明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(614)加古川市、丹波市、三田市、京都市でお話します!

2013年01月25日 12時00分00秒 | 講演予定一覧

守田です。(20130125 12:00)

今後の講演等の予定です。
明日26日午後に加古川市でお話し、2月は24日三田市、27日京都市でお話します。
2月17日には、「放射能から子どもを守る福島ネットワーク」代表の佐藤幸子さん講演会の2部で、パネルディスカッションのコーディネーターを務めます。

各会場のお近くの方、ぜひお越しください!

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1月26日 兵庫県加古川市

と き: 2013年1月26日(土)14時~16時
ところ:兵庫県加古川 総合庁舎 1F講座研修室
主 催:脱原発はりまアクションの会

※駐車場について、3時間を超える場合は周辺駐車場(有料)へお願いします。


1.開会 (司会)後藤由美子14時~
2.みんなで歌いましょう。「種を播こうよ」
3.講演 .講演 14時15分~90分
「放射線の恐ろしさとは? 」
-内部被曝の真実…子どもたちを守るために -
講師 守田敏也 さん
4.質問・意見交換15時45分~
5.閉会 共同代表 菅野逸雄 ~16時

(トイレ休憩&コーヒタイム)

この後、会場にて「守田さんを囲での交流会」をします。
 <守田さんを囲での 交流 会①>16時20分~17時半頃
①守田さんへの質問意見
②各参加者からのアピール
・「福島の子ども達疎開裁判について」
・大阪市のがれき焼却反対訴え

<食事交流会 ②>17時半から1時間ぐらい
持ち寄りの食事交流会(バ イキング形式)。一品持参者以外の方は、500円会費。当日参加も大歓迎です。

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2月17日兵庫県丹波市

佐藤幸子さん講演会

2月17日(日)
13:00~16:30
場所:丹波の森公苑 多目的ルーム
JR柏原駅より徒歩8分
兵庫県丹波市柏原町柏原5600
0795-72-2127

1部 こどもの未来のために 今!必要なことを聞いてみよう!

放射能から子どもを守る福島ネットワーク代表
佐藤幸子さん講演会

プロフィール
福島県伊達郡川俣町飯坂在住 1958年生まれ 
1976年 川俣高校卒業後、同町商工会勤務。結婚を機に農業従事。第一子誕生を機に「やまなみ農場」として敢行農業から有機農業に転換、10年間続ける。
1992年 自然農に出会い、耕さないやり方で田畑作り開始。2010年まで自給自足を実践。その間、研修生受け入れNPO法人青いそら設立ヘルパー派遣事業所開所。
2011年5月1日 子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク設立、現在代表を務める。子どもを守るためには多少の考え方の違いを認めつつ、あらゆる人々が繋がることで子どもを守って行くことができると考え、全国を飛び回る。
また「原発いらない福島の女たち」と共に原発廃炉をめざす。3.11以前にやまなみ農場が実践してきた自然と共生する生活が、人間本来の暮らし方であると衣食住の自給はもちろん教育・医療・エネルギー・福祉・流通のありかたを根本から変えていく必要があることを提案。
共著:『自然農への道』創森社 

2部 未来のために今、何を選択するのか?

パネルディスカッション:テーマ『未来へつなぐ暮らし』
コーディネーター:守田敏也(フリーライター 篠山市原子力災害対策検討委員会委員)
パネリスト    :佐藤幸子(放射能から子どもを守る福島ネットワーク代表)
          :大月 傑(NPO法人風和職員)
          :森田靖久(丹波新聞社記者)
          :廣岡菜摘(福島市から避難移住 篠山市在住)

主催:どろんこキャラバン☆たんば実行委員会
共催:NPO法人バイオマスフォーラムたんば・NPO法人風和・ピースたんば
   新しい風プロジェクト・3.11を憶念する会・つなぎ村こどもプロジェクト
   丹波篠山避難移住者ネットワーク:こっからネット
後援:丹波の森公苑・丹波県民局・篠山市・丹波新聞

問い合わせ:どろんこキャラバン☆たんば 実行委員会事務局長 足立眞理子
Email:doronko.caravan@gmail.com
http://doronkocaravantanba.seesaa.net/ 
*託児の必要な方はご予約ください*
 

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2月24日 兵庫県三田市

~三田っ子の健康を守る食べ物、避難計画のお話~
“子育てするならゼッタイ三田”の素敵なキャッチフレーズの三田にふさわしく、安心して子どもをはぐくみ、成長を見守るため、食についての最新の情報や放射能から身を守るために必要な情報を、ジャーナリストの守田敏也さんに京都からおいでいただき、お伺いします。
穏やかでわかりやすいお話で定評の守田さんは、精力的な福島支援活動を展開されながら、 お隣の篠山市でも避難計画の策定をなさっています。
素朴な疑問や不安なことなどを、気楽に質問できるコーナーもたっぷり時間を用意しますので、 皆様の日ごろの心配を解消するこのチャンスにどうぞお気軽にご参加ください。

日時:2月24日(日)13時半~15時半
場所:フラワータウン市民センター視聴覚室 (神鉄フラワータウン駅すぐ)
参加:500円
 ※一時保育あります。必ずご予約・事前連絡ください。 子ども1人300円、きょうだいは二人目から200円

主催 三田の未来を守る会 給食を考える部会
未来公房
申込・問い合わせ先 ryuujin55@gmail.com
090-6736-6750
(アマノ・留守電に連絡先をお知らせください折り返しご連絡します)

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2月27日 京都市

東日本大震災から2年・・・ 被災地はいま
~私たちが知らなければならないこと、しなければならないこと~

日時:2月27日(水)午後6時30分
場所:職員会館かもがわ 大会議室
講師:守田 敏也 さん

主催:京都市職労

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この他の予定

2月23日 京都市 
3月2日  彦根市
3月9日  奈良市
3月10日 西宮市
3月10日  加古川市
3月16日 京都市
3月20日 京都市

 

 

 
     


 

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明日に向けて(613)ストロンチウムはどこへ?・・・東電魚介類調査から考える

2013年01月23日 23時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130123 23:30)

1月18日に東京電力が福島第1原発の港湾内で採ったムラソイから、1キロあたり25万4千ベクレルの放射性セシウム濃度が検出されたと発表しました。すでにこの事実をご存知の方も多いと思うのですが、僕はこの報道に接した時に、いったんは「どんどんひどい汚染実態が出てくるな」とは思ったものの、何かもやもやした懐疑を抱きました。
というのは、これまで東京電力が、事実を正直に発表したことなど一度もなく、常に何らかの意図が隠されていたからです。特に驚くべき事実が発表される時ほど、何かが強く隠蔽されようとしてきています。それでは今回の東電の発表の意図にあるものは何なのか。
実はここ数日、このことを調べるために、東電や水産庁の発表した魚介類の汚染データを繰り返し調べていましたが、何度か迷宮に入りそうになりました。数字を見ていてもなかなか何が隠されているのかいないのか見えにくい。それでもようやくおぼろげながら見えてきたものがあります。それは海に膨大に流れ込んだストロンチウムの行方についてです。

ストロンチウムについては、事故当初より、多くの人々が懸念を抱きながら、いまだ確証的な調査結果が出てきていないのが実情です。セシウムについては、市民レベルでも測れる。実際に全国でおよそ100ヶ所以上の市民測定所が立ち上がり、精力的な測定が行われています。それでも政府も東電も、さまざまなごまかし測定を繰り返していますが、これに対しては市民の側で対抗していくことがまだできます。
しかしストロンチウムは今のところ、市民レベルでは測ることは困難です。専門の調査機関に持ち込んで、市民の側が汚染を暴いた例などもありますが、セシウムの汚染ほどに恒常的な測定ができません。そのためセシウムの値がかなり小さくても、他の核種は大丈夫なのかという不安がつきまといます。

そもそもストロンチウムはどれぐらい原子炉から飛び出したのか。これまでの土壌などの測定から見えているのは、セシウムと比較して100分の1から1000分の1程度の量が飛んでいるということです。関東から東北のかなりの地域に飛んでいることが確認されています。2012年7月24日に文科省が発表したデータでは、秋田県、岩手県、茨城県、神奈川県、群馬県、埼玉県、東京都、栃木県、千葉県、山形県で、福島原発由来と考えられるストロンチウムが検出されています。
ストロンチウムはセシウムに比べて、人体に対しては数百倍危険だと言われていますから、これだけでもかなり深刻な汚染であることがわかります。

しかしこのセシウムとの比較値は、チェルノブイリ原発事故と比べると非常に小さい。なぜかと推論すると、チェルノブイリでは爆発によって原子炉の蓋があいてしまい、しかも炉内で火事が起こって、放射能が上空高く舞上げられて、風にのって拡散してしまったことに対し、福島原発事故では、原子炉の上部はそれほど壊れず、ヨウ素やセシウムなど、ガス化しやすいものが飛び出していき、ストロンチウムはそれほどは飛び出さなかったことが考えられます。
ただしこれは大気に飛び出した放射能のことで、福島原発の場合、原子炉に穴があいてしまい、炉心を冷やした水が膨大に環境中に流れ出しました。この水で炉内にあった放射能がどんどん押し出されてしまった。そのためストロンチウムは、大気中にはセシウムの100分の1から1000分の1しか飛ばなかったかもしれませんが、海には大量に入ってしまったことが推論されます。
これを裏付けたのは朝日新聞による東電発表に基づいた試算でした。2011年12月18日に発表されたもので、ここでは2011年4月から5月までで、少なくとも約462兆ベクレルの放射性ストロンチウムが流出したことが指摘されています。東電が同じ時期に流出した放射性ヨウ素とセシウムの総量を約4720兆ベクレルと発表しているので、ストロンチウムはその1割に相当することになります。セシウムだけを考えるのならば、(ヨウ素とセシウムの比を1対1と仮定して)ストロンチウムは2割は出ていたことになります。

こうした朝日新聞の発表に対して、東京電力は対応していくことが必要だと考えたのではないか。というのは福島第一原発から20キロ圏内の漁獲類の放射性核種調査が、2012年の3月末から始められたからです。そもそも20キロ圏内は立ち入り禁止区域であり、政府関係者と東電しか立ち入れない場所であるわけで、もっと早くから調査がされてしかるべきでしたが、事故後、1年以上も東電はそうした調査をしませんでした。それが俄かに漁獲類調査を始めた動機の一つに、ストロンチウム汚染に関する朝日新聞の指摘があったように思えます。
しかしだからといって東電がその後に、ストロンチウムの調査と発表をすぐに行ったわけではありませんでした。3月29日以降、月に何回か、20キロ圏内の約10箇所のポイントの魚介類を調べてセシウムの汚染値を発表することが繰り返されてきました。その中で、8月1日に定点観測地点の一つの太田川沖合1キロ付近(南相馬市沖合)で、セシウム合算で1キログラムあたり25800ベクレルのアイナメが発見されました。実際には3万を超える数値のものと、1万を下回るもの2匹を合算した数ですが、それでも事故後最大の汚染魚の発表として注目を集めました。(発表は8月21日)
このようなデータが出てきた時に、多くの人が感じるのが「生態濃縮が進んでいるのではないか」ということだと思います。実際にその可能性があるとは思いますが、しかし注意すべき点は、同調査が始まったのは2012年3月からであり、同じ地点でのそれ以前のものとは比較ができないことです。それ以前の最大値をみると、淡水魚は除いて、2011年4月19日に、福島県いわき市でイカナゴ稚魚か1キログラムあたり14400ベクレルが検出されています。それに対して今度は25800ベクレルの値だったわけですが、しかし測った場所も魚も違うので比較がしにくい。

それでさらに9月以降の発表資料を見ていて驚くべき事実に突き当たりました。というのは3月29日以降、毎回発表されるのは、セシウム134と137、および合算の数値のみであり、だんだんこちらの資料の見方もルーチン化して注意力が落ちてくるのですが、それでも執念深く毎回のものを追っていくと、11月30日の発表資料にだけ、いきなりセシウム以外の核種の調査として、放射性の銀110mと、ストロンチウム90の調査結果が出てくるのです。本当にいきなりです。
しかも銀110mの検体が21あることに対して、ストロンチウム90は3つしかない。また実は採取は6月から行われています。重要なデータなので、魚の名前、採取場所など、細かいデータを記しておきます。
コモンカスベ(筋肉) 木戸川沖合2キロ付近 2012年6月16日採取 銀ND ストロンチウム90 0.48ベクレル、セシウム合算合計1000ベクレル
シロメバル(筋肉)  木戸川沖合2キロ付近 2012年7月15日採取 銀ND ストロンチウム90 0.61ベクレル、セシウム合算合計1630ベクレル
マツカワ(筋肉)   2F敷地沖合2キロ付近 2012年7月15日採取 銀ND ストロンチウム90 0.81ベクレル セシウム合計合算1670ベクレル
(ただしストロンチウム90は魚全体で測定)

これをみると、6月7月の時点で、東電がストロンチウムの測定をする意志があったことがはっきりします。同時にわずか3体の測定で終わらせるつもりであったことも非常に見えやすい。その上で8月に「最大汚染魚」が東電によって発表されている。つまりこのときも、こっそりストロンチウムの測定をしつつ、それから目をそらすために「最大汚染魚」の発表をしたのではないかと思えてきます。

なぜそのように考えるのかと言えば、この11月30日の発表には、驚くことに「1F20km圏内海域における魚介類調査報告(H24年7月~9月採取分)」というものが忽然として現れてくるからです。毎回のルーチン化された汚染値の発表の下、しかもいきなりのストロンチウム測定値の発表後にこれが出てきます。
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/images/handouts_121130_02-j.pdf

