弾)を多用した無差別空襲を開始しました。民間人を狙った大量虐殺であり、明らかな戦争犯罪でした。
これに対して日本はほとんどまともな防空活動ができませんでした。とくにサイパン島とテニアン島を日本軍から奪取したアメリカによるB29を使った波状攻撃にまったく歯が立たなかった。毎日、諸都市で虐殺が繰り返されました。
どう考えたって勝ち目はなく、とっとと降伏すべきだった。それなのに大日本帝国は和平の条件を少しでも有利にしようと考えて戦争を長引かせました。繰り返しますがそれがなければ空襲も沖縄戦も原爆攻撃もなしに戦争を終えられたのです。

にもかかわらず日本の指導層の自己保身のため、天皇制の存続のために無残な戦闘が続けられた。「アメリカに一泡吹かせる」とか言って。
そんな中で、多くの若者を年代遅れでアメリカの戦闘機にたちまち撃墜されてしまう攻撃機に載せて米軍艦船に特攻させました。ほとんどはただ撃ち落とされただけ。また太平洋のさまざまな島々でも「玉砕」が繰り返されました。
あまりに腹立たしい。あまりに悲しい。国民・住民を守るために、さらには若き兵士たちを救うために、もっとはやく降伏したら1945年の悲劇などなかったのでした。度重なる大量虐殺や無残な自爆攻撃のすべてを未然に防げたのでした。


日本全土に焼夷弾をばら撒いた米軍のB29戦略爆撃機 アルバカーキ―の核ミュージアムにて 守田撮影

続く

#核兵器禁止条約 #被爆国論の再考を #空襲は戦争犯罪 #大日本帝国政府は国民住民を守らなかった #被爆国 #唯一の戦争被爆国

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明日に向けて(1989)『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』を読む会 at せかままcafe 第二回目、こんな感じでした!次は23日(火・休日)午後1時からです

2021年02月22日 22時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210222 22:30)

せかままcafeでのBOOK読み会2回目を行いました!

2月14日に、せかままcafeで2回目のBOOK読み会を行っていただきました。今回はせかままcafeノルウェー店のYoko Shinoharaさんが主宰してくださいました!ありがとうございました。
今回もたくさんの嬉しい感想が寄せられました。
被曝影響のところをガッツリ行い、あまり分かりやすく話せなかったかなあ・・・と思いもしましたが、みなさん、きちんと学びとってくださったようでとても嬉しいです。

読みやすくするためにいくつかにまとめてみましたが、どれにもまたがっている感想もあります。
なお「放課後タイム」とは、講演の予定時間終了後に残れる人でおしゃべりする時間のこと。ずいぶん色々なことがざっくばらんに話せました。
実はこういうなんでも話せる場を広げることも、にょきにょきプロジェクトが目指しているところ・・・。せかままはもう前からそんなあったかい世界を作りだされているのですね~~。ともあれお読み下さい。


せかままcafeでの2回目の読み会から


今回も素敵な感想が!

【分かりやすかった】
◯お話が分かりやすく、とても勉強になった。原爆については学校の歴史で習いましたし、震災から10年も経つのにこんなことも知らないできたのかと自分の意識の低さを痛感しました。
◯守田さんのお話はいつもわかりやすくてありがたいです。(放射線の話とずれますが)守田さんがおっしゃっていた食事の話や、にょきプロの西村さんがお話されていた内容も助産師に通ずるものがあり、興味深く聞いてしまいました。
◯今までぼんやりとしか、わかっていなかったけど、丁寧に解説してくださったので、とてもわかりやすかったです。もっとじっくり読んで落とし込みたいと思いました。録画を子どもたちとも視聴しようと思います。洋子さん、直子さん、ありがとうございました!

