明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(809)トルコ(シノップ)への原発輸出を止めよう―記者会見での発言から

2014年03月31日 21時30分00秒 | 明日に向けて(801)~(900)

守田です。(20140331 21:30)

昨夜、トルコ(シノップ)への原発輸出に反対する緊急署名と行動へのご協力を呼びかけました。たくさんの方が応じて下さり、かつ情報を拡散してくださいました。どうもありがとうございました。この緊急行動を組織してくださったみなさまにも深い感謝を捧げたいと思います。

本日、この行動の一環として、お昼よりFOE JAPANの方たちなどが、記者会見を行いましたが、僕もそこにスカイプを媒介して参加させていただきました。
7分ぐらいの短いステートメントですが、シノップで見てきたことの一端をきちんとお話しできたかと思います。
文字起こししましたので、みなさんにもシェアしていただければと思います。

以下、お話した内容を貼り付けます!

*****

シノップを訪れて
2014年3月31日 守田敏也

守田敏也です。京都からスカイプで参加させていただいています。
私はこの3月にトルコを訪れてきました。どういう企画であったのかというと、ドイツを中心にヨーロッパ・アクション・ウィークという企画がありました。とくにチェルノブイリとフクシマの経験をみんなで共有しあおうという企画です。
私はこの企画に招かれ、特にトルコを訪れて、福島原発事故のことなどをお話してきました。
3月10日にイスタンブールで講演させていただき、3月11日、ちょうど福島原発事故の起こった日にシノップに行って講演させていただきました。また3月13日にイズミールに行ってそこでも講演しました。

その中でとくにシノップのことについてお話したいと思います。
私が行った3月11日は、夜に福島原発のことなどを話させていただいたのですけれども、この日はシノップの労働組合の方、環境問題で動いている方、あるいは一般の市民の方が、緊急の集会だったにもかかわらず、200人近く集まってくださいました。
非常に熱気のある集会で私自身、とても感動しました。

実はトルコは、前の方のお話にもあったように非常に政情が不安定で、民衆の行動に対してわりとすぐに警察が出てきて、ガス銃をどんどん撃つというひどいことが起こっています。
その中である町であったデモのときに、デモに参加していたのではなくて、たまたま買い物に来ていた10歳の少年の頭に、警察がガス銃で直撃弾を浴びせてしまいました。少年はそのまま昏睡状態に入っていたのですが、ちょうど私が訪れた10日から11日にかけて、この少年が亡くなってしまいました。
そのため3月11日にはこれに抗議する街頭行動、デモンストレーションが各地で行われていて、実はシノップの町でも若い方を中心に抗議のデモンストレーションが行われていました。
したがって一方では抗議デモが準備されながら、私の講演が行われるという感じで、参加者は二つに分かれることになったわけですが、その中でも200人近い方が集まってくださったことに、シノップの町の方の、原発建設を許さないという気持ちが表れていたと思います。

発言の中でも、先ほどもお話に出ましたが、「私たちがこの町で集めて日本政府に送った署名はどうなったのか。日本の人たちには届いたのか」というものがあり、「自分たちは反対の声を届けているのだ。それを日本政府は聞いてくれているのか」という質問が私に対しても寄せられました。
私は「日本の中でも行動している人々がいるので一緒になって、原発を止めていきましょう」と応えました。

その翌日に、シノップ原発の予定地に案内していただきました。そこはちょうど黒海に張り出している小さな半島にあたります。場所的には、その黒海を隔てた真北が、今、大変なことになっているクリミア半島です。クリミア半島に向かい合う位置にあるのがシノップの町で、そこに突き出た小さな半島に原発が作られようとしているのです。
ここは訪れると大変、きれいなところです。どういう形になっているのかというと、まずは非常に広い牧草地が広がっています。またこの半島に周囲から川が流れ込んでいて、半島の付け根のあたりに河口があるのですが、この川が豊かな栄養を運んでくれるそうで、農地としても潤っているところです。
また非常にきれいで風光明媚なところですので、リゾート地にもなっていて、夏には多くの方が訪れているそうです。
シノップ全体がそうなのですが、黒海の豊かな海産物を前にした漁港になっていて、しかもここは大きな船が入れないようになっており、わりと小さな船を主体にして漁業が営まれています。
漁民の方は非常に気が良くて、近づいて手を振ると、船の上から、みなさん、手を振ってくださるのですね。とても穏やかで豊かな生活が営まれています。

さらにこの半島は、生態系もとても豊かで、さまざまな動植物に溢れています。そのことを図示している表示板などもあるのですけれども、いろいろな動物や草花、貴重種の宝庫だそうです。
案内していただいた環境団体の方は、この半島の自然がどれほど豊かなのかということをずっと私に語ってくださって、どうしてこんなに豊かに自然の恵みを受けて潤っているところを切り開いて、原発を作らねばならないのかと、切々と語りかけて下さいました。
私も、本当にあまりにも美しいところなので、現場にいるときに、安倍首相の顔が浮かんできて、こんなところに原発を押し付けようとするのかと考えたときに、怒りと何とも言えない感情が湧いてきて、なんというか、泣きたくなるというか、涙が浮かぶ思いがしました。
こんなところに原発を押し付けてはいけない。事故を起こした私たちの国が、こんなところに原発を持ってきてはいけないのだということを本当に強く感じました。