しかもこの「2-5」に「セシウム以外の核種濃度調査結果」が出てきます。そこで7月から9月採取分として(わざわざ6月分をのぞいて)わずか2検体分の数値が出されている。最大0.81、最小0.61、平均0.71(単位はBq/kg)とありますが、2匹で最大も最小もないものです。
さらに驚くべきことは、ここにやはりいきなり3月から6月採取分として、7検体が出てくることです。ここでは最大1.5、最小0.12、平均0.62(単位同じ)となっているのですが、東電が3月から6月に発表したデータにはこのことはまったく載っていませんでした。これらはここで初めて出てくるデータなのです。つまりこのころから東電はストロンチウムを測っていながら、意図的に発表していなかったのです。
その上で、この11月30日の発表では、この検体2体を青い線で囲み、青字で次のように書き加えています。「ストロンチウム90/セシウム137濃度比は、0.0002~0.002と非常に低いレベル」・・・。
ここまで読んで、ああ、これが言いたかったのかと合点しました。値の大きめの魚ははずして7~9月の2検体のみに絞込み、それまでの発表ではセシウムについては134と137の合算値しか書いてこなかったのに、ここでは137とだけ比較する。それで「セシウムに対してこんなに小さいぞ」と強調したかったわけです。

こうした発表の後に、本年1月18日の25万5千ベクレルの汚染魚発表報道が出るわけですが、これをよく見ていくと、この2012年12月20日に採取した魚は、なんと「1F港湾内(物揚場付近)」から採取されています。実は2012年3月からの調査で、一度もこんなに原発の近くから採取されたことはないのです。すべてが沖合1キロ以上からです。それらは定点観測点の番号がついているのですが、この時だけ、定点にない原発直近から採取されている。それで「最高汚染魚」の発表になっているわけです。
しかし原発の直近には今でも汚染水が流れ込んでいることは明らかで、誰にだって最も濃度が高い汚染地帯であることはわかります。だから東電も事故から2年近く、一度も測りはしなかった。ところがここで敢えてこの場所の魚を測って見せたわけです。なぜか。一見すると東電に不利に見える高濃度の汚染魚の発見が発表されることで、東電のデータの信ぴょう性が少しは上がるからです。そうするとストロンチウムの発表にもより信ぴょう性が得られることになる・・・と東電は考えたのではないか。

しかしこの2検体しか調べていない濃度比が正しいデータと言えないことは、少し調べればすぐに見えてくることです。というのはおそらくここまで細かい打ち合わせをしているわけではない水産庁がもっと高い値を出してしまっているからです。
問題のデータは2012年11月15日に発表された「水産総合研究センターによる水産物ストロンチウム調査結果」です。
http://www.jfa.maff.go.jp/j/sigen/housyaseibussitutyousakekka/pdf/121115_sr_result_jp.pdf

ここに出てくるのもたったの5検体(マダラ、シロメバル、ムシガレイ、ゴマサバ、イシカワシラウオ)で、あまりに少なすぎますが、ここに出てくるそれぞれの魚のストロンチウムとセシウム(合算)の比を分数でみていくと、マダラ・1/1133、シロメバル・1/588、ムシガレイ・1/425、ゴマサバ・1/237、イシカワシラウオ・1/118であることがわかります。
東電が発表した0.0002とは分数では1/5000、0.002は1/500です。これはセシウム137だけの値なので、今、大雑把に約7割のセシウム134があったと過程すると、1/3000~1/300となりますから、水産庁の値は3倍ぐらい、高いことがわかります。
しかもこれとてもあまりにわずかな検体でしかなく、汚染が海の中でもまだらになっていることなどを考えてみても、およそデータに値しないものであるとしか言えません。というよりこういうあまりにも非科学的なデータの出し方では、水産庁とても、わざと少ないものだけを選んだのではという疑惑も拭えません。

これらから結論づけられることは、東電がストロンチウム汚染の実態を隠そうとしているのではないかということです。その関連の中で、25万5千ベクレルの汚染魚の発見の発表もあったのではないか。反対に言えば、このようなことで東電の発表を信じてはならないということです。
少なくとも3月から12月までえんえんと繰り返し魚を採取しながら、わずか9検体の魚しか調べず、しかもそのうち6検体についてはデータ公表もせず、最後に2検体だけ取り上げて、「ストロンチウム90/セシウム137濃度比は、0.0002~0.002と非常に低いレベル」などと発表するあり方そのものが、まったくもって不誠実であり、法律的にはどうあれ詐欺行為そのものであると言わざるを得ません。こうしたことを未だに繰り返しているのが東電だということを私たちはしっかりと認識しておく必要があります。
ここから浮上してくるのはストロンチウムの汚染がここに出ているようなものではなくて、もっと深刻に広がっているのではないかということです。であれば、何とかしてその実態を市民の側からつかんでいく必要があります。方法の模索も含めて、奮闘していく必要ありです。

それにしても、こうして東電の発表データをつぶさに解析しながら、その不誠実さが見えるに従って、何とも言えない空しさを感じました。少しでも被害を少なく見せるために悪知恵を巡らしている姿が浮かぶのですが「こんなことに力を入れてどうするのだ」と怒鳴って叱りつけたい心境です。こんなことをしている間にやることがあるはずです。
すべての東電社員に、人間としての良心を即刻取り戻しなさいと言いたい。こんなひどい発表などしているときではないのです。そんなことが根本的に分からず、誠実な反省もしない東電が、あの事故の収束の指揮をいまでも採っていることが私たちの根深い危機の一つでもあります。
今できることは、その実態をこうやって丁寧に暴露し、社会的監視を強め、少しでもまともな状態になることを促すことです。そのためにも、また私たちの生命を守るためにも、ストロンチウムの行方をなお追い続けたいと思います。

以下、ストロンチウムについてこれまで考察した記事を参考までに貼り付けておきます。

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明日に向けて(517)ストロンチウム汚染についての考察(どのように広がっているのか?)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/62e8b799a14d88a0a988bf98fa6e3dee

明日に向けて(446)膨大なストロンチウムが環境を汚染している!(焼却は極度に危険)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/2e5cab4b20a545032ace3fe119c61d64

明日に向けて(347)4兆5千億ベクレル以上のストロンチウムが漏れ出している
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/2f48916ed9a40591031752e7a12fb858

明日に向けて(290)放射性物質:横浜でストロンチウム検出
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/bcd30bd2d0527804dfe48829eab3749d

明日に向けて(149)キュリウム・アメリシウム・ストロンチウムが検出された!
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/29360d5be7cccc6d875fbd108858455c

 

 


 

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明日に向けて(612)書評『原発をつくらせない人びと-祝島から未来へ』(岩波新書)・・・(1)

2013年01月17日 22時00分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130117 22:00)

前回の記事で「さあ、もう一度、脱原発のうねりを!」という呼びかけを発しましたが、こうした気持ちをさらに高めていくためのかっこうの良書に出会いました。『原発をつくらせない人びと-祝島から未来へ』です。著者はノンフィクションライターの山秋真さん。昨年末に岩波新書の一冊として上梓されました。
一気に読了して多くの人にぜひ読んでいただきたいと思いましたので、紹介させていただきたいと思い、書評に挑戦することにしました。

題名からわかるように、同書は、山口県上関町に建設が予定されている上関原発建設を、身体を張って食い止めてきた祝島の人々を取材したルポです。とくに工事船が繰り返しやってきて、海の上で激しい攻防が行われた2011年2月には、著者自身が祝島に長期滞在に、抗議船に何度も便乗して、人々とともに身体を張りながらの取材を行なっています。読んでいて身体が熱くなってくる迫真のルポルタージュです。
各章のタイトルを列挙しておきます。序章・原発ゼロの地、第一章・おばちゃんたちは、つづける、第二章・祝島 その歴史と風土、第三章・陸でたたかう、第四章・海でたたかう、第五章・田ノ浦と祝島沖の二〇一一年二月、第六章・東電の原発事故のあと、終章・未来へ、これに、あとがきが加わっています。

まず序章で、脱原発の立場にある人にとって極めて重要な情報がコンパクトに記されています。この50年の間に、私たちの国には福島第一原発をいれると、17ヶ所に54基もの原発ができてしまったのですが、実は運転にいたった原発は1970年までに計画が浮上したものだけだという事実です。1971年以降に浮上した計画は、すべて食い止められてきて、運転を許してないのです!
一方で原発を作らせなかった地は、2012年11月現在で34ヶ所もあります!これはまだ攻防が続いている上関をのぞいた数です。とくに紀伊半島では、和歌山県内で5ヶ所、三重県内で4ヶ所もの地域で、計画を断念に追い込んでいます。紀伊の人びとがどの計画も止めたのです。
実に素晴らしいことです。各地域の努力がなかったら、私たちの国の原発サイトは現在の17ヶ所どころではなく、51ヶ所にもなっていたのです。そこにそれぞれ複数の原子炉が建てられる計画でしたから、炉の数も軽く100基を超えていたでしょう。

原発建設の実態を調べると、どこでもするに見えてくるのは、お金を湯水のように使って地域の人々を抱き込もうとする嵐のような施策の連続です。しかしそれでも1971年以降、一つの原発の運転も実現されてこなかった。つまり膨大な買収のためのお金を蹴って、自然を守った人々が、私たちの国には本当にたくさんいるのです。何よりそのことに、心から感謝したいと思います。
「原発をつくらせない人びと」というタイトルを背負った本書は、まずこのことから書き始めています。続く一章からは、もっぱら祝島の人たちの奮闘が描かれていくのですが、著者がこの書を、原発を阻んできた全国の人々の代表として、あるいは象徴として、祝島のことを書いていることが伝わってきます。祝島のリアリティの中に、私たちは自然を守ってきた全国の人々の息吹をも感じ取ることができます。

さてその祝島の話の最初に出てくるのは「おばちゃんたち」です!ちなみに上関原発建設予定地は、山口県の東部、瀬戸内に半島がせり出した先にある上関町の長島、田ノ浦湾にあります。本州側から見えない地点です。その田ノ浦湾の向かいにあるのが祝島です。
ここに原発建設をめぐる動きが水面下で始まったのは1982年1月のこと。6月には上関町長が原発誘致に賛成の声を上げました。これに対して11月に、原発に反対する人々の呼びかけて、当時1000人いた祝島島民の9割が参加する「愛郷一心会」が結成されました。のちの「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の前身です。
島の人々は、高木仁三郎さんなどを呼んで学習を深め、同年11月16日に初めての原発反対海上デモを行いました。すぐに陸上でのデモも始まります。これが毎週続けられ、2012年11月19日までに1150回を数えました。当初はデモの届けを出しておらず、記録されていなかったので、実際にはもっと多い数になるそうです。

この陸上デモの先頭に立ったのが「おばちゃんたち」でした。当時、子育てが終わった50代ぐらいの女性たちが5~60人集まり、次第に数を増やしながらデモを行いました。初めの一年は「婦人部のデモ」と「一般のデモ」と、週に2回もデモをしたそうです。女性の参加者は多い時で300人にもなりました。どうしてそんなに頑張ったのかという著者の問いに、「おばちゃん」の一人は、「絶対(原発を)建てさせないという一心でせた」と答えています。(でせたは祝島の方言)
あるいはこんな言葉も漏れてきます。「男はそっちのけ。おなごのほうが強いちゃ。(運動を)せてみてから(そう)思いよった。男はおとなしいもんじゃった」「男はつまらんよ。ケンカいうたら、おなごでなけりゃ!」・・・。
2011年3月11日の福島第一原発事故以降も、全国でものすごい迫力で動き始めたのは、小さな子どもを抱えている女性たちでした。もちろんたくさんの男性が一緒に立ち上がりましたが、やはり女性の素晴らしいリードがあって、これまでの盛り上がりが作られてきたのが事実です。そんな女性たちの姿が、祝島の女性たちの言葉にダブって見えてきます。 

その後、原発に反対する島民たちは、1983念の上関町町長選に独自候補を立てて選挙運動を展開。惜しくも敗れてしまいますが、大方の予想を大きく超える得票を得ました。町議選でも激しい運動を展開。1986年には定数18議席中、7席を反対町議が獲得しました。
やがて1992年2月に、愛郷一心会が「上関原発を建てさせない祝島島民の会」に改組。反対運動だけでなく、原発に頼らない町おこしを目指し、激しい攻防の中で中断していた伝統行事の「神舞(かんまい)神事」を復活させました。以降、島民の会を中心とした粘り強いたたかいが、延々と繰り広げられていきます・・・。

第2章に入って、著者はいったん歴史の大きな流れに視点を移します。ここでぜひとも参照していただきたいのは瀬戸内海の地図です。上関と祝島は、本州と四国と九州に挟まれたところに位置しています。西には周防灘が広がり、南には豊後水道が続いている。このため古くから海の路の要衝でした。著者は歴史家の網野善彦さんを参考にしつつ、祝島の歴史的位置性を考察していきます。
網野さんは、それまでの史学が、天皇を頂点とした農耕民の社会として日本社会を論じてきたことを批判的に捉え返ししつつ、「漂白の民」など、土地に縛られずに自由に行き来していた人々に大きく光を当てて、独自の網野史学を開いた方です。その視座から海の路の交差点にあるこの島を見ていると、確かに往時に自由にここを行き交った人々の姿が彷彿としてきます。そしてここから「祝島」の名の由来も導きだされます。
「古来、行き交う船の航行安全を守る神霊の鎮まる地として崇められてきた島は、古代からの神職のひとつである『祝(ほうり)』から名をとり、いつしか『祝島』と呼ばれるようになった」(同書p46)

祝島の神霊的な位置性は、この島が交易の中心であったことにも支えられていました。というのはこれも網野史学の中で明らかにされてきたことですが、古来、交易は神聖な場でのみ行われることが許されていました。なぜかと言えば、今とは違ってあらゆるものは、人との霊的なつながりのあるものとして捉えられており、そのつながりが切れない限り、譲渡することはできないと考えられていたからです。
ではどうすればいいのかというと、神聖な場にそのものを投げ込んで、ものとの縁を切る。それでもってはじめてそのものは、他者にわたることができたのです。そのため交易の場=市庭(いちば)を司るのは、俗世間と縁をたったものたち=聖(ひじり)なのでした。神仏混淆した古代、中世の世界には、神官や仏僧がその位置を担いました。著者はこうした点を次のようにまとめています。
「かつては公益や金融は、聖なる世界とかかわることてはじめて可能となったそうだ。そのため中世では、神仏に直属するという資格で初めてたずさわることができた」(同書p48)

