明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(2099)要注意!発達中の台風16号が関東接近もしくは上陸の恐れ。河川決壊による大災害への警戒を!

2021年09月27日 12時00分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210927 12:00)

要注意!台風16号が発達中

台風16号が太平洋上で発達しています。27日午前9時現在、日本のはるか南の鳥島近海にあり、しばしの停滞からゆっくりとした北上に移っていますが、「大きさ・強さ」は「非情に強い」レベル。
中心気圧935Pa、最大風速50m/s 最大瞬間風速70m/s。このあと明日、明後日とさらに発達し、28,29日には中心気圧910hPa、最大風速55m/s 最大瞬間風速80m/s で最大級の「猛烈な」レベルとなる見込みです。
その後、勢力そのものはやや落ちると考えられますが、それでも「非常に強い」レベルを保ったまま、10月1日(金)頃に関東に最接近する見込みです。


日本気象協会 tenki.jp 27日午前9時発表


問題は進路です。今のところ関東の東海上を通過していく可能性が高いと予測されていますが、進路の予報円の西にあたるのは伊豆半島から相模湾付近で、場合によっては関東に上陸し、茨城を通過して太平洋にいたる可能性もあります。

この予報円の西寄りの進路は、2019年10月に甚大な被害をもたらした台風19号と似通っている。考えておかねばならないのは、その場合、あの時と同様の甚大な河川決壊が起こる可能性もあることです。
なお予報円内を通る確率は70%。もっと西側を通過する可能性もあります。そうはならずに関東から離れた洋上を通過することを祈るばかりですが、いまは最も厳しいコースを辿ることもありうることを見すえて、厳重に警戒することを呼びかけます。


2019年台風19号のたどった進路 気象庁


2019年台風19号被害を振り返る

そもそも2019年の台風19号は、この国の水害対策、河川対策のグランドプランを完全に打ち壊してしまう被害をもたらしました。
なんと71河川140カ所で堤防決壊が起こったのです。堤防は壊れずとも、越水などの氾濫は301か所で起こりました。あちこちが深刻な水害に見舞われたのですが、進路から大きく西に離れた千曲川でも深刻な決壊が起こりました。
より詳しくは国が管理する一級河川で12カ所、そのほかで128か所の決壊が起きたのですが、これほど多数の決壊が起きたのは初めてのこと。はやこれまでの対策では命と生活を守れないことが突きつけられました。


どういうことかと言うと、河川管理には「計画降雨」というものがあります。河川ごとに基準が違いますが、大きな河川では100年に1回程度発生する降水量を見積もり、それでも決壊しないだけの堤防が作られてきました。

このもとで2000年から10年までの、河川決壊の平均数は年3本でした。ところが2019年の台風19号がもたらした大雨は、各地で「計画降雨」を上回る水量を発生させ、堤防がもたなくなり、決壊が相次いだのです。
日本では長らく、堤防によって洪水を食い止めることを、河川防災対策の基軸にしてきました。近年の気候変動に対応して改め、遊水池整備などもされつつあります。でもまだ決壊すると打つ手がない。甚大な被害が多発しています。


日本気象協会 安齋理沙氏作成


あのとき、実は首都圏は壊滅寸前だった

これらをもたらしているのは気候変動による「記録的豪雨」の多発ですが、この傾向はただちにとめらるわけではないので、今後も「記録的豪雨」に度々見舞われる可能性が高いし、より深刻になる可能性があります。
この点を踏まえて、今一度、台風19号被害を良く見てみましょう。実は関東を流れる大河、利根川の上流で多数の決壊が起こっていたことが分かります。そして実はそうであるがゆえに、利根川が大決壊を免れたことも見えてきます。
これはとても恐ろしい事態です。当然にも決壊地点には修復と強化が施されている。そうなれば次の洪水時に他の地点が決壊する可能性がありますが、反対に決壊しなかったら全ての水が利根川に押し寄せ、大決壊を起こす可能性があります。


台風19号による河川の被害状況 国交省

同じ図の利根川付近を拡大

ぜひ知っていただきたいのは、利根川が関東平野の高い所を流れていることです。東京は江戸川区などゼロメートル地帯を多数抱えていますが、利根川の水面はなんとそれより20メートルも高いのです。
だから利根川で大きな決壊が起きると、東京方面に大水流が押し寄せやすい。そうなれば命を落とす方が多数出るとともに、首都圏機能もたちまちマヒして大変な混乱が起きます。
2019年も実はその危機に直面していたのです。しかしこの2年間、少なくとも国家的には、まともな対処がなされてきませんでした。だから今回の大型台風の接近でも、大きな恐怖に見舞われてしまっています。


河川決壊に備えを。災害対策の抜本的強化を訴えよう。

実はこうした日本の諸都市の構造的危機は、スイスの保険会社「スイス・リー」などによって繰り返し警告されてきました。
「スイス・リー」は全世界の616都市の自然災害への危険度の比較レポートを2013年に発表。東京・横浜圏をワースト1、大阪・神戸圏をワースト4、名古屋をワースト6と発表し「ワースト10の都市には移住すべきでない」と勧告しています。
これに気候変動での豪雨が加わり、危機はより強いものとなっています。災害対策の抜本的な強化が必要なのです。しかし日本政府はあまりに無策。野党の警戒心もけして高いとは言えません。この現状を変えないといけない。

今回、台風が関東から遠く離れた洋上を通過することを願うばかりですが、そうでない最もシビアな場合に備え、河川決壊が多発する可能性も考えて、それぞれで対策を立てていただきたいです。
やはり最も有効なのは早めの避難です。ぜひハザードマップをよくご覧になり、少なくとも水没が予想される地点におられる方は、台風16号の関東上陸が避けられなくなった時点で避難して下さい。
災害対策の基本はとにかく災害の場にいないこと。「とっとと避難する」ことです。とくに河川に近い地域におられる方は、河川決壊によって水流が押し寄せてくるのは瞬時であることを考えて、危険地帯を離れて下さい。

台風16号に対して最大限の警戒を深めて危機をしのぎましょう。そしてこれを機に、災害対策の抜本的な強化を進めるべく、大きく声をあげていきましょう。


河川氾濫、堤防決壊から命を守ろう

#台風16号 #猛烈な台風 #台風19号 #河川決壊 #計画降雨 #利根川決壊の危機 #記録的豪雨 #スイスリー #災害対策の抜本的強化を #東京横浜は世界一危険

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明日に向けて(2098)伊方原発で発生した不正はウソの「安全」を押し通してきたことで生み出された構造的なもの。再稼働などとても認められない!

