明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(800) 沖縄の問いかけるもの・・・辺野古、高江を訪れて(下)

2014年02月21日 23時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140221 23:00)

少し前に書いた沖縄、辺野古・高江訪問の感想をまとめたいと思います。沖縄から戻り、あの日々を振り返って総じて思うのは、私たち日本の民衆にとって、あらゆることを考える上での原点にすえるべきものは、やはり世界大戦の悲惨な体験にあるということです。何より沖縄は、そのことを一番力強く自らに問いつつ、発信し続けてきました。

これは高江でお会いした山城さんが語られたことに触発された思いでもあります。山城さんはこう語られました。「沖縄戦というものすごい体験を経たからこそ、沖縄には揺るぎない平和の地盤がある。ときにそこから離れようとする傾向と、戻そうとする傾向との行きつ戻りつの激突はあるものの、戦争はもう嫌だという思いだけは磐石で崩れない」。

これはとても大切で重いことです。私たちの国に刻まれた戦争の悲惨な体験、その中から育まれた平和を尊び、争いを避けようとする心、それこそが今を生きる私たちにとっての最も重要な遺産だからです。

今、安倍政権はこの大切な遺産を根底から壊そうとしています。これに沖縄は正面から、全力で抵抗している。その結果が、今回、名護市長選における基地反対候補、稲嶺さんの圧勝に結実したのではないでしょうか。

もちろんこのことは、沖縄にたくさんの米軍基地が存在していて、県民の目の前で、殺人訓練が繰り返されてきたことと無縁ではありません。沖縄の人々はあの苛烈な地上戦を経験した後も、ずっと米軍の戦争と基地に向き合い続けねばならなかったのです。

僕にはその一つの象徴が、高江であるように思えました。高江の基地ゲートの中にはこう書いてあります。「US Marine Corps Jungle Warfare Training Center」=ジャングル戦争のための訓練場です。

在日米軍の建前は、日本を防衛すること。しかしそのためにジャングル戦闘など必要ありません。もとよりこの訓練場は沖縄返還前から使われてきたものでした。ベトナム戦争たけなわのとき、米兵は一度沖縄に送り込まれ、ヤンバルの森で訓練を受けてベトナムに投入されたのでした。そうした歴史が今も途切れることなく続いている。
沖縄の人々は、自らが危険な基地に面している苦しみとともに、人殺しの訓練と同居せざるをえず、ときに協力すら強いられてきた痛みを抱えてきたのでした。その上に、平和のための本当にすごい努力が重ねられてきた。

これに対して本土はどうか。米軍に人殺し訓練の場所を提供し、米軍が世界で暴れまわることに自分たちの国が手を貸しているのに、沖縄ほどにリアリティをもってこれに向き合うことができてきませんでした。沖縄に矛盾を押し付けつつ、どこか人ごとのようにすましてきてしまった。自分たちが米軍のとんでもない人殺しに手を貸しているという自責の念を十分に持てずにきてしまった。そう言えると思います。

もちろんベトナム戦争時の大きな反戦運動をはじめ、湾岸戦争のときも、アフガン・イラク戦争のときも、平和を訴えて行動した人々はいました。僕もその一人です。単に平和を求めるだけでなく、日本が戦争協力していることへのいてもたってもいられないような痛みから、多くの人々が声を上げ続けました。しかしその声は、残念ながらけして大きなものにはなりえませんでした。
その象徴が、小泉元首相が、人気を博し続けてきたことです。イラク戦争に加担した張本人がです。このことを私たちはいま、本当に真剣に問い直さなくてはいけないと思います。

僕はこの間、脱原発運動の逞しい成長に対して、私たちの国で起こっている「覚醒」について語ってきました。覚醒が進行中であるのは間違いないことで、このモメントはそうたやすくは押さえつけられるものではないと思います。細川・小泉連合による原発ゼロ宣言も、こうした覚醒の進行の中ででてきたものです。民衆の力こそが、「セレブ」をも動かしている。

しかし、こと戦争の問題に関する限り、まだ私たちの国の民は「覚醒」が足りないと言えるのではないか。そこに沖縄と本土の大きな差があるのではないか。本土が沖縄に学ぶべきものがあるのではないか。僕には強くそう思えます。

この間、多くの地で出会った多くの方が、異口同音に語る言葉があります。「自分は福島原発事故まで、世の中のことを誰かの手に委ねていた。原発はどこかで危ないと思っていたけれど、真剣に行動しようとはしなかった。そういう自分の無責任な態度こそがこの事態を作り出したのだと思う。そのことへの痛みを胸にいま、自分はできるだけのことをしなければと思う」というものです。

その度に僕は「そうおっしゃる方が本当に多いのです。それが私たちの覚醒なのです」と語ってきましたが、しかし今、こう付け加えたいと思います。「さらに覚醒しましょう。戦争の問題に目覚めましょう」と。私たちの国の誰の心の奥底に眠っている、戦争を忌み嫌い、平和を愛する気持ちを、いまこそ力強く呼び覚ましましょうと。脱原発運動はこのモメントと重なる方向でこそさらに発展しなければならないと僕は強く思います。

なぜか。被曝防護を考えるときに、私たちが何より見据えなければならないのは、現在の放射線の国際的な「安全」基準が、広島・長崎の被爆者のデータをもとに作られているという点だからです。データをとったのはアメリカ軍です。広島・長崎の市民を人体実験に使ったアメリカ軍が、核兵器の性能を知るために調べたのです。
さらにアメリカは調査データを独占することで、被曝の実態、とくに内部被曝の恐ろしさを徹底して隠したのでした。なぜか。内部被曝をもたらす核兵器は、戦争が終わっても人々を傷つけ、さらには次の世代にまで傷害を及ぼす非人道的なもので、戦争犯罪そのものだからです。
アメリカは核戦略を維持するためにこのことを徹底して隠す必要があった。自国民に対してもです。なぜなら核兵器は製造過程からたくさんの被曝を生み出し、実験によっても被曝を生み出し、廃棄物となってからも被曝を生み出し続けるものだからです。「抑止力」なんて言っていられるようなものではない。にもかかわらず危険な実態を隠すことそのものが核戦略の重要な還であり続けたのです。

そもそも、原子力発電とて核爆弾の材料であるプルトニウムを生産する炉から派生してきたものです。プルトニウムは天然のウランの大半を占める核分裂しないウラン238に中性子があたり、取り込まれることでできる物質です。これを生み出すために作られた装置が原子炉なのです。
その際、膨大な熱が生じる。それを何かに活用しようということで発電につなげたのが原子力発電ですが、それも初めは原子力潜水艦のために開発されたのでした。核ミサイル開発競争を続けた米ソにとって、っとも重要だったのはミサイル発射地点を隠すこと。先に発射地点を叩かれたら、攻撃ができないからです。ではもっとも合理的な隠し場所はどこかといえば海の中でした。それで潜水艦に核ミサイルの搭載が始められました。ところが、潜水艦はエネルギー補充のために浮上してきた時に見つかりやすい。このリスクを回避するためには長く潜っていたほうがいいので、原子力の利用が目指されたのです。

これらをみても原子力発電は、初めから戦争の中で生まれ、成長してきたものなのです。それどころか原子力発電は、核兵器への人々の怒りを薄めるためにも使われてきました。とくに被爆者のたくさんいる日本で、原子力の「平和利用」がなされることがアメリカにとって非常に大きな位置がありました。アメリカは中曽根康弘元首相と彼とタイアップしつつ政治的な位置を獲得していった読売新聞に目を付け、「原子力」を被爆国日本に導入させたのでした。今日、原発再稼働にもっとも積極的なのが読売新聞である根拠がここにあります。

その流れは現在にもつながっています。アメリカは、核兵器そのものは広島・長崎以降、実戦使用していませんが、湾岸戦争以降、劣化ウラン弾という放射性物質を撒き散らす兵器を頻繁に使用し、世界中で新たな被爆者を作り出してきました。この事実を覆い隠すためにもアメリカはさらに内部被曝の危険性に蓋をし続ける必要性を持ち続けています。

劣化ウランとは濃縮ウランの反対物です。天然のウランの大半は核分裂しないウラン238。核分裂するウラン235はわずか0.6%しかない。このままでは原子炉の中に入れても濃度が低すぎて臨界状態を作り出せないので、ウラン235を集めて濃度を上げる作業が行われます。これがウランの濃縮ですが、この際、「カス」として出てくるものが劣化ウランです。

劣化ウランは核分裂はしませんが、天然界の金属の中で比重が一番重いため、これで作った弾丸は鋼鉄よりもはるかに硬く、容易に貫くことができる。ほとんどの鋼鉄製の戦車をいとも簡単に破壊できるのです。

劣化ウランはこのとき高熱を発し、超微粒子となって空気中に飛散します。これが戦場を激しく汚染するばかりか、一部は大気の中に入って地球を循環してもしまっている。その先々でウランによるアルファ線被曝を作り出しています。

この点からアメリカは、湾岸戦争やアフガン戦争、イラク戦争で、二重、三重の戦争犯罪を行ない続けているのですが、日本はこれに加担してきたのです。しかも加担の度合いをどんどん強め、イラク戦争にいたって初めて陸上自衛隊を派遣してしまいました。それを遂行したのが小泉さんであったわけです。繰り返しますが、この戦争犯罪人の「人気」が続いてきた事実にこそ、私たち日本の民衆の「覚醒」以前の姿があります。

私たちはこの限界を超えなくてはいけない。いまこそ戦争を問い直さなければなりません。戦後70年近くも経つのにアメリカ軍が大量に沖縄に居座りつづけているこのあまりに理不尽な現実と対峙することが必要です。戦争を憎み、平和を志向し続けてきた沖縄の心を、本土のいたるところに浸透させていくことが問われているのです。
戦争も、原発も現代の暴力の象徴です。だからこそ戦争を本質的になくそうとする努力と、脱原発の道はひとつにつながっています。全ての人が、暴力で虐げられることのない世の中、一人ひとりが大切にされる世の中のために、この二つにして一つの道を歩んでいきましょう。以上が僕が辺野古、高江を訪れて考えたことです。

