明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(177)新幹線で福島県を通過。二本松市辺りが一番線量が高かったです・・・。

2011年06月30日 23時30分00秒 | 明日に向けて6月1~30日
守田です。(20110630 23:30)

突然ですが、昨日、仕事で古川(宮城県大崎市)まで日帰り強行軍で往復して
きました。古川の高校の取材でした・・・。

どうせならガイガーカウンターを持っていこうと思い、新幹線の中で、計量を
行いました。すると東海道ではほとんど値の上昇はなく、東京から東北
新幹線に乗り換えてからも変化はなかったのですが、福島県に入って少しづつ
上がりだし、郡山駅で毎時0.20マイクロシーベルトを計測しました。

その後、だんだん値が上昇し出し、郡山駅から5~10分の間に値が0.3を超え、
最高値で、毎時0.44マイクロシーベルトを計量しました。次の福島駅まで20分
弱の区間なので、このあたりは二本松市になるのではないかと思います。
この最高値を示してから、数値は緩やかに下降。福島駅では毎時0.18マイクロ
シーベルトで、それ以降は、0.14、0.10、0.08と下がっていきました。

測定に使ったのは、高島市で測ったのと同じ、DP802iという中国製のガイガーカ
ウンターです。まだ精度の高いカウンターと同時計測して、この機械の特徴をつか
んでいないので、二本松市で計測した新幹線内での毎時0.44マイクロシーベルトと
いう値の精度については確信がもてません。

ただこれが東海道の値の4倍近くに相当すること、郡山駅と福島駅での値の
2倍に相当する値であることは明らかです。どちらも新幹線車内での計測で
あることに注意をしてください。


さて家に帰ってから、この計測値の裏を取れる情報はないかいろいろと探し
ているうちに、今、発売されている週刊現代7月9日号に、「もっと細かく全国
1000ヵ所独自調査、放射能はこんなに出ている」という記事が載っている
ことを知り、買ってきました。

東北・関東を中心に、かなりの地域での空間線量と地表線量を測っています。
この中に、二本松市のことが書かれていたので、紹介したいと思います。

「本誌がかねて指摘しているように、福島市内と郡山市内の数値は高い。
福島市には地表線量7.74というスーパーホットスポットも存在した。
そして今回、新たに判明したのが、両市に挟まれる位置にある二本松市の
予想以上の高さだ。地表線量が3を超える場所がある。同市に住む60代
女性が困惑を隠さずに言う。

『やはり高いですか。二本松は当初避難民を受け入れていたせいで、線量
が高いっていうイメージがないんです。しかも、福島市は少しずつ下がって
いるようだけど、二本松は全然下がらないから、いまとなっては、福島市内
より高い場所もある。すでに避難してしまった人もいるし、私も犬を抱っこし
て散歩している。犬を抱っこしている人、二本松にはたくさんいますよ」』


ここにもあるように『週刊現代』も、二本松市の線量が高くなっていることを
独自の調査から発表していますが、今回、新幹線内での計測はその指摘
に合致します。やはりこの周辺は高くなっているのだと思います。

先日、高島市で空間線量が高く計測されたという報を受け、行政に連絡
しつつ、独自の計測を行って、安全県内の数値であることが分かりました。
多くの方がホッとしたとコメントを寄せてくださいましたが、この時、はじめに
出てきたデータは、毎時0.4マイクロシーベルトというものでした。

しかし二本松市周辺では、手元にあるガイガーカウンターで、通過する
新幹線車内で0.44マイクロシーベルトという値が出たし、『週刊現代』では
JR二本松駅舗装部で0.76、植樹帯で1.30、側溝で1.07という数値が出たと
報じられています。周辺の方々の心配を思うと本当に胸が痛くなります。

・・・ともあれ各地にいくたびに、ガイガーカウンターを出して計測を行い、
そのたびに計測値の高低を裏付ける情報を探して、ここでもお知らせ
していきたいと思います。
コメント

明日に向けて(176)地震による配管破断の可能性と、東電シミュレーション批判(田中三彦さん談再掲1)

2011年06月29日 02時00分00秒 | 明日に向けて6月1~30日

守田です。(20110629 02:00)

明日に向けて(171)で、原子力資料情報室での田中三彦さんの会見をノートテークしました。ただ一部が再生不能にだったのですが、その後、情報室でアップをし直し、そのことを伝えてくださいました。
そこで加筆し、校正したものを紹介しますが、長いので、要約をご案内します。

田中さんは、1号機において、地震による配管破断があった点と、メルトダウンしたという東電の発表を多くの人が信じているが、津波が事故の主要因だという説を押し通すために作られたシミュレーションで、信用ならない点を指摘しています。
配管破断について、田中さんはポイントが二つあると言います。一つは、地震直後から原子炉水位がどんどん下がっていったのが何故かということ。もう一つは、原子炉格納容器の圧力がどんどん上がって、8.4気圧までになったのは何故かです。
注目すべきは、1号機では原子炉圧力容器の圧力が高まった時に、これを逃がすための弁である主蒸気逃がし弁が開かなかった可能性です。これは1号機は事故後、圧力の上昇が少なかったことを意味している。

もう一点は、非常用の格納容器冷却スプレーが作動していること。格納容器の配管が切れたため、温度と圧力を下げるために、自動的にスプレーが働いたととれることです。
これらは、原子炉の圧力を下げるべく1号機だけについている非常用復水器が、せっかく作動したのに運転士が止めるという不可解な行動をとっていることからも推論されます。

これらを前提に、原子炉圧力容器についてみていくと、一気に圧力が低下していったことが分かる。ここから次の推論ができます。
まず原子炉系配管のどれかが破断する。原子炉圧力容器の圧力が高まり、高圧の蒸気が発生しますが、それが主蒸気逃し弁を経ないで、再循環系配管ポンプの側に出てきます。この場合、主蒸気逃し弁が働かなかったのは、最初は圧力が高くなかった、つまりどこかが切れていた。
その場合、蒸気は主蒸気逃し弁からの配管を通って、圧力抑制室内のプールに導かれず、格納容器からベント管を通してプールに導かれ、ダウンカマーを通じて、水の中に導かれます。
しかし地震の揺れで水面の大きな波打ちが起き、ダウンカマーが水面より出てしまう瞬間があった。このとき蒸気は水の中に噴きださず、圧力抑制室内に噴き、ここの圧力が高まってしまった。

そうなるとベント管の内部との圧力差ができるため、自動的に壊れる弁が作用するのですが、そのため圧力抑制室の破壊は免れても、圧力の抑制そのものには失敗してしまいます。
つまりこの現象は、地震による圧力抑制室の中の水の揺れを原因として起こったと推論されます。

続いて、田中さんが展開しているのは、東電のシミュレーション批判ですが、これは(171)を参照してください。

以上の田中さんの見事な解析ぜひ多くの人々とシェアしたいです。
再び足りなかった20分の分も付け加えたノートテークここに提示します。守田の独断で小見出しもつけています。

興味のある方は、ぜひお読みください。

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地震による配管破断の可能性と、東電シミュレーション批判
(田中三彦さん談)
http://www.ustream.tv/recorded/15539453
http://www.ustream.tv/recorded/15524200


東京電力が5月16日に公式のデータを出している。
それに基づいてどのような事故がどのように進行したのかということを私なりに推測してみたので、それをお話したい。

私は当初から一貫して、1号機は配管が、・・・原子力圧力容器から出てきている配管を、原子炉系配管とよばせていただくが、そのどれかが破損、あるいは破断したのではないかと思っている。
5月16日のデータを見ても、その想いは変わらない。その内容を話そうと思うが、私が1号機に話を限っているからと言って、1号機だけがあやしいのではなくて、2号、3号もその可能性があるのだが、そこまで手が回らないのが実情だ。
1号機は人の手が限られており、短時間で水素爆発までいってしまった。そのため割合、2号、3号より分析が楽であるということで1号機に集中している。

問題は、配管が破損、破断しているとなると、津波以前の問題になる。津波で原発がやられたと言われているが、その前に原子炉中枢部が地震でやられている。そういう可能性があり、そうだとすると、他の原発に及ぼす可能性が高い。
もう一つ、後半で、もうほとんど世の中は、東京電力や国が行ったシミュレーションがあるが、それでメルトダウンが非常に早い勢いで起こって、どうのこうのということを、ほとんどみなさん、信じていると思うが、そのシミュレーション批判というのをやってみたいと思う。
ということでまず、どのように進行したと考えられるか、配管破損、あるいは破断が起きたのではないかと言うことを説明したい。


1 配管破断の可能性

A 原子炉格納容器の圧力はなぜ上がったのか

原子炉の構造を説明したい。今日の重要なポイントは二つある。一つは地震直後から原子炉水位がどんどん下がっていく。原子炉圧力容器の水がなくなっていくということは、どこかに出たということだ。その出先は二つしかない。それがどう漏れたのかが、今日の話の一つ目のポイントだ。

もう一つは、この原子炉格納容器というものが、通常運転中は大気圧と同じぐらいのものなのだけれども、これが事故のときに、絶対圧力、私たちの生活している1気圧を加えると8.4気圧まで上がっている。
普通は設計をするときは絶対圧力ではなくて、万人にかかっている1気圧を引いて7.4気圧かかっていたと考える。この設計圧力というのは、原子炉の一番大きな配管は、だいたい再循環系の配管なのだが、これが一瞬にして壊れたときにも、格納容器の中は4気圧にはならないと思われていたのだ。
それがマーク1型の格納容器といわれるもので、この福島の1号機から5号機まで使われていたものの設計圧力は4気圧前後だ。ところが事故の最中にこれは7.4気圧ととんでもないものになった。なぜそんな圧力になったのか。それが事故を考えていく上で重要なポイントだ。


B 主蒸気逃がし弁が開かなかった・・・

東京電力が5月16日に発表した地震直後の原子炉の水位と圧力の変動の図がある。主にこの二つを見ていくが、水位は全体的には地震直後の反応はあるが、14時46分の地震発生から、30分ぐらいの間を見ていくと、途中から少し下がって見える。
圧力は非常に特徴的で、運転中は70気圧ぐらいだが、地震が来た後に落ち込んでから少し上がった後に大きく下がっている。30分の間に20気圧ぐらい下がって、また上がっていくという大きな変動を経ている。
これが2号機の場合はどうかというと、原子炉圧力は、1号機のようにゆったり下がって上がって行くのではなくて、細かく上がったり下がったりを繰り返している。3号機も2号機と同じように、地震が来たように、パタパタと上下している。
1号機は大きな山なりを作っていて大きく違う。ここから先の記録は取れてないことになっている。ともあれ1号機はゆっくりと圧力が変動しているのだが、それがどうしてかということを説明したい。

2号機、3号機はおそらく崩壊熱で、スクラムを組んだ(制御棒が入った)直後に、核分裂はなくなるが、分裂時にできた生成物があるわけでそれが崩壊して熱が出る。
それで圧力がどんどん上がると原子力圧力容器が破損する可能性が出てくる。運転中が70気圧だが、止まった後に圧力が上がってくる。そうすると主蒸気逃し安全弁が開いて、蒸気が格納容器に出され、管を経由して、圧力抑制室の水の中に入っていく。

それで水の中に蒸気が噴かれると、蒸気が水になるので体積がぐっと減る。そのために圧力が低下する。あまり低下しすぎると蒸気が逃げて行くから、原子炉の中の水位が下がって、燃料が顔を出してしまう。
それは危険なので、ある程度下がり、68、69気圧まで戻ると弁がパタッと閉まる。そうするとまた圧力が上がり、弁が開いて蒸気が圧力抑制室に持っていかれる。そうすると圧力が下がり弁がパタッと閉まる。
そういうことを繰り返しているために、2号機、3号機は、原子炉圧力容器の中の圧力が上がったり下がったりしているけれども、なぜか1号機はこの動きをしていない。

これをどう説明するかだが、非常用復水器が作動して冷却をしているために、それの効果で圧力が上昇しなかったと考えれる面もあるけれども、それだけでは説明できない。
全体として、1号機の圧力がパタパタと変動しなかったということは主蒸気逃がし弁が開かなかったということを意味している。少なくとも30分の間、開いていない。ということは2号機、3号機に比べて圧力の上昇分が少ないことが考えられる。
この後に開いたかもしれないけれども、その後は分からない。しかし崩壊熱は停止直後が一番高いから、そのときに開いてないというのはとても気になる。