こうした風土の考察の中に、著者は、「お上」に服従しない島の人々のアイデンティティの由緒を探りあてているように思えますが、さらに面白いのは、島に残る「ジンギ」という言葉に着目している点です。祝島ではものを分かち合うことを「ジンギする」というのだそうです。そこには強い、平等感覚が込められています。著者は「ここにはジンギが生きている」と説きます。
これを読んで思い出すのは、同じく海の路を往来した人々を軸に世界史の捉え返しを行った、京都大学名誉教授、高谷好一さんの考察です。東南アジアを研究でくまなく駆け回った高谷さんによれば、人類は二つの帝国を作ってきたことがわかるといいます。陸の帝国と海の帝国です。陸の帝国は中国社会に典型なように、ピラミッド型の王朝を作ります。上下の支配関係が作られるのです。
これに対して海の帝国は、水平型で互恵的な関係を作るというのです。互いに嵐があるときは港を貸し合い、助け合う。そのためピラミッド型にはならず横のつながりが作られ、それこそ「仁義」が支配的な関係が形作られてきたというのです。ちなみに高谷さんは、その海の路が、東南アジアから、瀬戸内へとつながり、琵琶湖に直結していたともいいます。琵琶湖畔の下郷遺跡の発掘調査に基づいた見解です。

こうした風土の分析が、学問的にどれだけの評価を受けているのか、僕には分かりませんが、こうした海の民の視点から、祝島を考察してみることはとても重要であり、同時に豊かな発想をもたらしてくれるものだと思います。かつてより人々は必ずしも「お上」に服属してきたのではありませんでした。どんなに強い社会的権力が存在したときも、それにまつろわず、自由闊達に生きる人々がいたのでした。
そして今も祝島の人々は、政府と電力会社が政治権力を傾けても、札束を唸らせても、けして屈することなく、宝の海を守り続けています。そうした生き方はかってから可能であり、今も可能であること、それを祝島の風土を見る中でつかむことができます。

同時にこの位置性は自然の大きな恩恵をもこの地域にもたらしています。瀬戸内海に豊後水道が注ぎ込む位置にあるため、生物多様性の宝庫と呼ばれているのです。しかも周辺に大規模開発の波が押し寄せなかったために、この天の恵みが今も守られています。
今、瀬戸内海では自然の海岸が残る地域は2割しかないそうですが、この周辺海域は、7割以上が自然の海岸のまま。なかでも原発予定地とされている田ノ浦湾では、他の地域で絶滅したか、絶滅が危惧されている貴重種が多く見られるのだそうです。この地域はまた、失われてしまった瀬戸内海の生態系の姿を残す地域であり、それだけに他にもまして、汚してはいけない海です。

著者はこのように、歴史風土と自然条件の双方から、祝島や上関の素晴らしさに迫り、この島とこの海域を守ることの大切さを訴えて、以下の章での島民たちの奮闘へとつなげていきます。

 

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明日に向けて(611)全国107都市以上で金曜行動! さあ、もう一度、脱原発のうねりを!

2013年01月14日 23時00分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130114 23:00)

極端に右寄りで、原発も再度推進しようとしている安倍政権を迎えた2013年。初の金曜行動が1月4日、11日に行われました。
昨年末までに毎回5千人の参加を維持していた東京・首相官邸前では1万3千人が参加。脱原発のうねりが再度、高まりつつあることが示されました。

マスコミでこのことを伝えようとしているのはまたも東京新聞のみ。記事のタイトルは「脱原発デモ 参加者増の兆し 自民政権に危機感」です。
記事は以下のように11日の様子を伝えています。「東京・永田町で毎週金曜夜に続けられている脱原発の抗議活動が十一日夜、今年初めて行われた。主催者発表で夏場は十万~二十万人に上った「官邸前デモ」は秋以降縮小したが、原発再稼働に積極的な自民党への政権交代を機に再び人波が増えているという。」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013011202000108.html

他にも報道がないか検索してみたところ、わずかに朝日新聞が、官邸前行動が行われたことのみを人数もなしに伝えているだけ。東京以外の地域の動きに関する報道を探しましたが、全く見つけられませんでした。地方新聞の全てを検索できたわけではないので、把握できていない記事もあるかとは思いますが、相変わらずのマスコミの無視の姿勢は残念です。
それで市民運動の中で、各地の動きを把握している方たちはないか探したところ、ありました!!すごい執念で、全国で行われている水曜行動が網羅されていました。素晴らしい!感謝です!しかもそれぞれにネットやツイッターでの発信している情報のURLも記してあり、各地域での告知が見れます。写真が見れる場合もあります。

このサイトは以下から見れます。ぜひクリックしてください!!

全国金曜抗議一覧 1月11日(第2週)分 随時更新 : 「脱原発系デモ情報拡散」まとめ
https://docs.google.com/spreadsheet/pub?key=0AvJeQ7wWUEaZdEtyNWt6U0poZUJzYk40RU9lekVibnc&output=html

ここに記されたものから、各地方毎に、どの県のどの都市で金曜行動が行われているのかをまとめてみました。地方別にわけると北海道8、東北11、関東19、中部22、近畿17、中国8、四国4、九州18です。合計で107箇所。おそらく把握漏れもあるでしょうから107箇所以上と言えると思います。
ご自分の住んでいる地域、出身地などで、「え、そこでやっているのは知らなかった」という方は、ぜひ上記のサイトから詳しい情報を得てください!以下、サイトより把握した展開都市を列挙します!

***

北海道8 札幌3、旭川、函館、伊達、釧路、帯広

東北11
青森県1 青森
岩手県1 盛岡
宮城県2 仙台、大崎
秋田県1 秋田
福島県6 福島3、郡山、いわき、南会津

関東19
茨城県3 水戸、牛久、土浦
栃木県1 宇都宮
群馬県2 高崎、前橋
千葉県2 千葉、柏
東京都9 区内7、八王子、立川
神奈川県2 横浜、川崎

中部22
富山県2 富山2
石川県1 金沢
福井県1 福井
山梨県1 甲府
長野県4 飯田2、長野、上諏訪
岐阜県6 岐阜2、大垣2、各務原、垂井
静岡県3 静岡、富士宮、掛川
愛知県4 名古屋3、阿久比

近畿17
三重県2 三重、いなべ
滋賀県1 大津
京都府2 京都、京丹後
大阪府4 大阪、羽曳野、寝屋川、茨木
兵庫県4 神戸、姫路、西宮、加古川
奈良県2 奈良2
和歌山県2 和歌山、新宮

中国8
鳥取県2 鳥取、米子
島根県1 松江
岡山県2 岡山、倉敷
広島県2 広島、三次
山口県1 山口

四国4
徳島県1 徳島
香川県1 高松
愛媛県1 松山
高知県1 高地

九州18
福岡県2 福岡、北九州
佐賀県1 佐賀
長崎県5 長崎、佐世保、諫早、大村、佐々
熊本県1 熊本
大分県1 大分
宮崎県1 宮崎
鹿児島県7 鹿児島2、霧島、屋久島、薩摩川内、奄美、鹿屋

***

圧倒的な数といって良いのではないでしょうか。

なお金曜行動とは別に、日曜日により大きなデモを行おうという動きも各地で活発化しだしているようです。
これについては以下のサイトがまとめを行なっています。

デモ開催情報まとめ(地震・原発関連)
http://www47.atwiki.jp/demomatome/

福島原発事故から2年目の3月11日に近い3月9日、10日にも、各地で大きなデモが計画されていますが、
東京での呼びかけを、これまた東京新聞が取材しています。

事故2年 3月9日に脱原発集会 大江さんら呼び掛け
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013011102000108.html


これだけの全国的な動きがあるのに、昨年末の総選挙にはこのうねりがなんら結実しませんでした。確かに残念ですが、自民党の「大勝」は、あまりに歪んだ小選挙性がもたらしたものであり、それが民意を示しているわけではまったくないこと、この各地の金曜行動などにこそ、脱原発の意志の高さが現れているのは明白です。
同時に、それが選挙に反映しなかったのは、脱原発を訴えるどこの政党も、4号機の倒壊の危険性や、福島をはじめとする広範な地域の被曝という深刻な現実といかに立ち向かうのか、肝心なことをほとんど語らなかったためです。それがあれほどに捻れた結果を作り出してしまった。自民党など「惨敗」だった前回総選挙より、総得票数を減らして「大勝」しているのです。

肝心なことは、もはや政治家や政党にこの国の行く末を任していてはダメだということです。民衆の直接行動こそが必要です。そしてそれはすでに全国で動き出しています。マスコミが伝えてないだけで、すでに大きなうねりになっています!
このことに自信と誇りを持ちましょう!!先に上げた107の都市に書かれていない本当にたくさんの都市で地域で、もっと無数の行動が行われているはずです。実際の動きはもっともっと大きい。107都市の行動は氷山の一角です。

そしてその一つ、一つを、今、この記事を読んでくださっているみなさんが担っているはずです。金曜行動としては現れない講演会、学習会、討論会、あるいは日常的なビラまき、ポスティング。いやそれだけでなく原発事故の当事者を告発する告訴の動き、疎開を求める裁判の動き、がれき焼却を止める行政交渉の動き、本当に数え切れない行動が行われています。
その現場、現場では、ときに私たちは孤立しているようにも思えるかもしれませんが、そんなことはけっしてありません。ただ無数の行動が報道されていないだけです。そのことに自覚的になり、私たち民衆の力の総体に自信を持ちましょう!

民意を得ているわけではなく、歪んだ小選挙区性で議席を大量確保した安倍政権にはけして大きな力はありません。民意の支えがないからです。にもかかわらず、原発推進を掲げ、さらに自衛隊の国防軍への改組や憲法改悪までもを掲げている増長した姿こそ、むしろ安倍政権の弱さの現れです。安倍政権は「張子の虎」にすぎないのです!
さあ、もう一度、脱原発のうねりを作り出しましょう。すでに各地で立ち上がっている動きに、互いに注目しあい、エールを送り合って、進みましょう。デモス(民衆)にクラチア(力)を! Power to the people!

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明日に向けて(610)復興に名を借りて大型公共事業の復活が画策されている・・・

2013年01月11日 23時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130111 23:30)

明日に向けて(606)で、岩手県大槌町に派遣されていた宝塚市の職員が、自ら生命を絶ってしまった問題を取り上げました。背景にあるのが絶望的な復興の遅れであり、必要な法整備などが進まないために、矛盾が町民や職員に押し寄せていることを指摘しましたが、多くの反響があり、より大槌町や三陸海岸の状況が見えてきています。
とくに重要なのは、復興が遅れているだけでなく、復興に名を借りた大型公共事業の復活が画策されていることです。大槌町ではなんと1970年代から計画されながら、滞ってきた大型道路建設が、この大災害を機に進められようとしています。今もなお、仮設住宅にたくさんの人が住んでおり、なおかつ新たな住居を立てる平地も不足しているのに、大型道路を作ろうというのです。あまりにひどい!

こうした事実に対して、切り込んだ取材をしているマスコミはないかと検索してみたら、東京新聞が記事を書いてくれていました。昨年末、大晦日の出稿です。
記事のタイトルは「生活再建より公共事業 三陸沿岸道、巨大な実験施設…」。それによると「三陸海岸道路(仙台市-青森県八戸市)など主な三幹線だけで二百二十四キロが整備される」とのことです。この三陸海岸道路を、復興が進まずに人々が喘いでいる大槌町をも通そうとしているのだと思いますが、記事には「財務省幹部は「造っても利用者が少ないとみて長年放置されてきた区間が含まれている」と明かす」という重大事実が書かれています。

一方で、津波の被害はまったく受けていない内陸部の一関市や奥州市にまたがる北上産地に、「国際リニアコライダー」なる巨大実験施設の建設が計画されているといいます。岩手県の誘致によるものですが、地下100メートルに50キロものトンネルを掘り、「宇宙誕生直後の状態を再現」するのだといいます。これのどこが「復興」なのでしょうか。自民党時代に繰り返されたハコモノ行政以外のなにものでもないです。
記事はこうした住民不在の「復興」の名を借りた公共事業が、阪神大震災後の神戸でも行われたことを指摘しています。その象徴が神戸空港ですが、ご存知のように同空港は、開港後の利用者数は需要予測を大きく下回り、経済負担だけを地元に残しています。
こうした悪例がありながら、何の反省もなしに、復興に名を借りた大型公共事業が画策されている。本当に腹立たしいことです。こういうことを平気で行いながら、「絆」を連呼するこの国の政治家・官僚たちのモラルのひどさに、今さながら憤りを感じます。

こうした傾向が、無駄な公共事業の連発によって、この国を疲弊させ、借金ばかりを膨らませてきた旧来の自民党政治を何ら反省しない安倍政権によって、大きく強められようとしています。それが安倍政権が1月10日に首相官邸で行った「復興推進会議」における復興予算の増額方針の表明です。
これに対しても東京新聞がすぐに記事を書いています。「復興予算 19兆円超え 首相が増額表明」というタイトルですが、「復興予算をめぐっては、不適切使用の実態が次々と判明。安倍政権は被災地以外の全国防災事業にも使う方針を示していることから、復興予算の増額分が必ずしも被災地の再建に使われるとは言い切れない」と的確な指摘を行なっています。