最後に、こうした思いを強めるために、みなさんにぜひ高江を描いた映画、『標的の村』をご覧になって欲しいと思います。以下、上映スケジュールなどを記しておきます。僕が関わりを持っている篠山市での上映会からご紹介します。

『標的の村』ホームページ
http://www.hyoteki.com/

『標的の村』上映と石原岳さん(沖縄高江在住)のお話を聞く会

3月11日 篠山市民センター催事場
午後2時、午後7時(上映時間約90分、お話し約30分)*受付は30分前より開始
 託児/ 14:00の部 託児定員15名 19:00の部 託児定員10名
 託児利用料 子ども一人につき200円
*託児利用を希望される方は事前にお申し込みください。(3/6締切)
また、0歳児をお連れの方はご相談ください。(080-2057-0232 託児担当 工藤)

入場料/1,000円(中・高校生500円)
問合せ/0795-73-3869
主催/丹波篠山で「標的の村」を観る会

より詳しくは以下をクリック
https://www.facebook.com/events/249351798571522/?ref=2&ref_dashboard_filter=upcoming

各地の上映情報
http://www.hyoteki.com/theater/

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明日に向けて(798)東京都知事選でがっくりしているあなたに!

2014年02月11日 00時30分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。今宵はご法度時間の深夜の投稿です!(20140211 00:30) (20140211 22:00 文末に注を追記)

うーむ。
Facebookなどを読んでいると、多くの人が、東京都知事選の結果にがっくりきているのが目につきます。
いや、気持ちは分かるのですが僕はこう言いたい。

You don't have to worry!
そんなに嘆かないでいいんじゃない?と。

次回あたりの「明日に向けて」で、きちんと分析して書こうと思っていたのですが、取りあえず、一言発してしまうことにしました。

今回の選挙結果、僕にはだいたい予想通りの結果でした。腹をくくっていた通りと言った方がより正確です。
はずれたのは、宇都宮さんが細川さんを上回ったことと、投票率があそこまで低かったこと。
これにはやはり大雪の影響が大きかったのではないですかね。大雪で一番損をしたのは細川さんではないか。雪がなければ、細川さんが宇都宮さんを上回っていた可能性はあるでしょう。それでも宇都宮さんの善戦は光ったと思いますが。

舛添さんのあまりの女性蔑視発言を知っている方は、「ありえない」結果だと憤然としていると思います。僕もその点は同じです。あんなひどい輩が知事だなんて許せない。
でもこう言わせていただければ、僕は、イラク戦争の犯罪人である小泉さんを、多くの人がちはほやしているこの国の現状に耐えてきたのですね。それに比べたらとは思ってしまう面もあります。本当の勝利まで、僕らは忍従を強いられます。だから言いたい。もうめげてないで顔をあげようと!
それに舛添氏の極度の女性蔑視、まだまだ社会的に十分に知られていないのですよ。だからこれからがんがん宣伝すればいいのではないでしょうか。というか、宣伝して闘えばいいのです。すべてはこれからです。舛添さんに、当選したことを後悔させて差し上げようではありませんか。

それにしてもやはり僕は「一本化」の叫びに無理があったと思っています。とくに良くないのは「選挙は勝たなければ意味がない」「一本化しなければ勝てない」というフレーズ。
実際には一本化はできなかった。というより、両者ともに一本化の意志はなかったのです。その中で有名人たちがその名の力を利用して「一本化」を強いたわけですが、残ったのは「一本化しなければ勝てない」「勝たなければ意味がない」ということになってしまったのでは?
それでは大雪をおして、投票所にいく気力がうせてしまいます。何せ東京は雪にはそれほど慣れてなくて、大雪のときはたくさんの人が転んでけがをしますから。お年寄りに「無理していかんでいい。どうせもう結果は決まっているから」なんて声掛けして人もあったのでは?

さらに東京という町の変質も僕は大きいと思っています。端的に極端な金儲け中心の町になってしまっている。僕は東京の生まれだから強く感じるのですが、かつての東京はあんなに嫌な町ではありませんでした。もっと働く人々の息吹があった。
でも今、銀座界隈を歩くと、金ぴかに着飾っていないと歩けない感じがします。あぶく銭で儲けるカジノ資本主義の世界的拠点のひとつが東京です。
そこにいて、多くの人々は、自分の政治に与える力を感じられないのではないでしょうか。おそらく東京都知事選は、日本の中で一番、当選者あたりの投票数の多い選挙でしょう。言い換えれば一票の価値がそれだけ低い選挙でもある。

首相官邸前のデモはピーク時で20万人。自分がいけば20万分の1の力になれるわけです。でも今回の選挙で、投票率が低くたって舛添氏の集めた票は200万超。自分の一票は200万分の1の価値しかない。
これでは選挙で自分の権力の行使を感じにくい。世界最大の巨大都市の矛盾構造です。ちなみにドイツは、ファシズムの復活を警戒して、大都市の形成をいましめた。一番、大きいベルリンでも人口数では東京にはるかに及ばない。このことも自覚しておくべきです。
そんな中で選挙に行かなかった人のことを、僕はそんなに悪く言う気にはなれません。それが「意識が低い」ことだとも正直思えない面もあります。選挙にいったら意識が高いのですかね。自民・公明の組織票より、むなしくて選挙にいかない人の意識の方が・・・高いかどうかは別として・・・僕は好きです。

さらに言えば、この国の中にいる最も嫌な金儲け主義者、あぶく銭で稼いでいる人々が一番資産を蓄えているのが東京です。それが「組織票」の機軸をなしている。なんというか、金に対する妄念の塊みたいなもので、この国の諸悪の根源の大きな一つです。
だからこそまたそれはそんなに簡単に崩れはしないものであることも見据えておく必要があると思うのです。それゆえ東京でそんなに簡単に勝てるなんて思ってはいけないのでは。場合によっては、東京は一番最後に変わる町なのではと僕には思えます。

それを考えたときに「選挙は勝たなければ意味がない」はもうやめませんかと僕は言いたいのです。そんなに簡単に勝てないし、反対に選挙で勝ったって、民衆的な力が弱ければすぐにひっくり返されもするのです。
実際に選挙に勝ったってかつて青島さんは何もさせてもらえなかったのです。さらに言えば、民主党も何もできなかったではないですか。普天間基地の沖縄からの撤去もできなかった。TPP絶対反対、ぶれない!とかいって勝った自民党なんて、選挙で大勝したとたんにTPPにひた走っている始末です。
端的に言って、私たちの国の民衆は、まだまだ選挙に依存しすぎなのではないでしょうか。選挙でどんな人物が当選したとて、下からのエネルギーがなければなにも実現できない。だから大事なのは選挙運動期間のお祭りではなく、普段の実践による民衆的な力の底あげだということに、今こそ、気が付くべき時なのではないでしょうか。

問われるのは日常的な実践です。地道な活動、地道な言論の形成。一時期のはやりではなく、こつこつと正論を育てていくこと。丁寧に丁寧に、民衆の論を、民衆の力を積み上げていくこと、それこそが最も大事なのです。
そしてその点で言えば、宇都宮さんの票にはそうしたことの反映が一定、あったのではないでしょうか。勝たなければ意味がないのではなく、それが示されたことが貴重なのではないでしょうか。大雪の中で得票数を伸ばしたことに僕はそれを見るのですが違うでしょうか。

細川さんには「名前」の力はあっても、日常的な積み上げは何もなかったのです。当たり前でしょう。だって隠遁していたのですから。人々が貧困にあえぎ、被曝にあえいでいるときに、隠遁生活を謳歌していたのですから。(ただしいつでも誰にでも、僕は隠遁生活を楽しむ権利があるとは思っていますが)
それが名前だけで出てきて、パーッと票をさらってしまったとしたら、僕にはその方が残念に思えたと思います。しかもイラク戦争犯罪人の小泉さんの絶大な支持の中でですから余計です。

 

そうならないのはそれで良かったと僕には思えるのですがいかがでしょうか。だってそうなったていたら、僕はイラクの人々に申し訳なくていてもたってもいられなかったと思うのです。
細川・小泉連合が思ったより人気をとれなくて正直、ほっとする思いが僕にはあります。そうなったらイラクの人々が深く傷ついただろうからです。
そう考えていけば、まあ、選挙の結果はこんなところだったのではないかと腑に落とせる面があるのではないでしょうか。そうして、宇都宮さんの得票に現れた可能性を一緒に伸ばそうと思えるのではないでしょうか。

こう書くと、「あんな舛添さんみたいなひどい人物が勝って、悔しくないんですか?」という問いもかえってくるでしょう。
もちろん僕は悔しいし残念です。

でもここ10年以上を振り返って、僕にはアフガニスタンやイラクに侵攻する戦争が始まってしまったときほど、悔しかったこと、悲しかったこと、己と私たちの国の民衆の力の弱さを、嘆いて涙したことはないです。パレスチナが白昼、猛爆撃を受けて蹂躙されたときも同じです。
だってものすごいたくさんの人々が殺されたのです。本当に無残にです。なんの大義もなくです。
僕は多くのことに楽観的で、取り戻せないものはないといつでも思う方ですが、あれらの戦争で亡くなったたくさんの命はもう取り戻せないのです。その痛みをもっと多くの日本に住まう人々に共有して欲しいです。それでないとアフガンやイラクやパレスチナの人々に申し訳なくてならない。
同時に福島原発の爆発。そこから発生した放射能はすでにどれほどの命を奪ったのか。これからどれだけ奪うのか。これももう取り戻せないものが多い。何よりそれが悔しく悲しいです。

それに比すならば、東京都知事選など、これから幾らでも取り戻しができます。
だからこそ、もうがっかりするのは止めましょうと僕は言いたいのです。そうして腹をくくりましょう。闘うのです。正義のために。未来のために。子どもたちのために。
その気高い決意をこそ、この選挙結果から引き出せば僕はそれでいいと思うのです。そしてそのときこそ、「明日に向けて」、今回の東京都知事選を、僕らにとっての勝利に変えることもできると僕は思うのです。
大切なことは、すべての経験を私たち民衆の覚醒に結び付けていくことです!

ともに前に進みましょう!もっと力強く!どこまでも!

 

(注記。僕が細川さんが「人々が貧困にあえぎ、被曝にあえいでいるときに、隠遁生活を謳歌していた」と書いたことに対して、複数の方からご意見があったので反映させておきます。

細川さんは、震災後ただ隠遁生活をおくっていたわけでは、ありません。森の長城プロジェクトの理事長をやっていち早く東北の復興に力を貸していました。細川夫人は、震災の時すぐに福島にガソリンを届けています。」

細川さんはご自分の趣味をいかして悠々自適の人生だったそうですが、3.11以降被災地の復興に相当の時間を割いていたと思います。
余裕があるから出来た、と言う人もいますが、泥だらけになって木を植えつけることなどコツコツと続けていました。そのことを本当に感謝している被災地の方々もいます。」

ご指摘、ありがとうございました。(20140211 22:00)

 

 

 

 


 

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明日に向けて(796)沖縄の問いかけるもの・・・辺野古、高江を訪れて(中)

2014年02月09日 12時30分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140209 12:30)

今日は東京都知事選の日ですね。都民の方、ぜひ投票をお願いします。

沖縄訪問記の続きです。
辺野古訪問を終えて、車は東海岸をさらにえんえんと北に向かって走っていきました。途中、お昼御飯を食べて、1時間弱、走ったでしょうか。やがて名護市をすぎて東村に入りました。正しくは国頭郡東村です。名護市との境界からさらに高江までは10キロ以上の距離がある。

途中で東村のメインストリートを通りました。とてもきれいな役場が見えている。「補助金だよ」とチョイさん。キャンプシュワブの押し付けと引き換えに落ちている金です。原発と米軍基地、どこでも同じ構造がある。いやがる住民を金で押さえつける。そうすると地域には必ず分断がもたらされます。買収にまみれたこの国のあり方に憤りを感じるばかりです。

車は海岸地帯を離れ、やんばるの森の中を上がって行きました。ちなみにこのやんばるの森には、イタジイという木がたくさん自生しています。本州にもあるスダジイの沖縄の呼び名がイタジイだそうですが、この樹は途中で幾重にお枝分かれして空に向かっていく。そしてそれぞれが横に広がって葉を出し、やがてはブロッコリーのような形に茂っていくのだそうです。やんばるの森の主な構成種です。

そのイタジイが、今、ちょうど新緑の時期を迎えていてとても美しい。本土の感覚しか持っていない僕にとって、この時期の新緑はまったくのサプライズでした。美しくかつ本土では見られない圧倒的な数のイタジイに目を奪われました。

そうこうしているうちに「もうすぐ高江だよ」とチョイさん。速度を落とすので現場なのかと思ったら、知り合いの方の車と挨拶を交わします。
そののちに「あれは見張り」とチョイさん。「えっ?」と僕。
「工事の車が来るのを見張っている」「一日中?」「そう一日中」「すごいなあ」
そう。そういう見張りの方が他にも各地にいるのです。ただしこれはあまり具体的に書かない方がいいでしょうね。

さらに進むとゲートらしきものの前に車が数台止まり、バナーなどが貼ってある場に近づきました。やっと現場かと思ったら、そこでもその付近にいる人に挨拶してさらに車は進む。「メインのところはこの先」とチョイさん。

僕のイメージでは、高江での行動はどこか一箇所に陣取って頑張っている・・・という感じだったのですが、実際にはかなり広範囲に人々が別れ、あちこちに陣をはって頑張っている。トランシーバーで交信しながらです。

やがてヤンバルの米軍演習場のゲートにつきました。ここにも車が何台も止まっている。その横に催事用のテントが貼っており、センター的な役目を果たしています。さらにゲートの両脇に、人が数人椅子に座れるテントがあり、それぞれ数名の方が座っていました。
この日はこの場に全部で10人弱ぐらいおられたでしょうか。

話を聞いてみると、地元の方は数名で、あとは日本各地からこられてきている方たち。なかでも京都の関係者が多かったのが印象的でした。

ゲートに近づいてみました。内部にはこんな文字が見える。
「US MARINE CORPS JUNGLE WARFARE TRANING CENTER」
「米海兵隊ジャングル戦争訓練センター」というわけです。

在日米軍の駐留根拠は、安保条約のもとに日本を守ることであるはずですが、ここではそんな建前さえ無視されている。日本防衛などとは関係ないジャングル戦闘のための訓練サイトが美しいやんばるの森の中に作られているのです。

ちなみにこれは沖縄返還前、ベトナム戦争の頃からの話だそうです。ここにはベトナムの村のモデルが作られた。米軍の襲撃対象です。その村の住民の役を、かつて高江の人々は担わされたのでした。高江や沖縄の人々の不屈の抵抗を収めた映画『標的の村』のタイトルの由来はここから来ています。

「米軍はフィリピンの基地を失ったから、今ではジャングル戦闘の訓練ができるのは沖縄だけなんだ」とチョイさん。「でもジャングル訓練だけじゃないよ」とも。ここに来るまでに通り過ぎたキャンプハンセンの敷地内には中東の村が再現され、米軍の制圧作戦訓練が繰り返されたのだそうです。イラクのファルージャなど、米兵による民衆をも巻き込んだ虐殺戦闘の訓練がこの地で行われてきたのです。なんたることか。

こうした戦闘に極めてよく使われるのがヘリコプターです。今もそのためにオスプレイが投入されている。この上さらにヘリパットなどを増やそうとしている。どうしてこれに黙っていられるでしょうか。

さてゲート前の光景をしばし写真に収めると、チョイさんがさらに先に行くという。「名物の人物がいるから会わせる」というのです。山城博治さんです。
しばし車を走らせると、フェンスの前にテントが一つ、車が4台ぐらいあって、フェンスを封鎖しているところがある。工事車両の入り道をふさいでしまっています。

テントの中に入っていると誰もいない。仕方がないので近くの高台に登って、訓練場の全体を遠望しました。とにかく見渡せるだけのやんばるの森が訓練場です。真ん中を通っている道路だけが違うのです。

やがて山城さんが戻ってこられました。「食器を洗いに井戸まで降りてました」と山城さん。「いやあ、食事をするのはいいけど、洗うのが大変でね」とかいいながら、バケツ中に入った食器を、テントの中に片付けていく。フライパンなどが吊るしてあって、生活臭が漂っている。
尋ねるとなんとここでもう8年も暮らしているというのです。8年・・・?驚きました。
どこで寝ているのかというと車の中。
「車もいろいろあってね。シートを倒してもけっこう凸凹していて痛い。それで一時期、その上に板を敷いて寝ていたのだけど、「山城さん、それはちょっと・・・」と言われて、さすがに縁起が悪いかと思ってやめました。今は、シートがフラットになる車を手に入れられたのでそれで寝ています」と笑います。

「攻防が激しいときは夜中にも業者がやってきてね。そのために飛び起きなくてはならないから、靴をはいて、運転席で寝てました」
・・・運転席、な、なんという根性でしょう。

すぐに山城さんとチョイさんの話が始まりました。具体的な今後の行動の打ち合わせで僕にはよくわからない話でしたが、途中で何度も山城さんがすっとんきょうな大声を出す。とにかくこの方が豪傑だということだけは分かりました。

名護の選挙のことに触れて山城さんはこうおっしゃいました。
「沖縄にはあの沖縄戦という本当に深い体験があります。誰もがそれを繰り返してはならないと思っている。ここは揺るがない基盤なのだけど、そこからフラフラ離れたり、やっぱりここに戻ったりの攻防が繰り返されているんです。だからいわゆる保革の争いというのとはちょっと違う。沖縄にあの体験があることは決定的で、それが崩れ去ることはないのです」。

沖縄には基地を許さない絶対的な基盤があるのだと語る山城さんの顔は誇らしげでした。仙人のような?活動を重ねられる根拠もここにあるのでしょう。
全国に先駆けて、覚醒を続けてきた沖縄の人々の横顔を、山城さんに見たような気がしました。いや、山城さんは沖縄の方たちの中でも、とくに飛び抜けた存在であるのは間違いないでしょうが。

山城さんとの話が終わり、人懐っこい笑顔に送られて、メインゲート前に戻りました。するとそこに大阪からきている僕と非常に親しいある方がいました。高江にきているとは聞いていたのですが、この場で会えたのは感激でした。

彼は沖縄への移住も検討しつつ、今は大阪から通っているのだそうです。今回は3週間の予定できているのだとか。大阪や京都で見たときよりも、とても生き生きしているのが印象的でした。

その彼につい最近、わずか3人でゲートに工事車両が入ることを阻止した話を聞きました。ちょうど芥川賞作家の目取真さんがおられた時だったそうです。3人しかいないのを見定めて工事車両が近づくと、目取真さん、持っていた傘を前につき出して、車の前に立ちはだかったのだそうです。

「そりゃ、凄かったで。あんなもん普通逃げるで。おっきい車やで。俺なんかもうオタオタや。何をしていいかわからへん。そやけど、目取真さんは、パッと立ちはだかった。根性がちゃうで、ほんまに」

目取真さんに驚いた車両は、彼を避けようとしたものの、近づいてしまって傘に接触。傘がバーンと壊れたのだそうです。「手もけがしたんとちゃうかなあ」
でもそれで工事業者は仰天。すぐに逃げていったのだとか。するともう一人の方が車でおいかけていったそうです。

・・・そんな果敢な体を張った行動も含めて、高江は、完全とヘリパット建設を阻んでいます。感動しました。

なお高江の方たちの気持ちをきちんとお伝えするために、ゲート前のテントに掲げられてた「座り込みガイドライン」を最後に紹介しておきます。

1、 私たちは非暴力です。
コトバの暴力を含め、誰もキズつけたくありません。
2、 自分の意思で座り込みに参加しています。
誰かに何かを強いられることはありません。
自分の体調や気持ちを大切に。
トイレや食事などではなれる時は周りの人にひと声かけてください。
トランシーバーやケイタイなどを活用して、ムリのないように!
3、 いつでも愛とユーモアを。
Let’s have a sense of humor and love.

続く

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明日に向けて(795)沖縄の問いかけるもの・・・辺野古、高江を訪れて(上)

2014年02月08日 11時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140208 11:00)

沖縄那覇の国際通りのカフェからです。
『内部被曝』を一緒に書かさせて頂いた琉球大学名誉教授矢ケ崎克馬さんのお連れ合い、沖本八重美さんの一周忌のために沖縄を訪れました。本日午後2時から、八重美さんのお仲間達による偲ぶ会が開かれるので出席します。

せっかくの機会だということで、娘さんで京都在住の矢ケ崎響さんと辺野古、高江訪問を企画しました。
朝7時関西空港発の便で発って、那覇着は9:20。響さんに車でピックアップしてもらい、途中で泊に住む北上田毅さんと合流しました。しかしここで響さんは離脱。矢ヶ崎さん宅への訪問者が多いので、応接にまわられることになったためです。
そのため北上田さんの車で、一路、辺野古へ向かいました。

僕は沖縄には1995年の米兵による少女レイプ事件以来、一時期は毎年のように訪れ、南部戦跡や各地のガマ(洞窟。沖縄戦で避難壕に使われ、集団自決を強いられる場にもなったりした)の見学などを繰り返してきました。
嘉手納基地を囲む人間の鎖に参加したり、各地の基地撤去運動の現場にも足を運んできました。でも、恥ずかしながら辺野古、高江に行く機会がなく、これが初めての訪問でした。

ちなみに今回、案内をしていただいた北上田毅さんは、長らく京都におられて、市民運動の中心を担ってこられた方です。僕もアフガン戦争やイラク戦争に反対して繰り返し行動を重ねてきた「ピースウォーク京都」での行動や、教育改悪に反対する行動などをご一緒してきました。

また北上田さんは、フィリピンのサマール島を繰り返し訪れ、多くのボランティアを送り込んで、京都との太いきずな築かれてきた方でもあります。ちなみにそのときサマールの方たちが、毅=つよしを、「チョイ」と発音したことから、北上田さんのあだ名がチョイさんになりました。それでここからはチョイさんの名で呼ばせていただきたいと思います。

実はチョイさん、普天間基地への抗議行動を終えてから待ち合わせ場所にこられました。なんでも毎朝5時半に起きて、普天間基地ゲート前まで行き、抗議を行っているのだとか。この日の行動は25人で行われたそうです。すごいなあ・・・。
これらについて、詳しくは「チョイさんの沖縄日記」をご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/chuy


高速道路を北に向かいました。沖縄は前夜に相当な雨が降ったそうですが、今朝は天気が回復に向かい、ややもやがかってはいるものの、晴れ間が見え始めていました。
とにかく暖かい。ダウンジャケットの上にマフラーをはおって関空から乗り込んだ僕には暖かいを通り越して暑かった!なんだか別世界に感じられました。

車の中で今回の名護市長選について、北上田さんからお話を伺いました。名護ではこれまで何度も選挙戦が繰り広げられており、基地反対派と賛成派の固定票がすでにあって、残りの浮動票をめぐる攻防が繰り広げられてきたのだそうです。
ところが今回は自民党の「重鎮」たちの多くが、基地反対を明確に掲げている稲峰さんの支援に回った。安倍政権の沖縄自民党の意向を上からつぶしにかかったあり方への怒りからです。
僕は安倍政権の強権姿勢は、必ずや多くの人々の反発を生みだし、かえって民衆的な覚醒が高まるのだと思ってきましたが、その一端が名護の選挙にあらわれてきたことを知ることができたように思い、嬉しくなりました。

車が高速を降りて、いよいよ辺野古に近づき、浜に出ました。車を降りて、何度も写真でみたテントを訪れました。テントの前には座り込み3582日目という表示が。いやはやすごいなあ。

この日は数名の方が詰めておられました。そのうちの一人の方は、毎日、名護市から通っておられるそうです。運転免許を持ってないので、乗り合わせてきたり、バスを使ったりしているそうです。ここに来る人には免許を持ってない方が多いのだとか。「時代への逆行ですね」などと笑いました。

お話をしていて感じるのは、この場をえんえんと守り続けてきた方たちの誇りと自信でした。それはさまざまな思いの重なりで支えられているのだと思いますが、その一つは全国の人々と強く結びついている実感でないかと思います。
訪ねた人の署名簿があり、書きこんでいると「最近、地方の議員さんがよく来られるのですよ。今日は岩手県北上市の議員さんたちがこられました」と教えてくれました。ペラペラとめくってみると本当に多彩な人々が全国から駆け付けてきている。民衆の力の連なりを感じることができました。

浜を歩いて、キャンプシュワブとの境界線まで行きました。かつてはグルグルと渦のように巻かれた有刺鉄線で区切られていたそうですが、今は米軍が作った頑丈な金網のフェンスが海の中にまで入る形で立っています。
その金網にここにこられたたくさんの方が、基地撤去を訴えるバナーを結び付けています。ときどき米兵が来てとってしまうのだそうですが、繰り返しバナーが結び付けられる。そばでみると、小さいリボンを無数に結び付けた方たちもいました。米兵がとるのを少しでもやりにくくしているのでしょう。やるなあと思いました。米兵が「めんどだなあ」と思いながら取り外している姿が目に浮かぶようで、なんだか笑ってしまいました。

金網の向こうには基地が広がっており、その内部では、埋め立てを前提とした工事がどんどん進んでいるそうです。
しかし「沖縄の人々の熱き思いと、それにつらなう全国の人々の息吹がある限り、できやしないさ」と僕もそんな民衆的な自信を感じれる気がしました。
もちろん、そのためには僕自身が努力をしなくては。ともに辺野古への滑走路建設を許さない輪に加わり続けていこうと思いました。

高江まで行くために、早々に辺野古を後にすることにしましたが、ここで辺野古を訪れていた一人の若者を高江まで車に乗せていくことになりました。彼の名はケータ君。岩手県盛岡市からきた若者で、沖縄に移住し、自然農をやりたいと飛び込んできたばかりです。
建設業で働いていたそうですが、働けば働くだけ「これは違うだろう」という思いを募らせ、どうしても沖縄に行きたくなったのだそうです。基地に反対する沖縄で自然農の経験を積み、いつかそれを岩手に還元したいのだとか。そのためにとにかく高江に行ってみたいのだとか。

「ここにもこういう素晴らしい若者がいる」と、なんだかとても嬉しくなってしまいました。現代の経済成長中心の世の中の在り方に背を向け、新しい生き方を模索する若者が今、急速に増えていることを僕は感じています。これまでの社会の在り方に魅力を感じず、基地に反対する人々の生き方に共感し、同時に土に触れ、土とともに生きる生き方に魅力を感じているのです。僕にはこれもまたこの社会が、確実に深いところから変わりつつあることの証左だと思えます。ケータ君、がんばれ!

続く

なおこの日の写真を多数Facebookページに載せています。ご覧ください。
https://www.facebook.com/toshiya.morita.90

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明日に向けて(794)東京都知事選に思う・・・問われているのは民衆的な力の成長と拡大だ!

2014年02月06日 16時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140206 16:00)

東京都知事選が近づいてきました。昨年末より、なぜ小泉元首相が原発ゼロを言い出したのか、またその背景にある自民党政治の変容について述べてきましたが、選挙終盤において今の状況をどう見るのか、僕なりの分析を述べてみたいと思います。

まず候補者について言うと、舛添要一さん。あまりに差別的な方で論外です。というかこのような方が政治家であり続けることができることに、私たちの国の遅れ、非民主主義的な限界が現れていると思います。
彼は例えばこんなことを言っている。「(生理の時に)国政の重要な決定、戦争をやるかどうかなんてことを判断されてはたまらない」・・・だから女性は政治に向かないと。あまりに酷い!差別まるだしです。品位もなにもあったものではない。

これに対して、「舛添要一を都知事にしたくない女たちの会」が結成されました。たった今、東京の新橋で立ち上げの記者会見が行われているころだと思います。HPを紹介しておきます。
http://masuzoe.wordpress.com/2014/02/05/daihon/

この会は、前述の舛添氏の発言に続いて「こんなことを言う男が都知事になったらこっちがたまらない!立ち上がれ女たち!」と叫んでいます。
とても共感しますが、男性が参加できないのが少し淋しくもあります。というかこの問題は、男性こそが立ち上がらなければならない課題です。
私たちの国は女性の社会的地位が100番以下の国です。つまり国際水準からいって、われわれ男性がいかに劣っているのかがここに示されています。だからこそ、このような女性差別の塊のような人物を政治家としておいてはいけません。
女性も男性も一緒になって、差別主義者は政治の場から去れと大きな声をあげましょう。

続いて脱原発を掲げている二人の候補。細川護煕さんと宇都宮けんじさんの主張をいかに捉えるか、また脱原発候補の一本化という声をどう考えるのかについて述べたいと思います。
投票を前にしてどのような態度を採るべきか。僕が一番、共感するのはブロガーとして選挙の盛り上げに大活躍している座間宮ガレイさんの叫びです!2分46秒と短いですが、大切なことがギュッと詰まっています。ぜひ観てください。

細川・宇都宮と直接会って話した俺のメッセージ!
http://www.youtube.com/watch?v=RRNUDqQxTF8&feature=share

とくに僕が強く共感したのは次の言葉です。

「俺たち無名の有権者が、まじで政治家に寄り添って、この国の政治をよくしていかなくちゃならないということなんだよ。
有名な奴に頼っちゃだめだ。俺たち有権者が、細川にしろ、宇都宮にしろ、まじで寄り添って、いい政治をやって欲しい。
偉いやつに任すな。取り巻きに任すな。いい政治をやる、無名の俺たちが主役だ!」

その通り!主役は無名の民衆=私たちなのです。その民衆が政治家に寄り添っていい政治をさせなければならない。これこそが民衆的な力の根本です。
これまで何度も述べてきましたが、民主主義の語源は、デモスクラチア。デモス=民衆に、クラチア=権力のある状態です。誰が首長になろうとも、それを規制し動かす民衆の力があるかないかが決定的に重要なのです。
その意味で有名人になんて頼っていてはいけない。というか、そうである限り、選挙が終われば平気の平左で公約破りというこの間の醜態が繰り返されるだけです。
座間宮さんは、この核心問題を実にシンプルかつパワフルに叫んでくれている!本当に素晴らしいです!

この観点からみるならば、小泉・細川両元首相の脱原発の叫びもまた、民衆の脱原発の声の高まりを無視できなくなったこと、この大きな声に押されて出てきたものであること。何よりもこのことをしっかりと見ておく必要があります。
これまで原発を推進してきた元首相たちに脱原発を叫ばせているのは民衆の力なのです。

その意味でこうした元首相たちの声を利用して、脱原発を実現しようと考える人々が出てくるのも自然な流れであり、それはそれで頑張っていただくといい。
だから「脱原発を訴える両候補が、エールを交換しあえばいいじゃないか。今はあのひどい舛添要一候補、自民党・公明党支配とみんなで戦おう」という座間宮さんの提案は非常に重要なポイントを提起していると思います。

これに対して、有名人たちが出てきて、「一本化」が叫ばれました。これはあまりにひどかった。なぜひどいのかというと宇都宮さんを「勝てない候補」と決めつけてしまったからです
しかし細川さんとて勝てる候補なのでしょうか。そんなものはふたをあけてみなければ分からない。だとしたら同じ一本化でも、もともと細川さんと小泉さんが、宇都宮さんの支持に回ることだってあり得たはずです。
もちろんご両人はそうはしなかった。なぜでしょう。実は脱原発政策そのものが、内容的に食い違っているからです。

この点を押さえるために、両候補の脱原発メッセージを見てみましょう。まず細川さんはこう言っています。

***

日本は今、すでに原発ゼロの状態にあります。「再稼働を止める」という政治決断を行うなら今しかありません。政治が方向を示せば、日本の省エネルギー・再生可能エネルギー産業を、世界でトップクラスの成長産業とすることが可能です。
世界の先進各国のエネルギー政策は、原子力から再生可能エネルギー・分散型エネルギーへと転換しています。
原子力は、放射性廃棄物の処分ができないという致命的な欠陥を抱えています。しかも、膨大な被害をもたらす巨大事故のリスクがあります。
東京が先頭に立って、省エネルギーと再生可能エネルギーの普及拡大をはかることで、日本の原発ゼロの成長戦略をリードしていきます。

引用はホームページより
http://tokyo-tonosama.com/

***

端的に言って、細川さんの唱えているのはエネルギー問題としての原子力の廃止です。
これに対して、宇都宮さんは次のように言っています。

***

1 東電福島第一原発事故被害者の支援を積極的に進めます
2 東京都から脱原発を実現します
3 「希望のエネルギー政策」を実現します
4 国に先駆けて電力事業の自由化の範囲を拡大し、電力コストを下げる努力をします
5 脱被ばく政策を進めます

引用はホームページより
http://utsunomiyakenji.com/pdf/201401policy_final.pdf

***

さらに1および5に次のことが細目としてあげられています。
「○福島原発事故被害者、とりわけ東京都に避難している6000人以上の避難者に対して、住宅・医療・生活再建支援などの積極的な支援を進めます。」

「○放射性物質の拡散が心配されている瓦礫の焼却処理については、いったん凍結し、専門家を集めて公開で調査と検討を行います。
 ○都民を放射能汚染から守るために、都独自の「食品の安全規制」と都民と連携した食品や土壌等の放射能測定ネットワークをつくります。」

要するに細川さんの脱原発宣言には、現に福島原発事故がもたらした深刻な放射能汚染との取り組みがまったく述べられていません。未来のエネルギーをどうするのかということに「原子力問題」が集約されているのです。
これに対して宇都宮さんは、冒頭に東京に避難している原発事故被災者の救済と支援から説き起こしている。ここがまったく違います。

細川さんのもとに脱原発運動が集約された場合、現に起こっている被曝対策が切り捨てられてしまう。何せ公約に何一つ触れられていないのですから。僕はこれは政府と東電による被曝隠しにつらなってしまうことになると思います。
その点で、僕は座間宮さんの訴えの線に従いながらも、「原発問題は被曝問題。被曝対策を鮮明に掲げている宇都宮さんの訴えこそ私たちの進む道!」と叫びたいです。

そしてその上で、もう一度、民主主義を積極的に発揚しようと提案したい。私たち民衆が力を持つこと、ラディカル・デモクラシーを発揚させるのです。
そのために最も大事なことは、東京の攻防は選挙によって終わるのではないということを自覚することです。誰が首長になろうとも、それで良い方にも悪い方にもすべてが決するなどとは夢にも思ってはいけない。
そうではないのです。誰が首長になろうとも、私たちが私たちの力をさらに発展させていくことこそが重要なのです。

あの差別主義者舛添候補が勝つのなら、それを自民党・公明党が支えるというのなら、繰り返しこんな非常識な人物を許さないという声をあげればいい。これまでにも増して、脱原発デモを頑張ればいい。
細川候補が勝つのなら、細川候補に被曝対策を迫る行動を起こしましょう。また宇都宮候補が勝つのなら、彼の公約を実現するために、それこそみんなで寄り添い、支えていきましょう。
僕自身は今の日本での東京オリンピック開催は、被曝防護の観点からも、福島原発事故がまったく収束してないことからも非常識であり、絶対にやめるべきだと考えています。なのでそれを宇都宮さんに迫っていきたいです。

大事なことは、選挙の結果だけにとらわれず、民衆の力の高まりが、今の状況を作り出しているのだという事実です。
私たちはこの選挙を通じて、そこからさらに前に進みましょう。僕はその核心問題が、原発問題をエネルギー問題に一面化させず、被曝問題としてこそ捉えきり、被曝防護の徹底化に進むことだと思います。

Power to the People!

前に進みましょう!


 

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明日に向けて(793)福島1号機冷却水8割漏れが意味するもの・・・ベントをしても格納容器は壊れた!

2014年02月01日 23時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140201 23:00)

この間、福島3号機と4号機の現状に関してレポートしてきましたが、今度は1号機に関する重大な発表が東電によってなされました。1月30日のことです。
それによるとなんと炉内に投入している冷却水の8割が、格納容器から漏れ出していると見られると言うのです。そのことが3年近く経って分かったと言うのです。
以下、テレ朝のニュースを示しておきます。

***

冷却水の8割が漏えいか…福島第一原発1号機の汚染水
テレ朝news 20140130 22:41
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000020591.html

福島第一原発の原子炉1号機からの汚染水漏れについて、新たな事実が判明した。「1号機の圧力抑制室付近から、1時間あたり最大で3.4トンの汚染水が漏れていたと推計される」と、30日に東京電力が明らかにした。
1号機には溶けた燃料を冷やすために、1時間あたり4.4トン注水している。その水は燃料に触れて、放射性物質を含んだ高濃度の汚染水となり、注水量の約8割が圧力抑制室付近から漏れているとみられるのだ。
また、東電は「他の場所からも漏れていることも分かった」とし、引き続き調査する。

***

実は同じ30日、東電は福島2号機の圧力抑制室にも穴が開いていて、そこからも水漏れが確認されたと発表しています。この結果、圧力抑制室のまわりの「トーラス」室に水漏れしているというのです。
東電は1月18日に、福島3号機の床に2400万ベクレルというベータ線核種で汚染された水が流れていることも発表しており、1号機から3号機まで格納容器から汚染水が漏れているという事実が連続発表されたことになります。

このように東電が連続的に情報を発する時に、非常に大事な点は、重大事実の連続発表に対して危機感を麻痺させてしまわないことです。というかもう麻痺して当然であり、麻痺させるように情報を出しているとすら思えるので、しっかり意識を保つことをよびかけたいです。
そのためには、こうして出てくる情報を「ああ、また汚染水漏れか」という感じで、一緒くたにして捉えてしまうのではなく、あくまでも歴史的経緯に立ち戻って、きちんと整理して捉えておくことです。
もちろん、多くの方にそれだけの情報整理の時間がないのも事実です。これまで東電は、情報を受け取る側が、きちんと整理して受け取る余裕などないような形で、あえてまとまりのない形で、洪水のような形で、「最高値」だとか「高濃度」だとかいう言葉を繰り返してきているので、なおさら分からなくなって当然です。
そこで今回も、冷却水8割漏れが何を意味するのか、あるいはどのように捉えるのか、整理を試みたいと思います。

まず今回、明らかになった8割の冷却水漏れの可能性というのは、昨年11月13日に初めて発見された、格納容器からの冷却水、ないし放射能汚染水漏れ情報からの解析の中で得られてきているものだということを押さえることが重要です。
どのようにしてこれが見つけられたのかと言うと、新たに開発されたカメラを設置したボートが、格納容器下部にある圧力抑制室付近を探索し、圧力抑制室に向かうベント管下部から冷却水の漏れ出しを確認したのでした。
これを東電は以下のように発表しています。

福島第一原子力発電所1号機ベント管下部周辺の調査結果について(1日目)
東京電力株式会社 平成25年11月13日
http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/handouts/2013/images/handouts_131113_15-j.pdf

この1枚目の図を見てください。漏えい個所は、格納容器(PCV=Primary Containment Vessel)の下部の「サンドクッション」と書かれたところの下部にある「サンドクッションドレン管」あたりとされています。
サンドクッションとは、格納容器の鉄板と、周りを覆うコンクリートが直に接すると、鉄板に圧力がかかって変形する恐れが考えられたため、砂を入れてクッションとしているところです。
ところがこの砂が水を吸うことで、かえって鉄板を腐食させてしまうことがあるため、その水分を抜くためのドレン管がその下に取り付けられているのです。1号機からの冷却水漏れはここから確認されたというのです。
今回の発表は、冷却水漏れのあらたな発見ではなく、これらの地点から出ている汚染水を計算で求めたものであるとともに、他にも漏れ出しているところがあることを示唆したものです。

さてこの場合、重要な問題はなんでしょうか。8割も漏れていた!・・・もちろんそれはかなり重要な点です。溶け落ちた核燃料と接して激しく汚染されたものすごい放射能濃度の汚染水が発生していることが分かったからです。
1時間あたり3.4トン漏れているということは1日あたり81.6トン。それがおそらくは事故の早い時期から流れ続けているのです。

しかし一歩前に戻ると、実は量の問題だけでなく、そもそも格納容器から漏れていることが発見されたということ、格納容器が壊れていることがはっきりしたこと、このこともまた非常に重要な位置を持っているのです。
なぜなら昨年11月まで、東電は、格納容器については、2号機はベント失敗があったがために、圧力抑制室で破損が起こったとしながらも、1号機と3号機は壊れていないという立場を採ってきたからです。
高濃度の汚染水は、原子炉内の核燃料を冷却したのちに回収されたタービン建屋の地下に漏れてしまい、そこに地下水が流入してくることで、混ざりあい、外に漏れ出して、海にも達している・・・というのが昨年夏に東電が発表したことです。

タービン建屋から漏れていることと、格納容器からも漏れていることには決定的な違いがあります。なぜかと言うとそもそも格納容器とは、その内側にあって核分裂反応を行う原子炉圧力容器内で何かのトラブルが生じ、放射能漏れが生じた際に、それを封じ込めることをこそ最大の任務としている構造物だからです。
だからこそ東電は、1号機、3号機の格納容器は壊れていないと強弁していたのです。汚染水漏れは、本来、水を溜めるために作られたのではないタービン建屋から起こったのだとしてきたわけです。

一例として東電を支援している日本原子力文化振興財団のサイトを見てみましょう。

東京電力(株)福島第一原子力発電所事故
http://www.jaero.or.jp/data/02topic/fukushima/index.html

この中の「原子力」」の「格納容器とは」の項目に以下のような記述があります。

***

原子炉格納容器は気密性が高くつくられ、燃料の損傷などによって放射性物質が放出された場合に周辺への拡散を抑える役目をもっています。
しかし、今回の福島の事故では全電源の喪失などにより原子炉が高温高圧状態となり、原子炉格納容器から水素とともに放射性物質を外部へ放出する事態に陥りました。
さらに2号機については、原子炉格納容器に損傷が生じ、放射性物質が外部に放出されたと考えられています。

***

放射能を封じ込めるための格納容器を守るために、放射能を抜くベントが行われたこと、いわば格納容器の任務放棄がなされたことは書いてありますが、1号機、3号機の格納容器が壊れたとする記述はありません。
あくまでも壊れたのは2号機の、格納容器の一部をなす圧力抑制室だけだとしてきたのです。なぜでしょうか。1号機から3号機まですべての格納容器が壊れてしまったことがはっきりすれば、このプラントが設計的に破たんしていることがより鮮明に証明されたことになってしまうからです。
もちろん2号機の圧力抑制室が壊れてしまっただけでも、このプラントは設計的にアウトであるわけですが、実際にはすべての格納容器が壊れていた。となれば同じ構造を抱える原子炉の再稼働などはまったくの論外であることも明らかです。

重要なのは、「放射能を封じ込めるための格納容器を守るために放射能を放出するベント」・・・などということがもとより論理矛盾であり、「ベントをつけたから」という理由での再稼働など許してはならないのですが、今回は、そのベントがなされても、格納容器が壊れてしまったことが明らかになったことです。
しかもそれがどのような構造のもとに起こり、どこかどれだけ壊れたのかもまだ未解明です。とするならば、これまで行われている、再稼働に向けた「過酷事故対策」の前提もまた崩壊してしまったことになるのです。
おそらく東電は、この点がクローズアップされることを避けるために、マスコミの注視を、汚染水の量的凄さに向けようとしているのではないかと思われます。もちろん8割が漏れていたということも重要なポイントですが、私たちがしっかり見据えておくべきことは、格納容器がベントを行っても壊れていたという決定的な事実です。

さらに繰り返し述べているように、放射能を閉じ込めるはずの格納容器が壊れていたことが3年近くも経って分かったことに、この事故が収束していないどころか、まだ実態の多くが解明されておらず、現状がどうなっているかも把握されていないことが表れています。
私たちの前にまだ制御されない巨大な危機が横たわっていることをこそ、それは示しています。「また東電が・・・」などと東電をなじってすましていてはいけない。私たちの危機をこそ、認識すべきなのです。
ぜひこの点を押さえ、福島原発の状態が悪化した場合の避難対策に真剣に取り組みながら、みんなで一生懸命に、原発のウォッチを続けていきましょう。

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明日に向けて(792)兵庫県篠山市ですすむ原子力災害への備え

2014年01月31日 07時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140131 07:00)

すでに「明日に向けて(784)」でもご紹介しましたが、兵庫県篠山市で酒井隆明市長を先頭にした原子力災害対策の取り組みが進んでいます。
1月25日には、「篠山市民防災の集い~原子力防災フォーラム」が開かれましたが、消防団や自治会の方たちの積極的参加で、なんと300人の方が集ってくださいました。
この様子を、篠山市民で、原子力災害対策検討委員会委員でもある畑弘恵みさんがブログにアップされているのでぜひご覧ください。篠山の熱い取り組みが伝わるかと思います。

はぐたんのブログ
http://ameblo.jp/hug-star/entry-11753773084.html

この日は僕の講演の後に、原子力災害対策検討委員会に参加しているみなさんでのパネルディスカッションが行われたのですが、畑さんのブログの中で、消防団北山団長のこんな話が紹介されています。

「話の中でまちの消防団長の北山さんは、前任者からの引継ぎで当委員会へ出席した会のはじめは原子力防災への意識が薄く委員として自覚もなかったのが、会議終了時には「俺がやらなあかん」という高い意識で篠山市消防団のトップとして団員の安全を考えながら1220名の団員を強く導かれています。」

実はこれはパネルディスカッションのコーディネーターを務めさせていただいた僕が振ったお話でした。
というのは、昨年4月に新たに消防団長になられた北山さん。初めて「原子力災害対策検討委員会」に参加されたとき、「これなあ、次回から代理を出してええか?役がたくさんあってなあ、ぜんぜん追いつかへんねん」とおっしゃったのです。
僕がそのときの話をすると北山さん、「前任者から詳しい説明を受ける間もなく会議に参加すると、原子力災害対策関係の分厚い書類が並んでいて、とてもこれを読んで、参加を続けることは無理だと思った」と語ってくださいました。

ところがその日の原子力災害対策検討委員会の会議の話を聞いているうちに、北山さんの委員会への姿勢がどんどん変わっていかれました。次第に体を乗り出し、「これは消防団が一番知らなあかんことや。本気でやらなあかん」と語られ、目が輝きだした。
それで会議が終わるころにはすっかり前向きになり、どんどん質問もだし、自らが積極的に担っていくと語ってくださったのです。

その後、北山団長さん、「守田さん、うちの隊員たちに放射能が来たらどうしたらいいか教えたってくれ」と語られ、消防団班長級以上250人を集めた講演会を開催してくださいました。昨年9月19日のことです。
以下からその様子を見ることができます。

消防団原子力防災研修会
篠山市役所ホームページ 2013年09月19日
http://www.city.sasayama.hyogo.jp/pc/group/bousai/cat3/post-85.html

もちろんこうした取り組みは、篠山市役所が力を入れる中で進められてきたもの。市役所のみなさんも6月30日に職員の多くが集って下さり、僕の講演を聞いてくださいました。
以下、丹波新聞の報道です。昨年6月30日のことです。

原子力災害に備えよ 全職員に研修始める 篠山市役所
丹波新聞2013年06月30日
http://tanba.jp/modules/news/index.php?page=article&storyid=1635

篠山市で行われた防災訓練の様子も以下から見れます。土砂災害避難訓練に、原子力災害対策のレクチャーを加えた試みです。
ぜひビデオをご覧になって「感じ」をつかんで下さい。ちなみにこのビデオクリップを作成してくださったのは舞鶴の田中ユージさんです。
http://www.youtube.com/watch?v=2dj3GOhE21k&feature=youtu.be

この取り組み方はとてもいい。というのは災害対策には共通の重要ポイントがあるからです。災害全般への心得を学んだ上で、水害対策、原子力防災対策と進むことが可能であり、そのためには通常の災害訓練に、原子力災害対策の講演を重ねるのがベストです。ぜひ各地で取り組んで欲しいです。

さて篠山市では2月にさらに4回も講演をさせていただきます。そのうちの2回、2日と22日は、篠山市の西紀地区と丹南地区での人権教育研究大会での取り組みです。地域の自治会の方たちが中心になられています。
このお知らせを末尾に貼り付けておきます。

またこの他に実は今日31日に、若手の市会議員さんに呼んでいただき、関西若手市会議員の会の方たちに、原発と防災のお話をさせていただきます。残念ながらこれはクローズドな会です。
さらに13日と20日夜、午後7時半から、篠山市立丹南健康福祉センターで、放射線防護に関する講演も行います。

お近くのみなさま。ぜひそれぞれの催しにご参加ください!
また多くのみなさまに、篠山市での取り組みにご注目をいただきたいと思います。
僕も原子力災害対策検討委員会の一員として、持てる力を振り絞って、篠山市民、いや多くのみなさんの命を守るために頑張ります!

以下、催しの案内を貼り付けます。

******

西紀のつどい(西紀人権・同和教育研究大会)開催要項

(趣旨) 
東日本大震災の発生からまもなく3年が経過しようとしています。この震災では多くの被害が発生し、原子力発電所の安全神話が崩壊しました。原発災害は、篠山市に住む私達にとっても他人事ではありません。
また、平成25(2013)年は、気候の変動が激しく、篠山市では多くの水害が発生しました。
原発災害、自然災害が身近な問題となってきている近年、未来を担う子ども達と私達の大切な命を守るため、また、安心で安全な地域の構築をめざし、本大会を通して、知識と手法を考えます。

1、日 時 平成26年2月2日(日) 13:30開会(13:00受付)             
2、会 場 西紀老人福祉センター (2階 教育ホール)
3、内 容 (1) 人権作文朗読 西紀中学校 生徒
            (2) 講演:『水害・原子力災害についての心得』/ 講師:守田 敏也 氏
4、参加者  西紀住民約100名
自治会長、人権のまちづくり推進員、人権啓発推進員、学習推進員
民生委員・児童委員、まちづくり協議会(代表者)、人権擁護委員
5、主 催  西紀自治会長会
  共 催  篠山市 篠山市教育委員会 篠山市人権・同和教育研究協議会
       柏原人権擁護委員協議会篠山地区委員会

時間 スケジュール  
12:30 会場準備 地区自治会長3名 地区職員会3名 人権推進課       
13:00 受付 人権推進課
13:30 開会 (司会)西紀自治会長会 西田武司 副代表
  開会あいさつ 西紀自治会長会 宇杉敬治 代表
  共催あいさつ 人権推進課
13:45 人権作文朗読 西紀中学校 生徒
14:00 講演 守田敏也 氏 (フリージャーナリスト)
15:30 質疑応答  
15:40 閉会あいさつ 篠山市人権・同和教育研究協議会


丹南人権教育研究大会開催要項

1、日 時  平成26年2月22日(土) 13:30開会 (13:00受付)                  
2、会 場  篠山市立丹南健康福祉センター(2階 研修室)
3、内 容   講演:『水害・原子力災害についての心得』/ 講師:守田 敏也 氏
4、参加対象  丹南地区
自治会役員、人権のまちづくり推進員、人権啓発推進員、学習推進員 人権擁護委員

5、主 催  丹南人権教育研究大会実行委員会
  共 催  篠山市 篠山市教育委員会 篠山市人権・同和教育研究協議会
       柏原人権擁護委員協議会篠山地区委員会

時間 スケジュール  
12:30 会場準備 自治会長会代表 丹南地区職員会 人権推進課       
13:00 受付 人権推進課
13:30 開会 (司会)味間地区自治会長会 会長 波多野 恭守
  開会あいさつ 実行委員長 西潟 弘
  共催あいさつ 人権推進課
  来賓あいさつ 丹南地区在住篠山市議会議員 代表
13:40 講演 守田敏也 氏 (フリージャーナリスト)
15:10 質疑応答  
15:30 閉会あいさつ 篠山市人権・同和教育研究協議会

 

 


 

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明日に向けて(791)「明日に向けて(788)(789)」の記事への細川弘明さんからのご指摘と記事修正のお知らせ

2014年01月30日 19時00分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140130 19:00)

みなさま。
京都精華大学の細川弘明さんより、「明日に向けて(788)非常に危険な福島4号機プール燃料取り出し作業が現在も進行中!注視を!(上)」について、全体の主旨には同意いただけるもの、細かい点で気が付いたことがあるというご指摘をいただきました。
どの点も非常に納得がいきましたので、ブログ・HP上の文書はすでに正しく書き直し、修正を加えたことのみ明記しましたが、非常に示唆に富んだご指摘ですので、みなさまにもご紹介したいと思います。
なお、今回のご指摘で、僕の原子炉構造への理解がまだまだ欠けていることが分かりました。とくにシュラウドの理解ができていませんでした。みなさんに誤った内容をお送りしてしまったことをお詫びします。さらに頑張って知識の向上に努めます。細川さんには大感謝です!

以下、守田の初校と、細川さんのご指摘を並べましたのでご覧下さい。とくに僕はシュラウドをめぐるくだりを読んで、目からうろこが落ちる気がしました・・・。

守田初校
ちなみに燃料棒とは、正確には直径1センチ、長さ4メートルに、ウランのペレットを積み上げたものです。ジルコニウムという金属で覆われています。
使用済み燃料棒とはウランの核分裂反応が終わり、核分裂生成物=放射性物質がたくさん生まれている状態の燃料棒のことです。
 
細川さんの指摘
●「核分裂反応が終わり」といってしまうと、もう核分裂しないように誤解されますので、「原子炉内で、核分裂反応が一定程度すすんだために、ウランの一部がさまざまな種類の核分裂生成物(=死の灰=放射性物質)に変化した状態の燃料棒」くらいの書き方のほうがよいかもしれません。
使用済み燃料であっても、通常の燃焼度のものであれば未分裂のウランが相当多く残っていますから、メルトダウンして再臨界して核分裂反応が再開する恐れがあります。


守田初校
1号機や3号機が、原子炉の上にあるオペレーションフロアで爆発が起こったのに 対し、その下の階での爆発でした。
 
細川さんの指摘
●1号機については、オペフロ(5階)のひとつ下層(4階、ICの階)で最初の爆発がおきた可能性が高いです。

守田初校
なぜかというと、4号機は原子炉を覆っているシュラウドというカバーのような部品の点検・交換が予定されていたのでした。このシュラウドも繰り返し損傷が発見されてきた問題部品なのですが、そのため原子炉の中に水がはってあり、上部の原子炉ウェルも水で満たされていました。
 
●シュラウドは、原子炉(圧力容器)の内側の構造物です。炉心を覆うかたちで配置されていますが、原子炉を覆っているわけではありません。
沸騰水型炉(BWR)では炉水が炉内で沸騰するため、その気泡のサイズと移動をコントロールする(大きな気泡が偏在すると中性子が減速されず核反応が暴走するので、それを避ける)ためにシュラウドのような内釜を設置して冷却水の流れに制限を加えています。
これがあるために、鉛の粒を投入しても炉底のデブリまたは炉底をメルトスルーしたデブリに到達する前に炉内でひっかかってしまうので、金属による冷却という絶妙の方法が使えません。
もう少し正確に書くと、現在の冷却水注入系統だと、鉛の粒はシュラウドの外側(圧力容器の壁とシュラウドのあいだ)に入ってしまい、そこで沈殿してしまうことになるようです。沈殿しなくても、再循環系をぐるりとまわってからでないと炉心(シュラウドの内側)に到達しないので、それまでのどこかでひっかかってしまう)

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なお同じく(789)にも以下のようなご指摘をいただいています。
この点も重要ですので、みなさんにご紹介します。

守田オリジナル
また作業時に繰り返される余震が重なった時もハイリスクです。地震の揺れによって燃料集合体がラックにひっかかったり破損してしまう可能性もある。
もっと危険視されているのが、燃料集合体で満杯になったキャスクを吊り上げて、トラクターに降ろす時に地震に見舞われること 。東電はクレーンを二重にしてあるので大丈夫だと言っていますが、東電の「大丈夫」はまったく信用がおけません。
 
細川さんの指摘
●書いておられることは、その通りなのですが、同じ作業は、通常の原発で定検のたびにおこなわれている(しかも二重クレーンではない!)ので、4号炉プールからの燃料回収の技術的難度と危険性をあまり強調するのは、どうかなと思います。
1~3号炉については、技術的難度がきわめて高く、また、4号炉と違って建屋の耐震補強がなされていませんから、そちらの危険性はきわめて高いと思います。
防災体制なしで進めてよい作業ではない、という守田さんの主旨には賛成です。

これに対しては以下のようにお答えしました。結果的に修正は入れていません。

守田の回答
細川さんのご指摘になるほどとは思うものの、通常の交換と比べて、プール内のがれきが多いことや、いったん上に吊り上げて、地上まで降ろすため、高さがかなり高くなる点など、やはりより危険性があるとはいえるのではないでしょうか。
文章の訂正がしにくいことからも、この点はそのままに残させていただきたいと思いますがいかがでしょうか?
ただし必要以上に危険を強調すると、かえって論理的説得力が失われていくわけで、今後、この点を論じるときは、 細川さんのご意見を頭に入れて、トーンを調整しようと思います。

細川さんのご返事
●高さも通常の交換と同じでは? 大飯の燃料棒交換なんかは、もっと落差があると思います。(「だから安全だ」とは言いませんが。)
もちろん細かながれきが隙間に入り込んでいるのは気懸かりです。
文章については、間違いというわけではないですから、守田さんのご判断でよいと思います。

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細川さん、ありがとうござました!

コメント

明日に向けて(790)福島医大に小児腫瘍科 県内で初めて開設へ・・・放射線防護活動の強化が問われている!

2014年01月29日 21時38分28秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140129 21:30)

今日2つ目の記事の投稿になりますが、何とも言えない情報をキャッチしましたので、とりあえずお知らせします。
表題のように福島医大に小児腫瘍科新設だそうです。

当然、作ってもらわねば困るし、どんどん診察と治療を進めるべきなのですが、一方で怒りと悲しい気持ちが沸いてきます。
福島医大は、当然と言うべきか、事実をつかんでいるのでしょう。僕などよりももっと正確に。それを徹底して隠しつつ、対応を進めている。

ともあれ放射線防護活動の強化が問われています。猶予なしに・・・。

以下のニュースをお読みください。

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福島医大に小児腫瘍科 県内で初めて開設へ
福島民友20140129
http://www.minpo.jp/news/detail/2014012913584

 福島医大は平成26年度、同大付属病院に小児がんの治療に特化した新たな診療科「小児腫瘍科」を開設する。小児がん専門の診療科の開設は県内の医療機関では初めて。
 福島医大によると、小児腫瘍科は現在ある小児科から独立する形で開設する。入院患者の治療のほか、外来診療にも対応する。
 福島医大は東京電力福島第一原発事故からの復興に向けた先端医療、放射線医学の研究、開発を進める拠点「ふくしま国際医療科学センター」を整備し、平成28年度の運用を目指している。将来的には、小児腫瘍科をセンターに組み込む計画で、県内の小児医療の高度化を加速させる。
 同病院には現在、高水準の技術を持つ小児がんの医療チームがあり、これまでも県内外から患者を受け入れてきた。原発事故発生後、住民の間で放射線による健康影響に不安が高まっていることが開設の背景にある。

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医大病院に小児がん科新設へ 福島
20140128NHKニュース 動画
http://www.dailymotion.com/video/x1ah9pm_20140128%E5%8C%BB%E5%A4%A7%E7%97%85%E9%99%A2%E3%81%AB%E5%B0%8F%E5%85%90%E3%81%8C%E3%82%93%E7%A7%91%E6%96%B0%E8%A8%AD%E3%81%B8-%E7%A6%8F%E5%B3%B6_music

コメント (1)

明日に向けて(789)非常に危険な福島4号機プール燃料取り出し作業が現在も進行中!注視を!(下)

2014年01月29日 09時30分00秒 | 明日に向けて(701)~(800)

守田です。(20140129 09:30)

福島4号機からの燃料棒(燃料集合体)取り出し問題の続きです。
前回は4号機プールがいかに危険な状態にあるかに焦点をあてましたが、今回は取り出し作業にまつわる困難性と、他の原子炉の燃料プールのことを論じたいと思います。

危険な4号機プールからの燃料集合体の取り出しが、なぜ2年以上も経って始められたのかですが、一番大きな要因は、もともと燃料交換に使うクレーンのあったオペレーションルームが爆発でなくなってしまったことです。
東電はそのため、4号機の壊れたプール上部を撤去したのち、その上に覆いかぶさるさらに巨大な建屋を作って、新たなクレーンを設置しました。その作業に昨年の秋までかかりました。
さらに燃料プールの中にも無数のがれきが落ち込んでしまっているため、その撤去にも時間がかかりました。がれきは燃料集合体を引き上げる際に、集合体とそれを収めてあるラックの隙間に入り込んでしまい、燃料集合体を引き抜けなくさせる可能性があるからため、細かいものの撤去も必要でした。
これらの作業を終えたのちに、ようやく引き抜き作業が始まりましたが、昨年11月18日から本年1月27日まで、行われたのはわずかに10回。ここまで71日かかっていますから、1回あたりの平均日数として7日かかっていることになります。

なぜゆっくりと作業が行われているのか。一番のポイントは、前にも述べたように燃料棒は空気中に出ると高線量の放射線を発して周辺の作業員を即死させてしまうため、万が一にも水から出ないように慎重に作業を進めないといけないからです。
またがれきもすべてを撤去できたとは言えず、細かく、隙間に入り込みやすいものほど取り除けていません。そのため引き上げ最中に燃料集合体がラックにひっかかってしまう可能性は今も残っており、このためにも作業をゆっくりと進める必要があります。
取り出しと移送そのものも、まずはキャスクと呼ばれる鋼鉄と鉛でできた容器をプールの中に沈め、水の中で燃料集合体をキ入れたのちにプールから取り出し、ふたを閉めて地上に降ろして専用トラクターに積載、地上の共用プールに運ぶという工程を経ています。
これらの一つ一つも慎重に行わなければならないため、1回あたりの取り出しと搬送に7日間がかかっているのです。

作業はこのまま順調に行くのでしょうか。心からそう願いたいですが、東電も燃料集合体にがれきがひっかかるリスクがなおあることを明らかにしています。
しかしリスクはもっとたくさんあります。そもそもがれきがたくさん落下したプール内の燃料集合体が破損したり変形していないかです。思った通りに抜けなかったり、キャスクの中に納まらない可能性が考えられます。
また作業時に繰り返される余震が重なった時もハイリスクです。地震の揺れによって燃料集合体がラックにひっかかったり破損してしまう可能性もある。
もっと危険視されているのが、燃料集合体で満杯になったキャスクを吊り上げて、トラクターに降ろす時に地震に見舞われること。東電はクレーンを二重にしてあるので大丈夫だと言っていますが、東電の「大丈夫」はまったく信用がおけません。

元東芝の格納容器設計士、後藤政志さんはキャスクがもっとも高い地点である30数メートルからの落下に耐えうる保障(実験データ)がないことを問題として指摘しています。
これまでの試験では10数メートルの落下に耐えうることしか確認されておらず、作業のあり方として問題だと言うのです。まずは落下に耐えうることを実証してから行うべきだということです。
万が一、キャスクが落下し、破損した場合はどうなるか。22体もの燃料集合体が大気中に飛び出してきてしまい、すぐに高熱を発しだして、現場に近寄れなくなってしまいます。最悪の場合、そのまま4号機への対応が不可能になる可能性があります。
燃料集合体は残りは1313体。22体ずつ入れていくとして、あと60回はこの作業が必要になります。その長い間、地震がまったくないとは考えられません。非常に危険な状態が続くのです。

ではこの1313体の燃料の取り出しが仮にうまくいけば、私たちの直面している危機は去るのでしょうか。そうではありません。続いて1号機から3号機のプールからも燃料を取り出さねばなりません。
4号機は1号機から3号機に比較すると放射線値が低く、被曝をしながらですが作業員がプールにまで近づくことができます。ところが炉心の核燃料がメルトダウンしている1号機から3号機は建屋の中に入ることすらできないのです。
この1号機のプールに392体、2号機プールに615体、3号機プールに566体の燃料集合体が収まったままです。合計では4号機のプールに当初あった1535体を超える1573体がまだ取り出しを待っている状態なのです。
1号機も3号機も大きな爆発を起こしています。とくに3号機は火花と黒煙をあげ、構造物を空高く舞い上がらせる、規模の大きな爆発を起こしました。即発臨界爆発の可能性が考えられていますが、建屋へのダメージは計り知れません。しかも放射線値が高すぎて、補強工事も容易にできない状態です。

問題はまだあります。実は震災前から1号機の中に70体もの破損した燃料体が沈められたままになっていたというのです。取り出しを開始した4号機にも3体、2号機に3体、3号機に4体、合計80体がもともと破損していたといいます。
1号機ではプール内にある使用済み燃料292体の4分の1に相当する量ですが、当然にもこれらの取り出しには相当な困難が予想されます。それをメルトダウンした核燃料の発するものすごい値の放射線に晒されながら行わなければなりません。当然にも遠隔操作になるでしょうが、果たしてそんな技術はあるのでしょうか。
さらにこれらの作業を終えて、プールからすべての燃料を取り出せても、取りあえず移す先はこれまた水をはった共用プールです。ここには震災以前から6375体もの燃料集合体が集められています。大変な数です。ここもけして安全と言える状態ではなく、いずれ水を必要としない封じ込めに移していく必要があります。
そしてこれらプールの問題をすべてクリアしても、なおかつ1号機から3号機の下部には、メルトダウンした核燃料が残っているのです。これの撤去、ないし完全な封じ込めまで、安全の確保はなされないのです。

本当にもの凄く長い時間、私たちは危険と向かい合い続けなくてはなりません。それが厳然たる事実です。技術的に未知な世界もたくさんあります。また、今、把握できていない問題もたくさんありえます。しかしこれらに「失敗を通じて学ぶ」という技術発展の常識の通用しない世界で、パーフェクトに対応していかなければならないのです。
これらをきちんと見据えるならば、どこかで失敗が起こる可能性を想定しない方が非常識であることは誰にも分かることだと思います。だからこそ、繰り返し述べてきているように、燃料抜き取り作業は、広域の避難態勢の確立と、避難訓練の実施と並行でなされなければならないのです。
こうした社会的ムーブメントを作るためにも、ぜひ個人レベルで避難準備を始めてください。また各地の行政に、避難態勢の整備と避難訓練の実施を呼びかけてください。そのことで危機に向き合う緊張感を作り出すことこそが何よりも大切であり、かつ今できる具体的なことです。
またこのような危機を前に東京オリンピックなど論外であることも、繰り返し訴え続ける必要があります。そんな資金は、当然にもすべて福島原発サイトと原発事故被災者への補償ないし支援に振り向けるべきです。

福島4号機プールからの燃料取り出しをめぐる情報も、このように私たちのなすべきことにつなげる形で読み解くべきだと僕は思います。以上を踏まえ、4号機のウォッチを続けます。

連載終わり

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