地元の方たちも、私が日本から来たということで、「福島の事故は大変でしたね。守田さん。ここの魚は汚染されてないですよ。汚染されていない魚を楽しんでください。日本ではそういう魚はもう食べれないのでしょう」と、みなさん、口々に言うのですね。
そして「私たちもこの海を守りたい。この町を守りたい。原発なんかとてもではないがごめんだ」と強くおっしゃっていました。
労働組合の方やいろいろな形で動いている方たちとお話したのですけれども、確かに先ほどからお話が出ているように、トルコではツイッターが禁止されているとか、私の下に入ってきた情報ではどうもユーチューブの閲覧も禁止されようとしているようです。
しかしその中でも「私たちはそうしたことに屈しない。私たちは私たちの町を守るためにできることをする。そのことを日本に帰って伝えて欲しい」と私は聞いてきました。

トルコはそもそも1990年代から原発建設に反対する運動を積み上げてきて、私が聞いたところでは、前の政権は原発建設をもうやめると公言したそうです。
そこで一旦、原発反対を訴えてきた方たちも、「やれやれ、これで原発は止まった」と思ったそうなのですが、今の政権に変わったら、再度、原発を作るという話が出てきたのだとおっしゃっていました。
なので「私たちは一度、止めているので、今度も必ず止める。この私たちの行動を日本で支持して欲しい」ともおっしゃっていました。

以上、シノップの町は・・・原発が作られるところはある意味ではどこも似ているかと思うのですが、とても美しい町です。
私たち日本人はそんなところに絶対に危険な原発を送り込んではいけないと思います。
ぜひそのことを多くのみなさんに伝えていただきたいと思います。私の話しはこれぐらいにしたいと思います。

*****

なおシノップで撮った写真を僕のFACEBOOKのページに載せましたのでよければご覧ください!
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10202488530112848&set=pcb.10202488555633486&type=1&theater

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明日に向けて(808)トルコ(シノップ)への原発輸出に反対する緊急署名、緊急行動にご協力を!

2014年03月30日 23時00分00秒 | 明日に向けて(801)~(900)

守田です。(20140330 23:00)

FoE Japanの満田夏花さんより、トルコ(シノップ)への原発輸出に反対する緊急署名、緊急行動への呼びかけがなされています。シノップはつい最近、訪れてきたばかりのところ。とても美しいところです。あのシノップに原発を押し付ける日本政府の策動をなんとしても止めたいです。みなさま、ぜひお力をお貸しください!署名はオンラインですぐにできます!

また明日、署名をもって民主党の国会議員への提出を行うそうです。あわせて記者会見も行われます。東京方面で参加できる方、ぜひ行動への協力をお願いします。
僕も参加を呼び掛けていただいたのですが、まだ体の調子が戻っていないため、東京の往復は断念しました。それでも記者会見にはスカイプを通じて参加し、シノップの現場で見てきたことを訴えるつもりです。現場に参加可能な方、どうか力をお貸しください!

以下、要請文を転載します。
よろしくお願いします!!

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(要請文)
FoE Japanの満田です。

★オンライン署名にご協力を!★
民主党および国会議員宛に以下のような緊急オンライン署名を呼びかけています。
ぜひ、署名&拡散にご協力をお願いします。
トルコへの原発輸出に反対を/野党第一党としての責任を
http://goo.gl/715INO

★3/31に緊急記者会見と要請行動★
上記のオンライン署名および前回集めた署名を改めて民主党の国会議員に提出したいと考えています。ぜひご参加ください。

・日時:2014年3月31日12:00~12:40 記者会見 ※メディア向けですが、どなたでもご参加いただけます。
                     13:00~14:00 要請行動 ※どなたでもご参加いただけます。
・場所:衆議院第一議員会館第二会議室 ※11:45からロビーにて通行証を配布します。
 
・発言者:後藤政志さん/元東芝 原発技術者 
          川崎 哲さん/ピースボート
          川井 康郎さん・筒井 哲郎さん/プラント技術者の立場から
          ほか
 
呼びかけ:国際環境NGO FoE Japan、「環境・持続社会」研究センター(JACSES)ピースボート
 
問い合わせ先:国際環境NGO FoE Japan 
〒171-0014 東京都豊島区池袋3丁目30‐8
TEL 03-6907-7217 携帯:090-6142-1807(満田)

★民主党および民主党議員に声を!★
本国会会期中に、トルコとの原子力協定が批准されようとしています。

いまのところ、自公は賛成、生活、みんな、結、維新、共産、社民は反対にまわるものと思われます。
最終的には、可決されてしまう可能性大ですが、それでもここでどこまで粘れるかは、今後、実際の原発輸出を食い止めていくために、重要な局面だと思います。

問題は民主党です。
根強い反対論もある中、賛成派が強引に部会での議論を打ち切り、賛成にまとめようとしている様子です。早ければ、月曜日の14時からの「外務・防衛・経産部門会議」で強引に決定されてしまいかねない情勢です。

もちろん、私たちとしては、原発輸出などはとんでもない、反対するのが当たり前、と思っているわけですが、民主党議員の中には、いろいろな意見があります。
とりわけ今回のトルコとの原子力協定の問題点を伝えることが重要かと考えています。
すなわち、1)地震国、2)地元が反対、3)トルコ側での安全確認体制が弱い(規制と推進が分離されていない)、4)日本側での安全確認体制も構築されていない--などの問題があります。(本メールの末尾をご覧ください)

そこで、みなさんにお願いです。

アクション(1):民主党本部および議員に「反対してください」の声を!
民主党本部 FAXおよび電話を! 
どのような件で、どのような意見があったか、幹部たちには報告されるようです。
「けしからん!」という論調ではなく、「民主党が野党第一党としての責任を果たして、反対してくれることを期待しています。応援しています!」という論調でお願いします。

民主党本部
<TEL>03-3595-9988(代)
<FAX> 03-3595-9961
http://www.dpj.or.jp/contact/contact

アクション(2):民主党議員に個別に声を!!

