明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(518)アメリカによる内部被曝隠しと放射線影響研究所 その1

2012年07月29日 23時30分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120719 23:30)

7月28日にTBSの報道特集で【知られざる”放射線影響研究所”の実態を初
取材】というタイトルの番組が流されました。さっそく視聴してみて、これ
までの取材にないかなり鋭い切込がなされていると感じました。
関係者の発言についても貴重なものが多いと感じたため、資料とするために
急きょ、文字起こしをしました。ぜひお読みください。また時間のある方は
ビデオクリップをごらんください。

いろいろと解説、注釈をつけたいところですが、長くなってしまうので、今宵
は文字おこし内容の紹介だけにとどめます。ともあれこれは内部被曝問題の
真相にからむことです。ちょうどもうすぐ原爆投下から67年目の夏を迎えよう
としている時期でもありますから、しばらくこの問題をシリーズにしてお届け
しようと思います。

ここで6月末からの宿題になってしまった課題・・・ドイツのおふたりとの
放射線影響研究所訪問に関する詳細報告も行います。(のびのびになって申し
わけありませんが、ようやく関係者間での記録もまとまってきました)

というわけで、以下の内容をお読みください。

*****

知られざる放射線研究機関 ABCC/放影研
2112.7.28TBS系「報道特集」
http://www.dailymotion.com/video/xsgr38_20120728-yyyyyyyyyyyy-yyyy-yyy_news?fbc=958


原爆の悲惨さを訴え、今も読み継がれている漫画がある。『はだしのゲン』
放影研の前身であるABCCを描いたこんな場面が出てくる。「なにもくれず、
まるはだかにされ、白い布をかぶせられ、血を抜かれて、身体をすみずみま
で調べられたと言うとった。」「アメリカは原爆を落としたあと、放射能で
原爆症の病気がでることがわかっていたんじゃのう。」「く、くそ、戦争を
利用して、わしらを原爆の実験にしやがったのか」

(『はだしのゲン』作者中沢啓治さん(73)談)
「原爆を投下する前にすでに、アメリカはわかってたんですよ。あれが。落
としたあと、どういう放射能影響が出るかということがわかっていて、それ
ですぐにABCCを比治山の上に建てるわけでしょう。」

中沢啓治さんは、『はたしのゲン』の作者であり、自身も被ばくしている。
母、キミヨさんは、被ばくから21年後に亡くなった。そのとき中沢さんは、
今も脳裏に焼きついて離れない体験をした。

「ABCCが来てね、オフクロの内蔵をくれというんですよ。棺桶の中にいる
オフクロの内蔵をくれって。怒ったんですよ。「帰れ」って。いやあ、あれ
はもう、広島市を見下ろす比治山の上から、じっとこうやって見ているんだ
よね。今日は被爆者の誰が死んだ、誰が死んだっていって」

ABCCによる被爆者調査の拝見を物語る文書が、アメリカの国立公文書館にあ
る。1946年、海軍省が大統領に送った文書だ。

「アメリカにとって極めて重要な、放射線の医学的生物学的な影響を調査す
るにはまたとない機会です。調査は軍の範囲を超え、戦時だけでなく平時の
産業農業など人類全体に関わるものです。」(報告書内容)

この文章にサインをしたのは、原爆投下を命じたトルーマン大統領その人だ。

「戦争の長引く苦病を短縮し何百万もの若いアメリカ兵の命を救うために原
爆を使用した」(トルーマン談)

アメリカ人の命を救ったとする一方で、放射線の調査を命じていた大統領。
その承認を受け、1947年、ABCCが広島で設立された。ABCCが当初最も重視し
たのは遺伝的な影響だった。広島・長崎で生まれた被爆者の子ども、被爆2
世を77000人調査した。担当部長として調査を指揮したウイリアム・シャル
氏は死産の赤ちゃんを調べたという。

「死産や生まれた日に死んだ赤ちゃんは、家族の同意があれば、ここABCCで
解剖しました。採取された組織は保存されました。」(放影研の前で、
シャル氏談)

遺伝的な影響があるのかは結論が出ず。被爆2世の調査は今も続いている。

そんな放影研に福島県郡山市から依頼があった。大久保利晃(としてる)理
事長が、市の健康管理アドバイザーとして招かれたのだ。専門的な知識を期
待されてのことだった。

「放射線に被ばくすればするほど、ガンは増えます。これは逆に。だんだん
だんだん減らしていったときにどうなるのか。本当にゼロに近いところでも
ごくわずかに増えるのか増えないのか。これが一つの問題です。」
「本家本元、広島の研究では増えたのか増えてないのかということは統計学
的に証明できてないです。」(大久保氏の福島での集会レクチャーより)

実は放影研のデータは、福島ではそのまま活用できない。放影研が調査して
きたのは、原爆が爆発した瞬間、身体の表面に高線量の放射線を浴びる外部
被曝だ。福島で今、起きていることはこれとは異なる。放射性物質が呼吸や
食べ物から身体の中に取り込まれ、放射線を放ち、細胞を傷つける、内部被
曝だ。

「子どもさんを外に散歩させていていいのか。乳児に外気浴をさせていいのか」
「これ、すべてですね、申し訳ないけれども『良い』『悪い』という形で、私
は返事ができないのですね。」(同レクチャーより)

低線量の内部被曝のリスクについて、大久保理事長は慎重に言葉を選んだ。
そんな大久保氏に講演会のあと、歩み寄った一人の女性がいた。出産を間近に
控えた井上美歌さん(28)だ。

「食べ物からの内部被ばくを気をつけていくことが一番安全なのかなと思うの
ですが」(井上さん談)
「特定の物ばかり食べて(放射性物質の濃度が)高いものばかりになってしま
うと、危険とは言わないけどできれば避けた方がいいですね」(大久保氏談)

福島の人々の不安に答えられない放影研。その原因は放影研のデータには、決
定的に欠落したものがあるからだ。

「うちのリスクデータには、内部放射線のことは勘案してありません。」
(大久保氏談)

放射線の人体への影響を60年以上調べている放影研だが、実は内部被曝のデー
タはないという。しかし言うまでもなく内部被曝は原爆投下でもおきた。爆発
で巻き上げられた放射性物質やすすがキノコ雲となりやがて放射性物質を含ん
だ雨を降らせた。この黒い雨で汚染された水や食べ物で、内部被曝が起きたと
考えられている。

「黒い雨の方は、これは当然、上から落ちてきた放射性物質が周りにあって被
曝するのですから、今の福島とまったく同じですよね。それは当然あると思う
のですよ。それについては実は、黒い雨がたくさん降ったところについては、
調査の対象の外なんですよ。」(大久保氏談)

内部被曝をもたらした黒い雨は、放影研の前進のABCCの時代から調査の対象外
だったという。もとABCC部長のシャル氏はその理由をこう証言する。

「予算の問題は1950年からありました。研究員たちは予算の範囲で何ができる
かを考え、優先順位をつけました。黒い雨は何の証拠もありませんでした。だ
から優先順位低かったのです」(シャル氏談)

だがABCCが内部被曝の調査に着手していたことが、私たちの取材でわかった。
それを裏付ける内部文章がアメリカに眠っていた。
「1953年にウッドベリー氏が書いた未発表の報告書です。」(公文書館員談)

ローウェル・ウッドベリー氏はABCCの当時の生物統計部長だ。報告書には広島
の地図が添えられ、内部被曝の原因となった黒い雨の範囲が線で書かれている。
ウッドベリー氏は、黒い雨の本格的な調査を主張していた。

「原爆が爆発したときの放射線をほとんどまたは全く浴びていない人たちに被
曝の症状が見られる。放射線に敏感な人が、黒い雨による放射性物質で発症し
た可能性と、単に衛生状態の悪化で発症した可能性がある。どちらの可能性が
正しいか確かめるために、もっと詳しく調査すべきだ」(ウッドベリー報告書)

この報告書にもどつき、内部被曝の予備調査が1953年から1年ほど続けられた。
調査の担当者として日本人の名前も記されていた。ドクター・タマガキ。

「懐かしいですねえ。10何年もここにおったんですから。」(元ABCC研究員
玉垣秀也氏(89)放影研の外で撮影)

玉垣秀也氏は、医師の国家試験に合格したあと、ABCCに入った。黒い雨を含め、
原爆投下後も残った放射性物質、残留放射能の調査を命じられた。玉垣氏は、
原爆投下後に広島に入った救助隊員40人を調べた。5人に深刻な症状を確認し、
うち2人はすでに死亡していたという。

「(放射線を)直接受けた人たちと同じように脱毛がある。それから歯ぐきか
らの出血ね、それから下血、発熱と。そういうような症状でしたね。」(玉垣
氏談)

しかしアメリカ人の上司は衛生状態の悪化が原因だと一蹴し、この調査を打ち
切ったという。

「(上司は)あの当時の人たちは衛生状態が悪いから腸チフスにかかっても不
思議はない」と。「それを聞いて玉垣さんはどう思われましたか?」(記者)
「私はやっぱり原爆の影響だと思いましたよ。」

ABCCから放影研に変わった後も、内部被曝の調査は再開されることはなかった。

黒い雨による内部被曝の実態は、今も、広島・長崎の研究者の間で論議をよん
でいる。内部被曝に関する放影研の姿勢を疑問視する声もある。

広島大学原爆放射線医学科学研究所 大滝慈(めぐ)教授談
「内部被曝のような問題がもし重要性が明らかになりますとですね、アメリカ
側が想定してきたようなですね、核戦略の前提が崩れてしまうのではないかな
と思います」

内部被曝への不安を訴えていた福島県郡山市の井上さんは、この4月、元気な女
の子、うららちゃんを出産した。

「春の生まれなので、春の新しい命が芽吹くときに力強く育って欲しいなと
思って、春といったら、うららかなって思いました」(井上さん談)

市役所から届いたバッジ式の線量計。しかしこれでは内部被曝については測り
ようがない。

「福島産であれば、「不検出」と書いてあれば買いますけれど、何も貼り出し
がない場合は、福島じゃないものを使ってしまいますね」

井上さんが放射性物質を取り込めば、母乳を通じ、うららちゃんの身体に入る。
井上さんは自分の内部被曝を防ぐことで、我が子を守ろうとしている。

「今は「何も異常はない」と言われていますけれど、いつ何があるかわからな
いし「自分たちで気をつけてください」ってただ言われているような気がして」

原爆の放射線の影響は、被爆者の生身の体で研究されてきた。それと同じ構図が
福島で繰り返されるのだろうか。

内部被曝を調査の対象から外した放影研。福島の原発事故の発生から1年が経っ
た今年3月、大きな方針転換を決めた。それは・・・内部被曝を調査の対象から
外した放影研が新たな方針を決めた。

「過去の業績と蓄積した資料を使ってですね、原発に限らず、一般の放射線の
慢性影響に関する世界の研究教育のセンターを目指そうと。」(大久保氏、放影
研会議の席上で)

取り扱い注意と記された放影研の将来構想、内部被曝を含む低線量被曝のリスク
を解明することを目標に掲げていた。原爆投下を機に生まれた研究機関は、今、
原発事故を経て方針転換を余儀なくされている。


・・・番組の最後にABCCの現場からキャスターと記者が中継

「取材にあたったRCC中国放送の藤原大介記者を紹介します。藤原さんね、この
放影研、放射線影響研究所ですね、やっぱり一般の研究施設とは違いますね。」
「そうですね。こちらの一本の廊下をはさんで、およそ20の検査の部屋が並ん
でいます。短い時間で効率的に検査をこなし、データを集めるためです。被爆
者たちはこの廊下を戦後60年あまり歩いてきました。放影研の建物は、ABCCと
して発足したころの、かまぼこ型の兵舎がそのまま使われています。」

「VTRの中に登場した『はだしのゲン』の作者の中沢啓治さんの言葉が強烈に
耳にこびりついているのですけれども、人体実験だったんじゃないか、モル
モットに扱われたんじゃないかという怒りの思いがですね、伝わってきたので
すが、放影研の前進のABCCですけどね、これ、そもそもどういう研究施設だっ
たのかという疑問が残りますね。」
「ええ。中沢さんと同じような暗い記憶を大勢の人たちが抱えています。占領
期のABCCは軍用のジープで半ば強引に被爆者を連れてきました。助産師に金銭
をわたし、赤ちゃんの遺体を集めたという元研究員の証言もあります。そうま
でして集めた被爆者の膨大なデータが、内部被曝の影響を軽視したことで、福
島で役にたたないということに、やるせない感じがします。」

「そして、311、あの大震災と原発事故を契機としてですね、ようやく1年
以上経ってから、ようやく放影研が内部被曝の研究に再着手するというそうい
う方針転換をしたわけですよね。」
「そうですね。ABCC、放影研の調査は、けして被爆者のためのものではありま
せんでした。内部被曝の影響が抜け落ちているのに、国はその不完全
なデータを根拠に、被爆者の救済の訴えを切り捨ててきました。今、放影研は
福島県民200万人の健康調査を支援していますが、そこで内部被曝を軽視し
た広島の対応が繰り返されてはならないですし、広島の教訓は福島で生かさな
ければいけないと思います。」

「そもそもですねえ、日本において被爆者を救うはずの原爆医療でさえ、アメ
リカのABCCのデータ集めから始まってしまった悲劇をみて、一体、何のための
医学なのか、誰のための医学なのかという思いをあらためてしましたけれども」
「放影研は将来構想で、低線量被曝を含め、内部被曝のリスクを解明すること
を目標に掲げました。しかしその研究は、今、福島で生きる人たちのためには
なりませんし、そもそも内部被曝のデータが欠落した放影研にリスクの解明が
できるのかは疑問です。なぜ内部被曝の問題を過去に葬り去ったのか、その
検証も欠かせません。」

「以上、広島から中継でお伝えしました」


コメント (5)

明日に向けて(517)ストロンチウム汚染についての考察(どのように広がっているのか?)