2021年09月22日 23時30分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210922 23:30)

伊方原発職員の長きにわたる不正が内部告発で露見

伊方原発3号機で本年7月に大きな不正が露見しました。2016年~2020年にかけて、伊方原発に勤務する社員が、当番中に不正に発電所外に出ていたのです。
しかも2017年3月から19年2月の間、3号機稼働中の2回を含む5回では、緊急時対応要員22人が満たせない状況になっていました。明確な「保安規定違反」です。
この社員は「配管接続班長」でもありました。重大事故時に炉心に冷却水を供給する役割を担っていた班長だったのです。それが原発の稼働時にすら不正に原発から出ていってしまっていた。

しかも勤務中の外出は合計46回にも及んでいた。その多くが不正であった可能性が濃厚です。明らかにこんなことが「状態化」していたのです。
なお社員は何をしていたのかというと、車にガソリンを入れに行ってたのだそうです。その時、社用車用のガソリンを合計で38万円相当も自分の車に入れてしまっていた。
このことが露見したため、すでに本年1月に依願退職させられています。それが重大事故対応を担うとされた「配管接続班長」だったのです。


問題を報じる読売新聞


再発防止策が明らかにしている安全精神の崩壊

これに対して9月10日に出された四国電力が出された「再発防止策」がまた酷い。
「宿直時の点呼の頻度を高め」「GPS付スマートフォンによる宿直者の所在確認」「無断外出に使われた社有車の管理強化」・・・。
社員が不正を働かないように、締め付けを強化しようというのです。しかしそんな「疑い」を前提にした締め付けは安全文化の崩壊を進めるだけです。

そもそも問題は「配管接続班長」が、これほど安易に外に出てしまっていたことにあるとともに、明らかに誰も咎めようとしなかったことにもあります。
こんなに何回も不正外出があったのに、気が付かなかったというのなら、誰もが職場の在り方になんの関心も持っていないことを意味します。
要するに安全文化が内側から崩れているのです。この根本要因にメスを入れずに社員を締め付けても、必ず同じようなことが起こるし、そもそも重大事故への対処に社員がまともに向かえるはずがありません。


ひどい規制のあり方が構造的な不正を生み出している

ではなぜこんなひどい不正がまかり通り続けてきたのか。答えは明確です。そもそも再稼働に向けて、あまりに無理なことや不正が繰り返されながら、電力会社と規制当局事態にごまかされているからです。
例えば、今回、伊方原発3号機は「テロ対策施設」が設置できなかったから運転停止に至っていたのですが、本来、いつまでに作らねばならなかったのかというと2018年だったのです。
ここももっと説明がいる。そもそもこの施設は、正しくは「特定重大事故等対処施設」で、2013年に定められた新規制基準で設置が義務付けられたのです。

ところが当時、西日本に主力の加圧水型原発をはやく動かしたかった原子力規制委員会は、この施設の設置を新規制基準施行から5年後と大甘の猶予を与えてしまったのでした。
にもかかわらず、この施設は2018年にすら完成しなかったのですが、そうしたらさらに「設置許可を出してから5年」と期限が延ばされた。しかしこの大甘を重ねた期限すら四国電力が守らず、3月22日に期限が切れてしまったのです。
つまり四国電力は2011年3月11日の事故からなんと10年経っても、この施設を作らないまま、何度かの稼働を行ってきたわけです。あまりにひどいのですが、これらの過程を一貫して社員たちは見ています。


特定事故等対処施設設置期限の変遷


ウソつきの電力会社と規制委員会が社員の不正を止められないのは当たり前

しかも「テロ対策施設」という言い方にも大きなウソが含まれています。フィルターベントの設置など、重大事故対策のための装備が大きく含まれているからで、それを「テロ対策」などというのはウソつきの仕業です。
また伊方原発が深刻な事故を起こした時に、とてもではないけれど周辺住民が安全に逃げることなどできない。とくに伊方原発より先にいる佐田岬半島の人々5千人は海が荒れたら逃げ道は皆無です。なのに稼働が強行されてきた。
そもそも最悪の場合には、放水銃で放射能を打ち落とすとされているのですが、そんなことまともにできるわけがない。実は現場社員こそが、それを一番良く知っているのです。




関西電力ホームページに掲載された放水銃 こんなものは事故対策とは言えない!

このように伊方原発は、いや全国の原発が矛盾だらけです。にも関わらず電力会社はウソを重ねて運転を強行し、原子力規制委員会もたびたびウソに加担している。でもそれでマスコミは騙せても社員を騙すことなどできません。
にも関わらず、自分たちだけルールを守れと言われて、どこまで守れるでしょうか?とくに「配管接続班長」などになると、こうしたごまかしを嫌と言うほど知り、自らも加担してしまっていたでしょう。だから平気でルールを破るようになってしまった。
これが不正が止まない構造的な理由です。大元にある再稼働のための大ウソを正さないと不正は無くならない。でもこれを正したらもう稼働はできないのです。だからもはや全国の原発を直ちに止めるしか道はない。このことを訴え続けましょう。


奮闘する「伊方原発をとめる会」の人々。次回、詳しくお伝えします!

#伊方原発3号機 #宿直者が不正外出 #保安規定違反 #緊急時対応要員欠員 #配管接続班長 #四国電力 #再稼働反対 #テロ対策施設 #特定重体事故等対処施設

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明日に向けて(2097)福島の今について、しえんほうシネマで話しました!動画をご覧下さい。

2021年09月18日 23時30分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210918 23:30)

しえんほうしねまでの動画を公開します!

6月27日にしえんほうしねまでお話しました。主催者の冨田貴史さんと対談風の講演でした。
動画をお知らせします。

しえんほうしねま 冨田貴史さんと守田のトーク


何については話したのか。直前に観た、「カマレポvol.08~かつての汚染地に帰還する子どもたち」の感想から入って、いま福島で起こっていることについて語りました。
(カマレポを観てなくても分かるように話しているのでご心配なく)

なお「しえんほうしねま」とは何かについては、この企画を宣伝した以下の記事をご覧下さい。
明日に向けて(2054)いま、原発事故から10年を見つめ直そう!(しえんほうシネマでお話します。27日日曜吹田市)
https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/828b8adbf8166b839aae91443d8b4e82

 

福島イノベーションコースト構想について

福島で起こっているのは「福島イノベーションコースト構想」です。
すごく恐ろしい構想です。福島の浜通りを、廃炉産業を中心に、核産業の町に変えようというもので、なんと「ハンフォード」と連携しています。
ハンフォードはアメリカの西北、ワシントン州にある町。プルトニウム生産炉が作られ、長崎での大量虐殺に使われたプルトニウムが製造されました。

その後も、アメリカの核弾頭に入っているプルトニウムの三分の二を製造。その間、周囲にものすごい汚染を引き起こしました。
とくに被曝したのは、それを作っていた労働者たち。その労働者たちの住まう町の名前が「リッチランド」です。
アメリカの研究者のケイト・ブラウンが「プルートピア」と名付けた町です。その街を作った人々がいま、福島浜通りに入ってきているのです。

許してはいけない動きです!ぜひご覧ください。


もっと日本社会の肯定面、戦争を二度と起こさせまいと行動した先人が積み上げた成果に目をむけるべき

後半では、冨田貴史さんの問いかけに応えて、もっと日本の、あるいは私たちの肯定面に目を向けようという話をしました。
そのためにこの10年間積み上げてきたもの、その成果についても話しています。何より避難者が頑張ってくれたからです!それが黒い雨訴訟の勝利でさらに拡大すると話しています。
これを話したのは6月27日。控訴審判決の前です。ぜひお聴き下さい。

さらに、海外にいくと日本人が自分たちを過小評価しすぎなことを痛感するという話もしました。
例えば日本で、人前で「ギターが弾けます」と言ったら、ほぼその人はセミプロ並みです。かなりうまい人が「いやいや僕はつま弾く程度で」なんて言う。
これに対してドイツでは、3カ月ギターを触ったら「弾ける」という。この辺、メンタリティがすごく違います。

これが社会運動にも強く反映している。とにかく社会運動家は日本社会のダメなところばかり強調しがちです。それで日本民衆がいかにダメかを語ってはため息をつく。
でも同じ基準でいけば、世界中の民衆がダメなのです。どこだって、民衆はときに愚かで、支配層に騙されてばかりもいます。
でもそれぞれの国で民衆は違った角度からは魅力的で、いろんな力を持っている。日本民衆とて同じなのです!だって私たちの先達はここまで憲法を守ってくれたし、いまだに自衛隊は本格的な戦闘の経験がないのですから。

そのおかげで日本社会は町の中を歩いている人殺しの数が、アメリカなどに比べて圧倒的に少ないのです!それが私たちの安全にすごく寄与しています。
ただそれで日本社会がアメリカより優れているなんていいたいのではもちろんありません。アメリカの民衆には日本の民衆より優れたところがたくさんある。でも日本民衆だって捨てたものではないよと僕は良いたいのです。
支配の要は民衆に「お前たちは無能だ」と思わせること!そんなことに乗ってはいけない。私たちには力がある。そこにもっとフォーカスしましょう!そんなことを語りました。

ということでぜひぜひ動画をご覧ください!


