守田です。(20170604 23:30)
明日(5日)に滋賀県草津市でお話しします。くらしとせいじカフェ主催の「原発と被曝@議員さん向け勉強会」にてです。
前回(1386)でこの草津の勉強会に向けて「被曝の危険性は原爆から解き明かして行くと分かりやすい!」という記事を書きました。今回は後半部分、原子力災害対策をいかに進めるのかの要点をまとめておきたいと思います。
この間、関西電力が高浜原発4号機の再稼働を強行しました。さらに6日に3号機も動かそうとしています。大変な暴挙です。
再稼働強行について、何が一番に批判されるべきでしょうか。ポイントは原子力規制委員会が「重大事故を発生しうると考えてあらかじめ対策をとっておく」と言っていることにあります。とんでもないことです。
規制委員会が一昨年夏に、高浜原発再稼働に向けて高浜町などで行った説明会では次のように語られています。
「(古い)規制基準は核燃料が溶けてしまったり、放射性物質が大量に外に漏れるような重大事故を発生させないことを重視し、重大事故の起きた後の対応が十分にできていなかった。」このため「重大事故が発生しうると考え、あらかじめ可能な限り対策をとっておくべきというのが教訓だ」と。
完全な居直りです。問題は「重大事故を発生させないことを重視し」ながら「その発生を未然に防ぐことができなかったこと」にあるのです。しかもチェルノブイリ原発事故があったときに、日本の原発推進派は「あんな事故は絶対に日本では起きない」と言い張ったのでした。それが国民や住民との約束だったわけですから、それが破れ、重大事故を未然に防げなかった点で、もう原子力政策は閉ざすべきなのです。
ところが言うに事欠いて「重大事故が起きないと言って来たのが間違いだった」「これからは重大事故にも備える」と言い出したのです。暴挙以外のなんでしょうか。
しかも言葉の入れ替えも行われています。もともと「重大事故」とは「過酷事故=シビアアクシデント」のことを指していました。過酷事故とは設計上の想定を突破されてしまった事故のこと、設計士さんお手上げの事故で、プラントとして破産をつきつけられた事故なのです。
あらゆるプラントは事故が起きた時にどうそれを収束するかの安全装置がついていてそれを含めて許認可されます。当たり前ですが事故が起こると止めようのないプラントなど危なすぎて審査段階で通らないのです。
そもそも設計段階の想定を越えてしまうわけですから、その先に何が起こるか予想もつかない。だから本来「シビアアクシデント」対策は、想定できないことへの対応ということになるので論理矛盾でしかないのです。
実際にはどうかというと、新規制基準の中で格納容器が壊れる事態が想定されており、その時のための放水砲が準備されています。
以下、関西電力のホームページをご紹介するのでみてください。
本当に格納容器が壊れてしまった場合、この放水砲からの水があたるところに放射能がうまく流れる保証などどこにあるのでしょうか。またそのとき放射能は見えるのでしょうか?こんなもので十分に撃ち落とすことができるのでしょうか。
答えは一つ、「やってみないと分からない」でしょう。つまり確実な対策でもなんでもないのです。そもそもこの放水砲が壊れてしまう可能性だって十二分にあります。こんな不確実なものを「安全対策」と言ってはならないのです。
新規制基準のもとでの対策の矛盾はほかにも幾らでもあげられますが、抜本的には「重大事故」=「過酷事故」が起こりうるのであったら、再稼働は認められないのです。明日もこの点をきちんとお話しします。
続いて考えなくてはならないのは事故対策の問題です。すでに「重大事故=過酷事故」がおきうることを前提に川内原発1、2号機、伊方原発3号基、高浜原発4号基が動いていて、3号基も動こうとしています。
だからこそ原子力災害に備えざるを得ません。いや原発は停まっていても、燃料プールの中に使用済み核燃料がある限り危険なので、安全状態に移行するまで原子力災害対策は必要です。
その際、対策の基軸に何をすえるのが最も合理的なのか、とりあえずは何に着目すべきなのかというと、すべての災害に共通する事項=災害に直面した時の人間心理の問題だと言えます。