○福山哲郎(外交防衛委員会/理事)
京都事務所 〒604-0861 京都市中京区烏丸通丸太町下ル大倉町207-2
電話 075-213-0988 FAX 075-213-0977
E-mail:f-kyoto@fukuyama.gr.jp

北部事務所 〒625-0087 京都府舞鶴市余部下1183-5 アピス・カワイ203号
電話 0773-66-6123 FAX 0773-66-6124

国会事務所 〒100-8962 東京都千代田区永田町2-1-1 参議院議員会館808号室
電話 03-6550-0808 FAX 03-6551-0808
E-mail:kokkai@fukuyama.gr.jp

○田島要議員
千葉事務所 〒260-0015
千葉市中央区富士見2-9-28 第一山崎ビル6F
TEL 043-202-1511   FAX 043-202-1512
国会事務所(議員会館)
〒100-8981
東京都千代田区永田町2-2-1
衆議院第一議員会館 1215号室
TEL 03-3508-7229 FAX 03-3508-3411

○荒井聡議員
TEL:011-824-9520 FAX:011-824-9521
http://www.arai21.net/

○増子輝彦議員
郡山事務所:〒963-8014 福島県郡山市虎丸町10-4
TEL:024-938-1000/FAX:024-938-0111
二本松事務所:〒964-0905 福島県二本松市松岡214-2
TEL:0243-22-4500/FAX:0243-22-5533
東京事務所 〒100-8962 東京都千代田区永田町2-1-1 参議院議員会館602号
TEL:03-6550-0602/FAX:03-6551-0602

○そのほか、働きかけていただきたい議員
松本剛明議員
武正公一議員
小川淳也議員 http://www.junbo.org/
泉けんた議員 https://www.izumi-kenta.net/

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トルコとの原子力協定・シノップ原子力発電所計画の問題点

■周辺インフラの耐震性が低く事故対応が極めて困難:
トルコは世界有数の地震頻発地帯で(1900年以降にM6以上の地震が72回)、1999年のトルコ北西部地震(イズミット地震・M7.8)では、1万7000人以上の死者・4万3000人以上の負傷者が発生 。機器損壊が相次ぎ重要な変電所が数日間にわたり停電する事態も発生 。
建物やインフラの耐震補強は進んでいない。例えば、イスタンブール市の耐震化率は、全建物の1%で、3000の学校のうち250校、635の公立病院のうち10か所のみ(2009年) 。
仮に日本から輸出する原子炉の耐震性が高いものであったとしても、大地震が発生した場合、周辺インフラが寸断される可能性が高く、事故対応が極めて困難。
地元自治体のシノップ市長が原発建設に反対している中では、住民避難計画の適切な策定・実施が困難。

■活断層調査の委託先の妥当性・調査結果の信ぴょう性に問題:
政府は日本原子力発電株式会社に委託してトルコのシノップ原子力発電所の地層調査を行っているが(平成25年度原子力海外建設人材育成委託事業:11.7億円)、当社は、原子力規制委員会が活断層と認定した敦賀原子力発電所直下の断層を活断層ではないと主張し続けており、国費で行う調査の委託先の妥当性、調査結果の信ぴょう性が問題。
業務委託先選定に際しては、経済産業省が4名の有識者から助言を受けたとしているが、氏名・所属は非公開となっている。また、日本原電は地層調査を実施するにあたり3社に再委託しているが、委託先も非公開(うち1社は三菱重工系の代やコンサルタントが判明している)。税金での調査にもかかわらず、報告書も公開されない可能性が高い。

■事業の経済性評価が不十分:
シノップ原子力発電所のコストは、220~250億ドル(約2兆2000億円~2兆5000億円)と推定されているが、ロシア企業が受注したアックユ原子力発電事業では、コストが200億ドルから250億ドルに跳ね上がり、現在も見直し中であること等から、トルコのエネルギー専門家は、原子力発電が他の代替エネルギー源に比べて長期的にコスト高になると指摘している 。

■「推進と規制の分離」がなされていない:
日本では福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、原子力の推進機関と規制機関の分離が行われ、原子力規制委員会が発足したが、トルコでは、推進と規制の両方をトルコ原子力庁(TAEK)が担っており 、「推進と規制の分離」が図られていない。

■廃炉計画・放射性廃棄物の処分計画が不明:
廃炉計画・放射性廃棄物の処分計画が不明である 。週刊朝日2013年6月21日号記事 によると、トルコとの交渉について、経産省関係者は「最終処分場問題についてはあえて触れないと、事前に申し合わせていた」とのこと。

■地元市長及び市民が反対している:
地元のシノップ市長は、観光産業に甚大な影響を与えるとして2009年の選挙で原発反対を掲げ当選。以来、反対表明を継続 。市民もデモを多数開催 。2013年11月29日には、シノップ市の市民団体が、日本の国会議員に対する要請書(シノップ市民2871名が署名)を提出。

シビアアクシデント対策、地震対策、テロ対策、住民避難計画、住民への情報公開、住民協議の開催状況等について、政府は未確認 。

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満田夏花 MITSUTA Kanna <kanna.mitsuta@nifty.com>
携帯:090-6142-1807