私がよく配管が破断しているというと、反論として東京電力の方は配管は破断していない。圧力がちゃんと残っているではないかと言う。
けれども、それは相対的なものだ。例えば多きな配管がいっぺんに破れてしまうと圧力はいっぺんに下がって行くが、そうではなくて中規模、小規模の破損だと、崩壊熱が上昇する、抜けたことで圧力が下がる。
その足し合わせたところで、圧力が抜けたところで戻っているということが起きていたと思う。逃がし安全弁が開かなかったといことが1号機の特徴だったということを知っておいていただきたい。


C 格納容器スプレー系が起動

それでもう一つ、東京電力は、どういう操作を施したかというものを黒板に書いていたものなどなど、いろいろと書いている。その中で水素爆発までの操作で重要だと思うものを、私なりにピックアップして表にした。
これは東京電力が作った表ではなくて、提供してくれた情報をもとに勝手に私が作ったものだ。この中で非常に気になることが幾つかある。

15時04分、地震後18分すると、格納容器スプレー系Bというのが起動している。それから15時11分、7分後に格納容器スプレー系Aというのが起動している。これは格納容器の中にスプレーがあって、何か異常なことがあると、温度と圧力を減らすために、大量の水を噴霧するものだ。
これが何かというと、教科書的に言えば、これは冷却材喪失事故が起きる、原子炉圧力容器を出入りしている原子炉系配管のうちのどれかが切れる、あるいはキズが入って水が蒸気が出て来る。そういう状態になると格納容器の中に高い温度の水蒸気が飛び出してくる。
そういうときに格納容器の中でスプレーを大量に出すと、温度が下がる。そうすると圧力が下がる効果を持っている。つまり冷却材が喪失した時に、スプレーが出て、フラスコを冷やすのが目的だ。

本当かと言う方がいると思うので、次のものを用意した。1990年ぐらいに福島1号機に関して、東電が国に提出している文章だ。その中に今、言った、格納容器に対する説明がある。
その中に格納容器冷却系、スプレーのことだが、「冷却材喪失事故後、サブレッション・チェンバー(圧力抑制室)内のプール水をドライウェルにスプレイすることによって、格納容器の温度、水位を低減」することを目的にしているということが書いてある。
つまりサブレッション・チェンバーの水を使って中に噴き出すという役目を持っている。それが2系統あるのだけれども、動き出したということだ。

どれぐらい噴霧したのかも、東電が出したデータに載っている。A系とB系のポンプについて載っている。地震が来てからまずB系が先に起動している。
これを見ると1時間当たり、何リットル送り出しているかが載っているが、マキシマムで1秒間で200リットル。それが一瞬にしてばらまかれる。A系が動き出してからは2台が噴霧するので、1秒間に400リットルが出ている。
そういうことが地震後17、18分後から始まっている。これがいつ止まったかは分からないが、津波までずっといった可能性がある。

これが何で起動したのか、分からないことがある。自動で起動したのか、人が何かを考えて、起動させたのか。良く分からないけれども、あいまいな表現がある。
「サブレッション・チェンバーを冷やすために起動したと思われる」と書かれている。運転士が、サブレッション・チェンバーを冷却するために起動させたと読める。しかし自動的だったのかどうか良く分からない。
また圧力抑制室の温度を下げるために冷却したということなので、その温度は何度だったのかを調べてみる。そうするこれが、冷やすために起動したと言われる冷やされる方の対象なのだけれども、これを見ると2時46分ごろ地震が起きた時に絶対値は20度になっている。

運転中は20度だったのに、地震が来たらなぜか下がってしまっている。3時7分からポンプが動いているが、それより前から下がりだしている。いずれにせよ絶対温度は20度でその水を冷やすために、スプレーを起動するというのは意味が分からない。むしろ冷やす前から下がり気味なのに、冷やす意味が分からない。
だからここで何か運転士が感じたか、格納容器の配管が切れたために温度と圧力を下げるために、自動的にスプレーが動き出したともとれるわけだ。確実とは言えないけれども、冷却材喪失事故が起きた可能性が非常に高いと思える。

肝心の格納容器がどうなっているのかというと、次のグラフがある。地震があって、30度ぐらい温度が上がっている。地震が終わった時から突然、温度が上がって行く。
これは東京電力は、地震で交流電源がストップして、格納容器の中の換気装置が止まってしまったので、そのために温度が上がり始めたと説明している。冷却材が喪失したのではないと注意書きが入っている。
しかしこの過程で、1秒間に400リットルの水をかけているわけだ。それがなかったらもっと激しく上がったと想像できる。東京電力の説明では外部電源喪失のために、換気ができずに上がったと言っているけれども、スプレーが無ければもっと上がったと考えられる。


D 非常用復水器(アイソレーション・コンデンサー)の不可解な運転

もう一つ、事故のストーリーを話していくときに大事なものがある。それは非常用復水器だ。原子炉圧力容器の中の圧力が上がっていくと弁が開いて、蒸気が管を通して、圧力抑制室に持っていかれるということを先程言った。
そうなる前に、崩壊熱が圧力容器内の圧力を上げていくと、実は1号機では、別のものが圧力を吸い取るようになっている。これはなかなか面白いというか、いかにも古いのだが、福島の1号機にだけついているものだ。日本では福島1号機だけだろう。

非常用復水器にからむ弁は4つある。系列はAとBがあって、それぞれ4つの弁がついている。いつでも何かに対応できるように運転中は4つのうちの3つの弁が開いている。非常用の時は、残りの弁が開けば全体が動き出すシステムになっている。
原子炉圧力容器から、これ専用の蒸気管がある。まず1Aという弁がある。これは常時開いている。次に2Aがある。フラスコ型の格納容器を出る前と出た後に弁がある。その後、復水器本体があり、そこで蒸気が水になって冷やされる。
そしてそれを取ってから3番目の弁、3Aがある。これは通常は閉まっている。これが開くと、次の開いている4Aも通って再循環ポンプに入り、原子炉に戻る。冷たい水となって戻っくる。そのことで圧力も下がるし、温度も下がるという仕組みだ。B系統も同じような循環があり、3A弁があけば同じように戻ってくる。

実際に、地震が合ってしらばくして崩壊熱で圧力が高くなると、全体がグルグル回り始めて温度を冷やしている。これが面白いのは、この循環が電気を何も使っていないことで、津波で電源を喪失したというが、自然循環でこれは回って、自然に冷やしていた。
このように途中で復水器本体があって、そこで熱をとっているとやがてこの復水器自身が熱くなり、沸騰していって役に立たなくなる。それでスペックでは8時間ぐらいはもつだろうと考えられているものだ。

そういうものがあって、もう一度言うと、原子炉の運転が止まって、崩壊熱で内部の圧力が72気圧ぐらいまで上がってくると、まず先に非常用コンデンサー(非常用復水器)、アイソレーション・コンデンサー(IC)とも言うがこれが働く。
それでも間に合わないと、主蒸気逃し安全弁が開いて、管を通って、蒸気が圧力抑制室に入っていく。
アイソレーション・コンデンサーが回っている分には、循環しているので水位は下がらない。しがし主蒸気逃し安全弁が開くと、蒸気が他に持っていかれるので、水位が下がる。それを予備知識にして、配管破断ということが起きたのか起きなかったのかを考えてみたい。

事故というのは勝手に一人でに起こって行くのではなくて、運転士がその過程に入ってしまう。そういうことで、運転士がどういうことをしたか、それに対して機械がどういう応答をしたかが記録として出て来る。
私としては運転士がどう運転したか、機械がどう反応したか、このイベントを合理的に説明していくことが事故の調査の基本だと思う。
今、言ったように、自動的に起動したかどうか。14時46分に地震が起こった。14時52分に非常用復水器A系B系とも、自動的に起動したと書いてある。6分後には圧力が上がってきたので動き出したと言うことだ。

ところがここで不思議なことがある。せっかく自動的に起動したのだがなんとその11分後、15時03分に弁を閉じてしまう。わずか11分間、動いて閉じてしまった。3A3B弁を中央制御室から止めてしまった。
一番圧力が上がって、それで壊れないようにするものが、せっかく動いたのに運転士が閉めてしまっている。
東京電力は記者会見でこんなことを言っている。温度と圧力が変化し、温度が急激に下がってしまった。下がりすぎた。1時間あたり55℃以上の温度変化があり、運転時は1時間あたり55℃以上の温度変化を起してはならないというマニュアルがあったので、運転者がそれによって止めたという説明をしている。

1時間あたり55℃の温度変化というのがどういうことかと言うと、鉄などに、冷やしてすぐに温めることを何度もやって急激に温度変化を与えると、熱疲労と熱応力というのが出て、ガラスだったら一瞬に割れてしまう。
そのために1時間に55℃以上変化させないでくれというマニュアルがあるので、それに従ったいう説明をしている。
これはほとんどウソと断言していい。この説明は意味がない。なぜかというと55℃というのは1.8倍かけてFにすると100度Fになる。1時間あたり100度Fの温度変化をさせてはいけないというのは、これはボイラーの世界、化学プラントの世界は常識だ。

原子力発電所も起動や停止のときに、これをちゃんと守っている。これは経験値だ。何のためのものかというと、激しい熱の変動を何回も繰り返すと材料が痛む。熱疲労的な要素の多い経験値だ。これを守っていれば長く運転できるというものだ。
それをこの非常時に守るなどという事態がナンセンスだ。もしそういうマニュアルがあるのならば、もうそれだけで欠陥だ。だからこれは方便、ウソで別の判断があって運転者は止めたのだと思う。
さっき言ったように、非常用復水器が8時間しかもたないことを考えた。電源が復旧しなくてこれしか使えないとなると、必要がない時は止めたいと運転士は考えたのだと思う。

先程、55℃というマニュアルはウソだと僕は言った。例えば緊急炉心スプレーといものがある。あれば285℃ぐらいの原子力圧力容器の中に40℃ぐらいの水をいきなり噴くわけだ。あれは凄い熱衝撃を起す。1時間あたり55℃などというものではない。そういうことを非常時にはやる。
一生の耐久性に関係するときと非常時のことは違うのだから、1時間あたり55℃以上の変化をさせたくなかったので止めたという話はまったくナンセンスで、ウソだ。それでは運転者は何故止めたのかというと、もっと重要なときに温存したいという考えがあったのかもしれない。
いずれにせよ、そういう運転者の考え方を、早くレポートにして聴取してまとめていく必要がある。これを国や東電がどこかでやっているのだろうか。この55℃という話は今後も出て来ると思うが、もしこれがマニュアルに書いてあったのだとしたらそれはもう不備だ。おそらくそれは書いてない。何の意味もない話だ。

それで止めてしまったということはある。わずか11分しか動いていない。ではいつ次にICは動いたのかと言うと、3月11日の夜の18時10分、3時間後に弁を開いている。しかし夜の18時25分にはまた止めている。結局、ここで15分、初めに11分、合わせて30分も使ってない。
崩壊熱が高くなって、圧力がどんどん高くなっているときに、これを止めているという異常なことが起こっている。それが何だったのかをはっきりさせていく必要がある。

次にこれが大事なことだが、その非常用復水器を全開にして使うときがきた。21時30分に3A弁を開いている。3B弁は開いていない。これは余裕があるとも取れるし、3B弁が壊れたともいえる。
その後、3月12日1時48分、およそ4時間何分かこれを開きっぱなしにしている。それでとうとう温度が上がってこのラインも使えなくなってしまった。しかし4時間はがんばった。これが後で見るがチャートの中に出ている。
だいたい以上のようなことを予備知識にして説明をしたい。

2に続く

コメント

明日に向けて(175)広島では3年後にぶらぶら病と白血病、7~8年後にがんが目立ち始めた(肥田医師)

2011年06月28日 09時30分00秒 | 明日に向けて6月1~30日
守田です。(20110628 09:30)

肥田医師が、日刊ゲンダイ紙上で、広島では3年後にブラブラ病と白血病、7~8年
後にがんが発生したこと、これを注意すべきだと言う警告を発しています。

また記事の最後で、次のように述べられています。
「『内部被曝』は少量の放射性物質でも影響が出る。ここが恐ろしいところです。
人間だけではありません。放射性物質は動植物すべてに影響を与えるのです。
福島原発の事故は、大気中だけでなく、海にも大量の放射性物質が放出され
ました。今後、一体どんなことが起こるのか。世界が固唾(かたず)をのんで
見ています」