このためひとたび災害全般に視点を拡張すると良い。そこから再度、原子力災害対策の特殊性に戻るのがもっとも合理的なのです。
災害時の人間心理の中でも最も重要なのは「正常性バイアス」です。私たちは日常生活の中で命の危険にむきあった経験をほとんど持っていないので、突然、危機に向き合うと心にバリアを生じさせて危機を認めなくなりがちです。
例えば建物の中にいて火災報知器が鳴った時に「火災訓練をやっているの?」「誤報ではないの?」などと思いがち。その方が心が安心できるからなのですが、このために避難が遅れてしまいます。
このとき周りの動きに自分をあわせてしまう「集団同調性バイアス」も働きがち。にもかかわらず危機管理者の側は危機に直面すると人々はパニックを起こすと過大に思い込んでいて、危機をきちんと伝えないことが重なってしまいます。
これを「パニック過大評価バイアス」と言いますが、この三つのバイアスが重なると人は逃げ出すことができないのです。実際に多くの災害現場でこれらのことが繰り返し起きています。
「正常性バイアス」という恐ろしい心理的ロックを解除するのに最も有効なのは避難訓練です。各人が主体的、能動的に「いざとなったらどうするのか」を想定しておくこと、対処の手順を決めておくことが最も大事です。
あらゆる災害に共通なことは、迫り来る命の危機から「とっとと逃げる」こと。もちろん「逃げる」ことには火山の噴火時に遮蔽物の後ろにまわって飛来物から身を隠すことなども含まれます。
また大事なのは「率先避難者」になること。人々が正常性バイアスにはまって硬直してしまったとき、誰かが「逃げろ」と叫んで行動に移れば、心理的ロックが外れ、多くの人が逃げ出せることにもつながるからです。
さて詳しくは、『原発からの命の守り方』を読んで頂きたいのですが、ポイントはこれがあらゆる災害対策に適用できる点です。だからとくに議員さん達には各行政体でまずはこの考えを取り入れた災害対策を進めて頂きたいです。
とくに私たちが住んでいるこの国は地震大国であり、災害大国です。その上この間、地球規模での気候変動が起きており、想定外の災害が連発しています。これにしっかり備えるために、人々の意識啓発が最も効果があります。
次にどんな災害が勃発するか分かりませんが、蓋然性の高いものとしてあげられているのは南海トラフ地震です。最悪の場合は駿河湾から四国沖まで一斉に動き、大津波が海岸線を襲う可能性があります。東日本大震災を大きく上回る被害が予測されています。
東日本大震災では国内では被災者980万人を残りの1億1700万人が助ける関係に入りましたが、南海トラフ地震で予想される被災者は3500万人、助ける側は9200万人となります。
1対12であったものがなんと2対5になってしまう。こうなったら多くの地域が自助、近助で、自力で自分たちを助けるしかなくなります。こうした点を見据えても災害対策力を何重にもアップしておくことが問われていることが明らかです。
そもそも僕はこのことこそが「国防」の最重要環だと思っています。そのためには自衛隊を災害救助隊に抜本的に改編していくことこそが必要です。そして災害救助専門部隊ができたらそれを必要に応じて世界にも派遣すれば良いのです。
そうしたら「あんなに良い国を攻撃するわけにはいかない」と必ずなります。これは150年前に和歌山沖でトルコのエルトウードル号を大島の漁民の方達が助けたが故に、いまだにトルコの方達が日本に好印象を持って下さっていることなどを見ても明らかです。
現政権はあまりに「国防」をないがしろにしている。いや多くの人々が私たちに真に迫り来る危機から目をそらしているかそらされてしまっています。騙されている!ここからの目覚めのためにも全国的な災害対策の強化が必要です。
原子力災害対策にもこの考え方をそのまま適用すれば良いのです。このために重要なのは「いざとなったらどうするのか」を想定しておくこと、対処の手順を決めておくことです。
まずは原子力災害がどのように起こるのかのリアリティをきちんと把握する必要があります。その上でやはり「とっとと逃げる」ことを軸に対策を重ねておく必要があります。