2012年07月27日 22時30分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120727 22:30)

7月24日に文科省より、ストロンチウムの測定結果が公表されました。
これをどう見るのか、解析を試みてみたいと思います。ニュースは幾つかの媒
体から発信されていますが、時事通信ものをまずは紹介しておきます。

***

10都県で過去11年の最大値=ストロンチウム90の降下量-測定結果公表・文科省
時事ドットコム 20120724-16:52 

文部科学省は24日、東京電力福島第1原発事故で放出されたとみられる放射
性ストロンチウム90が、大気中から地上に降った量(降下量)の都道府県別
測定結果を公表した。津波や事故の影響で測定できない宮城、福島両県を除く
と、茨城県など10都県で、事故前11年間の最大値を上回る値を記録。最も
多かったのは昨年3月の茨城県で、1平方キロ当たり600万ベクレルだった。

文科省によると、測定は直径2メートルの水盤を1カ月間屋外に置き、たまっ
たちりなどを採取して放射性物質の量を調べた。

2000年以降、事故前までの最大値は06年2月に北海道で測定された同30
万ベクレルで、1960年代の大気圏内核実験の影響。事故後は、茨城のほか、
岩手、秋田、山形、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川の各都県でこの値
を超えた。原発事故の影響とみられる。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012072400675

引用はここまで
***

まず注目すべきことは、昨年の事故後に「ストロンチウムは重いから遠くまで
飛ばない」などという言説が繰り返し流布されましたが、実際には茨城、岩手、
秋田、山形、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川各県まで飛散していたこ
とが公式に認められた点です。残念ながら東北・関東の全域にストロンチウム
は飛散しています。

ではその量はどうなのか。いつものように文科省は「微量」「安全」を繰り返し
ています。読売新聞からこの点を引用すると以下のように書かれています。

***

「今回の調査での最大値は、茨城県ひたちなか市で昨年3月1か月間に採取され
た1平方メートル当たり6ベクレル。大気圏内核実験が盛んだった1960年代
前半に観測された最大値の60分の1程度で、同省は「健康への影響はほとんど
考慮しなくていい」としている」。

引用はここまで
***

ちなみに時事通信だけ1平方キロあたり600万ベクレルという書き方をしており
読売はじめ他社はみな1平米あたり6ベクレルと書いています。この方が小さくみ
える。東電が繰り返してきた発表形式ですが、ここにあるように、この量は大気圏
内核実験が盛んだった1960年代前半の60分の1程度だ!と書かれています。


核実験による汚染を考える

まずこれまでも繰り返されてきた「核実験のときの○○分の1」という言い方につ
いて言えば、それが何ら安全性を示すものではないことに注意を喚起しておきたい
と思います。というより、私たちはこうした核実験による汚染に対して、今更なが
らに憤慨しなければいけません。

例えば私は1959年生まれです。1960年代前半と言えばまさに赤ん坊のとき、幼年期
で、放射線に一番弱い時期でした。そのときに膨大な量の放射能が撒かれていた。
そしてその何がしかを私たちの世代は取り込んできているのでしょう。このことで
私たちはさまざまな健康被害をすでに被っているのだと思えます。

とくに最近、私たちの国では2人に1人がいずれはガンにかかると言われています。
何かそれが「自然」のことのように受け取ってしまっていますが、これはこの頃の
核実験の影響でもあるのではないか。いや少なくとも私たちの世代、あるいはそれ
以前の世代に発生しているガンのうち、確実に幾つかのものは、ばらまかれたスト
ロンチウムを起因とするものなのです。

にもかかわらず、私たちの世代で、この場合、国際的にですが、ただの一人でも、
「あなたは核実験のせいでガンになりました。なので補償させていただきます」な
どという勧告を受けた方はいるでしょうか。まるでいません。つまりひき逃げなら
ぬ「曝露逃げ!」をされているのです。放射能汚染が、「完全犯罪」であるゆえん
です。膨大な放射能がまいた事実ははっきりしているのに、たったの一人も被害者
が認知されていない。ものすごい社会的不正義です。

この点で私たちは「核実験より少ないから大丈夫」というレトリックにけしてのせ
られないようにしましょう。むしろ反対に「核実験における被害を補償せよ」との
声を上げるべきです。ちなみにICRP(国際放射線防護委員会)は、戦後社会で繰り
返された核実験による死者を100万人以上と見積もっています。ECRRは、そんなに
少ないはずがないとして6000万人以上という数値を出していますが、最低でも100
万人の殺人が行われながら、犯人が一人も捕まっていないのが私たちの世界なの
です。これはあまりに非道です。このことをけして忘れないようにしましょう。


公表された数値についてどう考えるか

続いて今回、発表された数値について考察します。最大で1平方キロあたり600万
ベクレルという数値についてですが、まず指摘しなければならないのは、これまで
文科省が、測定によるごまかしを繰り返し行ってきていることです。例えば福島
では、学校に空間線量計を導入するときに、業者にあらかじめ数値を低く出すよう
に「指導」を行った事実があります。

あるいは、多くの地域で「モニタリングポスト」を設置する際、その周辺だけあら
かじめ除洗して数値を下げることを繰り返してきました。何ともすぐにバレる小細
工で、みていて悲しくなるのですが、こうしたことが本当に、大規模に、かつあた
り前のように繰り返されてきています。なので文科省の出す数値は、実測よりかな
り低めになっているのではないかと疑わざるを得ません。

これは放射性物質の測りにくさにも連動することです。測りにくいので、いい加減
に測れば数値はすぐに低くなる。例えば時間を短くすることなどでそうなるのです
が、これまでできるだけ被害を小さく見せようとしてきた文科省が、こうした手段
をも使って、数値をさげてみせていることは十分に考えられます。

なんだか考察していて嫌になってきますが、こうした真実の隠蔽体質、何かを発表
するときは、必ず比較対象を持ってきて「これより少ないから安全だ」「健康への
被害はほとんど考慮しなくていい」と繰り返す体質そのものが、かえって人々の
疑心をかきたてていることに気づいて欲しいものです。いや「疑心」というのは
正しくない。そこで人々が自ら科学的に考察しはじめるとどんどん「ウソ」が暴か
れてくる。疑心ではなく正しい批判であったことが繰り返し証明されている。

それからこの数値はもっと高く見積もる必要があります。ただしいくらの係数をか
ければいいとかそうした判断はできません。少なくとも、もっと低い値が出るよう
に計測がなされているだろうこと、だからこれを最低値として、もっと高い値が
実際のものだろうということを考えざるをえないということです。

ただそうは言っても、この数字がまったく無意味かというとそうとは言えないと思
います。数値のごまかしの手段は多々ありますが、さすがに100倍、1000倍の単位で
ごまかしているとは思えない。なので信頼性は薄いけれども、一つの指標としてこ
れを活用することが大事です。ストロンチウムが市民的にはなかなか測れないため
にこれをうまく活用せざるをえないとも言えます。


数値をどのように判断するのか

ではどのようにこの数値からの判断を引き出すべきでしょうか。一つには1平方キロ
メー600万ベクレル、つまり1平方メートル6ベクレルという数値をどうみるかです。
これはセシウムだったら確かに恐ろしくない値であるといえます。しかしストロン
チウムは、体内に入るとセシウムよりもはるかに長くとどまるので、その危険性は
数百倍だと言われています。これに文科省の測定の信頼性が低いことを加味すると、
セシウムでの感覚では何千ベクレル・・・と見積もった方が良いでしょう。

それでもまだまだセシウムの現実の汚染度から比べると「低い」感じがするのでは
と思うのですが、肝心なのはここから先で、こうして飛散していることが確実になっ
たストロンチウムが、そこここで濃縮されてホットスポットを作っている可能性が
あることです。そうなると数値は一気に高くなる。そうしたものの存在がやはり一
番恐ろしい。

しかも注意すべきことは、ストロンチウムはセシウムと一緒に移動している場合が
多く、セシウムの作るホットスポットに同じように集まっている可能性が高いとい
うことです。なのでセシウムのホットスポットの危険性が、ストロンチウムの存在に
よってさらに高いものになっていることを認識すべきだと思います。

実はこのことはすでに横浜で示されていたのでした。昨年9月に、横浜港北区のマン
ション屋上から、1kgあたり195ベクレルのストロンチウム90が検出された件です。
今回、文科省は神奈川県までストロンチウムが飛散していることを認めたわけですが、
それが作り出したホットスポットがこのとき市民によって見つけられたのでした。と
すれば同じような汚染を形作っているところがいたるところにあるはずです。

ここから考えるべき点は、少なくともストロンチウムの飛散が伝えられた各県では、
セシウムが濃縮したホットスポットないしマイクロホットスポットには、ストロンチ
ウムもまた濃縮している可能性が高く、極めて危険な状態を作り出しているという
ことです。このため、こうしたホットスポットのそばではマスクは必携です。とくに
今は夏で猛暑が続いています。ジメジメした水だまりに形成されやすいマイクロホッ
トスポットが照りつける日差しでカラカラに乾燥し、土埃となって浮遊しやすい状態
になっています。これが風に運ばれやすい。そのため土埃の舞いそうなところでは
とくに注意が必要です。


膨大な量が海に流れ込み・・・

一方でここで過去に明らかにされたストロンチウムの動向から解析を重ねてみたいと
思います。その場合、一番深刻なのは、昨年12月18日に朝日新聞が発表したストロン
チウム漏れに関する試算です。東電のデータを解析した朝日新聞はこのとき海に流れ
出したストロンチウムの総量を462兆ベクレルと計算しています。ヨウ素とセシウム
4720兆ベクレルのなんと10分の1にもあたる量です。

これはどこに行ってしまったのでしょうか?まず魚を見てみた場合、水産庁の以下の
データで福島沖の魚からストロンチウムが検出されていることが報告されています。
http://www.jfa.maff.go.jp/j/sigen/housyaseibussitutyousakekka/pdf/120511_sr_result.pdf

検出日は昨年の4月21日が1件、12月21日が3件、本年1月18日が1件、魚の種類は、
マダラ、シロメバル、ムシガレイ、ゴマサバ、イシカワシラウオです。値はストロンチ
ウム90で1キログラムあたり0.03から1.2ベクレル。検出限界0.03で測定
されています。これらの魚は海の底に棲息しているものが多いことから、ストロンチウ
ムが海底に積もっていることが予測されます。

一方で水産庁のこのデータをみて一番強く思うのは、昨年からストロンチウムの海への
流出がさかんに指摘され、水産庁からストロンチウム調査を行うという発言が繰り返さ
れたにもかかわらず、発表されてるのがわずか13検体というとてつもなく少ない検査
でしかないことです。これでは測らないことによって、汚染実態を隠しているとしか
いいようがありません。462兆ベクレルものストロンチウムを漏らしながらわずか
13の検体しか調べていない。本当に悲しくなるほどずさんな調査です。ただちにこの
点をあらためて、もっとしっかりとした調査せよといいたいです。


以上から言えること

このように見てくると、今回の調査から言えることは、当初の原子力を推進したきた
人々の言動とは違い、ストロンチウムは福島原発から約250キロ離れた横浜を始め
東北・関東の非常に広い地域に飛散していること。それがホットスポットを形成して
いる可能性があり、厳重な注意が求められること。

海により膨大な量のストロンチウムが流れ込んでいながら、ほとんどまともな追跡調査
がなされていないこと。海に流れ込んだものの挙動の把握があまりになされておらず、
これがどのような形で私たちの生活圏に入り込んでくるのかが未知数であり、考えられ
る防御を重ねていく必要があること。この二つを引き出すことができると思います。

とくに海に入り込んだストロンチウムは、潮風にのって海岸線から陸地に舞い戻ってき
ている可能性が高いのではないかと思えます。海際にある原子炉から流れ込んでいるこ
とを考えるならば、十分ありうる可能性です。そのため今後は、原発に近いところから
海岸線の汚染調査を深める必要があるのではないでしょうか。とくにストロンチウムが
海から陸上にあがってきていないかを徹底して調べるべきです。

ストロンチウムについてのウォッチをさらに継続します。


なお、これまでストロンチウムについて述べたバックナンバーを紹介したのちに
幾つかの記事を貼り付けておきます。
*****

明日に向けて(446)膨大なストロンチウムが環境を汚染している!(焼却は極度に危険)
20120409
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/2e5cab4b20a545032ace3fe119c61d64

明日に向けて(347)4兆5千億ベクレル以上のストロンチウムが漏れ出している
20111205
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/2f48916ed9a40591031752e7a12fb858

明日に向けて(292)「プルトニウムは重いから飛ばない」というのはウソ!
20111013
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/16457148fe8f56cb730f29c1c118a2b9

明日に向けて(290)放射性物質:横浜でストロンチウム検出
20111012
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/bcd30bd2d0527804dfe48829eab3749d

明日に向けて(149)キュリウム・アメリシウム・ストロンチウムが検出された!
20110614
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/29360d5be7cccc6d875fbd108858455c

明日に向けて(141)福島県内11か所からストロンチウムを検出
20110609
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/0c666a3aaea2906ae4e6647490e5f7a9

*******

10都県で放射性ストロンチウム検出
NHKNEWSWEB 7月24日 19時56分

東京電力福島第一原子力発電所の事故で放出された可能性がある放射性物質
ストロンチウム90が、茨城や東京など10の都県でも検出されたことが文部
科学省の調査で分かりました。

こうしたストロンチウムが文部科学省の調査で検出されたのは、福島、宮城以
外では初めてですが、「濃度は非常に低く、健康への影響はほとんどない」と
いうことです。

この調査は、文部科学省が全国の都道府県で原発事故の前から毎月、行っていた
もので、今回は事故の影響もあって、おととし4月から去年12月までのデータ
が24日、公表されました。