今、その肥田さんが翻訳された『死にいたる虚構-国家による低線量放射線の
隠蔽』という本を学習しています。アメリカの、ジェイ・M・グールドと、
ベンジャミン・A・ゴルドマンの共著で、内部被曝の恐ろしさを説き明かした
ものです。

その第三章は「沈黙の夏」と名づけられていて、1986年の夏に、サンフランシスコ
から北へ25マイル離れたポイントレイズ鳥類観測所で、陸鳥の繁殖のこれまで
なかったような大幅な減少が記録されたことがレポートされています。

原因は、この地域にチェルノブイリ事故で発生した放射能雲が到達し、激しく雨を
降らせて強度の汚染が起こったこと。このため、鳥たちが繁殖に失敗してしまった
ことです。

鳥たちは春の訪れとともに一斉に繁殖を開始する。新芽が出てくると、それを
食べる虫の幼虫が爆発的に発生してきますが、それが雛を育てる絶好のタンパク
源だからです。

しかも都合のいいことに、ムシたちは雛の成長に合わせるように、だんだん大きく
なってくれる。そして生き延びたムシたちが、さなぎになって姿を隠した頃、若鳥
たちも、巣立ちの時を迎えるのです。

とくに植物が豊富で、春の芽吹きが素晴らしい日本には多くの渡り鳥が飛来します。
かくして山々は、繁殖に忙しい鳥たちの鳴き声に溢れる。しかしその葉にたくさんの
放射能が付着し、それを毛虫たちがせっせと体内に蓄積し、雛の口に運ばれた
はずです。その影響はどのように現れているのでしょうか・・・。

日本野鳥の会の方たちとも連携をとって、情報を収集しながら、私たちを包み込む
生態系そのものにダメージをあたえている低線量被曝の恐ろしさに関するレポート
を続けたいと思います。

以下、肥田さんの発言の載った「日刊ゲンダイ」の記事をお読みください。

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元広島陸軍病院医師 肥田舜太郎氏が警告 (ゲンダイネット)

日刊ゲンダイ 2011年6月21日
●3年後の「ブラブラ病」、7~8年後の「白血病、がん」に注意すべき
 福島原発事故の収束のメドが立たない中、7月にも、福島県民を対象にした
健康調査が始まる。追跡期間は30年間という世界でも例を見ない大調査だ。
特に重要なのは「内部被曝(ひばく)」の影響。事故当初に政府が強調した「直
ちに影響はない」は本当なのか。原発周辺の県民の避難範囲30キロは正しい
判断なのか――。「内部被曝」の危険性を国内で最初に指摘し、元広島陸軍
病院の軍医少尉として、被爆者の治療に当たった肥田舜太郎氏(94)に聞いた。

「原爆の直撃は受けていないのに、肉親を捜そうと、3日後や1週間後に市内に
入った人たちがその後、被爆者と同じ症状で亡くなる……。初めは状況が分から
なかったが、そういう患者をたくさん診て『内部被曝』を確信しました。しかし、米
国は一切認めない。箝口(かんこう)令が敷かれ、情報は厳しく管理されました」
「内部被曝」の問題が表面化したのは、54年の米国のビキニ環礁水爆実験で、
第五福竜丸が被曝した一件からだ。

「本当は第五福竜丸以外にも、周辺で被曝した漁船は700~800隻ありました。
しかし、医師らが調査に駆けつけると、米国は既に船主にカネをつかませて黙ら
せていました。最悪だったのは、当時の東大の研究グループ。米国に『機密情
報だから公開するな』と口止めされ、収集した研究データを米国に送っていたの
です。グループの中心人物はその後、日本の被曝研究の責任者になりました。
これでは、日本で『内部被曝』はもちろん、放射線障害の研究が進むはずがあ
りません」

●米国が避難範囲を半径80キロに設定した理由
「福島原発の事故で、政府が『直ちに影響はない』との説明を繰り返したのは
『無知』だからです。政治家、官僚ともに戦後生まれ。『内部被曝』を否定する米
国との安保条約にも配慮したため、日本では放射線障害について勉強する場が
ありませんでした。このため、米国と日本では事故の対応が異なるケースがあ
ります。例えば、米国は今回、避難範囲を原発から半径80キロに設定しました。

これはかつて、米・統計学者が50年間に及ぶ膨大なデータを整理した結果、
『原子炉から160キロ以内で乳がん患者が増えている』との報告書を根拠にした
からとみています。私も半径50キロ以内の住民は全て避難させるべきだと思っ
ていますが、日本政府は半径30キロのまま。『無知』な上、これまで『心配ない』
と繰り返してきたから、今さら変えられないのでしょう。原発の『安全神話』が足
かせになっているのです」

 事故からすでに100日以上経ったが、状況は何一つ改善していない。
「原発は大事故を起こさなくても、毎日、湯気や排水で放射性物質を出し続けて
います。政府はICRP(国際放射線防護委員会)などの基準内だから安全とい
うが、基準ができたのは四半世紀も前で、当時と比べてどんどん緩くなりました。
厳し過ぎると原発が造れない、電気代が上がる、儲からない、というのが理由で
す。基準の厳格派は次々に買収されました。ちょうど、電力会社がメディアに広
告費を出し、安全を強調してもらう現在の構図と同じです」

●少量の被曝でも影響がでる怖さ
「福島では住民の健康調査が始まるようです。対象の住民は行政機関に登録さ
せ、手帳を持たせ、しっかりとした健康管理、追跡調査を行うべきです。本当は
もっと早く始めるべきでした。倒壊家屋などのデータはすぐに数値として収集、
発表されるのに、住民の健康に関するデータ収集をしない理由が全く分かりま
せん。将来の『内部被曝』の影響は分かりませんが、広島の場合、およそ3年後
に体が疲れやすくなる原因不明の『ブラブラ病』患者が出始めました。白血病の
患者も3年ほど経ってから確認され、7~8年後にがん患者が目立ち始めました。

『内部被曝』は少量の放射性物質でも影響が出る。ここが恐ろしいところです。
人間だけではありません。放射性物質は動植物すべてに影響を与えるのです。
福島原発の事故は、大気中だけでなく、海にも大量の放射性物質が放出され
ました。今後、一体どんなことが起こるのか。世界が固唾(かたず)をのんで
見ています」
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_radioactivity_3__20110624_22/story/24gendainet000148059/
コメント (5)

明日に向けて(174)各地の脱原発行動が知事たちを動かしだした!

2011年06月28日 01時00分00秒 | 明日に向けて6月1~30日
守田です。(20110628 01:00)

27日に、福島県知事と、山口県知事がそれぞれ原発に対して厳しい態度を
表明したことが報道されました。

僕はこれは、自ら被曝対策を進めならが脱原発の声を大きく上げ始めた福島
県民、上関で長く原発建設に反対してきた町民や県民の方、そして全国約150
ヶ所で「原発を止めて欲しい」「原発のない世の中を作ろう」という声をあげて
歩き出した人々の声が、知事たちの背中を押しだしたことの表れだと思います。

まず福島県の佐藤知事についてみてみると、朝日新聞で
「県議会で「福島県としては原子力に依存しない社会を目指すべきであるとの
思いを強く持つに至った」と述べ、初めて「脱原発」の姿勢を鮮明にした。慎重
姿勢でありながら原発を容認してきた従来の姿勢から転換した。」
と報道されています。

山口県の二井知事は、中国新聞で
「代表質問の答弁で、上関原発の建設計画や埋め立て地の土地利用計画の
先行きの不透明さを指摘。「この状況が続く限り、たとえ(埋め立て免許の)延
長申請があっても認められない」とした。一方で、国のエネルギー政策に協力
し、地元上関町の方針を尊重する基本姿勢をあらためて強調。「国の動向を
注視する」と答えた。」
と報道されています。

佐藤福島県知事の、脱原発への転換は歓迎すべきことです。しかしTBS
ラジオ武田記者の取材などから、そもそも幼稚園や学校での規制値を
20ミリシーベルト以内と高く設定するという案は、知事ら県の側からの政府への
要請に基づくものだったという事実が指摘されていることも忘れてはならないこと
です。その点を反省して、脱原発に踏み切ったとは考えにくい。

しかし20ミリシーンベルト問題とへの批判をはじめ、放射線からの防護を行って
いる県民の必死の努力、また福島市や郡山市での脱原発行動の実現の中で、
知事はこれ以上、政治家として原発容認の立場を維持できないと考えたのでは
ないでしょうか。その意味で、福島県民や、全国の声が、知事を動かしだした
と僕は確信しています。

二井山口県知事の場合も、脱原発に転換したのではありません。いわば脱原発
市民と原発推進の政府に二股をかけた状態です。それで原発建設推進の立場を
いったん凍結したわけですが、これも原発推進から、中間の位置まで、押し戻した
といえます。記事からも明らかなように、二井知事に、原発推進の道を歩むのか
脱原発に転換するのか、思想信条と言えるようなものは存在していません。
ポピュリストとして、どちらが有利なのかを考えているわけです。それもまた
知事の「動かされ方」であると言えます。


私たちは、こうした点に私たちの国の民主主義が、少しずつ発展しつつあることを
見てとることができると思います。民主主義で大事なのは、民衆の側に力がある
ことです。あるいは、民衆に力がある状態こそが民主主義だと言えます。民衆の
声が政治家を動かすとき、私たちは民主主義を実現していると言える。

佐藤知事も、二井知事も、現行の社会システムの中で、民主主義が弱いときに
誕生してきた知事だと思います。だから両知事とも原発推進派だった。これは
私たちの中の、「脱原発」の声が小さかったことの表れでした。しかし今、原発の
立地県知事が、初めて脱原発を表明せざるをえず、原発誘致県が、工事の凍結
を表明せざるを得なくなっている。ここに全国150ヶ所で歩いた成果が如実に
出てきている。

もちろん、このパワーオブバランスは、民衆の側の力が弱まれば、たちまちまた
従来の方向へと偏ってしまうでしょう。だから私たちは一層声を強くしていく必要
があります。

「原発反対」「脱原発」「原発卒業」・・・それぞれで、思いを込めて、さらに歩き、
原発推進派の政治家たちを、パタン、パタンと方向転換させましょう!

****************************

福島県知事、脱原発を明示 県議会で姿勢転換を表明

朝日新聞 2011年6月27日21時12分
 福島県の佐藤雄平知事は27日、県議会で「福島県としては原子力に依存し
ない社会を目指すべきであるとの思いを強く持つに至った」と述べ、初めて「脱
原発」の姿勢を鮮明にした。慎重姿勢でありながら原発を容認してきた従来の
姿勢から転換した。東日本大震災のあと、原発立地県の知事で「脱原発」の姿
勢を示したのも初めて。

 有識者による県復興ビジョン検討委員会は今月15日、福島復興に向けた提
言の基本方針(素案)の中で「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発
展可能な社会づくり」と明記。佐藤知事は検討委の考えを「重く受け止める」と
していた。検討委は7月に、「脱原発」を盛り込んだ提言を知事に出す予定だ。

 佐藤知事は、自民党の斎藤健治県議の質問に答弁。東京電力福島第一原
発事故で、原発の安全神話が根底から覆された▽全住民が避難した町村は
行政機能の維持が困難になっている▽農林水産業、製造業、観光などあらゆ
る分野で想像もできない危機に直面している――と説明し、「ふるさとが大きく
傷つけられたことは断腸の思いだ」と述べた。また、今後の課題として、「産業
の振興や雇用の確保、地域作りをいかに進めるか」を挙げた。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106270501.html

***

上関埋め立て認めず 免許延長で山口県知事表明

中国新聞 2011年6月28日
 ▽原発の先行き不透明と判断
 中国電力の山口県上関町への原発建設計画をめぐり、同県の二井関成知事
は27日の県議会本会議で、予定地の公有水面の埋め立て免許の延長を現状
では認めない考えを示した。原発の新増設を含むエネルギー政策を白紙から見
直す国の方針を受け、上関の計画の先行きが不透明になったと判断。来年10
月で期限が切れる免許について「新たな手続きに入ることはできない」と述べた。

