goo blog サービス終了のお知らせ 
不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(935)満蒙開拓平和記念館(伊那谷)のこと(2)

2014年09月19日 08時30分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140919 08:30) (20140920 19:00訂正)

大鹿村を含む伊那谷への訪問の続きです。今回も「満蒙開拓平和記念館」について書きたいと思います。
前回、この記念館が作っているホームページをご紹介しましたが、今回はその中に掲載されている読みごたえのある論文をご紹介したいと思います。
信濃史学会が発行している『信濃』第65巻第3号に掲載された、『語り継ぐ「満蒙開拓」の史実―「満蒙開拓平和記念館」の建設実現まで―』です。この事業に構想立ち上げから参加し、論文執筆時に専務理事をされていた寺沢秀文さんの手によるものです。

http://www.manmoukinenkan.com/ご利用案内/建設事業の経緯/
語り継ぐ満蒙開拓の史実 (満蒙開拓平和記念館の建設実現まで)

寺沢さんのご両親も満蒙開拓団員として大変な苦労をされました。子どもの頃よりそれらを聞かされる中での事業への参加で、そのため記念館開設までに20年間の間に20回も満州地域へ自費で調査旅行をされたそうです。
寺沢さんはお父さんからの聞き取りの中から、「現地での開拓団の生活等」についてこのようなことを書かれています。
「父は応募前、先遣隊の人たちの帰国時の話し等から『家も畑ももうある』と聞いており、それは『先遣隊は日本軍が切り開いたもの』と思っていたそうで、現地に行ってみて、それが中国の人々から半ば強引に買い上げたものと聞いて、内心『これはまずいな』と思ったそうである。」(p203)

また逃避行の悲劇については次のように記されています。
「守るべき軍隊も無く、逃げるべき鉄道も鉄橋も破壊され、女、子供、老人ばかりの開拓団の逃避行は悲惨そのものであり、『生きて虜囚の辱めを受けず』との戦前教育の下、集団自決を選ぶ開拓団も少なくなかった。
また、昼は山に隠れ、夜に逃避行を続ける中で、子供が泣くと敵に見つかるから殺せと言われ、やむなく手に掛けた人、あるいは『足手まといになるから置いていってくれ』と増水した川の手前で自ら残った老人達、多くの悲しい犠牲があった。」(p204)

寺沢さんはご両親のご苦労についてもこう書かれています。
「父が徴兵され、開拓団に残っていた母はソ連軍侵攻と共に他の開拓団員らと共に水曲柳を逃げ出し、どうにか長春の避難民収容所までたどり着き、ここで終戦の冬の厳しい越冬生活を過ごす。
水曲柳開拓団は結束力が固く、個々の所持金等を全て集めて共同管理、共同生活を実践したと言う。しかし、劣悪な生活環境と極寒の中で多くの犠牲者を出し、当方の長兄もここで流行病により僅か一歳の幼い命を落としている。
軍閥関係者や開拓団以外の民間人等の多くは終戦と同時に帰国を果たしている中で、開拓団のほとんどは現地で越冬せざるを得ず、この越冬時に栄養失調や流行病等で亡くなった人の方がソ連侵攻時の犠牲者よりも遥かに多い。母たちがようやく日本の土を踏めたのは翌21年7月のことであった。」(p204、205)

お母さんはその後、お父さんがシベリアで抑留されていることを知り、それならばと現在の下伊那郡松川町大島の「増野」開拓地に入植。開墾しながら帰りを待たれ、昭和23年、1948年に再会を果たします。お父さんはこの時の開墾生活を子どもの寺沢さんに次のように語られたそうです。
「ここに再入植し、今度こそ本当の開墾の苦労をする中で、改めて、自分たちの大切な畑や家を日本人に奪われた現地の中国人たちの悲しみ、悔しさがよく分かった。あの戦争は日本の間違いであった。中国の人たちには本当に申し訳ないことをした」(p206)

寺沢さんの記述を長々と紹介してきましたが、僕は満蒙開拓団に関するエッセンスがここに詰まっているように感じました。せめてここだけでも多くの人に読んで欲しいと思い、紹介しました。
満蒙開拓団は明らかに侵略政策の一環の位置を持ち、現地の人々を苦しめた政策でした。しかしそこに動員されたのもまた、国内の不況にあえぎ、大日本帝国政府を信じて、国策を担いつつ地主になることを目指した貧しい人々でした。
人々は政府に騙され、軍に裏切られ、ソ連軍の猛攻や暴徒化した現地の人々の襲撃も受けた。極寒の中で子どもを失い、高齢者を失い、自ら倒れた人もたくさんいた。その中で帰国しても国は何の面倒をみてくれなかった。繰り返された苦境の末にお父さんは「中国の人たちには本当に申し訳ないことをした」と語られたのです。

僕はこれこそが戦後日本が、民衆の心の中で継承し続けてきた最も大事な心根なのではないかと思えます。この国の民は本当に何度も政府によって手酷い棄民を行われてきた。たくさんの人々が政府に騙され、ニセの正義に踊らされた。
しかし人々はそのことへの恨みよりも、自らの行動、闘いが正義ではなかったこと、心ならずも侵略に加担してしまったことをこそ捉えようとしてきたのでした。
いやこれはけして日本社会の多数派の心根であったとは言えないでしょう。そうであれば日本はもっと良い国になったことでしょう。しかしどれぐらいの割合かは分からないけれど、誠実な人々、優しき人々はこのように自らの歴史を捉えようとし、それを私たちに語り継いでくれたのでした。

寺沢さんもこうしたお父さんの心根を全面的に受け継ぎ、「満蒙開拓平和記念館」の創設のために奔走されてきましたが、当初はなかなか計画が進まずご苦労されたそうです。
とくに苦労されたのは「行政との絡み」や「信用力や事業実施能力」の担保であったとか。もともと国策で進めら得た開拓事業なのだから、本来は国立ないし県立で作られるべきだという思いにも悩まされつつ、他方で「その国策を結果として支持したのもまた国民であり」という視点から、民間での立ち上げを目指されました。
その中で寺沢さんは、なぜこれまで満蒙開拓事業に特化した記念館が一つも建てられたなかったのか、その事情を把握されていきます。圧巻であったのでこの点を再び引用したいと思います。

「(1)旧満州という外地でのことであり、また終戦時等の混乱の中から当時のことを物語る資料等が極めて少ないこと、(2)どうにか生還できた開拓者らは帰国後もまた再入植などの厳しい生活環境に置かれ満蒙開拓の残す資料館を建てられるような経済的余裕がなかったこと、
そして、これが最も大きな理由であろうと思われるのは(3)旧満州、そして満蒙開拓は開拓団を送りだした側、また旧満州現地から生還出来た人々にとっても余り振り返りたく無い不都合な史実であったということである。」(p210)
「旧満州関係者の中でも、終戦時、開拓団を置き去りにして一足先に日本へと戻った軍関係者や満州国政府関係者、あるいは開拓団以外の民間人等の中には、半植民地的国家だった旧満州、そして結果として置き去りにした開拓団に対する後ろめたさ等から、戦後、満州のことに触れることを余り喜ばない層も現実におられる。
また振り返りたくない史実であることは、開拓団員自体の多くにとっても同じであった。お国のためにと、あるいは20町歩の地主になれると渡満してみたものの、戦争に敗れ、結果として侵略に加担していたのだという事実に向き合い、それは不都合な史実として子や孫にも余り進んで語りたくはない話題であった。」(p211)

「満蒙開拓の歴史等を掘り起こすことは、一部の人たちにとっては開けてはならない『パンドラの箱』を開けることであった。しかし不都合な史実に目を背ける者は必ず同じ過ちを繰り返す。
だからこそ、二度と同じ過ちを繰り返すことの無きように、私たちは満蒙開拓の史実から学び、そのことを語り継ぐことによって平和を守ることこそ、日中双方含めての多くの犠牲者の皆さんへの慰霊であり鎮魂になることと思うのである。」(p211)

・・・全くその通りだと僕は思います。大変な勇気と努力を持ってパンドラの箱を開けられ、満蒙開拓平和記念館を創設された寺沢さんをはじめとする関係者の方々に、ただただ深い感謝を捧げたいと思います。

続く

 

 

 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(934)満蒙開拓平和記念館(伊那谷)のこと(1)

2014年09月18日 23時30分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140918 23:30) (20140920 19:00改訂)

9月14日、15日と長野県の大鹿村を訪ね、「お山の上でどんじゃらホイ!」に参加してきました。
14日夜にTiPiの中で主に平和問題についてお話し、15日午前中に「この困難な時代を生きるには」というタイトルでお話しました。

信州伊那谷でのお祭りに招かれるのは今回が3回目です。大鹿村に住んでおられ、お祭りを毎回主催してくださっている田村寿満子さんに声をかけていただきました。
といっても前2回は「ちいさないのちの祭り」の名のもと、上伊那にある伊那市の千代田湖畔で行われました。
かなり素敵なお祭りだったのですが、「いのちの祭り」は長い積み重ねの中で愛されてきたお祭りであるため、この名を使うと全国から参加者が駆けつけてくる。
とてもありがたいのだけれども、スタッフが対応に追われてゆっくり企画を見聞きすることができないということで、今回はタイトルを変え、ネットでの告知も行わず、近場の人と一緒に楽しむことが目指されたのだそうです。
そのため場所も大鹿村の鳥が池キャンプ場が選ばれたのですが、おかげで僕も大鹿村をゆっくりと訪れることができ、村の素晴らしさの一端を味わってくることができました。同時に3年間、訪問を重ねることで、この地域の多くのことが見えてもきました。

第一にはかつて登山者として夏に冬に駆け抜けた南アルプスの麓の町の温かさと美しさに触れることができたこと。僕にとって大鹿村訪問は、厳冬期の赤石岳稜線上から仲間が滑落、大救助を行い、ヘリで病院に送った後に降りてきた時以来の訪問になりましたが、はじめてそこに住まう人々と村の中で交流ができました。
第二に大鹿村を含む伊那谷の深い歴史に触れることができたこと。この地が満蒙開拓団をもっとも輩出した地であり、国を信じて国策に従うことの中で、満州侵略のお先棒を担がされ、しかも大変な開墾の苦労の末に、戦争末期に悲惨な犠牲を出したことに触れられたことです。
第三に大鹿村を貫通せんとしているリニア新幹線計画の全容を知り、あまりにひどいこの計画に反対しなければという明確な意識を持てたことです。

今後、これらのそれぞれについて論を深めて行きたいと思いますが、今回は二番目にあげた満蒙開拓と伊那谷の関係について触れたいと思います。
満蒙開拓の問題に僕が触れたのは昨年夏の訪問時のことでした。
というのはこの年の春より友人一家が飯田市に引っ越したため、彼らを訪ね、お祭りにも一緒に参加したのですが、近現代史に詳しいこの友人が、伊那谷にこの年の春より「満蒙開拓平和記念館」が開設されたことを教えてくれ、案内をしてくれたのでした。HPを示しておきます。

満蒙開拓平和記念館
http://www.manmoukinenkan.com/

満蒙開拓とはどういう事業であったかご存知でしょうか。大日本帝国主義のもとに行われた現在の中国北部からモンゴルにかけて行われた植民化政策でした。日本がこの地域に成立させた「満州国」を、強引に既成事実化していくためのものでした。
満州国は建国の理念として「五族共和」=日本人、漢人、朝鮮人、満州人、蒙古人の共和をうたっていましたが、実際には日本軍最精強といわれていた関東軍の軍事力のもと、現地の人々から土地、家屋、田畑を安価で奪いとり、そこに日本からたくさんの人々を植民させて成立した国でした。
しかもその安価な代金すら支払われないことも度々で、植民者は現地の人々に暴虐な侵略の加担者とみなされ、初期にはゲリラ攻撃の対象ともされました。日本軍による抵抗の鎮圧のあとも長い間、恨みを買い続けていきました。

一方で日本国内では、昭和の大不況のもとで没落を深め、困窮を深めていた全国の農民の惨状を、とりあえず大陸に移してしまい、問題転嫁をはかる位置をも持っていました。移民する人々に軍事訓練も施すことで、ソ連軍への備えとすることも目指されました。
とくに対象となったのは土地相続がのぞめない農家の次男、三男以下の後継者たちでした。軍国主義日本政府は、これらの人々に「満蒙にいって開拓を行えば努力次第で大地主にもなれる」とバラ色の宣伝を行い、移民を奨励したのです。
応じた人々も、移民が日本が押し進める「満州国創設」という国家的課題を担うことであり、国策の担い手になりながら、自らも大地主になれるかもしれないと考え、「夢」を抱いてこの政策に積極的に参加していったのでした。

しかし「地元の人々から買い上げた土地と家屋」と言われたほとんどのものは実際には略奪物であり、現地の人々の怨嗟のまとになりながらの出発であったことや、極寒であるとともに大陸性気候で寒暖の差が激しく、降水量も少ない満州の地での営農に日本での経験が役に立たず、農業資材の補給も貧しかったことから、営農は困難を極めました。
それに追い打ちをかけたのが、1941年12月の太平洋戦争への日本軍の踏み込みの中での戦況の悪化でした。当初、南方の石油の確保を目指し、フィリピン等で植民地軍を破って進撃を続けた日本軍は1942年のミッドウエー海戦での惨敗などを転機に敗北を重ねるようになりました。
一時期は9割が中国大陸に展開していた日本陸軍の多くも南方に振り向けられ、関東軍の一部もフィリピン戦線や太平洋の島々へと送られていきました。

結局、日本軍はその後も戦況を好転させることができず、1944年秋からのフィリピン、レイテ島をめぐる米軍との戦闘で壊滅的な損害を出し、海軍は主力のほとんどを失ってしまいました。陸軍の消耗も激しく、軍隊と軍隊の戦いとしての「太平洋戦争」には事実上の決着がついたと言えました。
しかし大日本帝国政府は、休戦を模索し始めつつも自らの処遇の安泰を求め、民衆を戦火から守るための終戦には向かおうとはしませんでした。一方でアメリカも急ピッチで開発してきた原爆の実戦での投下のためにも、日本に降伏させない戦略をとり続け、こうした中で3月10日の東京大空襲を皮切りに、大規模都市空襲が全国80都市に対して繰り返し行われ、やがて沖縄戦、広島、長崎への原爆投下へと連なっていきました。米軍による日本住民の連続的虐殺でした。
こうした状況下で、当初は「徴兵の対象にならない」ことがうたわれていた満蒙開拓団からも成年男性の徴兵、徴用が進められ、開拓団にはお年寄りと女性、子どもたちだけが残されるようになっていきました。