それによりますと、原発事故で放出された可能性があるストロンチウム90は、
すでに別の調査で検出された福島、宮城以外にも、秋田、岩手、山形、茨城、
神奈川、群馬、埼玉、千葉、東京、栃木の10の都県で検出されたことが分かり
ました。

このうち最も数値が高かったのは、茨城県ひたちなか市の去年3月のサンプルで、
ストロンチウム90の濃度は1平方メートルあたり6ベクレルでしたが、同じ
サンプルに含まれた放射性セシウムの2850分の1程度だったということです。

文部科学省は「濃度は、放射性セシウムに比べて非常に低く、健康への影響は
ほとんどないと考えられる」としています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120724/k10013823121000.html

***

原発事故のストロンチウムか…10都県で確認
読売新聞 2012年7月24日19時44分

文部科学省は24日、各都道府県で実施する大気中からの降下物に含まれる放射
性物質の測定結果を公表した。

東京電力福島第一原子力発電所事故のあった昨年3~12月までの試料を分析した
結果、岩手県から神奈川県にかけた10都県で、2000年以降の水準(1平方
メートル当たり0・3ベクレル)に比べて高い値の放射性ストロンチウムが検出
された。同省によると、同事故で広がった可能性が高いという。

各都道府県では雨や風で降下したちりなどを集めて、それに含まれる放射性物質
を測定している。00年以降の水準を超える値のストロンチウム90が検出され
たのは岩手、秋田、山形、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川の計
10都県。福島、宮城両県では土壌を採取した別の調査で既に放射性ストロンチ
ウムが確認されている。

今回の調査での最大値は、茨城県ひたちなか市で昨年3月1か月間に採取された
1平方メートル当たり6ベクレル。大気圏内核実験が盛んだった1960年代
前半に観測された最大値の60分の1程度で、同省は「健康への影響はほとんど
考慮しなくていい」としている。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120724-OYT1T01117.htm

***

福島原発事故由来のストロンチウム、10都県で初確認
朝日新聞 2012年7月24日21時49分

東京電力福島第一原発の事故後、大気中に放出された放射性ストロンチウム90
が福島、宮城両県以外の10都県で確認された。文部科学省が24日発表した。
茨城県では、2000年から事故前までの国内の最大値を20倍上回る1平方
メートルあたり6ベクレルが検出された。これは大気圏内核実験が盛んだった
1960年代に国内で観測された最大値の60分の1程度になる。

原発事故が原因と確認されたのは岩手、秋田、山形、茨城、栃木、群馬、埼玉、
千葉、東京、神奈川の10都県。いずれも昨年3~4月に観測された。事故で
放射性セシウムが広範囲に拡散したことから、ストロンチウム90についても
拡散が予想されていたが、国の調査で、宮城、福島両県以外で原発事故による
ストロンチウム90が確認されたのは初めて。

文科省が発表したのは、1カ月間に屋外の容器に降下してたまったちりに含ま
れるストロンチウム90の量。2010年4月から11年12月にかけ、47
都道府県の測定所で月ごとに調べた。

1平方メートルあたりの降下量が最も多かったのは茨城県(測定所・ひたちな
か市)で6.0ベクレル。群馬県(前橋市)の1.9ベクレル、山形県(山形
市)の1.6ベクレルと続いた。10都県で原発から最も遠い神奈川県(茅ケ
崎市)は0.47ベクレルだった。

00年から原発事故までの最大値は06年2月に北海道で観測された0.30
ベクレルで、茨城県の観測値はその20倍。10都県の値はいずれも0.30
ベクレルを上回り、事故直後に観測されたため、原発から放出されたものと
判断した。

過去のストロンチウム90の観測値は、1963年の仙台市での358ベクレル
が最高。核実験の実施回数が減り、その後は減少を続けたが、86年、旧ソ連
のチェルノブイリ原発事故の影響で一時上昇し、秋田県で6.1ベクレルを
観測した。今回の茨城県もほぼ同じ値で、健康への影響はほぼないと専門家は
みている。

文科省によると、宮城県は津波の影響で測定施設のデータが修復できず、福島県
は施設が警戒区域内にあって分析環境が整わず、いずれも公表できなかった。
ただ、福島県分は今後集計する。両県では、昨年6月の文科省の土壌調査で原発
から放出されたストロンチウムが確認されている。

文科省はこれまで、ストロンチウム90の降下量をほぼ1年遅れで発表しており、
昨年3月の観測値は今年1~3月ごろに公表されるはずだった。公表が遅れた
理由について、文科省の担当者は「事故の影響でセシウムやヨウ素など主要な
核種の検査を優先したため、ストロンチウムの分析が遅れた」と説明している。
(石塚広志)
http://www.asahi.com/national/update/0724/TKY201207240365.html

コメント (1)

明日に向けて(516)京都市「ガレキ」処理見送り!これについて北部クリーンセンターでお話します!

2012年07月26日 22時00分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120726 22:00)

昨日25日夜半に、京都市の震災遺物(がれき)受け入れが見送られたことが
京都新聞に発表されました。京都市は宮城県内からの受け入れを検討してい
ましたが、同県での処理のめどがたったため、環境省からの市への要請が
なくなったとのこと。これで京都での焼却の可能性は当面はなくなりました。

京都市民にとっては朗報です。単に「処理のめど」だけではなく、多くの方
たちが環境を守ろうとして懸命に行動したことによって環境省が後退したこ
とは明らかで、市民による直接行動の成果に他なりません。このことは、同
じく25日にこれを報道した毎日新聞の記事にも次のように記されています。

***

宮城県は当初、可燃物についても全国に受け入れを要請していたが、遠方で
の処理のコスト高指摘や、受け入れ方針を示した北九州市で反対運動が起こっ
たことを踏まえ、方針を転換した。

引用はここまで
***

毎日新聞は、環境省に考慮してか、反対運動に考慮した主体を「宮城県」とし
ていますが、ただしくは環境省と宮城県です。それも環境省の方に大きなウエ
イトがあります。

しかしただこれだけで喜ぶことはできません。共同通信から配信された記事に
次のように書かれているからです。(引用は日経新聞より)

***

受け入れ先が未定の広域処理量を見直し、全体で5月時点の114万トンから100
万トンに減少。うち可燃物と再生利用分は県内処理の加速などで計57万トンと
約4分の1圧縮が進み、ほぼ処理の道筋が付いた形となった。

不燃物の広域処理量は43万トンと4万トンの増加。処理にめどが立っていない
状況に変わりはないとして、引き続き遠方の自治体を含めて受け入れ先を探す。

引用はここまで
***

つまり問題がひとまず決着がついたのは「可燃物」に関してのみであり、「不
燃物」に関してはまだ残っているということです。毎日新聞の記事にも「不燃
物は全国で引き続き受け入れ自治体を探す」とこの点が記されています。

また全ての「広域処理」計画が白紙になったのではなく、大阪市など、すでに
話が進んでいるところでの受け入れはそのまま行われようとしており、そのこ
とで大阪湾での焼却灰の埋め立てなどが認められると、再び関西の広範な地域
で受け入れの話が再浮上してくる可能性があります。その意味で関西的には、
大阪のことをわがこととして捉え、危険で理不尽な広域処理反対の声をさらに
継続してあげていく必要があります。

さらに、それよりも何よりもすでに、青森、山形、福島、茨城、東京ですで
に受け入れが行われ、繰り返し焼却が行われているわけで、このことが本当に
深刻です。これまでも何度も述べてきましたが、これらの地域では、放射性物
質を含んだ廃棄物の焼却が、震災遺物だけでなく、一般廃棄物の焼却を通じて
も行われており、それを考えると、西日本のことだけで一喜一憂していること
はとてもできません。

どの地域での焼却にも等しく反対ですが、せっかく東北の中でも汚染が少なく、
東北再生の一大拠点となりうる青森県、山形県に、せっせと放射性廃棄物が
運ばれていることに本当に胸が痛みます。いや細かく見ていくと、しばしば放
射性物質は、当該の県、地域の中でも、より汚染の少ないところに運びこまれ
ようとしてることが見られます。汚染を均一化しようとしているのではと疑わ
ざるをえなくなる処置です。

これらに踏まえて、私たちは、放射性物質の焼却処置そのものの危険性につい
て、再度、大きく声を上げ、とくに東北・関東での被曝防止、軽減措置をさま
ざまに重ねるべきことを訴え続けていく必要があります。繰り返し、繰り返し
訴えを続けていくことは大変ですが、全国で互の立場を思いやりあい、すべて
の人を放射線から守る観点で声を上げ続けましょう。(疲れた時は、順番に、
ちょっとずつ休みながら、長く、声を上げ続けましょう・・・。)


こうした点については、今度の日曜日(29日)に、京都市右京区の「北部クリー
ンセンター」関連施設の「やまごえ温水プール2階会議室」でお話させていただき
ます。「北部クリーンセンター」は、京都市で震災遺物の受け入れを行った場合、
焼却が予定されている場で、このことを憂いた周辺自治会の方たちがお話の場を
セットしてくださいました。

この場でも今回のこの決定にまつわる分析を行い、焼却処理の危険性を訴えて
いきたいと思います。お近くの方、ぜひご参加ください。
以下、講演会の案内(地元で回覧されているもの)を先に貼り付け、そのあとに、
京都新聞、毎日新聞、日経新聞の記事を示しておきます。

***********

第二回
☆学習会のお知らせ☆
平岡第六自治会
平六環境を守る会

7月29日(日) 午後1時30分~
やまごえ温水プール2階会議室
(北部クリーンセンター関連施設)

☆フリーライター 守田敏也氏のお話
*放射線内部被曝について
*「がれき焼却」の問題点
*放射能問題をいかに生きるか 等々

フリーライター
守田 敏也さんの紹介

1959年生まれ。京都市在住。同志社大学社会的共通資本研究セ
ンター客員フェローなどを経て、現在フリーライターとして取材
活動を続けながら、社会的共通資本に関する研究を進めている 。
ナラ枯れ問題に深く関わり京都大文字山での害虫防除なども実
施。原子力政策に関しても独自の研究と批判活動を続け、東日本
大震災以降は被災地も度々訪問。ボランティアや放射能除染プロ
ジェクトなどに携わっている。2012年4月より、「市民と科学
者の内部被曝問題研究会」常任理事に就任。
同会の広報委員長も務めている。

参加費無料です。関心のある方是非ご参加ください。

**********

京都市、震災がれき処理見送り
2012年07月25日 23時00分

東日本大震災で発生した宮城県の震災がれき処理を検討していた京都市は25
日、受け入れを見送ることを決めた。同県で処理のめどが立ったため、同日、
環境省が市に協力要請しない方針を伝えた。これにより京都府内でがれきを
受け入れる自治体はなくなった。

宮城県が同日示した災害廃棄物処理実行計画で、可燃物の協力要請について現
在調整中の自治体と、すでに受け入れている自治体(青森、山形、福島、茨城
4県と東京都)に限るとし、新たに要請しない方針を決めた。

京都市は市内3カ所の焼却施設で受け入れに向けて試験焼却する方針を示し、
5月下旬に処理の安全性を検証する専門家委員会を設置。宮城県内のがれき集
積場や焼却施設を視察していた。

門川大作市長は「受け入れの必要性はなくなったと考える。今後とも一日も早
い復興を願い、幅広い被災地支援に取り組む」とのコメントを発表した。

京都府内では、舞鶴市と京丹波町もがれき受け入れに向けて準備を進めていた
が、岩手県でもすでに処理のめどが立っており、環境省が今月3日、年間数万
トン規模の処理能力がある自治体を除き受け入れを見合わせるよう要請してい
た。
http://kyoto-np.co.jp/top/article/20120725000139

***

可燃災害がれき:5都県・1市以外に協力要請せず 宮城県
毎日新聞 2012年07月25日 21時01分

東日本大震災で発生し広域処理が必要とされている災害廃棄物(がれき)につ
いて、宮城県は25日、可燃物は既に受け入れ表明している5都県・1市以外
に協力要請をしないことを明らかにした。木くずなど再生利用分は東北、関東
地方で、不燃物は全国で引き続き受け入れ自治体を探す。

県によると、7月時点での広域処理必要量は100万トンで、このうち可燃物
は22万トン、不燃物は43万トン。可燃物は、県内に加え、青森▽山形▽
福島▽茨城▽東京の5都県と北九州市での処理拡大で完了させたい考え。

宮城県は当初、可燃物についても全国に受け入れを要請していたが、遠方での
処理のコスト高指摘や、受け入れ方針を示した北九州市で反対運動が起こった
ことを踏まえ、方針を転換した。

一方、埋め立て処分が必要な不燃物は受け入れを申し出る自治体がなく、処理
のめどは立っていない。【宇多川はるか】
http://mainichi.jp/select/news/20120726k0000m040064000c.html

***

宮城県、可燃がれき処理の委託先増やさず 交渉中自治体に絞る
日本経済新聞 2012/7/26 0:27

宮城県は25日、東日本大震災で発生したがれきを県外自治体に要請する広域処
理について、可燃物や再生利用できる分は交渉中の自治体との協議に力を入れ、
新たな要請先を増やさない考えを示した。県内市町村が参加する協議会で処理
実行計画2次案として公表した。

受け入れ先が未定の広域処理量を見直し、全体で5月時点の114万トンから100
万トンに減少。うち可燃物と再生利用分は県内処理の加速などで計57万トンと
約4分の1圧縮が進み、ほぼ処理の道筋が付いた形となった。

不燃物の広域処理量は43万トンと4万トンの増加。処理にめどが立っていない
状況に変わりはないとして、引き続き遠方の自治体を含めて受け入れ先を探す。
〔共同〕
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2503O_V20C12A7CR8000/

コメント (2)

明日に向けて(515)原発事故の影響を受けたがれき等の広域処理に関する提言(ACSIR)

2012年07月25日 12時30分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120725 12:30)