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明日に向けて(807)奈良市民放射能測定所・開設一周年記念セレモニーでお話しします(30日)

2014年03月26日 23時30分00秒 | 講演予定一覧

守田です。(20140326 23:30)

表題のように3月30日に奈良市でお話しします!市民放射能測定所開設一周年に即してです。

一つは表題として与えられた「広がる放射能被害と市民測定所の役割」について。
実はこの内容、とくに測定所の役割については、僕にとって宮城県仙台市にある「みんなの放射線測定室てとてと」の方たちとの交流などの中でも考えてきた問いでもあります。
つい最近、出版された同測定室の通信「てとてと春2014」で、僕に対するロングインタビューを掲載してくださったのですが、そこに載せていただいています。
http://sokuteimiyagi.blog.fc2.com/blog-entry-327.html

福島原発事故後、全国で100か所以上の市民測定所が立ち上がり、家庭に持ち込まれる食材を中心に、積極的な測定が繰り返されてきました。
この全国で行われた果敢な市民的モニタリングの結果、市場で購入して、家に持ち込んで飲用する多くの食材の放射線値が下がっていきました。食材を扱う生産者、加工者、流通者などなどの間での汚染物を減らす努力が市民的測定によって促進されたのだと思います。
市民測定所はその意味で、絶大な貢献を果たしてきています。市場に出回るものの安全性を高めてきたわけですから、放射線防護を意識している人はもちろん、防護意識の低い人をも守ることにつながっており、僕は多くの方に、すべての測定所の方たちへの感謝の念を持っていただきたいなと思っています。

しかし残念ながら、成果がまったく数値化できないことなどもあって社会的評価はほとんど得られておらず、むしろ測ってもそれほど汚染が見つからないことが増えるにしたがって、検体を持ち込む側のインセンティブが落ちてきているのが実情だと思います。
結果的に測定所の運営が厳しくなってきている。せっかく人が詰めていても検体の持ち込みがなかったりして、測る側のモチベーションも落ちがちなのではないでしょうか。

だとするならば、僕は市民測定所は、さらなる役割を自ら作り出し、担っていくことが問われているのではないかと僕は思います。
どのような内容が問われているのか。その第一は、放射線低線量被曝の危険性をより明確に、はっきりと打ち出すステーションとしての位置を確立していくことです。
とくにぜひ取り組んで欲しいのは、ICRP(国際放射線防護委員会)の線量評価、ベクレルからのシーベルトへの換算式への批判です。
端的に言って、ICRPの考え方に基づくと、食品の汚染はかなり高いベクレル値であっても非常に低いシーベルト値に換算されてしまう。大した危険性はないとされてしまうのです。これへの批判にぜひ各測定所が踏み込んで欲しいと僕は思います。

そのことはたとえ1キログラムあたり数ベクレルの放射線値であっても、きちんとモニタリングし続け、避けられるものは徹底して避けていくことの重要性を浮かび上がらせていくことにもつながります。
海の汚染が日々拡大していることも踏まえつつ、測定を継続し、市民サイドがウォッチを続けることの重要性が明らかになるわけです。そうした低線量被曝の危険性を、分かりやすく伝えていく拠点に、ぜひ測定所を位置付けて欲しいと思います。

このことは測定所が、測定実践を通じて、市民が放射能とは何かということをつかんでいく場として機能していくことともセットになっていくことが望ましいと思います。
放射能のというものが、測り方次第ではどのようにでも表現しうるものであることなども、きちんと発信していって欲しいです。

もう一つは、食べ物全般の安全性を問う場への測定所が飛躍していくことです。
放射線被曝から身を守るためには、少しでも体の免疫力を強め、被曝に負けない身体を保持していくことも非常に重要な位置を持ちます。そのとき放射能以外に危険因子である化学物質の汚染を問題にすべき必然性が見えてきます。
そもそも化学物質による汚染についても、最も恐ろしいのは複合汚染であると言われてきました。食材には多くの添加物が使われていますが、実はそれらの化学物質が同時に体内に投与されたときに、どのような結果をもたらすのかという研究はほとんどされていません。
つまり安全性のテストは非常におざなりなのです。むしろ危険性が明確に証明されて初めて、化学物質の規制が始まっているのが実情です。
私たちの直面している現状は、この上に放射性物質が多数混入してきている状態です。もとよりあった化学物質の曝露の上に、放射線障害が加わっているのです。

私たちはここから総合的に身体を守っていく必然のもとに立っているわけで、そのためには総体としての危険因子を減らしていく努力が必須です。そのとき食材に関する幅広い知恵が必要になります。
放射線測定室は、持ち込まれる食材の安全性を確認する場ですから、ぜひ一歩進んで、食べものの安全性全般に関する知識を増やし、それを発信していく場へと飛躍していって欲しいと思います。今後、こうした市民的ステーションの重要性はますます増していくからです。
30日はおそよそんなことを提案したいと思っています。

第二に、ベラルーシ、ドイツ、トルコへの訪問の旅で学んだものの一部を、この場をお借りしてお話ししたいと思います。
この点については、膨大な山の中からどこを引き出してお見せするのか、まだまだ迷ってもいるのですが、何よりも民衆運動の相互の交流の意義、エールを交換しあっていくことの重要さをまずはお伝えしようかなと思っています。
なぜかと言えば、どこの国のどの場にいっても、人々は日本の民衆が、福島原発事故後に何をしているのかを知りたがっていたし、かつまた頑張っている姿を伝えると、深い共感を示してくれたからです。