にょきにょきプロジェクト 新BOOKより

#しえんほうしねま #原発事故子ども被災者支援法 #原発からの命の守り方 #モモの家 #冨田貴史 #フランク菜っ葉 #廣海ロクロー #民衆には力がある 

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明日に向けて(2096)zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」、200人以上の参加で大盛況でした!動画を公開します。ぜひご覧下さい。

2021年09月17日 22時00分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210917 22:00) 

9月12日、被爆二世問題に200人以上が参加されました

この間、何度もお知らせしていたzoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」、大盛況でした。
zoomでの申し込みが約250人。実際にzoomに常時190人~200人が参加して下さいました。被爆者、二世、三世とともに、原発事故被災者、研究者、ジャーナリストの方もかなり多様に参加してくださいました。
この問題で、これだけの多様な方が集まったことは、少なくとも昨今ではまったくありませんでした。とても大きな意義があったと思います。

内容的にも、森川さんの基調講演、それぞれの報告ともに、「とても分かりやすかった」「事態が良く分かった」「驚きだった。もっと知りたい」など、大きな反響をいただいています。
「ぜひもう一度聞きたい」「部分的に聞き逃したところがあるので録画が観たい」「友人・知人に紹介したい」という声も多数、寄せられました。

それらを受けて、主催された「神奈川県原爆被災者の会 二世・三世支部」のみなさんと相談し、僕が録画を編集してさきほど「もりもりチャンネル」の場からアップさせていただきました。
ぜひご覧下さい。拡散して、できるだけたくさんの方にお知らせください。感想も寄せて下さると嬉しいです。

zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」 2021年9月12日


主催していただいた「神奈川県原爆被災者の会 二世・三世支部」のみなさま。
手厚い基調講演を行って下さった森川聖詩さん。それぞれの現場から切実な内容を発信していただいた報告者のみまさま。
そしてまたご参加いただいたみなさま。さらに企画の宣伝にご協力いただいたり、ご友人を誘ってくださったみなさま。心よりお礼申し上げます。


ぜひさらに拡散を!

みなさま。ぜひさらにこの動画をゆっくりとご覧下さい。
とにかく放射線被曝の最もコアな内容が、体系的に論じられています。基調講演の後の報告者の発言が、基調講演をより補強するものとなっています。
けして長くない!これをご覧いただければ、放射能の問題がかなり把握できます。

ぜひこの動画をご友人・知人にお伝えください。一緒にご覧になり、討論もしてください。
そしてもっと掘り下げるべきことなどありましたが、どんどん意見もお寄せください。この内容をみなさんと一緒にさらに育てていきたいと思います。
そのことで、核なき未来を確実に手繰り寄せていきましょう。

あなたの参加しているコミュニティに、あなたの大事なお知り合いに、動画をお送りいただくことを、心よりお願いします。

#被爆二世 #放射線の遺伝的影響 #ABCC #放射線傷害調査委員会 #放射線影響研究所 #被爆二世ゲノム解析 #被爆二世健康診断 #神奈川県原爆被災者の会二世三世支部 #森川聖詩 #核なき未来へ

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明日に向けて(2095)黒い雨裁判を深く取材した小山美砂さん、宮崎・早野論文の不正を暴いた島明美さんについてー9月12日zoom公開講座、大盛況でした

2021年09月11日 23時00分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210911 23:00)

公開講座、200名以上のご参加のもと大盛況のうちに終了しました。
録画をお届けします。記事もお読み下さい。(9月17日追記)

zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」 2021年9月12日


9月12日(日)zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」へのお誘いの4回目です。午後3時から6時です。無料です。

いよいよ明日ですので最後のお誘いです。今回は森川さんの講演のあとに報告する4人のご紹介です。
それぞれエッセンスしかお伝えできませんが、前回の記事で木原省治さんの『僕のヒロシマノート」をご紹介したので、あと2人、小山美砂さんと島明美さんをご紹介します。


黒い雨裁判で勝利した原告のみなさんを一番熱く丁寧に取材された小山美砂さん

小山美砂さんは毎日新聞広島支局の記者さんで、黒い雨裁判を深く取材された方です。
まずはこの記事をお読み下さい。上告棄却による判決確定後の8月6日に載せられた記事です。

「黒い雨」訴訟不参加者の援護は 許されぬ被爆者「線引き」=小山美砂(広島支局)
https://mainichi.jp/articles/20210806/ddm/005/070/008000c

小山さんはこの記事の中で、原告の高東征二さんのこんな言葉を紹介しています。
「すっごいうれしい。じゃが、わしだけがもろうてええ気になっちゃいけん」。今月3日に手帳を受け取った原告の高東征二さん(80)=広島市佐伯区=は表情を引き締めた。
脳梗塞などの病に苦しみながら、周囲にいる被害者の証言の聞き取りに奔走し、支援してきた。判決確定後には高東さんのもとに「私も手帳をもらえるんでしょうか」と多くの相談があった。
「わしの手帳をあげたいとさえ思う。病気で原告に加われなかった人もたくさんいる。内部被ばくする状況にあった人を広く救ってほしい」。
全ての黒い雨被爆者が救われて初めて、運動に終止符が打たれるのだと思った。」

(記事の引用はここまで)

実は僕も8月7日に、小山さんに誘っていただいて、高東さんにお会いし、一緒に黒い雨降雨地域を周ることができたのですが、その時にも同じ言葉を聴いて胸を打たれました。
前号で、ヒロシマの体験は人に優しさを教えていくという木原省治さんの言葉を紹介しましたが、この時も僕は「高東さん、優しいなあ。この優しさが問題の解決を求める原動力なんだな」と強く感じました。

小山さんはこういうところを見逃さない。原告の方それぞれが絞り出すように語った言葉を、きちんと拾っておられる。
どうか短い時間ですが、その小山さんのご報告をお聴き下さい。


宮崎・早野論文の不正をあばいた島明美さん

もう一人の発話者、トップの僕に続いてお話するのは、福島県伊達市在住の島明美さんです。「個人被ばく線量計データ利用の検証と市民生活環境を考える協議会代表」でいらっしゃいます。
宮崎・早野論文とは、福島医大の宮崎真准教授と、東京大学の早野龍五名誉教授が共著で書いた論文で、伊達市の被曝状況や市民の生涯被曝線量予測などを論じたもの。
英学術誌『Journal of Radiological Protecion』に2016年、2017年に掲載されたのですが、実はこれが相当に飛んでもないしろものだったのです。

