明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(684)敦賀原発事故で、岐阜県民98万人(県民の約半分)が避難対象に!

2013年05月29日 21時00分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130529 21:00)

敦賀原発で福島第一原発と同規模の事故が発生した場合、年間20ミリシーベルト以上になる区域の人口が、最大75万人にものぼり、「20ミリシーベルト区域外の住民を加えれば、避難対象は「約98万人」に膨れあがる」ことが分かりました。
明らかにしたのは、岐阜の市民グループの「さよなら原発・ぎふ」のみなさん。県への情報開示請求などで入手したデータをもとに、細かく各市町村の避難人口を割り出して明らかにされました。非常に重要な発表だと思います。

これを報じた毎日新聞は「敦賀原発:福島と同規模事故で最大98万人避難対象 岐阜」というタイトルをつけています。記事の中に上述した「20ミリシーベルト区域外の住民を加えれば」とうい一文がどういうことを意味するのか、今ひとつ僕にはよくつかめていないのですが、ともあれ98万人というのは、岐阜県の人口215万人の半分近くにあたります。
記事によると、このように避難人口が最大になる「最悪のケースは、7月に梅雨前線が本州南側に停滞した場合」とされていますが、しかしこれはあくまでも事故が、福島第一原発事故と同程度にとどまった場合のこと。実際に起こる事故が、福島の場合と同程度でとどまる保証など何もありません。
またこの避難基準は、現在の政府が定めている年間20ミリシーベルトというラインに沿ったもの。これに対して国連から、避難ラインを年間1ミリシーベルトにすべきだという日本政府への批判が起こっており、そこからしてもかなり緩い、非人道的な避難基準です。それですら、岐阜県民の半分が避難しなければならないのです。
これは原発事故の深刻さを非常によく物語っているデータです。全国にあるそれぞれの原発から、岐阜県と同程度の距離にある地域で同じことが起きることが想定されます。岐阜県だけでなく多くの地域で、それほどの大規模な避難をしなければならないのです。

ここから私たちが引き出しておくべきことは何でしょうか。第一に、敦賀原発をはじめ、すべての原発の稼働は許してはならないということ、大飯原発もただちに止めなければならないということです。なぜなら原発事故は、当然にも運転しているときほど、起きる可能性が高く、なおかつ放射能量も甚大で、被害規模がより深刻になるからです。
グループ代表の石井伸弘さん(40)「100万人の避難は無理。敦賀半島のすべての原発を廃炉にすべきだ」と述べたそうですが、まったく同感です。そんな大変な避難の可能性を作る原発の運転などどうして認められるでしょうか。
もう一方で重要なのは、原発はたとえ止まっていても、原子炉の中に燃料棒が入っている限り、「シビアアクシデント」にいたる可能性があり、原発の廃炉と核燃料の撤去が完了するまで、事故は起きうるものと考えて災害対策を立て続けなければならないということです。
端的に言えば、無理な100万人の避難・・・を考えなくてはなりません。

ではその場合どうすればいいのか。僕は理想的な全員避難は無理だという現実を見据え、できるだけ災害を減らすこと、減災の精神にたち、できるだけのことをしておくことが大切だと思います。
具他的には何かと言うと、まずは最低限のものとして、ヨウ素剤の配布体制を確立しておくことです。いざとなったら県民の半分が避難しなければならないこと・・・ヨウ素との追いかけっこが生じうることを考えると、事前配布は絶対の条件です!この点、他の地域でも同じことが言えます。
第二には、実際に100万人の避難は無理なのですから、先に逃がすものを決めておくことです。子ども、妊婦、若い女性、障がい者、重い病にかかっている人々などなどです。

反対に言えば、こうした人々を逃がすために、自らは逃げ遅れるのが覚悟で、つまり被曝覚悟で、これらの処置に携わる人々も決めておかざるを得ません。例えば重病の患者さんの場合、無理に避難することの方が危険な場合も生じます。しかしその場合、医療者が残らねばならないことになります。それは誰がやるのか。どのように決めるのか。
これを決めるのは非人道的なことでしょうか。ある意味ではそうだと思います。僕自身、誰かが犠牲になって良いと思っているわけではまったくありません。しかしそのような非情な事態が生じる可能性のあるものが、現に作られてしまっているのです。私たちはそのリアリティに立たざるを得ないのです。
だとするならば、その立場に立つ人々が、逃げることができない状態で、少しでも被曝を軽減できる措置をあらかじめ講じておく必要があります。同時に、被害を受けた際の手厚い補償の体制もあらかじめ決めておく必要があります。

原子力規制委員会が出している、原子力災害対策指針を読むと、この肝心なリアリティが全く欠けています。というか意識的にこの点に触れないようにしているのです。実際に事故が起こったら、福島原発の例から考えても、とてもすべての人が完璧に逃げることなどできない。必ず犠牲者が出てしまう。
そのことを明らかにすると、当然にも人々の脱原発の意識が強まるのが必然と考え、この具体性を除外しているのでしょう。しかしその結果、規制委員会の打ち出した災害対策は、できもしない「安全対策」を美辞麗句のように並べているまったく実効性のないものになってしまっています。

例えば、原発の直近の人々を逃がすときに交通手段はどうするのか。仮にバスを使うとするなら、高線量地帯に誰がバスを運転して人々を迎えにいくのか。これらを決めないと避難体制が作れないのです。同じように、実際の事故を想定していろいろと考えてみると、どうしても危険な場にたたざるを得ない人々が出てくる。
ぜひとも進めたいのは、こうしたリアリティに立った災害対策の推進です。それを住民参加で進める必要があります。とくにこれまでの事故の実例から、警察官、自衛官、消防隊の方たちは、真っ先にもっとも危険な地域へ投入される可能性があります。その場合、放射線量が高い地域への派遣を拒否する権限を確立しておくことがまずは重要です。
けしてその地域への派遣が強制されてはならないのです。このことをはっきりとさせた上で、隊員それぞれへの被曝防護の基礎知識の伝授、線量計や防護服、ヨウ素剤などの必要な物資の部隊への配備がなされなければなりません。任務として危険地帯に派遣された人々が、帰還後にすぐさま検診を受けられる体制の確立も重要です。

繰り返しますが、これは危険を承知の上での原発の運転を認めるものでは断じてありません。原発を止めても、災害の可能性があるがゆえに、こうしたリアリティに立った対策を立てざるを得ないのだということです。

これらの緊張感を持つために、ぜひ原発周辺のそれぞれの地域で、「さよなら原発・ぎふ」のみなさんが行ってくださったような、事故時の避難人口の割り出しなどを進めたいただきたいと思います。非常に重要なポイントだと思います。
なお「さよなら原発・ぎふ」のみなさんは、このデータ発表を踏まえ、「敦賀・美浜原発を廃炉に! ぎふパレード」を呼びかけられています。6月8日(土)午前10時半集合、11時~12時デモ。JR岐阜駅そばの金公園で開催だそうです。
チラシには「75万人が避難?ムリでしょ!いつ止めるの?今でしょ!」と大きく書かれています。まったくそのとおりだと思います。残念ながら僕はいけませんが、お近くの方、ぜひご参加ください!
詳細は以下のURLをご覧下さい!ブログのあとに、毎日新聞の記事も貼り付けておきます!

さよなら原発・ぎふのブログ
http://ameblo.jp/611gifu/entry-11527633074.html

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敦賀原発:福島と同規模事故で最大98万人避難対象 岐阜
毎日新聞 2013年05月27日
http://mainichi.jp/select/news/20130528k0000m040098000c.html

日本原子力発電敦賀原発(福井県敦賀市)で東京電力福島第1原発事故と同規模の事故が発生した場合、岐阜県内で最大約98万人が避難対象になりかねないことが、市民グループ「さよなら原発・ぎふ」の県への情報開示請求などで分かった。グループ代表の石井伸弘さん(40)は27日に記者会見し「100万人の避難は無理。敦賀半島のすべての原発を廃炉にすべきだ」と訴えた。
開示された資料は、県の放射性物質拡散シミュレーションで年間放射線量20ミリシーベルト以上になる区域の人口。最大で県内19市町の「約75万人」に上り、13市町では9割以上の住民が避難対象になることがグループの調査で分かった。この数値のエリアは、福島原発事故では計画的避難区域に指定され全域避難を強いられた。
一方、一部が20ミリシーベルト区域に含まれる岐阜市は「最悪のケース」で全市民約41万人の避難を想定。市民グループによると、20ミリシーベルト区域外の住民を加えれば、避難対象は「約98万人」に膨れあがる。県の人口(約205万人)の半数近い数字だ。
県は昨年9月、敦賀原発で事故が起きた場合の放射性物質の拡散シミュレーションをまとめた。「約75万人」の前提となる最悪のケースは、7月に梅雨前線が本州南側に停滞した場合で、北西の風に乗った放射性物質が滋賀県から岐阜県南西部に広範囲に拡散することを想定している。岐阜県は敦賀原発の南東に位置し、県北西部の揖斐川町が30キロ圏内に含まれる。
石井さんは「被害のリスクをゼロにする方向に国や県はかじを切ってほしい」と訴えた。【加藤沙波】

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なお、原発災害に関する過去記事の一覧も貼り付けておきます。ご参照ください。

明日に向けて(621)過酷事故を前提とした「原発災害対策指針(原子力規制委員会)」を批判する!(1)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/1d2110ce6b55ad6624460c1ff2055b4b

明日に向けて(622)あまりに狭すぎる災害対策重点地域・・・「原子力災害対策指針(原子力規制委員会)」を批判する!(2)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/4b5eb7a7feec6a59b17c541328445b02

明日に向けて(623)福島4号機の危機を見据えた現実的な災害対策指針の策定を!
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/47cbaedf2025cabf86e21402dbc83d48

明日に向けて(624)自治体自らの判断に立った原子力災害対策を!(京都市への意見提出から)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/0659e75d054e67ebce6d97ff86bfd334

明日に向けて(628)自治体の原発防災計画を丸投げさせてはならない!ぜひ積極的な市民参画を!
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/1d2b91727d49788db9197a7e8e3772d2

明日に向けて(629)原子力災害をリアルに想定した備えを!備えることが危機の可能性をも減らす!
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/abc19bcca35e8327c84cde569b4839a8

明日に向けて(648)逃げる手段ない・・・避難計画の現実
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/b8ac9ef1880eacc89abf24bb49002600

 

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明日に向けて(683)橋下氏の弁護士としての懲戒請求にご協力を!

2013年05月26日 12時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130526 12:30)

日本バプテスト四日市教会にいます。午前中の礼拝に参加し、午後の講演の準備をしているところですが、緊急にこの記事を書いています。

この間、僕は繰り返し橋下氏の性暴力発言に対する批判を行ってきました。同様の批判は国内外の実にたくさんの方から寄せられていますが、橋下氏は言い逃れのために論旨をずらしているものの、未だ、最初に言い放った「慰安婦が必要だったことは誰にもわかること」「米軍は風俗産業を活用すべき」などの暴言を撤回していません。このまま彼を公職にとどまらせてしまえば、私たちの国の人権は地に落ちてしまいます。

これに対して、来日中の韓国の被害女性・・・おばあさんたちは、繰り返し集会で橋下氏の暴言を批判してくださいました。にもかかわらず橋下氏が発言を撤回しないので、おばあさんたちは予定されていた会見を拒否されました。
正直なところ、僕はとても良かったなと思いました。橋下氏のもともとの暴言とともに、彼が言い逃れの中で強調している「強制はなかった」「性奴隷ではない」などの言葉こそが、おばあさんたちをより傷つけ続けているからです。
橋下氏の前におばあさんたちが立つと、再び三度、傷つけられてしまう・・・それが眼にみえるように思えて、胸が苦しい思いがしていました。

こうしたことはおばあさんたちも感じられたと思います。それでおばあさんたちはもはや会う価値がないと判断し、会見を拒否されました。このことそのものがおばあさんたちの毅然とした抗議の表れです。

さて、この場でも求めた橋下氏への抗議文は直接的に今回のおばあさんたちの行動を支援してくださっているみなさんによって、きちんと橋下氏に届けられました。ご協力をくださったみなさま、ありがとうございました。

今回、こうした抗議に続いて、弁護士としての橋下氏への懲戒を求める署名への協力がまわってきました。これも緊急のもので、署名、捺印した上で、明日(27日)には投函しなければいけませんが、ぜひぜひ、みなさんにご協力をお願いしたいと思います。

みなさま。どうかよろしくお願いします!
以下、まわってきた懲戒請求の呼びかけを貼り付けます!

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5月29日(水)午後必着 橋下徹 弁護士懲戒請求

懲戒請求の署名は、全国から提出できます。橋下氏の弁護士としての懲戒に賛同される方は、住所、氏名、そして、印鑑を忘れずに押して、月曜日までに投函し、水曜日の午後必着になるように下記住所に郵送してください。

 署名用紙 以下に必要事項を記入・押印して郵送して下さい。
https://docs.google.com/file/d/0B8RBIf5I1IceSS1SR2hkWS1wRWc/edit

 宛先
 〒530-0047
 大阪市北区西天満6-7-4 大阪弁護士ビル6F603
 弁護士法人 大手前ノーベル法律事務所大阪事務所

 封筒に「懲戒請求署名在中」と明記

 懲戒請求書(抜粋)
 「対象会員(橋下氏)の従軍慰安婦発言は、今なお国内外から批判、非難が続いている。それほど、深刻な女性蔑視、人権侵害の発言だったという証左でもある。しかも、対象会員(橋下氏)は発言を撤回しようとはせず、責任転換や論理のすり替えに奔走している。・・・

 対象会員(橋下氏)は、自分を批判する内容のマスコミや有識者の報道、発言には、自らのツイッターなどを駆使して口汚くののしることを常套手段にしている、その一方で、自分の犯したミスや道義的責任は一切ほうかむりし、部下職員や第三者に責任転換することがきわめて多い。・・・
対象会員(橋下氏)の発言は、大阪市長としての品位を著しく害する非行であり、ひるがえって弁護士としての品位を著しく害する非行が加重されるべきである。」

 懲戒請求書
https://docs.google.com/file/d/0B8RBIf5I1IceX192T2RuVmlRZjg/edit
 
twitter 拡散用文章↓
橋下徹懲戒請求呼び掛け5/29(水)午後必着【緊急】全国から提出可能/署名用紙に住所・氏名記入&捺印して郵送(宛先など詳細は用紙参照)→https://docs.google.com/file/d/0B8RBIf5I1IceSS1SR2hkWS1wRWc/edit @t_ishin #橋下イラネ #橋下リコール #維新 #維新の会

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明日に向けて(682)【再掲】原発は核開発の副産物(上)

2013年05月24日 09時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20135024 09:30)

前回もご案内しましたが、明日25日、25日と三重県四日市市のバプティスト教会の場をお借りして、連続講演を行います。この際、とくに二日目のお話で原発に関する基礎的なことを話して欲しいとご依頼を受けたのですが、僕はそこでそもそも原発が核開発の副産物としてできたことをお話しようと思います。
そのために過去に掲載した自分の記事などを調べていたのですが、2011年の初夏に何度か出させていただいた「清水ただしの派遣村テレビ」での説明が一番、わかりやすいかと思いましたので、再掲することにしました。
文字おこしもしています。番組と合わせてご覧下さい。(ただし文字おこしが上だけでとまっていたので、後に下の部分も掲載します)

なお、今回、派遣村テレビが放映を終了されたことを知りました。ちょっとさみしい気がしましたが、清水ただしさんがご活躍で忙しいためでしょう。今後の清水さんの活動のますますの発展を祈ってやみません。