原子力災害に特殊な事態は放射能が飛んでくることです。このうち薬で対処できるのは唯一、放射性ヨウ素による甲状腺への被曝からの防護です。安定ヨウ素剤を放射能の飛来前に飲むことが必要なのですが、これが災害対策の一つの軸になります。
薬を扱うときに大事なのは事前の学習です。どんな薬でも「どんな効果があるのか、どのように飲むのか、副作用はどうなっているのか」を事前に把握しておかないとにわかに飲めないからです。
このため安定ヨウ素剤の配布とともに、きちんとした学習会を行うことが必要ですが、この過程が放射能被曝とはどのようなもので、いかに守るかの知恵を身につける階梯にもなるのです。
大事なポイントは、飛来する放射能のうち、防げるのは放射性ヨウ素による甲状腺被曝だけであること。だからこれを飲む時は、同時に「とっとと逃げる」べき時です。
「とっとと逃げる」ときに安定ヨウ素剤も飲むというのが、もっとも合理的な対処で、だからどう逃げるのかを事前に決めておくことが大事です。
この点からも原子力災害対策でも一番大事なのは、事前の学習と想定だということ、住民啓発だということです。
何せ原子力規制委員会は「重大事故はおきうる」と言っているのです。だったら起きたらどうなるのか、どんな危険性が迫り来るのか、これに対してどう対処すればいいのかを考え抜き、可能な防護を重ねて行く必要があります。
この際、誤摩化しては行けないのは、完璧な防護は不可能だと言うことです。原子力災害はどこまでも広がりうるものだからです。格納容器が完全に崩壊してしまえば被害はチェルノブイリや福島原発事故をもはるかに上回ってしまう。
しかもこうした事故は大地震などの自然災害との複合事態でやってくるかもしれない。そのことも覚悟するしかないですが、一方で実際の事故は反対にどこでとどまるかも分からない。最悪のずっと手前で止まる可能性ももちろんあります。
だから原発事故に対しては完璧な防護は無理でも少しでも被曝を少なくすること=減災の観点で対処することが大事です。そのためには一にも二にも、事前の備えを重ねておくことです。
行政が対策をとる上でもっとも合理的な道は、自然災害への対策と重ねて原子力災害対策を進めることです。原発事故自体が自然災害の中で起きる可能性が高いわけですから、その点でもこれが理に適っています。
具体的なことも述べましょう。地域の防災訓練のときにぜひ原子力災害対策を付け加えてください。地域の方達が「災害対策モード」になっているときに、原子力災害対策の勉強会を一緒に行うと最も効果があります。
そのとき、語るべき内容は、拙著『原発からの命の守り方』をご参照ください。もちろんお呼びいただければどこにでも僕自身が講師として駆けつけます。
災害に対する住民の能動性を高めましょう。その中で原子力災害対策も合理的に進めていきましょう。災害に強い、豊かで安心な町をみんなで作っていきましょう!
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原発と被曝@議員さん向け勉強会 主催 くらしとせいじカフェ
原発のことをエネルギー政策だけじゃなくて被曝の観点からも語ってほしいー!と空に向かって叫んでるだけじゃぁ語ってなどもらえないことに気づいたので私たちが「原発」をどうみてどう考えているのか、「市民の声を国に届けることが政治家の役目です」と言ってくれる議員のみなさまに知っていただくことにした企画。(もちろん議員でない方も大歓迎)
この機会を是非活かし街宣、駅立ち、スピーチに展開くださいねー。市民のこころに響くのはリアリティのある言葉です。外部被曝は燃える石炭に手をかざすようなもの。内部被曝は燃える石炭をそのまま飲み込むようなもの。わたしたちにの身近にある「命」や「くらし」の観点から原発をどうか訴えていただきたいと思っています。様々な場所でお世話になっている守田敏也さんが今回もお力添えくださいます。
そして…お願いごと。手弁当で動いています。参加費は1000円以上のカンパということでチカラをかしてください。カンパは全て講師代と会場費にさせていただきます。
時:6月5日(18時30分から)場:草津まちづくりセンター306 尚、参加される方は申し込みをお願いします。09082080423 にしむら