どうとんでもないのか。一つに伊達市が2011年から2015年にかけて市民の線量計(ガラスバッジ)を渡して計測した、市民の9割前後の約58000人分のデータが使われたのですが、4割以上の約27000人の同意を得てなかったのです。
この論文はこれだけで倫理的にアウトであり、実際に2020年7月に二つの論文とも撤回されました。しかしその後に問題がもっと深いことが見えてきました。
例えば二つ目の論文では伊達市の人々の予測される「生涯線量」がかなり低く見積もられていた。実際に指摘を受けた早野氏が、2019年1月に文科省記者クラブに訂正分を提示。なんと3分の1の過小評価になっていたと告白しました。
さらには2014年10月から12月の解析対象人数が計測に参加した住民数より多いのです。データそのものが捏造された疑いが濃厚です。

島さんはこれを明らかにする画期的な役割を担われました。もともと伊達市は市内の除染を三つのエリアに分けて行うとしましたが、伊達市の70%を越す島さんも住むCエリアが、面的除染の対象から外されてしまいました。
これに対して島さんはやむなく自主除染をされましたが、その後も「絆、復興、風評被害ーとこの三つの言葉だけは私は絶対に受け入れられない」と語って、伊達市の問題を発信し続けました。

これに、つくば市の大学共同利用機関・高エネルギー加速器研究機構の黒川眞一名誉教授が着目。黒川氏は同時に早野龍五氏らの論文発表に気づき、それを島さんに伝えました。
そこから数名の仲間とともに黒川ゼミが立ちあがり、共同作業が始まりました。島さんは、市民の被曝線量データなどを情報公開請求などで集める役割を担い、黒川名誉教授と二人三脚で宮崎・早野論文の不正を暴いていったのです。
今回、島さんがそれらの経験に踏まえてお話して下さいます。(島さんの活躍については、『週刊金曜日』1313号掲載の本田雅和さんの論稿を参考にまとめさせていただきました)


以上、3人についてほんの少しずつご紹介しました。
僕は京都被爆二世三世の会で行ってきた被爆二世三世健康調査アンケートについてお話します。
森川さんの主著に関連するし、さらには島さんが不正を暴いた早野龍五氏とも関連していきます。内容はこうご期待です。
ともあれみなさん。現時点でもかなりの方からもお申し込みが集まっています。ぜひこのチャンスをお見逃しなく。
明日12日午後3時にzoomの場でお会いしましょう。(現在、アーカイブ準備中です。9月13日追記)

#被爆二世 #放射線被曝の遺伝的影響 #黒い雨訴訟 #高東征二 #宮崎早野論文 #伊達市 #小山美砂 #島明美 #黒川眞一 #早野龍五

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明日に向けて(2094)ヒロシマの体験は「悲劇と怒り」を基礎としてその到達点に「優しさ」を教えているのではー9月12日zoom公開講座、大盛況でした

2021年09月10日 23時30分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210910 23:30)

公開講座、200名以上のご参加のもと大盛況のうちに終了しました。
録画をお届けします。記事もお読み下さい。(9月17日追記)

zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」 2021年9月12日


9月12日(日)zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」へのお誘いの3回目です。

時間は午後3時から6時まで。主催は「神奈川県原爆被災者の会 二世・三世支部」です。

今宵もどうしてもみなさんをこの企画に誘いたいので、放射線防護をめぐる大きな流れについて触れ、さらに「ヒロシマの心」に触れていきたいと思います。



放射線被曝をめぐって大きな潮目が来ている

みなさま。いま放射線被曝をめぐって大変大きな揺れ動きが始まっています。
この「揺れ」は福島原発事故後の10年の中で強められてきたものですが、その大きな山として、この夏の黒い雨訴訟控訴審での勝訴と、政府の上告断念による確定がありました。
このことで政府が、被爆後76年も黒い雨を浴びた被爆者を見捨ててきたことが明らかになり、当然の権利として、原告の方たちが被爆者健康手帳を交付されるべきことが明確になったのです。


「長生きして黒い雨を見届けるぞ 頑張ろう」と声を上げた原告たち 「黒い雨訴訟」報告集会にて 7月14日 守田撮影

問題はそれにとどまらない。高裁判決は「放射能の影響を受けうる可能性のあったものは保障されなければならない」という被爆者援護法の精神をきちんと通したものであるため、手帳を手にしうる人の範囲が大きく広がりました。
その数、なんと約1万3千人!それほどの数の方たちの中から、いま、原告に問い合わせが殺到しているそうです。
みなさん。ぜひここに注目してください。換言すれば76年経ってなお1万3千人もの人々を政府は見捨ててきたのです。そこに放射線被曝の影響がものすごく軽く扱われてきたことが如実にあらわれています。

さらにこの時期、明らかにこの高裁での勝訴を見すえて、NHKが画期的な番組を放映してくれました。NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」(8月9日放映)です。
ここで被爆後の広島・長崎で米軍が黒い雨による被曝事実をもみ消していたことが鮮明になりました。とくに貯水池のある長崎西山地区でのもみ消しはひどかった。ここでもたくさんの被爆者が無視された。
確定した高裁判決は、当然にもこの長崎の見捨てられた黒い雨被爆者をも保障せよと政府に告げる位置性を持っています。その意味でまさに今、パンドラの箱が空いたのです。


そしてそんなときだからこそ、放射線被曝の遺伝的影響のことも大きくクローズアップさせる必要がある。
もちろんそのことは、原爆被害のみならず、核実験の被害、原発事故の被害、とくに福島原発事故による新ヒバクシャの被害に大きく光を当てていくこととパラレルです。
だからみなさんに、9月12日zoom公開講座をなんとしても視聴して欲しいのです。


「悲劇と怒り」を基礎として「優しさ」をつかんでいこう!

みなさん。その際、僕が心を込めて訴えたいのは、「悲劇と怒り」基礎として「優しさ」をこそともにつかんでいこうということです。
この記事のタイトルにも使った言葉は、今回、森川さんの基調に続いて行動報告に立つ4人の発言者の一人、木原省治さんが著書『僕のヒロシマノート』の中に書かれた言葉です。
木原さんを紹介しようと数日前に精読していて、しびれたように胸を打たれました。泣きたくなってしまった。

木原省治さんは同書の137~138ページでこう書かれています。
「ヒロシマの体験は『悲劇と怒り』を基礎として、その到達点に『優しさ』を教えているのではなかろうか。すべての戦争は、『怒り』から始まる。そして市民は『悲劇』を体験して、戦争は終わる。ヒロシマの体験は、『怒り』とあまりにもむごたらしい悲劇の中で世界の人たちに『優しさ』と『寛容』の大切さを、そして平和の大切さを教えているのではないだろうか。」

まさしくその通り!まったくそうだ。本当にそう思うのです。被爆者の、被爆二世の苦しかった事実を、ただそれだけ受け取って欲しいのではないのです。それを通して私たちは『優しさ』と『寛容』に辿り着ける。まさに僕もそう実感してきたのです。
だからこそ、これまで、こちらが打ちのめされてしまうような悲劇をたくさん読み、辛い辛い体験を聴き取り、現場を歩き、相手の心を自分に移して悶絶すらしてきたのです。そうだ。僕もその先に尊い『優しさ』があることを知っていたからそれをしてこれたのです。
もちろん「怒り」は無くしてはいけない。政府に、アメリカに補償させないといけない。医療などの保障も必要だし、二度と核災害に遭わない保証も必要です。でもそれを十全に可能にするのは「優しさ」だと僕は確信するのです。寛容の心こそが、本当の平和を可能にしていくのです。