僕も常任理事の一人として所属する「市民と科学者の内部被曝問題研究会
(ACSIR)」より、「原発事故の影響を受けたがれき等の広域処理に関する
提言」が7月20日付けで発表されました。自画自賛ですが、非常によく書けて
いるのではないかと思います。ぜひみなさんに読んでいただきたいと思い、HP
に掲載されている文章を全文転載をします。

ちなみに少しだけ楽屋裏の話をすると、この提言は、私たちの会の理事会での
討議を経て発信されていますが、細部にわかりかなりの激論を経てきています。
私たちの会には、物理学者・化学者・生物学者など、さまざまなジャンルの方た
ちが参加されていますが、それぞれによって視角が異なり、ときには見解が分か
れたりします。また同じジャンルの方の間でも見解が分かれることがあります。

それらの激しいやりとりを見ていると、それ自身がもの凄い勉強になるので、
提言が練り上げられる過程そのものをおみせできないのが大変残念ですが、同時
に非常に強く実感するのは、放射性物質の挙動について、したがってまたその危
険性の実相について、これまで当然にも社会的に解明されてくるべき多くのこと
どもが放置されてきている現実です。

だからこそ、どうしても推論に頼って考察せざるをえないものも多い。これに対
してどういう立場をとるのか、つまりどれだけ推論の介在を許し、あるいはデー
タ的な実証を必要とするのかということ自身が、科学の中でよって立つジャンル
によって微妙な違いがあったりして、一歩外側にいるものからすると、失礼です
が面白い。というか、こうした学際的な論議の必要性、重要性を痛感します。

放射線はまずは物理的に解き明かされるものですが、それの体への作用は、物理
的に解き明かされる側面と、生物学的な側面に分かれてきます。生物学ジャンル
でも分子生物学的な知見から、医学的な知見までさまざまな知がある部分を重ね
つつ、住み分かれて存在していますが、それらがトータルに重なってみえてくる
のが放射線の実相です。

にもかかわらずあまりにも多くのことが検討されずに、実証もされずに来ている。
なぜでしょうか。このことを詳細に検討すれば原発や原爆の危険性、違法性、
非人道性が明らかになってしまうからです。だからこの構造そのものが、内部被
曝隠しの構造なのです。そのために多くの学問にすでに確立している「前提」の
再措定をしなくてはいけない。あるいはICRP(国際放射線防護委員会)に
よって作られてきたいつわりの前提の、解体・再創造をしなくてはいけない。

だから今は意見が分かれることが多くある。反対に言えば多くの面で新たに見解
を練り上げていかなくてはならないのです。これを国家権力やその関係機関、
またこれに追従ばかりを繰り返している既存の科学機関ではなく、市民サイド
のイニシアチブで行っていくこと、市民サイドにたった科学者の知見を重ね合わ
せ、より合わせて、あらたな知見を作り出していくことが本当に今、問われてい
ます。今回の私たちの会の提言も、目指すべきものとの関係では本当にささやか
ですがしかしそのための確かな一歩だと思います。


さらに震災遺物(がれき)の問題などでは、社会的な問題がたくさん入ってきま
す。その意味では自然科学的領域だけでなく、社会科学的な分野が非常に重要で
すし、あるいは震災遺物をどう捉えるのか、それへの被災者の思いをどう感じて
いくのかなど、文学や芸術が問題にするような領域も大きく含まれてきます。

失礼なことを言わせていただければ、こうした領域については、ともすれば純粋
自然科学の中に折られる方には届かない視角も多い。しかもその中には、問題の
現実的な処理においては欠くことのできない知見も多くあるように思えます。だ
からこそ、この作業にはあらゆる立場の方が必要です。まさに市民と科学者が
寄り集まって、科学を国家や官僚の手から私たちの手に取り戻す必要があるの
です。

その意味で、よりたくさんの方とさらに知見を練り上げたいという思いを書き置
いて、みなさんに、以下の提言をお送りしたいと思います。
どうかじっくりとお読みください!

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原発事故の影響を受けたがれき等の広域処理に関する提言
2012年7月20日

市民と科学者の内部被曝問題研究会
理事長 沢田 昭二


目次

はじめに

1.人工放射性物質には特別な危険が
2.公害の原則
3.放射能汚染がれき処理の原則
(1)放射能に汚染された物は「拡散してはならない、燃やしてはならない」
(2)アスベスト等との一括処理はできない(これは複合汚染です)
(3)(バグフィルターの性能を考えれば)放射性セシウム除去能率は低い
(4)(実際上の問題としての)運搬、汚染管理、法律で定められた管理責任免許者
(5)(望ましいがれき処理として) 住民自治に基づく再建計画を
(6)(子孫や地球に恥じない支援)汚染のない地域を保全することが基本
4.市民のいのちと環境を守る誠実な政治を望みます
(1)(棄民政策の数々で)日本はとても野蛮な国になりました
(2)一人一人が大切にされる国とするために

------------------------------------------------------------------------

はじめに

福島第一原発事故後、放射能汚染が全国的に広がっています。住民の不安が高ま
っているのも当然のことです。そもそも、現行法体系において、「放射性物質及
びこれによって汚染された物」は、「一般廃棄物」でも「産業廃棄物」でもなく、
「放射性廃棄物」として取り扱うべきものです。しかし、被災地におけるがれき
等の除去方針が定まらず施策が遅れることを口実に、国は、がれき処理特別措置
法(東日本大震災により生じた災害廃棄物の処理に関する特別措置法案)に基づい
て、廃棄物の処理について暫定方針を定めました。しかし、がれきの広域処理は、
小規模、大規模を問わず、福島事故を全国的に、人為的に繰り返すに等しい行為
であり、放射線汚染を拡散し、国民・住民全体にさらなる被曝を強要する危険な
ものです。このような方策は、世界で確立された公害の基本原則「閉じ込めて隔
離する」に反しており、国際法の基本原則に真っ向から違反し、根本的に誤って
います。なお、いわゆる「がれき」は、被災された方の遺品類でもあり、現場近
くに「埋葬」する心構えで取り扱うことが必要と考えます。しかし、共通に理解
できる適切な言葉が見つからないため、「がれき」を使用します。


1.人工放射性物質には特別な危険が
原発事故により原子炉から放出された人工の放射性物質セシウム(Cs134,Cs137)
は、自然放射性物質カリウムK40とは同じベクレル数でも生体内での挙動が異なり
ます。人工の放射性物質であるセシウム134,137は心臓、脳、腎臓など重要な臓
器に蓄積し、これらを傷つけ健康を破壊します。そのため、放射性セシウムの方
が少量でもカリウム40よりも危険です。臓器への取り込まれ方が異なるからです。

人体へ影響が出るセシウムの放射能(ベクレル数)がベラルーシのゴメリ医科大
の研究によって明らかになりました。体重1kgあたり20から40ベクレル(Bq)で
心電図などに異常が出ます。これは心臓の障害を表し内部被曝にとって極めて
重要な知見です。実際、心不全から突然死が起きています。日本でも突然死が
心配されます。

このセシウムの蓄積は、子供の体内に半分がとどまる期間(生物学的半減期)を
40日として、毎日20Bq摂取すると200日で1200Bqに達し、体重が20kgの子供であれ
ば60Bq/kg、60kgの大人(生物学的半減期70日)でも約30Bq/kgとなり危険域に入
ります。それほど大きな被曝影響をもたらすものです。その他、ストロンチウム
やプルトニウムなどもがれきに含まれ、内部被曝はいっそう危険です。


2.公害の原則
水俣病はじめ多くの公害の犠牲の歴史の上に得られた公害の原則は「危険な汚染
物質を決して希釈して拡散してはならない、閉じ込めて総量で規制すべきである」
ことです。これは全ての環境問題の原則です。 


3.放射能汚染がれき処理の原則
(1)放射能に汚染された物は「拡散してはならない、燃やしてはならない」
これが人間の命と環境を保護する鉄則です。

①汚染されたがれきを汚染地域外に持ち出すと、生命に危害を及ぼす地域が広が
るからです。
原発では放射性物質を「封じ込める」ことに務めていたはずが、いったん爆発し
て外に出てしまうと、これを「拡散させる」、ではいかにも見識が無く乱暴な行
為です。

②焼却処理すると2次被害を作り出します。焼却という2次被曝の操作は福島事故
の放射能汚染を繰り返すことであり、決して行ってはなりません。

③( 汚染地帯のがれき)宮城、岩手のがれきは汚染されています。政府が宣伝す
る「汚染されていないがれきだけを処理する」というのは事実に反します。海岸
のがれきが波しぶきによってより強く放射能に汚染された可能性もあり、これか
らも汚染が強まる可能性があります。

対象となっている宮城・岩手は高度汚染地域です(文科省汚染マップを見てくだ
さい。また、それぞれの自治体のクリーンセンターなどの残留灰の放射能汚染度
を見れば一目瞭然です。放射汚染地帯にある野積みのがれきには、放射性物質が
必ず入っています。

実際は汚染されているのですが、ある限度以下の汚染は「汚染されていないとみ
なす」というからくりがなされているのです。「汚染されていない」宣伝には空
間線量率が提示されていますが、これにはがれきの放射能汚染はほとんど反映さ
れていません。なぜなら、空間線量や表面線量より、内部の汚染物質とその量が
問題だからです。


(2)アスベスト等との一括処理はできない(これは複合汚染です)
加えて汚染は放射能だけではありません。アスベストやダイオキシンや重金属他
の毒物・劇物が含まれています。それぞれの処理にはそれぞれの専用処理施設が
必要です。客観的にみて、もし受け入れるのならば、放射能汚染、アスベスト汚
染、ダイオキシン等に対応する焼却炉を作らねばなりません。家庭ごみと一緒に
燃やすのは大変危険です。

もしアスベストが含まれていたらどうなのでしょう?
アスベストは溶融処理する必要があり、アスベストの融点は1521℃なので、800℃
程度の燃焼温度では溶融できません。汚染ゴミは通常の家庭ごみに混入して焼却
されることが計画されているので、放射能汚染とアスベスト汚染の二つだけを
とっても、安全な汚染処理はできません。各作業工程で、それぞれ専門の機械を
使ってこそ、安全処理ができます。

(3)(バグフィルターの性能を考えれば)放射性セシウム除去能率は低い
放射性物質の主成分はセシウムです。一般焼却炉では、800~900℃で燃焼させられ
た後、煙は温度を約200℃に下げられてバグフィルターに掛けられます。燃焼後の
セシウムの状態は定かではありませんが、多様な化合物の形態をとると考えられ
ます。私どもが警戒して考慮しなければならないことは、多様な状態にあるセシ
ウムの、バグフィルター通過温度での蒸気圧です。また、200℃というバグフィル
ター通過温度でのセシウム除去率です。それに、微粒子を形成しないでガス状で
いるセシウム化合物がどれほど存在するかという危険です。これらについての実
証的なデータがほとんどありませんが、これらを十分考察し最大限の防護をする
必要があります。

「バグフィルター通過後のガスにはセシウムは存在しなかった」というような実
験結果は、測定のプロセスと精度に重大な疑義があります。飛灰中のセシウムを
計測するのと同じ精度でフィルター通過後のガスを計測しようとするならば、
その飛灰の通過時間中(1日中)の全ての放出ガスを検出器に通して測定しなけれ
ばなりません。発表されたガスの検査は、測定したガス量があまりにも少量で、
短時間すぎます。「実験さえすればそれが本当の姿だ」とは決して言えないので
す。ずさんな非公開の検査は「過小評価あるいは危険無視」の常套手段であるこ
とを恐れます。

煙突から出たセシウムの微粒子は静かな空気中では毎秒0.1mmから1mm程度しか落
下しない性質があります。煙突周囲の風がそよ風であっても風速は毎秒数メート
ルです。ですから放射性セシウムはずいぶん遠くまで運ばれます。危険区域は数
十キロメートル~数百キロになります。処理場から遠いところでも危険です。


(4)(実際上の問題としての)運搬、汚染管理、法律で定められた管理責任免許者
私たちは広域処理に絶対反対ですが、万一実施が強行される場合や、実際に取り扱
う場合には、少なくとも次の点が考慮されなければならないと考えます。

①運搬・分別・焼却等作業員の安全のためにきちんと汚染防護をする。安全処理と
いうことはそれぞれの専門資格を持つ者がいて初めて、作業する人の健康も、作業
上の安全も、市民の健康も防護できます。広域がれき処理は乱暴なやり方だと私た
ちは表現しますが、処理責任者であるがれき受け入れ自治体はそのような人事配置
をし、訓練も行って、市民と作業員の安全に配慮しているのでしょうか?

②放射能に対しては、入口、中間、出口に計測設備を設ける必要があります。たい
ていの処理場は、この放射能処理施設として設けるべき放射能監視装置を持ってい
ません。必要な装備も持たなくて放射能を含む可能性のあるがれきを処理していい
のでしょうか?