そして悲劇の1945年8月が訪れます。この月、ソ連軍がヤルタ会談における英米との密約のもと日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、満州国への進撃をはじめました。このような事態があろうとも開拓民は関東軍によって守られると信じていましたが、現実には関東軍はソ連軍の南進を予測するとともに戦わないで撤退し、部隊を温存する方針を立てていました。
このため開拓民が異変に気が付いたときにはすでに関東軍は南下を終えており、しかも追撃されないように、鉄道や橋梁までをも破壊してしまっていました。お年寄りと女性と子どもばかりになっていた満蒙開拓団は、関東軍によって完全に見捨てられてしまったのでした。
ソ連軍はたちまち北から押し寄せましたが、開拓民に恨みを抱き続けてきた現地の人々も、関東軍の撤退を知って手製の武器をもって押し寄せ、開拓民に対する凄惨な虐殺が始まってしまいました。こうした惨劇を背景に、多くの人々が徒歩で南へ南へと逃げましたが、やがて冬が到来し、多くの人々が凍死したり餓死していきました。ソ連軍や地元の人々の襲撃で命を落としたり、生き延びることをあきらめての集団自殺した人々もいました。

この過程で多くの女性たちが子どもだけは死に至らしめたくないと考え、現地の中国人に託していったのでした。一方では開拓民を襲った現地の人々もいましたが、他方では逃げ惑う日本からの開拓民に同情し、子どもを預かり、わが子として育てた人々もたくさんいました。
こうした育った子どもたちは後年「中国残留孤児」と呼ばれ、1972年の日中国交回復後に開始された帰国事業の中で、帰還した人々もいました。小説『大地の子』などにも紹介された現代の日本史に刻み込まれた悲劇でした。
こうして終戦時に約27~32万人いたと推定された満蒙開拓団民のうち、日本まで帰りつけたのはわずか11万人でしかありませんでした。多くの人々が大陸で命を落としたのですが、これらの人々は帰国後もよるべき土地がなく、全国各地の開墾事業に送りこまれていったのでした。二重、三重の棄民政策でした。

このようの満蒙開拓団は大変な悲劇のうちに幕を下ろしていったのですが、実はこの開拓団に最も多くの人々を送りだしたのが当時、営農が疲弊しきっていた長野県であり、なかんずく伊那谷の人々だったのでした。
開拓団は満州国が成立した1932年より本格化され、27万人が送りこまれたのですが、長野県は県としては最大の33000人を送り出しました。しかもその四分の一8400人を占めたのが飯田・下伊那の人々でした。
これらの地域を飯伊地区と呼びますが、この地域の指導者層の中に満蒙開拓推進論者が多くいたこともあって、飯伊地区は全国の中でも最もたくさんの開拓団を派遣した地域となったのでした。

戦後、命からがら帰国した人々は、再度、飯田・下伊那を開墾していったのですが、この地域には同時に全国でもまれと言えるほどの高い向学心が育っていき、とくに歴史研究が進められ、郷土史などで深い発展が遂げられてきました。
記念館を案内してくれた友人によれば、この深い学びを下支えしたものこそ、「二度と国に騙されない」という強い心情であったということです。その反映としてこの伊那谷は「平成の大合併」を全国の中で最も受け入れない地域であったということです。
大鹿村も人口1100人の小さな村ですが合併に反対して村として生き残ってきた。僕はそこに満蒙開拓以来、この土地の上に重ねられてきた人々の思いを垣間見るような気がします。

その下伊那の地に、戦後68年も経ってから「満蒙開拓平和記念館」が建設された。しかも驚くべきことに、あれほどの悲劇でありながら、この問題で全国で初めての本格的な記念館・資料館の建設でした。
なぜ68年も記念館ができなかったのか。なぜに伊那でそれが進められたのか。あるいは進められたことをいかに捉えるのか。僕にはそこにこの地を理解し、歴史の重みを受け止める鍵があると思います。いやこの地からこの国の総体を見ることもできるように思えます。
そう考えて、今回、記念館のホームページを再度見返していて、さらに新たなことが見えてきました・・・。

続く 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(933)東京は世界一危ない都市・・・警鐘「首都沈没」(東京新聞より)

2014年09月11日 16時30分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140911 16:30)

東京は世界一危ない都市・・・。僕がこのタイトルで語り始めると、東京の放射能汚染のことを指摘していると思われる方もおられると思いますが、このタイトルは2014年9月7日の東京新聞の記事につけられたもの。東京における水害の絶大な危険性を訴えたものです。
実はこのことは、川の専門家の間では「常識」に類することでもあります。利根川の巨大な連続堤防が大変な量の水を溜めこんでしまったおり、一度、防波堤が決壊した場合に、壊滅的な被害がでることが指摘され続けているからです。

記事で取り上げられているのは元東京都職員の土木専門家の土屋信行(64)さん。土屋さんはスイスの保険会社がまとめた「自然災害リスクが高い都市ランキング」を引用し、首都圏が「洪水、嵐、高潮、地震、津波で、五千七百万人が影響を受ける」と想定されていることを紹介して警鐘を鳴らしています。
つまりここで取り上げられている危険性は、放射能汚染以外のものだということです。現実にはこれに深刻な汚染が加わります。
もう少し記事を見てみましょう。そこには次のような指摘があります。

***

関東平野は山に囲まれ、北西の山裾から南東方向に緩く傾斜し、東京湾に向かっている。「つまり、洪水が起きたら水が集まる場所に首都東京がある」。
最大の危険地域は海抜ゼロメートル地帯。明治以降、工業用水の確保と地下の天然ガス採取のため、大量の地下水が汲み上げられ、猛烈な勢いで地盤が沈下。干潮時のゼロメートル地帯は江戸川区、葛飾区、江東区、墨田区、満潮時は足立、北区、荒川区、台東区にまで及ぶ。

***

僕がこの記事を取り上げようと思ったのは、東京だけの危険性を指摘したいからではありません。なぜかと言えばスイスの保険会社がまとめたランキングには、なんと東京・横浜の他、大阪・神戸、名古屋という日本の五大都市が入っているのです。
以下にランキングを示します。(東京・横浜、大阪・神戸は同率ではなく、一つの都市圏として捉えらえている)

1位 東京・横浜(日本)
2位 マニラ(フィリピン)
3位 珠江デルタ(中国)
4位 大阪・神戸(日本)
5位 ジャカルタ(インドネシア)
6位 名古屋(日本)
7位 コルカタ(インド)
8位 上海・黄浦江(中国)
9位 ロサンゼルス(アメリカ)
10位 テヘラン(イラン)

http://news.livedoor.com/article/detail/8709053/
http://media.swissre.com/documents/Swiss_Re_Mind_the_risk.pdf

どうしてこうなってしまうのか。また何を捉え返すべきか。僕は日本の近代化の中での安全性を無視した無理な都市化の矛盾が大きく表れていることをこそ、捉え返すべきだと思います。
しかもそれがこの間の異常気象の中で、何度も表面化してきている。広島土砂災害もそうです。この構造をまずはしっかりと把握しておく必要があります。

東京について再度、考察して行きましょう。紹介した記事の抜粋の中に、東京が「洪水が起きたら水が集まる場所にある」ことが書かれていましたが、実はここに東京ができたことには歴史的背景があります。
というのは記事にあるように、東京はもともと洪水の巣とでも言えるような場所で、巨大都市の構築には向かないところでした。では誰がここに巨大都市を築いたのかと言えば、徳川家による江戸の整備が始まりです。

ご存知のように、徳川家を開いた徳川家康は、豊臣秀吉の一番のライバルでした。戦国時代末期に秀吉と和睦し戦国の終焉を目指しました。この時、秀吉は、愛知県岡崎市や静岡県浜松市にいたる遠江を拠点としていた家康を国替えさせ、関八州に封じました。
実は戦国武将の多くは治水・利水にたけており、中でも秀吉は治水・利水の天才とも言うべき人物でした。織田信長が本能寺で討たれたときには、中国地方で毛利勢と相対しており、敵方の城を水攻めにしていました。
そもそも治水は領土を安定させ、軍事力のベースになる石高をあげることにに寄与するとともに、たびたび攻城戦にも適用できる当代最新のテクノロジーでした。秀吉はこの知恵を使い、家康が治水に翻弄されて秀吉に対抗できる力をもてないようにと関八州与えたのでした。

以降、徳川家は、この洪水の巣を度重なる土木工事によって人の住める地に変えていったのですが、最も大規模なものは家臣の伊奈家による何代にも及んだ利根川の大改修工事でした。
というのはそれまでの利根川は、江戸湾に注ぎこんでいたのでした。それを大改修を行って東に方向を変え、銚子岬まで川をひっぱっていったのです。その際、かつての利根川の残りとなったのが荒川でした。

これには幾つもの目的がありました。最も大きいことは江戸を洪水から守ることでした。二つ目に治水とともに利水を発達させ、大規模に新田を開発することでした。
さらに新しくできた川を水路として活用することが目指されました。日本はもともと日本海側が米どころで、江戸時代には菱垣廻船で流通させていましたが、これが銚子岬から利根川に入り、西に遡ったのちに荒川を経て大消費地の江戸に至る安定的なルートが確保されたのです。
その上、江戸時代に大きな勢力を保っていた伊達藩を仮想敵とした江戸城防衛のための大外堀としての位置をも持っていました。

このように利根川の大改修工事は、江戸の町の長きに渡る発展の大きな礎となるものでした。ところがこの利根川の位置性が明治維新以降に大きく変わっていきます。
もっともインパクトが強かったのは西洋近代技術の導入であり、その中での鉄道の発達であり、このために河川管理は二つの点で大変容を被っていきます。

一つには江戸時代まで主流であった自然と調和し、共存していく技術体系が批判され、西洋式の自然を支配する技術体系に置き換えられていったこと。
川についていえば、江戸時代までは川は洪水を起こすものであり、いかに洪水の影響を和らげるのかが目的とされました。そのため防波堤の決壊という最悪の事態を招く前に、あらかじめ決めていた場所から越流させ、威力を削ぐ管理方法がとられていました。
洪水の際、恐ろしいのは水の勢いと泥だと言われます。そのためあらかじめ設けられた越流地点には防水林が設けられ、水の勢いを減じると同時に、林の中に泥が落ちる仕組みが設けられていました。

画期的だったのは、これらの管理が多くの場合、地域に任されていたことでした。地域では庄屋を中心とした寄り合いで、あらかじめ決めた越流地点から生じる被害を、いかに補てんしていくのかの話し合いなども行われていました。
結論が出るまで、寝ずに討論し続けるなどのユニークな仕組みを設けることで、全員一致まで討論が行われているところが多くあり、その結果、河川の地域による管理が可能となっていました。
越流した後にさらにまた防波堤が幾重にも出てきたり、越流した水が上流方向に誘われるようになっているなど、水を溢れさせた上で、徐々に力を削いでいく方法がとられていました。

ところが西洋のテクノロジーは、自然を制覇する志向性を持っていました。その多くは日本と条件がまったく異なるヨーロッパで生まれたものであり、ライン川などのように傾斜がずっと緩い中での技術体系であったにもかかわらず直輸入されました。
そのために起こったのは、洪水に対して、適度に越流させて、エネルギーを分散させて凌いでいくという発想から、巨大な堤防を築いて、洪水をおしとどめる方向性への大転換でした。
そのことでどうなったのか。洪水を抑え込む堤防を作ることでやがて「想定外」の洪水に襲われ、堤防決壊という大惨事が起きました。すると堤防をさらに巨大化させて洪水を抑え込む方法がとられました。その結果、利根川はよりたくさんの流量を抱え込み、決壊したときの洪水の規模が大きくなるばかりでした。

これを促進してしまったのが、鉄道輸送の発達による菱垣廻船で作られていた輸送システムの後退でした。川を菱垣廻船が遡行していくためには、流量の安定が必要で、そのためにも巨大堤防を作ることは江戸時代には考えられもしなかったからでした。
ところが水路としての川の位置性が落ちてしまったため、ますます利根川は大きな流量を抱え込むことになり、一度決壊したらとんでもない災害をもたらす連続堤防を作り出すに至ってしまったのです。
このためかつてない規模の水が利根川を流れており、しかもテクノロジーそのものが「決壊はあってはならない」とする封じ込め型の発想なので、堤防が破堤したときの対策がないのです。破堤は「あってはならないこと」になっており、だから一度発生すれば大惨事に発展するのです。

さらに昭和にいたって工業化が始まり、膨大な地下水が汲み上げられて、東京湾岸の広い地域の地盤が沈下し、ゼロメートル地帯が拡大したことも危険性を広げてきました。
ところがこうした近代テクノロジーの採用の下での新たなリスクの発生は、常に何時しかテクノロジー自身が進化し、乗り越えられるものとしてのみ想定され、リスクを考慮しない開発に拍車がかけられてきてしまいました。

これが放射能汚染をまったく考えなくても、東京が世界で一番危険な都市であるとされる所以です。問題は自然災害の多いこの国において、災害のすべてをテクノロジーで抑え込もうとしてきた近代主義的な発想の限界にあります。
あるいはこの間の自然条件の変異、異常気象の多発が、このテクノロジーの限界を浮き彫りにさせているとも言えます。
これを加速させてきたのがテクノロジーへの過信であり、リスクはいつかは越えられるとする安易な発想であり、その結末としての、巨大事故の発生のリスクを見据えようとせず、自らに都合のいいことばかりしか考えなくなってしまった昨今の風潮です。

その最も顕著な例が、原子力における安全神話であるわけですが、自らに都合の悪いことはすべて無視してしまい、他者に対して、いやおそらくは己に対してすら平気で大嘘をついて事態を乗り越えようとする、モラルを著しく欠いた安倍政権の存在がこの危険性を著しく拡大しています。
だからこそ私たちは、近代の末期において出現しているこのモラルを失った安全神話、危険から目をそらして都合のいい未来ばかりを考えていく発想とこそ対決しなければなりません。