それが「ヒロシマの心」だと書かれた木原省治さん、長い活動の中でこの言葉に辿り着かれた木原さんを心からリスペクトします。僕も木原さんと共に、この心を自分の中にさらにしっかり打ち立て、広めていきたいです。
みなさん。被爆問題の実相をつかんでいただきたい。被爆二世問題をわがこととして知っていただきたい。そしてそこから私たちは大きな「優しさ」に至っていきましょう。それでこそ戦争と核のない世の中を手繰り寄せていきましょう。
そのための歩みをあなたと共にしたい。9月12日の企画へのご参加を心より訴えます。(アーカイブ準備中です。9月13日追記)

#被爆二世 #放射線被曝の遺伝的影響 #ABCC #原爆傷害調査委員会 #放射線影響研究所 #神奈川県原爆被災者の会二世三世支部 #森川聖詩 #核なき未来へ #僕のヒロシマノート #木原省治

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明日に向けて(2093)9月12日(日)zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」、大盛況でした!

2021年09月07日 13時00分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210907 13:00)

公開講座、200名以上のご参加のもと大盛況のうちに終了しました。
録画をお届けします。記事もお読み下さい。(9月17日追記)

zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」 2021年9月12日


被爆問題をしっかり把握しよう

すでに一度、お知らせしていますが、9月12日日曜日の15時から18時に、zoomによる公開講座(無料)が行われます。
タイトルは「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」。主催は「神奈川県原爆被災者の会 二世・三世支部」です。

前回、お知らせしたのは7月30日の「明日に向けて(2076)」においてでした。
その後8月1日から7日まで広島をめぐる旅をし、さらにその後に長崎のことなども深く調べる中で、ますますこの企画にみなさんをお誘いしたくなりました。
いま僕が一番力を入れている問題です。なんとしても聴いていただきたい。必ず大きなものをつかんでいただけると確信しています。

今回、みなさんと共有したいのは被爆問題そのものです。なぜなのか。核兵器が通常兵器と大きく区別される点は、ものすごい量の放射線が放たれることです。
それが人々を激しく傷つけ、命を奪う。しかも何年も何十年もかけて殺すこともある。戦争後も傷害を繰り返すあまりに残酷な兵器です。
しかしこの兵器の残虐性はそれだけにとどまらない。被爆者の遺伝子を傷つけ、次世代、そして未来世代を著しく傷つけるのです。その場にいなかった人を攻撃する!それが許せない。

この章の小見出しに「被爆問題をしっかり把握しよう」と書きました。
そうなのです。この次世代、未来世代への攻撃面をきちんと批判的に捉えないと、被爆問題はすべてをきちんとおさえたことにはならないのです。


毎日新聞小山美砂記者が素晴らしい紹介記事を書いて下さいました。ぜひ全国から視聴していただきたいです。


原爆を最初に批判したのは生物学者たちだった!

実際、アメリカが広島と長崎で大量虐殺を行った直後に、最初にこのことを批判した人々は、ハーマン・ジョーゼフ・マラーを始めとする生物学者、遺伝学者たちでした。命あるもの、そしてまた命の連鎖への許しがたい攻撃であることが告発されたのでした。
アメリカはこの批判をかわさなければ核戦略を維持できませんでした。それで試みたのは被爆影響を非常に低く見積もることでした。そのテクニックの一つは内部被曝の影響を隠すことでした。


同時にアメリカが全力を挙げたのは、放射線被曝による遺伝的影響を否定し、打消し、消し去ることでした。そのためにマラーその人をアメリカの側に取り込むことも行わました。
一方、アメリカは戦後に広島と長崎にABCC(原爆傷害調査委員会)を設立し、排他的な被爆者「調査」を始めましたが、その際の軸になったのも遺伝的影響を否定するための、あらかじめ「影響はない」という答えの決まった「調査」でした。
このことは中川保雄著『放射線被曝の歴史』などに書かれています。なおABCCは現在は米日共同運営の組織にとなり「放射線影響研究所」と名をあらためています。


中沢啓治さんはABCCへの怒りを繰り返し語られた

したがって私たちが被爆問題と取り組むときに、最も大切なのは、米軍によって打ち消されようとしてきた二つの事柄、内部被曝の影響と、遺伝的影響についての把握を進めることなのです。
今日、内部被曝の実態は、被爆者に起きた病が、放射線の影響によるものでることを認めさせてきた原爆症認定訴訟、さらには黒い雨訴訟などの画期的な勝利によって、徐々に真実が明るみに出され始めています。
そのような時だからこそ、核の問題を考えるすべてのみなさんにいま、さらに「被爆二世問題」を共有していただきたいのです。


『被爆二世宣言』と『核なき未来へ』

今回、メインのお話を行うのは、この間、僕がさまざまに活動を共にしてきている、被爆二世の森川聖詩さんです。
神奈川県原爆被災者の会二世・三世支部副支部長、広島平和文化センター被爆体験伝承者であり、『核なき未来へ 被爆二世からのメッセージ』の著者でもあります。
同時に、若い時に関東被爆二世協議会を立ち上げ、『被爆二世宣言』を出された方でもあります。この宣言、とても深い文章なのでぜひお読み下さい。

明日に向けて(2026)「被爆二世宣言」(1977年6月)をあなたにお届けします!
https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/84d2ee18bd129dc53be351f584fe7bd4

このように森川さんは被爆の遺伝的影響に関する先駆者です。誰もこのことに声を上げてない時に声を上げられた。ものすごくリスペクトしています。
いやいまもなお、誰もきちんと声を上げているとは言えない。それが被爆の遺伝的影響という奥深い問題なのです。


被爆問題の残酷さとそれを越える道

被爆問題の残酷なところ、それは誰も被爆被害を受けた当事者になりたくないのに、それが突きつけられることです。自分の遺伝子が被爆によって傷つけられ、子に伝わり、子を苦しめるかもしれない。想像するだけで悶絶してしまう領域です。
しかし実はそこに障害者差別が忍び寄ってきています。遺伝子に傷がつき、そのもとで子どもが生まれる。遺伝子が傷つくのを嫌がるのは当然だとしても、その結果、生まれてくる子を否定してしまったら、それは障害者差別につながります。

いま僕はあえてストレートにロジックだけ書いています。でもことはそんなに単純じゃない。乙武洋匡さんが『五体不満足』という本を出された時の衝撃を思い出してください。「我が子が五体満足で生まれますように」という思いに乙武さんは一石を投じられました。
ポイントだけ書きます。被爆の遺伝的影響の問題には差別問題がつきまとっている。そして私たちの社会が残念ながらまだまだ障害者差別が強い社会であることに起因して、この問題をどう捉えていいのか混沌とした混乱があるのが実情なのです。

だからこそ、遺伝的影響の問題はとてもフォーカスしにくかったのです。そこに人々の悲喜こもごもの思いがあるからです。そしてそこに乗っかるようにして、原子力推進派は「遺伝的影響などない」と非科学的な断定を続けてきました。許しがたい!
しかし遺伝的影響は間違いなくあるのです。間違いなくです。僕がこう言いきるのは京都「被爆二世三世の会」で健康調査アンケートを進めて、タフな聴き取りをたくさんしてきたからです。