③処理を終了した時に施設の内部も清掃処理をする。もしそれをしないと放射能が
含まれていないごみを処理するだけで、残留している放射能が漏れだしてしまい、
内部清掃には莫大な費用が掛ります。

④灰の処理、溶融金属等の処理、最終処理施設等々、安全対策を施す、あるいは今
までの処理方法を変更する必要があります。今まで放射能はないとした前提の処理
施設を、放射能が拡散しないように変更する必要があります。住民の安全を言うの
ならば、そこまで誠意を持ってやらなければなりません。

⑤市民の健康保護、作業員の健康保護、放射能やその他の汚染にそれぞれ対応した
処理責任者免許保持者を配置するのが、自治体等の管理者責任です。法治国家とし
て市民と環境の保護に万全を尽くした方法が必要です。すでに阪神淡路大震災で生
じたがれきの処理でアスベストによる中皮腫被災者が発生していたということが報
じられています。今回も同様にアスベスト被害が発生する心配があります。


(5)(望ましいがれき処理として)住民自治に基づく再建計画を
私たちは被災地のがれきについては、住民が主体になってその地の総合的な再建計
画を作成し、がれきの再利用とその処理を考える必要があると考えます。廃棄物と
しては十分な放射線管理は行われない恐れが強いと思われます。あくまでまずがれ
きを資源として、放射線の汚染度をきちんと測定することです。発生源でその地域
の住民が放射性廃棄物の濃度を測定し、分類し、自分たちの地域の再建計画と共に
その処理、利用を考えるということです。

冒頭に延べましたが、「放射能汚染物は、拡散してはならない、焼却してはならな
い」が原則です。いろいろ知恵を出し合い、理にかなった、方法を採用することが
必要です。がれきと言っていますが、被災された方の遺品類です。現場近くに
「埋葬」するに等しい心が必要です。

①がれきのまま封じ込める。
②がれきを積む底部をコンクリートで遮断して排水処理をする。
③がれきの上から雨水等が浸透しないように遮蔽をする(雨による放射能汚染の滲
出を防ぎ、腐敗によるメタンガスの発生等を防ぐ)。
④植樹による木の根からの放射能物質の吸引を防ぐため、根を深く張る木の植樹は
しない(放射性物質が葉や花粉に濃縮されて再び環境汚染をもたらす)。
⑤ ①から④を基本構造として津波対策として、高い堤防や防波丘陵の造成、など
に応用する必要があります。


(6)(子孫や地球に恥じない支援)汚染のない地域の保全が基本
国民・住民の「被災地の皆さんの力に何としてもなりたい」、という気持ちは尊い
ものです。しかし、「広域がれき処理」への協力はしてはいけません。「放射能汚
染を拡散してしまう協力」は、将来にわたって子や孫に危害を及ぼす危険を導入す
ることです。人類の安全という観点からは愚かな行為です。被災者と非被災者の
両方に、「本当の利益を生み出す人道上に恥じない支援」をすることが大切です。
そのために、次のような視点を持つ必要があります。

①これから何十年も継続する放射能汚染による惨劇を、日本として耐え抜くために
汚染の少ない西日本はそのままに保つことが大切です。

②汚染されていない土地で食糧大増産を行い、逆に、汚染地帯では基本的には食用
作物は当分の間作らないで、土地の除染処理の研究・除染用作物やバイオ燃料の
栽培などによる工夫に徹する必要があります。それを実施して初めて日本の市民の
食の安全が保障されます。遊休農地がすぐ役立ちます。遊休農地を整備して、汚染
地域の農家を招きましょう。そうすることにより生業の継続できる避難を保障する
ことができます。

③新基準の限度値は極めて高すぎます。今の基準の100分の1程度の低い基準を「食
料品」に適用して初めて“人の健康を守る基準”という意味合いが出てきます。
現在、国が採用する基準は市民の健康保護を基本に決めた値ではありません。経済
的社会的要因を考慮して決めているのです。具体的に言えば、人の健康を守るため
に限度値を決めてしまえば、原子力を維持することが出来なくなるので、人の健康
を犠牲にした高い値を設定しているのです。

ドイツの放射能汚染防止令を適用すれば、セシウムで8ベクレル/キログラム(おと
な)、4ベクレル/キログラム(子ども)です。この程度が健康を守る上で意味の
ある値となります。人の命が守れる国にしなければなりません。

④避難者の支援や、保養の機会や場所を提供するなど、非汚染地でなければ実施で
きないこと行うのが、非汚染地の務めです。市民は正道に立つ支援を実行しましょう。

「広域がれき処理」のような国際的ルールを踏みにじる乱暴な、「本質的支援でない
『支援』」は行ってはなりません。


4. 市民のいのちと環境を守る誠実な政治を望みます
(1)(棄民政策の数々で)日本はとても野蛮な国になりました。
これ以上野蛮になってはなりません。政府は原発爆発事故以来、どのようにして市民
を守ってきたのでしょうか。

まず、汚染物処理基準はどうでしょう。
①以前は、原子炉等規制法に基づく基準をIAEA(国際原子力機関、国際的な原子力推
進体)の基準100ベクレル/キログラムとしていました。事故の際に(2011年6月)
突然それを放射性物質汚染特措法により8000ベクレル/キログラムと80倍に引き上げ
ました。さらに管理処理できる場合は10万ベクレル/キログラムまで引き上げました。

②公衆(一般市民)の年間被曝限度(これ以上被曝すると政府の責任で防護しなけれ
ばならない基準)を、1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに引き上げました。
「日本人は事故の時は放射線に対する抵抗力が20倍になる」のでしょうか。

③チェルノブイリ周辺国(ロシア、ベラルーシ、ウクライナ)は、住民の保護基準を
年間1ミリシーベルトで「移住権利(住んでいても良いが移住しようと思えば、国が
保障する)」、5ミリシーベルトで「移住義務(危険だから移住しなければならない)」
地域に設定しています。日本のこれに相当する基準は何と20ミリシーベルト(計画的
避難区域)および50ミリシーベルト(避難区域)です。日本の住民はチェルノブイリ
周辺国より20倍も放射線に対する抵抗力が高いのでしょうか。とんでもありません。
ひとえに、東電の賠償責任を軽減することと政府の責任を軽減するためだけなのです。
現在1ミリシーベルト以上の汚染状況は、北は盛岡から、南は東京全域、千葉の半分を
含む広大な面積です。5ミリシーベルト以上の汚染は福島県のほぼ全域を含み、茨城、
栃木や、東京などでもホットスポットが多数含まれる土地です。チェルノブイリ周辺
3カ国では「住民は住んではいけません」と保護されているのを日本は逆に避難から
戻りなさいと言われているのです。

④主食の米の放射能汚染限度値は500ベクレル/キログラムと極端に大きな値が設定
されましたが、ドイツの100倍程の高さを設定しているのです。日本政府は「基準以
下ならば安全」と宣伝していますが、そうではありません。汚染食品を食べることに
より、チェルノブイリ周辺では大量の健康破壊が起きています。チェルノブイリ周辺
では「貧しいために人々は汚染地帯の産物を食べざるを得なかった」のです。現在
日本では、政府の強制によって汚染食品を全日本人が食べさせられています。政府は
チェルノブイリ周辺の健康被害を率直に認め、正確な実態を国民・住民に示さなけれ
ばなりません。

⑤爆発直後、安定ヨウ素剤を政府は蓄えがあるにも拘わらず与えませんでした。
何ということでしょうか! 人の命は切り捨てられ踏みにじられているのです。


(2)一人一人が大切にされる国とするために
子や孫に胸を張れる、主権者を守る品格のある政治を行う必要があります。がれきの
広域処理は、人の命と環境を守るためでしょうか。いや全く逆で、市民の生活の場に
汚染被曝を強制し、人の命と環境を犠牲にして、大企業の東電・原子力産業と政府の
責任を可能な限り少なくし、ゼネコンや流通業者など関連産業の利益を謀ろうとする
ものです。そして、被曝を当然のこととする社会的風潮を強権的に醸成し、今後も
原発事故が起こることを前提として原発を運転し推進する方針を正当化しようとする
ものです。さらには、劣化ウラン弾や核バンカーバスター爆弾の使用など、アメリカ
の核戦略の下に、実際に戦える核戦争の準備を、米日協同で進めようとする一環であ
るとしか考えられません。

憲法の基本精神である「個の尊厳」、とりわけ25条で保障されている健康で文化的な
生活を保障している生存権に対して国は大きな責任があります。がれきの広域処理は
根本的に「人のいのちと環境を守る」ことを破壊する行為です。決して国家がしては
なりません。

国民・住民が自らの命を守るためには、知恵をつけ力を合わせ、このような国のあり
方を変えなければなりません。私たちは半永久的に続く放射線汚染の惨劇を避けるた
めに、「個の尊厳」を基本にする憲法を持ち、国の主人公として大切にされなければ
ならない存在です。自分もお互いも大事に尊重される、理にかなった方法を取って、
がれきも処理しましょう。「明晰に、楽天的に、最大防護を!」が日本の市民が生き
残れるためのスローガンです。

私たちは半永久的に続く「放射能汚染のもたらす惨劇」からの防護を真剣に、大局的
な施策として実施すべきだと考えます。とりわけ、放射能その他に汚染されている
がれきを広域処理することは、基本的人権を守る憲法と地方自治の基本原理に反し、
放射能汚染の処理原則に反することとして、受け入れないよう全国民・住民に訴えます。

http://www.acsir.org/info.php?14

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明日に向けて(514)汚染の少ない山形の可能性・・・山形、米沢訪問を終えて

2012年07月24日 23時30分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120724 23:30)

東北訪問の旅を終えました。まだ大槌のことで書くべきことが残っている
のですが、今日はその先のことを少し記しておこうと思います。17日夜山形、
18日午前山形、18日夕方・同夜米沢と続いた山形県内での講演会、懇談会な
どで感じたことです。

山形県は福島県、宮城県と県境を共にしています。秋田県、新潟県にも
接していますが、それはともあれ激しい放射能汚染にみまわれた福島県や
宮城県南部と接しているため、さぞや高い汚染があるかと思えるかもしれま
せんが、福島原発からの距離で考えると、汚染は低めだと言えると思います。
とくに県内で原発からもっとも遠くにある日本海側の酒田市、鶴岡市あたり
は、一般廃棄物の焼却場データなどで見てみると、西日本とあまり変わらな
い状況にあることが見て取れます。

ただし汚染がほとんどないのかと言うと、残念ながらそのようなことはなく
山形市東部やその北の天童市、東根市などはそこそこ高い数値が出ています。
一つの大雑把な目安となるのは、これまでも紹介した、昨年夏に行われた
16都県での焼却場の調査です。
http://www.env.go.jp/jishin/attach/waste-radioCs-16pref-result20110829.pdf#search='焼却場放射能測定一覧'

焼却場のある地域に昨年、7月、8月ごろにどれだけのセシウムが降ったの
かの一つの目安になるものですが、これらから山形市をみると、二つの焼却場
で、7月22日に計測された飛灰から、ぞれぞれ1キログラムあたり、
6900、7800ベクレルのセシウム(134と137の合計)が計測さ
れていることが分かります。福島市内の焼却場のざっくり10分の1といっ
たところでしょうか。

これに対して福島市に最も近い米沢市は汚染がすくない。福島原発からの
距離を考えると信じられない感じすらしますが、ちょうど福島中通りの
西側を走る吾妻連峰がついたてになり、米沢市の多くが大量の放射能の降下
から守られています。ただその米沢でも汚染がまったくないわけではありま
せん。同じく焼却場データをみると、米沢市のゴミを処理している高畠町に
ある「千代田クリーンセンター」の飛灰から7月4日に1キログラムあたり、
660ベクレルのセシウムが検出されています。ざっくり山形市の10分の
1ですが、それでももともとからすれば大きな値です。

この他の山形県内の都市を見てみると、先にも触れましたが、日本海側の
鶴岡市の焼却場では、7月15日に1キログラムあたり22ベクレルという
数字が出ています。これは西日本の京都などで出ている数値とほぼ同じレベル
です。なのでこのデータを目安に考えれば、山形県の日本海側、しかも秋田
県側は、汚染がかなり低いことが分かります。


その山形県に、福島からたくさんの人々が避難してきています。強制避難
区域からの人もいれば、自主避難の人もいるとのことですが、その数は
およそ13000人。全国の都道府県で最も福島からの避難者が多い県です。
その山形が汚染が少ないことにほっとする思いもするのですが、そうはいっ
ても、やはりそれなりの汚染がある地域をさして「ほっとする」思いがして
しまうこの状況全体の異常さを思わずにはおれません。

さてそのようなわけで、山形にはたくさんの福島からの避難者がおられるた
め、講演会や相談会にも母子避難している女性やそのご家族などがたくさん
来てくださいました。中にはスタッフとして活躍している方もいました。
そのため福島で今、何が起きているかの情報もたくさん入ってきます。

そこで得た情報については、また別の記事で発信したいと思いますが、これ
らのことは山形での福島支援の特殊な位置性をあらわしているように思えま
した。というのはここに集っている方たちの多くは、放射能の恐ろしさを
自覚したがゆえに福島県内を離れた方たちであり、それだけに今、福島の
内側で起こっていること、とくに健康被害などに敏感な意識をお持ちです。

また何と言っても距離が近いので、福島との行き来も多い。実際に福島市内
に通勤している方ともお会いしました。そのため福島内で起こっていること
がリアルタイムで伝えられてくるし、それを話し合う環境を作ることができ
る。福島の中に住んでいて、復興キャンペーンの最中にあったり、あるいは
除染に参加しなければならないような状況では、とても放射能の危険性を
おおっぴらには話せないでしょうが、ここでは避難してきたもの同士のつな
がりが可能で、そうした情報の共有もできます。

ただしそのためには山形の側での福島からの避難者たちの方々のバック
アップが不可欠です。今回、僕を講演に招いてくださったのは、まさにそう
した活動を担っている方たちで、精力的に健康被害についての聞き取りも
行っており、心を砕いた活動をされていることを感じましたが、なんという
か、福島からの避難者の多さに対して、山形県内から集まったたちの活動
だけでは、カバーしきれないものが多いように感じました。

これにもっと多くの地域がつながれないものか。つまりもっとも近くで福島
の方たちをケアしている山形の方たちに、もっと広範な地域からのさらなる
バックアップをできないか。それでここでの意義ある活動をより広くシェア
できないものかとそうしたことを考えました。

中でもこうした活動の中心である山形市内で、市民放射線測定所設立の動き
があり、僕自身はぜひこれにつながって支援をしていきたいと思うし、近くの
測定所にもかかわりを持って欲しいと思っています。と思っていたら、実は
仙台の測定室、「小さき花」の石森秀彦さんが、土壌調査に山形に訪れている
ことを知りました。これはとても心強い!そうした連携が広がって欲しいです。
僕自身も媒介となって、西日本の広範な支援をつなげられないものか、今後、
何らかの案をひねり出していきたいです。