そのために私たちは、自ら主体的に私たちを取り囲む危機と対峙し、いざというときの身構えを作り出すとともに、社会のあり方をさまざまなところで論議し直し、私たちの命と平和、未来世代の安全と可能性を守っていく努力を払い続けるべきです。
土屋さんの提言から引用すれば、まずは次のような対処から始めるのが大切です。いわく「防災グッズの中にライフジャケットを一つ入れるだけでいい。なければポットボトルや発泡スチロールでもいい。それが命を繋げる」。

それらからも世界一危険な都市での東京オリンピックの開催などはやめて、東京の安全、いや東北・関東の安全を、水害からも、原子力災害からも、放射能からも守っていくことに全力を集中させるべきだし、同じ発想で全国で安全確保の取り組みを強化すべきなのです。
さしあたっての原発の再稼働を止める取り組みも、こうした総体としての社会方向の転換の中に位置づけていくことが問われています。

以下、東京新聞の記事を貼り付けますのでご覧下さい。

*****


「東京は世界一危ない都市 警鐘『首都沈没』」
東京新聞2014/09/07 (なおブログ「大友涼介です」での書き起こしより転載させていただきました。大友さんに感謝いたします)
http://ameblo.jp/heiwabokenosanbutsu/entry-11921408895.html

東京を壊滅させるには堤防を一カ所壊すだけで十分。こんな恐ろしい警告を発している人がいる。元東京都職員の土木専門家、土屋信行(64)。
「洪水対策は国家の安全保障」と主張する。いったいどういうことなのか。(沢田千秋記者)

土屋氏は一九七五年、都庁に入庁・江戸川区土木部長や本庁の道路建設部街路部長などを務めた。二〇一一年の退職まで、区画整理や道路建設を手掛け、東京の地形的特徴を知り尽くした人物だ。そんな土屋氏が「東京は世界一危ない都市だ」と断言する。
土屋氏は、スイスの保険会社がまとめた「自然災害リスクが高い都市ランキング」を引用。世界六百十六都市のうち、世界一危険な地域は、東京、横浜の首都圏だった。
首都圏は、洪水、嵐、高潮、地震、津波で、五千七百万人が影響を受けると想定している。土屋氏は「このままでは、首都は必ず水没する。今は運がいいだけ」と話す。

関東平野は山に囲まれ、北西の山裾から南東方向に緩く傾斜し、東京湾に向かっている。「つまり、洪水が起きたら水が集まる場所に首都東京がある」。
最大の危険地域は海抜ゼロメートル地帯。明治以降、工業用水の確保と地下の天然ガス採取のため、大量の地下水が汲み上げられ、猛烈な勢いで地盤が沈下。干潮時のゼロメートル地帯は江戸川区、葛飾区、江東区、墨田区、満潮時は足立、北区、荒川区、台東区にまで及ぶ。

江東区南砂や江戸川区松島の海抜は、干潮時でも川の水面より低い。浸水を防いでいる荒川や隅田川堤防も、一部は厚さが三十センチ程度しかない「かみそり堤防」で、土屋氏は「非常に脆い」と指摘する。
東京では昨年、大阪の三倍にあたる百十六回のゲリラ豪雨が発生したといい、「土の堤防は多量の雨を含んだら壊れる。洪水は今、たまたま起きていないだけで、もういつ起こってもおかしくない」という。

加えて、都市ならではの脅威が地下の存在。政府の中央防災会議のシミュレーションによると、北区志茂で荒川の堤防が午前零時に決壊した場合、洪水は十一分後に東京メトロ南北線の赤羽岩淵駅に到達し、地下トンネルを流れ始める。
六時間で西日暮里駅、九時間で上野駅、十二時間で東京駅、十五時間で霞が関や六本木駅に達し、最終的に十七路線九一七駅が水没する。電力や通信網が走るトンネルも網の目のように、地価に張り巡らされている。「地下の大動脈の水没は日本経済に多大な損害を与える」
土屋氏は、「日本を攻撃するのに、軍隊も核兵器も必要ない。無人機が一機、大潮の満潮時にゼロメートル地帯の堤防を一カ所破壊すれば、日本は機能を失う」と警告する。

土屋氏の祖父は昭和初期、新潟県で信濃川の治水作業中に倒れ、死の間際「われ郷のために死す」と遺言した。土屋氏自身、五十歳の時に進行性の肝炎を発症。常に死を意識する中、「水害で人命が奪われない都市にしたい」と、首都の水害研究に傾注。著書「首都水没」(文春新書)にまとめた。
「脅すようなことを言うのも、耳を傾けてもらうため。水害は地方の災害と思ってる東京の人があまりに多い。危ない場所に住んでいることを自覚して欲しい」

地球温暖化で海面が上昇し、降雨強度も増している。土屋氏は首都圏の住民に呼び掛ける。「防災グッズの中にライフジャケットを一つ入れるだけでいい。なければポットボトルや発泡スチロールでもいい。それが命を繋げる」。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(932)リニア新幹線は環境破壊の上に原発再稼働・新増設とセットになっている!

2014年09月10日 22時30分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140910 22:30)

今度の日曜、月曜と信州大鹿村に行ってきますが、この地は今、リニア新幹線問題で揺れています。通過予定地になっているからです。
大鹿村は南アルプスの西側の麓の村。麓というより村の敷地は南アルプスの稜線にまで広がっています。聳えたつ有名な山は荒川岳や赤石岳。赤石岳は赤石山脈の名の由来の山でもあります。
稜線の東側はどこになるでしょうか。静岡県静岡市です。静岡市はさらに北側に稜線が延びていて塩見岳や農鳥岳も有しています。素晴らしい山塊ですが、この荒川岳から塩見岳にいたる稜線の間の辺りにトンネルを掘ることが計画されているらしい!

リニア中央新幹線南アルプス付近のルート
http://park.geocities.jp/jigiua8eurao4/SouthAlps/liner-minamiarupusu1.html

この山域は登山者にとって聖地の一つとも言えるところで、僕もかつてクライマーのはしくれとして何度も足を運んだところでもあります。その度に大自然の雄大さに大切な何かを教えられてきました。
厳冬期にも挑み、極寒の赤石岳頂上付近で仲間3名が次々と滑落し、救助に大奮闘しながら、自然の凄さ、厳しさを教えられたこともありました。いざとなった時の人間の底力、勇気などもここで学びました。
さまざまな意味でたくさんの恩を感じるこの場が蹂躙されることを黙って見ていることはできません。

計画を調べてみるとトンネルは、さすがに山の真下のゼロメートル以下では圧がかかりすぎて掘れないので、標高1560メートルの地点を通過するつもりであることが分かります。
となれば南アルプス山塊の山の中腹に大きな穴が空けられることになります。そのための作業道路の建設や、残土の排出等々を含めて、膨大な環境破壊になることがすぐにも分かる計画です。
しかも単純に考えても電磁石で車体を持ちあげるリニアは莫大な電力を必要とします。リニアの建設が原発の再稼働や新増設とセットの計画であることは間違いないです。

電気が足りないから原発再稼働が必要だとうそぶきながら、こんな電力消費型の巨大施設を作ろうとしている。それだけでも大嘘つきの計画だと言えます。
さらに良く分析していくと、この計画にはもっとたくさんの矛盾があることが見えてきます。電磁波公害は発生するし、しかもルートが危険過ぎるし、そもそも実効性自身があやしい。採算性も悪すぎる。
もんじゅのように大きな危険性と財政的負担だけが残る可能性があります。絶対に着工前にやめさせなければいけない計画です。

これらを端的に示しているものを探していて、ネットにうってつけのものがアップされていたので、紹介したいと思います。以下のものです。

リニア中央新幹線がやってくる ヤア!ヤア!ヤア!
2014年8月 スタジオH3製作 (17分20秒)
https://www.youtube.com/watch?v=u-cLZ2m6324

この動画をアップしてくださっているブログも紹介しておきます。

つぶやきかさこ~生き方・働き方・考え方+旅
http://kasakoblog.exblog.jp/22282308/

つぶやきかさこさんに深く感謝しつつ、リニア新幹線計画をストップするために、動画で説明されている内容をさらに簡単にまとめてみることにしました。
多少、言葉を付け足したところもありますが、基本的に動画と同じ内容です。お時間のない方は文章でお読み下さい。
お時間のある方はぜひ動画を!漫才仕立てでユーモアに溢れていて面白いです!まとめではこの部分は表現できませんでした・・・

以下、お読み下さい。

*****

リニア中央新幹線がやってくる ヤア!ヤア!ヤア!

そもそもJR東海が計画するリニア中央新幹線とは、「超電導磁気浮上方式」で車体を浮かせて高速で走らせるものです。
最高時速は500キロ以上。東京―名古屋間を40分で、東京―大阪間を67分でつなぐとされています。現行新幹線の2倍のスピードです。
開通予定は東京―名古屋間が2027年、東京―大阪間が2045年とされています。

以下、問題点を列挙していきます。

1、消費電力が膨大であること。結局、原発再稼働、新設、増設とセットであること。
リニア中央新幹線の消費電力は現行新幹線の3倍程度とされています。エネルギー消費3倍で得られるスピードは2倍程度ですからエネルギー効率が新幹線よりも悪いのです。電気の無駄遣いになります。
しかも現行新幹線の3倍程度というJR東海の試算にも不確定要素が大きくあります。実際には4.5倍程度、ないしそれ以上という試算もあります。
現行の新幹線に合わせてこの膨大な電力が必要になるのですから、今の発電所体制で足りるはずがありません。つまりリニア新幹線は明らかに原発再稼働、新設、増設とセットになった計画なのです。

JR東海の葛西敬之会長が2011年5月24日に産経新聞で行った発言に、このことがよく表れています。
「原子力を利用する以上、リスクを承知の上で、それを克服・制御する国民的な覚悟が必要である。(略)腹を据えてこれまで通り原子力を利用し続ける以外に日本の活路はない。
政府は稼働できる原発を全て稼働させて電力の安定供給を堅持する方針を宣言し、政府の責任で速やかに稼働させるべきだ」。
明らかに原発が稼働しないとJR東海が社運をかけて推進しているリニア中央新幹線が成立しないという危機からの発言ですが、自分たちの利害のために「リスクを承知の上で原発を動かせ」というエゴイスティックな価値観も良く表れています。

2、電磁波公害を発生すること。
車体を磁力によって持ち上げるのが「超電導リニア推進の原理」になりますが、このために強い磁界が発生します。電磁波は人体にとって危険です。
JR東海は国際的ガイドライン(ICNIRP)で示された基準値以下にするので問題はないと主張していますが、しかしこの基準値は「これ以下にせよ」と述べたもので安全を保障するものではありません。
電磁波にはこれ以下は安全という閾値はなく微弱でも安全と断言できないのです。無用な電磁波被ばくは避けることが肝心で、無用な放射線被ばくを避けるべきであるのと同じもとです。

リニア新幹線では磁気シールドが設置されることになっていますが、それだけ強い磁場が発生するということです。しかしシールドで避けられても、磁場の発生そのものは抑えられないのです。
また磁気シールドを強化すると車体重量が重くなるというジレンマもあります。シールドは高速走行の足かせになることから、きちんと施されるか大いに疑問な点です。
同時にリニアのシールドは原発の核燃料に対する五重の壁に比べてたった一つの壁です。完全に密封することはできないので、隙間から漏れる可能性もあります。しかしこれら電磁波による健康や周辺環境への影響についてはほとんど未調査です。

3、日本だけが開発している点に実行困難性があわれていること。
磁気浮上方式リニア鉄道の研究は1960年代に開始されましたが、ほとんどの国は関心を示さず、旧西ドイツと日本だけが独自に技術開発に踏み出しました。
しかしその後、ドイツも撤退し、日本だけが開発を続けてきました。リニア方式に展望がないから他国は取り組んでいないのです。コストパフォーマンスが悪く実現可能性が低いのです。
それなのに海外売り込みが目指されてもいます。この点も高速増殖炉に日本が固執していることや、福島原発事故が収束していないのに原発輸出に走っていることなど、困難性を認めず、自らに都合のいいことしか考えられない日本の体質が現れています。

4、危険な走行ルートが予定されていること。
リニア中央新幹線の86%は地下・山岳トンネルを通ることになっています(東京・名古屋間)
リニアは直線高速走行でスピードを出すように設計されており、カーブは苦手なのです。駅を直線で結ぶ必要があり、地上は土地買収の問題や環境への配慮の問題から不可能であるため地下が狙い、環境などおかまいなしにまっすぐに掘り進めようとしています。
しかしルートは南アルプスを貫通しており、世界最大級の活断層である「中央構造線」と「糸魚川―静岡構造線」の交差する土地を通過するとされています。日本有数の大地震地帯に巨大なトンネルを掘るというのです。
南アルプスは活発な地殻活動によって誕生した山塊です。もともと隆起が激しい山脈で現在でも隆起が続いています。そこにトンネルを掘って時速500キロで通過中に地震に遭遇すれば大惨事になります。

5、運転士がいないリスクがあること。
リニアには運転士がおらず中央制御室から遠隔操作でコントロールする設計になっています。
このため一度事故があった時に、現場での対応ができません。反対に中央制御室で事故が起こったら、リニア側からは何もできないことにもなります。。
このため地下トンネルにたくさんの乗客が閉じ込められて、俄かに救出できなくなる可能性もあります。

6、膨大な環境破壊が必至であること。
長距離トンネル建設は世界的に前例のない大規模土木工事であり、必然的に世界最大級の環境破壊を生み出す可能性があります。
JR東海の発表でも工事に伴い大井川上流部の流量が毎秒2トン減少すると予測されています。これらの水は水道や産業に使われているため、たちまち地域の生活や生産活動に影響が出ます。毎秒2トンは63万人の利用量に匹敵します。
毎秒2トンという数字も単なる予測であり、トンネルが水脈に当たればさらに減少してしまいます。事実、山梨実験線建設でも地下水の枯渇が発生しています。

生態系に与える影響も甚大です。南アルプスにはライチョウ、クマタカなど貴重種が生息しています。絶滅危惧種の鳥類、保護対象となっている動物も多数で、トンネル工事はこれらに破壊的な影響を与えます。
トンネルを掘れば大量の残土も発生し、その残土を置いた場所でも環境破壊となります。またこの大量の残土を運び出すために一千数百万台のトラックが必要であり、その排気ガスや騒音も環境破壊因子になります。
こうした環境負荷の極めて高い工事が10年以上も続くのです。工期が遅れればさらに長くダメージが続きます。
さらにルートに含まれている東濃地方にはウラン鉱床があり、そこでトンネルを掘るとウラン残土が発生してさらなる環境破壊因子となります。