【放射能のこと、副読本のことがよくわかった】
◯放射能のこと、原発のこと、近くに住んでいないため、深く考えたことが無かった。読み解きブックはとても分かりやすく、国が子どもたちに出す資料がこれでいいのか、残念な気持ちになった。勉強会の中でなんと言っておられたか、、現場に近い方々でさえ情報に対して感覚が麻痺している、というのも衝撃的だった。さらに無知ってなんて怖いんだろうと思った。放課後ルームでの守田さんのお話がとても刺さった。今なお福島に住んでいらっしゃる方々それぞれの考え方、苦悩など計り知れないと思った。原発事故後の牛乳を測定したら凄い値が出てきたと言う話や野菜の話、鹿の話、、、全てが濃かった。さて明日から自分の生活にどう活かそう。
◯はじめて参加させてもらいました。本日はありがとうございました。世界の方々とのzoomということでとても緊張しましたが、みなさん温かい雰囲気でとてもよかったです。リラックスして参加することができました。
中学生の娘がこの間理科で放射線について習ったというので見てみたら、たった1ページに載っているだけ…なんだかなあと思ったので、理科の先生にこのすっきり読み解きbookを読んで欲しくて、娘に持って行ってもらいました。このすっきり読み解きbookが皆にもっと広まっていって欲しいです。本当に勉強になります。知ることができて良かったです。はじめに、というページを読むと胸が熱くなります。。

【放課後タイムなどでの交流が楽しかった】
◯放課後タイムがおもしろかったです。読み解きブックが生まれたきっかけの方の想いを聞けたのが良かったです。自分の中に生まれた小さな疑問をスルーしないで、同じ想いを持つ方と繋がっていったのもすごいなと思いましたし、こんなにわかりやすい本を作ってくださってありがとうございます!という思いです。1番大事な事が書かれていない「放射線副読本」が、公教育の場を使って拡散される恐ろしさには、とても共感しました。原子力立地給付金の事実にも驚きました‥(私も、もっと額が大きいと思っていたので)。みなさん、とってもリラックスしてのお話しだったので、心地よかったです。
◯世界のママとつながりながら一緒に学んだり考えたり意見交換できたりすること、楽しかったです。また参加したいです☆
◯前半の読み解きはもちろんよかったのですが、質問や作った方の思いなどが聞けたのがよかったです。


次回は明日23日(火・祝日)午後1時から京都市のキッチンハリーナにてです

今回は2回目で放射線被曝の影響を可能な限り小さく見せているところを扱います。ここをしっかりと読み解く中で、被曝の危険性をみんなでしっかりとつかみます
スライドも用意してあります。福島原発事故でどんな被曝被害が出ているか、僕が取材で集めてきた内容をご紹介します。かなりコアなものになりますが、これが原子力防災のコアです。
事故が起こった時なぜとっとと逃げる必要があるのか。一にも二にも被曝が怖いから。反対にここをしっかり把握していないといざという時に逃げ出せなくなってしまいがちなのです。

『放射線副読本』が「原発事故を二度と起こさない」などとは一言も語らないし、被曝の危険性についてほとんどまともに論じないのもこのため。被曝が怖くなければ逃げる必要もないし、原発を避ける必要もない。
だったらこの点を学ぶことこそが最も大事なポイントです。被曝の危険性を覆い隠すトリックをすらすらと見破る素敵なスキルを身に着けるために、今回の読み解き会に来てください。

2月23日(火・休日)午後1時から3時
キッチン。ハリーナにて(京都市左京区北白川西町85-4)
主催 ウチら困ってんねん@京都
参加費1000円(学生500円)

Facebookイベントページ
https://www.facebook.com/events/887993125322081


BOOKは現場で購入できます。あらかじめ手に入れたい方は以下からダウンロードしてください。
https://nyoki2pj.com/lp/info_yomitokibook/

#放射線副読本 #放射線副読本すっきり読み解きBOOK #放射線防護 #キッチンハリーナ #せかままcafe

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明日に向けて(1988)福島第一原発水位低下問題のその後ー実態がきちんとつかめない!