そのことは私たちがそれぞれの場で、日常的に担っている活動の重要性を、違った視覚から見つめ直していく機会にもなると思うし、同時に、自らが行っている活動を積極的に情報発信していくことの大切さも見えてくるのではないかと思います。
とくに僕は、例えば市民測定所であれば、その活動を、ぜひ世界に向けて発信して欲しいと思うのです。そのためにぜひとも英語での発信にチャレンジして欲しい。
どのようなレベルの英語でも良いのです。まずは情報を出すことがとても大事なのです。端的に言って下手な英語でいいから各国の人は情報を出して欲しがっているのです。下手な英語だって読んでくれる。福島原発後の当事者である私たちの声が聴きたいのです。
そのために、自分たちの日々の活動をもっと積極的に世界へと発信しようと訴えようと思います。

以上、2点の内容に基づいたお話をします。トルコの日本から輸出される原発建設予定地の写真などもお見せしますので、お近くの方、ぜひお立ち寄りください。

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奈良市民放射能測定所 開設一周年記念セレモニー

2014年3月30日(日)9:20~16:00
場所:奈良市西部公民館5F第2講座室
資料代:500円

奈良・市民放射能測定所は皆様のご協力に支えられ、開設1 周年を迎えました。
福島第一原発事故によって拡散し続ける放射能は、事故から3 年の今も私たちの命と健康を脅かし続けています。甲状腺ガンの発症増加など健康被害がじわじわと深刻度を増し、放射能による内部被曝の影響を無視して生
活することができない状況になっています。五感で感知することのできない放射能といかにして向き合うのか。どのようにして暮らしと健康を守るのか。
これらの問いを発した市民が自ら放射能を測定し、判断する知恵を身につけ、データの信頼性を高め、汚染食品の流通を抑制するため、市民放射能測定所は設立されました。
そのため運営は今も全て市民のボランティアに依っています。まさに市民の、市民による、市民のための、放射能測定所なのです。
まずは一年のご報告と、力を合わせて課題を乗り越えてきたこと、そしてみなさまに支えられ、ともに歩んできたことへの感謝の想いをこめて、ここに一周年記念セレモニーを開催いたします。
今回もフリーライターの守田敏也さんを講師に招き、ヨーロッパ視察の報告を踏まえて記念講演をしていただきます。
 みなさまお誘いあわせの上、ぜひお越しになってください。

●プログラム 
 9:20  総会 
10:00  講演「原発事故から3年 広がる放射能被害と市民測定所の役割~チェルノブイリとフクシマをむすんで~」
       講師:  守 田 敏 也 氏
11:30  測定所への移動と昼食(お弁当の販売700円詳しくはスタッフにお尋ねください)
13:00  守田さんへの質疑と交流
●記念パーティー:14:00~16:00 飲む人1500円・飲まない人1000円 
パーティーの会場は当測定所です。(飲食物持ち込み歓迎)

講演会場:奈良市西部公民館
〒631-0034 奈良県奈良市学園南3丁目1-5
HP:https://naracrms.wordpress.com

お問い合わせはTEL:0742-81-8458 又は090-6059-5202(辻本)まで。

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明日に向けて(806)ベラルーシ、ドイツ、トルコ訪問の旅から戻りました!(下)

2014年03月24日 08時00分00秒 | 明日に向けて(801)~(900)

守田です。(20140324 08:00)

旅の報告の第一報の(下)をお送りします。

前回のように書いてくると、僕の旅は順風満帆だったように感じられると思いますが、今回は、とてもそうとはだけは言えなかったこと、むしろ途中でどんどん体調を崩し、それぞれの現地の方々に大変なお世話になってしまったことを書き添えておかねばなりません。
とくに体が悪くなりだしたのは、トルコに入ってからのこと、便秘による強度の腹痛が起こりました。そのためイスタンブールでは事前に鎮痛剤を打って頂いて講演。何とかやり遂げましたが、終了後に体がもたなくなり、病院に連れて行っていただいて緊急入院をすることになりました。
幸運にも講演の後に入ったレストランのオーナーが、病院も経営していて、ソファに横たわっている僕を見て自分の病院を手配して下さり、広くてきれいな病室に入れていただけました。そこで特大の浣腸をしてもらい、一夜を過ごし、翌日にエコー検査なども受けて旅の続行を許していただき、シノップに向かうことができました。
とてもありがたかったのですが、僕にとって初めて訪れたイスタンブールは、石畳の道が多く、腹痛を抱えたものにとってタクシーに揺られるのが凄く辛いところでした。苦痛に歪んだ僕の顔の前を、林立する素晴らしいモスクがどんどん流れていきました・・・。