でもそのことの伝え方も難しい。遺伝的影響と言うと、「五体不満足」のような目に見える障害ばかりがクローズアップされがちです。
でも長い人生の間、ずっと胃腸の不調に悩まされるとか、つねに不定愁訴に襲われるとか、治療のしようがない顔面痛におそわれるとか、そうしたものの方が多い。そして同時にそれらは見過ごされがちなのです。

にもかかわわず社会は、「遺伝的影響などないと言って欲しい」という思いへのフォーカスばかりを続けている。考えて下さい。それはすでに生まれてきた二世、三世の痛烈な無視抹殺なのです。遺伝的病のもとに生れてきた生もそれでは無視されてしまう。
遺伝的影響を受けた人びとは生まれてきてはいけなかったのでしょうか。断じて否!断じてです!同時にぜひ大声をあげて伝えたい。僕が聴き取りを行った遺伝的影響で苦しんできた二世、三世の全員が、不安を打ち破って両親が自分を生んでくれたことに感謝しています。生れてきて良かったと思っている。

ああ、こう書くだけで僕自身がまた心が激しく動きます。遺伝的影響での苦しみを与えてはいけないと、子どもを作ることを断念した被爆者、二世のこともたくさん知っているからです。そんな聴き取りもしてきたからです。
そもそもそんな思いをさせた原爆が許せない。でもでも、そんな風には思わずに、子どもが障害を持って生まれてきても、みんなできちんと受け入れられる豊かな社会を目指そうと言いたい。いやまずはそういう豊かな心を持とうと言いたい。いや僕が率先して頑張らなくてはです。
そこにこそ、被爆被害の残酷さを越え出ていく道があるのです。


背中に矢が飛んで来たら

森川さんは、こういう、本当にカオスをまとっている問題の蓋を開けられた。パンドラの箱を開けてくださいました。そしてそこからまとめたことを9月12日に話してくださいます。だからぜひ聴いて欲しいのです。
実は森川さんは僕にこう言われました。「守田さん。また後ろから矢が飛んでくるかも知れませんね。権力に批判されるのは大してこたえない。でも被爆者や二世から、あるいは反核の人から、なんでその問題に触れるのだと言われたら辛い。かつてそれをさんざん味わいましたから」
それで僕はこう答えました。「森川さん。そんな時は今度は僕が森川さんの背に立ちます。僕が矢を払います。払いきれなかったら僕が受けます。だから今は前を向いて、どんどん進んでください」と。そう。本当にそう思うのです。


共に第五福竜丸展示館を訪れて 2021年4月

でもみなさん。心ある仲間のみなさん。ぜひみなさんにも一緒にこのポジションに立って欲しい。一緒に森川さんを背後から守って欲しい。
そうしてみんなで放射線被爆の一番残酷な局面と立ち向かって欲しいのです。そこを突破して、すべての核を廃絶しようと叫びたい。そのために9月12日の企画をみんさんとご一緒したいのです。

僕の発言は、京都「被爆二世三世の会」で進めている健康調査アンケ―トについてです。
コンパクトに話しますが、これも森川さんが切り開いた地平の上に作りだしたものです。僕はそれがすべての核被害者の救済につながると確信しています。
いまも世界中でヒバクシャが、ヒバクシャ二世、三世、四世が苦しんでいるのです。ひとごとだと思うなかれ!それはあなたなのかも知れない。だから僕はあなたを、そして僕を、助けたいのです。

9月12日午後3時、zoomでお会いしましょう。(現在アーカイブを準備中です。9月13日追記)

続く

#被爆二世 #放射線の遺伝的影響 #ABCC #放射線傷害調査委員会 #放射線影響研究所 #被爆二世ゲノム解析 #被爆二世健康診断 #神奈川県原爆被災者の会二世三世支部 #森川聖詩 #核なき未来へ

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明日に向けて(2092)いつもオマールさんのことを胸に抱いて~核なき未来へ

2021年09月06日 18時00分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210906 18:00)

オマールさんの遺したのもの

法要の後に、部屋に戻っていろいろな方とお話し、資料などを頂きました。
帰ってきてページを繰り始めて、はまってしまったのが『オマールさんを訪ねる旅』(早川幸生編 かもがわ出版1994)でした。


2019年の法要の一コマ。僕も前回も今回も心を込めて献花させていただきました。本木喜幸さんのFacebookタイムラインへの投稿からお借りします

この本は圓光寺を校区の中に含む、修学院小学校の生徒が主人公で編まれたものです。同小学校の子どもたちが校区にある圓光寺のオマールさんのお墓を訪ね、住職さん建立に尽力した人々、浜島医師などに話を聞き、やがて広島を訪れたのです。
しかもオマールさんにゆかりの方たち・・・留学生寮の世話をしていた方の息子さんや、オマールさんに日本語を教えた先生、一緒に野宿をした方などにあらかじめ手紙を出して質問し、返事をもらうなどしてやがて会いに行きました。
この本はその体験記、感想文で編まれているのです。子どもたちがオマールさんの悲劇に胸を痛め、その足跡を辿り、優しかった彼に心を寄せながら、心から戦争反対を考え、平和への愛を深めていく過程がつづられています。

感動しました。「ああ、オマールさん、あなたはこんなに素晴らしものを遺してくれたのですね。あなたの誠実で優しい思いが、私たちに命の尊さ、戦争のむごさを教えてくれています。素晴らしい」そう思いました。
同時に「これだけの子どもたち、キラキラした目に何度も囲まれて、オマールさん、きっと少しは心が癒えましたよね。あなたの19年の生はいまこんなにも光輝いています。ありがとうございました」と彼に語り掛けたくなりました。
そうです。誠実に生きたオマールさん、政情はどうあれおそらくは日本の中にある一番いいものを愛してくれたオマールさん。あなたを思う気持ちが大きく平和の心を育ててくれているのです。


2019年の法要後の交流の場で 守田撮影

そうだ。この気持ち、平和への切なるこの願いをこそ、もっと大きく伝えていこう。そのことでオマールさんに報いていこう。そう思いました。本当に素晴らしい法要でした。
素敵な法要・・・オマールさんと平和への祈りの場を作り続けて来てくださったみなさまにも感謝しつつ、この日の報告をしめたいと思います。
~以上、2019年9月3日記~


2019年の法要でのオマールさんのお墓への献花の様子 守田撮影


いつもオマールさんのことを胸に

さて、あれから2年が経ちました。この2年、僕は被爆被害のこと、被爆者のこと、被爆二世問題などをかなり深めることができました。そんな中でこの夏には、黒い雨裁判の画期的勝訴の場に立ちあうことができました。
京都「被爆二世三世の会」や神奈川県原爆被災者の会二世・三世支部のお仲間たちと協力しての歩みでしたが、同時にいつもたくさんの被爆者の方が、背中を強く押してくださっていることを感じてきました。
そんな中での今回の法要への参加だったので、「被爆して亡くなられたオマールさん。あなたもきっと、僕の背中を押して下さっているのですね。さらに頑張って、きっとあなたの思いに報いますね」とお墓に手を合わせ、その後の交流の場にもそんな思いで参加しました。