 二井知事は代表質問の答弁で、上関原発の建設計画や埋め立て地の土地
利用計画の先行きの不透明さを指摘。「この状況が続く限り、たとえ(埋め立て
免許の)延長申請があっても認められない」とした。一方で、国のエネルギー政
策に協力し、地元上関町の方針を尊重する基本姿勢をあらためて強調。「国の
動向を注視する」と答えた。

 本会議後、二井知事は報道陣に対し、「上関は進めるという国の政策が出れ
ば土地利用計画は生きる。そうなれば中電も延長申請をするだろうから、その
時の状況を踏まえ、法的な判断をする」と対応に含みも持たせた。

 上関原発をめぐり、中電は2012年6月の本体着工と18年3月の運転開始を
予定している。しかし、福島第1原発の事故を受け、計画は大幅な修正が必至
の情勢。中断している準備工事は再開のめども立ってない。来年10月までの
免許期間内の埋め立て工事完了について二井知事は「相当困難と推察される」
と答弁で指摘した。

 二井知事の方針に対し、中電は「知事の判断について、事業者としてコメント
する立場にない」と説明。上関原発建設について「福島の事故を踏まえた徹底し
た安全対策を計画に反映させ、地域の皆さまに安心していただける発電所とな
るよう引き続き最大限取り組む」としている。(金刺大五、山本和明)

▽国と中電、二重にけん制
 上関原発建設計画の公有水面埋め立て免許の延長について、山口県の二井
関成知事は「現状では認められない」と踏み込んだ。福島第1原発の事故後の
県民感情に配慮した判断と言える。一方で、国のエネルギー政策が示されるま
での先送りの印象も残る。

 二井知事は議会の答弁や報道陣の質問に対し、「現状では」「現時点では」と
何度も強調。脱原発の姿勢はきっぱり否定した。

 国の新たなエネルギー政策に上関原発の推進が盛り込まれれば、埋め立て免
許の延長を認めない根拠とした予定地の土地利用計画の不透明さも解消される
と示唆した。

 県議会では免許の期限まで1年以上残す現時点での見解の表明に驚きの声も
上がった。国に早期のエネルギー政策の提示を促し、中国電力には延長申請を
控えさせるという「二重のけん制球」との見方もある。

 二井知事は4期目。来年8月で今任期が満了すれば引退すると公言している。
県民感情への配慮と最終決断の先送りを両立させた見解には自身の県政の総
仕上げを慎重に進めたいとの思いがにじむ。

 国の新政策の提示によって「現状では」という前提が外れる時、県民の声をどれ
だけ重く受け止め、最終決断するかが知事に問われる。(金刺大五)
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201106280087.html
コメント

明日に向けて(173)高島市内の放射線値は安全圏内でした!

2011年06月27日 23時50分00秒 | 明日に向けて6月1~30日
守田です。(20110627 23:50)

6月26日早朝に、高島市内で放射線値を計測してきました。
6月16日に、毎時0.4マイクロシーベルトが計測されたという情報が、ネット上に
流れたこと、またこれに対して僕自身が、明日に向けて(158)でコメントした
ことに責任を感じての行動でした。
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/b80ee1159ced0f633abe7948fb351f04#comment-list

測ったのは安曇川駅周辺と、高島市環境センター(焼却場)正門付近です。
時刻は安曇川駅が26日午前7時半、環境センターが8時ちょうどぐらい。
焼却場では1号炉が運転中でした。
使用した機器はDP802iという中国製のガイガーカウンターでした。

計測値はどちらも毎時0.08~0.14マイクロシーベルトでした。駅前では、バス停
ベンチ付近、植え込みの上、雨どいから雨が垂れている場所など、いろいろと
測りました。同じく焼却場正門前でも、門の上、周辺の植え込みや側溝など
いろいろと測りましたが、とくに数値が高くなる場所はなく、ほぼ0.10マイクロ
シーベルトをさしており、ごくたまに0.14まであがるという感じでした。

ちなみにこの機械は、このぐらいの低線量を正確に測るのが苦手なようで、
概ね2倍ぐらいの値が出ることがネット上などで指摘されています。
また実際、この値は、京都市左京区の我が家の中でも計測される値で、これを
書いている今も、手元で0.11マイクロシーベルトをさしています。これと安曇川駅
・高島市焼却場付近の値が変わらないということ、京都市内の他のデータを見
てもが0.11が正しい値とは考えにくいので、ほぼ半分ぐらいとみてよいのでは
と思います。それらからすると、実際の値は0.04~0.06ぐらいではないでしょうか。

それではより正確な値はどうなのか。
この点について、高島市が、モニタリングーカーによる計測値を公開して下さい
ました。先日、こちらから電話したことに対応してくださったと思います。ありがたい
ことです。

以下、引用します。

「高島市は、平成23年6月20日に滋賀県の環境モニタリング車により市内
5箇所で放射線量の測定を実施しました。その結果をお知らせします。

高島市内の放射線量測定結果

新旭町  高島市役所     0.044
安曇川町 南部消防署    0.030
今津町  市消防本部     0.049
今津町  今津西小学校   0.037
マキノ町 マキノ観光会館横 0.052
単位:μ Sv/h(マイクロシーベルト/時)
http://www.city.takashima.shiga.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1308553920559&SiteID=0000000000000

****

これらを2倍すると、DP802iで測定した値とほぼ合致するので、この高島市
測定の値が正しいのではないかと思われます。
ともあれ毎時0.4マイクロシーベルトを裏付けるような数値は確認されずに、
ホッとしました。


ただ考え方として、0.4マイクロシーンベルトを計測という情報を出して下さった
こと自身はありがたいことだったと思います。
高島市が近くに原発を抱えているからでもありますが、今の日本の状態では
どこもかしこも、いつ放射線値が高くなっても不思議ではないからです。
そのとき、手元の機器が異常を示していたら、まずは情報発信して頂いた方が、
私たち全体の安全は高まります。

その上で、私たち市民が持つ機器は、それほど精度の高いものではないので、
行政にかけあいつつ、市民の側もそれぞれで積極的に計測し、互いに情報を
修正しながら精度を高めていくことが大事だと思うのです。

その点で、0.4マイクロシーベルトの情報を受けて、高島市役所の方々とも電話
で相談し、市の側でも計測を行っていただき、こちらからもチェックに行ったこと
には意義があったと思います。こうしたことをあちことで進めるとよいのではない
でしょうか。

ただ、前回の情報で、心配だけさせてしまった方もいらっしゃるかもしれません。
もしそのようなことがありましたらお詫びしたいと思います。
こうした点では、とくに近隣の生産者の方々への配慮が必要で、この点を、情報
発信するそれぞれが、頭に留めおいておかねばならないと思います。

ともあれ高島市内の放射線値は、少なくとも6月26日早朝現在で安全圏です。
良かったです・・・。
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明日に向けて(172)核兵器開発の副産物としての原子力発電(インターネットテレビでお話しました)

2011年06月26日 23時45分00秒 | 明日に向けて6月1~30日
守田です。(20110626 23:45)

みなさま。再びインターネットテレビに出させていただいてお話をすることが
できましたので、ご報告します。今回も「清水ただしの派遣村テレビ」への出演で
「核兵器の副産物としての原子力発電」のタイトルで、核兵器と原発の関係につ
いてお話をしました。必要な点をコンパクトにお話できたと思いますので、どうか
ご覧ください。
http://hakenmura.tv/

なお派遣村テレビでは、6月11日配信分にも出演させていただき、福島原発事故
の概要と、放射線被ばくの問題をお話しています。配管破断事故の可能性も
コンパクトに説明しています。これもすでにオンエアされています。

ただしこの中で僕は、間違ったことを話てしまっているのです。これまでも「明日に
向けて」で触れてきた、首相官邸ホームページにある、「チェルノブイリ事故との
比較」についてなのですが、僕はこの文章の下敷きになっているIAEAの報告に
ついて、1991年のものと、2006年のものを混同している点があります。

この点、もっと詳しく説明しなければなりませんが、それは後日にさせていただ
いて今は、誤りがあることをお知らせしておきます。どうもすみません・・・。
この放送分のアドレスも記しておきます。良ければご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=xf1hyRqd_qc&feature=player_embedded

なお派遣村テレビの次回収録が7月18日に予定されており、再び原発のお話をしますが
この日は公開録画になるのだそうです。後ほど、時間・場所などをお知らせします。
よければお越しください。


ところで、事前にご案内できなくて大変、申し訳ありませんでしたが、今日、京都
では「バイバイ原発パレード」が行われ、約1000人の参加で大変、盛り上がったと
聞いています。良かったです。準備されたみなさん。参加されたみなさん。
ご苦労さまでした。

僕自身は、23日から26日まで基本的に法然院につめていて、日本軍性奴隷
問題の被害者である台湾のおばあさんの写真展のスタッフとして働いていました。
そのためパレードには出席できませんでした・・・。
この写真展にもスタッフを入れれば250人近い人が参加してくださって、大変、
盛り上がりました。みなさま、どうもありがとうございました。

またこの間に、25日午前中に、某コーヒーチェーン店スタッフの若者60人と一緒に
大文字山に登り、ナラ枯れのこと、森を守ることのお話を聞いていただきました。
森や自然のことを真剣に考えている60人の若者の視線に触れて感動しました。
原発のことだけで手いっぱいで、こうした活動に手が回らなくなっていることに胸が
痛くなる瞬間でもありました。なんとか、原発問題とバランスを取りながら、森への
関わり、ナラ枯れへの対処なども復活させて行きたいと思いました・・・。

その後、山を駆け下り、法然院に立ち寄ってから、三条河原町のカトリック
教会に赴き、原発についてのお話を聞いていただきました。
会場ぎっしりに参加者が集まっていただき、質疑で熱い意見がたくさん出ました。
この場もとても良かったです。

その後、東京から来られた、台湾の阿媽たちをささえてこれらた柴洋子さん、韓国
から参加の、ナヌムの家(韓国の性奴隷問題被害者のおばあさんたちの共生の家)
スタッフだった村山一兵君や、写真展スタッフのみんなと一緒に、滋賀県近江舞子の
知人宅を訪れ、ゆっくりとした懇談の場をもちました。

さらに本日は、朝7時過ぎからガイガーカウンターを持って高島市に向かい、
幾つかの地点で放射線量を計測してきました。「明日に向けて(158)」で、高島市で
高い値の放射線量が出たかもしれないと書いたので、責任を感じての行動でした。
その結果、とりあえず今のところは問題は無いのではないかという感触を得て帰って
きました。この点は後でまた詳しく記事にします。

その後、再び近江舞子でみんなと合流し、京都・法然院へ。12時から写真展最終日
を開催し、午後2時からの柴洋子さんの講演会を行いました。この講演会がとても
良かった。台湾のおばあさんたちにむしょうに会いにいきたくなりました。
・・・いろいろなことにもっと力を出していきたいなと思う二日間でした。

これらの過程で、たくさんの発見があり、記事にできること、しなければならない
こと、したいことがたくさんあるのですが、それらは今後、追ってご報告することに
します・・・。

コメント (3)

明日に向けて(171)地震による配管破断の可能性と、東電シミュレーション批判(田中三彦さん談)2

2011年06月25日 02時31分00秒 | 明日に向けて6月1~30日

守田です(20110625 02:30)

田中さんの講演の続きです。

福島原発事故シナリオ 田中三彦氏

http://www.ustream.tv/recorded/15539453 http://www.ustream.tv/recorded/15524200

***

多分、起きていたとすれば亀裂が生じて、どんどん拡大していった。 地震で何か起きて、圧力抑制機構が働く成る事が起こった。再循環配管がくさい。主蒸気管かもしれない。地震時に大きな応力が出る。

またB系列のICが使われていない。ああいう修羅場で最後の最後までそれが動かなかったことの意味が分からない。もしかすると、系列の配管が壊れたということもあるかもしれない。

東京電力のシミュレーションの批判を行いたい。 原子力安全基盤機構というところが、クロスチェックと称している。それでさらにちょっと過激なことがでてきた。

メルトダウンが起きたなどということは、誰でも思っているわけだけれども、東京電力が5月11日、日曜日だったと思うがシミュレーション、確率的安全評価というシミュレーションの結果を、記者会見を開いて説明した。

その結果がある意味では、一般の人にとって衝撃的で、それがゆえにある意味では信用がおけると受け取られたかもしれない。そのように僕には思える。

その衝撃的な内容と言うのは、メルトダウンを認めたばかりか、かなりのスピードで、その日のうちに燃料が丸出しになってあっという間にメルトダウンを起して言ったというストーリーだった。