病院で一夜を明かし、これで何とか回復できた・・・と思い、元気にシノップへ向かいましたが、これ以降、僕は断続的に起こってくる腹痛とたたかい続けることになり、食欲もどんどん下がるばかりでした。ホテルに入ってから悶絶した夜も多く、同行していた医師の方をはじめ、周りの方に本当にご迷惑をかけてしまいました。
特にお世話になったのは、今回のトルコでの講演等をプロモートしてくださったアルパーさんです。医師で、アクティヴィストで、同時にミュージシャンで、詩人でもある方です。アルパーさんは、常に僕の身体を医師の目から監視してくださり、適宜、薬を買ってきてくださり、痛みが激しいときにはマッサージ師としての腕も披露してくださいました。
また同じく同行して、素晴らしい通訳をしてくださったプナールさんと、もともとレスキュー隊の活動経験もあり、病者のケアにたけているジェンキーさんも繰り返し僕をサポートしてくださいました。その上、行く先々の人々の手厚いサポート。それがあって僕ははじめてトルコの全日程をなんとかやり遂げることができたのでした。
トルコの方たちに、本当に人方ならぬ恩ができてしまった。必ず返さねばと思います。同時に、今度はもっと元気な姿で、もう一度、イスタンブール、シノップ、イズミールを訪ねたいです。ほとんど食べれなかったトルコ料理もみなさんと楽しみたい・・・。(ただし海の町シノップでは、魚の揚げ物が食べれました。とても美味しかったです)

そんな感じで3月14日にイズミールから出国し、ドイツのデュッセルドルフへと戻ったのですが、症状は改善せず、腹痛は強まるばかりでした。このことはアルパーさんのお連れ合いで、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)ドイツ支部のアンゲリカ・クラウセンさんに伝わっており、講演にデュッセルドルフから向かったヘルフォードでは僕の体調を十分考量した上での受け入れをしてくださいました。
このときも何とか講演を頑張りましたが、質疑応答の途中で退席させていただき、すぐに宿舎に送っていただきました。ヨーロッパ・アクション・ウィークに参加して福島からの証言を各地でされた萩原ゆきみさんと、通訳の鹿沼和子さんが宿舎で一緒でしたが、この夜は、激痛に我慢しきれずにお二人の前で「痛い、痛い」と呻き続けてしまいました。
おそらくは見ている側が辛かったであろうような姿をお見せしてしまい、本当に申し訳ないばかりだったのですが、萩原さんがその後、丁寧なマッサージをしてくださり、何とか痛みが和らいで寝ることができました。
その状態で翌日、本当に何とかベルリンまでたどり着きました。ヘルフォードからベルリンまで、特急列車の中、1人シートの上で膝を抱え、身体を丸めて電車に揺られていました。食欲は皆無に近く、この日、食べれたのはバナナ一本のみでした。

ベルリンでは先に到着していた連れ合いの浅井さんとホテルで合流できましたが、部屋に入るや倒れこむような状況で、以降はただ闘病の毎日でした。
すると今度は、ドイツ放射線防護協会会長のセバスチャン・プルルークバイル博士がホテルに連絡してきてくださり、僕の状況を聞いて、医師であるお連れ合いのクリスティーナさんの病院で診察を受けることを提案してくださいました。
そんな状態の中で、17日にベルリンでの講演がありました。これは医師協議会のときに知り合った、IPPNWベルリン支部のバーバラさんが呼んでくださったものでしたが、プフルークバイル博士が送り迎えして下さり、それでやっと参加することができました。何せ自力ではやっと階段を上がり下がりできるぐらいで、1人では会場にいけない状態でした。
この日の夜も講演ですっかり力を使い果たし、夜になってからは激痛で体をくねらせ続けました。連れ合いの浅井さんに足裏のツボを長くマッサージしてもらい、本当に何とか痛みを軽減させて寝たり、起きたりを繰り返しました。

講演の翌朝、18日にクリスティーナさんの勤める病院にプフルークバイル博士に連れて行っていただきました。すると身体が疲弊して排尿がうまくできなくなっており、腎臓が腫れて悲鳴をあげているシリアスな状態にあることが判明しました。すぐに泌尿器の専門外来がある病院に移ってカテーテルを挿入し、強制排尿をしてもらいました。
結果的にはこのことで体は快方に向かい始めました。どの段階からかは分かりませんが、腹痛は便秘を原因としたそれから、腎臓の強度の疲弊へと移行しており、カテーテル導入で原因が取り除かれることとなったからです。幸いにも腎臓のダメージも深くはなく、入院の必要はありませんでした。
しかしこのころ僕は、激しい嘔吐感もあって5日間ぐらいまったく何も食べることができない状態で、まったく動けず、何をするのもものすごく億劫で、話に応えるのさえ、かなり時間がかかる状態でした。病院の中でも車椅子をおしてもらわなければとても移動ができなかった。
そうしたら、今度は博士はクリスティーナさん手製の美味しいスープをポットに入れて、ホテルまで持ってきてくださいました。何も食べれなかったのに、このスープだけはのどを通っていった。とても美味しかった。ありがたさがのどから胃に静かに流れていきました。

今回が初めてのヨーロッパ訪問だった連れ合いの浅井さんも、一日、ベルリンを歩いただけで、あとはただ日がな、ホテルの部屋で苦しむ僕をマッサージしたりして支えてくれたのですが、しかしそれにお礼もほとんど言えない。体中の力を失せてしまって、声すら出ないのです。初めての経験でした。
それでもクリスティーナさんのスープを飲めたごろから少しずつ、力が戻ってきたような気がしてきたので、20日の予定通りの帰国を決意しました。今回の旅ではそれまで飛行機を8回も乗っていて、とくに最後の数回は、爆発的に腹部が痛かったので、飛行機に乗るのが怖かったのですが、とにかく帰ることにしました。
最後の日も、プフルークバイル博士がホテルまで来てくださいました。大きく重いトランクを車に入れて下さり、ベルリン空港のチェックインカウンタ―まで僕ら夫婦を送ってくださいました。そのおかげでまずはベルリンから国際ハブ空港のフランクフルトまで飛ぶことができました。
フランクフルト空港では、ものすごく広くて、地獄のロードのように思えた乗り換え通路を、少しずつ、本当に少しずつ二人で移動し、3時間もかけて関空行の便のゲートに辿り着き、何とか機内に乗り込むことができました。そのころから食欲が上向きだし、日本への11時間もあるフライトは思ったほど苦しむこともなく、帰ってくることができました。