7、工事が困難であるがゆえに安全性や環境保全を無視して推し進められかねないこと。
これだけの問題がありながら一企業が行おうとしており、政府も協力的ですが、工事そのものもあまりに多くの困難性を抱えています。
これに対してJR東海は環境評価準備書の中で次のように述べています。
「地形・地質等の制約条件。活断層は、回避する。もしくは、やむを得ず通過する場合は通過する延長を出きる限り短くします。」
「環境要素等による制約条件。生活環境(大気環境など)、自然環境(動植物、生態系など)、水環境、土壌環境、文化財等に対する影響をできる限り小さくします。」
しかし「できる限り」という記述では、事実上はなんでも「努力した」ことにされてしまい、実際にはOKになってしまいます。

そもそもリニアは真っ直ぐに掘り進められるため、途中に活断層や環境破壊があっても、大きく迂回することは不可能なものです。
10年以上の大工事を行う9兆円超のプルジェクトですから、途中で問題にぶつかっても大きな変更などできません。収支計画が成り立たなくなるからです。
そうなるとJR東海からすれば、安全性、環境保全に問題があっても「影響は小さいと考えます」と答えて、無理やり掘り進めるしか道がないことになります。

8、作っても採算が合わないこと。経済的つけが国民、住民に回されること。
山田佳臣JR東海社長は、2013年9月18日に記者会見で「リニアについては絶対にペイしない」と発言しています。社長までもがそういうのですから、ペイできる可能性などないことは明らかです。
またJR東海はリニア新幹線の必要性について東海道新幹線の輸送能力が限界に近いと主張していますが、年間座席利用率は平成20年度で61.5%、25年度で63.5%と余裕があり、大した伸びも示していません。人口減少局面におい今後も大幅に増える要因もありません。
むしろ東海道新幹線とリニア中央新幹線は限られた需要を食い合う関係に入ります。そうなると初期投資の回収も不可能になる可能性があり、失敗したつけはJAL再建のように国民、住民に回されるようになります。
スピードだけを考えるなら航空機もあり、格安航空会社の参入で運賃も安くなっており、それらを考えても採算が合わずに破産する可能性が高いです。

9、利便性も悪いこと
リニアは既存の鉄道と全く企画が違うので拡張性がありません。そのため東京―名古屋間が完成しても、名古屋より先に行く人にはメリットがありません。初めから新幹線に乗った方が便利だからです。
中間駅も不便極まりないところに設置されています。各県の要望によって無理やり作られようとしているものですが、停車は1時間に1本程度です。しかも交通インフラもまったく整備されていません。
中間駅まで行ってもその先が整備されなければ利便性は全くありませんが、かといって新たに整備を行うことは、地元に財政負担と環境破壊を強いることになります。
完成したら一度は乗ってみたいと言う人はいるでしょうが、一回きりのこと。間違いなくリニアは失敗し、国民、住民に財政負担を強いることになります。だからこそ日本以外の国々は撤退してしまったのです。

10、それでも輸出(無償提供)しようとする点に矛盾が現れていること。
日本のリニア技術のアメリカへの無償提供の話が出ています。しかしもし素晴らしい技術なら正当なライセンス料をとれば良いのです。なぜ無料なのか。無料の価値しかない技術だからです。

以上からリニア新幹線は着工前にやめさせなければならないとんでもない計画であることは明らかです。

リニア新幹線がやってくる 嫌っ!嫌っ!嫌っ!

*****

 

 


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(931)ウランが少なくともつくばまでは飛んでいた!プルトニウムは?

2014年09月09日 23時30分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140909 23:30)

8月に驚くべき情報が出されました。福島原発から飛び出したウランが、福島原発から170キロ離れたつくば市で採取されていたというのです。大変、深刻な情報です。
共同通信の記事を紹介します。

***

茨城のちりからウラン検出 原発事故の溶融燃料
共同通信 2014/08/27 17:35  
http://www.47news.jp/CN/201408/CN2014082701001722.html

東京電力福島第1原発事故直後に約170キロ離れた茨城県つくば市で採取した大気中のちりから、核燃料や原子炉圧力容器の材料のウランや鉄などを検出したとの研究結果を東京理科大と気象庁気象研究所のチームが27日までにまとめた。
事故で溶けたウラン燃料が原子炉内の他の物質と混ざった状態で外部に放出されたことを裏付ける結果で、同大の中井泉教授は「事故直後の炉内や放射性物質の放出状況の解明につながる」とさらに詳しい分析を進めている。
チームは、2011年3月14日夜から翌朝にかけてつくば市の気象研究所で採取された高濃度の放射性セシウムを含む粒子に着目し分析してきた。

***

「事故で溶けたウラン燃料が原子炉内の他の物質と混ざった状態で外部に放出されたことを裏付ける結果」・・・つまり幾つかの放射性物質が混じり合わさったホットパーティクルが広域に飛んでいたことが証明されたわけです。
これまで福島原発事故の深刻さを訴えてきた多くの科学者たちの見解が、東京理科大と気象庁によって裏付けられたことになりますが、重大事態にも関わらず扱いがあまりに小さい。
なぜ重大なのかと言えば、最低でも170キロ以内の広範な地域が、セシウムだけでなくウランをはじめとする放射性物質で汚染されていることが明らかになったからです。
つくば市で捉えられたのはそこでたまたま採取したからであって、もっと広域にウランなどが飛散している可能性が十分にあります。

ウランそのものもα線を出すとともに重金属としての毒性もあり、大変恐ろしい物質ですが、懸念されるのは同時にプルトニウムも飛散していたのではないかということです。
ウランがこれだけ飛んでいたのだから、その可能性はかなり高いと言えると思います。
というのは核燃料として使用されているウランは二酸化ウランです。これはウランが融点が1132.2 °Cであることに対し二酸化ウランでは2865℃と高温にも耐えやすいためでもあります。
これが溶けてしまったのだから、燃料棒は最低でも2865℃を越えてしまったことになる。

福島原発3号機には、ウランとプルトニウムを混ぜ合わせたMOX燃料が装填されていました。この場合も二酸化プルトニウムが使われていますが、その融点は2400℃、さらに沸点は2800℃となっていて、燃料棒はプルトニウムの沸点を越えていたことになる。
当然、MOX燃料内のプルトニウムは、ウランが溶けだすと同時に気化をはじめたはずです。
さらに1号機、2号機ではどうかというと、運転している炉内では、核分裂するウラン235とともに装填されているウラン238に中性子があたり、プルトニウム239が生まれているわけです。
この場合は二酸化プルトニウムの形ではないと思われますが、単体としてのプルトニウムの融点は639.5℃とウランから比べるとずいぶん低い。沸点はどうかというと3230℃です。2865℃との差異はわずかに365℃であり気化する温度まで達していた可能性が高い。
(なお炉内で生成するプルトニウムの化学的な状態がよく分かりません。単体でしょうか、酸化化合物でしょうか。どなかた知っている方は教えて下さい)

さらにウランそのものも気化したのではないかと考え、ウランの沸点を探ったのですが、驚いたのは探せども探せども二酸化ウランの沸点情報がないことです。多くの方が「探しても分からなかった」と記述しています。
もし知っている方がいたら教えていただきたいのですが、実はこれは何らかの理由で伏せられている情報なのかもしれません。
ちなみに単体のウランの沸点は4131℃と高いですが、単体のプルトニウムを二酸化プルトニウムにすると沸点は下がるので、二酸化ウランも4131℃より低い可能性も考えられます。
しかしホットパーティクルを形成したとなると、一度気化して大気中に飛び出し、そこで他の多くの気化した放射性物質と共に、外気で冷やされながら空気中の塵と接触し、そこで液体状態に戻り、やがて個体の微粒子となったまま塵に付着して飛んでいった可能性が高いです。

いずれにせよ、ここから考えられることは、ウランやプルトニウムの付着したホットパーティクルが遠くまで飛散し、多くの人が吸引してしまった可能性があるということです。しかもかなりの広範囲においてであり、深刻な健康被害の原因となっている可能性があります。
しかもウランもプルトニウムもともに半減期の非常に長い放射性物質であり、その危険性は数年ではまったく減じません。ということは今なお高い危険性があるということです。
ここから言えることは関東・東北のかなりの広範囲において、ウランをはじめとした放射性核種の調査をすべきだということです。もちろんウランやプルトニウムの調査は、政府機関にしかできないことです。
とくに軍事物質でもあるプルトニウムを測ることができるのは、実質的には政府機関だけです。

同時に私たち市民の側も、この問題を追いかけてきた少数の人々の営為に着目し、可能な限りの分析を進める必要があります。
実はウランの飛散については初期からアメリカの一部で観測されたとの情報も流れており、僕自身、暫く追いかけましたが十分に内容をつかめませんでした。よく理解できなかったのです。
今回の発表を機会に、ウラン、プルトニウムの飛散情報の分析の欠落を埋めていき、どれぐらいの危険性が広がっているのかをつかんで紹介していきたいと思っています。
ともあれこれでまた福島原発における汚染実態をセシウムだけで測ることはできないことが明らかになりました。放射性物質に関する一層のウォッチと分析を続けて行きたいと思います。

なおウランやプルトニウムを巡っては、僕にはまだよく分からないことが多いです。間違いがあればどんどんご指摘ください。「明日に向けて」に反映させ、市民の側の科学力の発展につなげたいと思います。
以下、かつてプルトニウムについて論じた記事をご紹介しておきます。

***

明日に向けて(292)「プルトニウムは重いから飛ばない」というのはウソ!20111013
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/16457148fe8f56cb730f29c1c118a2b9

明日に向けて(139)原発敷地外でプルトニウム検出 20110606
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/3e530cd619639ee55e1caeb1b5fc3deb

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(930)違憲の自衛隊を災害救助隊へ!戦争放棄こそが人類の一番新しい思想だ!(下)

2014年09月06日 09時00分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140906 09:00)

泥憲和さんの訴えの考察の後半をお送りします。

自衛隊という軍隊の存在そのものを、憲法9条にそってなくしたいと思っていることを前提にですが、以下の泥さんの訴えは胸に響きました。

***

いま私が反対している集団的自衛権とは、そういうものではありません。
日本を守る話ではないんです。
売られた喧嘩に正当防衛で対抗するというものではないんです。
売られてもいない他人の喧嘩に、こっちから飛び込んでいこうというんです。
それが集団的自衛権なんです。
なんでそんなことに自衛隊が使われなければならないんですか。
縁もゆかりもない国に行って、恨みもない人たちを殺してこい、
安倍さんはこのように自衛官に言うわけです。
君たち自衛官も殺されて来いというのです。
冗談ではありません。

***

確かにこうした声がもっとたくさんの自衛官の中に広がって欲しいし、さしあたっては自衛官を戦場に送らないために努力することが必要ですね。
ただそれに続く次の個所に僕は共感できないものがありました。

***

みなさん、軍隊はテロを防げないんです。
世界最強の米軍が、テロを防げないんですよ。
自衛隊が海外の戦争に参加して、日本がテロに狙われたらどうしますか。
みゆき通りで爆弾テロがおきたらどうします。
自衛隊はテロから市民を守れないんです。
テロの被害を受けて、その時になって、自衛隊が戦争に行ってるからだと逆恨みされたんではたまりませんよ。

***

ここが「うーん」なんですね。
同時にここにもいろいろと深いものが横たわっていると思います。

まず第一に「軍隊はテロを防げない」と泥さんが語られているのは全く正しい。
「テロ」というよりも、軍隊、とくに正規軍はゲリラ攻撃に弱いのです。これは戦争全般が持っている特質です。
なぜならゲリラ戦との闘いにおいて、正規軍は守勢に立たされるからです。ゲリラ側は攻撃側になります。

イギリスの軍事戦略家のリデル・ハートが、これを「非対称的戦争」と名付けました。
正規軍側は365日、守り通してこそ勝利。一方でゲリラ軍側は、そのうちの1日でも襲撃に成功すれば勝利なのです。まさに非対称です。
正規軍の側の方が常に防衛に力を割かねばならず手を抜けない。攻撃側は364日休んでいても1日だけ奮戦すれば良いわけです。

実例はたくさんあります。中国大陸に攻め込んだ旧日本陸軍と、中国共産党の労農紅軍、のちの八路軍との関係など典型です。
リデル・ハート自身は、ベトナム戦争で軍事力では圧倒的に強かったはずの米軍が、ベトナム側のゲリラ戦略に敗北していった例をあげています。
このため軍隊は町の安全を守ることは実は非常に苦手なのです。攻め込むことこそ軍隊の特質です。

では町の安全を守るためには何が一番大事なのか。町が攻撃されるような関係性を作らないことなのです。
そこで昨日の論議に戻るのですが、まず泥さんの言うように集団的自衛権の行使で、攻撃されるような関係性を新たに作るのが愚の骨頂であることはその通りです。
しかしそれは他のことにも拡張できます。自衛隊の存在で、他国の人々の私たちの町への攻撃を抑止できるという考え方も同じように誤りなのです。

第二の論点に移ります。僕が一番気になるのは「軍隊はテロを防げない」と、何かしら世界の人々が日本に「テロ」を仕掛けてくるかのように泥さんが語られていることです。
僕は「テロ」という言葉は慎重に使う必要があると思います。なぜなら「テロ」には、「卑劣で卑怯、非合法」というようなイメージが入っているからです。
でもこの観点から言うと、アメリカのイラク戦争とて「テロ」に含まれます。「イラクが大量破壊兵器を持っている」という事実に反した理由で全面攻撃を行ったからです。

イスラム圏の人々は、実際に何の大義性もなく、とんでもない「誤解」で行われたアメリカの戦争をそれこそ国家的なテロとして捉えています。
ものすごく大量の人々が殺されたのです。アフガニスタンでも同様です。いやイスラム圏の人々がアメリカが行った一番ひどいこととして記憶しているのは広島・長崎への原爆投下です。
アフガンで人々と共に運河を作っているペシャワール会の中村哲さんによると、アフガンのどんなに奥深くの谷の中の村でも、人々は原爆投下のことを知っているといいます。