それまでまったくそういうことを言わなかったのに、いきなりそういうことを言ったので、逆に信頼を勝ち取るみたいなことがあったような気がする。その辺の計算づくがあったかもしれない。

私はその記者会見を聞いていて、これはロードマップを変更するのだなと思った。それで水棺方式をやろうとしていた。ところが原子力圧力容器の中に水がたまらないことがすでに分かっていたのだろう。それでこれをあきらめるということを言う時に、タイミングも見計らって、シミュレーション結果を出してくるわけだ。

そうするとそこが抜けているから、水が下に落っこちるのは当たり前としても、さらにメルトスルーという言葉も出ていた。そうすると周りの人は、溶けて落ちたものはどこにいったのかと、格納容器も穴が開いたのではないか、その可能性もあるということになると、それはどこにいったのか、地下にいったのかという話になっていく。

そうすると「水棺方式はうまくいかないですね」という話を、互いに暗黙のうちに了解する。それで翌日にはどの新聞もトップでロードマップ変更と言うことがシミュレーション結果の発表とともに出てきた。

翌日、火曜日に、ちゃんと水棺方式はやめたと言われ、今、やっている循環方式に変わるわけだ。これはうまい理由づけになっている。 メルトダウンを認めると、東京電力は潔いと、しかも普通考えられていたよりも、あっと言う間に起きたと言う、衝撃的な内容になっていたので、逆に言うと信じやすくなっていると思う。

しかし僕は最初からまったくこれを信じていない。これから事故調査委員会が事故の内容を調べるというときに、まだそれが何も始まってないときにIAEAの閣僚級会議の中にシミュレーションの結果を報告すると、それでIAEAが認知して、国際的に認められるという方向付けまでしてしまおうという、ある意味でいうと非常に早計というか、策略のようにも見えるし、それほど自信の持てるシミュレーションなのだろうか。

私がこれから述べるように、これは全く信用できない。このようなものをどうして出すのだろうか。自ら退路を断って、配管破断はなかった地震は関係なかったとこれから言いますよと、地震説は全て拒否と決めたとも見える。

例えばロボットが配管を調べようとして、格納容器の中を撮影すると何か分かるかと言うと、分からない。配管は保温材がまかれていてそれを金属が覆っている。外から見てもわからない。ものすごく複雑な配管がいっぱい通っている。写真を撮って証拠をあげることができない。

それで永遠に配管は壊れなかったと言い張ると話は通ってしまう可能性がある。そう踏んでいるかどうかは分からないけれども、配管破断説は一切受け付けないというシミュレーションだ。

そのシミュレーションの批判を行おうと思うが、シミュレーションではどういう結果が出て来るのかは、どういう入力をしたかによってくる。その意味で入力条件がたくさんある。

例えば私が今日、説明したような、もしかすると配管が壊れているということになると、配管にもいっぱいあるわけだし、穴の大きさもいっぱいあるわけだし、その大きさがどう変わって行くのかということも追っていかなければならないのだけれども、いろいろなケースを入れてみる。もしかすると圧力抑制室の構造が壊れたりしたことがあったかもしれない。そういうことをシミュレーションの中に入れていかなければならないだろう。

そうするといろいろなケースをやって、その中で、記録として残っている実測された水位、圧力、温度と合うもの、一番いいものを選んでいくとか、運転された方の話を良く聞いて、それと矛盾していないかどうか。

その意味でまず運転記録に忠実であること、運転者の話したことに忠実であること、想定されるストーリー、それが一つではないわけだから、いろんなケースも入れて、100ケースも200ケースもやって、その中から一番合理的に説明をつくものをやればいいわけだ。

ところがこれは、鼻から配管破断はないという条件で計算されている。 それから圧力抑制室の異常もないことを条件にしている。もっとひどいことに、IC(非常用復水器)は津波の後に、一切動いていないことにしている。冷却機能は働かなかったとしている。

そうなるとこのシミュレーションを実現した人にとって、最大の難関はこれをどう実現するかになる。

シミュレーションをする人は、何かのデータを説明しなければならないということになる。その場合、格納容器の圧力がどうして7.4気圧まであがってしまったのか。また水位がどうして落ちてきたのか。これをどう説明するかだ。

ここでICが津波以降、一切動かなかったと過程しているので、圧力が上がり主蒸気逃し安全弁が開いて、蒸気が圧力抑制室に逃がされる。もう一つ自動減圧系というモードもあって、水位がある程度さがって圧力がある程度残っているときは開きっぱなしにする。

とにかくこの主蒸気からのラインで、蒸気が圧力抑制室に運ばれて圧力容器の水位が下がったと説明しようとしている。

もう一つ重要なのは、7.4気圧だ。これをどうやって説明するか。大口径破断が一瞬に起こったのでもないのに、なぜ格納容器の圧力があがったのか。これは考えることは一つしかない。

・・・(音声途切れる)

シミュレーションの中に、原子炉圧力容器が何度になったら何センチの穴があくとか、そういう入力をするわけだ。メルトダウンがあっというまにきて、原子炉圧力容器が熱くなる。そうなるとどこかが損傷して高温高圧の蒸気が格納容器の中に漏れていく。そうなれば格納容器の圧力があがることになるので、このストーリーを狙って、シミュレーションが行われている。

その証拠をおみせしたい。 まず一番苦労したのは、原子炉格納容器が7.4気圧になっている。これをどう説明するかを苦慮している。

格納容器の圧力は、3気圧ぐらいまでゆっくりあがって、そこからどんと上に上がっている。ここに原子力圧力容器が破損と書いてある。約15時間後となっている。計算上、こうなったとなっている。

どうしてこれが分かるのかというと、燃料が丸出しになる時間が早かったので、ある温度になると原子炉に穴が開くと入力しておくと、ここで穴があいたことになる。

そうすると、穴から高温高圧のガスが噴き出す。そうするとここで一気に圧力が上昇することになる。これをあっているとみなすかどうか。これはあっていない。

なぜかというとこの方式で言うと、もっと早く7.4気圧になっているので、さらにもっと早くメルトダウンを起したことにしないとここで7.4気圧まであがったことが説明がつかないことになる。つまりこれでは説明できていない。

なんでこんなことで穴が開いたことになるのかというと、津波以降、ICを動かさないければ当然、メルトダウンは早く進行するので、そうすると、原子力圧力容器に早く穴が開く。

われわれが問題にするのはこの辺だ。ここはあっていない。原子炉圧力容器の破損に頼っていくと、さらにメルトダウンが早く起こったことにしないと説明がつかない。

結局、これには無理がある。実際には、地震によるスロッシングによって圧力抑制機構がうまく作動しなかった。それはアメリカのNRCが1980年代に指摘した問題とズバリ絡んでいて、そういうことが今回、地震によっておきてないか。そういう要素をこのシミュレーションは何も入れていない。地震の要素を何も入れていない。

こんなものを、これが正しいと主張すること自体が意味がない。これがなぜ受けてしまうかと言うと、われわれが思っている以上にメルトダウンが早く起こったと言ったから、いさぎよくなった、正直になったいう受けがあったかもしれない。

こんなに早くメルトダウンをしたという解析には無理がある。これほど一気に、3気圧から7.4気圧まで一瞬で格納容器の圧力があがったというのは、どこかに矛盾が来ている。また圧力をただしく表現できていない。 もっと凄いものもある。東京電力が原子炉の水位が、一気に落ちて水素爆発が起きたことになっているのだが、シミュレーションの方の計算上の水位はもっと早く落ちてしまっている。非常用復水器が動かないので、逃がし安全弁が動いて水があっという間になくなるとしたいのだが、これが実測データにまったくあっていない。このデータはIAEAにも出されてまだ生きているが、この実測値とシミュレーションの違いがどう説明されているか。

これを東電や国は何て言っているのか。水位が早く落ちてしまったので炉の中の水がなくなって、水位計の中がからからになってしまった。そのため実際には早く落ちたのであって、データの方は信用できないといっている。都合が悪くなるとそのデータはすねてウソにしてしまう。

しかし実測では二つの水位計が同じような水位の低下を記録している。水位計がだめになっていたのなら、どうして二つが同じ傾向をしめしているのか。こうしたことには一切答えず、これはウソのデータだと切り捨てている。

この切り捨てがまったく説得力が無い。このように自分の都合のいい計算をして、それにあわないものは切り捨てていく。これの無理なところは、原子炉圧力容器を早くメルトダウンさせて破損させて、そこから高温高圧の蒸気が噴き出したことにすると一気に格納容器の圧力があがるよというストーリーを頭に描いてそれを実現するだけのシミュレーションを行っただけだ。これはあしきシミュレーションだ。

やるんだったら、配管の破断のモードを積極的に入れて、圧力抑制室の破損も入れて、配管のどこが壊れたとかも入れて、あるいは穴の大きさを止めて考えなくてはいけない。

動いていたものを動いていないとか、測定された装置はウソだったとかそういうシミュレーションを国際的に評価してもらおうといって出すこと事態、暴挙というか、あきれると言うか。しかもそれを方向付けをしてしまう。世間一般の方の受けを狙っているとさえ考えられる。

だから今後事故解析をされる方が、運転者の聴取をきちんとすることと、記録をまず、それが死んでいるか生きているかはあとで判断すればいいので、いろいろな条件を入れてやるといいと思う。

その中で一つ心配なのは、畑浦さんの事故調査委員会ができた。その下に3つのチームができた。その方が任命されたが、その方がいるところが、東京大学のシステム量子工学科、原発推進者の本部のようなものだが、またそこから選ばれている。僕などはシステム量子工学科は相当にくさいと思っているからそういうところだけは避けて欲しかったという気がする。

またそういう方がなって、東京電力も事故調査委員会を作るという。その外部の委員会にも、元システム量子工学科の偉い先生が委員長に就任している。それでこれまでと違う事故調査がしてもらえるのかというと、非常に不安な気持ちになる。

だいたいそれぐらいです。

終わり

コメント

明日に向けて(171)地震による配管破断の可能性と、東電シミュレーション批判(田中三彦さん談)1

2011年06月25日 02時30分00秒 | 明日に向けて6月1~30日

守田です(20110625 02:30)

6月21日に、元原子炉圧力容器設計士の田中三彦さんが、原子力情報室で会見をされ、福島第一原発事故のおける1号機の地震による配管破断の可能性と、東電のシミュレーションに対する批判を明らかにされました。

2時間と長い会見ですが、内容が非常に濃密である上に、分析が非常に鋭くかつ鮮明で、聞いていて、もの凄く興奮すると同時に深く感銘してしまいました。とくに後半の東電シミュレーション批判のくだりには、思わず「す、凄い」と叫び声をあげてしまいました・・・。

それでぜひともみなさんにご紹介をと思ってノートテークしましたが2時間と長く、かつスライドを見ながらでないと分かりにくい内容でかなり労力を使いました。これを文字だけで読んで理解するのは難しいかもしれません。部分的に映像をみながらお読みください。

ともあれ僕にとって、この間、もやっとしてよく見えない部分がスキっと晴れたというか、非常に得るものの多い、会見なのですが、いかんせん、今日のところはノートテークで疲れてしまったのでご紹介にとどめ、僕なりの解説と意見を後日加えたいと思います。


あえてポイントだけ提示しておくと、東電や政府は事故は津波によって深刻化したので、津波対策をしっかりすれば、原発の運転は危険ではないと主張しているわけですが、そうではなく、実際には地震による配管破断によって、冷却材喪失が起こったこと、要するに原子炉崩壊の主要因が地震にあった可能性が高いということが田中さんが解析によって主張されていることです。これが前半で詳しく説明されています。

後半では東電のシミュレーションを詳しく分析して批判しています。
ここで田中さんは、東電の「メルトダウン」についての解説そのものを批判しています。5月11日に、東電はセンセーショナルに、メルトダウンが起こっていたと発表した。そんなことはすでに後藤さんや田中さんが指摘していましたが、しかし大方の人々は大変なショックを持ってその報に接した。

ところがこの発表は意図的になされた可能性が高い。メルトダウンとかメルトスルーとかいうと、人々の意識は、それで燃料はどうなってしまうのか。格納容器の底を破って、地中に潜っていくのかとそこに意識がいってしまう。同時にそれまでの態度と180度転換して、東電が正直に起こっていることを認めたかのような錯覚も生じ、そのような受け止めも生まれてしまった。