それやこれやで今、僕は京都の自宅にいます。まだ体の中にカテーテルを残置したままですが、何より食欲がどんどん回復してきました。すぐに通院して腎臓の感染症もほどんとないことが確認でき、回復を進めている段階です。
まだあまり外には出れませんが、週の後半ぐらいから、外出できるようになると思います。3月30日に奈良の市民測定所で報告会の場を設定していただいているので、必ずそれまでに身体を治し、みなさんの前に元気な姿で登場するつもりです。
それにしても何とか帰国できたのは、セバスチャン・プフルークバイル博士、クリスティーナさん、いやそれだけでなく、同行中、支えくださり、看護してくださり、助けてくださった多くの方たちのお蔭です。本当に僕は、たくさんの人の手で支えられて、今回の旅を終えることができました。深く感謝しています。
いやそもそも今回の旅には本当にたくさんの方のさまざまなお力添えをいただきました。そのすべてに感謝するとともに、僕は今、「これではいけない」と強く反省もしています。僕は僕のあり方を変えなくてはいけない。

やはりこんなにお世話になっていてはいけないのです。さまざまな意味での「自力」を強めないといけない。そう強く思います。そのため排尿困難の原因となった、もともとの業病である前立腺肥大の手術による根治なども含めて、身体の大改造に再度、取り組もうと思います。
今一度、肥田先生の言葉を自分の中に通し直さなくてはいけない。自分の身体を、命を、大切にできなくて、すべての命を守ることを呼び掛けることはできない。いやできたとしても弱い力しか持てない。放射線防護を呼び掛ける僕は、誰よりも健康であらねばらないし、また健康でありたいと強く思います。
同時に収入構造の改革などにも取り組み、さまざまな事業の自己展開力もつけなくてはいけないと思っています。それやこれや、今後、反省点もより深め、実行に移していこうと思います。
そのことで多大なる恩義に一つ一つお応えしていきます。むろん、それらのすべてを放射線防護活動の豊かな展開に必ずつなげます。

・・・それにしても、こうした反省をも踏まえて、今、振り返ってみていると、本当に帰ってきたら僕が乗って戻った船には、ものすごいお宝がたくさん乗っていました。帰る途中は船が難破しやしないかとそればかりが心配でしたが、あまりに豊かなものを僕は得ることができました。
これからゆっくりと時間をかけながら、それらを一つ一つ丁寧に紐解き、文字に移し、文章化して、成果として固めていきたいと思います。その作業に全力を注ぎ込みます。
いつものことながら長い報告になってしまいましたが、ともあれ、この上下を持って、今回の旅の報告の第一報としたいと思います。
みなさま。ご支援、本当にどうもありがとうございました!

終わり


 

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明日に向けて(805)ベラルーシ、ドイツ、トルコ訪問の旅から戻りました!(上)

2014年03月23日 23時30分00秒 | 明日に向けて(801)~(900)

守田です。(20140323 23:30)

みなさま。
3月21日にベラルーシ、ドイツ、トルコ訪問の旅を終え、ようやく帰国しました!まずは第一報をお知らせします。

今回の旅は僕の中で大きく4つのセッションに分かれていました。

まず第1セッションはベラルーシ訪問の旅。これはドイツで行われた国際医師協議会の企画の一環として行われたもので、2月26日から3月2日の旅程でした。
第2セッションはフランクフルト郊外で行われた国際医師協議会。ドイツ・日本・ベラルーシの医師たちを中心に放射線防護に取り組む世界の研究者・活動家たちが集まりました。3月3日から7日までの日程でした。
第3セッションは、「ヨーロッパ・アクション・ウィーク、チェルノブイリ・フクシマ」。ドイツ・ドルトムント市でオープニングし、僕はオープニングで発言させていただいたあと、トルコの三都市を回りました。3月7日から13日までの日程でした。
そして最後は、ドイツにもどって、国際医師協議会でも一緒だったドイツ反核医師の会(IPPNW)の方たちのお招きを受けての講演。14日と17日で、これを終えて20日にドイツを出国し、21日に早朝に関空に降りたちました。

非常に長い行程で、しかも連日、非常に濃密な会議と討論が行われたたため、持ち帰った資料、撮影写真、録音データを整理するだけでも大変です。
その上、本当にたくさんの方と知り合い、交流を深めました。一人一人にメールを送るだけでも時間がかかりますが、なんというか、すごい宝物に出会ってしまった感覚でいます。それを宝船に積んで帰ってくることができました。
一方、こちらからの発信もたくさんすることができました。第1セッションでも、第2セッションでもそれぞれ1回、お話する時間を得られたのですが、多くの方たちとの交流の中から、今、一番伝えるべきことは、日本の民衆の覚醒の息吹だと感じ、そこにありったけの力を込めました。
なぜか。世界の人々が、福島原発事故があって、それで日本人がどうしようとしているのかを最も知りたがっており、かつその情報が一番少ないことが現場でしんしんと伝わってきたからです。