アメリカに法的根拠もなく処刑されてしまった「オサマ・ビン・ラディン氏」も、実は何度も広島・長崎への原爆投下に言及していました。
アメリカは戦闘員だけではなく、一般の人々を大量に殺してきた。女性や子どもたちを殺害してきた。その戦争が最近でもアフガン、イラクに行われた。だからわれわれもアメリカ人を殺すのだという主張がなされていました
僕はいかなる理由であっても殺人は止めて欲しいと思っています。だからこうした訴えには与しはしません。しかしアメリカが国際法上違法な大量殺人を繰り返してきたのは事実です。原爆投下も全面的に謝罪すべきです。

大事なことは集団的自衛権は、アメリカ軍と行動を共にすることをこそ主要な目的としたものだということです。つまりアメリカの国家テロに与するのです。
そうなれば私たちの国もまた報復の対象になります。それは「逆恨み」とは言えないと思います。少なくとも相手側にとっては正当な反撃と思っての行動になります。
私たちはその前にアフガン戦争やイラク戦争でのアメリカの国際法違反と戦争犯罪を世界に告発しなくてはいけません。同盟国=友人だというのなら、友を諫めるべきではないでしょうか。

さらにアフガニスタンや中東、アラブの人々は、アメリカに原爆まで落とされながら、戦後、平和産業によって復興してきた日本にとても良いイメージを持ってくれています。
だからすでに日本は何度もアメリカの戦争に協力してしまっているにも関わらず、これまで報復の対象となってこなかったのです。
むしろイスラム圏の人々は、日本が原爆投下された痛み、悲しみを共有してきてくれたのです。その後に軍隊の力で威張ってこなかったことをとても高く評価してくれているのです。

このため日本のアニメやテレビ番組がイスラム圏で繰り返しメガヒットを記録しています。中でも戦前、戦後の日本庶民の苦しい中での奮闘を描いた「おしん」はイランで大変なブームを巻き起こしました。人気投票で「おしん」がホメイニ師を抜いてしまい、「イスラム教育がなってない」と師が激怒した逸話すら残っています。
友人の「イラクの子どもたちと仲良くする会」の方は子どもたちが「一休さん」が大好きだと言っていました。「一休さんは元気ですか?」と問われ「もう今は生きてないのよ」と答えると「一休さん、子どもなのにもう死んじゃったのですか」と子どもたちが悲しんだそうです。
そんな子どもたちの上に、雨あられと爆弾を落としたのがアメリカなのです。ぜひともそのことをしっかりと胸に刻んでいただきたいです。

中村哲さんはイスラム圏の方たちの日本評を「美しい誤解」と言われました。そうなのです。私たちの国の戦後復興は、朝鮮戦争への経済協力、アメリカ軍の戦争物資調達を担ったことで成し遂げられたのでした。
高度経済成長も、ベトナム戦争があってこそ、成し遂げられました。私たちの国の軍隊は出撃しなかったけれども、沖縄嘉手納基地から何度もB52がベトナム空襲に向かっていきました。
しかもです。実は私たちの国を焦土と化し、原爆を投下したのと同じ将軍がこれらを指揮したのです。カーチス・ルメイ将軍です。私たちの国は自らが受けた悲劇の再生産に手を貸したのです。こういうことこそ「国辱」というのだと僕には思えます。

私たちの国がずっと平和だったというのは確かに誤解です。私たちの今ある経済的豊かさの中には血塗られた愚かで悲しい過去が詰まっています。
しかし私たちの国は、北朝鮮からもベトナムからも一度も軍事的な報復攻撃など受けたことはありませんでした。これまでも相手の側にその権利はあったのでした。何せ米軍の出撃拠点が日本にあったのですから。
なぜ私たちの国は報復を受けなかったのか。それはアメリカ軍より、アメリカ軍が攻撃した相手の側がモラルが高かったからです。アフガニスタン、イラク戦争でも同じことが言えます。

中村哲さんは「美しい誤解があるのなら、瓢箪から駒というように、これを本物にすることが大事だ」と語られました。その通りだと思います。私たちは平和国家としてこそ世界に貢献すべきです。
ところが集団的自衛権を行使し、自衛隊がアメリカ軍と肩を並べて、イスラム圏の人々を殺害するようになったら、この「美しい誤解」は完全に崩壊します。
僕は報復を受けることの恐ろしさより前に、人々の信頼を裏切ることの悲しさをこそ強調したいです。この信頼こそが今、私たちを守ってくれているのに、その幸せを、人に愛され大事にされる得難い恩恵を自ら手放し、憎しみの対象になってしまうからです。

僕が強調したいのは、憲法前文の理念、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という観点は、イスラム圏との関係では一定、成立してきたということです。
この「美しい誤解」の中で成立してきた信用を本物に変えるべき時こそが今なのです。そのために僕は自衛隊派遣ではなく、災害救助隊、復興隊をこそ組織し、派遣すべきだと思います。自衛隊の一部がそれをなすのではだめです。軍隊に平和は作れないからです。
僕が中村哲さんの言葉を何度も引き合いに出すのは、ペシャワール会と中村さんが、まさにそれを実践しているからです。あのような行いを国家プロジェクトにすれば良い。災害救助隊の総司令官に中村哲さんになってもらえば良いとも思います。(いやそれでは先生に、ご苦労ばかりを増やしてしまうかもしれませんが・・・)

その中でこそ、日本の安全も格段に高まります。それだけではないです。その事の中でこそ、人類が本当に長い間、越えることのできなかった戦争に次ぐ戦争の歴史に終止符を打つ可能性が生まれます。
そうすれば日本の安全ばかりではない。世界の安全を高めることができる。世界のどの国の子どもたちも戦乱に巻き込まれずに済むようになります。
私たちが守るべき対象を日本人と日本の住民ばかりにしていてはいけません。というかそんな狭い心でいるのは嫌なのです。世界の人々を守りたい。そのために本気になって戦争を無くす道を探りたいのです。

繰り返しますが、そのためにも「日本がテロを受ける」という言い方は止めましょう。「アメリカの国家テロに与するのは止めよう」と言いましょう。
報復を受ける恐怖よりも、人々の信頼を失う悲しみを強調しましょう。さらにどうすれば信頼をもっと強めることができるのかを考え、発案し、行動に移していきましょう。
そのためにもまずは集団的自衛権に反対し、自衛隊があっても、これまでのように誰も殺したことのない位置にとどめ置くことが大事です。

その点では泥憲和さんは、アジアの人々との信頼を取り戻すために、軍隊「慰安婦」問題への謝罪をきちんとなすべことを主張され、さらにヘイトクライムと身体をはって闘うことで、実は日本人への信用も守ろうとされています。
こうした点には深く共感しますし、とっさの泥さんのスピーチにこれほどの批判点を書いてしまって申し訳ないとも思います。
いつかどこかでお逢いして話すことができれば、きっともっとたくさんの共感を積み上げられると確信しています。そのためにもここで泥さんのすべての奮闘にあつい感謝を捧げたいと思います。

平和のためにみんなで話し合いながら歩んで行きましょう!

終わり

 


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(929)違憲の自衛隊を災害救助隊へ!戦争放棄こそが人類の一番新しい思想だ!(上)

2014年09月05日 22時00分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140905 22:00)

集団的自衛権に反対する運動の中で、神戸で泥憲和さんという方が彗星のように登場し、スピーチの内容が何万件もシェアされたり、ツイートされたりしています。
7月28日には東京新聞にも泥さんのことが紹介されました。記事によると泥さんは元自衛官。退職後に被差別の人々と一緒に働いたことから、差別と闘うことを決意。
とくにこの間は、ヘイトスピーチないしヘイトクライムに対して、多くの人々に先駆けてカウンター行動を開始。身体をはって差別から人々を守っている熱血漢でもあります。
ツイッターのアカウントを見ると、ご本人によるこんな自己紹介も書かれていました。

渋柿じいさんドーザー泥憲和@ndoro4
日本を愛する普通の日本人です。日本を汚す奴らが大嫌いです。日本政府は元日本軍慰安婦に謝罪と名誉回復を!
日韓友好!不逞ネトウヨ、レイシスト、歴史修正主義者を、たーたーきーだせーっ!男組神戸本部長。元陸自。

泥さんはこの4月にがんで余命1年の宣告を受けながら、6月末に神戸で行われた集団自衛権反対集会に参加。主催者たちの話を聞いていて、もっと鮮明に反対を訴えなければと考えられマイクを取られました。
この発言が瞬く間に多くの人々に共有され、広がっていきました。僕もFacebook上の友人が共感して泥さんのスピーチをシェアしていることを何度も見ました。
でも率直に言って僕には共感できない点がありました。もちろん集団的自衛権に一生懸命に反対している泥さんの姿勢には共感したし、ヘイトクライムと身体を張って闘っておられる姿には敬意を感じています。
しかし僕は、泥さんが肯定しておられる自衛隊の存在や自衛権の行使に反対なのです。各国に固有の権利として認められた自衛権をも自ら放棄したものこそ憲法9条であり、だからこそ世界で最も新しい思想だと思うからです。僕はこの方向にこそ世界を救う道があると思っています。

この点をより詳しく説明するために、まずは泥さんの発言をご紹介し、僕の意見を述べて行きたいと思います。長くなるので2回に分けます。

*****

泥憲和さん発言
2014年6月30日

突然飛び入りでマイクを貸してもらいました。
集団的自衛権に反対なので、その話をします。
私は元自衛官で、防空ミサイル部隊に所属していました。
日本に攻めて来る戦闘機を叩き落とすのが任務でした。

いま、尖閣の問題とか、北朝鮮のミサイル問題とか、不安じゃないですか。
でも、そういったものには、自衛隊がしっかりと対処します。
自衛官は命をかけて国民をしっかり守ります。
そこは、安心してください。

いま私が反対している集団的自衛権とは、そういうものではありません。
日本を守る話ではないんです。
売られた喧嘩に正当防衛で対抗するというものではないんです。
売られてもいない他人の喧嘩に、こっちから飛び込んでいこうというんです。
それが集団的自衛権なんです。
なんでそんなことに自衛隊が使われなければならないんですか。
縁もゆかりもない国に行って、恨みもない人たちを殺してこい、
安倍さんはこのように自衛官に言うわけです。
君たち自衛官も殺されて来いというのです。
冗談ではありません。
自分は戦争に行かないくせに、安倍さんになんでそんなこと言われなあかんのですか。
なんでそんな汚れ仕事を自衛隊が引き受けなければならないんですか。
自衛隊の仕事は日本を守ることですよ。
見も知らぬ国に行って殺し殺されるのが仕事なわけないじゃないですか。

みなさん、集団的自衛権は他人の喧嘩を買いに行くことです。
他人の喧嘩を買いに行ったら、逆恨みされますよね。
当然ですよ。
だから、アメリカと一緒に戦争した国は、かたっぱしからテロに遭ってるじゃないですか。
イギリスも、スペインも、ドイツも、フランスも、みんなテロ事件が起きて市民が何人も殺害されてるじゃないですか。

みなさん、軍隊はテロを防げないんです。
世界最強の米軍が、テロを防げないんですよ。
自衛隊が海外の戦争に参加して、日本がテロに狙われたらどうしますか。
みゆき通りで爆弾テロがおきたらどうします。
自衛隊はテロから市民を守れないんです。
テロの被害を受けて、その時になって、自衛隊が戦争に行ってるからだと逆恨みされたんではたまりませんよ。
だから私は集団的自衛権には絶対に反対なんです。

安倍総理はね、外国で戦争が起きて、避難してくる日本人を乗せたアメリカ軍の船を自衛隊が守らなければならないのに、いまはそれができないからおかしいといいました。
みなさん、これ、まったくのデタラメですからね。
日本人を米軍が守って避難させるなんてことは、絶対にありません。
そのことは、アメリカ国防省のホームページにちゃんと書いてあります。
アメリカ市民でさえ、軍隊に余力があるときだけ救助すると書いてますよ。

ベトナム戦争の時、米軍は自分だけさっさと逃げ出しました。
米軍も、どこの国の軍隊も、いざとなったら友軍でさえ見捨てますよ。
自分の命の方が大事、当たり前じゃないですか。
そのとき、逃げられなかった外国の軍隊がありました。
どうしたと思いますか。
軍隊が、赤十字に守られて脱出したんです。
そういうものなんですよ、戦争というのは。

安倍さんは実際の戦争のことなんかまったくわかってません。
絵空事を唱えて、自衛官に戦争に行って来いというんです。
自衛隊はたまりませんよ、こんなの。

みなさん、自衛隊はね、強力な武器を持ってて、それを使う訓練を毎日やっています。
一発撃ったら人がこなごなになって吹き飛んでしまう、そういうものすごい武器を持った組織なんです。
だから、自衛隊は慎重に慎重を期して使って欲しいんです。
私は自衛隊で、「兵は凶器である」と習いました。
使い方を間違ったら、取り返しがつきません。
ろくすっぽ議論もしないで、しても嘘とごまかしで、国会を乗り切ることはできるでしょう。
でもね、戦場は国会とは違うんです。
命のやり取りをする場所なんです。
そのことを、どうか真剣に、真剣に考えてください。

みなさん、閣議決定で集団的自衛権を認めてもですよ、
この国の主人公は内閣と違いますよ。
国民ですよ。
みなさんですよ。
憲法をねじ曲げる権限が、たかが内閣にあるはずないじゃないですか。
安倍さんは第一回目の時、病気で辞めましたよね。
体調不良や病気という個人のアクシデントでつぶれるのが内閣ですよ。
そんなところで勝手に決めたら日本の国がガラリと変わる、そんなことできません。

これからが正念場です。
だから一緒に考えてください。
一緒に反対してください。
選挙の時は、集団的自衛権に反対している政党に投票してください。
まだまだ勝負はこれからです。
戦後69年も続いた平和を、崩されてたまるもんですか。
しっかりと考えてくださいね。
ありがとうございました。

*****

みなさんはどう思われるでしょうか。

僕はまず冒頭のこの一文に強い違和感を持ったのです。

「いま、尖閣の問題とか、北朝鮮のミサイル問題とか、不安じゃないですか。
でも、そういったものには、自衛隊がしっかりと対処します。
自衛官は命をかけて国民をしっかり守ります。
そこは、安心してください。」