しかしこれもまた東電がある価値判断で入力したシミュレーションにもとづくもの。東電は、あくまでも津波で原発が壊れたことにしたかった。
そのためにそれの説明がつくシミュレーションを組んだ。その際、格納容器の圧力が事故後に8.4気圧(設計士たちの世界では大気圧を引いて7.4気圧)になったことの説明が必要だった。

これはメルトダウンして、圧力容器に穴が開き、高圧高温の蒸気が圧力容器から格納容器に噴出したことにすれば、説明がつくと東電は考えた。そのことと、センセーショナルな発表で、事故の要因は地震なのか津波なのかという重要な論議をぼかしてしまうことも狙って、この発表がなされたのではないかというのです。

つまり注意しなければならないのは、5月11日の東電の発表、これをその後に修正した保安院の発表・・・メルトダウンが事故直後に起こったというセンセーショナルな発表もまた、両者によるシミュレーションによるものであり、それが現実なのではけしてないこと。
(メルトダウン自身は実際に起こっていることが確実ですが、東電のシミュレーションのように起こったのではないという意味)

またそのシミュレーションは、地震による事故の発生という推論を一切排除して、津波を要因として作られたものであり、いわばその論証のために、メルトダウンやメルトスルーが利用されているという点です。
これらを田中さんは、このシミュレーションが、実測データとして東電が認めているものと接合してはおらず、決定的なところで、説明ができていないことをえぐりだして立証しています。

この辺の東電のシミュレーションと、メルトダウンの発表の裏を読みとる解析力が本当に凄い。感動しました。田中三彦さんのご努力に、感謝あるのみです。


ともあれ、可能な方は田中さんの説明をお読みください。
例によってこれはあくまでも守田がかく聞き取ったという内容ですのでその点、お気をつけ下さい。

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福島原発事故シナリオ 田中三彦氏

http://www.ustream.tv/recorded/15539453
http://www.ustream.tv/recorded/15524200

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田中三彦です。

東京電力が5月16日に公式のデータを出している。
それに基づいてどのような事故がどのように進行したのかということを私なりに推測してみたので、それをお話したい。

私は当初から一貫して、1号機は配管が、・・・原子力圧力容器から出てきている配管を、原子炉系配管とよばせていただくが、そのどれかが破損、あるいは破断したのではないかと思っている。

5月16日のデータを見ても、その想いは変わらない。その内容を話そうと思うが、私が1号機に話を限っているからと言って、1号機だけがあやしいのではなくて、2号、3号もその可能性があるのだが、そこまで手が回らないのが実情だ。

1号機は人の手が限られており、短時間で水素爆発までいってしまった。そのため割合、2号、3号より分析が楽であると。いうことで1号機に集中している。

問題は、配管が破損、破断しているとなると、津波以前の問題になる。津波で原発がやられたと言われているが、その前に原子炉中枢部が地震でやられている。そういう可能性があり、そうだとすると、他の原発に及ぼす可能性が高い。

もう一つ、後半で、もうほとんど世の中は、東京電力や国が行ったシミュレーションがあるが、それでメルトダウンが非常に早い勢いで起こって、どうのこうのということを、ほとんどみなさん、信じていると思うが、そのシミュレーション批判というのをやってみたいと思う。

ということでまず、どのように進行したと考えられるか、配管破損、あるいは破断が起きたのではないかと言うことを説明したい。


原子炉の構造を説明したい。
今日の重要なポイントは二つある。一つは地震直後から原子炉水位がどんどん下がって行く。原子炉圧力容器の水がなくなっていくということは、どこかにでたということだ。その出先は二つしかないということだ。それがどう漏れたのかが、今日の話の一つ目のポイントだ。

もう一つは、この原子炉格納容器というものが、通常運転中は大気圧と同じぐらいのものなのだが、これが事故のときに、絶対圧力、私たちの生活している1気圧を加えると8.4気圧まで上がっている。

普通は設計をするときは絶対圧力ではなくて、万人にかかっている1気圧を引いて7.4気圧かかっていたと考える。この設計圧力というのは、原子炉の一番大きな配管は、だいたい再循環系の配管なのだが、これが一瞬にして壊れたときにも、格納容器の中は4気圧にはならないと思われていたのだ。

それがマーク1型の格納容器と言われるもので、この福島の1号機から5号機まで使われていたものの設計圧力は4気圧前後だ。ところが事故の最中にこれは7.4気圧ととんでもないものになった。なぜそんな圧力になったのか。それが事故を考えていく上で重要なポイントだ。

東京電力が5月16日に発表した地震直後の原子炉の水位と圧力の変動の図がある。主にこの二つを見て行くが、水位は全体的には地震直後の反応はあるが、14時46分の地震発生から、30分ぐらいの間を見ていくと、途中から少し下がって見える。

圧力は非常に特徴的で、運転中は70気圧ぐらいだが、地震が来た後に落ち込んでから少しあがったあとに大きく下がっている。30分の間に20気圧ぐらい下がって、また上がって行くと言う大きな変動を経ている。

これが2号機の場合はどうかというと、原子炉圧力は、1号機のようにゆったり下がって上がって行くのではなくて、細かく上がったり下がったりを繰り返している。

3号機も2号機と同じように、地震が来たように、パタパタと上下している。
1号機は大きな山なりをつくっていて大きく違う。ここから先の記録は取れてないことになっている。
ともあれ1号機はゆっくりと圧力が変動しているのだが、それがどうしてかということを説明したい。

2号機、3号機はおそらく、崩壊熱で、スクラムを組んだ(制御棒が入った)直後に、核分裂はなくなるが、分裂時にできた生成物があるわけでそれが崩壊して熱が出る。

それで圧力がどんどん上がると原子力圧力容器が破損する可能性が出てくる。運転中が70気圧だが、とまったあとに圧力があがってくる。
そうすると主蒸気逃し安全弁が開いて、蒸気が格納容器に出され、管を経由して、圧力抑制室の水の中に入っていく。

それで水の中に蒸気が吹かれると、蒸気が水になるので体積がぐっと減る。そのために圧力が低下する。あまり低下しすぎると蒸気が逃げて行くから、原子炉の中の水位が下がって、燃料が顔を出してしまう。

それは危険なので、ある程度さがり、68、69気圧まで戻ると弁がぱたっとしまる。そうするとまた圧力が上がり、弁が開いて蒸気が圧力抑制室に持って行かれる。そうすうると圧力が下がり弁がパタッとしまる。

そういうことを繰り返しているために、2号機、3号機は、原子炉圧力容器の中の圧力が上がったり下がったりしているけれども、なぜか1号機はこの動きをしていない。

これをどう説明するかだが、非常用コンデンサーが作動して冷却をしているために、それの効果で圧力が上昇しなかったと考えれる面もあるけれども、それだけでは説明できない。

全体として、1号機の圧力がパタパタと変動しなかったということは主蒸気逃がし弁が開かなかったということを意味している。少なくとも30分の間、開いていない。ということは2号機、3号機に比べて圧力の上昇分が少ないことが考えられる。

このあとに開いたかもしれないけれどもそのあとは分からない。しかし崩壊熱は停止直後が一番高いから、そのときに開いてないというのはとても気になる。

私がよく配管が破断しているというと、反論として東京電力の方は配管は破断していない。圧力がちゃんと残っているじゃないかと言う。

けれども、それは相対的なものだ。例えば多きな配管がいっぺんに破れてしまうと圧力はいっぺんに下がって行くが、そうではなくて中規模、小規模の破損だと、崩壊熱が上昇する、抜けたことで圧力が下がる。その足し合わせたところで、圧力が抜けたところで戻っていると言うことがおきていたと思う。逃がし安全弁が開かなかったということが1号機の特徴だったということを知っておいていただきたい。


それでもう一つ、東京電力は、どういう操作を施したかというものを黒板に書いていたものなどなど、いろいろと書いている。その中で水素爆発までの操作で重要だと思うものを、私なりにピックアップして表にした。

これは東京電力が作った表ではなくて、提供してくれた情報をもとに勝手に私が作ったものだ。この中で非常に気になることが幾つかある。

15時04分、地震後18分すると、格納容器スプレー系Bというのが起動しています。それから15時11分、7分後に格納容器スプレー系Aというのが起動しています。これは格納容器の何にスプレーがあって、何か異常なことがあると、温度と圧力を減らすために、大量の水を噴霧するものだ。

これが何かと言うと、教科書的に言えば、これは冷却材喪失事故が起きる、原子炉圧力容器を出入りしている原子炉系配管のうちのどれかが切れる、あるいはキズが入って水が蒸気が出て来る。そういう状態になると格納容器の中に高い温度の水蒸気が飛び出してくる。

そういうときに格納容器の中でスプレーを大量に出すと、温度が下がる。
そうすると圧力がさがる効果を持っている。つまり冷却材が喪失したときに、スプレーが出て、フラスコを冷やすのが目的だ。

本当かいと言う方がいると思うので、次のものを用意した。1990年ぐらいに福島1号機に関して、東電が国に提出している文章だ。その中に今言った、格納容器に対する説明がある。

その中に格納容器冷却系、スプレーのことだが、「冷却材喪失事故後、サブレッション・チェンバ(圧力抑制室)内のプール水をドライウェルにスプレイすることによって、格納容器の温度、水位を低減」することを目的にしているということが書いてある。


つまりサブレッション・チェンバーの水を使って中に噴き出すという役目を持っている。それが2系統あるのだけれども、動き出したということだ。

どれぐらい噴霧したのかも、東電が出したデータに載っている。A系とB系のポンプについて載っている。地震が来てからまずB系が先に起動している。これを見ると1時間当たり、何リットル送り出しているかが載っているが、マキシマムで1秒間で200リットル。それが一瞬にしてばらまかれる。A系が動き出してからは2台が噴霧するので、1秒間に400リットル
が出ている。そういうことが地震後17、18分後から始まっている。これがいつ止まったかは分からないが、津波までずっといった可能性がある。

これが何で起動したのか、分からないことがある。自動で起動したのか、人が何かを考えて、起動させたのか。良く分からないけれども、あいまいな表現がある。「サブレッション・チェンバーを冷やすために起動したと思われる」と書かれている。運転者が、サブレッション・チェンバーを冷却するために起動させたと読める。しかし自動的だったのかどうか良く分からない。

また圧力抑制室の温度を下げるために冷却したというのであれば、その温度は何度だったのかを調べてみる。そうするこれが、これを冷やすために起動したと言われる冷やされる方の対象なのだけれども、これを見ると2時46分ごろ地震がおきたときに絶対値は40度になっている。

運転中は20度だったのに、地震が来たら下がってしまっている。3時7分にポンプが下がっているが、それより前から下がりだしている。この20度の水を冷やすために、スプレーを起動するというのは意味が分からない。むしろ冷やす前から下がり気味なのに、冷やす意味が分からない。

だからここで何か運転者が感じたか、格納容器の配管が切れたために温度と圧力をさげるために、自動的にスプレーが動き出したともとれるわけだ。確実とは言えないけれども、冷却材喪失事故が起きた可能性が非常に高い。

肝心の格納容器がどうなっているのかというと、次のグラフがある。地震があって、30度ぐらい温度が上がっている。地震が終わった時から突然、温度が上がって行く。

これは東京電力は、地震で交流電源がストップして、格納容器の中の換気装置が止まってしまったので、そのために温度が上がり始めたと説明している。冷却材が喪失したのではないと注意書きが入っている。しかしこの過程で、1秒間に400リットルの水をかけているわけだ。それがなかったらもっと激しく上がったと想像できる。東京電力の説明では外部電源喪失のために、換気ができずに上がったと言っているけれども、スプレーが無ければもっと上がったと考えられる。


もう一つ、事故のストーリーを話していくときに大事なものがある。
それは非常用復水器だ。原子炉圧力容器の中の圧力が上がっていくと弁が開いて、蒸気が管を通して、圧力抑制室に持って行かれるということを先程言った。

そうなる前に、崩壊熱が圧力容器内の圧力を上げていくと、実は1号機では、別のものが圧力を吸い取るようになっている。これはなかなか面白いというかいかにも古いのだが、福島の1号機にだけついているものだ。日本では福島1号機だけだろう。