*****

原発は核開発の副産物
 http://www.youtube.com/watch?v=GNEhFjWWOp8&feature=related

福島原発での被曝の現実
 
 ともこ 福島で子どもさんが鼻血をだされているそうですね。
 守田  大変、深刻ですね。内部被曝が進んでいるのだと思います。
 ただし 20ミリシーベルトと言ったり、1ミリと言ったり、文部科学省の態度もあいまいですよね。
 守田  子どもさんだけではなくて、大人の方もけっこう鼻血を出されていまして、私が聞いたのでは、東京から避難されてきた女性も鼻血を出されていました。
 ただし 東京から・・・
 守田  ええ、だから福島だけではないと思います。
 ただし もうちょっと政府が正確な情報を出して欲しいですよね。
 守田  まったく出さないですね。
 ともこ 鼻血っていうと、普通に出たりすることがありますけれど、放射能が原因で出ているってどういうふうな感じなんでしょうか。
 守田  内部被曝の初期症状としてあると言われています。他に下痢などがあります。
 ただし そういう症状が出たらすぐに病院に行くのが大事ですよね。
 守田  ええ、大事なのですけれども、現在の医療ではなかなか(内部被曝としては)診てもらえないのですよね。今日はそのことにも後で触れたいと思います。
 ともこ その前に今日はさっき、村長がタイトルを言いました。「原発は核開発の副産物である」。これ漢字が並んでいるんですが、ここをお願いします。
 

核エネルギーの仕組みとプルトニウム
 
 守田  それでは今日は、原発と核開発についてお話したいのですが、まずはおみせしたいのは、原子力開発、あるいは核エネルギーの仕組みです。ごく簡単にいいますと、まずウランという核分裂性の物資があります。 これは天然にある物質で、そのウランが中性子を取り込むと、プルトニウムになります。これは人工的にできる物質です。ここに(ウランかプルトニウム)に中性子が当たると、分裂するのですね。分裂をしたときにエネルギーが出る。これが原子力発電にも使われるし、核爆弾にも使われます。
 ただし 凄いエネルギーを多分、出すのですね。
 守田  そうです。大変なエネルギーが出ます。エネルギーが出ると同時に、またこの分裂のときに、中性子が飛び出すのですね。飛び出した中性子が次のウランやプルトニウムに当たって、いわゆる核分裂連鎖反応が起きる。一言で言えば、これが一瞬のうちに爆発的に起こるのが原爆。これを制御して、ゆっくり起すのが原子力発電です。
 ただし なるほど。つまり原子炉と核爆弾というのは、同じようなものだと言うことですね。
 守田  ある意味では連関しているものですね。それで分裂するとどうなるか。次の図をお見せしますが、ここにウラン235と書いてあります。235というのは質量、重さですね。それが分裂すると、だいたいこの質量を二つに割ったぐらい。ここには±95と±138と書いてありますけれど、その物質に分かれます。よくヨウ素131とか聞きますよね。ストロンチウム90とか。だいたいウラン235が割れるとその辺の値の物質になるのです。これが放射性物質、死の灰とも呼ばれるものです。それが飛び出してくる仕組みなのです。
 ただし それが一番人体や環境に影響を与えるものなのですね。
 守田  そうです。次のグラフを見て欲しいのですが、これは天然ウランの中に、核分裂するウランがどれぐらい入っているかを示したものです。核分裂するウランはウラン235と言いまして、天然ウランの中の0.7%しかないのです。
 ただし ほんのちょっとだけですよね。へえ。
 守田  あとの99.3%はウラン238といいまして、これは核分裂しないのです。
 ただし そうしたら無駄なものというか、必要のないものなのですね。逆に使っているのはほんの少し何ですね。
 守田  ところがこれは必要のないものでもないんですが、それはどういうことかといいますと、ウランだけで考えるならば、0.7%ではなかなか核分裂が進まないので、原爆を考えるなら、これを100%近くにもっていかないといけないのですね。これを濃縮といいます。原子力発電の場合は、そこまで高濃度に濃縮しなくていいので、だいたい3%から5%に濃縮して使っています。ただし これはなかなか技術的に難しいんですよね。ウランの濃縮に成功したとかよくいいますもんね。
 守田  そうなのです。難しいし実はこれにもの凄くエネルギーがかかるのですね。それで、もっとうまい方法はないかとなって、実は人類が発見したのが、このウラン238を原子炉の中に入れておくと、ここにも中性子が当たるわけですね。ウラン235の方は、中性子が当たると核分裂しますが、ウラン238はいわば中性子を食べてしまい、違う物質に変わるのです。それがプルトニウムなのです。
 ともこ それがあの噂のプルトニウムに。
 守田  順番としてはウラン238に中性子があたって、ウラン239になって、ネプツニウム239になって、だんだんに変わっていくのですが、最終的にプルトニウム239が生まれます。つまりこれは人類が人工的に作った核分裂性物質なのです。これが人類の大発見と言われました。ところがこれが発見されたのが、ちょうど戦争の最中だったのですね。1940年代のことでした。
 ただし 第二次世界大戦の最中ですね。
 

原子爆弾と原子力発電
 
 守田  そうなんです。その過程の中で、ウランを濃縮するのには大変時間もエネルギーもかかる。だとしたらウラン238に中性子をあてれば、プルトニウムは幾らでもできてくる。だったらこのプルトニウムを使って原子爆弾を作ろうということになったのです。
 ただし プルトニウムもそういうエネルギーがあるのですね。
 守田  いやウランよりももっと核分裂しやすい。エネルギーもたくさん出します。それで次に見せる絵は、私は見せるのが嫌なものなのですが・・・。
 ただし あ、これは原爆じゃありませんか。
 守田  はい。原爆は私達の国は、みなさん御存じなように、広島と長崎に落とされたわけですが、実はアメリカには広島と長崎に二つ落とす理由があったのです。
 ともこ なんで、なんで?
 守田  それはですね。ウランで作った原爆と、プルトニウムで作った原爆を試したかったのです。
 ともこ 実験ですか・・・。
 守田  ええ。
 ただし 違うタイプの爆弾を落としたかったんや。
 ともこ どっちがウランでどっちがプルトニウムですか。
 守田  広島がウランで、長崎がプルトニウムです。これは先程も言った、ウランを濃縮して原爆を作るのが早いのか。プルトニウムを作って原爆を作るのが早いのか。当時、アメリカも戦争中ですから、実験をして確かめている余裕がなかったのですね。それでいっぺんに両方、計画を走らせたのです。
 ともこ それで6日と9日に・・・。
 守田  ええ。6日と9日の分ができてしまって、正確にはプルトニウム型原爆はもう一つ作って、それは7月に実験しているんです。
 ともこ どこでですか?
 守田  アメリカでです。それで簡単に構造を説明しますと、こんな話はしたくないのですが・・・
 ただし 一応、参考までに。
 守田  ウランもプルトニウムもそうなのですが、核分裂性物質というのは、ある量をいっぺんにぐちゃっともってくると、核分裂をわっと起すのですね。だから分けていたものをいっぺんにばんとぶつけるのが核爆弾の仕組みで、ウランの場合は、両側にウランをおいておいて、その外側に爆薬をおいておいて、その爆薬が破裂すると、ウランがひっつく。それで爆発させる仕組みなのです。
 ただし なるほど。一度、爆弾の中で爆発させて、その勢いやエネルギーでウランを爆発させるということですね。なるほど、なるほど。
 守田  ところがプルトニウムの方は、さきほどもいいましたように、ウランよりも核分裂しやすいので、ウランは大きく二つに分けましたけれども、プルトニウムは二つに分けただけで爆発してしまうのです。
 ともこ へえー。
 守田  なのでもう少し小分けにして、ボールの真中に小分けしてその周りに火薬を配置して、この火薬が爆発して、一気にがっと爆縮するのです。
 ただし でもたった一発の爆弾で、何万人という人の命や建物が奪われるわけじゃないですか。凄いエネルギーですよね。
 守田  もの凄いエネルギーであると同時に、本当に残酷です。それから何カ月もかけて、どんどん、手の施しようもなく、人が亡くなっていきました。核心問題は、このプルトニウムを作るためにどうしたらいいのかです。さっき、原子力発電と核爆弾の違いということを言いましたけれども、実は、ゆっくり核分裂反応をさせて、プルトニウムを作るというのが、もともとの原子炉の目的なのです。
     つまりプルトニウムを作るときに爆発したら大変ですよね。
 ともこ はい、はい、はい。
 守田  だからプルトニウムを作る過程では、ゆっくり核分裂をしないと、プルトニウムを取り出すこともできないわけです。それで作られたのがもともとの原子炉なのですよ。この場合の原子炉はプルトニウム生産炉と呼びます。ところがプルトニウムを作るときに、核分裂していますから、核分裂でエネルギーがたくさん出て、熱がたくさん出るわけですね。この熱をどうしようか。それで水とか、冷却材を回すわけですね。それでそれが熱をもって出て来る。これ何かに使えないか。タービンを回してしまおう。ということで出てきたのが原子力発電なのです。
 ただし ということは、もともとは爆弾というか、兵器を作る過程でそのエネルギーを何かに利用しようということでタービンを回したのですね。
 守田  そうです。
 ともこ だから副産物なんだ。
 守田  特に戦争が終わって、それが何か他のものに利用しないと、作ったものが無駄にもなってしまう。それで一つの説としてあるのが、原子力潜水艦に使おうではないかということで、エネルギーに使うということが出てきたという話です。
 ただし その当時から安全性は二の次、三の次という感じですよね。
 守田  そうですねえ、その場合、二の次、三の次と言っても、作っている側にとっても、爆発したら困るのですね。ですから制御はできなくてはいけない。ただ軍事用ですから、多少、放射能が出てもそんなことは関係ないと思うような人殺し兵器ですから。そのような形で作られたということを頭に入れておく必要があると思います。

下に続く

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明日に向けて(681)原発輸出=エコノミックアニマルから「野獣」へ・・・四日市講演に向けて

2013年05月23日 23時30分00秒 | 講演予定一覧

守田です。(20130523 23 :30)

今週末、5月25日と26日、連続で四日市市でお話します。ともに日本バプテスト四日市教会です。主催は日本バプテスト四日市教会会員有志&フレンズ、協力、日本バプテスト四日市教会です。
僕はこれまでカトリック教会の方たちには何度もお呼びいただきました。プロテスタントの方では、友人の宣教師さんが、大学の授業に何度か招いてくださいましたが、プロテスタント教会では今回、はじめてお話することになります。
僕自身は、キリスト教の信仰を持っていないのですが、一時期、同志社大学の研究室に在籍し、同志社大学の成り立ちについて深く研究したことから、プロテスタント教会に深い思い入れがあります・・・。

さて今回はその教会の場をお借りして、二度もお話させていただくわけですが、主催者のみなさんの意向も踏まえた上で、大まかに内容を二つにわけてお話しようと思っています。
まず25日に関しては、福島や東北、関東の被曝状況、福島原発自身の今、そして原爆を軸にした放射線学の形成と、内部被曝のメカニズムについてお話し、被曝を踏まえて今後、いかに生活していけば良いのかについてお伝えします。
これに対して26日には、もう少し基礎的に原発とは何かという点をお話しようと思います。一つは原発の構造の基礎、事故がどのように起こったのかについて。二つに再稼働の問題点、電気が足りないという嘘のからくり、廃棄物処理の天文学的なコストを隠していること。三つ目に原発と核兵器の関係についてです。

この三つ目について準備しているときに、毎日新聞の非常にいい記事を見つけました。以下のものです。ちなみに今回の記事のタイトルもこれをもじらせていただきました。

特集ワイド:相手国の民主化ブレーキも 恥ずかしいぞ原発輸出 エコノミックアニマルから「野獣」へ
毎日新聞 2013年05月22日 東京夕刊
http://mainichi.jp/feature/news/20130522dde012010007000c.html

安倍政権による原発輸出を批判したもので、その姿はもはやエコノミックアニマルを越えて野獣ではないかと書いたもの。全体として非常に説得力があります。ぜひお読みください。
記事はあんな原発事故を起こし、収束もできていないのに、原発を売り込む姿勢を「恥ずかしい」と書いていますが、とくにインドへの輸出の動きを批判したくだりに次のような重要な一節が出てきます。

***

日本は民主党の菅直人政権の10年6月、原子力協定の締結に向けた交渉を開始した。だが、「インドが再び核実験を行った際には協力を停止する」という日本側の示した条件にインド側が反発し交渉は中断。その姿勢からは「核」の軍事利用へのこだわりが垣間見える。

***

非常に重要なポイントです!各国、とくに第三世界の国々が原発導入に必死になるのはなぜか。答えは単純で、原発を持つことが核兵器開発の重要な一歩だからです。なぜでしょうか。これも答えは簡単で、もともと原子炉は発電のためではなく、核兵器の材料であるプルトニウムを作るために開発されたものだからです。
もう少し詳しく言うと、プルトニウムは自然界にはほとんどないもので、核分裂性のないウラン238に中性子を当てるとある確率のものに生まれてくるものです。これがプルトニウム239ですが、もともと原子炉はこのために作られたのです。
そのとき膨大な熱が発生するため冷やさなくてはならないこと。また中性子によって効率よくウラン235が核分裂し、さらに中性子が飛び出しすして次のウランが分裂するという反応が持続し、結果としてたくさんのプルトニウム239が作られるために、中性子の速度を適度に落とすものが必要とされること。
これらを満たすものとして炉内に水がはられたのですが、そうすると高熱の水蒸気が発生してくる。それを何かに使えないかということで、タービンを回し、発電につなげることで、二次的に生まれてきたのが原子力発電なのです。だから原発を持つことは、プルトニウム製造機を持つに等しいのです。

ではインドはどのゆうな国なのかというと、すでに核開発を行ってきており隣国のパキスタンとこの領域で激しく競争しています。これに対して、アメリカなど核保有国が圧力をかけてきたために、開発の速度が遅れ、原発も老朽化しているのが実情。だからこそあらたな原発が欲しいのです。
したがってこの国に原発を輸出することは核開発競争に加担することにしかなりません。まさに死の商人、野獣としての活動だと言えると思います。もっとこの点に関する安倍政権批判を強めなくてはいけない。
四日市の講演(とくに二日目)では、この点についてもきちんと触れようと思います。

両日ともに参加費無料です。どうかお近くの方、ぜひ日本バプティスト四日市教会まで足をお運びください!
詳しい案内と、その後の6月5日伊丹市、6月15日京都市伏見区での企画案内を貼り付けておきます!

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5月25、26日 三重県四日市市
 
原子力災害・内部被曝学習会
 
5月25日(土)14:30~17:30
 
つなごう、いのち~私たちは学びたい
原子力災害の真実
 
内部被曝、東京電力福島第1原発事故の現状、これからをどう生きるか、防災-渾身の取材に基づくおはなしをしていただきます。講演、参加者交流、自由懇談etc.
 

5月26日(日)13:30~15:30
 
わたしたちはどう向き合うのか~原子力発電の本質
 
そもそも原子力発電ってどうなの? 何が問題? 基本的なことから学んでみましょう。
キリスト教信仰の立場からの応答(当教会牧師、加藤英治より)もあります。
 

会場 日本バプテスト四日市教会
〒510-0815 三重県四日市市野田1-1-27
電話 059-334-7755
http://www2.cty-net.ne.jp/~blessing/
近鉄名古屋線川原町駅徒歩15分、三交バス「末永橋」下車。
 
どちらの集会にもどなたでもおいでになれます!
託児あり(申込5月19日まで)
臨時駐車場あり(徒歩5分)
 
「神が造ったすべての物を見られたところ、それははなはだ良かった。」(創1:31)・・・
 
参加費無料 カンパ歓迎!
 