これらから明らかになっていることは、政府や官僚たちが、三陸海岸の復興に、真摯に取り組もうとしていないばかりか、むしろ復興に名を借りて、これまで実現できなかった公共事業を進めようとしている実態です。こうしたあり方そのものが、被災した方々を踏みしだく行為にほかなりません。なんとしても復興を騙った公共事業の連発を止めさせ、本当の意味での三陸海岸や被災地の復興に予算をまわさせていく必要があります。
そうでなければ、ますます矛盾が深まってしまう。宝塚市の職員さんの哀しい死のような悲劇が再び起こりかねません。こうした政府や官僚の暴走を食い止め、苦しんでいる人々にこそ光が当たるようにすることこそが本当の被災地支援です。

今後、大槌の方たちと連携しつつ、こうした現実をよりリアルに明らかにし、私たちがどのように東北を支援していくのか、その方法や道筋を見つけ出していきたいと思いますが、ともあれ今は、その前提として、復興の名のもとに何が行われようとしてるのかをみなさんとシェアしておきたいと思います。

以下、東京新聞の二つの記事をお読み下さい。
(ちなみに東京新聞の記事には感謝することが多いです。僕は京都在住ですが、東京新聞を購読しようと思います・・・)

************

生活再建より公共事業 三陸沿岸道、巨大な実験施設…
東京新聞 2012年12月31日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/list/CK2012123102100004.html

東日本大震災からの生活再建がままならない被災地で、復興に名を借りた大型公共事業の計画が相次ぎ復活している。これまでは費用対効果が悪いと延期されたり、構想止まりだったりした計画が多い。財源は年明けから始まる所得税の復興増税などだ。住民や専門家からは、地元自治体が維持管理する将来の負担増などへの懸念や効果への疑問の声が上がる。 (木村留美)
 
青森県から福島県まで太平洋沿岸で計画が進む「命の道」。岩手県の復興計画などで、命を守る道路と位置付けられ、三陸沿岸道路(仙台市-青森県八戸市)など主な三幹線だけで二百二十四キロが整備される。
しかし、三陸沿岸道など岩手県内の計画が練られたのは一九七〇年代後半。現在でも生活道路としてつながっており、財務省幹部は「造っても利用者が少ないとみて長年放置されてきた区間が含まれている」と明かす。
それなのに、震災後は復興道路の名目で、本年度は三陸沿岸道に千二十一億円、宮古盛岡横断道路に百十三億円、東北横断自動車道釜石秋田線に百十四億円の予算が付いた。三陸沿岸道の全線開通までの事業費は一兆円ほどを見込む。

一方、沿岸部から三十キロほど内陸の岩手県一関市や奥州市にまたがる北上山地では、国際協力で進められる巨大実験施設「国際リニアコライダー」の誘致に県などが動きだした。地下約百メートルに最大で全長五十キロのトンネルを建設し、宇宙誕生直後の状態を再現する。二〇一〇年代後半の工事開始を目指す。
施設建設だけでも日本の負担は四千億円の見通し。二十年来の誘致構想だが、従来は予算不足が壁だった。一関商工会議所の幹部は「復興予算との合わせ技でなければ計画は実現しない」と説明。県の担当者も「予算の名目は何でもいい」と誘致実現を期待する。
ただ、地元の反応は歓迎ばかりではない。一関市内で商店を経営する女性(52)は「街は活気づくだろうけれど、ここが被災地かと言われればそうとは思わない。復興とは違う気がする」と冷ややかだ。岩手県大船渡市の復興計画に携わる神戸大の塩崎賢明名誉教授は「出来上がったインフラを維持管理するのは自治体だから、甘い見通しで身の丈を超えた公共事業に取り組むのは被災地にとって危険だ。担当が数年で代わる役人は結果の責任をとらない」と述べる。
 
住民不在の復興で公共事業が加速した状況は、阪神大震災後の神戸市でも顕著だった。「創造的復興」を合言葉に開港にこぎつけた神戸空港は、利用者数が需要予測に届かない。二千七百億円を投じた神戸市長田区の再開発エリアは、店舗が少なく閑散とした「ゴーストタウン」と呼ばれている。
震災復興予算に詳しい早稲田大学の原田泰教授は「神戸復興の惨状をみれば、効果のないことに税金を使うより、元の状態に戻す復旧を目指すべきだ」と指摘する。
東日本大震災では一一年度からの五年間で「少なくとも十九兆円」の復興予算が組まれ、そのうち十兆円は来年一月から二十五年間にわたる所得税増税などでまかなわれる。
 
******

復興予算 19兆円超え 首相が増額表明
東京新聞 2013年1月11日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/list/CK2013011102100007.html

安倍晋三首相は、十日に官邸で開かれた全閣僚をメンバーとする復興推進会議で、東日本大震災の復興予算に関して、民主党政権が二〇一一年度から五年間で十九兆円とした予算を増額する方針を表明した。復興予算をめぐっては、不適切使用の実態が次々と判明。安倍政権は被災地以外の全国防災事業にも使う方針を示していることから、復興予算の増額分が必ずしも被災地の再建に使われるとは言い切れない。 (中根政人)

首相が復興予算を増やすのは、東日本大震災の被災地再建を加速させるためだ。根本匠復興相は記者団に「新たな復興増税は視野に入れない」と述べたが、具体的な新たな財源のめどは立っていない。
震災復興をめぐっては、民主党政権が事業期間の十年間で少なくとも二十三兆円とする復興予算の大枠を決定。集中復興期間となる一一年度からの五年間に必要な予算額は十九兆円と定めた。
しかし、一二年度当初までに約十八兆円の復興予算をすでに計上。政府は一二年度補正予算を含む緊急経済対策で復興関連に一兆六千億円を充てる方針で、一三年度予算で十九兆円を突破するのは確実となっている。
民主党政権は、十九兆円の財源のうち、半分以上の約十兆五千億円を所得税などの臨時増税でまかない、国民に負担増を求めた。しかし、被災企業や被災者にとって使い勝手のいい制度でないことから、一一年度は約十五兆円の予算のうち、約九兆円分しか事業が行われなかった。被災地からは復興に必要な予算が足りないとの批判が出ている。

 


 

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明日に向けて(609)京都市左京区(13日)、愛知県蒲郡市(19日)、兵庫県加古川市(26日)でお話します。

2013年01月10日 23時00分00秒 | 講演予定一覧

守田です。(20130110 23:00)

今後の講演予定についてお知らせします。
まずすでにお伝えした内容ですが、13日日曜日に、京都市岩倉のNONベクレル食堂オーナーの廣海緑朗(ヒロミロクロー)さんと対談します。
会場は食堂ではなく、京都市左京区西部いきいき市民活動センターです!お間違えなく。

NONベクレル食堂の紹介や、ロクローさんと僕の馴れ初め?について、以下の記事で紹介済みですのでご覧ください。

明日に向けて(605)NONベクレル食堂オーナー、ロクローさんと対談します!(1月13日)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/f9b93dc49458cac2b23a98f96df91d5a

この日は食べ物のことが課題になりますが、僕自身としては、放射能の問題だけでなく、もう少し広く、今、何をどう食べるべきか、何を選択すべきかについてもお話したいと思っています。
というのは最近、大槌町の仮設住宅を訪れた時に、震災後に10キロ、20キロと太ってしまった方が何人かおられてとても気になりました。みなさん、ご自分のせいだと思っておられますがけしてそうではありません。避難生活で強いられている食事の構造に問題があるのです。こうしたことへの認識を広めたいと思うのです。
今や誰もが太り過ぎは体に良くないことを知っています。太り過ぎは「生活習慣病」に直結していると言われている。メタボリックシンドロームなどという言葉も使われ、それでダイエット関連グッズが売れ続けています。でもなぜ売れ続けているのかというと、それでも多くの人々が太り続けているからです。

では何に問題があるのか。まずは「生活習慣病」という言葉が良くない!これはかつては「成人病」と呼ばれていたものです。それが「生活習慣病」に替えられたのは、医療や福祉の予算を政府が削り出し、「自己責任」という言葉が強調されだしてからです。
つまり「生活習慣病」とうい言葉には、「あなたの生活習慣が良くない。あなたの自己責任が肥満を呼んでいる」という含みがあります。しかし太ってしまうのは往々にして個人の責任とは言えません。社会構造が大きく関わっているのです。

それを如実に示すデータに、『「図表でみる世界の保健医療(OECDインディケータ)』という良書があります。その2007年版には、世界の肥満についてでのデータが載せられています。そこに体格指数(BMI)というものが出てきます。体重(kg)を身長(m)の二乗で割った数値で、25~30が肥満予備群、30以上が肥満とされます。
それがOECD参加国の国民の中でどのような割合になっているのか、2005年を軸とするの表が出ているのですが、OECDの平均は14.6%となっています。私たちの国はどうかというと、実はダントツのスリム国でわずか3%。最も少ない国になっています。2位は韓国で3.5%。3位のスイスが7.7%です。
では最も太っている国はどこか。アメリカです。なんと国民の32.2%、3人に1人が肥満なのです。その次はどこかというと、ちょっと以外にも思えるのですがメキシコで30.2%です。下から3番目はイギリスで23.0%。なのでアメリカとメキシコの肥満は突出していることがわかります。

ここから何が見えてくることは何か。一つには、人々が太っているか否かは、その社会の食生活のあり方に大きく依存しているということです。端的に言って、アメリカ的な生活では人は太ってしまうのです。なにせ3割の人が肥満なのですから。これはすべての年齢層を対象にしたものですから、年齢を上げればこの数値は当然より高くなっていきます。
さらに非常に特徴的なこととしてあるのは、肥満国の2番目に、OECDの中でけして豊かな国とは言えないメキシコが入っていることです。なぜか。ここに現れていることは、1992年に結ばれたNAFTA(北米自由貿易協定)によって、メキシコにアメリカ的な食生活がどっと入り込んできて、この結果が生み出されているということです。
ちなみにNAFTAのもうひとつの締結国カナダを見ても、肥満率は下から9番目。OECD平均を上回る18.0%となっています。

それではアメリカ的な食事は何が悪いのでしょうか。一つには脂質が非常に多いことです。これもアメリカ人が肉が好きだからというのではありません。第二次世界大戦後にアメリカで急成長した食肉産業の戦略によって、肉をたくさん消費する食文化が作られてきたことの結果なのです。これと並んで砂糖を多く使う加工食品も多くなった。それらが必然的に太ってしまう食生活を構成しているのです。
そのためこうした社会では、生活スタイルの軸に置かれている食材の多くが、脂肪や糖分過多で、太りやすくなっていることを知り、食生活を大きく転換していかないと、どんどん太っていくサイクルから脱出できません。そのことを認識せず、太るのは自分の食欲のせいだと考えてダイエットを試みても、多くの場合、リバウンドでさらに太ってしまうばかりです。

さてこのことを踏まえて、では私たちの国はなぜもっともスリムなのかを考えたときに、大きく言えることは伝統的な和食文化が広く社会に浸透し、海の幸、山の幸を利用した食生活が強固にあるために、食の西欧化・・・というより近代化の波に飲み込まれず、脂肪や糖分過多の食生活への移行に歯止めがかかってきたからだと僕は分析しています。
ただしそれはファーストフードの広がりとともにどんどん壊れ出しています。このため最も太りやすくなってしまっているのは、長くアメリカの占領を受けて、アメリカ的食生活が流入してた沖縄ですが、それ以外の地域でも、年齢が低くなるほど肥満の傾向が強まりだしています。今や小学校の児童では肥満率は10%にもなっています。

これに対して海の幸が豊富な三陸海岸は、理想的な食材がたくさんあったのですが、大震災での避難生活によって、その良い食事の構造が壊れてしまっています。漁業が壊滅的な打撃を受け、豊富な海の幸の供給が大きく制限されてしまいました。しかも家や商店の多くも流されてしまい、これまでのようにそれぞれの家庭で自由に調理することができにくくなっています。
もちろんご家族や、知り合いを失った悲しさから、調理をする気力が沸かないという例もあるでしょう。そうなると食生活は、調理の容易な肉類や、加工食品に偏らざるを得ません。そのため避難生活は、運動不足になりがちなことも含めて、肥満と結びつきやすいのです。
従って、被災地域にはぜひとも食事の面からのフォローがなされる必要があります。このことを医療関係者のみなさんにも訴え、何らかのムーブメントを起こさねばと思います。

同時に同じように、この放射能時代、少しでも食べ物のリスクを減らしたいこれからの生活においては、現代の食生活、とくにアグリビジネスなどのもとで、食べ物が商品化されている現状ではどのような問題があるのかということの認識をできるだけ深め、広げていくことがとても重要だと思うのです。
そのためには、近代社会の中で食文化がどのように変化してきたのか。とくに食べ物が、いつから、どのように「食品」という商品=利潤の対象になったのか。そのもとでどのような矛盾が作り出されてきたのかを知る必要があります。
僕自身、まだまだその端緒を学んでいるに過ぎないのですが、幸いにも、身近にこの道を極めている友人(平賀緑さん)がいるので、彼女からもいろいろなことを学びつつ、この問題を掘り下げていかねばと思っています。ちなみに平賀さんは、ここ20年ぐらい、植物油脂の生産・供給がどんどん拡大しており、そのことで新たな肥満構造が生まれて世界的に蔓延しつつあることを指摘されています。
この内容の紹介については、機会を改たにしたいと思いますが、ともあれ食べ物に関する知恵を、単に栄養学の視点だけでなく、歴史的構造的かつ産業的に分析していくことが問われています。

13日のロクローさんとの対談でも、それ以降の講演でも、内部被曝の危険性の認識とともに、ではどうしたらこの危機を超えていけるのかの一つとして、食べ物に関する認識を大きく変えていくこと、その入口のお話もしていきたいと思います。
それぞれの会場のお近くのみなさん。どうかお越しください!以下、企画案内を貼り付けておきます。

***********

1月13日 京都市左京区

内部被曝を生き抜くために 今、知っておきたいこととこれからのこと・・・
-食べ物 どう選べばいいの??-
”脱原発””原発ゼロ”実現のためにできることからはじめようpart3
 