非常用復水器にからむ弁は4つある。系列はAとBがあって、それぞれ4つの弁がついている。いつでも何かに対応できるように運転中は4つのうちの3つの弁が開いている。非常用のときは、残りの弁があけば全体が動き出すシステムになっている。

原子炉圧力容器から、これ専用の蒸気管がある。まず1Aと言う弁がある。
これは常時開いている。次に2Aがある。フラスコ型の格納容器を出る前と出た後に弁がある。その後、復水器本体があり、そこで蒸気が水になって冷やされる。そしてそれを取ってから3番目の弁、3Aがある。これは通常はしまっている。これが開くと、次の開いている4Aも通って再循環ポンプに入り、原子炉に戻る。冷たい水となって戻っくる。そのことで圧力も下がるし、温度も下がるという仕組みだ。B系統も同じような循環があり、3A弁があけば同じように戻ってくる。

実際に、地震が合ってしらばくして崩壊熱で圧力が高くなると、全体がグルグル回り始めて温度を冷やしている。これが面白いのは、この循環が電気を何も使っていないことで、津波で電源を喪失したと言うが、自然循環でこれは回って、自然に冷やしていた。

このように途中で復水器本体があって、そこで熱をとっているとやがてこの復水器自身が熱くなり、沸騰していって役に立たなくなる。それでスペックでは8時間ぐらいはもつだろうと考えられているものだ。

そういうものがあって、もう一度言うと、原子炉の運転が止まって、崩壊熱で内部の圧力が72気圧ぐらいまであがってくると、まず先に非常用コンデンサー(非常用復水器)、アイソレーション・コンデンサー(IC)とも言うがこれが働く。それでも間に合わないと、主蒸気逃し安全弁が開いて、管を取って、蒸気が圧力抑制室に入って行く。

アイソレーションコンデンサーが回っている分には、循環しているので水位は下がらない。しがし主蒸気逃し安全弁が開くと、蒸気が他に持って行かれるので、水位が下がる。それを予備知識にして、配管破断ということが起きたのか起きなかったのかを考えてみたい。

事故というのは勝手に一人でに起こって行くのではなくて、運転士がその過程に入ってしまう。そういうことで、運転士がどういうことをしたか、それに対して機械がどういう応答をしたかが記録として出て来る。

私としては運転者がどう運転し方、機械がどう反応したか、このイベントを合理的に説明していくことが事故の調査の基本だと思う。今、言ったように、自動的に起動したかどうか。14時46分に地震が起こった。
14時52分に非常用復水器A系B系とも自動的に起動したと書いてある。
6分後には圧力があがってきたので動き出したと言うことだ。

ところがここで不思議なことがある。せっかく自動的に起動したのだがなんとその11分後、15時03分に弁を閉じてしまう。わずか11分間、動いて閉じてしまった。3A3B弁を中央制御室から止めてしまった。

一番圧力が上がって、それで壊れないようにするものが、せっかく動いたのに運転者が閉めてしまっている。東京電力は記者会見でこんなことをいっている。温度と圧力が変化し、温度が急激に下がってしまった。
下がりすぎた。1時間あたり55℃以上の温度変化があり、運転時は1時間あたり55℃以上の温度変化を起してはならないというマニュアルがあったので、運転者がそれによって止めたという説明をしている。

1時間あたり55℃の温度変化というのがどういうことかと言うと、鉄などに冷やてすぐに温めることを何度もやって急激に温度変化を与えると、熱疲労と熱応力というのが出て、ガラスだったら一瞬に割れてしまう。
そのために1時間に55℃以上変化させないでくれというマニュアルがあるので、それに従ったいう説明をしている。

これはほとんどウソと断言していい。この説明は意味がない。なぜかというと55℃というのは1.8倍かけてFにすると100度Fになる。1時間あたり100度Fの温度変化をさせてはいけないというのは、これはボイラーの世界、化学プラントの世界は常識だ。

原子力発電所も起動や停止のときに、これをちゃんと守っている。これは経験値だ。何のためのものかというと、激しい熱の変動を何回も繰り返すと材料が痛む。熱疲労的な要素の多い経験値だ。これを守っていれば長く運転できるというものだ。

それをこの非常時に守るなどという事態がナンセンスだ。もしそういうマニュアルがあるのならば、もうそれだけで欠陥だ。だからこれは方便、ウソで別の判断があって運転者は止めたのだと思う。

さっき言ったように、非常用復水器が8時間しかもたないことを考えた。
電源が復旧しなくてこれしか使えないとなると、必要がないときは止めたいと運転者は考えたのだと思う。

先程、55℃というマニュアルはウソだと僕は言った。例えば緊急炉心スプレーといものがある。あれば285℃ぐらいの原子力圧力容器の中に40℃ぐらいの水をいきなりふくけだ。あれは凄い熱衝撃を起す。1時間あたり55℃などというものではない。そういうことを非常時にはやる。

一生の耐久性に関係するときと非常時のことは違うのだから、1時間あたり55℃以上の変化をさせたくなかったので止めたという話はまったくナンセンスで、ウソだ。それでは運転者は何故止めたのかというと、もっと重要なときに温存したいという考えがあったのかもしれない。

いずれにせよ、そういう運転者の考え方を、早くレポートにして聴取してまとめていく必要がある。これを国や東電がどこかでやっているのだろうか。この55℃という話は今後も出て来ると思うが、もしこれがマニュアルに書いてあったのだとしたらそれはもう不備だ。おそらくそれは書いてない。何の意味もない話だ。

それで止めてしまったということはある。わずか11分しか動いていない。
ではいつ次にICは動いたのかと言うと、3月11日の夜の18時10分、3時間後に弁を開いている。しかし夜の18時25分にはまたとめている。結局、ここで15分、はじめに11分、あわせて30分もこれを使ってない。

崩壊熱が高くなって、圧力がどんどん高くなっているときに、これを止めているという異常なことが起こっている。それが何だったのかをはっきりさせていく必要がある。

次にこれが大事なことだが、その非常用復水器を全開にして使うときがきた。21時30分に3A弁を開いている。3B弁は開いていない。これは余裕があるとも取れるし、3B弁が壊れたともいえる。

その後、3月12日1時48分、およそ4時間何分かこれを開きっぱなしにしている。それでとうとう温度があがってこのラインも使えなくなってしまった。しかし4時間はがんばった。これが後で見ますがチャートの中に出ている。


だいたい以上のようなことを予備知識にして説明をしたい。
まず原子炉の圧力がどう変化したか、東電が発表したものを私が図にしたものがある。1日ちょっとで水素爆発が起こっている。

地震が来る前まで70気圧ぐらいだった。4時間半経った3月11日の夜20時07分を見ると圧力は維持されている。これは不思議だ。そこまでどうなっていたのかは不明だ。

ところがそれが3月12日の夜中の2時45分、7時間近く経つと、なんとこれが10気圧を切って、8気圧ぐらいまで落ちている。ここがどう落ちたのかは分からない。結果として突然落ちている。これをどう考えるか。

その後、格納容器、ドライウェルの圧力があがっている。10時間経ったときに設計圧力の4気圧を越えている。これをどう考えるのか。
原子炉圧力容器が70気圧から8気圧まで6時間半ですとんと起こっている事実をどう説明するか。
10時間後には格納容器の圧力が設計圧力の4気圧をどうして超えたのかここを調べないといけない。

圧力がどうして落ちたのか。非常用コンデンサーはちょうどこの間にまわっている。出て来る蒸気を片っ端から水に変えてしまう。それで圧力が落ちたと考えられる。しかしそれほど効くのだろうか。

もし圧力容器の中に水がたくさんあって、蒸気が少ない場合にはこうはならない。しかしほとんど蒸気だけだったとすると、それが一気に凝縮されて水になるので、圧力凝縮効果が高い。

水がそのときどのぐらいあったのかを見てみる。そうすると6時間、7時間を見たときの水位データを見てみると、6時間後で燃料棒の頭に45センチのところまで来ている。

普通は運転中は燃料棒よりも5メートルぐらい上の所にある。ところが6時間後には45センチ上まで落ちてしまっている。そういう状況の中で、復水器が4時間にわたって動いた。そうすると出て来る蒸気を片っ端から水に変えていくから、圧力が急激に落ちたと言える。

それで8気圧までいくが、格納容器の圧力は、0気圧、大気圧を引いた考えだが、0気圧になっている。それが10時間後に7.4気圧に上がる。
絶対圧では8.4気圧だ。そうするともし配管が漏れているとなるとそこから蒸気が噴出する。その先の圧力が7.4気圧になっている。それに対して圧力容器の中が8気圧になっている。そうするとバランスしてしまって出にくくなってくる。それでここで両方が等しくなってしまっている。

12時間ぐらいで圧力が等しくなっている。全体としてみるとそれで漏れが少なくなっている。水位があまり変化しない。
格納容器の圧力は0気圧から地震が来て、ずっと上がって行って夜中の2時30分に7.4気圧になった。その後、どんと下がっている。おそらくこれは・・・。

中断

続く

コメント

明日に向けて(170)余談です・・・芦生の森へのお誘いです!

2011年06月24日 11時30分00秒 | 明日に向けて6月1~30日
守田です。(20110624 11:30)

深刻な話を続けて来たので、今回はちょっと余談をば。

実は先週の水曜日に、被災地に自転車を送る活動をしているサクセスランニング
の森さんと一緒に、京都府北部の芦生の森を訪ねてきました。森さんの現地案内
のためです。さまざまなアウトドア企画のプランナーでもある森さん、ぜひ芦生
ツアー(有料)を行おうと働きかけてくださり、その下見として行ってきました。
今回は少しその報告をさせていただきます。


芦生の森は、京都市の北方、京北町から福井県境・滋賀県境に向かって広がって
いる森林です。ブナ・トチ・芦生杉などが自生していて、原生林とも呼ばれています。
正確には、日本には誰も入ったことがないという意味での原生林はありません。
しかし人の手があまり入らなくなって、その地域の自然の植生変移に任せていると
終局的にはこう落ち着く・・・という意味での、原生極相林は幾つか残されており、
芦生の森もその1つです。

今回、訪れたのはその南部、佐々里峠から、小野村割岳を目指すコースです。
ただし小野村割岳を登るのではなく、尾根の途中から下って、知る人ぞ知る
秘境を目指したのでした。

ここで出会うことができるのは、推定樹齢1000年を超える芦生大杉です!これが
本当に凄い。ぜひサクセスランニングさんのページに森さんが写真で報告を
行っているので見て下さい。
http://www.success-running.com/news/2011/06/post-73.html

芦生の森の面白さは、ここが日本海側気候と太平洋側気候の接点になっている
こと、同時に、暖温帯と冷温帯の接点になっていることに根拠を有しています。
それだけに生物種がとても豊富なのです。

例えば、日本海側気候に順応した植物の典型が芦生杉。この杉は、苗木のときに
冬の豪雪で何度も押しつぶされてしまうのですが、ところがどっこい、曲げられても、
それをはねのけて伸びあがってくるのです。あるいは曲げられて、地面に接すると、
そこから根を生やして、新たに逞しく伸びあがりだす。

そのため1本の木から枝分かれをして、それぞれが上を目指す習性を持っています。
まるで手のひらを上に向け、それぞれの指が天をついているような感じがある。
こうした杉のことを台杉とも呼びます。

樹齢1000年にもなると、これがもの凄いことになる。途中で枝分かれした幹が
それぞれ巨木になり、うねうねと空高く茂っているのです。その迫力たるや、もう
本当に息をつげなくなるぐらいです。とにかく一見の価値ありです。


またこの山塊で面白いのは、「クマハギ」の跡がいたるところに見られることです。
クマハギとは、クマが杉などの針葉樹をひっかいて傷をつけ、うろをつくってしまう
こと。正確にはひっかかれたところを修復するために、樹の周りがせりだして
きますが、中央部分は回復しないで、そこに穴ができることです。

これで木が育つと、そこにはクマの大好物の蜂の巣ができるようになる。つまり
クマたちは、自分たちの食事の場を作っているというわけですね。
さらに樹が大きくなっていくと、うろはさらに広がって、人が入れるほどの穴に
なる。クマたちはここを冬眠の場とするのです。つまりクマたちは、自分たちの
冬ごもりの場を作っているわけです。

しかしここで素朴な疑問が生じる。そんなに穴が大きくなるまでクマは生きて
いるのだろうか。答えはもちろん否です。となるとクマは次世代のための穴を
作っていることになる。僕の尊敬する昆虫家の方は、「そうなんです。これは
クマたちの世代間倫理の象徴なんです」と言って笑います。

しかもさらに面白いことがある。このクマハギ現象は、この芦生の森を含む
丹波山塊に特徴的な現象であって、同じDNAを持ったクマたちが他の地域では
行っていない。となるとこの現象はこの地域でクマたちが伝えている「文化」で
あることになります。

本当でしょうか・・・。答えは、ぜひあなた自身が森に来て、樹の前に立って
見つけてください!


この森に入ると、自分たちが、生き物の一部であることを実感します。
私たちがさまざまな生命に囲まれ、その一部として生かされていることも。
巨大な生命系の中に自分がいること、自然につつまれてあることが感じれ、
何とも言えない安らいだ気分に心がひたっていく。感謝の念が自然に湧いて
きて、ああ森はいいな。この自然を守っていきたいなとしみじみと思うのです。

ちなみにこうした心の中から溢れ出てくるような情感を、ウィルソンという生物
学者がバイオフィリアと命名しています。バイオ=生命を、フィリア=愛する心
です。ここからウィルソンは、アフリカのサバンナの中のオアシス付近から発生
した哺乳類から始まった・・・と推定されるわれわれ人類には、DNAの中に、生命、
あるいは自然を愛する心がインプットされているのだというバイオフィリア仮説を
唱えています。

それが正しいか否か。証明は難しいと思うのですが、しかし芦生の森の中に
入り込むと、この説はきっと正しいに違いないと、すとんと思えてしまうから
不思議です。みなさまもどうか一度、芦生の森の奥深くまでお越しください!!
ちなみにツアーは8月27日に行う予定です。恐縮ですが有料です。
詳しくはサクセスランニングさんのホームページでご確認ください。


ただ、ここまで書いておきながらなのですが、厳しい現実も書き添えなければ
なりません。この芦生の森、京都府北部ですから、若狭湾の原発銀座が
目の前です。だいたい20キロから30キロで各原発に辿りついてしまいます。
話題のもんじゅまでも50キロぐらいでしょうか。

そのためこの地域に、関西電力が、揚水ダムを作ろうとしたことがあり、
地域の、なめこ組合の努力などで、計画が中断しています。関西電力から
必死で美しい森が守られてきたのですが、しかしその努力も、もし若狭湾で深刻
な事故が起こったら水泡に帰してしまいます。

バイオフェリア仮説が正しい!と確信する僕は、だからこそまた若狭湾の
原発も即時停め、廃炉にしていかなければならないと思うのです・・・。

コメント

明日に向けて(169)内部被曝の危険性について(『内部被曝の脅威』から)

2011年06月24日 10時00分00秒 | 明日に向けて6月1~30日
守田です。(20110624 10:00)

内部被曝に関する考察を深めています・・・。
とくにこの間、考えているのは、外部被曝と内部被曝を足し合わせる被曝量の
計算方式の問題です。

ある人が被曝をした。外部被曝は××シーベルトで、内部被曝は××だった。
足し合わせてこの人は××シーベルトの被曝をした・・・という計算がよく行われ
いますが、ここには外部被曝と内部被曝の差異の無視がある。

この点で、最近、ますます肥田先生が積み上げてきた蓄積の妥当性、あるいは
凄さを感じます。肥田先生は著書『内部被曝の脅威』の中で、次のように問題を
整理されています。「人体の細胞修復機能」というタイトルがついた一文です。


「ここで二つの問題提起ができる。一つ目は、体外被爆であればそれはガンマ線
であり、強い貫通力で身体を突き抜ける一回だけの被ばくと考えられる。それで
あれば傷ついたDNAが修復する可能性は十分にある。しかし体内に取り込まれた
放射性物質から放射線が放射される場合はどうなのだろうか。

 二つ目は、人間の細胞が場所によって分裂の速度が違うことである。生殖腺や
造血組織(骨髄)、それに胎児は細胞分裂の速度が速い。これら、細胞が若返りを
必要とする器官では非常に早いサイクルで細胞分裂を繰り返す。すると、被ばくした
細胞の微小な傷の修復が追いつかないまま、細胞が複製され、細胞分裂のたびに
自然拡大する可能性がある。これが突然変異の原因となる。これもまた体外被爆
と内部被曝では違うのではないか。」(p89)


ちなみに、肥田先生は、体外被ばくを「体外被爆」、体内被ばくを「体内被曝」と
漢字を使い分けておられますが、これに続けて「内部被曝の危険について」という
タイトルで、「ペトカウの実験」を紹介しています。再び引用します。


「ペトカウ(医師)は牛の脳から抽出した燐脂肪でつくった細胞膜モデルに放射線を
照射して、どのくらいの線量で膜を破壊できるかの実験をしていた。エックス線の
大装置から15.6シーベルト/分【許容線量は1ミリシーベルト/年】の放射線を58時間、
全量35シーベルトを照射してようやく細胞膜を破壊することができた。

ところが実験を繰り返すうち、誤って試験材料を少量の放射性ナトリウム22が
混じった水の中に落としてしまった。燐脂肪の膜は0.007シーベルトを12分間被ばく
して破壊されてしまった。彼は何度も同じ実験を繰り返してその都度、同じ結果を
得た。そして、放射時間を長く延ばせば延ばすほど、細胞膜破壊に必要な放射
線量が少なくて済むことを確かめた。こうして、「長時間、低線量放射線を照射する
方が、高線量放射線を瞬間放射するよりたやすく細胞膜を破壊する」ことが、
確かな根拠を持って証明されたのである。これが「ペトカウ効果」と呼ばれる
学説である。」(p90,91)


これは放射線に対する従来の見解、今も、アメリカ政府や日本政府によって、強固
に支持されている見解を覆す内容を持っています。なぜなら、従来の見解は、放射
線は絶対量を浴びれば浴びるほど危険であり、反対に言えば、低線量であれば
被曝は危険ではないというものだからです。このもとで、100ミリシーベルトまでは
安全だとか、子どもの許容量を、年間20ミリシーベルトまでにするなどという暴論
が飛び出してきています。

しかしペトカウが発見したのは、一瞬のうちに高線量の放射線が通過する被曝
よりも、むしろ低線量を長時間(といっても12分間)浴びる被曝の方が細胞に大きな
ダメージをもたらすということでした。その意味で、体内から長い間被曝をうける
内部被曝の方がより深刻なダメージがもたらされることが証明されたのです。

さらに肥田先生は、ペトカウ理論をさらに深めていったスターングラス教授の見解を
紹介しています。再び引用します。


「ピッツバーグ大学医学部放射線科のスターングラス教授は、ペトカウ説を基礎と
して研究をさらに深め、次のような結論に辿りついたという。

1 放射線の線量が非常に低い低線量域では生物への影響はかえって大きくなる。
2 低線量放射線の健康への危険度はICRPが主張する値より大きく、乳児死亡の
倍になる線量は四・五ミリシーベルトである。
3 アメリカや中国の核爆発実験の放射性降下物によって乳幼児の死亡率が増加
した。
4 放射性下降物に胎児期被ばくした子供に知能低下が生じた。
5 スリーマイル島原発事故によって放出された放射能によって胎児死亡率が増加
した。」(p97,98)


このスターングラス教授の見解に対して、アメリカ政府とその周りの科学者は
これまで大量の批判を行ってきているそうです。しかし肥田先生が強調するのは
6000人の被ばく者を臨床治療し、多数の「原爆ぶらぶら病」と向き合ってきた
経験から、ペトカウ理論に基づいたスターングラス教授の見解は、もっとも臨床的
知見に合致するということです。

それ以外の放射線に関する公式見解では、そもそも「原爆ぶらぶら病」など、
ないことになってしまう。低線量被曝と内部被曝の危険性を捉えない限り、この
症状は説明がつかないのです。


これらから次のようにまとめることができます。
1 外部被曝と内部被曝を同じシーベルトに換算して足し合わせる計算式は
間違っている。外部被曝と内部被曝の差異を無視している。
2 現在の福島原発事故の現状では、人々の内部被曝による低線量被曝の
危険性こそが問題であり、これから身を守るための措置こそ、進める必要がある。


なお「しんぶん赤旗」に、肥田先生のインタビュー記事が載りました。論点が
端的にまとめられていますので、紹介しておきます。
この中で肥田先生は、次のように書かれています。


「私から見ると、政府が内部被ばくの問題を軽視していることと、安全神話を振り
まいて原発をつくり続けたことは同じ根っこから出ていると思えてならないのです。」


まさにその通りだと思います。
・・・内部被曝の危険性についての考察をさらに深めていきます。

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<3・11から日本を問う>内部被ばくに向き合え
医師・被爆者 肥田 舜太郎さん

「しんぶん赤旗」 2011年6月22日付 9面 「文化・学問」欄
 福島第1原発の事故は、「原発は安全だ」という神話を振りまいてきた歴代の日本
政府と電力会社の責任をあらためて問うています。放射能被害の恐ろしさに目を
向けず、まともな対策をとってこなかった罪は重い。

被爆者と共に/66年間生きて
 私自身被爆者であり、医師でもあります。この66年間、被爆者とともに生きてきま
した。広島に原爆が投下された時は、軍医でした。あの朝、たまたま往診に出ていた
広島市郊外の村で強烈な閃光と、それに続くきのこ雲を目の当たりにしました。

 大勢の人を治療するなかで不思議なことに気付きました。原爆の閃光も爆風も
浴びていないのに、下痢や鼻血が出て、高熱に苦しんだあげく亡くなる人が次々と
現れたのです。原爆投下の後、救援や家族捜しのため広島市内に入った人たち
でした。

 その症状は内部被ばくによるものだということが30年後にわかりました。放射線を
体外から浴びるのが外部被ばくで、空中や水中に放出された放射性物質を口や
鼻、皮膚から体内に取り入れた場合が内部被ばくです。

 内部被ばくは、どんなに微量でも体内に入った放射性物質が長時間、放射線を
出し続け、外部被ばくと全く違うやり方で細胞を傷つけ、がん、白血病などを引き
起こします。生殖細胞が傷つくと遺伝障害が起きます。

 占領直後、アメリカは「内部被ばくは放射線が微量だから人体には無害」と根拠
ない主張を押しつけました。「原爆の被害も軍事機密だから」と被爆者に沈黙を
命じ、医師が症状を聞いても患者が口をきかなかったという笑えない話が残って
います。家族や住む家を失い、自身も傷ついた被爆者は、原因不明の病気に
苦しみ、就職、結婚で差別され、人生は地獄でした。

 日本政府が長い間、被爆者の支援に背を向けてきたことが、被爆者をいっそう
苦しませます。アメリカに追随した政府は、内部被ばくの実態を見ようとさえしま
せん。2003年から大勢の被爆者は、原爆による被ばくが自分の病気の原因だと
政府に認めさせようと裁判に立ちあがりました。そして各地で勝利判決を勝ち
取っています。ところが、政府は今も大勢の被爆者の病気を原爆症と認めず、
切り捨てています。

 核兵器の恐ろしさは、戦争が終わっても簡単には消えない放射線によって人間
を殺し続けることです。製造の段階でも放射能被害が続出しているのが実態です。

人工的放射線/人類には未知
 今、その放射線が福島第1原発の事故によって放出され続けています。自然界
にも放射線はありますが、これには長い年月をかけて、人類は適応することができ
ました。しかし、原発や核兵器から人工的につくりだされる放射線は、人類にとって
未知のものです。体内に取り込まれた放射性物質は濃縮され、細胞の新陳代謝を
混乱させます。そのエネルギーは、酸素や水素分子などによる化学反応と比べ、
100万倍以上もあるとされます。長い時間をかけて人体にどんな影響をもたらす
のか。広範に広がる放射能被害を、これから注視していかなければなりません。

 私から見ると、政府が内部被ばくの問題を軽視していることと、安全神話を振り
まいて原発をつくり続けたことは同じ根っこから出ていると思えてならないのです。

 核エネルギーは今回の事故のようにいったん暴れ出すと制御できないことが
明らかになりました。地震国でもある日本から原発をなくしていかなければなりま
せん。核兵器廃絶の運動と同じくらいの熱意が必要になっていると思います。
(聞き手 隅田哲)
http://www.asyura2.com/11/senkyo115/msg/495.html
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