ここには大きな問題が幾つも横たわっています。
まず軍事的なリアリティから考えてみましょう。
果たして外国から航空機やミサイル等々で日本が攻撃された場合、自衛隊の力で本当に守ることができるのでしょうか。全く否だと僕には思えます。

なぜか。日本は世界の中でも類を見ないほどに海岸線の長い国だからです。攻めやすく、守りにくい国なのです。
戦前の軍部とてそれは承知で、だからこそ植民地経営にこだわり、朝鮮半島や台湾に大きな基地を置きました。
もともと軍事は攻める側に有利で守る側に不利という性格を持っていますが、海岸線が非常に長い日本列島の場合はそれが際立っています。

しかも大切なことは、歴代の自民党政府が、本当は北朝鮮や近隣諸国を信頼していたがゆえに、海岸線にたくさんの原発を建ててしまったことです。
とくに若狭湾周辺には15基も建ててしまった。新潟にも島根にもです。それらの原発は稼働してなくても大危機に陥りうることが福島の事故で如実に示されてしまいまいた。
原発だけではありません。巨大コンビナートをはじめ、攻撃にはまったく脆い施設が海岸線にずらりと並んでいます。とても守り切れるものではありません。

だからこそ私たちの国に必要なのは海外の国々と良好で互恵的な関係を築いていくことなのです。これは強いられた選択です。
イージス艦を何隻増やそうが、ジェット戦闘機をどれだけ増やそうが、まったく対処しきれません。
しかも福島原発は今なお瀕死の状態で、どんな一撃でも致命的な効果をもたらしてしまいます。私たちの国はとても戦争などできる状態ではないのです。

ただし私たちの国がとても戦争などできる国ではないことは幸いなことでもあります。私たちにとって平和外交以外に真の選択肢がないからです。だからこそそれを極めうる位置にもいます。
その点で今こそその私たちがその精神に立ち戻るべきなのは憲法前文の平和主義と第9条の不戦の誓いです。
僕はこれこそが世界を救う道だと強く思っています。以下、前文の当該箇所と9条を並べて提示ます。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」(前文)
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」(憲法9条)

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」・・・どう読んだって自衛隊の存在が認められるはずなどありません。憲法には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」「戦力は保持しない」と書いてある。
そもそも現在の自衛隊の装備の多くはアメリカからの譲り受けです。ジェット戦闘機しかりイージス艦しかり。アメリカで戦力として造られたものを「自衛力」と読み替えているだけではないですか。
この歴代自民党政権が強行してきた「解釈改憲」のあり方に、日本の戦後の諸矛盾が凝縮してもいます。憲法という法の頂点にあるものを尊重せず、平気で読み変えたり嘘をついたりする。その不誠実さ、胡散臭さが人々を政治から遠ざけてきた理由の一つでもあります。

しかし私たちは今、世界をじっくりと見渡して、この憲法9条の精神こそ、人類史の中の最も新しい思想であることにこそ気がつくべきです。
9条が歌っているのは「たとえ正義であろうとも自分たちは軍事力は行使しない」という不戦の誓いです。「正義であっても、相手をやっつけるのはやめよう。争いの、殺し合いによる解決はもうなしにしよう」というシンプルな訴えです。
それが世界を救う道だと僕が思うのは、およそすべての戦争は、互いに互いの正義を掲げて行われてきたからです。世界中を見渡しても(少なくとも近代には)「これは侵略戦争だ」と言いながら行われた戦争などありません。

戦争を行う当事者は、時には謀略的な手法を用いてすら「正義」を主張して軍を進めます。そうしてその国の民が「正義」に取り込まれて出兵させられ、あるいは銃後を守らされていく。
相手の非道性だけをあれやこれやとあげつらい、自国民に敵国民への憎しみを受えつけ、そうして引くに引けない関係を作り出す中で、たびたび戦争が行われてきたことは、冷静になって歴史を見ればよく分かることがらです。
この「戦争構造」を止めるためにはどこかの国が「正義の暴力も行使しない」と宣言し、実行することこそ必要なのです。そうして戦争行っている国の庶民がその素晴らしさに気づき、自国政府に不戦を迫っていく。およそそれこそが世界から戦争をなくしうる道です。

もちろん戦争を無くすにはその根拠、出発点を無くすことも重要です。その大きなものは飢えや経済的苦境です。そして現在では大規模な気候変動による自然災害の猛威がそれを強めています。
だから僕は憲法違反の自衛隊を、全面的に災害救助隊に改編することこそが、日本だけでなく世界をも救う道だと確信しています。その際、自衛隊は人殺しの組織なので(だからイジメも絶えないので)大規模な精神的リハビリが必要で、本当に内側から、人を殺す組織から、人を救い生かす組織に変革する必要があります。
そして改編ができたら、世界にどんどん派遣していけば良いのです。世界の人々の苦しみを国家規模で救うのです。同時に世界各国に自国軍隊の災害救助隊への改編を求めるのです。そうして世界を災害救助合戦とでもいうべきものに巻き込むのです。

どの国がより効率的に人を救いうるのか、災害に対処しうるのか、そこにどんな技術を投入するのか、そのことを世界の前で示しあっていく。そうして互いにいいものはどんどん取り入れあい、共同化し、一緒になって災害に立ち向かう。
とくに対立している地域にこそより多くの救助隊を派遣し、対立当事者を巻き込みながら問題解決を探っていくのです。その際、第二次世界大戦後、大国の中で唯一、他国民を殺していない日本はその重要な役割を果たすことができるでしょう。
数百年後を想像してみましょう。その時の世界の人々の歴史書に「戦争の時代・・・野蛮な人類前史に終わりを告げたのは、自然災害の世界的激化の中で、日本という国から始まった軍隊の解体と災害救助隊の創出の動きだった」と書かれたらどんなに素晴らしいでしょう。

僕が世界をほんの少し垣間見てきただけでも思うのは、世界にはまだまだ「正義の戦争は善」という考え方が強いことです。そうして多くの国が自国の行ってきた戦争を「善」と捉えています。
しかもその「善」を多くの国が「自衛」にからめて主張しています。自衛とは防御のこと。しかし「攻撃は最大の防御なり」というのが軍事の鉄則で、自衛と称した軍事力が、積極的な攻撃へと繰り返し転化してきたのがここ100年以上の世界の戦争の歴史なのです。
だからこそ自衛のためのものであろうと戦力を手放し、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することに徹すること、そのための政策を次から次へと発案し、実行していくこと、この平和政策に自国民と住民の理解を求めていくことが大切なのです。

一方的であっていいから世界の人々を熱烈に信頼してしまい、災害に苦しんでいたら積極的に助けにいく。軍事とはまったく無縁な領域で助ける。そのためにひたすら努力する。せっせと英知をつぎ込む。
「情けは人のためならず」・・・私たちの努力は必ず私たち自身の恩恵となって返ってきます。「あんなにいい国に攻撃なんかしていいわけがないじゃないか」という声が必ず高まり、最も強い安全保障となります。
武器によって守られた安全、周囲を疑いの目で見ながらの安全など、監獄の中の安全のようなもの。信頼に支えられた安全をこそ私たちは手にしたいし、現にある技術力、人員、予算で、獲得することができるのです。

とくに集団的自衛権についていえば、最大の批判点として私たちが考えなければならないのは、そもそも自衛隊などあるから、こんなものが出てくるのだということです。
このことが明らかにしているのは、自衛隊が明確な戦力だということです。だから集団的自衛権の行使に使えてしまうのです。自衛隊があるからこそ、安倍政権のような人たちが出てくれば戦争に積極的に使いたいという欲も可能性も生じてしまうのです。
どんな人々が政権を取ろうと戦争に至ることがないように、一切の軍事力を勇気をもって手放してしまうことが重要です。個別的自衛権を自ら放棄した憲法9条の世界史的先進性にこそ目覚め、私たちはその真の実現に進むべきなのです。

続く

次回は、「テロの危機」についてどう考えるべきかを論じます。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(928)川内原発の「形だけ審査書」に反対!

2014年09月04日 22時30分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140904 22:30)

川内原発再稼働に向けて、8月15日締め切りで、パブリックコメントが募集されました。
僕も提出し、「明日に向けて」にも掲載しましたが、細川さんの指摘でその後に若干の修正を行いました。
修正済みのコメントを再度、ご紹介しておきます。

明日に向けて(916)原子力規制委員会の新基準には安全思想が欠落している。川内原発再稼働など論外だ!
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/83c7270fa95886d527546fb37f50a22b


細川さん自身も提出されたパブリックコメントを紹介されています。以下にアドレスを紹介します。

いたちまる雑記
http://itacim.blogspot.jp/2014/08/nuke.html

僕なりにまとめてみました。

第一に福島原発事故は、いまだ検証のための現場確認すら不充分にしかできておらず、新基準に事故の教訓が反映されていないこと。事故を解明してから基準を作るべきだ。「この作業をぬきに原子炉再稼働の審査をおこなうことは技術的科学的に不可能」。
第二に事故時の技術的対応と防災計画の実行可能性との整合性・連携性が求められているのに、防災計画がまったく無視されている。
第三に8月8日の東電の記者会見で事故炉のメルトダウン進行について従来と大きく異なる解析結果が発表されるなど、新基準には前提されない事実も出てきている。
そもそも「新規制基準では「メルトダウンがおこる」ことを前提としつつ、メルトダウンがおきないことを前提に設計された構造のまま、原発再稼働の可否を「審査」しようとして」いる。
第四に新基準で重大事故へのおそれに対し「炉心の著しい損傷を防止するために必要な措置を講じたものでなければならない」と定めてながら、九電の申請書では「「炉心損傷防止対策」をとる場合ととらない場合とがある」とされている。
また「工場等外への放射性物質の拡散を抑制するために必要な設備を設けなければならない」されながら、格納容器下部の破損、あるいは原子炉建屋とタービン建屋をつなぐ配管の損傷によって起こりうる汚染が検討されていないなど、新基準にも反している。
第五に「設置変更許可、工事計画許可、保安規定認可がそれぞれ基準に適合し、かつ相互に整合し一貫していることが確認されなければならない」にもかかわらず、
「今回公表された審査書案は、設置変更許可に属する事項をもっぱら扱っており、どのような工事でどのような要求事項が達成されるかの方針を確認するにとどまっている。この審査書案をもって、工事計画と保安規定がそれぞれ必要な基準を満たしていることを確認するものとみなすことは到底できない」

このうち第三の8月8日の東電の会見内容は僕は未確認です。また第五については正直なところ、どのように要約してよいかよく分かりませんでした。九電の申請書の当該箇所を僕自身がよく把握できてないためだと思います。
ともあれただリンク先を紹介するだけでは不親切に思えたので僕なりにまとめてみましたが、まとめを読んだ方は、それにとどめず、ぜひ細川さんのコメント全文に目を通してください。
こうした作業を通じて、私たち市民の側が科学的知識を重ねていくことがとても重要だと思います。

ただこうして私たちの中に技術的にまだ分からないことはあろうとも、僕が8月15日に書いたコメントでも、あるいは細川さんのコメントを読んでみても、原子力規制委員会の出している再稼働に向けた新基準そのものが安全思想をまったく満たしてないことは明らかだろうと思います。
さらに細川さんが指摘しているように、そのあまりに不十分な新基準すら川内原発は満たしていないのです。これでどうして再稼働するなどと言えるのでしょうか。あまりに不誠実です。
にもかかわらず原子力規制委員会は、なんとこの9月10日にも川内原発の審査書を承認してしまう可能性があると一部で報道されています。
パブリックコメントなど初めからまったく無視しているのです。どうしてこんなに不誠実で、嘘つきで、恥知らずな態度が取れるのでしょうか。人間として歩むべき道を完全に踏み外しています。

この動きに反対する緊急署名が呼びかけられており、僕もさきほどすませました。「川内原発の「形だけ審査書」に反対!」というタイトルのものです。まったく同感です。
東京のFoE Japanの満田さんが再びまわしてきてくれています。ぜひご協力ください。第一次締め切りは9月9日だそうです。

原子力推進派の大嘘を、一つ一つ丁寧に暴き続けるため、またよりよい未来を探るためにも、市民の側で科学的知識を高めつつ、一方でこうした横暴には大きな声で応じましょう。
「大ウソをやめよ。危険な原発の再稼働をやめよ」と訴えましょう!

*****

FoE Japanの満田です。
原子力規制委員会が、川内原発の審査書を9月10日にも承認することが一部で報じられています。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11330359.html?ref=reca

多くの市民や専門家が、審査のプロセスや内容に疑問の声をあげているさなか、それらはすっかり無視されてしまっています。
とりわけ、火山リスク評価に関しては、火山専門家により、審査の大前提が覆されているのに、です。
いくらなんでもひどすぎる! 私たちのパブコメはどこに行ったのでしょう? 火山だって怒っている!

ということで、緊急署名を始めました!
一次締め切りは9月9日21時です。翌日(9/10)に原子力規制委員会に提出します。
----------------------

【緊急署名】 川内原発の「形だけ審査書」に反対
http://goo.gl/jjc0fh

フォームから
https://pro.form-mailer.jp/fms/3427922964531

Change.orgから
http://goo.gl/BMZ8Om

紙の署名用紙はこちら
https://dl.dropboxusercontent.com/u/23151586/sendai.pdf
------------------------

【関連情報】
9月10日は、朝9:30から六本木ファーストビル前にて、抗議行動を行います。また、その後、傍聴&集会を予定しています。
9:30~10:30…抗議アピール@規制庁前
10:30~12:00…傍聴
(傍聴終了後、建物の前で抗議)
13:00~15:00…参議院議員会館で抗議集会(詳細はまたご連絡します)
------------------------

以下署名の文言です。
-----------------------------------------------------

原子力規制委員会 委員長 田中俊一 様 原子力規制委員会 委員各位
内閣総理大臣 安倍晋三 様
鹿児島県知事 伊藤祐一郎 様 
鹿児島県議会議長 池畑憲一 様 鹿児島県議会議員各位
薩摩川内市長 岩切秀雄 様
薩摩川内市議会議長 瀬尾 和敬 様 市議会議員各位


【緊急署名】 

川内原発の「形だけ審査書」に反対します
川内原発の安全は保障されていません
再稼働に同意しないでください

再稼働準備が着々と進む九州電力川内原発(鹿児島県)について、原子力規制委員会が、川内原発の審査書を9月10日にも承認することが報じられています。

しかし、川内原発の審査書案は、基準地震動に過小評価がある、重大事故時に汚染水による放射能拡散を防ぐ対策がない、重大事故の解析についてクロスチェック解析が実施されておらず信頼性がないなど、欠陥だらけであり、多くの市民や専門家が疑義を唱えています。
工事認可書や保安規定の審査を後回しにしていることや、避難計画の実効性についての審査が行われていないことも問題です。

また、審査書案はパブリック・コメントに付され、8月15日の締め切りまでに約1万7千件の意見が集まりましたが、これについては公開の場できちんとした検討がされていません。

とりわけ問題なのは火山審査です。
川内原発の火山影響評価の際、「運用期間中にカルデラ噴火の生じる可能性が小さく、巨大噴火の前兆現象をとらえることができる」根拠としてほとんど唯一示されたのが、サントリーニ火山のミノア噴火に関する論文でした(注)。
しかし、8月25日に開催された専門家会合第一回において、「カルデラ一般について適用できるものではない」という重大な指摘がありました。火山ガイドが要求する前兆現象の判断基準も示されておらず、核燃料搬出の方策もありません。
注)Druitt,T.H. et al. (2012) Decadal to monthly timescales of magma transfer and reservoir growth at a caldera volcano. Nature, 482, 77-82.

