明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(1872)新型コロナに関する指定感染症”分類見直し”がようやく浮上・・・新型コロナの影響を民主的に越えるために(31)

2020年08月29日 15時00分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200829 15:00)

しばらく新型コロナよりも桁違いに深刻で危険な放射線被曝問題にフォーカスしてきましたが、この間の社会的議論の進展を踏まえつつ、新型コロナに関する考察を再開したいと思います。
昨日の安倍首相の辞任により、旧専門家会議の新型コロナ対策が、なんでもかんでも安倍首相を擁護するためのものと、一部の方たちに曲解されてきた面も薄まると思える点も踏まえて、積極的な論を展開していきます。

新型コロナ第一波を振り返る

この病、今年の2月にはじまったころはもっと格段に恐ろしいものとして捉えられていました。3月に感染が拡大しだし、オリンピック中止が決まり、各国がロックダウンに入りだすと、日本でも強権発動を求める声も出てきました。
そんな中で4月7日に安倍首相が緊急事態宣言を発しましたが、これに向かう過程で僕は明確な反対を掲げました。
ちなみに残念なことに、法案が作られるときには反対した野党のすべてが、まさかの腰砕けになってしまい、どの一つの党も実際の宣言には反対してくれませんでした。その中で「連帯を求めて孤立を恐れず」に緊急事態宣言に反対しました。

明日に向けて(1790)緊急事態宣言に反対します!でも出されてしまったらそのもとでできることを広げよう―新型コロナの影響を民主主義的に越えるために(7)
https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/2cd41c657a7e4fdd3809114d5fda7c7e

僕が緊急事態宣言に反対したのは、自治体の長に強権などもたせなくても、民主主義的に事態を越えていけると確信していたからです。とくにこの頃、新型コロナ対策専門家会議に集った方たちが、積極的に民衆との対話をしようとしていた。
その姿勢の多くに共感しました。実際、専門家会議の提言は一部からは強烈な反発を受けながらも、三密を避けるなどの点で大きく受け入れられ、その中で市民全体で事態の深刻化を乗り越えられたと思います。ロックダウンなどなしにです。

同時に、この頃から僕は、「新型コロナウイルスはけしてそれほど恐ろしいものではない。しかし人間の側、社会の側の対応を間違えると、医療崩壊を生んでしまう可能性がある」とも考えていました。
一方で専門家会議への罵倒を続ける一部の人々からは、「東京はもう手遅れ」「いまのニューヨークは二週間後の東京」などと危機を煽りまくる言説が飛び交っていました。
日本赤十字病院の医師などを騙った危機煽りのチェーンメールが、全国各地で流されるなど、危機煽りのための何らかの勢力の暗躍を思わせる事態も起こっていました。

しかし実際には「東京は手遅れ」などではなかった。心配された医療崩壊は未然に防ぐことができたし、重症者の増加スピードも、医療のキャパシティを越えることのない線にとどめることができました。
ものすごく多くの人々の努力の重なりによるものだと思います。私たちはよく頑張った。その中でロックダウンなど必要なかったことを証明できたのは、世界の民主主義を守る上でも、とても大きなことだったと思います。


専門家会議を代表してNHKドキュメントで山中伸弥さんとの対話に応じる尾身茂さん 4月4日


新型コロナウイルスはただの風邪だろうか?

さてそれで今はどのような事態の中にあるのでしょうか。多くの人々が第二波の最中と捉えています。感染の山は下降線に向かいつつありますが、ともあれ明確なのは、第一波と比較して重症者も死亡者も格段に少ないことです。
ウイルスの弱毒化なども考えられますが、ともあれ新型コロナウイルスに関する知見が積み重ねられ、対処のレベルがあがったことも大きく結果していると思います。経験値が積み上げられたのです。
またすでに感染は大きく拡大していて、多くの人々が免疫を持つにいたったのではとも語られています。ともあれ確かに第一波と比べて、重症化が少なく、命を救うことにより成功していることは確かです。

そんな中、これらを背景に「新型コロナはただの風邪だ」という、本年の4月ごろにはごく少数だった意見がどんどん強くなっていますがさてどうでしょうか。
この点、3月4月の論稿の中で僕は「専門家会議を支持するけれども、実際には病のリスクはもっと低く見積もってもよいと思う」とも論じてきました。
その上で、新型コロナを強烈に怖いと思っている人もいるし、さまざまな形で恐怖が煽られてもいる。またまだまだ分からないことも多かったことから、民衆の合意点、一致点として専門家会議の提言に集うのが良いと考え、それを表明しました。

ただしだからと言って「ただの風邪」とも考えませんでした。なぜならこの病が指定感染症の第二類に分類されていたからです。そうである以上、感染者は指定感染症病床に隔離しなければならないのが法の定めです。それがごくわずかしかなかった。
僕がそのころ打ち出したのは、「人間の側のガードが高すぎるので、アジャストして低めることが必要だ」ということでした。それなしにいきなり対策を止めてしまうのは論外。感染者を隔離する必要があるので医療がパンクするからです。
では指定感染症第二類に分類したことが間違っていたのでしょうか?そうとも言えますが、未知の面も多かったのでそれはやむを得なかったのでは?そしてこの分類をしている以上、一時期の行動の抑制もやはり必要だったと僕は思います。


指定感染症の分類 産経新聞より


指定感染症”分類見直し”議論

この点で注目すべきことがあります。この8月24日に行われた感染症対策分科会の会見で、指定感染症の二類の見直しの議論がようやくにして出てきていることが報告されたことです。とても良いことだと思います。
尾身茂さんはこのように述べられました。「軽症な人でもあるいは無症状な人でも感染で見つかってしまうと、今だと報告されて、行政機関は対処しなくちゃいけないわけですよね。それが実態に合うのか合わないのか」
実際その通りで、この点の論議が必要なのです。それで分類をもっと低くできれば社会的対応は格段に楽になる。この点を報じたABEMAnewsをご紹介します。(なお僕の意見は、宮沢教授や出演者とすべて一致しているわけではありません。)

「新型コロナの毒力・感染力からすると明らかに過剰だ」指定感染症に分類はやりすぎ!? アンチGoToキャンペーンに苦言も...ウイルス学 宮沢孝幸准教授に聞く
https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p2162?utm_medium=webl&utm_source=abematimes&utm_campaign=times_yahoo


指定感染症分類の見直しについて論じる尾身茂さん 8月25日

どうも政府もまたこの方向性を強めつつあるようです。あまりフォーカスされていませんが、昨日の安倍首相の辞任会見でも、以下のように述べられたからです。

「新型コロナウイルス感染症については、感染症法上、結核やSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)といった2類感染症以上の扱いをしてまいりました。
これまでの知見を踏まえ、今後は政令改正を含め、運用を見直します。軽症者や無症状者は宿泊施設や自宅での療養を徹底し、保健所や医療機関の負担軽減を図ってまいります。」
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0828kaiken.html

この点は極めて重要な点ではないか。ぜひ注目したいです。

続く

#新型コロナウイルス #指定感染病 #分類見直し #専門家会議 #ワクチン

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明日に向けて(1871)速報・安倍首相が辞任の意向を固めました・・・悪政への抵抗の重なりこそが要因、私たちの勝利です!