2021年02月21日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1901~2100)

守田です(20210221 23:30)

主だった変化は報じられてないもののそもそもざっくりとしかわからない

2月19日に東京電力が衝撃的な発表を行いました。福島第一原発1号機と3号機の水位が減っていると言うのです。
13日の震度6強(サイト付近では震度6弱)の地震で格納容器の損傷が拡大したと思われるとのこと。さらに拡大が続けば極めて深刻な状況になるのでどうなることかとウォッチを続けていますが、後続の発表も報道も出て来ない。
それでいろいろと調べてみて、事態がかなりざっくりとしか報じられていないことが分かりました。


福島第一原発の水位低下を報じるTBS(20日)

まず後続の報告では東京電力ホールディングスのホームページに「福島第一原子力発電所の状況について(日報)」というコーナーがあり、水位について次のように報告されています。(21日午前11時現在)

1号機:現状の水位は、水位計L3(T.P.+6,264mm)と温度計T2(T.P.+5,964mm)の設置位置の間にある。(原子炉格納容器底部はT.P.+4,744mmである)
3号機:現状の水位は、水位計L3(T.P.+10,064mm)と水位計L2(T.P.+9,264mm)の設置位置の間にある。(原子炉格納容器底部はT.P.+4,044mmである)

極めて分かりにくいですが、水位はどこかというと1号機なら水位計L3と温度計T2の間ですからその間の300ミリにあるとされているわけです。なおそれから原子炉格納容器底部の数値を引いた値が実際の水位になります。
3号機の場合はこの間が800ミリ=80センチとなっている。その80センチもの幅のどこかが水位だということで、その低下が続いているのか止まっているのかどうかもここからは分かりません。
ともあれ30センチの間のどこか、80センチの間のどこか・・・としかここからは分からない。

では19日以降の変化は確認できるのかというと19日の発表後に出された20日の日報でも同じことが載せられている。つまりやはり水位計と温度計の間にあるとされていて変化があったかどうか確認できないのです。
損傷が拡大しているのか、とりあえずは止まっているのか、肝心なことが霧の中です。


情報開示が少なすぎるー東電を撤退させて廃炉公社に作業を任せるべきだ

こんな状態で東電はきちんと水位を把握できているのでしょうか?
実は19日の会見では別のデータも出されていました。水位が減ると当然にも水の体積が減るので格納容器に与える圧力が下がります。
圧力の変化は水位よりもリジットに把握されているので、この圧力からの水位の推定値(詳しくはS/C圧力から水頭圧換算で計算した評価値)では14日から15日かけてはじまった水位低下の進行具合がグラフで表されています。


東電19日発表の資料より

この続きが出されれば少なくとも水位が下がり続けているのかどうかはより推測しやすいのでこれを出すべきですが、大雑把な報告しかなされていない。事態の深刻さに比して情報開示が不十分であり、残念なことにマスコミの追及も少ない。
このため水位がどうなっているのか分からないし、東電が分かっているのかどうかも分からない。あらためてこれが東電の起こした原発事故なのだと痛感しています。
放射線値が高すぎで必要な多くのことがリジットにつかめないことと東電の情報開示不足、ないし隠ぺいがいつも折り重なっている。

そもそもこれまでたくさんのウソや隠ぺいを行ってきた東電ですから、ひょっとして地震による汚染水漏れの拡大をいいことに、溜まっているものを海に放出しているのではないかとの疑念も生じてしまいます。
いやそもそもまさにいま柏崎刈羽原発でもウソ、不正、隠ぺいを繰り返している東電に、これ以上、事故収束および廃炉作業を作業を任していてはいけないのです。真っ当でうそをつかず、情報をきちんと開示してくれる人々に変えないと。
そのためには東電とは利害を共有しない廃炉公社を作り作業を任せるべきです。この声を大きくしましょう。

#福島第一 #水位低下 #格納容器損傷 #東電 #廃炉公社を

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