審査の前提が崩れたのです。

原子力規制委員会はこのような状況で、多くの指摘を無視したまま、川内原発の審査書を承認するのでしょうか? そうだとすれば、「審査」は単なるアリバイ作りであり、原子力規制委員会が存在している意味は、まったくなくなるでしょう。
私たちは原子力規制委員会に対して、審査書の白紙撤回を求めます。

また、関係各位に対して、このように多くの疑義が呈されている中、川内原発の安全は保障されていないことを指摘するとともに、再稼働に同意しないこと、民意を反映するために、公聴会や住民投票、住民アンケートなどを実施することを要請します。

呼びかけ:原子力規制を監視する市民の会/反原発・かごしまネット/福島老朽原発を考える会/美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)/玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会/グリーン・アクション/FoE Japan
問合先:満田(FoE Japan) 090-6142-1807

一次締め切り:2014年9月9日 21時
署名送付先:〒162-0822 東京都新宿区下宮比町3-12明成ビル302
FAX 03-5225-7214 
原子力規制を監視する市民の会 TEL 03-5225-7213 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(925)気候変動に人類は立ち向かうべき!戦争をやっている時ではない!自衛隊を災害救助隊に!

2014年09月01日 23時00分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140901 23:00)

8月31日、京都大学にペシャワール会の中村哲さんをお招きし、講演会を行いました。
準備段階で会場の選定からいろいろと迷いがありましたが、最終的に選んだ京都大学法経第4教室のキャパシティぎりぎりいっぱいの約550名が参加してくださいました。
肝心の中村さんの講演もいつもにも増して素晴らしく、大成功のうちに講演会を終えることができました。

この「明日に向けて」での紹介からもたくさんの方が参加してくださり、会場で次々と声をかけていただきました。ありがたいことです。
カンパもたくさん集まり、ペシャワール会にお送りすることができます。本も会場に用意したものの9割が売れました。
ご参加いただいたすべてのみなさん。お力を貸していただいたすべての方々にお礼を申し上げます。


さて肝心の講演内容の中から僕が一番強く感じたことを述べておきたいと思います。
中村さんは講演のつど、アフガニスタンとはどのような国か、そこにどのように関わり始めたのかを語られます。
そのすべてをここに紹介できませんが、今回、あらためて強く感じたのは、現在のさまざまな矛盾や混乱の多くが、20世紀末頃から始まり、ユーラシア大陸に猛威をもたらしている干ばつによるものだということです。

アフガニスタンの国土にはヒンズークシ山脈が広大に広がっています。冬にはたくさんの雪が降って真っ白になる。それが春になると雪解け水を供給し、夏にも雪渓を形成して大地に水を供給し続けてきたのです。
この豊富な水があってこそアフガンの大地が潤い、作物が実ってきたのでした。それはアフガニスタンだけのことではありません。アジアの多くの国々がユーラシア大陸の中央部の山々に降る雪の恩恵を受けてきたのです。
ところがそんなユーラシア大陸を、ものすごい気候変動が襲い続けています。それを「温暖化」と呼ぶべきかどうか、さまざまな異論がありますが、ともあれ膨大な地域で渇水が続いているのは事実です。

水がないとどうなるのか。当然ですがあらゆる生命体が危機に瀕します。そのため人間にとっては飲み水だけでなく食料全般が減ってしまうことになる。飢餓が襲ってきます。
20世紀末、アジアの多くの地域でこの大規模な干ばつが始まりだしました。中でも世界で最も貧しい国でもあるアフガニスタンに壊滅的な被害が出始めました。
中村さんはこのとき、世界の救出を待ち望んだそうです。しかし答えはまったく逆でした。アメリカで起こった911事件を引き金に、当時のタリバン政権がオサマ・ビンラディンをかくまっているとして、絶望的な空襲が開始されたのでした。

僕がこの911事件の後に参加したピースウォーク京都と中村哲さんとの出会いもこのころのことでした。絶望的な渇水に襲われているアフガニスタンに米軍が猛烈に攻め込んで行った時に、心が散り散りになるような痛みを感じながら何ができるかを模索していました。
その時、ペシャワール会が「2000円あればアフガンの10人の家族が冬を越せる」と訴えていることを知りました。
それならば、カンパを集めるために中村哲さん講演会をやろう!そんな呼びかけが、911事件に対して9月30日に「とにかく平和を訴えて歩こう」と始まったピースウォーク京都からなされているのを知り、講演会実行委に参加し、そのままピースウォーク京都に加わりました。

この暮れの講演会は、京都ノートルダム女子大学のシスター(当時)小久保さんが会場をお借りするための労をとってくださり、キャパの大きな同大学ユニソン会館をお借りして、2000人参加、カンパ200万円を集めることができました。
単純計算すれば1000家族を養えるお金をペシャワールに送れたことになります。全国で同様のカンパが集まり、それらはやがて小麦とオイルに姿を変え、アメリカの空襲の中、決死隊によってアフガンの人々に届けられました。
万が一、空襲で輸送隊がやられてしまったときのことを考え、3隊に分けての命をつなぐ物資の輸送でしたが、輸送隊は危険地帯を突破し、すべてをアフガンの人々に届けることができました。

その後、中村さんとペシャワール会は井戸掘りと用水路建設を続けて行きます。渇水で水がないことがすべての悲劇の根拠であるならば、水をもたらそうとの行動です。
この行為に連帯するため、私たちもアフガン戦争やイラク戦争に反対するピースウォークを続ける一方で、毎年、中村哲さんを京都にお招きし、その時々の状況を聞き、その都度、カンパを募って送ってきました。
ペシャワール会に参加しているワーカーの方たちとも交流し、山科在住のペシャワール会農業指導員高橋修さんからもたくさんのことを学び、さまざまな形でペシャワール会を支えながら、アフガンの平和の創造に微力でもなにがしかの協力ができてきたと思います。

今回の中村哲さんの講演でも、かつて広大な砂漠だった地域が、みんなで作った用水路のおかげで次々と緑の大地に変わっていくたくさんの写真を見せていただき、中村さんとペシャワール会が実現している平和の創造に胸を打たれました。
またそこになにがしかの関わりをもててきたことに喜びを感じました。こうした活動こそが争いの元をなくし、平和を創造するものであること。平和は軍事によって守られるのではなく、争いの元を無くす中でこそ作られることが再度、確信できました。
その意味で、中村さんの講演はとても感動的でした。


しかし一方で今回、強く胸に残ったのは、中村さんが繰り返し、アフガニスタン全体は前より一層状況が悪くなっている。こんなにひどい状態はかつてみたことがないと語られ続けたことです。
なぜか。渇水対策として井戸を掘り、用水を作るような活動はアフガン全体としてはごくわずかで、全体としては干ばつが放置されており、2001年のアメリカの軍事侵攻以来の混乱ばかりが拡大しているからです。
実際、この10年間のアメリカを中心とした西洋列強のアフガンへの軍事介入は混乱以外の何ももたらしませんでした。軍閥が割拠して治安は乱れきるばかりであり、その中で結局、外国軍はどんどん撤退を余儀なくされています。

こうした中で、カーブルなどではいわゆる自爆攻撃もかつてない規模で行われているのだそうですが、あまり報道もされていない。
そうして深い谷で各地が隔てられ、中央集権制などまったく機能していないこの国の「首都」、カーブルで行われる政変だけが世界に報道されていますが、最も肝心な干ばつのことは、何も伝えられていないのです。
そうして現実的にはアフガニスタン全体は混乱を深めている。考えてみれば当然のことです。干ばつ対策がなされていない上に、アメリカが軍事介入で国の内側をめちゃめちゃにしてしまったからです。

実はこれは世界の縮図ではないでしょうか。中央アジアを20世紀末から大規模な気候変動が襲い、大干ばつが続いているのに、アメリカを中心とした西洋世界はアフガン戦争、イラク戦争と軍事侵攻ばかりを続けてきました。
争いの元である生活基盤の崩壊には目を向けず、戦乱ばかりを拡大してきたのです。それで平和が作りだされるはずがあるわけがない。むしろ憎しみが憎しみを呼び、あらたな争いが拡大するだけです。
今、イラクで、シリアで、あるいはウクライナで拡大している争いにも根本的には同じことが言えるのではないでしょうか。その中でエキセントリックは主張を掲げるグループが台頭しているのではないでしょうか。

この点でも中村さんが極めて印象的なことを述べていました。「私が見るところ、過激な思想は都会から生み出されます。アフガンの田舎は都会よりも保守的ですが、そのようなところからは過激な思想は全く出てこない」・・・これは非常に重要な点に僕は思えます。
例えば今、イラクでは「イスラム国」というグループが台頭し、アメリカが空襲をはじめています。ドイツもこれまでの紛争未介入という政策を大転換して、イラクの「イスラム国」と闘っているクルド人部隊に武器供与をすると言い出しています。
僕は「イスラム国」がどういう人々か分からないけれども、しかしこれも「都会」の「インテリ」によって作られたグループではないでしょうか。

では都会とはどういうところか。イスラム教の国であろうとも西洋文化が流入してきて、西洋的価値観が混在しているところです。むしろそういうところでこそ「過激派」が生まれているのではないか。
その意味ではあたかも宗教対立かのように報道されている多くの争い、「過激派」と言われる人々の台頭には、むしろアメリカが戦争の中で作りだしてきた価値観が強く影響しているのではないでしょうか。
ではその価値観の中心にあるのは何かと言えば、要するに強ければいいのだ、勝てばいいのだという軍事至上主義です。アメリカにしろイスラエルにしろ、どんなにひどい戦争犯罪を行っても、「強い」がゆえにまったく裁かれないからでもあります。

こういう価値観を否定することこそが世界を救う道であり、平和を創造する道です。
そのためには平和が軍事によって守られるという価値観をこそ越えなくてはならない。
武器を捨ててこそ、真に平和が創造できることをこそ、自信を持って広めていかなくてはならない。


もう一度、話をもとに戻しましょう。今のアフガニスタンや中央アジア、いや多くの世界にもつながっている混乱の大元には気候変動があります。気候変動による食糧危機こそがある。
だとするならば、平和の創造は、干ばつに立ち向かい、食糧危機を乗り越えていくことにこそある。単純な道理です。人類は今こそ、気候変動による大地動乱にこそ立ち向かわねばならないのです。
僕は遅かれ早かれ、こうした主張が世界のあちこちから生まれてくると思いますが、そのためには、世界中で軍事予算を削り、自然災害対策に振り向けていくべきなのです。そうでないとこのままでは人類は滅びます。

軍事兵器はすべて人間を相手にしたものです。高性能のイージス艦は飛来するたくさんのミサイルを感知し、迎撃できるかもしれません。しかしそんなもの、まだ一度だって飛んできたことなどない。
ところが毎年、幾つも襲ってくる台風に対してはイージス艦が何隻あったって、まったく太刀打ちできないわけです。そうして年々、気候変動のもとで大型化している台風こそが、多くの人々の生命、財産を激しく奪っているわけです。
だとすればイージス艦への予算を台風対策にあてた方が圧倒的にたくさんの人々が救われるに決まっている。そうしてそれは、生活の破壊→争いの勃発という回路をも防ぐことになり、平和に二重三重の貢献をもらたします。

渇水対策もそうです。各国が軍事予算をそれこそ中村哲さんとペシャワール会が行ってきたような事業に振り向けるならば、現実的に多くの人々を救うことができるし、争いの根拠そのものをなくしていくことができる。
こうした領域は各国でさまざまにあげられると思います。日本だってそうです。広島の土砂災害ではあっという間に100名近い命が奪われてしまいました。しかも同様の災害が起こりうるところが全国各地に広がっているのです。
これには戦闘機があろうが戦車があろうが何にも意味はない。そんな予算を土砂災害対策に回し、さらに激増している農業被害の補てん、被災者への救援などにどんどん回していくことの方が現実的です。

さらに言えば、自衛隊を大規模に災害救助隊に改編していくことこそ、もっとも有効な道です。そのためには人殺しの訓練を受けてきた兵士たちの精神的リハビリと再教育が必要ですが、どう考えてもこれが最も合理的です。
なぜなら実際にも自衛隊は災害救助の出動だけをしているからです。そうならば迷彩服などいらないしかえって邪魔です。いわんや人殺しの訓練ではなくて、人の命を救う訓練をこそもっと増やす必要がある。
そのためには専用車両や、機材も必要であり、軍事とはまったく切り離してそれらを充実化していく必要がある。そこに日本の高い技術力をつぎ込んでいけばいいのです。

そうして準備ができ次第、積極的に世界に派遣を始める。率先して日本が気候変動にあえぐ世界の人々の救出に乗り出すのです。要するにペシャワール会が行ってきたことを国家規模で行うのです。
そうなればどうなるか。当然にも日本に対する国際的な信用はどんどん高まります。世界のどこの人々でも恩には恩で返す習慣がある。そのため世界の人々を救えば救うだけ、私たちの国に恩義を感じる人々が増えていくことになる。
それこそが絶対的な安全保障をもたらします。「あんないい国を攻めてはいけないだろう。恩を返さなくてはいけないだろう。」・・・どう考えたってこれほど強い安全保障はないです。まさに「情けは人のためならず」です!