2020年08月28日 16時30分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200828 16:30)

安倍辞任の速報をマスコミ各社が配信

みなさま。安倍首相がついに辞任の意向を固めたそうです。マスコミ各社が報じています。

安倍首相が辞意 体調悪化、職務継続は困難と判断
共同通信 8/28(金) 14:12配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/db2e61469f2c03baf239cf8480c88bce6cecff1f

安倍首相 辞任の意向固める 持病が悪化したことなど理由に
NHK 2020年8月28日 14時32分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200828/k10012588071000.html

【速報中】安倍首相が辞任の意向 午後5時から記者会見
朝日新聞 2020年8月28日 14時21分
https://digital.asahi.com/articles/ASN8X2T4XN8WUTFK01C.html

安倍首相、辞任の意向固める
毎日新聞2020年8月28日 14時19分
https://mainichi.jp/articles/20200828/k00/00m/010/084000c

安倍首相辞任へ
産経新聞 2020・8・28 14時11分
https://www.sankei.com/politics/news/200828/plt2008280015-n1.html

安倍首相が退陣の意向、持病が悪化…記者会見で表明へ
読売新聞 2020/08/28 14:41
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200828-OYT1T50214/


安倍首相辞任の意向を報じるNHK


さまざまな悪政への抵抗が安倍退陣をもたらした

マスコミ各社は、辞任の意向を固めた直接的な要因が、持病の潰瘍性大腸炎の悪化にあることを述べています。詳しくは午後5時から安倍首相自身の会見によって明らかにされるようです。
難病の悪化事態はお気の毒なこと。この点を論じるときは、常に同じようにこの病で苦しまれている人々への配慮が必要です。
しかし安倍首相の退陣を病だけのせいにして、本質を隠すことを許してはなりません。やはり安倍首相退陣の本当の理由は、度重なる悪政、不正や偽造の重なりに対する民衆の抵抗によって、政権維持の意欲が失われたことにあります。

例えばアベノミクスの柱の一つであった原発の海外輸出政策は、その全部がとん挫しました。福島原発事故のあった日本で、繰り返し原発反対行動が展開され、原発の危険性が世界中にアピールされたからです。
森友・加計・桜を見る会などに対しても、不屈な批判活動が各地で続けられてきました。不正から逃げ切ろうとする安倍首相に対して、自ら命を絶った赤木俊夫さんの妻、雅子さんが懸命の訴えで肉薄するなど、さまざまな努力が重ねられました。
もちろん立憲主義を踏みにじった安保法の策定=自衛隊を戦争のできる組織に変えようとする施策への抵抗も大きなものがありました。それならの重なりの上で、新型コロナウイルス対策の前面に立たないあり方が、政権への不信を拡大しました。

さらに安倍首相が肝いりで推してきた河合夫妻の、選挙における買収行為が立件され、裁判が始まったことも大きな位置を持っています。カジノなど総合型リゾート(IR)事業での汚職による秋元議員の度重なる逮捕も同じです。
そもそもこうした法的追究から身を守ろうと、黒川検事の検事総長への就任を画策したものの、Twitterデモなどが渦巻く中で、賭けマージャン問題が浮上し、黒川氏が辞任に追い込まれたこともダメージを拡大しました。
総じて、強権的な政治運営で憲法を踏みにじって戦争への道を進めたり、福島原発事故を省みずに原発を売りまくろうとしたり、それらの政治を、えこひいきやワイロで強引に進めようとしてきた安倍政治がついに瓦解の時を迎えたのです。


すべての原発輸出計画がとん挫 2019年01月18日 東京新聞


安倍政治の終焉を次への始まりに!

病の悪化は表面的な理由にすぎない。私たちが、悪政と不正にまみれた現政権を止めたのです!自信と誇りを持ちましょう。
少なくとも安倍政権のもとでの憲法改悪の道は完全に途絶えました。私たちは平和と民主主義の大きな部分を、何はともあれ守り通すことができました。
繰り返しますが、このことを何度も確認する必要があります。自民・公明や為政者は、民衆に倒されたのではなく、難病に倒れたのだと強調して、本質を隠そうとするだろうからです。

同時にこの私たちの勝利は、新たな始まりにすぎないことも確認しましょう。安倍政権のもとでの数々の悪政と不正を正していかなくてはなりません。安保法制をもう一度、覆して、戦争の道を閉ざさなければいけない。
森友・加計・桜疑惑をさらに鋭く追及し、権力者たちの罪を暴き続けなくてはなりません。新自由主義的な施策のもとでの医療や福祉、教育、金融、水など、社会的共通資本を壊す政策も逆転させていかなくてはならない。
なによりさらに進んで、この安倍政権の悪政を支えてきた、自民・公明政権を終わらなくてはいけません。

ただしそのための野党共闘もいま揺らいでいます。なにを軸に共闘を強化すればよいのか。僕は今こそ、ほとんどの野党が福島原発事故まで原発賛成で、国際原子力ムラの手のうちに乗せられてきたことを越えることだと思っています。
野党の方たちにはこの過去への反省が欠けています。福島原発事故のときも、どの党も避難を呼びかけてはくれなかったし、その後の被曝の危険性ときちんと向き合ってもいません。ここを正さないと、現代世界の暴力体系を打ち破れない。
ではどうしたら良いのか。やはり下からの、草の根からの、民主主義の活動、ラディカルデモクラシーを強めることです。とくに福島原発事故後に、みんなで学んできた点=暴力の象徴としての核との対決を、いまこそ強化することです。

そこにこそ本当の平和への道がある。そしてそこにこそ民主主義の成熟があると僕は思います。ともに頑張りましょう!


安倍首相の退陣を求めるデモ(東京) 2018年7月19日 毎日新聞

#安倍辞任 #安倍政治を許さない #安倍政権終焉 #ラディカルデモクラシー

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明日に向けて(1870)放射線被曝をめぐる騙しのテクニックを知って命を守ろう!

2020年08月22日 22時00分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200822 22:00)

今回は『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』をあらためてご紹介します。



広島・長崎原爆の影響も、福島原発事故の影響もともにとても小さく扱われている

この夏、核なき未来を目指した活動をたくさん重ねてきました。それと並行して広島原爆の被害の実相や、黒い雨訴訟の意義、国と広島市・県による控訴の問題点を明らかにする記事をたくさん書いてきました。
これらを通じてあらためて思うのは、放射線被曝の影響が、意図的無視によってとても小さく見積もられていること。ここに私たちの命の危機が存在しているということです。
たとえば福島原発事故の、深刻な影響が隠され続けています。事故で飛び出した放射性物質の量は膨大で、関東・東北が大きく被曝したのに、健康被害を公的に認めた例は一つもない。

これは広島・長崎原爆による放射線被曝の影響がとても小さく扱われてきたことから続いていることです。内部被曝をまったく無視することによってです。今日、黒い雨訴訟において、国が控訴を進めたのも同じ理由からです。被曝の過小評価は、現代も続けられています。危険極まりない原発を稼働させ続けるため、そこから不可避的に生じる核廃棄物を人々に受け入れさせるためです。
私たちはどうしたら良いのでしょうか。端的に国際原子力ムラが使ってきた騙しのテクニックを知ること。そのことで騙されないだけの賢さを身に着けること。その賢さで核なき未来への道を切り開くことです。


『黒い雨 内部被曝の告発』に隠された被害が胸に迫る言葉で書かれています。ぜひ一読を!
連絡先 高東征二さん 〒731-5128 広島市佐伯区五日市中央6-6-6 
Tel & Fax 082-922-8746 E-mail takatou@ms12.megaegg.ne.jp

『放射線副読本』(文科省)には騙しのテクニックが満載!それなら読み解い、テクニックを知って、賢くなろう

原子力ムラに騙されないようになるためには、騙しのテクニックを学ぶことが一番ですが、そのための素材として批判的な読み解きを行うことをお勧めしたいのが文科省発行の『放射線副読本』です。
この本には一見するとそれほど間違ったことが書いてないのですが、被曝の危険性など、大事なことが意図的に省かれています。大事なことを語らない・教えないことが、騙しのテクニックの基本の「き」なのです。
また放射線の性質や、半減期の意味など、大事なポイントを中途半端にしか示さないことでも、危険性が見えないようにされています。腹立たしい限りですが、反対にしっかり読み込めば、騙しのテクニックをつかむことができます。

このために、小学生のお子さんを持ち、家に『放射性副読本』が持ち込まれた方たち3人と僕とで、このBOOKの読み解きを一年以上かけて行い、それを多くの人にも知ってもらおうと『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』を作りました。


制作者みんなで架空のキャラを設定。いろんな立ち位置の人のことを考えて作りました


ぜひ手に取ってください。また春のリリース以降、「ダウンロード版だけではなく、製本されたものも出して!」とのご要望も大きかったので、それまた作りました。ぜひゲットしてお使いください。

『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』
https://ws.formzu.net/fgen/S35334481/

製本版はこちらから入手できます。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdKXBwKnFYkIvDdfEs3q9NhrFwqVxDe3BwNDeepaNaxylfXVA/viewform

なおBOOKの動画解説もあります。ご覧下さい。
『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』を作りました!
https://youtu.be/aDE3vdaEQJg


双方向の対話でさらに知恵を膨らまそう!

このBOOKはたくさんのことが書ききれないままに発行してもいます。読みやすさを優先し、文科省が作った1ページに基本的には同じ分量での批判を対置させて作ったからです。
なのでさまざまにご意見をいただく中で進化させていきたいと思い、すでに質問を受けてのビデオ解説のリリースなども初めています。
またより深く知りたい方のために、オンラインサロンを開設するとともに、とくに議会活動で放射性物質のことを取り上げようとする議員さんのために、「議員さんサポート」特別コースも開設しました。


第1回オンラインサロン 6月30日 第2回を8月30日に開催します!

こうした私たちの活動を持続可能とするために、これらは有料コンテンツとしています。ぜひここにもご参加ください。
これらについてご案内のできるサイトも作りましたが、いまリニューアル中。もう少ししたら再度、ご案内できると思います。
私たちが考えているのは、双方向の対話を広げてみんなでさらに知恵を膨らませていくことです。ぜひここにもご参加下さい。

ともあれまずはダウンロードと製本版の入手を。すでにされた方は周りの方にも広げて下さい。
私たちの税金をたくさん使ってばら撒かれてしまった『放射線副読本』を逆手にとり、しっかりと読み解き、賢くなって、命を守りましょう!

#放射線副読本 #すっきり読み解きBOOK #被曝の過小評価 #黒い雨 #内部被曝

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明日に向けて(1869)「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャル)から考える‐3 被ばく被害隠しに対してたくさんの人が起ちあがっている!

2020年08月19日 08時30分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200819 08:30)

「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」についての3回目の記事です。

被ばく被害の過小評価をひっくり返す努力が重ねられている

黒い雨に関する調査を握りつぶしたアメリカ。それに追従してきた日本。米日両政府はつねに放射線被曝の影響を小さく見積もり続けてきました。
しかし被爆者や支援者たちは、決して手をこまねいていたわけではありません。放射線被曝によって病になったことを認めさせる「原爆症認定訴訟」が2003年から始められたのでした。
各地でたくさんの方が名乗りを上げ、集団で裁判を起こしましたが、国を相手取った難しい裁判でありながら、連戦連勝を続けました。

2015年に提訴された黒い雨訴訟第一審の画期的な判決も、この原爆症認定訴訟からの流れの中で、実現されたことを私たちは見ておく必要があります。
この一連の動きを取材しつつ、2012年に放映されたこのNHKドキュメントも、黒い雨訴訟原告勝訴に大きく寄与したでしょう。
被ばく被害の実相を明らかにしようとする人々の努力の連なりの中で、黒い雨の問題も含めて、幾つも大きな前進が刻印されてきているのです。


原爆症認定訴訟勝訴。この後、原告側勝訴が20回以上続いた!2006年5月13日 朝日新聞

その点で私たちは、今回の訴訟で控訴がなされたからといって、けして無力感に陥ってはなりません。勝訴の連続が物語っているように、日本政府とアメリカを追い詰めているのは被爆者の側、民衆の側、だから私たちの側なのです。
大事なことは、こんにちこのモメントが、福島原発事故による「新ヒバクシャ」と結びつきだしていることです。この番組の最後にも、そのシーンが盛り込まれています。
米日両政府がもっとも恐れているのがこの点。だから裁判の控訴も行ったわけですが、だとしたら私たちの行く道もはっきりしています。より強く被ばく被害を明らかにし、これまでの過小評価の流れをひっくり返すことです。

これらの点を踏まえて、ぜひ番組を最後までご覧下さい。
文字起こし最終回をお届けします!

*****

「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」
2012.8.6NHKスペシャル
http://www.at-douga.com/?p=5774
37分00秒から終わりまで

被爆者が「原爆症認定」を求めて起ちあがった

被爆者は自分たちの調査をもとに作られた、国の認定制度との闘いを強いられることになりました。
2003年から全国にひろがった原爆症の認定を求める裁判。その中で被爆者は、半世紀以上も前の被曝の影響を、自ら証明することを求められたのです。


原爆症認定訴訟を提訴

原告の一人、萬膳ハル子さん(享年68)です。爆心地から2.6キロで被ばく、黒い雨に合いました。訴訟が続いていた2005年、原爆症と認められないまま肝臓がんで亡くなりました。
遺族のもとには戦後の貧しさの中で学校に行けなかった萬膳さんが、国に訴える紙を書くために練習していた文字が残されています。


萬膳さんの遺影を抱いて

「一生懸命に頼みたいからね、こういう字とか、「切実」とか」
自らの苦しみを必死に伝えようとしていた萬膳さん。それに対し、国は、裁判で被曝の確たる証拠を示すよう、迫ったのです。
「黒い雨を浴びたなどと供述しているが、それに放射性物質が含まれていた証拠はなく、肝臓がんの発症に影響を与えるとの知見も存在しない。」
「脱毛などの症状も、客観的証拠は存在しない上、考えられる被曝線量からすれば、放射線による急性症状とは考えがたい」(国が提出した裁判資料より)

萬膳さんが亡くなった翌年、黒い雨の影響を認める判決が出されました。
しかしそれから6年が経った今も、国は認定制度を抜本的に見直そうとはせず、黒い雨の影響についても、認めようとしていません。

30年以上、被爆者の医療にかかわり、医師として原告団を率いてきた齋藤紀さん(医師)。
詳細な調査もせず、黒い雨の影響をないものとしてきた国こそ、責任を問われるべきだと考えています。

齋藤医師
「初期放射線で説明がつかないから被曝がなかったんだと国は言っているのですけれども、説明のつかない放射線にもとづくと思われる症状が、多数被爆者の中に認められていたわけですね。
その被害がなかったのかどうかは、その調査を突き詰めていくことによって結果として出てくることであって、その調査をつきつめないで被害がなかったというのは科学の常道ではないわけなんですね」


被爆地広島の科学者たちが解明のために起ちあがった

解明されてこなかった、黒い雨が人体におよぼす影響。放影研のデータが公開されないなか、被爆地広島の科学者たちが、独自の研究で明らかにしようと動きはじめています。

原爆放射線医科学研究所の映像

広島大学の大瀧慈教授です。被爆者ががんで死亡するリスクについて研究してきました。
大瀧教授らは、被ばくした場所によって、がんによる死亡のリスクがどのように変わるか調べてきました。すると意外な結果が得られたのです。
初期放射線の量は、距離と共に少なくなるため、死亡のリスクは同心円状に減っていくはずです。しかし結果は、爆心地の西から北西方向でリスクが下がらないいびつな形を示しました。
初期放射線だけでは説明のできないリスクが浮かび上がってきたのです。


リスクは同心円状ではなかった

「まさか、同心円状でないようなリスクの分布があるということは、まさしく想定外だったと思いますけど。はい。」
このリスクは黒い雨によるものではないか。しか大瀧教授らが使ってきた独自の被爆者データだけでは、確認できませんでした。37000人について、どこで被爆したか調べていますが、黒い雨にあったかどうかまでは尋ねていなかったからです。
去年、放影研が黒い雨の分布図を公開してから、大瀧教授らは新たな分析を試みました。被爆者ががんで死亡するリスク全体から、初期放射線の影響を取り除きます。
すると問題のリスクが姿を現しました。それは西から北西にかけて、爆心地よりも高くなっていたのです。これを今回、放影研が公開した黒い雨の分布図とあわせると、雨にあったと答えた人と、重なったのです。


放影研公開の黒い雨分布図とガンのリスク図を重ねると・・・

(大瀧教授)
「やはりその、リスクが高くなっている地域というのは、黒い雨の影響を受けたのであろうということが、強く示唆されているものと考えております。
直接被ばく以外の放射線の影響が、あまりにも軽視されてきたのではないかなということが、今回のわれわれの研究を通じてですね、明らかになってきたのではないかと思っております」。

今年6月、大瀧教授らのグループは、研究成果を学会で発表しました。

研究員の学会における説明
「黒い雨などの放射性降下物が影響しているのではないかと想像されます。」
黒い雨によるリスクをさらに明確にしたい。大瀧教授は放影研が持つ黒い雨のデータを共同で分析したいと考えています。


放射線影響研究所の開き直りを許すな!

放影研はABCCが作成した93,000人の調査記録をもとに、すべての被爆者を追跡し、どのような病気で亡くなったか調べています。
国から特別な許可を得て、毎年全国各地の保健所に、新たに亡くなった方の調査票を送り、死因の情報を入手しているのです。
黒い雨にあったと答えた13,000人について死因の情報を分析すれば、黒い雨の人体への影響を解き明かせるのではないか。大瀧教授は考えています。

大瀧教授
「黒い雨の影響を研究する上で、世界に類をみない貴重なデータだと思います。可能な限り、広い観方ができるような状況で解析をするということが、データから真実をひきだす必要条件だと思います。
そうするとデータはおのずから語ってくれるようになると思います。真実をですね」。

こうした指摘を放影研はどう受け止めるのか。共同研究については、提案の内容を見て判断したいとしています。
しかし黒い雨による被曝線量が分からない限り、リスクを解明することはできず、データの活用も難しいとしています。

放射線影響研究所 大久保理事長
「可能性があるというところまでは、ああ、そうですかということで、もちろんそうかもしれない。そうかもしれないだけで、それ以上のことはいえませんのでね。
ゆがむにはゆがむだけの死亡率の、リスクの違いがあるわけですから、その違いを証明できるだけの被曝線量を請求書でもなんでもだしていただかないとですね、放影研として一緒に、同じ土俵で議論することはできないということです。」


放影研が認める放射線被曝被害の範囲=2キロ以内


黒い雨は2キロを大きく越えて激しく降り被害をもたらした


福島原発事故による新ヒバクシャとともに

今、私たちは新たな被曝の不安に直面しています。去年おきた原発事故です。
子どものころ、母親の背中で黒い雨を浴びた佐久間邦彦さん。福島などから広島に避難している母親たちに、自らの体験を語り始めています。
「母が私を連れて裏山に逃げたのですが、そのときに黒い雨にあったのですね。」(母親たちへの講演で)
佐久間さんが繰り返し訴えているのは、事故のときにどこにいて、どう避難したのか、自分と子どもの記録を残すことです。
被曝の確かなデータがなければ、子どもを守ることはできない。母親が答えてくれた自らの黒い雨の記録を見せながら、語り続けます。


佐久間さんのお母さんが記入した調査票

佐久間邦彦さん
「調査したけれども、その後、何もやっていない。やはり広島の経験を、本当に調査をやってなかったことは残念なことなのですが、怠慢だと思いますが、だけどやはり福島で生かすためには、どんどん進めていかなければいけないと思いますね。
過去を振り返りながらね。そうすることが子どもたちを守ることにつながると思います。」


福島原発事故避難者に語りかける佐久間さん

広島・長崎で被ばくし、ガンなどの病気で苦しんできた被爆者たち。長年にわたって集められてきた膨大なデータは、放射線によって傷ついた一人ひとりの体を調べることによって得られたものです。
半世紀の時を経て明らかになった命の記録。見えない放射線の脅威に正面から向き合えるかが、今、問われています。

終わり

語り 伊東敏恵

声の出演 坂口芳貞 関輝雄

取材協力 高橋博子 冨田哲治
広島原爆被害者団体協議会
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館

資料提供 アメリカ国立公文書館
全米科学アカデミー 広島平和記念資料館
気象庁 広島大学原爆放射線医科学研究所
林重男 林恒子

取材 田尻大湖 山田裕規 松本成至
撮影 佐々倉大
音声 土肥直隆
映像技術 猪股義行
照明 西野誠史
CG製作 妻鳥奨
音響効果 小野さおり
編集 川神侑二
リサーチャー ウインチ啓子
コーディネーター 柳原緑
ディレクター 松木秀文 石濱陵
製作統括 井上恭介 藤原和昭

#黒い雨 #内部被曝 #原爆症認定訴訟 #放射線影響研究所 #新ヒバクシャ

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明日に向けて(1868)「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャル)から考える‐2 アメリカが核戦略維持のために黒い雨の影響を隠した!

2020年08月18日 09時00分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200818 09:00)

「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」についての2回目の記事です。

アメリカは核戦略維持のために黒い雨など、被爆被害を無視した

今回、取材班はアメリカに飛び、なぜ黒い雨のデータが放置されたのかに迫りました。
そこで明らかにされているのは、水爆実験を繰り返すなどして核武装を進め、核戦略を強化していたアメリカが、「被曝の安全基準」を作るため、広島と長崎で進められていた黒い雨の調査など、被爆被害調査をもみ消そうとしたことです。

この動きを主導したアメリカ原子力委員会のダナム氏がこう述べたことが紹介されています。
「もしもここでアメリカが引き下がれば、何か悪いもの、時には共産主義の色合いのものまでが、広島・長崎の被害を利用してくるだろう。そうなればアメリカは敗者となってしまうだろう。」

この問題の本質が端的に示されています。アメリカは核戦略(核武装を進め、圧倒的な暴力で世界への支配的な力を維持すること)のために、被爆者調査にブレーキをかけ、ゆがめ、事実を隠したのです。
このため被爆者の被曝被害は、長い間隠され、過小評価されてきました。今回、黒い雨訴訟で国が控訴を行ったのもこの流れの延長です。植民地日本政府は宗主国アメリカの意のままに、被爆者を抑圧し続けているのです。あまりに酷い。
日本政府を批判する人々を「反日」と名指す「ネトウヨ」なども、日本住民を大量虐殺したアメリカ政府に卑屈に追従し、被爆者を圧迫する日本政府を黙認しているだけ。この国の人々を愛する気持ちなどどこにも感じられない・・・。

以下、番組の文字起こしの2回目をお送りします。


被曝の安全基準作りが目的だったとセオドア・ロックウェル氏

*****

「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」
2012.8.6NHKスペシャル
http://www.at-douga.com/?p=5774
16分11秒から37分00秒まで

「被曝の安全基準」を作るために黒い雨の調査データは隠された

今、放影研から調査記録を取り寄せる被爆者が相次いでいます。私たちは今回、被爆者の承諾を得て、53人分の調査記録を集めました。被爆者自身、初めて眼にする黒い雨の確かな記録です。
中には、発熱や下痢など、複数の急性症状が、爆心地から5キロの場所にいたにもかかわらず、強く出ていたという記録もありました。
調査を行ったABCCは、黒い雨のデータを集めておきながら、なぜ詳しく調べることなく眠らせていたのか。私たちは調査を主導していたアメリカを取材することにしました。

映像 アメリカ・ワシントン

ABCCに資金を提供し、大きな影響力を持っていたのが、原子力委員会(現エネルギー省)です。
戦時中、原爆を開発したマンハッタン計画を引き継ぎ、核兵器の開発と、原子力の平和利用を、同時に進めていました。

被爆者の調査がはじまったのは1950年代。
「核分裂物質が人類の平和のために使われるだろう」(アイゼンハワー大統領)

アイゼンハワー大統領の演説を受け、原子力の平和利用に乗り出したアメリカ。
しかし核実験を繰り返した結果、国内で被曝への不安が高まり、対処する必要に迫られていました。
原子力委員会の意向を受け、ABCCは被曝の安全基準を作る研究にとりかかります。被爆者93,000人について、被曝した状況と健康被害を調べて、データ化する作業がいっせいに始まりました。

当時の原子力委員会の内情を知る人物が、取材に応じました。セオドア・ロックウェル氏、90歳です。
戦時中、広島原爆の開発に参加したロックウェル氏は、原子力委員会で、原子炉の実用化を進めていました。
安全基準を一日も早く作ることを求められる中で、黒い雨など、残留放射線について調べる気は初めからなかったといいます。
「被爆者のデータは絶対的な被ばくの安全基準を作るためのものだと最初から決まっていました。残留放射線について詳しく調査するなんてなんの役にも立ちません。」


広島・長崎の被害報告を抑えこめ(原子力安全委員会)

さらに私たちは残留放射線の問題に対する原子力委員会の強い姿勢を示す資料にいきあたりました。
「これは原子力委員会からの手紙です。1955年のものです。」

手紙を書いたのは、原子力委員会の幹部だったチャールズ・ダナム氏。調査を始めるにあたって、学術機関のトップにこう説明していました。
「広島と長崎の被害について、誤解を招く恐れのある、根拠の希薄な報告を抑え込まなければならない。」

ダナム氏が抑え込もうとしていた報告とは何か。
ちょうどそのころ、広島のABCCで残留放射線の影響を指摘する報告書が出されていました。
「広島における残留放射線とその症状」。報告書を書いたのは、ローウェル・ウッドベリー博士。広島のABCCで統計部長を務めていました。
報告書の中で博士はまず、黒い雨など残留放射線の影響は低いとした当時の測定結果に疑問を投げかけています。
原爆投下の1ヵ月後、巨大な台風が広島を直撃。ほとんどの調査はそのあとに行われ、測定値が正確でなかった可能性があると指摘しています。

「台風による激しい雨と、それに伴う洪水によって、放射性物質の多くは洗い流されたのかもしれない。」
ウッドベリー博士は、実際の被曝線量は、健康被害が出るほど高いレベルだったのではないかとと考えたのです。

その根拠として、ある女性の調査記録を示しています。
下痢や発熱そして脱毛など、九つもの急性症状が出たことをあげ、黒い雨など、残留放射線の影響ではないかと指摘しています。
「女性が被曝した4930メートルの距離では、初期放射線をほとんど受けていないはずだ。女性は市内をさまよっている間、黒い雨が降った地域を数回通っている。
この領域の放射線量が高ければ、症状が出るほどの被曝をしていたかもしれない。」

女性の名前は栗原明子(くりはらめいこ)。取材を進めると、この女性が今も広島にいることが分かりました。
栗原明子さん。86歳です。当時、ABCCに事務員として務めていたため、ウッドベリー博士の調査の対象にもなっていました。
原爆が投下されたとき、爆心地から5キロの場所にいた栗原さん。その後、市の中心部にあった自宅に戻り、激しい急性症状が出たのです。

「髪をといたら、櫛にいっぱい髪の毛がついてくるから、これはおかしいね思て、髪の毛が大分抜けましたね。」
しかし残留放射線の影響をうたがっていたのは、ウッドベリー博士だけで、ほかの研究者に急性症状のことを話しても、まったく相手にされなかったといいます。
「怒ったように言われましたね。絶対にありえないいうて。二次被曝というようなことは絶対にありえないからって断言されました。
矛盾しているなあ思ったんですけれど、本当に私も体験して、他にも体験した人をたくさん知ってましたからね。なぜそれは違うんかなあと思って、不思議でしかたがなかったんですけれども」。


「二次被曝というようなことは絶対にありえないからって断言されました」と語る栗原明子さん


水爆実験による「反米感情」「反核の意識」を抑えこむために

ウッドベリー博士が報告書を書いた直前、アメリカは太平洋のビキニ環礁で水爆実験を行っていました。
日本のマグロ漁船、第五福竜丸が、放射性物質を含んだいわゆる「死の灰」を浴び、乗組員が被曝。死の灰の一部は日本にも達し、人々に不安が広がっていました。

当時のテレビニュースより
「一方、青果市場には、おなじみのガイガーカウンターが出動しました。青物をしらみつぶしに検査しましたが、ここでも心配顔が増えるばかりです。」


市場で行われたガイガーカウンターによる測定を不安げに見つめる人々 当時のニュース映像より

ウッドベリー博士の報告書より
「最近、日本の漁師が、水爆実験による死の灰で被曝するという不幸な事件が起きた。今、広島・長崎の残留放射線に対する関心が、再び高まっている。この問題は、より詳細な調査を必要としているのだ。」

原子力委員会のダナム氏は、こうした主張こそ、東西冷戦の最中にあったアメリカの立場を悪くするものだと警告します。
第五福竜丸事件の後、日本で反米感情と、反核の意識が高まっていました。島では第1回、原水爆禁止世界大会が開かれ、被爆者が被害の実態と核の廃絶を訴えはじめていました。


核実験反対を訴えるデモのひとこま

ダナム氏
「もしもここでアメリカが引き下がれば、何か悪いもの、時には共産主義の色合いのものまでが、広島・長崎の被害を利用してくるだろう。そうなればアメリカは敗者となってしまうだろう。」(ダナム氏)
被害の訴えに強く対処すべきだという考えは、原子力委員会の中であたりまえになっていたとロックウェル氏はいいます。
ロックウェル氏
「放射線被害について人々が主張すればするほどそれを根拠に原子力に反対する人が増えてきます。少なくとも混乱は生じ核はこれまで言われてきた以上に危険だという考えが広まります。
私もアイゼンハワー大統領も考えていたように、原子力はアメリカにとって重要であり、原子力開発にとって妨げになるものは何であれ問題だったのです。」

1958年11月、原子力委員会の会議にダナム氏と、広島から呼び寄せられたウッドベリー博士が出席。残留放射線の問題が議論されました。
議事録は公開されていません。分かっているのは、会議の1ヵ月後、ウッドベリー博士が、ABCCを辞職したことです。
ウッドベリー博士の報告書には、こんな一説が残されています。
「この問題はほとんど関心がもたれていない。私が思うに、何度も何度も、研究の対象としてよみがえっては、何ら看取られることなく、静かに葬り去られているのだ。」

ウッドベリー博士が、報告書の中で残留放射線の影響を指摘した栗原明子さんです。
戦後、貧血や白内障など、さまざまな体調不良に悩まされ続けました。しかし被曝直後の急性症状も、その後の体調不良も、その後の研究で省みられることはありませんでした。

1975年、ABCCは組織改正されます。日本も運営に加わる日米共同の研究機関、放射線影響研究所が発足しました。
研究の目的に被爆者の健康維持や福祉に貢献することも加えられました。ABCCの調査を引き継ぎ、被爆者の協力のもと、放射線が人体に与える影響を研究しています。

国は放影研の調査結果をもとに、被爆者の救済にあたってきました。原爆による病気と認められた人に医療手当てを支給する原爆症の認定制度です。
救済の対象は実質、初期放射線量が100mSvを越える2キロ以内。残留放射線の影響はほとんど考慮されてきませんでした。原爆症と認められている人は、現在、被爆者全体のわずか4%、8000人にとどまっています。


原爆症認定は2012年で被爆者の4%にしか認められていない

続く

#黒い雨 #ABCC #放射線影響研究所 #内部被曝 #ウッドベリー #原爆症認定訴訟

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明日に向けて(1867)「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」(NHKスペシャル)から考える‐1 「無視して良い程度」と断じた放影研

2020年08月17日 23時11分58秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200817 23:00)

黒い雨はアメリカによって調査されていた!

黒い雨のことに関する続編です。今回は2012年8月6日に放映されたNHKスペシャル、「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」を扱います。
実は放映後の8月11日に「明日に向けて(526)」で紹介し、文字起こしも載せているのですが、今回、その原稿をリメイクしました。同番組はいまも以下のアドレスから観ることができます。

「黒い雨 活かされなかった被爆者調査」
2012.8.6NHKスペシャル
http://www.at-douga.com/?p=5774

「活かされなかった被爆者調査」とはアメリカの調査機関であるABCC(原爆傷害調査委員会、Atomic Bomb Casualty Commission)が行ったもの。
この機関は原爆による傷害調のために米国が設置したもので、広島市の比治山山頂にあります。「調査はするけれども治療はしない」ことで有名です。1975年より米日の合同機関となり、いまは放射線影響研究所(放影研)の名となっています。

2011年12月にこの放影研に、黒い雨を調べた大量のデータがあることが明らかになりました。眠っていただけで活用されなかったデータでした。何故だったのか。この事実が物語るものは何なのかを番組は追いかけていきます。
以下、文字起こしをお送りますのでぜひお読み下さい。なお小見出しは守田が入れました。

*****

黒い雨に関する大量のデータが存在していた

広島に住む女性が大切に保管しているものがあります。無数の黒いシミが残るブラウスです。
「染み込んどるの洗っても洗っても取れんかった、これ。」
原爆投下直後、広島に降った黒い雨。67年前の確かな痕跡です。

アメリカが広島・長崎に投下した原子爆弾。きのこ雲には、爆発で巻き上げられたチリや埃とともに大量の放射性物質が含まれていました。それが上空で急速に冷やされ、雨となって降りました。いわゆる黒い雨です。
原爆資料館に保管されている雨だれのあと、原爆の材料となったウランなどの放射性物質が検出されています。しかしこれまで雨がどこに降り、どれだけの被曝をもたらしたのか詳細なデータがないため、わからないままになっていました。
ところが去年12月、国が所管する被爆者の調査をする研究所に大量のデータが存在していたことが明らかになりました。

放影研職員
「12,250人において雨にあったということを答えられておられます」

公開されたのは広島・長崎10,000人を超える被爆者が、どこで雨にあったのかのを示す分布図です。
丸の大きさが雨にあった人数を表しています。データは戦後、被曝の影響を調べる大規模な調査の中で集められたものでした。
突然明かされた新事実。黒い雨を浴びてガンなどの病気になっても、その影響を認められなかった人たちに衝撃が広がっています。


かなりの広域に黒い雨が降ったことが示されていた

「なして出してくれんかったんかね。こういうのがあったのに」
「これはもう、憤り以外の何ものでもないですよね」

このデータをもとに、黒い雨の実態解明を進める動きも起きています。
最新の研究で、雨が多く振ったところで、被爆者ががんで死亡するリスクが高まっている可能性が浮かび上がってきたのです。

黒い雨の研究者
「まったく驚きですね。リスクが高くなっている地域が黒い雨の影響を受けたんであろう」

黒い雨のデータはなぜ生かされてこなかったのか。それは今の時代に何を語るのか。被爆から67年、はじめて明らかになる真実です。


本田孝也医師の調査からデータが見つかった!

今回公開された黒い雨のデータ、その存在があきらかになったのは長崎のある医師が抱いたある疑問でした。
長崎市内で開業している本田孝也医師です。黒い雨を浴び、体調不良を訴える患者を長年診てきました。

診察の場で
「雨の色は黒かった?」
「はいもう黒かったですよ、汚れて」
「髪の毛が抜けたとは」
「私は髪の毛が抜けたなという感じはしましたもんね。」(患者との対話)


データの存在に気づいた本田孝也医師

黒い雨を浴びた患者の中には、ガンや白血病などの病気になった人も少なくありません。しかし詳しいデータはなく、どうすることもできませんでした。
何か資料はないのか。さまざまな文献に当たる中で、去年、気になる報告書を見つけました。広島と長崎で、被爆者の調査をしてきたアメリカの調査機関ABCCの調査員が内部向けに書いたものでした。
そこには黒い雨を浴びた人に、被曝特有の出血斑や脱毛などの急性症状が出たことが、集計された数字と共に記されていました。元になったデータがあるのかもしれないと本田さんは思いました。

「そんなことは聞いたことがなかったので。それほどのデータがあったのかなと、ずっと昔から研究されている研究者の中で話題にならなかったのかというのが、最初は不思議だなと思ったところですね。」

本田さんは当時、報告書を書いた調査員がいた研究所に問い合わせました。アメリカの研究機関ABCCを引き継いだ放射線影響研究所、放影研。


国から補助金を受けて、被爆者の調査を行い、そのデータは被曝の国際的な安全基準の元になってきました。本田さんに対する放影研の答えは、確かに黒い雨の調査は行ったが、詳細は個人情報であり、公開はできないというものでした。
そのとき渡されたのは調査に使った空の質問表でした。どこで被曝したか、どんな急性症状を起こしたか、数重もの質問が並んでいました。

1950年代、ABCCが放射線の人体への影響を調べるため、広島と長崎の被爆者93000人に行った聞き取り調査でした。

「原爆はどちらでおあいになりましたか?」
「はい。ここでですが」
「脱毛はありましたでしょうか?」
「すっかり毛が抜けてしまったんです」

「原爆直後雨二逢イマシタカ?」
黒い雨に関する聞き取り項目もありました。放影研は本田さんとの数回におよぶやりとりの末、13,000人がイエスと答えていたことを初めて明かしたのです。


原爆直後雨二逢イマシタカの項目が

「ほんとかなという実感がわかなくて。なんかありそうじゃないじゃないですか、そんな膨大なデータをいまどき、そのままにしているなんて。
そこからは何かがでるはずだろうし、何で今まで出さなかったのかという、ちょっと険しいやりとりにはなったのですけれど。」


黒い雨は研究の中で無視してよい程度だったと放影研

マスコミから問い合わせが殺到し、2ヵ月後、放影研は分布図だけを公開しました。これまで公開しなかった理由について、隠してきたわけではなく、データの重要度が低いと判断したからだとしています。
その根拠は何か。放影研が重視してきたのは、原爆炸裂の瞬間に放出される初期放射線です。その被曝線量は爆心地から1キロ以内では、大半が死に至るほど高い値ですが、2キロ付近で100mSvを下回ります。
100mSvは健康に影響をもたらす基準とされている値で、放影研はそれより遠くでは影響は見られないとしているのです。
しかし被曝はそれだけではありません。黒い雨や地上に残された放射性物質による残留放射線です。原爆投下後の1ヶ月あまりの後の測定などから、被曝線量は高いとことでも10から30mSvと推測されています。


「2キロ以遠は影響は見られない」と放影研

放影研の大久保利晃理事長。
残留放射線の被曝線量は、研究の中で無視してよい程度だったとしています。

「集団としてみた場合には黒い雨の影響は、そんなに大きなものではなかったと思います。影響はないとは言ってませんよ。もちろん放射線の被曝の原因になっているということは間違いない事実だと思いますけれど。
それが相対的に直接被曝の被曝線量と比べて、それを凌駕する、あるいは全体的に結論を変えなければいけないような量であったかという質問であったとすれは、それはそんなに大きなものではなかったと。」
公開された分布図を見ると、黒い雨にあった人は、爆心地から2キロの外にも多くいたことが分かります。それなのになぜ黒い雨の影響を調べなかったのか。多くの人が、放影研の説明に納得できずにいます。

爆心地からおよそ2.5キロ。広島市の西部、己斐(こい)地区です。黒い雨が激しく振りました。しかしひとりひとりが黒い雨を浴びた確かな証拠はありません。
佐久間邦彦さん。67歳です。当時、生後9ヶ月だった佐久間さんにとっても、黒い雨を浴びたことを示すものは、自分をおぶっていた母の話だけでした。
「聞いているのは最初、パラパラっときて、それからザーッときたというふうには聞いてますけどね。頭と背中と、当然、もろに濡れたんじゃないかなと思っています。」

佐久間さんは幼いころから白血球の数が異常に少なく、小学生のときには、腎臓と肝臓の大病を患いました。
母親の静子さんは乳がんを発症。しかし黒い雨を浴びた確かな証拠はなく、その影響を強く訴えることはできませんでした。
佐久間さんは放影研のデータの存在を知り、自分のデータはあるのか問い合わせました。二週間後、送られてきた封筒には、調査記録のコピーが入っていました。

「イエスというふうにこれ(原爆直後雨ニ逢イマシタカ?)にチェックしてあります。まさかですね、私がこの中の一人になるとは思っていなかった。」
調査に答えていたのは母、静子さんでした。母が答えた調査記録があるのに、なぜ国は病気のことを調べてくれなかったのか。病気と黒い雨との関係を明らかにできなかったのか。疑念が沸いてきました。
「そのままにしておかれたのかという、私たち被爆者の立場から考えたら、もう何の調査もされていないということは、これはもう憤り以外、なにものでもないですよね。」

続く

#黒い雨 #ABCC #放射線影響研究所 #内部被曝

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明日に向けて(1866)黒い雨訴訟控訴もみすえつつ『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』の活用を!

2020年08月16日 11時30分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200816 11:30)

● 被曝に関するウソを見破ろう(BOOKの最新版をゲットしてください!)

8月12日に政府と広島市・県が行った黒い雨訴訟への理不尽な控訴に対して、各地から怒りの声が上がり続けています。
被ばくした人々を75年にもわたって放置し、いままた国の責任を認めようとしないあまりに酷い姿勢だからですが、この問題の背後にあるのは、放射線被曝の影響が過小評価されてきたことにこそあります。
それを行ってきたのは、核兵器で武装し、核実験を繰り返し、核のゴミを各地にばらまいてきたアメリカです。日本政府はまるで植民地政府のように、そのアメリカの横暴への加担を続けています。

ぜひ強調しておきたいのは、この同じ流れのもとに文部科学省が作ったのが『放射線副読本』だということです。
この本もまた、人々の意識を被曝の危険性や原発事故の恐ろしさからそらすために出されました。そのため、これまで被曝影響が過小評価されてきたことと同じテクニックが使われています。
ポイントは大事なことに触れないこと、無視すること、ないものにしてしまうことです。黒い雨訴訟で突き出されたのも、内部被曝による被害が長年、ないものとされてきたことでした。

したがって、これに対抗する有効な手は、隠されていた事実を知ること、広めてしまうことです。シンプルなことですが、これが大きなカウンターになります。
にょきにょきプロジェクト発行の『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』も、そのための一助となるものを目指したもの。
文部科学省発行の『放射線副読本』では、大事なことがはぐらかされているために、読むととても「モヤモヤする」のですが、そのモヤモヤを紐解く形でBOOKを編みました。


このBOOK、無料のダウンロードで提供しています。6月6日からサイトリニューアルのためにダウンロードを停めていましたが、このたびようやく再開しました。あわせて更新も行っています。ぜひ最新版をゲットして活用してください。
https://ws.formzu.net/fgen/S35334481/

またたいへんご要望が大きかったので、製本版も作りました。以下から製本版のお申し込みができます。この活動へのご支援も兼ねて、お買い上げいただけると嬉しいです。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdKXBwKnFYkIvDdfEs3q9NhrFwqVxDe3BwNDeepaNaxylfXVA/viewform

なおBOOKの動画解説もあります。ご覧下さい。
『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』を作りました!
https://youtu.be/aDE3vdaEQJg


● 内部被曝についてきちんと知ろう

さらにさきにも述べたように、黒い雨訴訟が突きだしたものが、これまでないものとされてきた内部被曝の被害であった点をおさえて、むしろこの機に、内部被曝への学習をみんなで深めていきたいです。
そのための絶好の書としてお勧めしたいのが岩波ブックレット『内部被曝』です。内部被曝の構造、脅威が隠されてきた歴史過程など、分かりやすく書いています。
https://www.iwanami.co.jp/search/?search_menu=keyword&tab=3&search_word=%E5%86%85%E9%83%A8%E8%A2%AB%E6%9B%9D

琉球大学名誉教授の矢ヶ崎克馬さんが研究された内容を、僕、守田敏也がお聴きする形で編み、2011年に岩波書店から出版されました。
矢ヶ崎さんは沖縄でアメリカ軍が劣化ウラン弾の誤射を行ったことからこの問題に取り組みだし、被爆者の原爆症認定訴訟に関わることで見識を深められました。
「原爆症認定訴訟」というのも聞きなれない言葉だと思います。実は被曝影響はとても過小評価されているので、被爆者の方の多くの病が被曝によるものと認められていません。それを認めさせるための裁判で、勝訴が連続しました。

この過程で矢ヶ崎さんは、アメリカ軍が原爆投下後の放射線量を評価したDS86という文章を読み、「怒りで3日間寝られなかった」そうです。
あまりにもデタラメで、科学性のないやり方で、放射線の影響が過小評価されていたからでした。矢ヶ崎さんはまた、そのことに自分が長年気が付かなかったことにも、科学者としての申し訳なさも感じ、怒りは自分にも向いたそうです。
その時の、いわば「怒りのモヤモヤ」を解き明かし、隠されていた内部被曝の危険性を明らかにしたのが、矢ヶ崎さんの業績であり、それを可能な限り分かりやすく解き明かす形で『内部被曝』が生まれました。


自由報道協会での記者会見にともにのぞんで 写真は「週刊金曜日」より

『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』から入って、ざっくりと政府や文科省が教えようとしないこと、ないものにしようとしていることについて学んだ上で、さらに『内部被曝』に進んでいただけたらと思います。

この二つの本を入口とし、さらに原爆について、被爆と被曝について、原発の危険性について、放射性廃棄物問題について、みんなで学びを深めていきたいです。

知ることは力になります。ウソを見抜くことができるようになります。騙されないことこそが肝心。ともにもっと賢くなるなかで、明るい未来の可能性を開いていきましょう!

#放射線副読本 #放射線副読本すっきり読み解きBOOK #内部被曝 #矢ヶ崎克馬 #岩波ブックレット

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明日に向けて(1865)日本は負けると分かっていて戦争に突入した 誰もこの国を守ろうとはしなかったー敗戦記念日に思う

2020年08月15日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200815 23:30)

日本の指導層はアメリカに勝てないことを知っていて戦争に突入した

75年前の本日、8月15日、大日本帝国政府は連合軍のポツダム宣言を受け入れました。追い詰められて敗戦を選択したのです。
この日は一般的に「終戦記念日」と言われていますが、終戦といっても連合国側と日本が戦争を止める対等な合意をしたわけではありません。日本が無条件降伏したのです。したがってこの日は「終戦」ではなく「敗戦」の日です。
この日にぜひともご覧になって欲しい番組があります。NHKが2011年に「日本人はなぜ戦争へ向かったのか」を問うて作成したドキュメントの4回目「開戦・リーダーたちの迷走」です。

日本人はなぜ戦争へと向かったのか 第4回「開戦・リーダー達の迷走」
https://www.dailymotion.com/video/x1x0qaq?fbclid=IwAR0iG8zABGOLp9PfeCkrZpUbIjLdt8oUO0jgJ5jfqaAf1bwpf-9xz7cu9MQ

この番組を見ていただきたいのは、驚くべき事実が明らかにされているからです。1941年の開戦当時、天皇を囲んだ御前

会議に出ていたすべてのメンバーが、日本はアメリカに絶対に勝ないと認識していたことです。
理由はアメリカと日本の国力差が総合力では80対1も開いていたこと。これだけの国力差があれば、どう考えても勝つ可能性などない。
こう考えていたのは政治家だけではありませんでした。陸軍も海軍もまったく同じだったのです。日本は国のリーダーたちが誰一人も勝てないと思っていた戦争に突入していったのです。


日米の当時の国力差 同番組より


なぜ戦争を回避できなかったのか

絶対に勝てないと分かっていたのに、なぜ戦争を回避しなかったのか、できなかったのか。
最大の理由は、自分たちがさんざん戦争熱を煽り、中国侵略戦争に駆りだした日本民衆の、きわめて好戦的な雰囲気を恐れたことにありました。
アメリカは中国からの撤兵を要求していましたが、それまで20万の兵士の死をもたらし、国家予算の7割をもつぎ込んでいたため、軍部も政府も引き下がることができなくなっていました。正確には、引き下がって民衆の批判のまとになることを恐れたのでした。

このため海軍は、先に陸軍に戦争を回避を言いだして欲しいと考えましたが、陸軍も同じように考え、ともに黙っていました。
そんな中で内大臣木戸孝一の推薦のもと、東条英樹内閣が生まれましたが、これは東条が天皇に忠実とされたために、天皇が戦争回避を命令すれば、東条が陸軍を抑えらるだろうと踏んだからでした。
しかし昭和天皇もまた「戦争は止めよ」とは言い出しませんでした。その結果、誰もが絶対に踏み込んではならないと思っていた対米戦争に、国をあげてのめりこんでしまったのでした。


20万人を失い予算の7割も使っていた 同番組より


誰も国を守ろうとは思わず身体をはった行動にも出なかった

このあまりに酷い事態、いやばかばかしいとしかいいようのない事態に、なぜ当時の日本政府と軍部は突っ走ったのか。
番組の最後で、陸軍省軍務課長だった佐藤賢了がこう述べています。「独裁的な日本の政治ではなかった。だから(戦争回避)はできなかったんです。だから戦争に入るようになったんです。
こうした日本人の弱さ ことに国家を支配する首脳 東条さんをはじめ我々の 自主独往の気力が足りなかったことが この戦争に入った最大の理由だと思います」

そうではありません。端的に言って誰も命をかけてこの国を守る気などなかったのです!午前会議に出ていたメンバーの中で、一人も国を守る気概を持ってはいなかった。勝てない戦争を身体をはってとめようとはしなかった。
もちろん昭和天皇もそのうちの一人です。誰もが戦争を止めたかったのだから、大元帥であった天皇が「戦争をやめよ」と命令すれば、陸軍も海軍も喜んでしたがったでしょう。
誰かが止めればあの戦争は回避できた。にも関わらずこの国は、中国侵略を拡大し、東南アジアも侵略し、各地で反撃を受けて疲弊するうちにアメリカから沖縄上陸、本土空襲、原爆を受け、ものすごい死者を出して崩壊したのでした。


「我々の自主独往の気力が足りなかった」と元陸軍軍務課長は言うけれど・・・同番組より


もう同じことは繰り返させない!

その後、この国は平和憲法を持ち、戦争を否定して今日まで歩んできました。戦争で傷ついた人々、わたしたちの先達が懸命になって民主主義を育ててきてくれました。
しかし勝つ見込みのない戦争に国をひきずり込んだこの国の支配層は、戦後はアメリカに全面的にすりよることで生き延び、国の命運など考えずに、自分たちの地位の保全ばかりを考えてきました。
このためこの国は、地震大国であるにもかかわらず、アメリカに押し付けられた危険な原発にしがみつき、あげくの果てに福島原発事故で、ひとたび国の半分がなくなるほどの危機に直面しました。

この国の支配層の誰も、この国を大切だとは思っていないし、愛してもいない。いわんや守る気など持ってないのです。
これに対して戦後、日本民衆はかつての日本の侵略戦争を捉え返し、さまざまな抵抗運動を作りだしてきました。ベトナム戦争反対運動などはその典型でした。
さらにいま、福島原発事故後に多くの人々が政府のウソに気づき、世論の大半が原発反対を唱えるまでにいたっています。沖縄の米軍基地の辺野古への移設も民衆の力で阻んでいます。

この流れこそが、この国の本当の安全を守り、人々を守り、平和を支えているのです。だからこの流れをもっと強めましょう。もう絶対に同じことは繰り返させない。
そのことを8月15日の敗戦記念日にみなさんとあらためて決意したいと思います。


各地の民衆行動こそがこの国の人々を守っている! 関西電力京都支社前行動 2017年9月 守田撮影

#終戦記念日 #敗戦記念日 #日米戦争 #太平洋戦争 #負けると分かっていた

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明日に向けて(1864)No more Hiroshimas. No more Nagasakis. 世界が平和を誓った75周年(8日の企画の録画です)

2020年08月14日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200814 23:30)

8月6-9日の間に 平和を思いながら

広島の日と長崎の日に挟まれた8月8日、zoomでタイトルにあげた企画を行いました。
録画の編集ができましたので、みなさんにお届けします。ぜひご覧ください。

No more Hiroshimas. No more Nagasakis. 世界が平和を誓った75周年
https://youtu.be/70x1Id7jXDM

収録 2020年8月8日午後9時から11時 zoomにて 
場所 京都市・丹波篠山市・川崎市・ニューヨーク市を結んで



被爆75年をさまざまな角度から問いました

以下、企画の話し手と、講演タイトルを記しておきます。

森川聖詩 「核なき未来へ」
神奈川県原爆被災者の会二世三世支部副支部長 広島平和文化センター 被爆体験伝承者
元関東被爆二世連絡協議会委員長
seishi@mocha.ocn.ne.jp

守田敏也 「原爆被害―まだまだ出てくる新たな事実」
ジャーナリスト
京都「被爆二世三世の会」世話人
morita_sccrc@yahoo.co.jp

玉山ともよ 「コロナ禍に進行する蠢き「原子力イノベーション」」
インディペンデント・リサーチャー
有機農家
noritama_noen@yahoo.co.jp

田中康予 「戦争を知らない私の戦争体験」
ソーシャル・プラクティス・アーティスト
yasuyotanaka@yahoo.co.jp



「二つの7月16日に ともしびをつないで」もご覧ください。

このうちの田中・玉山・守田の三人で、今年の7月16日に、1945年のトリニティ核実験と1979年のウラン精錬工場汚染水漏れ事故を問う企画も行いました。
このときも森川さんにビデオメッセージ(英語)をいただいています。また三人の共通の友人で、ナバホ(ディネ)のアクティヴィストであるレオナ・モーガンさんにも出席していただきました。

核のアンソロジー 二つの7月16日に ともしびをつないで 
もりもりチャンネルVol.167

https://youtu.be/2p66dt9-SLM

収録 2020年7月16日午後9時から11時 zoomにて
場所 京都市・丹波篠山市・ニューヨーク市・アルバカーキ―市を結んで



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次の企画も計画中。日米の放射線廃棄物問題を扱いたいと考えています。
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#ノーモアヒロシマ #ノーモアナガサキ #守田敏也 #森川聖詩 #玉山ともよ#田中康予 #原爆許すまじ

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明日に向けて(1863)黒い雨訴訟が暴いたのは内部被曝の広範な影響=米国の核戦略の闇だ!だから日本政府は認めずに控訴した。この点が最も許しがたい!

2020年08月13日 23時30分00秒 | 明日に向けて(1701~1900)

守田です(20200813 23:30)

黒い雨訴訟と内部被曝

昨日12日、国と広島市・県が「黒い雨」訴訟一審の原告側全面勝訴を認めずに、高裁への控訴を行いました。
これに対して「明日に向けて」で直ちに抗議の記事を出しました。マスコミの多くも原告の側に立ち、75年も被爆者認定をしてこなかった原告に、また裁判の負担を負わせるのかと憤りを明らかにしています。
しかし各社の記事をよく読んでいて、大事な点が十分にとりあげられていないことを痛感し、再度、記事を書くことにしました。

「黒い雨」訴訟勝訴の意義は、これまでの被爆被害の区域の認定を改めるべく命令したことだけにあるのではありません。核心は「黒い雨」による内部被曝の被害を広範に認定したことにあるのです。ここに重大な位置があります。
なぜか。原爆を落としたアメリカは内部被曝の影響を一切認めなかったからです。戦後、あたかも植民地政府のように、アメリカにべったり追従してきた日本政府もこの立場を採り続けています。
米日両政府によって、放射線の影響は、原爆が炸裂したときに発せられた中性子線とガンマ線、および爆心地付近で中性子があたって「放射化」した物体から出てきた放射線だけに限定されてきたのです。

実際は核分裂で膨大な死の灰が生まれました。黒い雨となって降った地域もあれば、チリや芥として降った地域もありました。
それを浴びて皮膚から吸収したり、呼吸などでとりこんだり、汚染された水や食べものから摂取することで、内部被曝が生じましたが、これを米日両政府はまったく無視したのでした。
これはアメリカの核戦略の闇と言える部分です。核戦略維持のために内部被曝をないものとしたのです。琉球大学名誉教授の矢ヶ崎克馬さんが言われる「隠された核戦争」です。黒い雨訴訟はここに切り込んだのでした。


内部被曝についてはぜひこの書をご参照ください!


原告たちは内部被曝をこそ告発してきた

原告のみなさん、いや1976年から被害地域の拡大を求めてこられた多くの方たちは、「内部被曝の被害を認めよ」とも力強く訴えてきました。
それを有力に物語る書籍があります。『黒い雨 内部被曝の告発』です。「広島県『黒い雨』原爆被害者の会連絡協議会」が2012年7月30日に発行しています。裁判を始める3年も前のことです。
この中に50数名の被爆された方の証言が載せられています。そのタイトルを少しご紹介します。

「内部被曝をしている、確信をもって言えます」(植田あき江さん)
「国は内部被曝を認め、我々が生きている間に調査し研究を!」(寺本博和さん)
「国は集団訴訟で負けた。今度は内部被曝を認めよ」(中川敏明さん)

内容を読んでみると、それぞれの方が経てきた体調不良のこと、病のことが書かれています。黒い雨の直後にひどい下痢など体調不良にさいなまれたこと、その後も根気が続かないなど様々な症状に苦しめられたことなどなど。
親や兄弟姉妹、近親者が若くして亡くなったことや、同窓会を開いたら半数が亡くなっていたこと、さらには二世であるお子さんが生まれてすぐに亡くなったり、病弱に育ったりといったことも書いてある。
悲しい事実がたくさんですが、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。連絡先を記しておきます。

高東征二さん 〒731-5128 広島市佐伯区五日市中央6-6-6 
Tel & Fax 082-922-8746

E-mail takatou@ms12.megaegg.ne.jp




『黒い雨 内部被曝の告発』の表紙と背表紙


内部被曝の危険性をより明らかに!

このように見てきた時に、日本政府が行った控訴は、核戦略を維持してきた米国を守り、それに追従してきた自分たちを守るものであることは明らかです。
日本政府が卑劣なのは、実際に被曝被害があったことを熟知しているがゆえに、控訴で判決を否定しながら、援護地域の拡大などで、問題の沈静化図っていることです。
しかし反対にここに日本政府が、そしてその背後にいるアメリカが何を一番、問題にされたくないかが透けて見えています。

内部被曝の脅威をひた隠しにしてアメリカは核実験を繰り返しました。プルトニウム製造に必要な濃縮ウランの消費先を生み出すために、「原子力の平和利用」を語り、全世界に原発を広めました。
そのとき行われたのも、内部被曝の脅威を隠すことでした。原発は被曝労働なし成り立たないしろものだからです。もちろん深刻な核事故の可能性もはらんでいるし、実際にたくさん起こしてきました。
その上、核兵器製造にしろ、原子力発電にしろ、膨大な核のゴミを生み出しますが、そこでも内部被曝の脅威が隠されました。核のゴミの安全管理などとてもやりきれないし、かつ安全性を追求するならとてもコストに合わないものだからです。

だからこそ、黒い雨訴訟を高裁で勝利させること、そのためにも一審勝利の意義を広めることで、隠された被曝=内部被曝の脅威を明らかにすることこそが大事です。
それが核大国の核戦略への一番のボディーブローとなります。同時に裁判を最も力強く支えることにもなります。原告を助け、さらには私たち自身を助けることにつながります。
ぜひ多くのみなさんとこの道をともに歩みたいです。


原告のみなさんの奮闘は本当に素晴らしくありがたい!支えましょう―共同通信より

#黒い雨訴訟 #内部被曝 #広島原爆 #被爆者健康手帳 #放射線防護

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