主催 日本バプテスト四日市教会会員有志&フレンズ
協力 日本バプテスト四日市教会
 
連絡先 加藤美代子(電話・FAX 059-329-7987)後藤 健(携帯 090-9229-8342)
 
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6月5日 兵庫県伊丹市
 
2013年度 伊丹市公民館事業推進委員会企画 市民講座
 
未来へつなぐ地球環境
~しあわせのヒントを探しに~
 
昨年より、中国の大気汚染のニュースがクローズアップされ、今や私たちの大きな関心事になっています。私たちが住む地球環境は、地球温暖化やオゾン層の破壊等、深刻な環境問題に直面しています。
いまの「地球環境」の現状を、様々な視点から正しく認識し、未来へつなぐ「これからの暮らし」のあり方について一緒に考えてみませんか。
 
1 内部被ばくについて知ってほしいこと
~子どもの未来を守るために~
 
6月5日(水)10:00~12:00
講師:フリージャーナリスト守田敏也さん
 
・・・その他、様々な講師による3回の連続講演あり。(詳細は伊丹市公民館へ)
 
定 員:30人(先着順)参加料:1,400円(全回分) 600円(1回)
申込み:直接来館・お電話・FAX・HPで受付中。
 
http://www.city.itami.lg.jp/var/rev0/0019/2335/2013430144657.pdf
https://e-hyogo.elg-front.jp/uketsuke/dform.do?id=1366869688552
 
一時保育:一歳半以上就学前までの幼児対象。1人 1日350円。  
      講座開始10日前までにお申し込みください。
 
【主催・申込み・お問合せ・会場】            
伊丹市立中央公民館(伊丹市千僧1-1-1)月曜日休館   
TEL 072-784-8000 FAX 072-784-8001

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6月15日 京都市伏見区

<聞け『ふくしま』の声〜今、そして未来(あした)のために>
日時  :6月15日 土曜日 
     13時開場 13時30分〜16時(予定)
場所  :龍谷大学深草キャンパス 22号館101教室
     (京都市伏見区深草塚本町67)
講演内容:守田敏也さんの基調講演
     福島に携わる方、避難されてる方のお話
     パネリストによるディスカッション

お話&パネリスト
◆青田恵子(あおたけいこ)さん
原発事故により、南相馬市から、宮城県柴田町を経て、滋賀県大津市に避難。事故に対する痛み・哀しみを詩に託して発信中。
◆荒木田岳(あらきだたける)さん
2000年から福島大学行政政策学類准教授
地方制度史、地方行政専攻。原発事故後、学生たちの被曝軽減のために奔走。福島の複雑な今を、独自の視点から発信してきた。
◆加藤裕子(かとうゆうこ)さん
福島市から大阪府高槻市を経て、京都市伏見区に避難。「命を守りたい!原発いらない!」とTシャツプロジェクトを立上げ発信を続けてきた。現在、「子ども・被災者生活支援法を考える会/京都」共同代表。
◆橘満(たちばなみつる)さん
南相馬市在住
40年ほど甲冑の製作修理に従事。原発事故で滋賀県長浜市に一年半避難し、昨年10月に福島に戻る。

入場  :無料
主催  :「聞け『ふくしま』の声〜今、そして未来(あした)のために」実行委員会
連絡先 :ふしみ「原発0」パレードの会事務局(京都南法律事務所内 0756042133 ミゾエ)

詳細は以下より
http://nonukesfushimi.blog.fc2.com/blog-entry-141.html
http://nonukesfushimi.blog.fc2.com/blog-entry-144.html

コメント

明日に向けて(680)橋下氏に謝罪と辞任を求める抗議文に賛同を!!

2013年05月21日 15時02分13秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130521 15:00)

橋下維新の会共同代表の性暴力発言に関する続報です。ご存知のように、橋下氏は今もなお居直り発言を繰り返しています。いつも都合が悪くなると、自分の言葉を言い換え、主張をずらして言い逃れを図るのがこの方の常套手段ですが、今、執拗に繰り返しているのが、「慰安婦制度は日本だけがやったことではない」という主張です。
警戒すべきこととして、もともと安倍政権による「慰安所」への「強制性の否定」を強く支持してきた読売新聞、産経新聞が、同調を開始しています。こういう言い換えは率直に言ってとても「卑怯」で「卑劣」です。男性全体をどんどんみすぼらしく見せているようでうんざりします。性暴力の加害者によくある開き直りで、それを会社をあげて読売新聞と産経新聞が支援しはじめています。

これに対し、ちょうど来日中の、韓国の被害女性のおばあさん(ハルモニ)たちが、各地で証言を行いつつ、真っ向から橋下氏を批判し、5月24日に直接会って、抗議を行おうとしています。来られているのは金福童(キム・ポクトン)ハルモニ(88歳)と吉元玉(キル・ウォノク)ハルモニ(84歳)です。
彼女たちの行動を東京新聞と毎日新聞が報じていますので、ぜひご覧ください。

「自分の娘を送れるか」 元慰安婦 橋下氏に面会へ
東京新聞 2013年5月19日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013051902000107.html

橋下・日本維新の会共同代表:慰安婦発言 元慰安婦女性、橋下氏を批判 24日に面会予定
毎日新聞 2013年05月19日
http://mainichi.jp/select/news/20130519ddm041010063000c.html

吉元玉(キル・ウォノク)ハルモニとは、僕も韓国でお会いして、一緒にご飯を食べたことがあります。とても優しく素敵なハルモニですが、このハルモニたちの24日の抗議行動に向けて、日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークより、抗議文への賛同の要請が出されています。24日にハルモニたちの橋下氏への抗議のときに、一緒に提出するのだそうです。
ぜひたくさんの賛同人の名を連ねたいと思います。ぜひ以下から賛同をお願いします。友人、知人にもこのことを積極的にお知らせください。賛同署名は23日までにしてくださいとのことです。よろしくお願いします!(賛同要請と抗議文全文を末尾に集会案内とともに貼り付けておきます。)
http://chn.ge/18OEMtq

橋下氏は「慰安婦制度」が、世界のどこの国でも行ったことだとうそぶいています。そもそも自分が責められていることに対し、「誰それもやった」と答えるのは開き直りでしかありません。何ら己を正当化したことになどならない。にもかかわらず己の罪を認めない人に限って、このような居直りを行います。それだけでも橋下氏に真剣な反省の心などないことは明らかです。
どういい逃れようと、橋下氏は、性のはけ口に女性を利用することを全面的に肯定したことは明らかです。さすがに世界中から抗議を浴びて、そんな暴言が通用しないことを知ったので、「肯定していない」と言い換え、逃げをうっているだけですが、このように、性暴力を「誰もがやっていること」とうそぶいて反省しない姿こそが、性暴力の温床なのです。だからこうした発言は必ず社会的に罰せられなければなりません。

その上で、旧日本軍が行った性奴隷制度は「売買春一般」とは構造が違っていたことを強調したいと思います。非常に非人道的な強制性と暴力性に支えられていたからです。これまでも主張してきたように、それは旧日本軍の兵士に対する構造的虐待とセットのものでした。兵士がさんざんいたぶられていたが故に、日本軍兵士たちの暴力性は他国に例のない残虐なものになっていたのです。
彼らは、野に放たれると大変な暴力性をあらわにし、殺人、略奪、強姦を繰り返しました。そのことで日本軍に対する当地の民衆の怒りは高まるばかりでした。これを防止すること、同時に強姦によって兵士が性病にかかることを防ぐために、処女を集めて作ったのが日本軍の慰安所だったのです。そのために騙したり、さらったりして年若い女の子たちが集められたのでした。そこが売買春一般との大きな違いです。
また軍が上陸して戦闘を行っていたフィリピンなどでは、軍が直接に村を襲い、人々を殺害し、少女たちをさらって性奴隷にしたこともありました。

これらにはたくさんの証拠があります。犠牲女性たちの証言、兵士たちの証言、およびこれらを綿密に検証してきた研究者たちの論文などなどです。日本軍は終戦時に、膨大な書類を焼却処分して、さまざまな戦争犯罪を隠蔽しましたが、中には残ったものもあり、これらも研究者によって明かにされてきています。
もっと明快なものとしては、こうしたものの積み重ねが、被害者が日本政府を訴えた裁判に反映したことがあげられます。おばあさんたちが日本の裁判所に提訴した裁判の多くで、被害者の証言の信ぴょう性が認められ、強制性もまた完全に認定されています。いずれも日本の裁判所が出した判決です。
残念ながら、多くの裁判所が被害者の証言を全面的に認めながら、現在の政府に対する賠償請求権がないとの理由で、おばあさんたちの訴えを却下をしてしまいました。事実は完全に認定しながら、賠償を認めなかったのです。

これについては、次のサイトなどをご覧下さい。繰り返しますが日本の裁判所の司法判断として、繰り返し強制性、被害者の証言が事実に合致することがきちんと認定されてきたのです。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20120314/p1

これらをご覧になっただけでも、日本が他国にない強制性、暴力性を伴なった性奴隷制度を作り出していたことが分かります。そもそも自らの国の戦争犯罪に対しては、他国がどうであれ謝罪し被害者への補償を行うべきですが、それに加えて当時の日本の行ったことはあまりに特異で非人道的なのです。にもかかわらず、日本政府からの公的補償はまだ一度たりとてされていません。こんなにひどいことをしながら誤りもしない国であることが、私たちをも辱めています。
こうした歴史的事実を捉え返すことは、何ら「自虐」ではありません。自らの過ちを認め、真剣に克服する姿こそ、人間として尊いものであり、人はそういう姿にこそ共感するのです。

さらに僕は私たちの国は、こうしたこと真摯に進めながら、同時にアメリカに、広島・長崎への原爆投下、80以上の都市空襲、沖縄地上戦による島民の3分の1の殺害などの戦争犯罪の謝罪を求めなければいけないと強く思っています。
日本政府も、「右翼」も、橋下氏のような人たちも、このアメリカが行った、まごうことなき一番の戦争犯罪にはピタリと口を閉ざして批判もしません。自ら被った戦争犯罪を一言も批判できない姿こそ、僕は自虐的だと思います。
どうしてそうなってしまうのか。実は旧日本軍の兵士たちと同じことが言えるのです。彼らは軍隊の中で本当にひどい虐待を受け、めちゃめちゃな作戦指揮の下に死地に放り込まれました。本当に運の強い人々だけが帰って来れましたが、しかし彼らはこの虐待に対する告発をほとんどまったく行えませんでした。

なぜだったのでしょうか。兵士たちの多くが、自らが虐待される鬱憤を、殺人や略奪、強姦ではらしてしまったからです。あるいは軍によってシステマチックに「慰安所」に送り込まれて、解消させられてしまったからです。そのために自らの尊厳への侵害を告発できなかったのでした。
これは過去のことではありません。現在進行形のことです。今なお、大変な虐待を受けながら、それを一度も告発できずに生きているおじいさんたちはたくさんいるでしょう。わずかな軍人恩給を施されているだけで、自らを虐待した人間を裁くことができずに来たのです。
さらにそれが国家的構造になってしまっています。アジアへの侵略を行ったことを国家としてきちんと捉え返すことができず、「戦争だから仕方がない」とうやむやにしてきたが故に、アメリカによる原爆投下に対する国として批判、戦争犯罪の告発ができずに来たのです。

そうしたことを象徴しているのが、維新の会の現状だとも言えます。というのは、世界の世論に驚いてしまった橋下氏は、にわかに「日本の侵略は反省しなければならない」と言い出しました。ところがこれにもうひとりの共同代表の石原慎太郎氏が反発、あれは侵略戦争ではなかったと言い出しました。
それで二人の共同代表はどうしたのか。この問題を不問に付して、党としての見解は出さないことで妥協したのです。しかし橋下氏は「侵略の反省が必要だ」と言っているのではないのでしょうか。それならばなぜ石原氏に反省を求めないのでしょうか。党の他方の代表が「侵略だ」と言っていて、どうして反省が成り立つと言うのでしょうか。どうしてそんなに大事なことでこの人はこうしてポンポン妥協できるのでしょうか。はっきりしています。いつも本気になっていないからです。

しかしこうした人々が「国のため」だとか「国軍創設」だとか語っているから、国を守るためにはとかいいながら、日本国民・住民の命、財産が激しく侵害された原爆投下等々の戦争犯罪に、本当に何の抵抗もできないのです。
常々、思うことですが、こうした人々は、「どのツラ下げて」靖国に参拝してきたのでしょうか。あそこに強制的に祀られている方たちは「鬼畜米英撃滅」のためにと戦争に動員されたのです。若い兵士たちの中には、本当にアジアを米英から解放しようと銃を握ったものもたくさんいたことでしょう。
その「英霊」の前に、米英の戦争犯罪を一度も告発しないばかりか、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争と、常に「英米」の戦争犯罪に全面的に協力してきたのがこの国のリーダーたちでした。そうした人々に限って「英霊が」云々と叫び、靖国参拝を行ってきたのです。旧日本軍兵士たちは、魂になってまで、こうした人々に利用されてきたのです。あんまりな仕打ちです。

橋下氏は、ベトナム戦争のときに韓国軍が売買春を行っていた云々と叫んでいますが、それならどうしてその前に、アメリカの北爆など、ベトナム戦争そのものの侵略性、非人道性、暴力性を告発しないのでしょうか。そしてそのために日本政府が全面協力したことを捉え返さないのでしょうか。
そのことをまったく問うことなく、韓国軍のことだけを罵倒するあり方こそ、まったく不誠実であり、卑怯であり、暴力的なのです。本当はそこで犠牲になった女性たちのことなど何も考えてない。ただ自分の正当化と言い逃れのために、さまざまなことを利用しているにすぎないことが本当にあけすけに見えてしまっています。

以上、言っても言っても言い足りないですが、まったくもって暴力的かつ自虐的な態度をとり続け、日本人の国際的信用も、男性の品位も、本当にひどく貶めているのが、日本維新の会共同代表の橋下氏です。こんなことが許され続けて言い訳はありません。
みなさん、ぜひ謝罪と辞任を要求する署名にご協力ください。また可能な限りこれを広めてください。私たちの尊厳のために、未来世代に少しでもいい日本を渡すために、努力を重ねましょう!

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日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワークより、抗議文への賛同の要請

5月23日まで(!)に、橋下市長に対する抗議文にたくさんの人の賛同者を得て、橋下市長に面会する「慰安婦」被害者とともに、橋下市長に届けたいと思います。被害者が決して一人ではなく、日本に住むたくさんの人間が被害者を応援し、同じ気持ちにあるのだということを示してください!

5月13日、橋下市長は日本軍「慰安婦」被害者の尊厳を傷つける、ひどい発言を行いました。

「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、「慰安婦」制度は必要なのは誰だってわかる」――「慰安婦」被害者は、戦争遂行のためには必要だったと主張したのです。 
その後、日本中。世界中から批判を浴び、あれこれ言い訳や開き直りを繰り返していますが、しかし内容に関することは一貫して変えず主張し続けています。

昨年9月、金福童ハルモニは、「強制連行の証拠はない」と繰り返す橋下市長に抗議の面会を求めて市役所を訪れましたが、その時橋下市長は公務を休んで会おうとはしませんでした。今回は金福童ハルモニと吉元玉ハルモニが来阪することが決まり、被害者たっての希望もあって、私たちが市長への面会を申し入れていたさなかの、橋下市長のこの発言でした。
内外の批判を浴び、逃げることができないと判断したのか、橋下市長は「慰安婦」被害者と会うと記者会見で明言、面会期日は5月24日に決まりました。
しかし橋下市長はここに至ってもなお「強制連行の証拠はない」と主張し、被害者を「被害者」と認めず、ただ「おかわいそうな人」であるという態度を変えていません。
被害者たちを応援し、支えるため、あなたも賛同してください!
http://chn.ge/18OEMtq

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抗議文全文

橋下市長!