そこで僕は、この間、「明日に向けて」でも繰り返し強調している、だんだんに覚醒を強めている日本民衆の姿をハイライトしたのですが、中でも一番、強く打ち出したのは日本の女性たちが作り出している新たな動きでした。
こういうのはビジュアル的に紹介するのが一番と考えたので、京都市で行われた「原発いらないコドモデモ」の写真を活用させていただきました。また舞鶴市で行われた「ふくねこマルシェ」の様子も使わせていただきました。
京都市「原発いらないコドモデモ」は子育て世代の若い方たちが前面に立った素敵なデモです。中心になっているお母さんたちが、赤ちゃんを胸に抱いて、デモをひっぱっている。もちろんお父さんたちも頑張っています。
舞鶴市「ふくねこマルシェ」も女性の発案で作られた自然食の物品販売とセットになった講演会です。両者ともに写真を僕のFACEBOOKページに掲載してあるのでぜひご覧ください。

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10202268046000883&set=pcb.10202268048000933&type=1&theater

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10202202490082026&set=pcb.10202202492842095&type=1&theater

これらを通じ、僕が世界の方々に伝えたかったのは、福島原発事故で日本人および日本に住まう民衆は、ただ黙っているのではないということ。積極的な行動がはじまっているということ。しかも若い世代の女性たちを中心に、多くのまったく新しい人々が加わり始めていることでした。
その流れを作り出したのは、事故直後に汚染地帯から決死の思いで避難を敢行した多くの人々であったこと。その中でも小さい子どもを抱え、命を守りつなぐために行動した女性たちの力が各地の女性たちの共感を生み出し、これまでなかったまったく新しい力が生み出されたことです。
それが首相官邸前行動にも発展していったし、今では全国150か所ぐらいでの毎週金曜日の行動につながっていること。またこうした繰り返しの中で、少なくとも今、日本では1基の原発も動いてはいないこと。超保守的な政権のもとですら、今なお稼働を阻んでいることです。
こうした報告には本当に熱い拍手が帰ってきました。「原発いらないコドモデモ」の写真に満面の笑みで見入ってくださった多くの国の方たちの顔を、今、報告を読んで下さっているみなさんにそのままお見せしたいです。

これに加えて、より発言時間を与えて下さったトルコの講演では、福島原発事故の現状、あまりに危険な状態が続いている今の姿についてもかなりきちんと伝えることができました。
トルコではイスタンブール、原発立地予定地シノップ、イズミールと三都市で講演させていただきましたが、イスタンブールではたくさんのマスコミ関係者が参加し、活発な質問が続きました。
シノップでは現地の方たちが本当にたくさん来てくださいました。数えていなかったのですが、150人から最大時で200人近くになったでしょうか。地元の方が押し寄せてくれたことに感激して僕のトーンもより高くなりましたが、最後にスタンディングオベーションを送ってもらえました。
翌日、原発建設予定地を見学し、あまりの美しさと、そんなところに原発を押し付けようとする日本政府のあり方に涙がでそうになり、イズミールでは「シノップを自分の故郷を守るつもりで守りたい」と発言しました。今後、この言葉に背かずに行動を続けるつもりです。

ところでトルコでは僕は、長い間、本当に熱いさまざまな民衆運動が行われていることも知ることができました。現政権はこの民衆の力に繰り返し暴力で襲い掛かってきています。民衆の抗議行動に警官隊を出動し、ガス銃の乱射で鎮圧してくるのです。
ある時、警官隊が放ったガス弾が、デモに参加していたのではなくたまたま買い物に来ていただけの10歳の少年の頭を直撃し、少年は昏倒しました。人を狙って水平射撃しなければありえないことです。少年は昏睡状態に陥っていましたが、ちょうど、僕が訪問したころに亡くなってしまったのでした。悲しい限りです。
シノップでは、講演会の後に、町の真ん中で行われていた虐殺抗議デモにも参加させてもらいました。若者がたくさん参加していました。すぐに歩き出すと人々が次々にこう叫ぶのです。「ファシズメ カルシュ オムズオムザ!」。ファシズム(圧政)に対し、肩と肩をぶつけ合おう(団結しよう!)という意味です。深い決意が心の中に入ってきてジーンとしました。
「ファシズメ カルシュ オムズオムザ!」僕も口真似で叫び、夜の街を歩きました。歩きながら、ああこの人たちは仲間だと感じました。僕はもう一度、いや、何度でもトルコに来よう。必ず来ようと思いました。

大きな山だったトルコ訪問を終えたのちは、ドイツに戻り、14日ヘルフォート、17日ベルリンで講演しました。このときも主に日本の民衆の行動についてお伝えしました。
どこでも同じように共感をしていただけましたが、印象的だったのは、ヘルフォートの集会のときに、ある男性の医師が「ドイツでも同じなんだ。チェルノブイリの後、ドイツでも真っ先に立ち上がり、力を示したのは女性たちだったんだ。それを思い出しました」と発言してくださったことです。
また途中から講演での発言の終わりを”Power to the people”で結ぶようにしていたのですが、そうするともう、ドイツ反核医師の会の方たちなんかはすごく喜んでくださった。割れるように拍手が起こりました。トルコではこれに「ファシズメ カルシュ オムズオムザ」!を加えさせていただきました。
そう。世界のどこでも、民衆こそが積極的な力を持ち、示し、行動することが問題の解決に直結していることを人々は確信している。だからこうした言葉は共通語なのです。私たちは国境を越えて、お互いの息吹をこそ、交換し続ける必要がある。そこで生まれる熱こそが世界を変えるのです。

続く

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