さてそんな思いで山形の方たちといろいろと交流を重ねましたが、ある方が
印象的なことを話されました。今回、自分で畑を持ち、味噌を作り、保存食
料を持つことの重要さ、大切さ、そして強さに、つくづく開眼したというの
です。もちろん土地は汚染されていないことが条件になりますが、彼女が
言うにはもともと雪深い東北は、そうした食料備蓄の知恵が幾らでもある。
それを今、もう一度、見直していきたいと言うのです。

その話を山形弁で話されたその言葉通りに再現できないことが何ともかんとも
悔しいのですが、それはともあれ、僕はこんなところにも、原発を見直す契機
があるように思えました。現代の私たちは、商店での食べ物の陳列に頼りすぎ
かつまた冷蔵庫の恩恵にも頼りすぎている。電気、電気、電気の生活で、かつ
てあったいろいろな知恵を後退させてしまっているのです。

そしてひとたび停電になれば大打撃になってしまう。食べ物がすぐに商店の棚
から消えていく。同時に、冷蔵庫の中のものはすぐに解凍しだして長い間は
持たない。実はそのため、多くの被災地で、「大震災後は、ご馳走ばかり食べ
ていたよ!」という話も聞きました。どんどん冷凍庫の中のものが溶け出すの
でもったいないから一番高いものから食べたと言うのです。しかしそれはほん
の数日しか持たない。

これに対して味噌を初めとした発酵食品は、非常に持ちがいいし、しかも今の
ような不純物、化学物質も少ない。その上、栄養価が極めて高く、理想的な
健康食が多いのです。そこには私たちの住む列島の風土にあわせて、先人が重ね
てきた実践的な知恵がある。にもかかわらず私たちはその多くをうっかりと
失いかけていたのではないか。

私たちの国の中で、気候風土が厳しいだけに、その分、その中を耐え忍び、かつ
その中で暮らしの楽しみを作り出してきた知恵が、東北にはいっぱいつまって
いるのだと思います。そうしたことの一つ一つを私たちが拾いなおせるといい。
そのことと、放射線の害に対抗して、免疫力をあげて立ち向かっていくべきこと
をどこかでつなげていけるように思えました。

そしてそう考えたときに、まさに東北の地で、全体としては山形県の汚染が少
ないことには大きな救いと展望があります。ぜひこれを読んでいる他地域の方た
ちが、積極的に山形とつながってくださるといいなと思います。僕自身、その
ための道を模索していきたいと思います。

山形訪問についてとりあえずの感想を終えます・・・。

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明日に向けて(513)京都市東山区でお話します!(7月22日)

2012年07月21日 23時00分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120721 23:00)

昨日の夜、東京での会議を経て、ようやく京都の自宅に戻ってきました。
7月13日から一週間あまりの旅でしたが、非常に密度の濃い旅でした。
岩手県大槌町での放射線計測に始まり、地元のFMラジオへの出演、講演
2回と相談会2回、漁民の方からの聞き取りを経て、山形県に移り、講演
3回と懇談会1回を経て、福島県会津若松市に移動、講演1回の後に会津
の歴史に精通している方からの聞き取り、会津若松市でのフィールド調査
などを経てきました。東京でもある会議に参加しました・・・。

いつものことではあるのですが、あまりに膨大なものをインプットして
きてしまったので、アウトプットにどこまでまわせるか頭がクラクラする
面があります。しかしどれも非常に大切なことなので、頑張って、記事を
書き綴っていきたいと思いますが、同時にそれらを講演でも積極的にお話
していきたいと思います。

実は今日も京都市の西陣和楽園という保育園で午後にお話をしてきました。
オープンな企画ではなかったため、ここには載せませんでしたが、それで
も会場満杯の方が来てくださりました。そこでみなさんに大槌の現状を写
真入りでみていただき、また今回の旅で聞いてきた東北での健康被害の実
情などをお話しました。

明日も、京都市東山区の「やすらぎふれあい館」で午後1時30分からお話
させていただくことになっているので、そこでも今回見てきたことに触れた
いと思っています。今日の明日で恐縮ですが、お近くの方、ぜひお越し
ください。

以下、案内を貼り付けます。

***********

しんふじん学習講演会

関西電力大飯原発再稼動強行で、「原発NO!!」と発信・行動する人々が
全国に広がっています。子どもたちの未来のためにも、私たち大人がしっか
り学び声をあげましょう!

内部被曝とは?
どうして内部被曝になるんですか?
外部被曝との違いは?
人体への影響は?
被災地に行かれた様子もお話しいただきます。

おはなし
守田敏也氏

とき  7月22日(日)13:30~15:00
ところ やすらぎふれあい館
(東山五条そば http://www.mediawars.ne.jp/fukusi07/query.html
資料代 300円

お問い合わせ
新日本婦人の会東山支部
TEL FAX 075-531-6576

体験会・作品展示もあります。
10:00~12:00 材料代実費
絵手紙・布ぞうり・編み物・しんぶんちぎり絵・小物づくり
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明日に向けて(512)海は大震災以前から危機に瀕していた!・・・大槌訪問を終えて3

2012年07月19日 08時00分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120719 08:00)

福島県喜多方市の旅館からです。一昨日、山形に赴き、夕方から市内で講演会
を行い、昨日は朝10時から講演会、そのあとみなさんとおいしいお蕎麦を食べて
車で米沢市に向かい、午後4時半から6時まで放射能をめぐる懇談会、午後7時
から講演会を行いました。

山形・米沢でも素晴らしい出会いに恵まれ、たくさんの得がたい情報を得る
ことができたのですが、本当に残念ながら、いまはそれを文字に落とす余裕が
ありません。頭の中のメモリーが消えてしまわないか心配ですが、その前に
大槌で頭に書き込んだことの続きを記しておきます。

今回の大槌訪問で大きかったのは、三陸沖で長年にわたって漁を行ってきた
漁師さんともお話することができたことでした。かりにAさんとしておきますが、
この方から三陸の海の状態をお聞きしました。そこで実は放射能の問題
以前から、海が本当に大変なことになっていることを教えてくださいました。

この方の行っているのはイルカ、カジキ漁です。「つちんぼう」と言って、モリを
かかえて海にのぞみ、浮上してきたイルカやカジキをこれでついて漁を行います。
三陸はもともと鯨漁も行ってきたところですが、この方たちの漁はすでに100年の
歴史があるそうです。

大津波が押し寄せてきたとき、Aさんはたまたま三陸海岸の他の港に船を
係留していて、そこから離れていました。「そのため、助けにいけなかった」と
悔しそうに語られました。いつものように大槌に船があったら、すぐに乗って
沖に出せたそうです。「助けにいけなかった」という言い方に船への愛着を
感じました。

そのAさんはいろいろと悩んだ末に漁の再開を決意されました。すでに新しい
船の準備が進んでいます。新たな船は8トン。値段を聞くとなんと5000万円
するそうです。ただし政府から補助が出る。自己負担は9分の1、450万円になり
ます。「でもそれだけじゃねえんだ」とAさん。道具も何も流されてしまった
ため、それらを買い揃えなければなりません。機材も必要です。それで結局、
1500万円ぐらいはかかるのだそうです。
「この年でこれを返すのは大変だ。でも俺は海でしか生きられないのよ」と
Aさん。
(ちなみにAさんは大槌の方言で語られます。僕は聞き取りはほぼできたの
ですが、その言葉を今、再現できません。それがとても残念です)

さてAさんの行う漁は先にも述べたように、「つちんぼう」というイルカやカジキ
を対象としたいっぽんづき漁です。イルカを獲っていると聞いて、「残酷な」と思わ
れる方もいるかもしれません。僕も野生生物の保護についていろいろと思うところは
あります。でもAさんのお話を聞いて、海を思う気持ちに次第にうたれていきました。
なのでイルカを愛する方にもぜひこの先を読んで欲しいと思います。


三陸沖は日本列島周辺を通るふたつの海流の黒潮と親潮が南北からやって
きて交わるところで、そのためにたくさんの魚が集まる最高の漁場です。
なんと世界三大漁場と言われていることをはじめて知りました。この方が目当てに
しているイルカもカジキも、ここに集まる魚を目当てにやってくるのです。
小魚を漁にくるわけですが、それをまた人間が漁をしてきたのです。

ところが近年、その三陸沖で魚が物凄い勢いで激減しているのだそうです。漁獲量も
どんどん減っていて、そのため大津波以前から、この漁民の方たちの生活は悪く
なる一方だったそうです。Aさんが追いかけるカジキも集まらなくなってしまってい
る。このカジキを目的とした「つちんぼう」ちういっぽんづき漁には、遠く愛媛県や
大分県から、毎年数十隻の船がやってきたそうですが、今は三陸まで来る船が
どんどん減ってしまい、なんと今は最後の1隻がやってきているだけなのだそう
です。漁が壊滅しているのです。

ではなぜそんなことが起こっているのか。「俺はもういいたくねえ」としばらく
言葉をにごしていたAさんでしたが、話が進むうちに教えてくださいました。
原因は船で網をひく漁のためだなのだそうです。船が二艘一緒になって大きな
網をひく。なんと数キロの網をひくこともあるそうです。これが魚類を乱獲
してしまっている。それが三陸沖で、いや日本近海のいたるところで行われて
いて、そのために魚たちの数が回復できず、どんどん減っているのだそうです。

網をひく漁には、海の底を引くものや、浅い層から中層をひくものなど、種類の
差があるそうですが、この後者にあたる「流し網」がもっとも打撃力が大きい
そうです。「海は本当に大変なことになっている。このままでは死滅する」と
おっしゃるAさん。

Aさんはイルカ漁を題材とした映画「コーブ」や、捕鯨やイルカ漁に反対して
アグレッシブな行動を続けているシーシェパードにも批判を向けました。
自分たちの行っているイルカ漁は、イルカと一対一で向き合うもので、乱獲に
などなりはしない。ちゃんと頭数保護も行ってきた。だから100年の歴史を
持っている。

ところが網をひく漁では、イルカなど目指してないのに、そこにイルカをまきこん
でたくさん殺している。イルカだけではない。実は魚をとりに集まる海鳥もたくさん
ミズナギドリ、アホウドリなど、保護の対象になっている鳥たちもたくさん殺されて
いる場を見てきた。海ガメなどもそうだ。

そのためたとえば昔は、水族館で人気者のマンタなどもこの海域でいくつもみる
こができた。たくさんマンタが泳いでいた。でももう何年もマンタをみなくなった。
マンタも網でやられてしまったはずだ。本当にたくさんの海の生き物がいっぺんに
獲られ、あるいは巻き添えをくって殺されている。貴重生物といわれているものも
たくさん獲られていて、実際には法律違反だらけだ。

ところがこの海を一番だめにしている日本の漁のあり方が問題にされずに、
自分たちのイルカ漁だけに批判がされている。そもそも自分がとっているのは
陸前イルカやイシイルカで、水族館で芸をしているバンドウイルカやカワイルカ
とは違うということすら理解されていない。しかもそうしたイルカたちが
ただ魚を獲るために殺されているのにそれには知らん顔だ。

本当に海はこのままではだめになる。自分ももうこの漁を息子たちには伝え
られない。そのためもう一度船を買ってやるかどうかとても悩んだ。その末に
自分は船をもう一度買うことにした。それで自分なりに精一杯やってみる
つもりだけれど、このままでは海の未来は本当に暗い。

自分は思うのだけれど、北方領土は日本に返還されないほうがいいと思う。
あそこはとてもいい漁場だからだ。そこに日本のやり方が持ち込まれたどうなる
か。1年で海はめちゃくちゃになる。まだロシアの方が海を大事にしてくれる。
自分は北方の海がだめになるのをみたくない・・・。


実は本当に奇遇なことにというか、今回の旅に出る前に、京都で僕の講演を
聞きにきてくださったある女性から次の本をいただきました。『ワールド・イズ・
ブルー 乱獲、汚染、絶滅――母なる海に迫る危機』というタイトルの本です。
シルビア・アール著、古賀祥子訳です。

これを半分ほど読んで大槌に向かったのですが、まさにそこにはAさんが語って
くださったのとおなじ観点のことが書いてありました。日本だけでなく世界中の
海で乱獲が起こり、魚たち、海の生き物たちが激減しているのです。この海を
守らなければ私たちの未来はないとこの本は警告しています。

とくに印象的だったのは「ブルー」という言葉です。私たちが環境問題を考える
とき、合言葉になるのは「グリーン」です。日本の中でも「緑の党」をたち
あげようとの動きもあり、僕も期待しているのですが、この場合、グリーンという
言葉からイメージされるのは、木々であり、森であり、草原です。

しかし私たちの地球を表面をしめているのは圧倒的に海=ブルーなのです。
このブルーを守ること、この意識に私たちはまだまだ覚醒していないのではないか。
少なくとも僕はそうであることを気づかされました。そうした思いを胸に
三陸海岸を訪れた僕には、放射能の問題にとどまらずに海の問題を考察したい
との思いがありました。そんなときにAさんと出会えたことはまさに天恵で
あると僕には思えました。


人間の乱獲によって、海は本当に深い傷を受けてしまっている。悲しいことに
そこに私たちの国は膨大な放射能を流してしまった。数少なくなってしまった
魚たち、海の生き物たちを、いま、猛烈な勢いで放射能が襲っているはずです。
胸がいたい。悲しい。もどかしい。なんとも言えない気がします。

海は生命の源です。私たちが生まれてくるとき、お母さんの胎内で羊水にくるま
れて私たちは育つわけですが、実はこの羊水の成分は海水とほとんど同じなのだ
そうです。まさに私たちは海の中から生まれてきたのです。その私たちが
海を殺そうとしている。それは私たち自身を殺してしまうことです。

ブルーを守ること、海に謝り、海を慈しみ、海を復活させていくこと。
そのためにも私たちは努力を傾けていかなくてはならない。
そのことを僕は大槌の漁民の方から教わりました・・・。


そろそろ今日の講演地である会津若松市に向かいます!

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明日に向けて(511)大槌で放射線の簡易計測を行いました・・・大槌訪問を終えてその2

2012年07月18日 09時00分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120718 09:00)

山形のホテルからです。
今回は大槌での放射線測定について書いておきます。
・・・山形での情報がすでに僕の頭の中に入ってきていて、いつもながら
インプットが圧倒的に過剰で、アウトプットしきれできないもどかしさを
感じているのですが。

さて、今回の大槌訪問の受け入れ先になってくださったのは、地元のNPO
「ぐるっとおおつち」さんでした。大震災前からあったNPOで、10人の
理事のうち、4人が津波で亡くなられています。ぐるっとおおつちは、
京都OHANAプロジェクトの自転車届けに協力してくださり、その後は
復興してきた地元の自転車屋さんとプロジェクトのつなぎ役なども
なさってくださっています。

さて今回、僕は新幹線で新花巻まで行き、そこから釜石線にのって
釜石まで行きました。朝6時27分京都発、13時33分釜石着の予定でしたが、
電車が釜石直前で鹿をはねたため、到着が10分遅れました。
はねられた鹿はかわいそうですが、こうして鹿が人間の生活圏内に下りて
きてしまうことは全国で頻発している現象です。温暖化が原因で、越冬が
容易になり、山のえさを食べつくしてしまうためです。このため全国、
いたるところで鹿の食害が増えており、それはそれで問題なのですが、
今の僕には向き合う余裕がありません。

釜石について、友人のアビスさんと合流しました。車で来てくれていて、
今回の大槌訪問に同行していただきました。釜石から大槌までは車で15分ほど。
まずは宿泊拠点になる「大槌きらベース」について、チェックインしました。
チェックインといっても、1階が津波で使えなくなった小学校の大教室に
雑魚寝で、事前の申請に基づき、到着を報告するだけです。

ここで「ぐるっとおおつち」スタッフの方に迎えていただき、事務所を経て、
早速、放射線計測に向かいました。僕がお話しする講演会場と、相談会を
ひらく仮設住宅、また合同になっている小中学校で測りましたが、人々が出入り
する場所ではそれほど高い値は出ませんでした。いずれも0.1μS/h台ですが、
計測器がロシア製のRADEX1503と1706で、低線量ではそれほど正確では
ないので、問題は感じませんでした。

しかし近くの民家の、樋から雨が落ちてくるようなところはやはり数値が
あがります。もっとも高い値で0.27μS/hでした。学校でも、フェンス脇
で泥がたまっているところや、周辺の側溝ではこれに近いような数字が
出てきます。

最も高かったのは吉里吉里の吉祥寺さんの境内でした。大きな屋根から水が
落ちてくるところがマイクロホットスポットになっており、一番高いところで
0.50μS/hの値が出ていました。その地点だけ泥をよけた方がよいと和尚さん
に進言しました。

実は大槌町は、山の一部が入山禁止になっています。このことではじめて
町の人々が放射能の存在を知った感が強いのですが、僕が大槌の人々と一緒に
行った計測でも、このようにはっきりと放射能の存在が感じられました。
原発から230キロの大槌の町にも確実に放射能が降っているのです。

訪問の前に水産物のチェックも行いました。水産庁のHPから拾ったデーター
で計測が甘い可能性がありますが、それでも参考になります。
岩手県内はもっとも多く放射能が降ったのは一関市界隈で、それに続いて
奥州市が線量が高いのですが、このため水産物ではウグイ、ヤマメなどの
川魚から高い値のセシウムが計測されています。
現在の「限度値」の1kgあたり100ベクレル以下という規制を超える
魚も非常に多い。要注意です。

海のものではやはり底ものが危ない。最も高い値を出していたのは、釜石沖
のクロソイで同400ベクレルが出ている。6月1日の測定値です。
ただしすべてのクロソイがあぶないというわけではなく、中には検出限界未満の
ものもあります。ここには海の中にもマイクロホットスポットがあることを
疑わせます。

このほかに数値が高いのはやはり底の方にいるマダラ。大船渡市沖で5月11日に
98ベクレルが計測されています。注目すべきは、三陸海岸で最も青森よりの
久慈市沖でとれたマダラからも83ベクレルが検出されていることです。6月1日
のデータです。
他には釜石市沖のヒラメから7月6日に36ベクレルが、岩手県沖と表示された
もので6月29日に39ベクレルが検出されています。

一方で検出限界未満を示している魚も非常にたくさんあります。この中には
上述のクロソイやマダラやヒラメも入ります。そのため川魚であるウグイなどは
岩手県内では危ないものが多いといえますが、海の魚はかなりばらつきが
ある。汚染がまだらなためだと思います。このため三陸海岸の魚はいちように
危ないということはないです。測れば食べられる魚もまだ多数あります。
その点でも精度の高い測定を行い、食べられるものをどんどん公表していくことに
意義があるとも思います。  

なおこれらのデータは以下からみることができます。
放射線値の測り方など、どこまできちんとされているか確かめる必要があるとは
思っていますが、目安として参考になると思います。岩手県に限らず、多くの県の
データが出ています。ぜひ分析を進めたいと思っています。
水産物の放射性物質調査の結果について~7月17日更新~
http://www.jfa.maff.go.jp/j/sigen/housyaseibussitutyousakekka/index.html  

これらから分かるのは、三陸海岸にも確実に汚染が迫ってきているという事実です。
しかしにわかに避難しなければならないほどではない。放射性物質の存在を
しっかりと浮き立たせ、対策をとることが大事だと思います。そのためには
市民の意識喚起と測定を同時に進めていくことが大切です。 
僕自身、これにどう関われるか、模索を続けたいと思います。

大槌の放射線値に関する報告をひとまず閉じます。      
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明日に向けて(510)復興が遅れる被災地 大槌訪問を終えて

2012年07月17日 12時00分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120717 12:00)

先週の首相官邸前行動、そして16日の18万人集会、素晴らしいかったですね。
金曜日には全国で10数箇所、同様の行動も行われました。まさに「再稼動
反対」の声が全国にこだましています。願わくばこれが東北全体に広がって
欲しい。そのためにも、この声が、低線量被ばくの危険性、これまで
隠されてきた内部被曝の危険性とこそたたかうものへとさらに発展して
いって欲しいと思います。

そんなことを考えながら、僕は7月13日に岩手県大槌町に赴き、14日、15日
と講演会、相談会を行ってきました。いろいろな方との出会いがありました。
漁師さんから三陸の海に関する非常に貴重な情報も聞けました。
それやこれやを一刻もやはく文字に落としたいと思っているのですが、実は
あまりに興奮したためか、16日より著しく体調を崩してしまいました。今、
僕は岩手県一ノ関市室根山の友人のアビスさん宅にいるのですが、昨夜は
持病の悪化のため、救急外来を訪ねて処置をしてもらわねばなりませんでした。
アビスさんがいてくれたために助かりました。
いまは元気を回復していて、これから山形に向かいます。そのためいまは走り
がきで大槌のことを書いておきます。

大槌町は津波で町の主要部がなくなってしまった町です。僕がこの町を
訪れたのは昨年8月末のこと。中古自転車120台をお届けしました。
そのときに町の中を車で走って、津波の猛威を実感しましたが、今回、
おなじところを車で通って、第一に感じたのは「ぜんぜん復興してない!」
ということでした。大変、胸が痛くなりました。

ただし、町の人々が復興に向けた努力をしてないというのではありません。
例えば今回、宿泊に使わせていただいた旧大槌小学校跡地で、いまは
「きらり」と言われるスペースには、仮設店舗の商店街が誕生していました。
しかも嬉しいことにその一角には「七福」という焼き鳥屋さんが店を出して
いる。

これは小川かつこさんという方が出されたお店です。この方はとても親しくして
いた妹さんを津波でなくされていました。その妹さんが経営していた焼き鳥屋さん
が「七福」で、「七福のママ」はとても有名だったそうです。
その愛しい妹さんの秘伝のたれを覚えていたかつこさんは、なんとしても
店を復活させるのだと昨年の夏にがんばっていました。そのことを聞きつけて
全国から支援が寄せられ、かつこさんは感激して、店を必ず始めるのだと
いきごんでいた。京都OHANAプロジェクトはそのかつこさんにも自転車を
お渡しすることができたのですが、今回、たずねてみると彼女は、その
自転車で元気に仮設から通ってきてくれていました。店は昼も夜も超満員。
僕もなんとかスペースをみつけてもぐりこませていただいて、秘伝のたれを
味わいましたが、おいしいのなんの。そんな風に地元の方たちによる町の
復興への熱意は高いのです。

ところが海岸際を走ってみると、津波で壊された防波堤がまだそのままゴロゴロ
と転がっている。広範な地域が、家の土台だけ残されていて、まだそれが
解体されていない。いや1階がむざんに壊れて骨組みだらけになった建物が
まだそこいらじゅうに解体もされずに残っているのです。
その町の一角に震災遺物(がれき)が積んでありましたが、その周りには
広大な土地がなにもなく広がっている。いや土台を残したままに広がって
いるのです。

これをみて直感したのは震災遺物(がれき)広域処理の目的の一つが、
町の復興がぜんぜん進まないことへの口実づくりではないかということで
した。何せ膨大な土地がさらちになってしまっているのだから、置き場に
困るはずなどない。またすでに手をつけられるところなどいくらでもある。
ところがそこに予算をまわそうとしない。壊れた堤防の修復ところか、
除去すらしてない。当然、町の人々は政府は何をしているのだと思うわけ
です。(実際、そうした声をそこかしこで聞きました)それに対して、
「がれきがあるから復興にとりかかれません」というのが口実なのでは
ないか。現場に立ってみて、強く感じたのはそのことでした。

ちなみに大槌町の人々は、震災遺物を堤防に使いたいのだそうです。
そしてそこを「鎮魂の森」にしたいのだとか。計算してみると、そのため
には大槌の震災遺物だけでは足りない。だから他の地域のものを受け入れては
という声すらあるのだそうです。
放射能の問題で、鎮魂の森が可能かどうか、僕には即断できませんが、ともあれ
震災遺物をそのように地元で使いたいという声は他にもいろいろあります。
その意味でも広域処理などまったく間違っていることは明らかです。

ちなみに立ち寄った釜石市でも復興の様子はさんたんたるもので、わずかに
地元の人々が商店を復活させている程度でした。しかしそこで放射能の
話を聞いて、こんな声を聞きました。「ここいらの人は一番かわいそうなのは
福島の人たちだといってるよ。だっていつまでたっても帰れない人がいるんだ
もの。この町は帰れないことはない。いつか復興できる。でも福島には
いつまでも復興でいない人たちがいる。あれは本当にかわいそうだよ」

そんな三陸海岸の大槌町にも、福島市渡利地区から母子避難してきている
女性がいるそうです。その方は、町の姿をみて呆然とし、「こんなにたくさんの
人が亡くなったところに避難してきて申し訳ありません」と泣いたそうです。
それを聞いた女性がおなじように「かわいそうなのは放射能の苦しみで帰れ
ないこと。あなたたちの方が苦しいのだからそんな風にいわなくていいですよ」
と語ったとか。

人々が痛みをたがいにいたわりあっています。その人々に対して、たいした
予算を使わずに、原発再稼動にひた走っているのが今の政府です。
本当になんとかしなくてはいけないと思います。

・・・されそろそろ時間です。山形に向けて出発します。続きはまた。

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明日に向けて(509)大飯原発再稼動反対、現場はかく行動した!(下)

2012年07月12日 23時30分00秒 | 明日に向けて(501)~(600)
守田です。(20120712 23:00)

毎日いろいろなことが起こり、いろいろな出会いがあり、いろいろと論じ
るべきことが増えて、なかなか追いつかないのですが、再び、7月1日を
軸とする大飯原発再稼動反対現地行動に戻ってみたいと思います。僕は
ここで実現されたことは、今後の運動の雛形になると思っています。だ
からこそ何度でも振り返り、論じ、その意義を深めていきたい。

今日は、やはり山水人のMLから、現場からの発信を続けていた
「いっぽんの心」さんの連続メールを紹介します。
またその後に、現場をきちんと記録しようと、ビデオをまわし続けてく
れたヒデヨビッチ・上杉さんの同じMLへの投稿と、ビデオを紹介
します。まずはご覧ください。(ヒデヨビッチさん、事後承諾をお許し
ください。)

*****

いっぽんの心さんの連続投稿

6月30日午後8時41分
最前線 大飯原電前は 強制撤去に向け 警察隊がどんどん投入され せめぎ
合いの中 緊迫しています 逮捕覚悟で原電前に車で封鎖している連中など
冷たい雨の中 まじな状況です 皆の再稼働反対の声が 響いています

7月1日午前9時13分
大飯原電 敷地内 真っ只中にいます 続々と集まって来た 人々 三百人以上
の感じでしょうか 冷たい雨に打たれ 車で休憩をとりつつの 動きです
多数決の国に生まれ いまはマイノリティでも このムーブメントが大多数
に向かって欲しい いま機動隊に動きがあったようです 逮捕者 怪我人が
ないように

7月1日午前9時28分
いま 大飯原電所長宛の申し入れ書が読み上げられています いまは若干
落ち着いています ここにいる 皆は 同じ 思いを共有する人と共にあり
ます

7月1日午後6時28分
警察隊による 座り込みの人 一人一人を 抱え込みによる 撤去が始まりま
した 我々の叫びは 暴力反対

7月4日午後6時26分
リスペクト びんさん 戦争も命を奪い 放射能もじわじわ 長年に渡り命
を奪う 大多数の人々が 原発反対を表明すれば 当然 止まります 恐ろしい
事故が起こらぬよう 祈りながら 原発反対の連鎖反応を加速して行きま
しょう 青い鳥

******

ヒデヨビッチ・上杉さんの投稿

ヒデヨヴィッチ上杉(ジェロニモレーベルの)です。
現地へ、ともかく現地へ…!再稼働を本気で止めようと、全国各地の人が
ゲート前に駆けつけた6/30~7/1の2日間を、超コンパクトに動画化しました。
見てもらえると嬉しいです。(この人あの人…の姿も見れます!)

★俺が見た大飯原発オキュパイ
http://youtu.be/RPAR_adQEzo

あの二日間、僕は注意深く「いつでも逃げられる」ポジションに居ながら、
できるだけ記録を残そうと思ってビデオ回してました。
あと、祖牛さんにジュースの差し入れもらったりクルマの中で雨宿りし
ながら、ツィッターで拡散しまくってました。

再稼働は止められなかったけども、強制排除が始まった後にもどんどん
応援の人が駆けつけてくるのを見て、俺はものすごく希望を感じた。
ヤラれたけども、決して負けてないと思います。「奴らの終わり」は確実
に始まっている。

がんばっていきましょう!

投稿の引用は以上
********

さて、僕なりにこの大飯の現場の行動の意義をまとめてみたいと思います。
すでに(中)で紹介したnonukesdirectactionさんの考察にもあることなの
ですが、僕は何よりもこの行動が、非暴力不服従の精神で行われたこと、
それを見事に体現するものとしてあったことが素晴らしいと思います。

そしてそれが可能だったのは、ここに集まったほとんどの人々が、理不尽な
政策に抵抗はするけれども、けして暴力は使わないという考えを、それまで
の生活、行動の中で培っていたことだと思います。現場でにわかに考えられ
たのではない。そうではないくて、そうした思想性で生きてきた、踊ってき
た、音楽を奏でてきた、だからそれが自然に発露したのだと思えます。

同時にきれぎれにやってくる報告、写真、動画を見ていて本当に感心したの
は、現場がナチュラルリーダーはいたけれども、軍隊のような指揮官がいた
わけではなく、それぞれが個別に判断して動きながら、一つの見事な動きを
作り出していたことです。やはりこれはここに集まった方たちが、これまで
祭りやコンサート、そしてまた市民集会を自主的に作り出してきた方たちで
占められていたことが大きいと思います。だからみんな自然に動いていて、
まるで一つの有機体のような調和があった。これもまた素晴らしい。

もちろん同じことが数千、数万でできるとは思いません。これほど見事に
考え方やセンスが一致することはないだろうからです。それでもこの現場が
今後の雛形につながると僕が思うのは、その底流に流れているのが、暴力に
関するそれぞれの考察の一致だと思います。いや「考察」というと硬いかも
しれない。生活感覚となった非暴力、生活実感まで降りた、人や生き物を
慈しむ心、そうした思いが、あの行動には共通のものとして貫かれていた
ように思えるのです。だから参加した誰もがすごい解放感を味わった。自分
たちの思いをみんなで体現しえた興奮があの場にはあった。


ここでぜひとも論じておきたいのは暴力の問題です。あるいは暴力と正義の
問題です。なぜか。私たちの生きている社会は、実は暴力がかなり正当化さ
れている社会だからです。例えば警察官の存在。彼ら、彼女らはピストルを
持っている。手錠を持っていて相手を拘束もできるし、いざとなれば監獄と
いう暴力装置も持っていて、そこに人を暴力的に押し込めることもできる。
まさに警察は暴力装置です。

さらにもっとものすごい暴力が私たちの国にはある。自衛隊です。最新鋭の
武器をもち、常に人殺しの訓練を行っている。それを税金を使ってどうどう
と行っているのです。しかもその背後には米軍がいる。米軍は世界中で、
実際に繰り返し人を殺し、町を破壊し、劣化ウラン弾で大地を汚染しまくっ
ています。その米軍に私たちの国は基地を貸与し、莫大なお金を与え、人殺
し活動をバックアップしているのです。まさに私たちの国は暴力にまみれて
います。


ここまで来ると、ちょっと待ったという声が出てくるかもしれません。市民
運動を警察が抑圧するのは反対だけれども、例えば強盗を捕まえるのは正義
ではないだろうか。悪人を監獄に入れるのも必要なことではないだろうか。
そうしないとそれはそれで市民の生活が守られないのではないか。・・・
みなさんはどう思われるでしょうか。

非暴力論はこの問いに答えなくてはならない。そうでないと足元をすくわれ
てしまいます。同時に、「暴力反対」という人の中でも、警察官の「悪人」に
向けられる暴力には、概して疑問を持たない人が多いことも見ておかなければ
なりません。だから非暴力論は思想的に高められなくてはならない。

ちなみに正義の暴力はあるのかどうか。僕はそれはありうるし、多くの人が、
実は当然のものと認めているものだすら言えると思います。前述したように、
犯罪者の身柄を拘束することなど明確な暴力の行使ですが、これに反対する人
はほとんどいません。

では民衆の抵抗ではどうかと言うと、歴史を振り返っても、やむにやまれる
抵抗はたくさんありました。日本軍に侵略されたアジアでの抵抗、アメリカ軍
に侵略されたベトナムでの抵抗など、どれも銃器を使った暴力の行使でしたが、
これに多くの人たちが共感し、支援したのが歴史の事実です。

それらをつきつめていくと、前述の暴力の行使も含めて、多くの場合、社会が
容認するのは「正当防衛」としての暴力の発動だと思われます。目の前で赤
ちゃんが暴漢に襲われようとしていたら殴り返してはいけないのか・・・と問
われて、反論できる人は少ないと思います。(無論、しっかりと反論できる思
想を持った人たちはいるのですが、今はそれを横においておきます)


「正当防衛」とは何か。それをしなければ自らが危機に陥るときの緊急回避
行動です。これをどう捉えるか、歴史が進むにしたがって考えが変わっていく
だろうし、僕は変わっていくことをのぞんでいるのですが、少なくとも今は
基本的人権そのものとして認められていることだと思うし、それが社会の合意
だと思います。

だとすれば私たちにも、「正当防衛」としての暴力を使う権利があることに
なる。実際に私たちにも現場で悪漢をおさえる逮捕権があります。悪者に対し
ては暴力を振るっても少なくとも法的には許されるのです。そしてそうである
限り、その暴力を行使しようという人たちも出て来うると思います。その場合、
それがこれまで社会的に語られてきた正義の範疇に入りうることを私たちは
知っておかなくてはいけません。暴力を使うことを主張する人たちを、すぐに
「運動の破壊者」だとかなんとか言う人たちがいますが、それは「正当防衛」
論の範疇からは正しくありません。

では「正当防衛」ならば何でも認められるのか。言葉を正しく使うと、「正当
防衛」ならば、何でも認めているのが今の社会です。僕自身はそこを越えたい
と思ってこの文章も綴っていますが、少なくともそれが人々の権利であること
が合意されているのです。

ところがここが非常に重要なのですが、ではある暴力の行使が「正当防衛」で
あるとは誰がどのように認めるのでしょうか。実はここが非常に難しい。現実
には、つまりある暴力行為が正当防衛であったかどうかは、現場の細かいシチュ
エーションの把握、ふるわれた暴力の種類、それが本当に不可避の道だったの
かなどが細かく検証されて判断されます。つまり「正当防衛」とは即断できる
ようなものではないというのも、今の私たちの社会の合意でもあります。

にもかかわらず、世界大に問題をずらしてみると、この「正当防衛」と言える
線が現実には常にあいまいで、そこに大きな問題があります。確かにやむをえ
ざる緊急回避としての暴力が容認されざるをえない場合はあるにせよ、多くの
場合、「正当防衛」の名の下にすぐに暴力が容認され、過剰防衛と言えるよう
な事態が頻発しているのが私たちの世界の現実です。

そもそも戦争がそうです。これまで起こった世界の多くの戦争において、しばし
ば戦争当事者が掲げたのが「正当防衛」でした。ただの一つとして、「われわれ
は自らの利益のために侵略を行う」といって行った戦争は(少なくとも近現代に
おいては)ないと思います。つまり「正当防衛」という名の下に、もの凄い暴力
が繰り返し肯定されてきてしまったのです。

その中でも最大の暴力が、僕は原爆の投下だと思います。重要なのはアメリカは
今もこれを、戦争を終結に導き、何十万のアメリカ兵の命を救った正義の行い
だったと言っていることです。これもまた「正当防衛」論の延長です。それに対
して日本政府は抗議を行ったことすらない。そのために「正当防衛」のためなら
原爆を投下することまですらが、私たちの世の中で肯定されているのです。

これは日本軍が行った南京虐殺との大きな違いです。僕は南京虐殺も、原爆投
下もともに許すことのできない戦争犯罪だと思っていますが、南京虐殺に関し
ては誰もそれが犯罪であることを否定していません。論議はその南京虐殺が
あったかなかったのかという点で行われているのです。なかったなどというの
は歴史を著しく歪曲する主張ですが、少なくとも「あれは正義だった」と公言
する人物は存在しません。

ところが原爆は、投下の事実が争われることなどない。その意味では、南京虐
殺はそのものを正しいという人物がいないことに対して、原爆は今も正義だと
言われ続けているのです。そしてアメリカ大統領は、いまだに核ミサイルの
発射権限を持ち続けています。


ここから僕は、正義の暴力論、正当防衛論は再考されなければならないのだと
思うのです。だから私たちはあらゆる暴力を問い直していかなくてはいけない。
そしてその中には社会に構造化された暴力も含みます。自らが手を下さなくと
も、私たちはしばしば、むごい暴力の発動に協力させられてしまっている。
あるいは物理的暴力は発しなくとも、言葉を通じた暴力、支配関係の創出、
他者の排除など、さまざまな暴力の発動の場に、しばしば私たちは巻き込まれ、
ときにその当事者になってしまっています。

もうそんなことは嫌だ、そんな世の中はごめんだ、あらゆる暴力を私たちはみた
くない、あらゆる暴力に参加したくない、だから人を愛すること、自然を愛する
こと、慈しむことに徹したい・・・。今、私たちの社会の中にはそんな思いが
非常に強く沸き起こってきているのではないでしょうか。その思いが、あの福島
原発事故以来、強く私たちの胸のうちを突き動かしているのではないでしょうか。

なぜか。この原発事故そのものが、暴力の象徴であるからです。心ある人が繰り
返し危険を叫んできたのに、学者やマスコミがそれを押さえ込んできた暴力構造、
周辺の人々が本当は怖いとも思っているのに、たくさんのお金でそれを押さえ込
んできた暴力構造、そうして事故が起こるや否や、命を守るための情報が隠され、
人々があたら被曝を強制された暴力構造、今もその暴力は、高線量地帯が「安全」
だと繰り返し宣伝され、財政的な措置もまったくとられずに、多くの人が被曝を
続ける生活のままにおかれていることにも如実にあらわれています。


ところがこうした社会の暴力化に対して、私たちはもう随分前から、違う道を行
き始めていたように思えます。経済戦争とかもしたくない。出世競争で人を蹴落
とすような暴力も嫌だ。もっと違う、心の豊かな暮らしをしたい。そんな思いか
ら、最近、私たちの中には、高度経済成長期の反対をいくように、農村に回帰し
ていく人々が増えてきました。

とくに若い人たちは、出世をめざしてぎらぎらしていた数十年前とは随分様相が
変わってきた。何よりもあまり消費をしなくなった。生産力をあげ、お金を稼ぎ、
ものをいっぱい買って、財産を増やすのが幸せの道・・・とは考えなくなった。
そうして私たちの中に、オルタナティブな暮らし方を求めるムーブメントが、
ゆっくりと、しかし確かに広がってきていたように思います。

そしてあの原発事故があったとき、そうした考えを深めていた人たちほど、すみ
やかに動き出した。ある人は我先にと原発から逃げ出した。命を大事にするため
に逃げ出さなくてはいけないと考えた。またある人は逃げてくる人を受け入れた。
痛みをわかちあわなくてはいけないと考えた。そうしてそこで合流した人たちは
ともに脱原発の声を上げ始めた。それが今、多くの人々の間に、浸透しつつある
のだと思います。

僕はあの大飯原発再稼動反対の現場には、そんな気持ちが充満していたように
思えます。だから僕はそこにいなかったけれども、心を一つにすることができた。
僕にも解放感がありました。それが首都圏20万人のデモの中でも広がっていく
ことを切にのぞみたいです。

そのために暴力は確かに「正当防衛」に限って肯定されうるけれども、もうその
論理、暴力の時代を卒業することを僕は訴えたいです。たとえ正当防衛であろう
とも、暴力の行使はより過剰な暴力に道を開きやすい。始めは悪に対して向けら
れた暴力がいつの間にか味方に、あるいは正義に向けられるようになってしまっ
た歴史も私たちはたくさん見ました。もうそんな暴力の連鎖はみたくない。
だからもう正義の暴力論も私たちは越えましょう。

そのためには言葉の暴力も慎む必要があります。罵倒ではなく、心からの説得を。
もちろん怒りは述べていいのです。でも相手の人格を落としこめるのではなく
相手の心に訴えたい。それを誰に対しても貫きたい。運動内部での意見の違いに
対しても、互いに心広く接していきたい。そうしてこれまで、たくさんの正義が
角を突き合わせ、激突し、傷つけあってきた構造を越えたい。

そうした民衆の間での傷つけあいもまた、私たちの置かれている社会の暴力構造
のもとで生まれていることに自覚的になり、だから私たちの内側のあらゆるとこ
ろから暴力を追い出していきましょう。暴力の時代を卒業しましょう。

大飯の現場から僕はそうしたことを学びました。僕自身、理不尽なことには
不服従を貫き続けるけれども、非暴力をより体現して歩んでいきたいと思います。
感動的な場を作り出してくれたすべての参加者に感謝して、この考察を閉じます!


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