ロクロー
『気づいてないふりして、今まで通りの日常を送る程、オレの神経は丈夫じゃないし、かと言って、出来る事ってこれっぽっちしか無いけれど、全力でやっていかないと自分の子どもたちが生き残れるか分からないよね!?』
 
守田敏也(MORITA Toshiya)×廣海緑朗(HIROMI Rokuro)
 
守田敏也
同志社大学社会的共通資本研究センター客員フェローなどを経て、現在フリーライターとして取材活動を続け、社会的共通資本に関する研究を進めている。
著作『内部被曝』(矢ヶ克馬氏との共著、岩波ブックレット)があり、雑誌『世界』などで、肥田舜太郎医師へのインタビューを行ったり、福島第一原発事故での市民の取り組みや内部被曝問題についての取材報告など、広くネットで情報を発信し、全国で講演を続けている。被災地の人々を支えることとは・・・
 
廣海緑朗
NONベクレル食堂オーナー
岩倉に、料理、飲み物すべてを放射線測定器で測定した安全な食材を使う定食屋を2012年10月にオープン
 
日時:1月13日(日)14:00~16:00
場所:京都市左京区西部いきいき市民活動センター
(左京区田中玄京町149 TEL075(791)1836)
京阪電車出町柳駅から徒歩7分 養生保育所となり
参加費:500円
 
主催:”刷新の会”養徳連絡会 養徳九条の会 ハリーナ9条の会
お問い合わせ:キッチンハリーナ 075(724)3568
 
保育ご希望の方はご相談ください。09099939447(ハリーナ)


*****

1月19日 愛知県蒲郡市

内部被曝から子どもたちを守るために

2011年3月11日の東日本大震災から一年半の時が流れました。一年半の時を経て、マスメディアでは震災関連の報道は極端に減りましたが、被災された方々の痛みと悲しみと不安は、今現在でも全く減ったわけではありません。むしろ今に至って、「放射能」の脅威によって、人と人の間柄が分断され、家族が分解させられ、地域の暮らしが崩壊してしまったという現状の声が上げられています。
そしてあと三年もすると新たな脅威が私たちの暮らしの上にも実感を伴った現実の問題として起こってくると言われています。それは「内部被曝」の問題です。広島・長崎の原爆投下の五年後に小児の癌の発症率が突然三倍に跳ね上がり、核実験・水爆実験が行われた五年後に必ず癌発症率が跳ね上がったということです。放射能の問題は収束しているのではありません。実はこれから始まろうとしているのです。
この度、フリーライターの守田敏也氏を講師にお迎えして、これから私たちがこの被災した時代を生きてゆくにあたり、「放射能・内部被曝」についての本当のとらえ方を教えていただこうと、学習会を企画いたしました。

「チェルノブイリ事故の後でも、食事などに気をつかい、内部被曝を避けようと努力した人やその家族と、安全を確保することをあきらめてしまい、あるいは内部被曝隠しに騙されてしまって何もしなかった人々とでは、その後の被曝量に数倍の開きが出たと聞いています。」(『内部被曝』岩波ブックレット)

と守田氏は語られます。子を持つ親世代の方々にも是非、関心を持って学んでいただきたい内容です。会費は無料です。どうぞ奮ってお誘いあわせの上、ご参加ください。

「放射能・内部被曝」の学習会

日時:2013年1月19日(土)14時~16時ごろ
場所:真宗大谷派専覚寺本堂(蒲郡市役所北)
   御幸町5-37 電話0533-68-5577

参加料:無料
講師:守田敏也氏

主催:真宗大谷派蒲郡市内寺院

*****

1月26日 兵庫県加古川市

「放射線被曝の恐ろしさとは?」-内部被曝の真実・・・子どもたちを守るために-

「内部被曝」という本を岩波書店から矢ヶ克馬さんと共著されている守田敏也さんを加古川に招いての講演会を開催します。

と き:2013年1月26日(土)14時から
ところ:県総合庁舎1F講座研修室

主 催:脱原発はりまアクションの会

 

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明日に向けて(608)東北の位置付けを変えずしてどんな復興策も未来を照らし出すことはない(河北新報社説)

2013年01月08日 19時36分32秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130108 19:30)

明日に向けて(606)で、岩手県大槌町の様子をお伝えしたところ、当の大槌町の方を含め、大きな反響が返ってきています。その一つ一つが、三陸を見捨てた政府のあり方への憤りに満ちており、胸を打たれるものばかりです。
今後、紹介していきたいと思いますが、今日は、こうしたことと深くつながっている河北新報の年頭社説をご紹介したいとおもいます。本年1月1日掲載ものです。
タイトルは「被災を生き抜く/山河を守る独立自尊の気概」です。今回の記事のタイトルとした「東北の位置付けを変えずして、どんな復興策も未来を照らし出すことはない」というのも、この社説の結論部からとったものです。

この社説は今回の正月が被災二度目であることに触れたあとに、ある小説を取り上げています。その名も『阿武隈共和国独立宣言』。著者は村雲司さんですが、福島第一原発事故で被災した架空の村「阿武隈村」が独立宣言を行うというものです。
しかも村民は、独立を守るためと称して核武装も宣言する。放射能で汚染された土を三尺玉に詰めたものを、村の花火師がすでに用意してあるというのです。こうした小説に触れながら、社説は次のように自説を結んでいます。

***

「昨年、沖縄県尖閣諸島の領有権をめぐって日中両国が角突き合わせた。絶海の無人島を守るために費やされた政治的エネルギーに比して、東北復興に割かれたそれは十分だったろうか。復興予算の流用問題は、政官の本質を浮き彫りにしたのではないか。
「阿武隈村」の独立を荒唐無稽と切って捨てることは簡単だが、東北の位置付けを変えずして、どんな復興策も未来を照らし出すことはない。三尺玉に込めるべき火薬、それは「独立自尊」である。」

***

強く共感しました。ただ1月1日の時点では、『阿武隈共和国独立宣言』の内容を読んでいなかったので、ここで取り上げることをためらったのですが、その後、同書も読んでみて、「震災遺物(がれき)」の処理に関する一文だけは共感できなかったものの、作品全体に大きく共感したので、この記事を書く事にしました。

「東北の位置付けを変えずして、どんな復興策も未来を照らし出すことはない」・・・まさに僕のその通りだと思うのですが、実は河北新報は、東日本大震災の3ヶ月後、2011年6月11日にも同様の主張を大きく掲げています。そのときのタイトルは「東日本大震災 被災3ヵ月/東北の位置付け変え自立を」でした。
しかも2011年6月11日の社説も、2013年1月1日の社説も、同じように沖縄のことへの言及が見られます。この国が沖縄に米軍基地を押し付けている理不尽さと、東北に長きにわたって犠牲を強いてきた理不尽さが、同じ差別構造としてつながっていることを意識してです。
今回社説でも次のことが指摘されています。「宮里政玄琉球大名誉教授は差別の根底に「最大多数の最大幸福を目指し、人口の少ないところ、経済的に弱いところに犠牲を強いる功利主義がある」と指摘。原発にも同じ構造を見て取る。」

僕は2011年6月11日の社説を読んだときも、その内容に深く共感するとともに、東北より西の地域がこの訴えを自らにつきつける必要があると考えて、一文を書きました。長くなりますが、今回もまったく同じことを思ったので、引用させていただきます。

***

明日に向けて(150)東北の位置づけ変え自立を(河北新報社説より)(2011年6月14日)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/b1c44d586228246fd43be99ddd561d52

この沖縄の長年にわたる声に重なった河北新報の叫び、東北の声を、他のすべて の地域、とくに電力をたくさん使っていて、なおかつ米軍基地からも遠い都市部に 生きる私たちが受け止めていく必要があると思います。

そもそも私たちの国は、明治維新以降、長きにわたって東北に過重な負担を負わせながら、「近代化」や「高度経済成長」を実現してきました。
電力供給の実態を見てもしかり。福島第一原発など、東京電力管内の外に立地しながら、主に東京に電気を送るために発電してきた。発電プラントの電源自体は東北電力から供給されているという矛盾構造のもとにあります。
ようするに原発が危険だから、東京からうんと離して福島に作った。うんと離した福島から、電力をたくさん送って、東京圏に煌々と明かりが灯ってきた。それは関西電力でも同じことがいえる。危ないから大阪からうんと離して福井に原発を作った。そこにこの国の矛盾が象徴的に現れています。
とくに東北に負担を負わせる政策は、明治維新以来、一貫したものです。明治から昭和にかけての戦争の時代も、東北は常に過酷な戦場に、最も多くの兵士を供給させられてきた。

河北新報の本拠地である仙台市にいくと、中心部から少し郊外にいったところに青葉城址があります。伊達政宗の開いた仙台藩のお城があったところです。ここはさまざまな木々が植わっていて美しいところです。とくに周辺にある東北大学植物園は、おそらく日本の植物園の中でも最大級の規模を誇っている。
最も多い樹木はコナラで約5000本、続いて多いのは、この地域に自生しているモミの木で、これが確か2000本ぐらいある。植物園と言っても、実際には大きな山で、これそのものが、城の裏手の守りになっていたところです。
ところが、その青葉城址を登っていって、仙台市を見降ろす伊達正宗公の銅像を過ぎて行くと、そこに護国神社が鎮座している。ちょうどこの城跡公園の真ん中に位置しているのです。

護国神社は、いうなれば靖国神社の支社です。靖国神社は明治維新後にできた日本の伝統からは切り離された神社で、天皇のために死んだものだけを祀っていることに特徴がある。それがいつ建てられたのかと言えば、まさに明治維新以降の、この地域での闘いの後なのです。
明治維新を前にして、東北の多くの藩は、徳川幕府の側につきました。筆頭だったのは、会津藩です。会津藩侯は京都守護職として、幕末維新に向けて荒れる京都の警備隊長になった。その配下にあったのが新選組です。
公的テロリスト集団だった新選組は、長州の幕府転覆の野望を未然に防ごうと京都の町を駆けた。そして京都に火を放って大火災を起こし、混乱に乗じて天皇を長州まで拉致してしまおうという、長州テロリスト集団の陰謀を察知、「池田屋」に切りこんで、事件を未然に防ぎます。
これに対して激怒した長州は、国元から軍団を京都に送り込み、御所前で会津軍と激戦。こう着状態が続きますが、西郷隆盛率いる薩摩軍の加勢で劣勢となり、敗れて撤退していきます。このとき京都は、御所以南がほとんど火事で灰燼に帰してしまいました。

やがて幕府は、「長州征伐」に打って出ますが、土佐浪人坂本竜馬の活躍で薩長の秘密同盟が成立し、反対に討幕ののろしがあがります。時勢はいっきに逆転し、幕府は鳥羽伏見の闘いなどで、新式銃で武装した薩長軍に敗北。以降、東へと壊走をはじめたのです。
官軍となった薩長軍は、江戸城無血開城によって、江戸を占拠しますが、長州は積年の恨みをはらずべく会津攻撃を主張。会津藩侯が蟄居しているにもかかわらず、会津若松に殺到し、城を徹底攻撃します。会津の人々は籠城を選んで一矢を報いようとしますが、武力の差から攻め落とされてしまいます。

こうした流れの中で、奥羽、越中の諸藩は、奥羽越列藩同盟を組み、会津を支援。その中心を担ったのが、仙台藩でした。とくに新政府が会津討伐を掲げたことに対し、会津の赦免を懇願。これが受け入れられないと知るや、会津とともに反官軍ののろしをあげたのです。
これは東北一体から北海道にまで拡大する勢力となった。このためこれらの地域では、維新後の戊辰戦争を、「南北戦争」と呼称する場合もあります。日本を二分する内戦だったのです。ところが政府軍の武力に奥羽越列藩同盟は敵わなかった。次々と戦に敗れ、やがて降伏していきます。以降、薩長政府による東北支配が延々と続いてきたのです。

青葉城址の真ん中にある護国神社も、このときの官軍の戦死者を弔ったもので、抵抗した会津藩士や、仙台藩士はもちろんそこから除外されている。つまり会津や仙台を蹂躙した敵軍の兵士を祀る神社を、地域のアイデンティティの真ん中に建てざるを得なかったのがこの地域なのです。
そのため、それ以降の日本のアジア侵略では、天皇への忠誠を示すことが過酷に求められた。かくしてつねに最も危ない戦場に東北の兵士たちは送り込まれた。そのときはじめて東北の人々は「護国神社」に迎えられた。そんな歴史が青葉城址にはこもっています。
僕はかつてこの地を訪れたとき、東北大学植物園をはじめとするこの城山の美しさ、スケールの大きさに胸を打たれるとともに、その頂上から仙台市を見降ろす伊達正宗公の銅像に込められた人々の思い、またその横に護国神社を建てた人々の思いに心を馳せて、長いため息をつかざるを得ませんでした。この国の、悲しい歴史の一端をそこにみた思いがしました。

ところが、仙台の人々、東北の人々は打ちひしがれていたばかりではありませんでした。その象徴が、それこそ河北新報の立ち上げなのでした。
明治維新後、薩長政府の要人は、東北を侮蔑し、「白河以北一山百文」=白河の関(現・福島県白河市)より北は、山ひとつ100文の価値しか持たないの意という蔑みの言葉を残しました。
これに対して、それまでこの地域で発刊されていた「東北日報」が経営難に陥った時に、まさに東北の意地を見せるべく、「河北」と改題して発刊されたのが、「河北新報」だったのでした。1897年(明治30年)1月17日の創刊でした。
その河北新報に、東日本大震災を経て、今再び、「東北の位置づけを変え自立を」という一文が掲げられた。「物言わぬ東北から物言う東北へ」というスローガンが掲げられた。僕はこれを全身で受け止めていきたいと思います。