日本軍「慰安婦」問題へのたび重なる暴言に、断固抗議します
私たちは、昨年8月21日の橋下市長による「『慰安婦』という人たちが軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられたという証拠はない」との発言に抗議したことに始まり、以後、繰り返し、発言の撤回と謝罪を求めてきました。しかし、橋下市長は私たちの声に一切耳を傾けることなく、暴言を吐き続けています。そして今回、さらに暴言の内容をエスカレートさせ、自ら、日本中、いえ、世界中からの非難と嘲笑をますます拡大させていることを自覚しておられますか。
橋下市長は5月13日の会見で、「事実と違うことで、わが国が不当に侮辱を受けていることに関してはしっかり主張しなければならない」と言いながら「慰安婦」問題に言及し、「慰安婦」制度は世界各国が持っていたと繰り返し、「なぜ日本だけが非難されるのか」と主張しました。これは昨秋から繰り返されている論理ですが、幼稚で、受け入れられるものではないということに、まだ気づいておられないようですね。国際社会からもこれほど関心を寄せられている問題について、自らの歴史認識も問わず、根拠もなく世界を巻き込もうとする姿勢に、いったい誰が共感すると思われているのでしょうか。

さらに、「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、『慰安婦』制度が必要なのは誰だってわかる」と発言されました。まったく、返す言葉を失う発言です。女性を人間として見ず、戦争遂行のための道具であり、戦時下で女性の性を活用するのは当然と言わんばかりの女性蔑視の発想は、かつて戦場に慰安所を生み出した日本軍の男たちと同じものです。さらに、「『慰安婦』制度じゃなくても、風俗業っていうものは必要だ。沖縄の海兵隊、普天間に行った時、米軍の司令官に『もっと風俗業を活用してほしい』『そういう所を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的エネルギーをきちんとコントロールできない』と言った」とぬけぬけと語る厚顔無恥ぶりは、公職にある者の態度では決してありません。一自治体の長にとどまらず、政党の代表として、女性の人権に配慮した政治をめざすことは、日常的な務めであるはずですが、風俗業で働く女性たちに人権問題は存在しないとお考えなのでしょうか。
また、橋下市長は昨年来一貫して、「世界各国が一番問題視しているのは、日本が国を挙げて女性を暴行、脅迫、拉致をして無理やりそういう仕事に就かせていたこと」であり、「レイプ国家」と非難されるのは許せないと言い募りますが、果たしてそうでしょうか。この間、安倍首相の「河野談話」見直し発言に噴出した各国政府やメディアからの非難をご存知ないはずはないでしょう。国際社会の認識は、市長が持っている認識とは明らかに違います。女性たちが「意に反して」慰安所に捕らわれ、居住の自由、外出の自由、廃業の自由、拒否する自由もない中で兵隊の性処理の相手を強要されたこと、そのような非人間的な制度を軍が主導して、軍が管理統制していたこと、そしてその事実に対して未だに日本政府が、「官憲が暴力的に連行」してさえいないと弁明すれば国家の威信が守られると思い込んでいる、その人権感覚の無さ、お粗末さと歴史を直視して一歩踏み出す勇気や正義感の無さを非難しているのです。まさに橋下市長、あなたこそが国際社会の非難の的になっているのです!もちろん、安倍首相も同じです。

私たちは5月25、26日に、大阪と奈良での証言集会のために訪れるハルモニを迎えるにあたって、市長との面談を要求してきました。それは、金福童ハルモニにとっては二度目の市長訪問になります。昨年、市長は「証拠があるなら韓国側に出してほしい」と言いながら、9月に「私が証拠です」と市庁を訪れた被害者との面談に応じず、公務がないと休暇をとってツイッターで「慰安婦」否定発言をしていました。ハルモニは、「二度と私たちのような被害者を出さないでほしい。戦争は二度としないでほしい」と、いつも語っておられます。現在のこの国の状況を憂えて、「日本へ行って話したい」と言われ、今回の来日が実現したのです。このたび、ようやく被害者ハルモニたちが橋下市長に歴史の事実を語る機会が実現しそうですが、橋下市長、決して同情ではなく、この日本軍「慰安婦」問題を被害者の立場に立って解決することをめざして会ってください。そして、この間の暴言を被害者の前で撤回し、謝罪すべきです。
橋下市長、吉見義明さんにも誠意を見せなければいけないのではないですか。「吉見さんも強制の事実までは認められないと言っている」との市長の発言に、吉見さんは「事実無根」と、東京より抗議声明をもって面談に訪れられたにもかかわらず、市長は理由もなく面談を拒否、その日の夕方に記者会見で「戦争遂行の一つの手法の中で、女性にそういう性の仕事をしてもらうことは全世界的にあった」「なんで日本のことだけ国際社会が非難しているのか」と語りました。またしても、問題の本質がわかっていないことを自らさらけ出し、多くの人々の怒りを買ったのでした。

私たちは、橋下市長の日本軍「慰安婦」問題へのこのようなたび重なる暴言に、断固抗議します!
橋下市長がいくら否定したくても、戦時において日本軍が慰安所制度を創設、募集、管理にいたるまですべての責任を負っていたこと、朝鮮半島をはじめアジア各地で数万から十数万に及ぶと言われる女性たちを日本軍性奴隷としてすさまじい暴力と人間破壊の現場に追い込んだ事実は、誰も消せない歴史的事実です。

橋下市長に要求します。
一、たび重なる暴言で、日本軍「慰安婦」被害者をさらに傷つけ、癒しがたい傷を負わせたことに対し、謝罪すること
一、被害者との面談において、この間の発言を撤回し、謝罪すること。面談を政治利用しないこと
一、長年にわたり、重苦を押し付けている沖縄を貶めたことに対し、謝罪すること
一、すべての女性に謝罪すること
一、人権意識がみじんも無く繰り返される暴言の責任をとって、直ちに大阪市長を辞任すること

2013年5月24日
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク


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岡山・証言集会のお知らせ

★2013日本軍「慰安婦」被害者証言キャンペーンinおかやま
 『ハルモニの声に耳を澄まそう!心傾けよう!
  ~二度と戦争を起こさないために、再び女性の人権が奪われないように~』

とき:5月23日(木)午後1時~3時半
ところ:さんかく岡山(岡山市北区表町3丁目)℡:086-803-3355
参加費:1000円(学生さんと避難者は無料)★受付で告げてください。
定員:100名

証言:金福童(キム・ポクトン)さん:88歳 ・ 吉元玉(キル・ウォノク)さん:84歳
講演:尹美香(ユン・ミヒャン)さん(韓国挺身隊問題対策協議会代表)
通訳:梁路子(ヤン・ノジャ)さん
ミニライブ:よしだよしこさん(シンガーソングライター/東京在住)

申し込み:T&F:086-277-7522  メール:kei3@po1.oninet.ne.jp
主催:「慰安婦」問題を考える女たちの会・岡山
共催:I女性会議岡山・アムネスティ岡山・岡山カトリック教会平和共生委員会・
   木々の緑、風そして人々の歌・ふぇみん岡山・メンズリブフォーラム岡山
協賛:日本軍「慰安婦」問題解決全国行動

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大阪・奈良証言集会のお知らせ

●日本軍「慰安婦」被害者証言キャンペーン2013 inおおさか●
「何度でも語る 歴史の事実はこれです」
再び戦争への道を歩まないために
 日時:5月25日(土)12時半開場/13時開始
場所:ドーンセンターホール
講演:吉見義明さん「被害者の声に向きあって
           記録し、記憶し、未来へ語り継ぐ責任」
   尹美香さん
うた:李政美さん、安聖民さん
主催:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
協賛:日本軍「慰安婦問題解決全国行動
資料代:一般800円/学生400円

http://www.ianfu-kansai-net.org/

●日本軍「慰安婦」被害者証言キャンペーン2013 inなら●
「何度でも語る 歴史の事実はこれです」
?再び戦争への道を歩まないために?
日時:5月26日(土)12時半開場/13時開始
場所:奈良人権センター(旧 奈良県解放センター)
(奈良市大安寺1-23-1  TEL 0742-62-5501 
JRまたは近鉄奈良駅からバス「大安寺」下車、南に徒歩3分)
講演:吉見義明さん、尹美香さん
ゲスト:キム・ボットン ハルモニ
    キル・ウォノク ハルモニ
主催:日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク、アイ女性会議なら、
   多文化共生フォーラム奈良、部落解放同盟奈良県連合会女性部
協賛:日本軍「慰安婦問題解決全国行動
資料代:一般800円/学生400円

 

 

 

コメント (1)

明日に向けて(679)放射性トリチウムなどが大量に海洋投棄されつつある!

2013年05月18日 23時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130518 23:30)

橋下発言の余波はまだまだ続いています。橋下氏はなんとしても辞任していただかなくてはなりませんし、さらに進んで安倍首相の歴史認識も正さなければなりません。そのため、まだまだこの問題を論じなければと思っています。
ただそうしてる間にも、東京電力がとんでもないことを推し進めつつあります。福島原発サイトにたまった汚染水の海洋投棄です!その場合、膨大な放射性トリチウムをはじめとした放射性核種多数が投棄されてしまいます。ただでさえ大変なダメージを受けている海がさらに壊滅的に汚染されてしまいます。
何よりも、この事態を未然に防ぐために、みなさんの注意を喚起すべく、この記事を書いています。

このところ東京電力が直接的に進めているのは、原子炉建屋に流れ込む前の地下水を井戸から組み上げ、海洋放出することでした。このために地元漁業関係者の説得を行っていますが、今のところ、東電をとても信用できない漁民の方たちから拒絶を受けています。
東電が問題にしているのは何かというと、原子炉が崩壊しているため、核燃料を冷やすために炉内に入れて汚染された水を回収する際に、周辺から流れてくる地下水がまじってしまい、結果的に汚染水の量が増えるので、地下水の流入量を減らしたいということです。
ただし、物理的に原子炉を直して、外から地下水が入らなくすることは不可能であるため、炉よりも山側に井戸を掘り、そこで地下水を汲み上げて直接、海に放流するというのです。

しかし本当にこの地下水は「周辺の河川と変わらないレベル」なのでしょうか。漁民の方たちが疑っているのも第一にはこの点です。何せこれまで繰り返し嘘をついてきた東電のことですから、とても信用などできない。
ちなみに、グリーンピースジャパンは、おしどりマコさんの取材から、この地下水の分析を行っているのが関西電力傘下の企業であることを突き止め、汚染がないなどとはまったく信用できないとして、汚染水放流反対の署名運動を開始しています。
僕もこれは正しい分析だと思います。東電の言う「安全」などいつも信用できるものではないですが、今回にいたっては、東電が「第三者機関に依頼している」といったその相手が、関電傘下の企業、身内なのです。その調査で、安全性が確保されるなど、到底信用できません。

その意味で、まずは地下水の投棄を含めた一切の汚染水の海への投げ捨てに反対しなければなりません。
以下、グリーンピースジャパンによる署名の呼びかけのページをご案内しますので、可能な方はぜひお願いします!僕もすでに署名しました!
http://www.greenpeace.org/japan/ja/Action/TepcoWater/

さて、僕が注目してきたのはその先です。東電は地下水の投棄だけを狙っているのかというと、まったくそうではなくて、新型の浄化設備「ALPS(アルプス)」を稼働させ、これまでよりも多くの放射性核種を取り除いたとした上で、処理後の汚染水の海洋投棄を目指すことをすでにこれまでにも公言しているからです。
アルプスはすでに3月30日から試験運転を始めています。東電は約4ヶ月の試運転で性能を確認し、本格稼働させるとうたってきました。となると8月後に本格稼働が始まることになります。つまりそれ以降に汚染水の海洋投棄を始めたいのです。
その点から考えると、今回の地下水の海洋投棄は、汚染水全体の海洋投棄に向けた地ならしの位置が大きいと思われます。

しかしアルプス稼動後の汚染水の海洋投棄という計画には非常に大きな問題があります。というのは東電はアルプスの稼働によって、これまで除去できなかった62の放射性核種が除去できるとうたっています。しかしそれならば現在の汚染水に含まれている62の核種の濃度を明らかにし、アルプス運転後に実際にどれだけ除去したかを明らかにすべきですが、東電はその点は公表しようとしません。
なぜか。この間、東電は意識的に汚染をセシウムだけであるかのように世論誘導してきましたが、アルプスの全性能を表にだしてしまうと、同時に、すべての汚染の実態も見える化してしまうからです。しかしこの点を明らかにしない限り、アルプスの性能は検証されたことにならない。結局、62の核種は本当に除去されたかどうか十分に検証されないまま投棄されてしまう可能性があります。

さらに大きな問題は、このアルプスによっても放射性トリチウムが除去できないことです。これは非常に重要です。トリチウムとは水素の同位体であり、化学的には水素とまったく同じように振舞う物質です。そのため扱いがとてもやっかいです。
酸素と結合すればすぐに水になってしまうし、他の有機化合物の中にも容易に入り込んでしまいます。そのため人体や生物の中に本当に容易に入り込んでしまいます。そしてそこでβ線を出して崩壊するのです。

しかもトリチウムは放射性物質としての危険性、放射線を出すこと以外の危険性も持っています。生物のDNAに特異な影響を与えるのです。DNAとはご存知のように遺伝子のことです。二重の鎖になっており、その中に4つの塩基、アデニン(A) , チミン(T),グアニン(G) ,シトシン(C)があって、組みを作って遺伝子情報を編み上げています。
重要なのは、この塩基のうち、A-T、G-Cという塩基の対が、水素結合という結びつきをしていることです。水素は例えば水などの有機化合物を作るときには、酸素と軌道上の電子を共有しあう形で結合を遂げます。これを共有結合といいます。ところがこうして共有結合した水素と、他の電子の間に引力のような力が働く結合方式があります。電気的に陽性の水素と、陰性の原子の間に働く静電気的な力で、これが水素結合と呼ばれます。DNAの塩基の対同士は、この力によって結合しています。
ところがここにトリチウムが入り込むと、β線を出して崩壊し、ヘリウムにかわってしまうので水素結合が働かなくなってしまうのです。そうするとDNAの塩基の結合が切れてしまうことになります。放射線があたることによってではなく、そこに水素として入り込んだトリチウムが、他の物質に変わってしまうことにより、切断が起こるのです。

このためトリチウムは、放射性物質として以外の大きな生物に対する危険性があることがわかります。ところがこの点が、まったく評価されておらず、トリチウムの危険性は、主に崩壊によって発生するβ線のエネルギーによって測られてしまっているのですが、エネルギーが非常に弱いため、危険性がとても小さく見積もられているのです。
それに基づいき膨大なトリチウムを「法令水準以下である」として海洋投棄しようとしているのが東電の作っているシナリオです。