2021年の法要の後の交流の場 コロナ禍の中でもこの場がもてたことに感謝です 守田撮影

そうしたらこの会で、京都「被爆二世三世の会」代表世話人の平信行さんがこう話されました。
「私たちの会の結成は2012年12月ですが、その時、大変お世話になったのが京都原水爆被災者懇談会という、京都にお住まいの被爆者の会でした。その当時の懇談会の代表が立命館大学教授の永原誠先生でした。(早川さんのビデオに出てきます)
その永原先生のお父さん、永原としお先生と言うのですが、この方が実は広島高等師範の教授をされていて、しかも南方特別留学生が住んでいた興南寮の舎監といいますか、寮長をされていたのです。


早川先生のビデオの中で取り上げられた永原誠先生 先代のご住職とともに

ですからその息子さんであった永原誠先生も、オマールさんたちと仲良く交流されていたそうで、そういう縁もあったので、永原先生が2013年に亡くなられる前に本を出されているのですけれども、その中でもオマールさんや興南寮のことを書いておられます。
それで戦後に永原先生も中心になって、オマールさんのことを語り継ぐ会をやられてきたそうなのですけれども、その後、みなさんの高齢化の中で縁が薄くなっていた面が否めませんでした。
それでわれわれ二世三世の会が後を引き継がないといかんのかとちゃうかと思って、五年前からこの会に参加させていただくことになりました。」と。


京都「被爆二世三世の会」代表世話人の平信行さん。本年7月16日に1945年のトリニティサイトの核実験と1979年のウラン精錬工場汚染水漏れ事故の日の意味を、関西電力京都支社前金曜行動でアピールされています。守田撮影

そうかあ。オマールさん、すでに私たちの会の設立から力を貸してくださっていたんだ!
おそらくこの話、平さんはもう何度もされているはずなのですが、恥ずかしいかな、今年の9月3日になって僕はやっと胸に沈めることができました。オマールさんと私たちの会は直接につながっていた。
だったらなおさら僕はこれからいつもオマールさんのことを胸に、さらに核なき未来へと、力強い歩みを進めていこうと思います。

被爆者、ヒバクシャ、被爆二世、三世、そして新ヒバクシャ、新被爆者とともに。核なき未来を目指して!


今年もお墓の周りにみんなで心を込めて花をたむけました 守田撮影


いつもオマールさんのことを胸に抱いて・・・(当日配布資料から)

連載終わり

被爆問題をさらに深く理解するためにぜひ以下の企画にご参加下さい
明日に向けて(2076)zoom公開講座「被爆二世問題・運動の歴史と今後の展望」にご参加を!(9月12日(日)15時~18時)
https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/e41521a366d8b22ce6a8e0951fe653ad

#ヒバクシャ #サイドオマール #圓光寺 #広島原爆 #修学院小学校 #早川幸生 #永原誠 #京都被爆二世三世の会 #神奈川県原爆被災者の会二世三世支部 #マレーシア

原発や放射線被曝の危険性の暴露、被爆者にまつわるさまざまなことどもの取材・執筆活動のためのカンパを訴えます。以下からお願いします。
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明日に向けて(2091)被爆して「夕焼け小焼け」を聴きながら亡くなった「南方特別留学生」、サイド・オマールさんの法要に参加して

2021年09月05日 22時00分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です(20210905 22:00)

2年ぶりに圓光寺へ

9月4日にサイド・オマールさんの法要に参加してきました。京都市の圓光寺にてでした。2019年の同じ日に継ぐ、二度目の参加でした。
コロナ禍でしかも雨の中でしたが30人ほどが参加されました。マレーシア出身で広島の大学で教えていらっしゃるアザムさんも駆けつけられ、境内での仏式の法要の後に、お墓の前でイスラム式の追悼の辞を読んでくださいました。オマールさんに思いを馳せる静かな時間が流れました。





みなさま。サイド・オマールさんのことをご存じでしょうか。お知りにならない方はまずこのビデオをご覧下さい。
オマールさんを訪ねる旅①
https://youtu.be/EtjhV67UjPc

作成はSTORYTELLING FOR TOMORROW
お話しているのは「京都圓光寺オマールの会」代表の早川幸生先生です。
修学院小学校の先生を長い間されて、子どもたちと「オマールさんを訪ねる旅」をされてきた方です。

この日の法要の様子を榊原恵美子さんがライブ発信してくださいました。アーカイブをご紹介します。
https://fb.watch/7PScQcNSrY/
https://fb.watch/7PSUN1XTD0/


今年も法要をご準備下さった山口良子さんと榊原恵美子さん 他にも何人かの方がご尽力くださいました

オマールさんのことをぜひ多くの方に知っていただきたい。そう考えて、次に2年前に初めて法要にうかがったときに書いた記事をご紹介します。


広島で被爆し、祖国に帰る途中の京都で亡くなられたオマールさん・・・

本日(2019年のこと)9月3日、サイド・オマールさん(正確にはサイド・オマール・ビン・モハメッド・アルサゴフさん。マレー語表記は Syed Omar bin Mohamad Alsagoff)の法要に参加してきました。左京区の圓光寺においてでした。
サイド・オマールさんは今のマレーシアから日本留学中に広島で被爆され方です。帰国のために東京に向かう車中で容態が悪化。途中に立ち寄った京都市で京都帝国大学病院に入院。そのまま回復することなく9月3日に亡くなられました。19歳でした。
遺体は南禅寺大日山の共同墓地の墓に葬られましたが、1957年に妹さんが訪れたものの、朽ちていて見つけられませんでした。これを聴きつけた京都洛北平八茶屋のご主人が墓の建立を目指し、圓光寺が土地を提供して実現。以来法要が続けられてきました。


70人が参加された2019年の法要

オマールさんはイギリス領マラヤのジョホールバルに生まれ育ちました。イギリス領マラヤは18世紀から20世紀にマレー半島とシンガポール島近辺をイギリスが支配し植民地化していた地域です。「英領マレー」とも呼ばれていました。
第二次世界大戦がはじまると「南方」に侵攻した日本軍がイギリス軍を追い払い、1942年から45年まで占領、軍による統治を行いました。日本はマレーを「大東亜共栄圏」に組み込むため、マレーのエリートの若者に日本教育を施すことをめざしました。
このため「南方特別留学生」を選抜しましたが、同時に人質のような要素も持つ中で、ジョホール州の王族出身のオマールさんが一期生に選ばれて1943年来日。広島高等師範学校を経て、1945年5月旧制広島文理科大学(現広島大学)に進学しました。


8月6日朝、オマールさんは爆心地から900メートルの留学生寮「興南寮」にて被爆。背中に大やけどを負いましたが、倒壊した建物の下から自力で脱出。その後、留学生仲間と合流し、大学で野宿しながら被災者救援に奔走しました。
一緒に野宿をした人たちによると、オマールさんは自らの怪我も顧みずに、ひたすら被災者を助け続けたそうです。大八車で友人を20キロも離れた親せき宅に送り届け、その後に見舞いにも行っています。少ない食べ物を子どもたちに分けたりしたそうです。
やがて日本が降伏しGHQが進駐する中で8月25日に帰国許可が下り、東京経由でマレーに向かうことに。しかし汽車の中で悪寒を覚えだし、26日京都到着後に病状が悪化。30日に京大病院に入院したものの、もはや手遅れで9月4日に亡くなりました。