みなさま。
原子力発電所は差別の塊です。最も電力が必要なところに建てるのではなく、もっとも電力を必要としないところにこの発電所は建てられる。都会から離れた地域の方たちに、放射能漏れのリスクが強要されているのです。
しかもその労働体系も、7次受けとか8次受けとか呼ばれるような、下請け・孫請け体制によって成り立っており、原発ジプシーと呼ばれるような、権利を著しく制限された大量の労働者の使い捨てによって成り立っている。被ばく労働を前提としたプラントなのです。
それが社会の中に存在していることは、私たちが差別の中に否応なしに立たされていることを意味しています、私たちは好むと好まざるとにかかわらず、原発地域の人々、原発の中で働く下請けの人々の犠牲の上に、灯りを享受せざるをえなくなっている。

そのようなことはもう本当にごめんです。

誰かの足を踏みつけているものは、自分の足を踏みつけられても、声をあげることができないと僕は思う。誰かが差別されていることを許すことは、結局、自分が差別されることも許すことです。だから誰かを差別することは、自分で自分の尊厳を踏みしだくことだと僕は思います。
こうした構造をひっくり返すことこそが、本当の脱原発の道ではないかと僕は思います。だから私たちは、東北の人々の痛みをシェアし、東北の人々を助け、なおかつ積年の東北への負担を減らし、東北に感謝し、東北に謝罪し、歩んでいかなければならないと思います。

***

以上が、大震災3ヶ月後に僕が書いた記事ですが、今もまったく同じことを思います。いやその後に、大槌町をはじめ三陸海岸が見捨てられつつある現実を見るときに、いよいよもって憤りを感じざるを得ないし、同時に、こうした歴史をこそ改革し、東北の、そしてまた沖縄の位置づけを変えずしては、私たちの幸せも得られないとも強く思います。
だから私たちは、大槌町のことを私たち自身のことととらえなくてはいけない。大槌町を取り残していくことは、私たちの世の中に差別を残していくことであり、先にも述べたように、それは私たち自身が、理不尽に差別され、抑圧される根拠を残し、強めることになるのです。
その意味で河北新報の社説は、まさに東北の怒りを代弁する「のろし」だと僕には思えます。それをどう読むのか、どう受け止めるのか、それで私たちが何をなすのかが問われる、魂のこもった社説です。
これを多くの人に読んでいただきたいです。とくに、東北を、これまでのたくさんの恩義への報いとして、みんなで助けなければならないこのときに、「維新」などという名前をつけた政治団体を立ち上げた、まったくデリカシーのない人々、その支援をされている方々に読んでいただきたいです。

ちなみに昨日1月6日より、NHKの大河ドラマにおいて、会津藩砲兵隊長、山本覚馬の妹であり、後に同志社大学の創始者、新島襄と結婚する山本八重を主人公とする『八重の桜』が始まりました。第1回目で、会津若松城をめぐる攻防戦のシーンが描かれ、発泡する八重が、女優の綾瀬はるかさんによって、演じられていました。
この作品が1年間、流れることで、明治維新が東北の側から見たらどういうことだったのか、多くの人々が注目して欲しいと思いますが、NHKが「東北の位置づけを変える」ことにまで踏み込めるのかいなか、疑問に感じます。
MHKのスタッフには奮起を期待するばかりですが、私たちはことこの番組に対しては、単に視聴者として歴史を眺めるのであってはならないと僕は思うのです。なぜなら会津藩をめぐる歴史は単に過去のことではなく、今につながる歴史だからです。私たちには、この東日本大震災という大きな歴史的事件をきっかけに、明治維新以来の長い歴史の総体を捉え返し、まさに「位置づけを変えていく」ことが必要です。
それは明治維新以来、あるいは近代の侵略国家日本の創設以来、この国を牛耳ってきた人々の上からの「命令」という意味での「天命」をあらためることです。あらためるとは、漢字では「革」と書きます。天命をあらためることとはすなわち「革命」のことです。

・・・ともあれみなさん。河北新報の年頭社説をお読みください。あわせて2011年6月11日のものもお読み下さい。そうして東北の再生と、この世の中の変革に向けた、熱き思いを共有化していきましょう!

***************

被災を生き抜く/山河を守る独立自尊の気概
河北新報社説 
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2013/01/20130101s01.htm
 
<去年今年貫く棒の如(ごと)きもの>
高浜虚子、1950年の作。「貫く棒」の解釈をめぐっては、「変化なく過ぎていく歳月」という老年の泰然とした心境を表すというのが一般的だ。
新しい年が明けた。
仮設住宅で迎える二度目の正月は、昨年より快適だろうか。家族てんでんばらばらの避難生活を送る被災者には久しぶりのだんらんを、と願わずにはいられない。
東日本大震災から、間もなく2年がたとうとしている。受難にあって、平凡こそが掛け替えのない価値だと知った。ジェットコースターのような一生に耐えられるほど、私たちは強くできていない。
元旦に「心機一転」を誓うにしても、それは「貫く棒」である穏やかな日常があればこそ。安心立命は万人の願いである。
一方で新年を素直にことほぐ気分になれないのは、復興の遅れという重苦しい棒が被災者を貫いているからでもある。去年も、今年も、そして来年もとなれば気力はなえ、被災地は衰退していく。
反転のきっかけをつかみたい。禍福があざなえる縄だというなら、この手で福をより合わせよう。2013年、固い信念を貫き通す年にしたい。

   ◇   ◇    

「わが阿武隈村は、今日ここに共和国として、日本国から分離独立することを宣言します」
昨年、出版された村雲司さんの『阿武隈共和国独立宣言』は、放射能に汚染された村の老人たちが国と刺し違える覚悟で独立を宣言する奇想天外なフィクションだ。
時は大震災から2年後の2013年3月11日。彼らは日本外国特派員協会で「独立」をぶち上げる。
国旗は「暮しの手帖」創刊者・花森安治に倣って、ボロ布をつぎはぎした「一銭五厘の旗」、国歌は仮設住宅で歌うようになった『夢であいましょう』だ。
「日本国」からの侵攻に備えるため、「核武装」することも併せて宣言する。原料は放射性物質の汚染土。これを三尺玉に詰め、いざという時、地元の花火師が打ち上げる。
物騒なプランの結末を明かすのは、やぼになるのでやめておこう。ただ、非暴力主義者である彼らのこと、意外な展開が待ち受けている。
「仮設住宅、仮の町、仮の人生。仮のままで人生を終えたくはない」。古老のつぶやきは、そのまま原発事故で避難を強いられている人たちの苦悩と重なる。
「故郷の山河を棄(す)てろと国が強要するなら、俺たちは国を棄ててもいいとさえ思っている」。村議会議長の叫びは「帰還困難区域」というレッテルを、地域のプライドに懸けて返上する決意表明だ。
「核武装」は震災がれきの受け入れをめぐって、各地で起きた混乱に対する強烈な皮肉であることは言うまでもない。告発の対象は、原発政策に象徴される国土構造のゆがみである。

    ◇   ◇    

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題をめぐり、東京の非政府組織(NGO)などが昨年、県内移設は人権侵害との申し立てを国連の人種差別撤廃委員会に行った。
沖縄では一向に解決しない基地問題へのいら立ちから、「沖縄への差別」と指摘する人が増えている。
宮里政玄琉球大名誉教授は差別の根底に「最大多数の最大幸福を目指し、人口の少ないところ、経済的に弱いところに犠牲を強いる功利主義がある」と指摘。原発にも同じ構造を見て取る。
岩手、宮城、福島3県を中心にいまだ32万人余りが不自由な避難生活を送る。
「山河破れて国あり」。復興の足取りが遅れれば、私たちは荒廃したふるさとを子や孫に引き渡すことになる。それは将来世代に対するつけ回し。差別にほかならない。
昨年、沖縄県尖閣諸島の領有権をめぐって日中両国が角突き合わせた。絶海の無人島を守るために費やされた政治的エネルギーに比して、東北復興に割かれたそれは十分だったろうか。復興予算の流用問題は、政官の本質を浮き彫りにしたのではないか。
「阿武隈村」の独立を荒唐無稽と切って捨てることは簡単だが、東北の位置付けを変えずして、どんな復興策も未来を照らし出すことはない。
三尺玉に込めるべき火薬、それは「独立自尊」である。

2013年01月01日火曜日

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明日に向けて(607)手抜き除染が次々と発覚!・・・問題は除染の困難性と危険性の隠蔽にこそある!

2013年01月07日 17時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130107 17:30)

このところ、朝日新聞が「手抜き除染」問題について次々とスクープを連発しています。
まずは1月4日、「手抜き除染相次ぐ 福島第一周辺 土や葉、川に投棄」という記事が1面トップに掲載されました。原発周辺の除染作業で、取り除いた土や枝葉、洗浄に使った水を周辺の川などに捨てているというのです。これでは除染どころか汚染の拡大にしかなりません。「手抜き」だけでは足りない犯罪的行為です。
紙面には「仕組み再考の時」と題して、次のような指摘も行われています。「環境省は除染前後に放射線量を測るようゼネコンに求めているが、計測地点は限られ、除染がどこまで徹底されたか把握するのは難しい。作業員からは「計測地点周辺だけきれいにすればいいとい指示された」との証言が相次ぐ。環境省の現場職員は「隅々まで監視するのは不可能」と認めている。除染の仕組みは機能していないというほかない。」

「除染の仕組みは機能していない」というこの指摘は妥当だと思います。しかしもう一歩つっこむべきではないか。ここにはそもそも除染が可能なのか否か。あるいはどのようなところまでなら除染できるのかという問題が背景に横たわっているからです。
現実にはどうか。放射能汚染はその度合いにおいて、山のような分布を見せています。このうち裾野と呼べるべきところは、汚染が比較的少ないので除染は可能だし、妥当な、確実にそこにある放射能をつかまえてどこかに閉じ込める形での除染(移染)が行われるべきでしょう。しかし山の頂の方になるとまったく不可能です。そのためどこからを除染対象とするのかが検討される必要があります。
にもかかわらず、この肝心の「仕分け」が行われず、例えば飯舘村の山林など、とても除染などできるはずがないところに、莫大な資金が投入されて除染が行われている。やるとなったら全山の樹木を切り取らないといけない。しかもそれをどこかに持ち去らねばならない。現実には不可能なので、現場はどうなるのかと言えば、おざなりな作業を行ってお茶を濁すことが横行しているのです。それで貴重な経費が消耗されてしまっています。
ここには「除染」が、実際には多くの地域が居住できなくなっていることや、長い間、帰ることも難しくなっている事実を、隠蔽するためにこそ行われている現実が生み出す矛盾です。「手抜き」が問題だというよりも、合理的に考えて、できない「除染」が強行されていることにこそ真の問題があります。朝日新聞の記事はこの点に触れていなくて残念です。

ただしその後、より突っ込んだ取材記事もでてきました。1月5日の「手抜き除染、夏から苦情殺到 環境省、対応おざなり」という記事です。それによると、こうした手抜き除染の横行は、早くから周辺住民によって察知され、環境省に苦情が殺到していたにもかかわらず、何らまともな対応が取られていなかったというのです。
この段階で、責任は実際に手抜きを行っている末端の業者よりも、指導監督責任のある環境省にこそあることが明らかになりました。環境省の官僚たちは、手抜き除染の横行を知りながら、見て見ぬ振りをしていた。本当にひどいことで、社会的批判がなされる必要があります。出鱈目な指導による除染費用の浪費も厳しく咎められる必要があります。このことは重要なポイントです。
さらに1月7日には、「「先行除染も手抜き」 福島第一原発周辺の作業員証言」という記事が掲載されました。郡山市で行われた「被ばく労働を考えるネットワーク」などによる作業者の座談会で、「建物や道路から20メートル内の本格除染に先駆けて作業拠点となる役場などで実施した先行除染でも、回収しなければならない枝葉や水を捨てる「手抜き除染」をしていたと証言した」ことが報じられ、これまでの除染作業の多くが、まともに行われなかった疑惑もが突き出されています。
同日の新聞には、こうした事態を受けて、政府が「除染適正化推進本部」を設置したことが報じられています。朝日新聞のスクープが、政府をして対応せざるをえなくさせたといえるでしょう。

しかし僕はこれでもまだ足りないと思います。「除染適正化推進本部」というネーミング自身も腹立たしいですが、先にも述べたように、本当に必要なのは、もっと除染の困難性そのものを明確化させ、その対処を検討することだからです。
その中には、困難であるとの認識のもとに、避難を拡大するという選択が当然にも含まれます。とくに重要なのは避難権利の拡大です。なぜか。これまで政府は、多くの汚染地域の人々に「除染」をしたら大丈夫だといいなし、除染の実行を約束してきました。
しかしそれがまったくおざなりであったわけで、約束の前提が崩れているわけですから、必然的に避難の権利を拡大をするべきなのです。ここに問題の一つの核心があります。

第二に、非常に大事なのは、こうした「手抜き作業」が横行しているならば、当然にも現場の作業者の安全も確保されておらず、劣悪な被曝環境が現出していることは明らかであって、その点こそがこの「手抜き」問題から導出されなければならないという点です。作業者が極めて危険な状態におかれ続けているのです。
そもそも除染は、そこに人が住めない危険なものがあるから除く作業であるわけで、作業者は、その危険物に近づくのですから極めて危険です。しかも放射能は目に見えず、匂いもしないので、感知しにくい。そのことが危険性を何倍にもしています。
除染作業は、ホットスポットなどに集まっている放射性物質に手を加えるのですから、それを吸引してしまう可能性が極めて高い。恐ろしい内部被曝の危険性が常につきまといます。
実際に僕自身も除染に少しだけ関わって思ったことは、除染作業においては、作業現場だけでなく、そこで使った道具、衣服、靴、車などなども汚染され、それでその後に放射性物質と一緒に動くことになってもしまいます。この汚染からはっきりと「切れた」ことは「クリーンルーム」でも作らない限り極めて難しい。そのため杜撰な作業では、ほとんど確実に現場で放射性物質を吸引し、そればかりか家にすら放射能を持ち帰ってしまうことになります。

それからからこうした杜撰な作業は、第一に作業者にとって極めて危険であり、第二に周辺にいる人々にとって危険です。現在の多くの作業では、ある意味ではせっかくホットスポットに集まっている放射性物質を、わざわざ拡散してしまってもいるからです。
それを作業者や周辺の人々が吸い込む事態が作り出されてしまっている。他の作業とは違って、放射性物質の除染における「手抜き」とは、汚染の拡大・深刻化という恐ろしい意味を持つものであることこそが踏まえられなければなりません。
従って、その場が除染が可能なのかどうかという判断の中には、それを行う作業員の安全が守れるのか否か、きちんと放射能汚染と切り離すことができるのか否かという点も含まれなければなりません。そうすれば一層、除染の困難さは際立つわけですが、それこそが放射能汚染の恐ろしさの一つであることに私たちは社会的に向き合っていくしかないのです。

「手抜き」除染の批判にとどまらず、除染の困難性、危険性の隠蔽こそが、問題の元凶であることを見抜き、政府や行政に、問題の抜本的な見直しを迫り、避難権利の拡大も求めていきましょう。

以下、参考までに朝日新聞の記事を列挙しておきます。いずれもデジタル版のコピーなので記事は途中までです。

*****

「手抜き除染」横行 回収した土、川に投棄
朝日新聞 2013年1月4日(記事と動画「除染作業手抜きの実態」)
http://www.asahi.com/national/update/0104/TKY201301040001.html

【青木美希、鬼原民幸】東京電力福島第一原発周辺の除染作業で、取り除いた土や枝葉、洗浄に使った水の一部を現場周辺の川などに捨てる「手抜き除染」が横行していることが、朝日新聞の取材でわかった。元請けゼネコンの現場監督が指示して投棄した例もある。発注元の環境省は契約違反とみて調査を始めた。汚染廃棄物の扱いを定めた特別措置法に違反する可能性がある。

■福島第一周辺、環境省が調査へ
環境省は昨夏以降、福島県内の11市町村を除染特別地域に指定し、建物や道路、農地などから20メートル内の本格除染を始めた。それ以外に広げるかどうかは今後の課題だ。これまで4市町村の本格除染をゼネコンの共同企業体(JV)に発注した。楢葉町が前田建設工業や大日本土木など(受注金額188億円)、飯舘村が大成建設など(77億円)、川内村が大林組など(43億円)、田村市が鹿島など(33億円)。
環境省が元請けと契約した作業ルールでは、はぎ取った土や落ち葉はすべて袋に入れて回収し、飛散しないように管理しなければいけない。住宅の屋根や壁は手で拭き取るかブラシでこする。高圧洗浄機の使用は汚染水が飛び散るため雨どいなどごく一部でしか認めていない。洗浄に使った水は回収する決まりだ。

***

手抜き除染、作業員証言 「詰め切れぬ葉は捨てて」指示
朝日新聞 2013年1月4日
http://www.asahi.com/national/update/0104/TKY201301040009.html
 
「手抜き除染」横行の情報を得て、取材班は現地に向かった。
「袋に詰めなければならない草木をここに捨てました」。20代男性が取材班を案内したのは、県道から20メートルほど斜面を下りた雑木林だった。枯れ葉や枝が幅1メートル、長さ50メートルにわたり散乱し、高い所は1.5メートルほどの山になっている。
福島第一原発から南に15キロの福島県楢葉町。昨年8月に警戒区域が解除された後も大半が避難指示解除準備区域に指定され、町民は住んではいけない。

楢葉町の除染を受注したのは、前田建設工業や大日本土木などの共同企業体(JV)。作業ルールでは道路の両側20メートルの幅で草木や土を取り除き、袋に詰めて仮置き場に保管しなければならない。空間線量を毎時0.23マイクロシーベルト以下に下げていく長期的目標の第一歩だ。
男性は昨年10月、都内のハローワークで3次下請け会社の求人を見つけ、働き始めた。道路の両側20メートルにはったピンクのテープの内側で、のこぎりで木を切り、草刈り機で刈り取った草や落ち葉を熊手でかき集めて袋に詰め、運び出す作業のはずだった。
ところが、大日本土木の現場監督は当初から、作業班約30人に「袋に詰め切れない分は捨てていい」「テープの外の崖に投げていい」と指示し、作業員らは従った。監督が不在の日には別の監督役から同じ指示があったという。

***

手抜き除染、夏から苦情殺到 環境省、対応おざなり
朝日新聞 2013年1月5日(記事と動画「田村市の除染現場の沢の投棄」)
http://www.asahi.com/national/update/0105/TKY201301040463.html
 
東京電力福島第一原発周辺で「手抜き除染」が横行している問題で、住民から環境省に除染作業への苦情が殺到していたことが分かった。ところが、環境省は苦情内容や件数を記録・分析して業者の指導に活用することをしていなかったという。住民からの苦情に場当たり的な対応を重ねたことが、手抜き除染を見逃す一因になった可能性がある。  
除染事業の現地本部である環境省福島環境再生事務所によると、建物や道路から20メートル以内の本格除染を始めた昨夏以降、住民から「草がきちんと刈り取られていない」「洗浄に使った水が漏れている」といった苦情が多数寄せられるようになった。これらは環境省が定めた作業ルールに違反する可能性があるが、担当者の一人は「ひっきりなしに電話がかかってきて、いちいち記録をとっていられなかった」と打ち明ける。
同事務所は朝日新聞の取材に「苦情があるたびに契約に基づいてきちんとやるよう作業現場に注意してきた」と説明。一方で具体的な内容や業者名、件数などは記録せず、苦情の多い業者を厳しく指導するなど効果的な対応をしていなかったことを明らかにした。個別の苦情にどう対応したのかは検証できないという。

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「先行除染も手抜き」 福島第一原発周辺の作業員証言 
朝日新聞 2013年1月7日
http://www.asahi.com/national/update/0106/TKY201301060323.html

東京電力福島第一原発周辺の除染現場で働く作業員の交流会が6日、福島県郡山市であった。複数の参加者が朝日新聞の取材に対して、建物や道路から20メートル内の本格除染に先駆けて作業拠点となる役場などで実施した先行除染でも、回収しなければならない枝葉や水を捨てる「手抜き除染」をしていたと証言した。
楢葉町で昨夏、先行除染をした作業員は「1次下請けの監督から『まじめにやってくれているのはいいけど、向こうに捨ててもいいんじゃないの』と言われ、枝葉を川に捨てた」と証言。葛尾村で先行除染をした作業員は「7月ごろ建物を洗浄した水をそのまま流していた。環境省の職員が来る日だけやらないように指示された」と語った。
交流会は労働組合や弁護士らでつくる支援団体「被ばく労働を考えるネットワーク」などが主催。約20人の作業員が参加し、特殊勤務手当(危険手当)が適正に支給されていないことについて環境省に改善を求める方針を決めた。

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「除染適正化本部」を設置 環境省、手抜き横行を受け
朝日新聞 2013年1月7日
http://www.asahi.com/politics/update/0107/TKY201301070076.html

菅義偉官房長官は7日午前の記者会見で、国による東京電力福島第一原発事故の除染作業で「手抜き」が横行している問題について「極めて遺憾だ。しっかりと調査して厳しく対応する」と述べた。環境省は同日午後、井上信治環境副大臣をトップとする「除染適正化推進本部」の初会合を開催。事実関係を調査し、管理を徹底するとともに信頼回復策を検討する。
回収しなければならない枝葉や土などを現場周辺に捨てる「手抜き除染」は朝日新聞の報道で発覚した。適正化推進本部の設置は石原伸晃環境相の指示。政務官や事務次官らがメンバーとなって調査・検討を進める。
まずは元請けのゼネコン各社に対して現場責任者に事実関係を確認するよう要求。「手抜き」が確認されれば、改善を指導していく方針だ。


 

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明日に向けて(606)哀しい!派遣職員が自死。復興進まぬ大槌を、三陸を、支えよう!

2013年01月06日 23時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130106 23:30)

哀しいニュースが飛び込んできました。復興進まぬ岩手県大槌町で、兵庫県宝塚市から派遣され、区画整理事業を担当していた男性職員が自ら生命を絶ってしまいました。
亡くなられた方のご冥福を心から祈ります。同時にできるだけたくさんのみなさんにこうした事態が起こる背景について知っていただきたくて記事を書いています。端的に言えば、国が復興にまともに取り組んでいるとは到底言えないことが背景にあるということです。
まずは事態を把握するためにMBSの動画ニュースをご覧ください。続いて河北新報と朝日新聞の記事も貼り付けておくので、ご覧ください。

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宝塚市職員が自殺 岩手・大槌町で復興支援
MBSNWES 2013年01月06日
http://www.mbs.jp/news/kansaiflash_GE130105173900645459.shtml

大槌町に派遣の男性自殺 兵庫・宝塚市職員 年末まで業務
河北新報 2013年01月06日
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/01/20130106t33014.htm
 
東日本大震災の被災自治体支援で岩手県大槌町に派遣されていた兵庫県宝塚市の男性職員(45)が、宿泊していた宮古市の仮設住宅で首をつった状態で死亡していたことが5日分かった。カレンダーの裏に遺書のようなメモがあり、自殺とみられる。
大槌町などによると、遺体が見つかったのは3日。2日から連絡が取れなくなったことを心配した男性の妻が、宮城県南三陸町に派遣されている宝塚市の同僚職員に確認を依頼。様子を見に行った同僚が発見した。
カレンダーの裏には、周囲への感謝と「大槌は素晴らしい町です。大槌頑張れ」と記されていたという。
大槌町によると、男性は昨年10月1日に派遣され、任期は今年3月31日までだった。都市整備課で土地区画整理事業の用地交渉などを担当していた。仕事納め後の昨年12月29、30両日も復興計画に関する住民の聞き取り調査のため出勤していたという。
碇川豊大槌町長は「ご家族や派遣元自治体の関係者には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。職員の心のケアをさらに強化しないといけない」と話した。

被災地派遣の職員死亡「やりきれない」 宝塚市長
朝日新聞 2013年1月6日
http://www.asahi.com/national/update/0106/OSK201301060004.html
 
兵庫県宝塚市から東日本大震災の被災地の岩手県大槌町に派遣されていた男性職員(45)が死亡したことについて、中川智子市長は5日、市役所で会見を開いた。中川市長は「まじめで誠実でひたむきな人だった。一生懸命被災者に寄り添って頑張ってくれていた。やりきれない思いです」と涙ながらに話した。
宝塚市によると、この職員は3日夜、岩手県宮古市の仮設住宅の自室で首をつった状態で見つかった。室内には手紙があり、「皆様ありがとうございました 大槌はすばらしい町です 大槌がんばれ!!」と書かれていた。職員は年末年始も大槌町に残っていたが、町長が年末に派遣職員を招待した慰労会には出席していなかったという。
職員は昨年10月から町役場の都市整備課で、区画整理や住宅移転の意向調査に当たっていた。中川市長が昨年末に電話をした際、職員は「被災地は大変です。一生懸命やっているが、自分のやっていることがどれだけみんなの役に立っているかわからない」と語っていたという。
宝塚市はこの職員を含め、宮城県と岩手県に5人の職員を派遣していたが、大槌町への派遣はしばらく見合わせるとしている。ほかの4人のもとには職員を向かわせ、現状や思いを聞き取り今後の対応を検討するという。

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記事にあるように、この職員の方は「土地区画整理事業の用地交渉を担当」していました。現在の大槌町の復興事業で、最も困難な仕事の一つです。
僕がこのことを理解できるのは、昨年末に、大槌町を訪問し、「NPO法人まちづくり ぐるっとおおつち」の方に色々とお話をうかがってきたばかりだからです。反対に言うと、この点が分からないと事態の背景が分からない。それで事情を知る者としてぜひ説明をしなければという気になっています。

この哀しい事態の背後にあるものは何か。端的に言って、三陸海岸の復興の遅れです。とくに大槌は遅れている。なぜでしょうか。僕は何よりも政府や政治家たちが、真剣になって復興に取り組んでいるとはとても言えないことにあると思います。
実はその具体的あらわれが、土地区画整理事業の困難さに集中しているとも言えるのでした。というのは大槌は町の大きな部分が津波で流されてしまい、壊滅的とも言えるような打撃を受けた町です。しかも津波が押し寄せたとき、多くの町の職員が人々を逃がすことに必死で自らが逃げ遅れ、犠牲になってしまいました。
そのため、復興事業にあたる職員の絶対数そのものが足りていません。宝塚市は、自ら阪神・淡路大震災で苦しんだものとして、その大槌を含む岩手県・宮城県に職員を派遣しているのですが、それでもまだ大槌では人手が足りていない。ここにはフォローすべき国の側の怠慢があります。

しかし問題は、人員が足りないことだけにあるのではありません。津波被害など想定のうちには入っていない現行法が障壁になっているのです。というのは多くの建物が流され、土地区分すらはっきりしなくなっている大槌では、土地の権利者からも多くの犠牲者が出ています。しかもその親族にも犠牲者が出ているなどの場合があり、土地の権利関係が曖昧になっていたりするのです。
相続先がわからなかったりする例や、相続者との連絡がなかなか取れないなどの例もあるといいます。しかも役場が壊滅的な打撃を受けたため、資料も失っています。そのため地権者に連絡をつけて合意をとることが非常に難しくなっているのです。

あるいは建物を立てる場合の補助金なども、津波の被害で家並みがなくなってしまうことなど想定せずに作られたもので、壊滅的になった町の再建を進める上ではあまりに不合理といわざるをえないものも多い。つまり津波以前に通用していた法律をそのまま適用するにはあまりに無理があるのです。
その点で国がなすべきことは、津波被害という特殊事情にあわせて、法の柔軟な運用を指示し、復興が速やかに行われるような法整備をすることです。にもかかわらずこれが遅々として進まない。そのために土地区画整理が暗礁に乗り上げているのです。