なお新聞各紙を読んでいて、まるでこの東電の思惑を代弁するような、ある種、唖然とする社説が掲げられていることを知りました。掲載したのは読売新聞です。「福島第一原発 地下水の対策は焦眉の急だ(5月14日付・読売社説)」というタイトルの記事です。
ここでは東電が漁民の方たちの説得に失敗したことが述べられ、「地下水放出の安全性、重要性について、東電は粘り強く説明しなければならない」としています。これはいくらなんでもおかしい。東電が説得できない内容をどうして先に読売新聞が知っているのでしょうか。本当に安全かどうかを検証するのが「マスコミ」の役割だというのが建前なのではないのでしょうか。

また次のような主張も出てきます。「東電の検査では、地下水には放射性水素(トリチウム)などが少量含まれる。地表の汚染物質が雨水とともに浸透したらしい。ただ、1リットル当たり最大450ベクレルで、世界保健機関(WHO)が定める飲料水の水質ガイドラインの同1万ベクレルよりはるかに低い。」
この1リットルあたり最大450ベクレルという数字の出処が僕はまだよく把握できていないのですが、しかしそれだったら、東電の言う「周辺の河川と変わらない」という主張が早くも崩れることになってしまいます。この点もこの記事はかなりおかしい。

さらに極めつけは、結語が次のように結ばれていることです。「福島第一原発の長期的かつ総合的な汚染水対策も欠かせない。汚染水は、敷地内の貯蔵タンクに保管中だが、汚染されたままでは漏出事故などが心配だ。いずれ保管場所も足りなくなる。まずは、試運転中の汚染除去装置を完成させ、安全に「水」を保管できるようにしたい。さらに、安全なレベルにまで処理した水については、海洋に放出する必要性も生じよう。今後の重要な検討課題である。」
一読したときは目を疑いました。東電の広報のような主張だからです。なぜアルプスの稼働で「安全なレベルにまで処理できた」水ができると言うのでしょうか。この社説はそうした検証をまったくとばして、東電の主観的シナリオに沿った主張を展開しています。あまりのひどさに唖然とします。なお全文のアドレスを記しておきます。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20130513-OYT1T01392.htm

この読売新聞の社説を読むと、アルプスによる「除去」の後の汚染水の海洋投棄は、東電だけでなく、政府や原子力村が狙っている既定の方針なのではないかという強い疑惑が持ち上がってきます。それでなければこのような社説が出てくるわけがないと思えるからです。
そもそも読売新聞が、かつてアメリカの強い意を受けた中曽根康弘氏と結合し、日本に原子力発電を持ち込むことに暗躍してきたことなどから考えても、この社説からは、東電だけでなく原子力推進勢力が、事故処理の大きな暗礁である汚染水問題のクリアを、もっとも安易な海洋投棄ですり抜けようとしている意志が見えてくるように思えます。

しかし先にも述べたように、このような体制のもとでの海洋投棄であれば、放射性核種のどれだけが除去されるのか、まったく保証が得られません。さらにトリチウムは、危険性が非常に低く見積もられたまま、膨大に捨てられてしまいます。
そうなれば海の死滅の度合いは今後、どんどん拡大することになります。なぜか。汚染水はこれから何年も何年も出続けるからです。炉内を冷やし続ける限りです。せっかく今はまだ、炉内ないし汚染水の中に残っている放射性物質の多くが海に投げ込まれてしまうことになります。ものすごい規模の汚染が、これからさらに重ねられようとしているのです。

しかもそうなった場合、汚染物質はさまざまな形で私たちのもとに帰ってきます。水分子の中に入り込んだ水素としてのトリチウムは、海上から蒸発した水蒸気の中に入り込み、雲になって流れてきて、雨になって地上に帰ってくるでしょう。そうなればトリチウムの雨が降ることになります。
また海の中のあらゆる生物の中にトリチウムは容易に入り込むので、海産物の中にどんどん混入していき、食べ物のとなって私たちのもとに帰ってくるでしょう。危険性を感じて食べない人も増えるかもしれませんが、圧倒的多数の人は海産物を食べ続けます。そうしてたくさんの人々が被曝してしまいます。その影響たるや本当に恐ろしいものがあります。

この汚染水の海洋投棄の危険性をどうか多くの人に伝えてください。そうして東電の一挙手一投足を監視し、危険な海洋投棄に反対していきましょう。
たとえすでにどれほど海が汚染されてしまっているのだとしても、これ以上の汚染を私たちは食い止めなければなりません。それは私たちの未来世代への義務だと僕は思うのです。

なお関連記事として以下をご参照ください。

明日に向けて(654)福島原発汚染水漏れを考察する・・・露顕したのは杜撰さとストロンチウム隠し?
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/c18da52e4f5ddcfccf7c6cade582d565

明日に向けて(655)福島原発汚染水漏れの考察(2)・・・問われるのは現場の杜撰さに主体的に向き合うこと
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/4cad4aaaa9a0ffb8db24e05757d81e98

明日に向けて(656)福島原発汚染水漏れの考察(3)・・・隠されているトリチウムの危険性
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/c1ef074e7ca5e48e988bb5d3dbf3418e


 

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明日に向けて(678)「慰安婦と兵隊」に寄せて

2013年05月17日 22時00分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130517 22:00)

東京新聞のコラム「筆洗」に胸をうつ文章が掲載されました。陸軍衛生兵として、旧満州の慰安所に薬を配って歩いた河上政治さんの「慰安婦と兵隊」という詩に関するものです。まずは全文をご紹介します。

*****

筆洗
東京新聞 2013年5月16日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2013051602000135.html

<黒竜江に近い駐屯地に/遅い春が来たころ/毛虱(けじらみ)駆除の指導で慰安所に出向いた><オンドルにアンペラを敷いた部屋は/独房のように飾り気が無く/洗浄の洗面器とバニシングクリームが/辛(つら)い営みを語っていた>
▼陸軍の衛生兵として、旧満州の慰安所で薬を配って歩いた経験を基にした河上政治さん(92)の「慰安婦と兵隊」という詩である。十数年前に読み強く心に残った。続きを紹介したい
▼<いのちを産む聖なるからだに/ひとときの安らぎを求めた天皇の兵隊は/それから間もなく貨物船に詰め込まれ/家畜のように運ばれ/フィリッピンで飢えて死んだ>
▼<水銀軟膏(なんこう)を手渡して去るぼくの背に/娘の唄(うた)う歌が追いかけてきた>。女性の出身地は分からない。薬を届けて帰ろうとした河上さんの耳に、彼女が口ずさんでいる歌が飛び込んできたのだろう
▼<わたしのこころは べんじょのぞうり/きたないあしで ふんでゆく/おまえもおなじ おりぐらし/いきてかえれる あてもなく/どんなきもちで かようのか/おまえのこころは いたくはないか>
▼性の営みという最も私的な領域まで管理、利用されるのが戦争だ。「慰安婦制度は必要だった」と明快に言い切る政治家には、兵士を派遣する立場の視点しかない。自らが一兵士として列に並び、妻や娘が慰安婦になる姿など想像できないのだろう。

*****

この詩とコラムを読んで、僕の頭の中に、これまで会ったたくさんのおばあさんたちの顔が浮かんできました。薬を渡して去る河上さんの背中を追いかけた「娘の唄」は、あるいはあのおばあさんの唄だったのかもしれません。
このような証言がたくさんあり、何より被害者当人が、非常に大きな社会的制約をはねのけて繰り返し証言を行っているのに、「強制連行の証拠がない」などとうそぶく神経は、いったいぜんたい、人間の血が通ったものだと言えるでしょうか。

多くの女性たち、しかも処女だった幼い少女たちは、騙されたり、さらわれたりして慰安所に送り込まれました。何より当人のたくさんの証言があるのです。性暴力犯罪において、被害者当人の証言はもっとも有力な証拠です。
しかもそれを裏付けるこのような軍人の側の証言もたくさんあります。それでもなお「強制はなかった」と言い続け、しかも「何も日本だけがやったことではない!」と居直るあり方を本当にここで正したいです。

同時に、この詩の中にはとても大切な一節があります。
<いのちを産む聖なるからだに/ひとときの安らぎを求めた天皇の兵隊は/それから間もなく貨物船に詰め込まれ/家畜のように運ばれ/フィリッピンで飢えて死んだ>
というところです。みなさん、この意味がわかるでしょうか。ぜひ知っていただきたいです。

日米戦争の末期、1944年秋に日本軍はフィリピンで米軍との最後の決戦を行いました。日本軍が当時、アメリカが植民地にしていたフィリピンを占領していました。これに対してマッカーサーの指揮のもと、「奪還」作戦が行われました。
これに対して日本軍は、陸軍の兵力の多くをフィリピンに集結。旧満州にいた兵士たちの多くを、急遽、この地に送り込んだのです。海軍も生き残っていた軍艦の多くをフィリピンへと集結させました。

かくして行われたのが、レイテ島をめぐる決戦でした。レイテ沖でも激しい戦いが繰り広げられていきました。1944年秋のことです。
それで決戦はどうなったのかというと、基本的にはアメリカの圧勝でした。なぜか。そもそも日本軍の作戦指揮がめちゃくちゃだったからです。

というのは日米両軍は、レイテ島決戦も直前に「台湾沖航空戦」と呼ばれる戦いを行っていました。日米両軍の航空勢力が洋上で激突した戦いです。このときも撃墜された日本軍の飛行機が312機だったことに対して、アメリカ軍は89機であり、アメリカの方がはるかに優勢でした。
しかし海上を偵察した日本軍機が、戦果をかなり誤って把握し、大本営に伝えてしまいます。なんと「空母19隻、戦艦4隻、巡洋艦7隻、(駆逐艦、巡洋艦を含む)艦種不明15隻撃沈・撃破」というものです。実際には、大破、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦1隻、小破、正規空母1隻という軽微なものでしかなかったにもかかわらずです。

この報告を大本営はまるまる信じてしまい、レイテ決戦の作戦を考案していきます。まずアメリカの太平洋艦隊における航空戦力が壊滅したと考えたために、レイテ島などでの陣地構築に、空襲への備えをしませんでした。
しかも刻々とアメリカ艦隊がフィリピンへと迫っていることに対しても、「アメリカは航空戦力を失って絶望し、やけのやんぱちで玉砕戦に打って出ている」などと分析していました。当時の日本軍はあまりに現実を冷徹に把握する精神にかけていたのです。やけのやんぱちで玉砕を行うなうなど日本軍だけだということも理解していませんでした。

この決戦に向けて、日本はここでアメリカに優位に立つのだとばかりに兵力の大増強を行い、中国大陸で展開していた部隊の多くを、急遽、南方へと送り込むことになったのですが、その際の移動もむちゃくちゃでした。
というのは旧満州は冬は極寒の地域であり、兵士たちは寒さに耐える軍装をしていました。ところが新たに軍装を整える余裕などなかった日本軍は、兵士たちをそのまま常夏のフィリピンへと送り込んだのです。

しかも現実には航空機や潜水艦などによって、フィリピン周辺の制海権も制空権もアメリカに握られているのに、日本軍は次々とその海域に兵員輸送船を送り込んでしまいました。そのため多くの船がフィリピンにつく前に撃沈され、海の藻屑となってしまいました。
そればかりか、兵員輸送船の後ろに続く武器・弾薬・食料を乗せた船が撃沈されてしまったため、ある師団などはおよそ1万人の兵士たちがそれぞれ持っている三八歩兵銃と弾丸だけでフィリピンの島に上陸。いきなり食料もない状態で投げ出されてしまったため、部隊はすぐさま強盗集団と化し、現地の人々を襲って食料を強奪しました。

・・・僕はフィリピンから性奴隷被害を受けたおばあさんを京都に呼んだときに、この地域の戦闘に加わった旧日本軍兵士のおじいさんにも聞き取りを行ったことがあります。レイテ島に派遣されましたが、決戦を前に近くのマスバテ島に大隊を離れて派遣されたために生き残った方です。
おじいさんは戦後、十数回もフィリピンを訪れ、戦友たちの部隊が「玉砕」した地域にいって遺骨収集をされました。そのとき地元の人たちが拾い集めていた日本軍の遺品の多くを、タバコなどと交換して持ち帰っていました。

それらを見せられたとき、僕は絶句するものがありました。中でも忘れられないのは、綿入りの防寒帽がフィリピンのジャングルから持ちかえられていたことでした。「これを被っていた兵士は、どんな思いでフィリピンのジャングルに立ったのだろう」・・・。そう思うと胸が痛くなりました。
まさに兵士たちは、この地域に「貨物船に詰め込まれ、家畜のように運ばれ」たのでした。この帽子はその苦しみを、僕に訴えかけているように思えました。

おじいさんからは、ジャングルの中での飢えの話もたくさん聞きました。死んだ兵士の肉を食べた話も。そのときおじいさんはこう言いました。「死んで3日経ったらな、食ったらあかんねん。腐るからな。それを知らんと腐った肉を食って、ようけい死んだやつがおったわ」・・・。
そうです。まさに日本軍兵士たちは、ジャングルの中で飢えて死んだのです。しかも仲間の死体からもぎ取った肉を食べ、その肉にあたったりしながら。熱いジャングルの中、綿入りの服を来て、苦しんで、苦しんで、挙句の果てに誰知ることもなく死んでいったのです。

フィリピンに派遣された全軍が悲惨でしたが、戦闘が始まるや否や、またたく間に壊滅したのは、レイテ島の上陸地点に布陣した京都第16師団でした。南京虐殺などにも加わり、大陸で散々、暴れまわってからフィリピンに送られた部隊です。
先にも述べたように、アメリカ軍に航空戦力がないととんでもない誤解をしていた部隊は、米軍の上陸地点の海岸にたくさんの「蛸壺」を掘り、その中に入って布陣していました。そこに集中的な空襲と艦砲射撃が行われました。ほとんど「戦闘」ではなく一方的な屠殺でした。

部隊は瞬時に壊滅し、遺された兵士たちが、海岸のすぐ裏手のジャングルに逃げ込んで行きましたが、そこはまさに生き地獄だったと言います。何せ食料など何もない。しかも負傷した上に空から追撃が加えられる。兵士たちはバタバタと倒れていきました。
その戦友の肉をもぎ取りながら逃げた兵士たちもその先でバタバタと倒れていきました。かくして他の地域から援軍にきた部隊によって、この山中は「白骨街道」と呼ばれることになりました。

僕はここに投入された兵士たちが気の毒でなりません。人間としてあまりにも悲しい死に方をしたのがこの方たちでした。僕は第16師団を構成した京都府や滋賀県が発している戦史をたくさん読み、できるだけ多くの兵士たちの名前に接しようとしました。
「兵士たち」ではなく、滋賀県どこそこ村の、誰それさんと認識することが、せめてもの弔いではないかと思ったからです。

しかし同時に、見つめておかねばならないのは、こうした兵士たちの多くが、旧満州で慰安所に通っていたことです。これまでも述べてきましたが、慰安所に通い、女性を虐待することで、彼らは自分たちが虐待されること、まったくむなしい死を強制されることに麻痺し、受け入れてしまった。それが多くの日本軍兵士の実情だったのです。
しかもフィリピンに行ってからの部隊はもっと酷いことをしました。フィリピンの村々を襲い、若い女性たちを強奪し、強姦を繰り返したのです。

僕たちがフィリピンからお呼びしたロラたち(フィリピンの言葉でおばあさん)も、そうして日本軍に捕まった方たちでした。彼女たちは目の前で親や兄弟を殺され、軍に連れ去られました。ロープで縛られ、数珠つなぎにされて、戦地を移動する部隊に連れまわされたのでした。
したがって、性奴隷となった女性たちは、日本軍が展開しているどんな最前線にもいました。そうして彼女たちの多くもまたアメリカ軍の猛攻撃によって、兵士たちと共に屠殺されてしまいました。

繰り返しますが、旧日本軍は、構造的な虐待組織でした。兵士たちは常にいたぶられ、弄ばれました。性的ないじめもたくさん行われました。しかし日本軍には「上官の命令は、天皇陛下の命令である」という鉄の掟を持っていたため、なおさら兵士たちは、抗うことができませんでした。
上官に抗弁することは天皇に逆らうことだとされ、殴り倒されたからです。いやそもそも上官の機嫌が悪いだけで、兵士たちは理由もなく殴られました。毎日、殴られて、殴られて、食料も満足に与えられず、戦闘指揮はむちゃくちゃ。そのような状態の中で、女性を心に澱のようにたまったストレスの、唯一のはけ口として「与えられた」のです。
こうした日本軍に特有の構造を、「軍隊と売春はつきもの」などと語ることは絶対に許されません。日本軍の作り出した「慰安婦制度」は、まさに日本軍の構造的虐待体質の中でこそ、もっとも野蛮で、非人間的なものとして成立したのです。

そのために、まさにそのために、戦後、生き残った兵士たちから、国を告発する運動が起きませんでした。あれほど酷い虐待にあったというのに、兵士たちのほとんどは沈黙してしまいました。
米軍に囚われたキャンプなどで、上官をリンチするなどのことはたくさんあったようですが、そうして私的に鬱憤をはらずだけで、公的に、日本軍による兵士への残虐な仕打ちを正す運動は起きなかったのです。それは兵士たちが、自ら侵略の尖兵となり、酷い虐殺に手を染めたことや、構造的なレイプに関わったことを、ほとんど捉え返すことができなかったからでした。

常々、僕は思うのですが、靖国神社を持ち上げ、「英霊が」などと口にする人々のどれだけが、本当に兵たちのことを考えているというのでしょうか。まったく考えてなどいないと思うのです。考えていたのなら、なぜ彼らへのこのひどい仕打ちを明らかにしようとしてこなかったのか。
兵士たちのあまりにかわいそうなあり方、むなしい死の現実を解き明かすものなど、靖国を顕揚する人々には皆無です。それよりよほど平和運動をしてきた人々の方が、兵士たちのことを考え、同情し、同時に彼らの罪を背負おうとしてきたと思うのです。「英霊」なんて嘘をつくな!彼らの死を弄んでいるだけではないかと僕は強く思います。

こうした姿の一旦に触れてみようと思われる方は、自ら南方に赴いて死地を脱してきた漫画家、水木しげるさんの『総員玉砕せよ』を読んでみてください。9割が事実と書かれたこの漫画から、当時の兵たちの姿が見えてきます。なおこの漫画の冒頭は慰安所のシーンで始まっています。
水木さんは、あとがきでこう記しています。「軍隊で兵隊と靴下は消耗品といわれ、兵隊は”猫”位にしか考えられていないのです」「将校、下士官、馬、兵隊といわれる順位の軍隊で兵隊というものは”人間”ではなく馬以下の生物と思われていてた」・・・。

そんな兵士たちに軍が「休ませてあげよう」などという配慮をしたでしょうか。兵士たちを休ませるのなら、まず何よりも虐待をやめればよかった。「猫」や「馬以下」として扱わず、人間として扱うべきでした。それだけでどれほど心がトゲトゲせずにすんだことでしょう。
水木さんはこうも書いています。「ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う」・・・。

ここまで書けば橋下維新の会共同代表が語った、「銃弾が雨・嵐のごとく飛びかう中で命かけてそこを走っていくときに、休息をさせてあげようと思うと慰安婦制度が必要なのは誰だってわかるわけです」という性暴力発言の非人道性もより明らかになってくると思います。
この発言は、第一に女性を男性の性のはけ口に使用すること、女性を蹂躙することを肯定するまったく許しがたいものです。第二に男性が命がけになると女性への性暴力を必要とすると考える男性の尊厳への冒涜です。そして第三に、当時の日本軍のことを何も知らず、調べたこともないくせに、「日本人は歴史を学ぶべきだ」などと語っている点でもあやまりであり、兵士たちの死を冒涜するものでしかないのです。

橋下氏は戦争の現実、兵士たちの現実を何も考えていない。その死を悼む気持ちもない。国を守るつもりで侵略戦争の尖兵にされてしまった悲しみへの追慕もない。ようするに兵士たちのことなど何も考えていやしないのです。
さらにそもそもアメリカの暴力性を批判する気があるのなら、どうしてまごうことなき戦争犯罪である原爆投下、都市空襲、沖縄地上戦をこそ批判してこなかったのでしょうか。南京虐殺や「慰安婦制度」と並ぶ最も許しがたい戦争犯罪には一切触れず、「自分たちと同じ悪さをお前もしたじゃないか」と叱られた子どもの居直りのような発言をする橋下氏には、アメリカ批判を貫く確信もないのです。

こういう橋下氏のような人たちが語る「国のため」だとか「国防」だとかは、戦前の軍部が語るそれと同じものでしかありません。ようするに自分たちの利益のためだけであって、「同朋」への愛情などまったくないのです。都合が悪ければすぐに投げ出すようなものでしかない。
その証拠が「鬼畜米英壊滅」と叫んでいたこの国の指導者の過半が、戦後にすぐさまアメリカべったりの立場に転換したことです。「米英からの亜細亜解放」などと叫びながら、戦後、朝鮮戦争やベトナム戦争など、アメリカのアジア侵略戦争に積極的に加担してきたのがこの国の支配的な人々でした。中曽根元首相などもその典型です。

彼らの大好きなはずの「祖国」に原爆が投下されたことを一切問わず、核兵器開発の申し子である原子力発電を受け入れてきた現実に象徴されるこの国の構造的暴力の歴史をこそ正さねばなりません。
「慰安所」を訪れた一軍医の書いた詩、「慰安所と兵隊」の中にこもる悲しさは、そうしたことを私たちに問うていると僕には思えるのです。

 

 

 

 

 

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明日に向けて(677)【再掲】台湾のおばあさんたちのこと(性奴隷問題被害者の素顔を知ってください!)

2013年05月16日 23時00分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130516 23:00)

相変わらず橋下維新の会共同代表による性暴力発言が続いています。そのあまりの酷さにアメリカ政府も厳しい非難の声明を出しましたが、アメリカを恐る橋下氏はこうした流れを察知してトーンダウンを開始。自分は「慰安所は認めてない」と、得意の言い換えを始めています。
しかし彼が最初に言ったのは次のようなことです。「銃弾が雨・嵐のごとく飛びかう中で命かけてそこを走っていくときに、休息をさせてあげようと思うと慰安婦制度が必要なのは誰だってわかるわけです」。
しかも橋下氏は、意に反して慰安婦になった方の心情を理解するなどという形で、性奴隷にされた女性たちが、けして自らの自由意思でそれを選んだわけではないことを認めつつ、「制度」を強く肯定したのです。

今更、「慰安所を肯定したわけではない」などという言い逃れを許すわけにはいきません。今まで自民党右派などから、慰安所そのものの存在を認めなかったり、認めても「自由意思に基づく商行為だった」などという、被害女性を苦しめる言説が繰り返されてきたことに対し、彼の場合は、もっと明確に「慰安所は必要だった」「意に反して慰安婦になった人には気の毒だが」と言い放ったのです。
要するに男性、とくに軍人の暴力的な性欲の処理のために、女性を道具として使うことをまるまる肯定したのであり、そこには彼の女性感が非常にはっきりとした形で現れています。
これまで述べてきたように、これは明らかな性暴力発言です。これまで性暴力の被害を受けてきた多くの人々、いやそうでもなくても本当にたくさんの人々が深く傷つけられました。犯罪行為です。責任をとってすべての公職から退くべきです。言い逃れなど許せません。

同時に、こうした女性に対する暴力をむき出しにした男性が、二度と政治の世界に出てこれないようにするためにも、今こそ、性奴隷問題を正しく解決する必要があります。安倍政権の河野談話の否定の動きを許さないだけでなく、当時の政権もきちんとなさなかった被害者への全面謝罪と補償の実現まで私たちは進む必要があります。
そのために、みなさんに是非とも知って欲しいのは、被害女性たち・・・おばあさんたちの素顔です。もちろん名乗りをあげた彼女たちは、犠牲者の中のほんのひとにぎりの存在です。被害者は推定で20万人。声を挙げられたのはその中の1%にもみたない。なぜでしょう。これまでの世界ではしばしば性暴力の被害者がさらに迫害される構造にあり、とても言い出すことができなかったからです。
その意味では、悲しいけれども泣き寝入りする方がむしろ楽であったのです。それほど性暴力の被害者が名乗りを上げるのは難しいことだったのです。

しかし韓国で初めて女性が名乗りをあげて以降、次々と、各国でおばあさんたちが手を上げました。ほんのひと握りだった彼女たちに共通するのは、高い志を胸に宿していることでした。「二度と、こんな目に若い人を合わせたくない」・・・。自らの被害への怒りを越えた大きな愛を胸にしてこそ彼女たちは声を挙げられた。そして未来世代のために闘い出したのです。
僕自身、何度もそうしたおばあさんたちと接し、交流し、心を通わす中で、人間の尊厳とは何かをたくさん学ばさせてもらいました。あれほど過酷な体験を経て、しかし人間はなおかつ、これほど深い愛情を持てるのかと、胸を打たれることしばしばでした。そんな威厳をたたえている彼女たちの話が、偽りだなどということは絶対にありえない。そのことはおばあさんたちと親しく接すれば確実に分かることです。
みなさんにも、そうした確信を得て欲しい。そのために、僕がたどってきたおばあさんたちとの交流の一端を知っていただき、彼女たちの横顔を見ていただきたいと思うのです。必ず何かをつかんでいただけると思います。

今回は台湾のおばあさんたちのことを紹介するため、2006年に初めて京都にお呼びしたときのことをまとめた文章を掲載します。昨年秋に、台湾を訪問するにあたり、「明日に向けて(548)」に掲載した文章の再掲です。
この中に、このとき来てくださった3人のおばあさんが出てきます。呉秀妹(ウーシュウメイ)アマア、陳樺(チンホア)アマア、イアン・アパイアマアです。それぞれ客家、漢族、タロコ族の方です。アマアは漢字では「阿媽」、台湾語でおばあさんの意味です。
一番高齢だったウーシュウメイさんと私たち夫婦は、その後に義理の親子のような関係になって、本当に深く心を通わしたのですが、しかし彼女は昨年の秋に亡くなられてしまいました。とても悲しい別れでした。

私たちは他にも、これまで知り合った何人ものアマアたちをお見送りしてきました。こうして文章を書いていても、彼女たちの顔が次々と浮かびます。そんな彼女たちの生を知る僕には、本当にあの橋下発言が許せないし、安倍首相による「強制の否定」も許せないのです。
どうか彼女たちと過ごした時間を追体験してください。そうして彼女たちの息吹を身近に感じてください。その中で一緒になって、性奴隷問題の解決のために歩んでくださればと思います。その流れが強くなる中でこそ、橋下氏のように、公然と性暴力発言を行う人物が政治家になってしまうような日本のあり方を正せるのです。

*****

台湾からアマアたちを迎えて
2006年11月 証言集会京都 守田敏也
 
「あなたの名前は何というんだい。名前を教えておくれ。名前が分からないから、今日はあなたのことを何て呼んだらいいか、分からなかったよ」
アマアたちに泊まっていただいた宿舎から、私が帰ろうとしたある晩のこと、呉秀妹(ウーシュウメイ)アマアが、パジャマ姿で玄関まで出てきて、こう語りだしました。アマアの話している言葉は台湾語、婦援会(台湾市婦女子援護会)から付き添いできていた呉慧玲(ウーホエリン)さんが、英語で通訳してくれます。そこにみんなが集まってきました。
「あなた」とは私の連れ合いの浅井桐子さんのことです。彼女が「桐子と言うのよ」と答え、それが英語になり、台湾語になってアマアに伝わりますが、「きりこ」という発音は少し難しかったらしい。何度か「何て言うんだい?き・り・こ?」というやりとりが繰り返されました。やがてアマアは語りだします。「桐子は、今日は実の娘のようだったよ。こんなに優しくされたことはないよ。なのに私は名前も呼べなかったよ」。
 
この日、私たちは、アマアたちに秋の京都を楽しんでもらおうと、紅葉の名所として名高い鞍馬温泉にみなさんをお連れしました。そこに大阪での証言集会のために来日した、イオクソン・ハルモニが大阪の方たちと合流してくれました。
一行は、紅葉を楽しんだあとに、鞍馬温泉にゆっくりつかり、釜飯を食べて楽しい一時を過ごしました。その後に、蓮華寺というお寺によって抹茶を飲み、さらに衣料品店のユニクロによってショッピングも楽しみました。
宿舎に戻ってからは、アマアたちとハルモニを囲んで宴会を開き、シュウメイアマアも、かわいらしい美声を披露してくれた後のことでした。
 
「きりこはね。ずっと一緒にいてくれたんだよ。温泉でね、私の身体を洗ってくれたんだよ」「私はね、子どもが産めなかった。だからとても淋しかったんだよ。でも今日は実の娘がいるようだったよ。こんなに嬉しい日はなかった。」そう語りながら、シュウメイアマアは、ポロポロと涙を流します。
「洋服のお店でね。きりこは私のそばにいて選んでくれたんだよ。ホエリンはどこかにいってしまったよ。でもきりこがずっとそばにいたよ」。
私が語りました。「アマア、僕もね、もうお母さんがいないんだよ。だからアマアのことを本当のお母さんだと思っているよ」「ここにいるみんながね、アマアの娘や息子だよ」。すると若い仲間たちから「違う、違う、私たちは孫だよ」という声が出て、その場に笑いの渦がおこります。
 
「そうかい。そう思ってくれるかい。でもね、私は貧しいんだよ。息子や娘のお前に何もしてやれないよ」アマアはまたそういいながらポロポロと涙を流します。「いいのよ。こうして来てくれただけでいいのよ」と浅井さんが返すと「でも私は何かをしてあげたいんだよ」とアマア。「それなら台湾に行くから、アマアの手料理を食べさせて」。そう私が答えると「私は料理が上手じゃないんだよ。おまえたちにおいしいものを食べさせてあげられないよ」と言う。
「いいんだよ。何でもいいんだよ。台湾に会いにいくよ」。アマアは「ウン、ウン」とうなずいて、また涙を流しました。周りのみんなももらい泣きしながら、笑顔が絶えません。そのままゆっくりと時が過ぎて行きます。
 
やがて私は車に乗り込み、自宅に向かいました。ハンドルを握り、暗闇の中に照らし出された道路に目を凝らしながら、「ああ、良かったなあ」という気持ちがこみ上げてくることを感じました。アマアたちに京都に来てもらい、証言をしてもらうのは、直接には政府の謝罪を引き出して、この問題の解決を目指すためですが、今すぐそれを実現することはあまりに難しい。ならばせめて、アマアたちに日本に来て、自分の思いを語って良かったと思って欲しい。日本の若者が分かってくれた、思いが伝わったと感じて欲しい。そのために、心を尽くしたおもてなしをしよう。それが私たちのグループが心がけて来たことだったからです。
この日は来日から3日目。まだスケジュールの後半が残っていましたが、今回のアマアたちとの出会いが、すでに素晴らしいものになりつつあることを、私は感じていました。あと2日間、何でも望みを叶えてあげたいなと思いながら、私は車を走らせました。
 

「今度は台湾からおばあさんたちを呼ばない?」
そんな話が私たちの間で出てきたのは、2005年秋に、フィリピンからピラール・フリアスさんをお招きした前後のことでした。
私たち証言集会京都がスタートしたのは、2004年の春。この年は韓国から、イ・ヨンスハルモニをお招きしました。翌年、春にも、桜咲く京都を楽しんでいただきたくて、彼女に来ていただき、秋にはフリアスさんをお呼びしました。
春過ぎから準備として、フィリピンのことに関する学びを深めましたが、それぞれの国や地域によって、同時にまた連れ去られた戦場によって、被害女性の辿った体験が、大きく違うことを私たちは学びました。
 
一方で、辛い過去を、勇気を持って告発し、社会的正義の実現を求めて行動しているおばあさんたちには、共通の、深い、人間愛があることを感じました。このような経験を経たあとだったので、ある方から「台湾は支援組織もしっかりしていて、ユニークな活動を行っている。お呼びしてみては」と持ちかけられたとき、私たちは、二つ返事で応じることにしました。違う地域のおばあさんたちと交流することで、より私たち自身が成長できるようにも感じたのです。
 
台湾からお招きすることを決めてから、私たちはまず台湾の歴史を学び始めました。すぐさま分かったことは、私たちがほとんど何も台湾のことを理解していないことでした。またそこには台湾の複雑な歴史の問題自身も横たわっていることを知りました。
自分たちで文献を探したり、大学の研究者をお招きしてレクチャーを受けたり、台湾からの留学生と交流して話を聞いたり、いろいろな角度から学びを深めましたが、その中で私自身は、1997年に発行された『台湾を知る(原題は認識台湾)』という台湾国民中学歴史教科書の日本語版と出会いました。
 
そこにはこう書かれていました。「1997年の台湾で、大きな話題になった一つが、初めての台湾史教科書(国定)、つまり本書の登場である。「初めて」というと、日本人には意外かもしれないが、実は台湾の学校教育で、これまで「本国史」として教えるのは中国大陸の歴史だけだったのである」「この国における「民主化」とは文字通り、台湾の「民」がよその土地から来た政権の統治から脱却し、初めてこの島の「主人公」になったことを意味している。」
つまり台湾の人びと自身にとっても、歴史は、ようやく自分たちの手で書き始められたところなのでした。日本の植民地時代への評価も含めて、台湾では今、歴史の捉え返しが進行中であることが分かりました。
 
しかしそのことに触れて、私は考えてみれば、日本も大して変わらないという気持ちを強く持ちました。とくに現代史について、日本の学校ではまともに教えていません。第二次世界大戦についてもそうです。それどころかわずかに教科書にあった性奴隷問題に関する記述も、なくなりつつあります。
それは同時に、太平洋戦争末期において、アメリカが行った大量虐殺の歴史が不問にふされていることも意味します。今、日本は世界中でも際立った親米国家ですが、アメリカには広島・長崎に原爆を投下され、沖縄は島民の三分の一が亡くなる上陸戦をしかけられ、さらに全国80以上の都市が、空襲によって焼け野原にされました。
私はそのことを、アメリカに謝罪させる必要があると思っています。アメリカは民間人の大量虐殺であった原爆投下も、都市空襲も、いまだに悪かったとすら思っていないからです。そして朝鮮、ベトナム、アフガン、イラク等々、大量虐殺の戦闘を繰り返し続けています。
 
このことを不問に付して来たことと、日本のアジア侵略の徹底した反省を深められなかったこと、そのもっとも非人間的なあらわれである性奴隷問題に、政府の真摯な謝罪がなされていなことは、密接にからみあっているのではないか。私はそう思うのです。
私自身、広島原爆後に、陸軍兵士として救助にかけつけながら、爆心地に入らなかったために二次被曝をまぬがれた父と、東京深川に生まれ育ち、東京大空襲の爆心地にいながら奇跡的に助かった母の間から生まれた子どもです。その私のルーツを探ることと、アマアたちの受けた傷をとらえかえしていくことは一つにつながっている。台湾の歴史を捉え返し、書き換えて行くことは、私たちの歴史を書き換えることであり、よりよきアジアの未来を探ることだと感じたのです。
 

さてそのような準備を経ながら、だんだんと予定の日にちが近づきだしました。私たちは、台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会の柴洋子さんと連絡を取り、台湾のアマアたちのことをさまざまに教えてもらい、やがて婦援会のホエリンさんと直接メールのやりとりを始めました。
10月には二人のアマアと、ホエリンさんが埼玉を訪れるになったので、メンバーの浅井さんと村上麻衣さんが埼玉まででかけ、たくさんのことを学んで帰ってきました。
ホエリンさんとの連絡のメールは、浅井さんが担当しましたが、私が英訳を行ったので、だんだん自分がメールのやりとりを行っている気持ちになってきました。
 
ところが来日が迫ってくるのに、なかなか来られる方が決まりません。こちらはアマア一人と付き添いの方一人分の旅費を用意していると伝えていたのですが、決まらないのです。スケジュールのディティールを教えて欲しいというので、証言集会のあとにウェルカムパーティーを用意していることや、鞍馬温泉へ遊びにいくこと、証言は他に仏教大学にいくこと、観光にも案内することなど、一緒に楽しみたいことを伝えようとしました。
それに対する回答は、なんと3人のアマアがやって来るとのことでした。さきほど紹介した呉秀妹さん(91歳)と、陳樺(チンホア)さん(83歳)、イアン・アパイさん(78歳)です。それにホエリンさんの他、楊麗芳(ヤンリーファン)さん、高秀珠さんが付き添ってくるとのこと。2人の予定が6人です。渡航費用は2人でいいとのことでしたが(後に台湾政府から援助が出ていることを教えてもらいました)、これには驚きました。
「えーい、やるしかない」と決断。すぐさま車の手配などに入りました。大きなレンタカーを借りる、2台、いや3台の車を使うなど、候補が二転三転します。
 
と、ところが、肝心のフライトスケジュールがこれまたなかなか決まらない。迎えに行く時間がきまらず、車の手配ができません。いやそれどころか本当に来日できるのか、だんだん不安になってきます。
ホエリンさんに問い合わせたところ、どこかのんびりした回答が帰ってくる。それが一層不安を募らせるのですが、間際になって彼女からのメールにも焦りが反映しだします。「まだチケットが取れないので、スケジュールの確定はもう少し待って欲しい」そんなメールが届きましたが、とうとう直前になって「帰りのフライトがまだ取れません。ここまできたら、私たちが行けるかどうかは運にかかっています」というメールが。しかも“See you soon”(直訳は「すぐにお会いします」)と結ばれていたメールが“I hope see you soon”(直訳は「すぐにお会いできることを願っています」)に変わっている。ホ、ホープ?
結局、このメールを最後に、連絡は途絶え、不安を抱えながら関空まで出迎えることになりました。最悪の場合、埼玉の集会のときに撮ったビデオを流すしかないと腹をくくりつつ、空港に向かいましたが、そこには一行6人がちゃんと来て下さいました。合流できた時の嬉しさは一塩でした。
 
その後に、怒濤のような毎日が始まりました。その詳細は取材日記として書かせていただいて、台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会のホームページに載せていただきましたので、それにゆずりますが、とにかく毎日がハプニングの連続でした。
もっとも意外だったのは、アマアたちが3人ともとても元気だったこと。行動力があり、好奇心旺盛で、体力も抜群でした。高齢のおばあさんたちだからと、ふんだんにとってあった休憩時間は、すべて何かのスケジュールに変えられました。ホエリンさんが“Morita-san, Do we have time?”と尋ねてきては、あれをしたい、これをしたいと話してくるのです。その横でおばあさんたちが目をキラキラさせている感じがして、その都度、ご要望に応えることになりました。
今から思えば、アマアたちの身体の調子や疲れ具合を一番知っているのがホエリンさんでしたから、ざっくばらんに要望を出してもらえてとても良かった。結果的に、楽しそうにはしゃぐアマアたちの顔をたくさん見ることができました。紅葉や金閣寺を見て、日本語で「きれい、きれい」と語るアマアたちの顔、ショッピングにでかけて、たくさんの洋服を手につかんで、夢中になっている顔、どれも今でも思い出すと楽しくなります。
 
肝心の証言は、私たちの集会と、仏教大学での講演会の都合2回お話してもらいましたが、どれもが尊厳に溢れていて、強く感動させていただくものでした。そのすべてをご紹介したいところですが、あえてそのうちの一つを紹介したいのは、陳樺(チンホア)アマアの証言です。なぜなら彼女は、今回が初めての証言だったからです。とくに圧巻だったのは、二度目になる仏教大学でのお話でした。
 
彼女はフィリピンのセブ島に連れて行かれ、性奴隷の生活を強制されました。それだけでなく、フィリピン奪回のために大軍で押し寄せたアメリカ軍と、日本軍の戦闘に巻き込まれ、地獄のような戦場をさまよいます。私はフィリピンからフリアスさんをお招きする過程で、このセブ島やその対岸のレイテ島などで戦った、旧日本軍兵士のおじいさんからの聞き取りも行っていたため、とくにその背景がよく見えるような気がしました。
 
陳樺アマアは、戦闘の激しさを身振り手振りで表現しました。米軍は海から凄まじい艦砲射撃を加え、さらに徹底した空襲を加えて日本軍を圧倒していくのですが、アマアはそれを「かんぽうしゃげき」と日本語で語り、「パラパラパラ」と空襲や米軍の銃撃の様子を伝えました。装備の手薄な日本軍兵士とて、鉄兜ぐらいはかぶっています。そのなかを粗末な衣服で逃げねばならなかったアマアのみた地獄はどのようなものだったでしょうか。
 
そればかりか彼女たちは弱ったものから次々と日本軍に殺されていったのです。そして20数名いた彼女たちはとうとう2人になってしまいます。そこで米軍に投降した日本軍とともに米軍キャンプに収容されるのです。
ところがそこまで一緒だった女性が、そのキャンプの中で日本兵に殺されてしまいます。そのことを語りながら、アマアは号泣しました。過酷な地獄を励まし合って逃げたのでしょう。その友の死を彼女は、泣いて、泣いて、表現しました。
聞いている私も涙が止まりませんでした。20数名のなかの1名の生き残りは、この地域の日本軍兵士の生き残り率と気味が悪いぐらいに符合します。日本軍が遭遇した最も過酷な戦闘の中にアマアはいたのです。
 
この話を聞いているときに、私は不思議な気持ちに襲われました。被害女性たちが共通に受けたのは、言うまでもなく男性による性暴力です。その話を聞くとき、男性である私は、いつもどこかで申し訳ないような気持ちを抱かざるを得ませんでした。いや今でもやはりその側面は残ります。私たち男性は、自らの性に潜む暴力性と向き合い続ける必要があるのです。
私たちの証言集会では、このことを実行委メンバーの中嶋周さんが語りました。「男性ないし、自らを男性と思っている諸君。われわれはいつまで暴力的な存在として女性に向かい合い続けるのだろうか」「われわれは、身近な女性の歴史を自らの内に取り込んでいく必要がある。まずは女性の歴史に耳を傾ける必要がある」。すごい発言だなと思いました。正直なところ進んでいるなと思いました。そうあるべく努力をしてきたつもりでも、どこかでそこまで自信を持っていいきれないものが私の内にはある。
 
ところが戦場を逃げ惑う陳樺アマアの話を聞いているうちに、私にはそれが自分の身の上に起こっていることのように感じられました。まるで艦砲射撃の音が聞こえ、空からの攻撃が目に映るようでした。そして友の死。その痛みが我がものとなったとたん、それまでのアマアの痛みのすべてが自分の中に入ってきました。
騙されて船に乗せられ、戦場に送られ、レイプを受ける日々の痛みと苦しみ。同時にそこには、これまで耳にしてきた被害女性全ての痛みが流れ込んでくるような気がしました。私は私の内部が傷つけられ、深い悲しみに襲われました。そのとき私は、男性でも女性でもなく、日本人でも、韓国人でも、フィリピン人でも、台湾人でもなく、同時にそのすべてであるような錯覚の中にいました。陳樺アマアの体内に滞ってきた悲しみのエネルギーの放出が、私に何かの力を与え、越えられなかったハードルがいつの間にか無くなっていくような感じが私を包みました。
残念ながら、その感覚はすでに去り行き、私は今、やはり男性で日本人です。しかしあのとき垣間みたものを追いかけたいとそんな気がします。そこにはここ数年、この問題と向かい合う中での、私の質的変化の可能性がありました。今はただ、それを私に与えてくれたアマアのエネルギーに感謝するばかりです。
 
このようにしてアマアたちをお迎えした5日間は、あっという間に過ぎて行きました。それは夢のような素敵な日々でした。私たちは今、来京へのお礼をするために、2007年2月に台湾を訪問することを計画中です。
どなたとの再会も楽しみですが、とくに私が心にかけているのは、イアン・アパイアマアの山を訪れることです。アパイアマアは、独特の尊厳あふれる風貌を持ち、その上、いつも静かに笑っている方でした。その横に、アマアと同じ苦しみを受け、痛みを分け合ってきながら、先年、亡くなられた雷春芳(レイチュンファン)アマアの娘さんの高さんが寄り添っていました。
今回の短いお招きでは、タロコ族のなかで、被害女性として生きてきたアマアの思いに、十分、耳を傾ける時間を持つことができませんでした。それをアマアの愛する山に行って聞けたらと思うのです。そしてそのお話も、きっといつかまた、私の体内に流入してくるでしょう。
 
私たちは、彼女たちの受けた苦しみを、私たちの中に取り込むことで、人間的に豊かになり、平和を紡いでゆく力を、私たちの中に育んでいけるのだと思います。その可能性に触れることができることは喜びであり、誇りでもあります。そのことをしみじみと感じることのできた経験を、私は積極的に生かしていきたいと思います。

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明日に向けて(676)軍隊「慰安婦」問題と福島原発事故は底流でつながっている!

2013年05月15日 23時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130515 23:30)

橋下維新の会共同代表の性暴力発言に対して、国内外から非常にたくさんの怒りの声が発せられています。
橋下発言にはたくさんの批判すべき内容が入っています。最も許しがたいのは、女性を男性の性のはけぐちとすることを当然のことと言い放ち、それを米軍にまで勧めたことです。女性に対する性暴力発言そのものです。
この発言でどれだけ多くの女性が傷ついたことでしょうか。重大な犯罪行為であり、即刻公職から退くべきです。こんな人物を代表から下ろすことができないのであれば、維新の会も即刻解散すべきです。

同時にこの発言は、私たち男性に対する冒涜でもあります。男たるもの、こんな人物と自分を一緒にされて黙っていてはいけない。何よりも男性こそがこの暴言と闘わなくてはいけません。黙っているならば、男性は野獣のような存在であり、女性を性的欲望のはけ口としかみてない存在であると認めることになってしまいます。
また目の前で女性の権利が侵害されたことを黙って見ていることはこの性暴力に加担することにほかなりません。あなたの愛する女性たちの権利が侵害されているのです。正義と、誇りと、愛にかけて、この暴挙と闘いましょう。
すでに多くの女性団体が抗議の声を上げています。日本には「男性団体」というものはほとんどありませんが、繰り返しますが、私たち男性こそが声を上げなくてはなりません。それでなければ、こんな人物が、政治家になれてしまう日本の現実が変わりません。ぜひ一緒に抗議を行ってください。

同時に僕は、いわゆる軍隊「慰安婦」問題、旧日本軍性奴隷問題が、根底において大きくつながっていることを強調したいと思います。どちらも正されてこなかった構造的暴力の問題であるからです。
こうしたことを僕はこれまでも折にふれて発信してきました。以下の記事などをぜひお読みいただきたいと思います。

明日に向けて(546)福島原発事故は戦争の負の遺産とつながっている(上)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/430fed7c5227f1b2f3d950199e350215

さらにこうした事実をより鮮明に表した有力な証拠が高知の「草の家」の方たちから発表されたので、ご紹介したいと思います。
以下、「しんぶん赤旗」の記事を紹介します。

*****

「土人女を集め慰安所開設」中曽根元首相関与示す資料 高知の団体発表
「しんぶん赤旗」 2011年10月28日(金)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-10-28/2011102814_02_1.html

中曽根康弘元首相が、戦時中に慰安所設置に積極的に関わっていた資料が防衛省の公開している文書の中から見つかったと、高知市の平和団体が27日、高知市内で発表しました。

明らかにしたのは、高知県内の戦争遺跡の調査や保存に取り組んでいる民間団体「平和資料館・草の家」の岡村正弘館長や馴田正満研究員(63)ら。
今回見つけたのは「海軍航空基地第2設営班資料」。当時の第2施設隊(矢部部隊)工営長の宮地米三氏(海軍技師)の自筆を含めた資料をもとに1962年に防衛省(当時庁)がまとめたものです(26ページ)。第2設営班の主計長が中曽根氏です。
資料には班の編成や装備、活動内容とともにバリクパパン(インドネシア・ボルネオ島)で飛行場整備が終わり、「氣荒くなり日本人同志けんか等起る」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設氣持の緩和に非常に効果ありたり」(原文のママ)と書いています。バリクパパン上陸前の地図と上陸後、民家を接収し垣やトイレをつくり慰安所にした地図もあります。
中曽根氏は『終りなき海軍』の本で「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と書くなど慰安所建設は認めていました。しかし、外国特派員協会の記者会見でも「慰安所は軍人らが碁を打つなど休息所の目的で設置した」と、いわゆる「慰安婦」を置く慰安所設置は否定していました。
研究員は資料で(1)中曽根氏が慰安所建設に積極的にかかわった(2)インドネシア人女性を集めて慰安所をつくった(3)42年3月11日に海軍基地内に慰安所が開設されたなど具体的な記述がある(4)慰安所内の配置図が明らかになった―と説明。「防衛省の所蔵文書で確証は高い。中曽根氏が慰安所設置に能動的に動いたことが分かる。中曽根氏自ら真実を明らかにするとともに、政府はさらなる調査をすべきだ」とのべました。

*****

この事実一つだけでも、安倍首相や、橋下維新の会共同代表が唱えている「慰安所設置に国家の関与はなかった。強制はなかった」という発言が、まったくの偽りであることがはっきりしています。橋下氏は「そういう事実が出てきたら謝罪すべきた」と唱えてもいるのですから、即刻、全面的な謝罪を行うべきです。
同時に私たちは、日本の首相になった人物が、かつて慰安所=性奴隷施設を作っており、何らの反省もしてこなかったことを、非常に重大な問題として捉え返す必要があります。
しかも中曽根氏は、アメリカが日本に原発を導入しようとしたとき白羽の矢を立てた人物でもあります。中曽根氏と読売新聞・渡辺恒雄氏の連携のもと、アメリカは被爆国日本に原発の導入を行いえたのです。
そのとき導入されたのが、すでにアメリカで欠陥が確認されていたGE社のマークⅠ型原発でした。福島原発で採用されたものです。それが2011年3月にメルトダウンし、爆発を起こしたのです。

このように、慰安所設置と原発導入は、中曽根康弘氏という人物によって直接的につながっています。
しかも、一昨日、5月13日に行われた憲法改定を狙う超党派の議員連盟総会において、中曽根氏はビデオメッセージで登場し、「96条についてまず考えようという運動が起きたことは、憲法改正への門を開くものとして非常に評価する。同時に、改正手続きのほかに、どう改正するのかという中身も国民が聞きたいところだ。国民によく理解してもらい、改正へ前進できるよう一緒に努力したい」と述べています。
つまり慰安所設置、原発導入、そして憲法改悪という一連の流れの中にい続けてきているのが「中曽根康弘」という政治家であり、正されてこなかった暴力の歴史のつながりが、彼に象徴されているのです。

大事なことは、歴史が正しく捉え返されてこなかったことにより、私たち日本人、ないし日本に住まう人々の権利が、戦争の中でさんざんに蹂躙されてきたことも、ほとんど顧みられてこなかったことです。
あんなに酷い戦争に駆り立てられ、若い男性はまったく無謀な戦闘に放り込まれ、「玉砕」などを強いられ、各地で無残に死んでいきました。しかも侵略戦争の尖兵にされ、酷い虐殺の下手人にされ、さらに慰安所に連れて行かれるなど、人間としての尊厳と良心が解体してしまう場に何度も放り込まれました。
戦場にいかなかった人々も、軍隊最優先の耐久生活を強いられた上に、空襲などに何度もさらされ、塗炭の苦しみを舐めました。アメリカの明らかな戦争犯罪である諸都市への空襲や原爆投下、沖縄上陸戦闘などを受けてのことですが、戦後の政府はこうした日本民衆の「命と人権」の侵害に何一つ謝らず、アメリカの戦争犯罪への抗議もまったく行いませんでした。

それどころか「鬼畜米英を撃滅せよ」とか言っていた政府や軍の関係者ほど、戦後は一貫してアメリカに擦り寄り、朝鮮戦争やベトナム戦争に協力し、その中でボロ儲けし、権益を拡大してきました。
その流れの中にあったのが、核戦略の維持のために「原子力の平和利用」を打ち出したアメリカの手先となっての中曽根氏の暗躍でした。今回、彼が慰安所建設に携わっていた証拠が出てきたことが物語るのは、こうした日本が引きずっている歴史の暗部としての暴力構造です。

従ってこうしたことを正すのは、私たち日本人と日本に住まう人々の人権を確立し、発展させることであることを是非とも知ってほしいと思います。
自ら名乗りをあげた性奴隷問題の被害女性たちは、その意味で、私たちの人権をも守るために声を上げ続けてきてくれていることを知ってください。彼女たちが異口同音に繰り返すのは「二度と若い人たちがあんな目にあって欲しくない」ということです。
彼女たちは、今なお私たちの権利を侵害し続けている日本政府のあり方に、怒りを表明し続け、同時に彼女たちよりも若い世代すべてへの愛を表明してきてくれました。私たちの尊厳と人権にとって、もっとも心強い味方こそ、あのおばあさんたちなのです。

とくに男性のみなさん。私たちの国、日本が女性の地位が大変低い国であることをご存知でしょうか。さまざまな統計の中で、日本の女性の地位は世界の100番よりももっと低いところに位置しています。
そのことが意味するのは、私たち日本の男性が、国際水準でみてとても劣った存在であるということです。同時に、そのことはまた実は私たち男性の人権も未確立であり、非常に低い位置にあることを物語っています。

戦前・戦中の日本兵は、馬よりも価値の低いものとして扱われました。上官に絶対服従を強いられ、とりわけ新兵は、理由もないのに古参兵士たちから殴られ続けました。軍隊はそれ自身が、いじめと虐待の巣窟でした。
しかも戦闘指揮もめちゃくちゃ。まったく合理性のない戦闘を強いられ、玉砕やバンザイ突撃などが強いられました。まさにそれによってものすごいストレスが兵士たちを襲いました。
本当に残念なことに、その日本兵の中から反乱に立ち上がるものは現れませんでした。軍がその状態を管理するために、慰安所を設置し、半ば強制的に、システマチックに兵士をそこに送り込むことで、ストレスを吐き出させたからです。
兵士たちは自らレイプを行い、女性を虐待することで、自らの権利意識そのものも麻痺させてしまい、自らへの虐待に抗する意志を失って理不尽な命令に従い続け、各地で無残に死んでいったのです。

この歴史が正されていません。ということは私たちもまた同じような目にあう可能性が大きくあるということです。
いや、まさにそれが今、起こっているのが福島原発事故後の事態なのです。多くの地域が、それまで、飲み食い、寝ること、18歳未満を連れ込むことを禁じてきた「放射線管理区域」に該当していながら、当然の避難の権利も与えられないのが私たちの国の現状です。
それまでは「危険」と言われていた放射線量を「にわかに健康に被害がない」とかいう突然の言い換えによって浴びせられ続けている現実。それが今、私たちの前にあることです。

これは政府と東電による私たちへの虐待です。けして被災地の人々だけに加えられた虐待ではありません。被災地の人々の痛みを感じて心を痛めているすべての私たちが今、理不尽な虐待を受けており、著しく権利を侵害されているのです。
しかし私たちの中から、自らへの虐待に抗議する声は、まだまだ小さいものでしかありません。こうしたことと慰安婦問題を正せてこなかったことは大きくつながっていると僕は強く思います。

だからこそ今、それを正そうではありませんか。とりわけ男性のみなさん。この事態に対して、自らの問題として声を上げましょう。国軍創出を狙う、橋下氏、石原氏、安倍氏などのもと、女性にむき出しの暴力を振るう、野獣のごとき男性の列に入れられることを、断固拒否しようではありませんか。
戦前、戦中に、侵略への加担を強いられ、慰安所でのレイプを強いられた男性たちが、虐待に次ぐ虐待の中でそれを拒めなかったという、あまりに悲惨な歴史の流れに終止符を打とうではありませんか。そして未来において、日本の男性がこの時から変わった。けだもののようなあり方を一掃し、世界に誇れる男性に変わったと言われるように行動しようではありませんか。

そのために、橋下発言を一時期の問題にせず、ここに色濃く現れた、私たちの国の暴力性そのものを正すために行動しましょう。
福島原発事故後の、莫大な人々の被曝に心を痛めるみなさんが、一緒になって立ち上がることを訴えます。橋下氏を政治の世界から追放し、中曽根氏の犯罪を弾劾しましょう。そして安倍政権に、慰安婦問題への全面的謝罪と補償を行わせましょう。私たちの尊厳と人権もまたその中で確立し、輝いていくのです!

<橋下大阪市長への抗議先>
郵 便: 〒530-8201 大阪市北区中之島1丁目30番20号
大阪市政策企画室秘書部 宛
電 話: 06-6208-7237
FAX: 06-6202-6950
Email: 大阪市HP→組織一覧→政策企画室(お問合せ等)→総務担当

 

 

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明日に向けて(675)維新の会橋下共同代表の性暴力発言弾劾!

2013年05月13日 22時30分00秒 | 明日に向けて(601)~(700)

守田です。(20130513 22:30)

みなさま。維新の会の橋下共同代表が、相次いで、とんでもない発言をしました。「慰安婦制度は軍の規律を維持するために必要だった」「沖縄米軍は、もっと風俗を活用せよ」というものです。
この発言自体、性暴力そのものです。なぜなら、女性への侵害を「必要なもの」「もっと活用すべきもの」と言い放っているからです。
もちろん「慰安婦」への強制はなかったなどという安倍首相の歴史の歪曲の追認もまったくのあやまりです。日本軍が女性たちを性奴隷として扱ったことは、世界中の多くの国々が確認していることであり、日本政府自身もまた一度認めたことです。それをくつがえすのは、二度目の強姦、セカンドレイプであり、被害女性たちへの侵害行為そのものです。

どうしてこんな許せない暴力を振るう人物が、公党の共同代表であれるのでしょうか。まったく信じがたい事態です。
維新の会は、即刻、橋下氏を代表から降ろし、除名などのしかるべき処分を下すべきです。そうでない限り、維新の会という団体もまた、性暴力を積極的に肯定する団体であると言わざるを得ません。
またこんな維新の会と選挙協力をしようとしている「みんなの党」も、この性暴力全面肯定発言への態度を明らかにし、橋下代表を追求すべきです。

とにかくこれはとんでもない暴言です。こんなことが許されていいわけがない。こんなことを言い放つ人物が、政治家でい続けられるとしたら、私たちの国の民主主義は地に落ちたも同然です。
今、問われているのは、私たちの発言と行動です。すべての女性に向けられた暴力そのものである暴言、同時に、男性の尊厳をも踏みしだくこの暴挙に、徹底して抗わなければなりません。
橋下代表と維新の会への抗議を集中しましょう!あらゆる場所で声をあげましょう!

以下、この事態に関する報道内容を貼り付けておきます。あまりに怒りが強くて、収まらないので、分析は明日以降にまわしますが、とにかく今、私たちの尊厳自体が問われていること、このことを強調したいと思います。
とくに男性のみなさん!私たちは、私たちの誇りにかけてこれと猛然と闘わなくてはいけない。私たち男性が、そんな暴力的で情けない存在であることを認めてはいけません。橋下維新の会代表のような、暴力的で、女性差別的で、非人道的な人物と一緒にされることなどまっぴらです。
だから正義のために、誇りのために、愛のために、ともに闘いましょう!

*****

維新・橋下共同代表「慰安婦制度は必要だった」
TBS News i 2013年5月13日16:43
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5330977.html

日本維新の会の橋下共同代表が旧日本軍の従軍慰安婦について、意に反して慰安婦になった方の心情は理解するとしながらも、当時「慰安婦制度は必要だった」と発言しました。

13日、日本の過去の植民地支配と侵略を謝罪したいわゆる村山総理談話についての見解を問われた橋下代表。
「敗戦の結果として侵略だということはしっかりと受けとめなければいけない。実際に多大な苦痛と損害を周辺諸国に与えたことも間違いないですから」(日本維新の会・橋下徹共同代表)
話は従軍慰安婦問題におよび、事実と違うことは違うと言っていかなければならないとした橋下代表。「日本は国を挙げて慰安婦を強制していない。他の国でも慰安婦はあった」として次のように話しました。
「銃弾が雨・嵐のごとく飛びかう中で命かけてそこを走っていくときに、休息をさせてあげようと思うと慰安婦制度が必要なのは誰だってわかるわけです」(日本維新の会・橋下徹共同代表)
意に反して慰安婦になった方の心情を理解する必要があるとしながらも、当時、慰安婦制度自体は必要だったとの考えを示しました。

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「もっと風俗活用を」と橋下氏 凍り付く沖縄の米軍司令官
産経ニュース msn west 2013.5.13 19:31 
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130513/waf13051319370013-n1.htm

日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は13日夕、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を視察し同飛行場の司令官と面会した際に「もっと日本の風俗業を活用してほしい」と促していたことを明らかにした。米兵による性犯罪などの事件が後を絶たない状況を踏まえての発言とみられるが、司令官は「米軍では禁止されている」などと取り合わなかったという。
橋下氏は今月1日、同飛行場を視察。その際、司令官に「合法的に性的なエネルギーを解消できる場所が日本にはある。真っ正面から風俗業を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをコントロールできない」と述べたという。
橋下氏によると、司令官は凍り付いたような表情をみせ、「米軍では禁止の通達を出している。これ以上、この話はやめよう」と打ち切った。
橋下氏は記者団に対して「事件が収まる因果関係があるようなものではないが、活用を真っ正面から認めないとダメ。兵士は命を落としかねない極限状況に追い込まれており、そのエネルギーを発散させることを考えないといけない」と述べた。
橋下氏はこの日午前、戦時中の慰安婦制度について「必要なのは誰だって分かる」と発言。夕方、その発言について改めて言及した際、司令官とのやり取りを明らかにした。

 

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