夕焼け小焼け・・・を聴きながら

写真のオマールさんをみるととても美しい青年です。涼やかな顔、素敵な顔をされています。オマールさん、イギリス支配下のマレーで育ち、日本占領下に代わって日本に来ることになり、どんなことを思ったでしょうか。
残された方の思い出ではとにかく明るく、礼儀正しく、清潔好きで、いつも真っ白なシャツを着ている王子様だったそうです。同年代でともに野宿をした女性は「あのうっとりするような素敵な笑顔」と回想されています。
連日空襲警報がなり、食料も不足する生活の中、しかし留学生たちはいつも明るく、陽気にそれぞれの国の歌をうたってかえって日本人の若者たちを励ましていたとか。

京大病院では若き浜島義博医師が治療を担当されました。初めての原爆症患者を前にして治療方針が定まらない中、「輸血しかない」と考えて自らの血を抜いてオマールさんに与えました。
すると一度はかなり元気になったそうで、毎朝、大量の輸血を続けたそうです。おそらく最も妥当な対応だったでしょう。日本語が上手だったオマールさんは『荒城の月』などをこよなく愛した青年で、病床でも『夕焼け小焼け』を口ずさんでいたそうです。
しかしオマールさんはそれ以上回復せず、急速に衰弱していきました。

浜島医師がそんな彼にこう聞いたそうです。「日本にさえ来ていなかったらこんな苦しい目にあわなかったのに・・・。オマール君、君は日本人を恨んでないかい?」と。
「先生は毎日僕に血を分けてくださっているでしょ。先生と僕はもう兄弟です。僕の身体の半分はもう日本人です」。オマールさんはそう答えたそうです。
そして「ドクター、夕焼け小焼けを歌ってくれますか」とオマールさん。「ああいいとも」と浜島先生が答えられ、「夕焼け小焼けで日が暮れて・・・」と歌い出す中で、オマールさんは力尽きていったそうです。

オマールさんが亡くなられてから74年目のこの日、法要には約70人もの人が集まりました。京都の平和運動を担っているたくさんの方が参列されていましたが、広島から駆けつけた方もおられました。
圓光寺住職の読経に続いて人々がお墓に献花。僕もその一員として祈りを捧げさせていただきました。そして読経と献花が終わってから、オマールさんがこよなく愛し、今わの際に耳にした『夕焼け小焼け』をみんなで合唱しました。

続く

#ヒバクシャ #サイドオマール #圓光寺 #広島原爆 #修学院小学校 #早川幸生 #興南寮 #マレーシア #ジョホール #南方特別留学生

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明日に向けて(2090)『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』向日市で3回目の読む会開催です(9月11日土曜日)

2021年09月04日 23時30分00秒 | 明日に向けて(2001~2200)

守田です (20210904 23:30)

向日市で3回目の読む会を行います。

『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』、11日に向日市で3回目を行うことになりました。
土曜日の午前9時45分から12時までです。
1回目は昨年9月12日、2回目は本年4月23日、そして3回目と連続でお招きいただき感謝です。

会場は向日市寺戸公民館大会議室。会員対象の学習会なので参加費無料。
会場定員がコロナ禍のため20人のため、予約申し込みで先着順とのこと。

主催と申し込みは、「原発をなくす向日市民の会」
事務局筒井さん 電話・FAX 075-931-3788
Eメールアドレス genpatsu.zero.20120714@gmail.com


向日市1回目はこんな感じでした!

1回目は入口。『放射線副読本』に込められている「騙しのテクニック」をつかむことが主眼でした。こんな感想をいただきました。

政府が都合の悪いことは隠していることが多いのが、わかりやすく理解することができた。
非常にわかりやすく「放射線副読本」の問題点を説明してもらって、政府や東電の対応のひどさがよくわかりました。
驚きました。孫がこんな本をもらって、先生に教えられているかと思うと、これはいけないと思った。

知っていたようで、知らなかった話を聞き良かったです。改めて放射能(線)の恐さを知り、政府の思惑もこれから先をもっと考えて行かないといけないと思いました。子ども達、若い人たちかが知ってほしい内容ですね。
いつもと違う方式での学習会で、楽しく参加させていただきました。わかりやすく、テキストをもとにもっと学習しなくては…という気になりました。ありがとうございました。
副読本の読み解き、とても面白かったです。もっと聞きたかった。またひとつ原発いらないの想いを強くしました。

詳しくは以下の記事をご覧下さい。
明日に向けて(1896)向日市での『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』読む会はこんなふうに行われました!
https://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/cdad20080bd566b290fcbb55ef1e125d


 

2回目は原爆の話をしっかりしました

2回目では「被曝のことは原爆被害者の調査で明らかになった」という副読本のくだりが出てくるので原爆と放射線のことをしっかりお話しました。
放射線被曝のことは原爆なしには語られません。原爆による市民の大量虐殺を自己肯定し、さらに核戦略を続けんとするがために、アメリカが被爆影響を極めて軽く見積もったからです。
どのようにしてか。内部被曝を無視することにおいてでした。爆心地ですら外部線量だけで影響が評価され、放射性微粒子を吸い込んだ被害がとても小さく扱われてきました。

このもとで黒い雨被害など、たくさんの被爆者が無視されてきたのです。
さらにアメリカは広島・長崎にABCC=原爆傷害調査委員会を設営し、排他的な「調査」を繰り返しましたが、中でも力が入れられたのは放射線被曝の遺伝的影響の無視でした。
アメリカは内部被曝を無視することで、被爆者に起こった多くの傷害や病を認めないとともに、遺伝的影響を抹殺することで、次世代への攻撃性を見えなくしようとしてきたのです。


3回目は完結編。ナガサキとフクシマとハンフォードのつながりについてお話します!

3回目の読み解きではまずBOOKを通じて、「福島の今」についてお話します。
BOOKには復興のこと、福島の今の空間線量のことなどが書いてあります。ここでも被曝の深刻さは無視されている。本当でしょうか。もちろんウソです。
ではフクシマははいまどのような方向に動かそうとされているのでしょうか。

そこで今回、ナガサキとフクシマとハンフォードのつながり=核との共存の強制の流れについてお話します。
とくに大事なのは「福島イノベーションコースト構想についてです。なんと長崎を壊滅させたプルトニウムを製造した核の町、「ハンフォード」との提携が始まっているのです。
そのハンフォードは激しく核汚染されながら、福利厚生にだけ莫大な予算がつぎ込まれてきた町。アメリカの研究者が「プルートピア」と呼ぶところです。そのコーディネーターが福島に入り込んできている。

もちろんだからそれで「もうだめだ!」というのではありません。「核との共存の強制」を打ち破る道は確かにある。
その一つを与えてくれたのが「黒い雨」訴訟の完全勝利です。いまそれは長崎の黒い雨被爆者にも新たな展望性を与えつつある。
そしてもう一つは放射線被曝の遺伝的影響と逞しく立ち向かっていくこと。僕はまさにそのことを京都「被爆二世三世の会」の一員として推し進めてきました。
これらについて、最新情報を含めてお話します!ぜひ聴いていただきたいです。


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『放射線副読本すっきり読み解きBOOK』を読む会は、BOOKの読み会とともに、常に情報をアップデートした僕の解説を加えています。
あなたとあなたの大事な方、さらには未来世代の命を守るために一緒に学びましょう。

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