亡くなった職員の方は、10月に派遣されて12月末までこの事業に奔走されましたが、「被災地は大変です。一生懸命やっているが、自分のやっていることがどれだけみんなの役に立っているかわからない」と語られていたそうです。そこには法の壁の前でもがく大槌の人々、そして職員の方たちの苦悩がにじみ出ているように思えます。
同時に、僕自身、大槌町を訪問して思うことですが、この本当にたくさんの方が亡くなられた地に支援に訪れたものは、やはり被害の大きさにたじろぐ面もあります。それ自身が大きく心にのしかかってきます。なんというか、「役に立たなくてはいけない。でもうまくいかない」というその職員の方が負ったジレンマが、僕には皮膚感覚のようにわかる気がします。
それだけに、こうした職員の方たちを無理な状態で働かせて、現場の職員の方たちにはどうしようもない法の問題を放置している政府のあり方に対して憤りを感じないではおれないのです。

しかも国は、復興がなかなか進まないことを、震災遺物(がれき)の処理が進まないことのせいにしている。法整備の問題は、震災遺物(がれき)処理とはまったく別問題なのに、これを責任逃れのお題目にしているのです。この点もとても許しがたい。
いやさらに許しがたいことは、大槌の震災遺物(がれき)は、まったく安全なのに搬送先で拒否されているという嘘もつき続けていることです。そのことで大槌町の人々の中に、いよいよ孤立感が強まってしまってもいます。
実際には、日本中の人々が、被災地を助けようという気持ちを今でも強く持っているのに、それが伝わらず、なにか大槌が国民・住民から見捨てられているせいで、復興が進まないかのような仮象が作り出されてもいる。二重三重に許しがたいです。
はっきりさせなければいけないのは、根本的な問題は、法整備や人員の派遣など、本来やるべき復興支援を、国が真剣になって行っているとは到底言えない現実があることです。それが現場にさまざまにしわ寄せされている。そうして矛盾の一番大きなところにいる町の人々、町の職員にそのストレスがかかっているのです。

その点で記事を読んでいて、気になるのは、大槌町長が「ご家族や派遣元自治体の関係者には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。職員の心のケアをさらに強化しないといけない」と語っていることです。
三陸海岸の人々はとても心が優しい。だからこの哀しい死の責任が自分たちにあると思ってしまうのではないか。そんなことは断じてない。そんな風に思って、大槌の方たちに自分を傷つけて欲しくありません。
そもそも、岩手医大の昨年5月の調査で、「大槌町の町民のうち、33・9%がうつ病を発症するリスクが高いこと」が明らかになってもいます。(1月2日読売新聞)津波でものすごい打撃を受けたのです。しかし復興のための手厚い策が施されてきたとはとても言えない。それが心をとても暗くしているのです。
「ぐるっとおおつち」の方によれば、こうした「うつ」的傾向は、震災から1年を経た昨年3月ごろから増え始めたのだといいます。津波を必死に生き延びて1年は頑張った。でもあまりに復興が進まない。そのうちにだんだん疲れ始め、希望を失っていく。心が暗くなり、仮設住宅から出てこなくなる。そうした人が増えていると言うのです。

あるいは僕自身が仮設住宅を訪れて胸が痛くなったのは、避難生活の中で、太ってしまっている方が多いことでした。ストレスが原因ですが、同時に食べ物の事情もとても悪くなってしまっている。仮設ぐらしでは自由に調理ができません。お店の多くも流されてしまいました。買い物もとても不自由です。だからどうして加工食品を採る割合が高くなる。
加工食品のほとんどは糖分や脂分が高く、カロリーの高いものが多く、その面からも太りやすい。太ることはさまざまな病気の因子を増やすことで、体調不良につながってしまいます。もちろんそのことと心の状態は連動しがちです。
その上に、悲しいことに大槌にもやはり放射能が降っています。昨年7月の計測で結構、線量の高いところもありました。(0.5μSv/hなど)。今回、同じところを測ったら下がっていたのですが、理由を探ると夏に大雨が降ったためでした。ということはそれは海に入ったことになる。その海の魚を食べている方たちもいます。過酷な状態にある大槌の人々に放射能の害も押し寄せているのです。
僕自身、こうした状態に対して、何かの形で健康サポートを進めなければと心に決して帰ってきましたが、本来は国がこうした点にも取り組むべきなのです。にもかかわらず何の手当もされていない。それがまたさまざまな悪循環を作り出しています。

この状態をなんとかしなくてはいけない。
とくに西日本で、震災遺物(がれき)広域処理のために精力的に動いているみなさん。この問題は、広域処理問題に直結してもいます。それだけにこの問題に取り組む私たちは、同時に、三陸海岸の復興のために、国がもっとまともな取り組みをせよという声を上げようではありませんか。
さしあたり必要なのは、健康サポート(うつ対策、「生活習慣病」対策)、法整備(土地区画整理の容易化)、人員の拡大(国の責任による派遣)、そして徹底した放射線防護対策の実施です。これを国にさせなくてはいけない。
また三陸海岸を支えようという意思、気持ちを、さまざまなルートから伝えましょう。大槌町の人々に届けたいものがあれば、僕が媒介します。ぜひご連絡をいただきたいと思います。政府は三陸海岸を見捨てても、私たちは絶対に見捨てなどしないという意志を伝えたいです。

みなさん。大槌を、三陸海岸を、みんなで支えましょう。復興が本当に遅々としか進んでいない現実を知ってください。知っている方はどんどん広めてください。そうしてもう一度、津波被害直後のように、全国の意志を集め、その声で政府を動かして、三陸の人々に手厚い手当がなされるようにしていきましょう。
そのために僕もさらに発信を続けます。どうかご協力をお願いします。

 

 

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明日に向けて(605)NONベクレル食堂オーナー、ロクローさんと対談します!(1月13日)

2013年01月04日 13時00分00秒 | 講演予定一覧

守田です。(20130104 13:00)

本年、最初の企画のお知らせです。
1月13日に、京都市左京区で、NONベクレル食堂オーナーの廣海緑朗(ヒロミロクロー)さんと対談することになりました。

NONベクレル食堂は、京都市岩倉に昨年オープンした放射線を測って安全な料理を出しているレストランです。HPから紹介文を抜粋します。

***

食品放射線スクリーニングシステム CSK-3iで測定したものだけを使い、安心してお食事を楽しんで頂くというコンセプトの食堂です。
 
昨年、3月11日に起こった東日本大震災による福島原発事故により、私達はそれまで考えた事の無い、食品汚染と向き合う事になりました。
家族が笑顔で食卓を囲む為には、どうしたらいいでしょう?それに自分達が出した答えが、この食堂の立ち上げでした。
自分達のライフスタイルを見直し、未来へ向けた新しい挑戦です。
食材のセシウムを測定し、無農薬、省農薬主体のこだわった食品を使った定食屋で、家族や友達と外食を存分に味わって下さい。
ベジタリアンの方にも安心して頂けるメニューも用意致します。
モリモリ食べて楽しく語らい、笑顔が溢れる食堂になるように日々精進していこうと思っておりますので、是非お立ち寄り下さい。
食材、調味料、油など、測定したもの以外は使用しておりません。
 
※⾷品放射線スクリーニングシステムCSK-3i(リンク>)の測定結果を元にしております。
検体の質量、測定時間などによって、検出下限(Cs-134、Cs-137合算)1.4Bq/kg~19.9Bq/kgの
範囲で検出された値を元に判断しています。
店内では結果データを御覧頂けるようになっており、HPの方でも順次閲覧出来るようにしております。
http://non-bq-shokudou.com/

***

この食堂、食べることのできるお店だけなのではありません。厳選された有機栽培の素材を取り入れ、放射線測定によってさらに安全性を確認した上で、調理を行うわけですが、同時にそれらの食材のネット販売にも踏み込み出しています。
これはお店の立ち上げと同時に、関東・東北からのアクセスが殺到し、「お店にはいけないけれども、そこで使っている食材を紹介して欲しい」というニーズに対応したものです。同時に、有機農家さんたちが精魂込めて安全な野菜を作りながらも、市場ではまったく評価されず、二束三文の値しかついていない現状を何とかしたいとの思いにも溢れています。
その意味で僕は、このお店は、私たちがこの放射能時代を生き抜いていく上での、大切な試みに挑戦してくれている拠点の一つだと思っています。1月13日にもそんなお話を聞きたいと思っています!

ちなみにロクローさんと僕は、一昨年の原発事故の直後に知り合いました。ロクローさんはそれまでもいろいろな仕事をされてきましたが、当時は中古車販売を生業にされていて、テンプラ油で車を走らすことに執着していました。
もともと山水人など、音楽イベントなどにも深いつながりがあり、アメリカインディアンのホピ族とも深い交流を繰り返してきています。"human ERROR"を大ヒットさせてくれたFrying Dutchmanの面々とも大変親しく、この曲を売り出すときに、事実上のマネージャーを担当、ブレークの下支えもはたしました。
さらに子どもの頃を辿っていくと、小学生のころ、妙に気持ちがふさぎこんで学校にいけない日があったという。あとで調べてみたら、なんと核実験の日と重なっていたのだそうです!
このことに象徴されるように、とてもセンシティブな感覚と世界観を持っているロクローさん。原発事故後には「放射能をから子どもたちを守る京都・ママ・パパの会」に参加。いちはやく子どもたちの給食の安全を確保しようと走り回ってきました。

そんなロクローさんが、この食堂にいたる「思いつき」にいたったのは昨年春頃のこと。当初は放射能測定所を作るのが目的でした。なぜロクローさんが放射線測定を始めようとしたのか。端的に安心して食べられるものを多くの人に提示したかったからだといいます。
というのは、若いときからスピリチュアルなことに関心を持ち、アメリカインディアンとも交流して、ウラン鉱発掘にまつわる被曝なども目撃してきたロクローさんは、長い間、反原発運動にも関わってきました。
しかし原発はなかなか止められなかった。ロクローさんはそのことの一つに、自分が「あれはだめ、これはだめ」という形でしか問題を提示しえなかったことに限界があったのではと考えたといいます。そうではない何かを示したい。測定をすれば「これは食べれるよ。あれも食べれるよ」ということを発信できるのでないか。

ロクローさんのこうした柔らかい転換、優しさへの転換の指向性に僕もとても共感しました。それで測定所の創設への協力を申し出ました。昨年5月には、矢ヶさんと僕との福島・仙台でのジョイント企画のおりにお誘いし、仙台の「みんなの放射線測定室てとてと」と「小さき花・市民の放射能測定所」への訪問に同行していただきました。
続いて場所探しに。当初は京都市左京区元田中のキッチンハリーナさんの隣の建物が有力な候補にあがりましたが、なかなか物件があかない。そうこうしているうちに岩倉で見つけた場所で、測定所ではなく、測定所つきの定食屋を始めたいという。
僕自身は「測定」の方にウエイトがあったので、当初、ロクローさんの目指すところがよくわからなかったのですが、当初よりロクローさんは、「測定」よりも、その結果として「安心して食べさせてあげる」ことにウエイトをおいていたのです。
それで船出にこぎ着けたのがこの食堂でした。

1月13日には、そんなロクローさんの、食堂の立ち上げに込めた思いをお聞きするとともに、測定から見えてきたこと、放射能時代の中で私たちが何をどう食べていけばいいのかを聞いていきたいと思います。
僕自身もまた、ロクローさんの取り組みに触発されつつ、この間、食べ物のこと、食べ方のことについての検討を深めてきて、非常に深い問題があることをつかんできました。そこでつかんだことも対談の中でご紹介していきたいと思います。
可能な限り、当日のLIVE配信も追求してもらおうと思いますので、ぜひ多くのみなさんにお越しいただき、あるいは注目していただいて、私たちの命の根幹をなす食の問題、内部被曝の問題を一緒に深めていきたいと思います。

以下、イベント内容を貼り付けます。

*****

内部被曝を生き抜くために 今、知っておきたいこととこれからのこと・・・
-食べ物 どう選べばいいの??-
”脱原発””原発ゼロ”実現のためにできることからはじめようpart3

ロクロー
『気づいてないふりして、今まで通りの日常を送る程、オレの神経は丈夫じゃないし、かと言って、出来る事ってこれっぽっちしか無いけれど、全力でやっていかないと自分の子どもたちが生き残れるか分からないよね!?』

守田敏也(MORITA Toshiya)×廣海緑朗(HIROMI Rokuro)

守田敏也
同志社大学社会的共通資本研究センター客員フェローなどを経て、現在フリーライターとして取材活動を続け、社会的共通資本に関する研究を進めている。
著作『内部被曝』(矢ヶ克馬氏との共著、岩波ブックレット)があり、雑誌『世界』などで、肥田舜太郎医師へのインタビューを行ったり、福島第一原発事故での市民の取り組みや内部被曝問題についての取材報告など、広くネットで情報を発信し、全国で講演を続けている。被災地の人々を支えることとは・・・

廣海緑朗
NONベクレル食堂オーナー
岩倉に、料理、飲み物すべてを放射線測定器で測定した安全な食材を使う定食屋を2012年10月にオープン

日時:1月13日(日)14:00~16:00
場所:京都市左京区西部いきいき市民活動センター
(左京区田中玄京町149 TEL075(791)1836)
京阪電車出町柳駅から徒歩7分 養生保育所となり
参加費:500円

主催:”刷新の会”養徳連絡会 養徳九条の会 ハリーナ9条の会
お問い合わせ:キッチンハリーナ 075(724)3568

保育ご希望の方はご相談ください。09099939447(ハリーナ)

*****

ロクローさんに行ったインタビュー記事を紹介しておきます!

明日に向けて(588)~(590)NONベクレル食堂のめざすもの(上)(中)(下)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/53019391d83eb2c9151c14dd4bb3bedf
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/cbc7670f51fe5cd76976a10275930cb7
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/20f0a119fa1e4cde34ccb35e8a9f7214

http://toshikyoto.com/press/518
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