僕は思うのです。一度ぐらい、世界の人々から、とりわけアジアの人々から「あなたの国は本当にいい国だね」と言われてみたいと。
そうしてそのための現実的な方策はあります。世界で初めて各国が本当にあえいでいる気候変動、自然災害の激発に対応して国家的な活動を始めた国に日本がなることです。
そこに世界にすでに信用を得ている日本の高い技術力をつぎ込んでいく。そのとき日本は技術でだけ信頼される国からモラルで信頼される国に飛躍できます。今こそ、それにチャレンジすべきです。

中村哲さんはその可能性をこそ切り拓いてくださっているのではないでしょうか。世界の人々が本当に幸せに向かって歩んでいける道がここにある。だからその道を歩み始めた国は必ず尊敬を集めることができるのです。
そうした方向にこの国を向けて行きたい。僕はそのために努力を傾けようと思います。
そんな僕に「そんなのは夢だよ」と言う人があらわれたら、僕は得意になってこう言おうと思います!

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

*****

毎日新聞に載った記事を紹介しておきます!

<講演会>9条、平和国家の象徴 「参戦すれば信頼損なう」 アフガンで活動、中村医師が講演 /京都
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi_region/world/mainichi_region-20140901ddlk26040302000c.html

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日に向けて(924)ヨーロッパ・トルコ訪問報告会から(京都「被爆2世3世の会」会報No22より)(下)

2014年08月31日 11時00分00秒 | 明日に向けて(901)~(1000)

守田です。(20140831 11:00)

昨日は篠山市消防団の方たちが500名集まってくださり、充実した学びの場を作ることができました。その後の会には若いお母さんたちや同年代の女性たちと子どもたちが20数名集まってくれました。
午前中の消防団の予定が変わり、丹波市に駆けつける予定が延期されたこともあって、北山消防団長さんも午後の会にも出席していただけました。
この過程を台湾のクルーたちが撮りつづけてくれました。・・・よい映画ができればと思っています。

さて今日はこれから京都大学で行われる中村哲さん講演会に出かけますが、その前に一昨日お届けしたベラルーシ・ドイツ・トルコ訪問報告の(下)をお送りします。
末尾に質疑応答の要約もついています。毎回、質疑応答の場はとても楽しい場としてあるのですが、なかなかご報告する機会をもてず、その点でもありがたいまとめです。

以下、後半部分をお読み下さい。

*****

京都「被爆2世・3世の会」会報№22 別冊 2014 年8月29日

京都「被爆2世・3世の会」
2014年8月9日(土)学習講演会 要約報告(下)

チェルノブイリと福島後の世界で問われていること ベラルーシ・ドイツ・トルコを訪れて
講師:守田敏也さん

力強く進められるトルコの反原発運動
求められる日本の情報と国際連帯

ヨーロッパ・アクション・ウィーク
① 企画の主催母体はIBBという、「国際的な教育と交流の場を提供」する組織
② ドルトムントでのオープニングセレモニーに参加
③ 翌日からトルコに派遣されて、イスタンブール、日本の原発輸出予定地シノップ、イズミルの3つの都市を訪問。
トルコの原発問題と反原発運動
① イスタンブールの反原発集会で講演
・ トルコの全国紙でも報道され、日本人の講演に対する高い関心が払われた。
② トルコの原発と反対運動の歴史
・1955年、トルコとアメリカとの間で原子力協定締結
・しかし政情不安定と地震国であるため建設に至らず
・1986年のチェルノブイリ事故を契機に90年代反対運動が高揚
・1990年代、トルコ政府はすべての原発計画を白紙撤回、一度目は反対運動の勝利!!
・2006年、エルドァン現首相になって再び原発計画が浮上、それに対応して反原発運動も再開
③ 原発建設予定地シノップの集会に参加し講演
・シノップ県の人口は20万人、中心部4万人、2006年のデモには3,000人が参加。今年の4月26日には1万人のデモも行なわれた。
日本・トルコ原子力協定(2013年5月)の問題点
① そもそも原子力協定とは、「原発技術は提供するけれど、それを核兵器製造には使用できない」と約束するのが目的であり、基本精神
・核兵器製造のためのコア技術はウラン濃縮と使用済み核燃料の再処理
・今世界で、核兵器非保有でコア技術が認められている国は日本だけ(特別扱い)
② 日本・トルコの原子力協定には「両国が合意すれば」という条件付きながらコア技術の取り扱いができることが明示されている。
③ 潜在的な核保有国になりたいというトルコ側の強い要求からこの協定内容になった。
・紛争している国々(ウクライナ、シリア、イラク、イスラエルとパレスチナ等々)に囲まれたトルコが、核兵器開発可能な形で原発を保有すれば、この地域の一層の緊張関係を作り出すことになる。
④ 原発輸出自体許されるものではないが、更に地域に紛争の危険性をもたらす輸出は阻止しなければならない。

トルコへの原発輸出の問題点
・原子力協定では地元の反対があると実行できないことになっている。そしてトルコの地元では反対が多数派。
・為政者の遵法意識の希薄性に問題ウランの国際価格の暴落
・日本政府が原発輸出を狙うもう一つの大きな要因は、日本の原発が稼働しないことによるウランの国際価格の暴落
・アメリカの大手濃縮ウラン会社の倒産
・私たちが日本の原発再稼動を許していないことは国際的原子力ムラにかなり大きな打撃を与えていることに。

トルコへの輸出のもう一つの大きな問題
トルコ警察の野蛮性
・原発反対運動、住民運動を抑圧するトルコ警察のあまりにも野蛮な蛮行の数々
・トルコ反原発同盟(民主的な100の団体で構成)の訴え
・こんな民主主義のない国に原発なんか持ってくるな!と訴え

2014年8月シノップ(SiNOP)を再訪
・3月の訪問を機にシノップ県ゲルゼ(Gerze)町の町長による招待
・ゲルゼの町8月2日・3日の夏祭り、2日目のメインイベント・反原発集会のスピーカーとして参加
・4万人の人口で数百人の集会参加者
・若い人の参加の多いのが特徴

シノップの原発建設予定地も訪問
① 高浜、伊方と一緒!
・写真を見た日本の人たちの第一印象は、「高浜と一緒」、「伊方とそっくりだ」........
・日本でもトルコでも、一番自然条件が良くて美しい所に原発建設は狙われる。「開発から取り残されたところ」という人もいるが、「開発から守られてきたところ」に原発は作られようとする。
・自然環境の一番美しいところを壊して原発は作られる(作られようとする)、共通した問題。
② シノップ半島 点描
・牛がいっぱいに放牧
・漁業も盛ん
・周辺の川に栄養素が運ばれで稚魚が育つ
・5月~9月は漁は禁止 その間に魚が育つ
・禁漁期間は観光地、避暑地に
・小さい船しか入れない
③ 安倍首相に対して、こんなきれいなところをまた騙して壊そうとするのか、と思うと、怒りを通り越して悲しくなる。
・こんなことが本当に許されていいのか!!
地元の人たちとの交流
① シノップ県エルフェレック町長の発言がものすごく印象的
・チェルノブイリ原発の影響は間違いなくある。たくさんの人ががんで亡くなって、黒海沿岸に住む家族でがんのことを心配しない家族はいない。
・絶対原発反対だ。何としてもこの地域を守り切ってみせる!!
② 日本の「脱原発をめざす首長会議」のレターを手渡す
・日本の100人の首長(内現役は50人)が参加している会議
・トルコにもこのような首長会議を作りたい、いろいろ声をかけて働きかけていきたい、との構想が検討される。

何をなすべきか
1. 放射線防護活動の推進
・脱原発以前にこちらが優先
・すでに膨大な量の放射性物質が放出され、たくさんの人々の体を襲っているのだから
・それすらどうやって守り、影響を少なくしていくのかを社会に発信していく時にチェルノブイリ原発事故の経験から学ぶことは決定的に重要
→ 汚染実態・被害実態の把握
→ 対処方の把握(避難、保養、医療等)
→ これらを実践に生かす

2. これ以上の被ばくと環境破壊を防ぐ
① 原子力災害対策を推し進める
・原発は稼動していなくても燃料プールがある限り事故発生の可能性はある。
・日本の中で今一番危険なのは福島第一原発 ~ もう壊れている原発なのだから
・地震発生の時など、どうするのか、どう対処するのを計画しておく必要がある。
・例えば中国でも原発事故発生の可能性は高く、それに対しても備えるしかない。
・そう考えると海外旅行する時でも原発事故への注意、備えが必要で、もはや原発事故対策は現代社会を生きていく上での絶対必要課題
・そういう認識を持って原子力災害対策を具体的に考える必要がある。
・私(守田)が委員を務めている兵庫県篠山市の原子力災害対策検討委員会の経験から
・最も熱心に対策が検討されているのは消防団 ~ 真剣に考えていくと対策の実際の大変さが理解されてくる。
・今、自治会連合会や防火安全協会などにも検討が広がっている。
・原発のある社会というのは、みんなで対策を考え合わなければならない、ということを理解する。
・特に東北、関東は本当に真剣に広域の避難計画を策定しなければならない。オリンピックなんかやってるどころではないはず。
② その上で原発再稼動させないとりくみ
③ 原発輸出させないとりくみ
そのために

3. 国際的な連帯の輪を広げる
・チェルノブイリもフクシマも世界の共通課題と認識されてきたことの意味は非常に大きい
・10月にはポーランドも訪問する予定。2016年のチェルノブイリ30年、フクシマ5年を節とした大きな企画を準備していくために。
・そのために今英語を一生懸命勉強している。つたない英語でも日本側から日本の情報を発信していくことがとても大切。世界はそれを待っている。
・世界の人たちと一緒に、チェルノブイリとフクシマの経験を交換し合い、未来を作っていくことが問われている。そのためにこれからも頑張っていきたい。

質疑応答タイム(抜粋&要約)

Q/WHO総会でチェルノブイリ事故の被害報告をしようとする医師が発言を阻止される事態を描いたDVDを見たことがある。事実が歪められてしまうこのような状況は今どうなっているのか?

●潮目が変わる
・日本では今、特に東北、関東での放射能汚染が原因と思われる病気発症の激しさに、少なくない医師たちが気付き始めていると聞いている。事態の深刻さに胸を痛めている人は少なくない。
・今の状況はダムの決壊前に似ているのではないか。最初はチョロチョロだが、ある程度まで来たら一気に変わる。その予兆が大飯原発福井判決ではないかと思う。法曹界でも多くの裁判官が心を揺さぶられたのではないか。良心と正義に基づいて行動する、判断するということはアチコチで起こっているように感じる。
・政府とか官僚は別にして、日本社会の根幹は健全さが保たれている。現場現場でまっとうな考え方を持っている人達が声を上げようとしている。
・福井判決は、原子力規制庁作成の安全対策指針への全面反論でもある。規制委員長はすでに自己保全、保身に入ろうとしており、判決はボディブローのように効いている。
・私たちが頑張って声を上げ続けることで、昨日まで政府側だった人が、今日からはこちらに変わってくる、潮目が変わる、そういう大きな歴史の“時”にいるように思う。

Q/若狭原発群から30kmを超える距離の篠山市が何故積極的な原発災害対策をとろうとしているのか? その要因は?

●原発事故対策の第一原則は“逃げること”
・篠山市の積極性の要因は市長の脱原発政策スタンスが大きい。
・また原発事故時の放射性ヨウ素拡散について兵庫県がシミュレーションを公表し、県下のほとんどの市町にヨウ素が飛来することを示したことも追い風になっている。今ヨウ素剤を備蓄しているのは兵庫県では篠山市だけだが、周辺市町村から問い合わせが殺到している状況だ。
・篠山市では政府の意図に反してヨウ素剤の全戸配布を予定している。そのための全住民説明会を1年間かけて行なう。
・国の原子力災害対策指針では原発からの距離30キロ圏内の市町村が避難計画を策定することになっているが、30キロ超は安全だとする根拠はない。大飯原発差止福井地裁判決の核心は、250キロ圏まで危険だと認定したこと。
・京都市の場合議論すらされていない。行政を変えていかなければならない。
・原発事故対策はできるだけ早く逃げるのが第一原則。事故情報は待っても正確には発信されない、伝えられないもの。
→ 原発周辺の人たちにはガイガーカウンターを常時オンにしておくことを提案している。
→ 空ぶりでもいいからツイッターでもなんでも情報発信できる人はする。
→ 一人でも多くの人が逃げられるようにしよう。

Q/「美味しんぼ」鼻血問題から放射線防護学というものについて様々なことを思った。実態に基づいて科学的に対処していくべきではないか。除染効果の宣伝にも疑問に思うが?

●低線量被ばくでも鼻血は発症している
・たくさんの人が鼻血を出しているのはチェルノブイリでは常識。福島でも鼻血が出たから他府県に避難した人が多い。
・双葉町では鼻血症状も含めて疫学調査した人がいて、鼻血の平均的な発症率の4倍からの発症であったことが報告されている。
・「鼻血は高線量被ばくでしか出ない」という主張は「高線量被ばくで出る鼻血のメカニズムを語っている」だけで、それは「低線量では鼻血は出ない」という証明にはなっていない。
・問題が発生すればまず疫学調査でこそ正確な事態を把握していくべきだ。
・除染の効果・評価問題も、結局は内部被ばくの危険性が本当に重大なこととして取り扱われているどうかに基づいている。

Q/ベラルーシでは年間1ミリシーベルト以上の地域を汚染地と認定してケアしている。福島では20ミリシーベルトでも帰還をすすめられる。あまりにも大きな対応の差。そんなことを許している私たちにも問題。

●放射能被ばく、内部被ばくの危険性をどこまでも言い続けて
・最近福島から子どもたちを招いた保養キャンプに参加してきた。でもキャンプを終わればまた子どもたちを福島に帰すことになる。政府による被曝の放置は、構造的虐待と言っても過言ではない状態だ。
・このことの危険性を喚起して、大変なことが起こっているんだということを、さらに声を大きくしていかなければならない。うまずたゆまず言い続けていくことが必要だと思う。

終わり

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする