『お母さん!私は無理強いしたわけじゃないですよ』
涙ぐみながら先生は言った。
分かっている。
先生はあーちゃんが牛乳を飲めるようになるためにどれだけ
苦労していたか。
責めているわけじゃない。
ただ、最近は寝ても覚めても牛乳の心配ばかり。
『今日のおやつは牛乳?明日は?あさっては?』と一日中言っている。
『どうしたら飲めるの?どうしたら良いの?』
嫌だ嫌だと頭を抱えるあーちゃん。
終いには『練習する』と言い出した。
お皿を持ってきて『ここに入れて。ねこちゃんになる』と言って
子猫のようにペロペロと舐めり何10分もかけて飲む。
入園した頃牛乳が飲めないと言うと先生は『少しずつあーちゃんのペースに合わせて飲めるようにしていきましょう。今までもそうやって飲めるようになった子が沢山います』と言った。
確かに最初あーちゃんは3分の1から半分と徐々に飲めるようになっていった。
でもあーちゃんは牛乳が好きになったわけではなかった。
我慢して、頑張って飲んでいたのだ。
気持ち悪くて吐きそうになりながらも褒めてもらいたくて頑張って。頑張って。
でも一口飲めば次の日には二口に増えるのだ。
二口飲めなきゃ『昨日はこれくらい飲めたでしょ。もっと、もっと』と増えるのだ。
だんだん頑張れなくなっていった。
頭はどうやったら牛乳を飲まなくてすむかでいっぱい。
お昼寝の後のおやつはノロノロと支度が遅くなる。
早く座ればそれだけ牛乳とにらめっこの時間が長くなるからだ。
先生に遅いと怒られる。
牛乳は口をつけて何分も飲むふりで進まない。
おやつを先に食べれば「先におやつより牛乳を飲んだら」と言われ
隣につきっきりで座って『ほら。ほら。お支度が遅くなるよ』と言われ
少し離れて見守っていれば友達が来て『まだ、飲んでの?』と言われ
『ほら。お友達に言われたら嫌でしょ。早く飲もうよ。もう止める?』と聞かれる。
聞かれれば『頑張らねば』と思い『まだ、飲む』と言う
『遅くなるでしょ!もう今日はお終いにしましょう!』と取り上げられる。
入園して1年。半分まで飲めるようになった牛乳は今は舐めるほどしか
飲めなくなった。
先生に牛乳の事を言えば
『あーちゃんは何でもやる気がない。みんなとやろうとしない。
お支度が異常に遅い。牛乳も飲めるようになれば達成感を感じて、頑張れるようになる。そういう気持ちにさせてあげたい。少しでも飲めればきっとやれば出来ると思えるようになるはずなんだ。そうやりたいんです!』と熱く語る。
でも1年。
あーちゃんは達成感どころか苦痛しか感じていない。
少しでも飲めればと言うのならスプーンひとさじでも飲んだときに
褒めてくれたのか?
『これだけ?前はもっと飲めたじゃない。小さいお友達は牛乳嫌いだったけど
あーちゃんより飲めるようになったよ』と比べはしなかったか。
先生を責めているんじゃない。
やり方を替えてみませんかと言ったのだ。
『その小さな子はそのやり方で飲めるようになったかもしれない。
でもあーちゃんは今の状態でこれ以上飲めるようになるんでしょうか?
一度リセットして牛乳はお休みしよう。と頭から牛乳の心配を取り除いたなら
他の作業にも集中できるんじゃないでしょうか。』
『でも、すぐやりたくない。出来ない』って言うんですよ。
運動も苦手でみんなと差が大きくなるばかり。
小学校行ったらもっと困ると思うんです。
だから私は達成感を味合わせるために!
涙を拭いながら言う先生。
『牛乳で達成感は今のあーちゃんには無理だと思うんです。
今のあーちゃんにとって牛乳は試練。修行にど根性って感じです。
みんなとする作業はサボるようではダメですね。
しっかり言ってやらせるべきだと思います。
私も山が降りれないと言われれば連れて行き。
縄跳びが出来ないと言われれば練習して応援できます。
でも牛乳はダメです。
私にはお休みする以外いい方法が浮かばないんです。
だから先生にしばらく水でどうだろうとお願いしにきたんです。
『ハイ。。。分かりました。でもそれでみんなと違うと言うことでまた何かを言われて嫌な想いをするのはあーちゃんじゃないですか?』
『今だっていろいろ言われて嫌なんだから同じじゃないですか?』
先生はとても不満そうだったが納得してくれた。
でも次の日から私を避けている。
あーちゃんには普通に接してくれているようだ。
誰かに嫌われるのはとても苦手な私。
良い母親だと思われたい。
でも今、私は嫌われても良いと思っている。
あーちゃんの味方でいたいと思うのだ。
強くなれ。わたし。
涙ぐみながら先生は言った。
分かっている。
先生はあーちゃんが牛乳を飲めるようになるためにどれだけ
苦労していたか。
責めているわけじゃない。
ただ、最近は寝ても覚めても牛乳の心配ばかり。
『今日のおやつは牛乳?明日は?あさっては?』と一日中言っている。
『どうしたら飲めるの?どうしたら良いの?』
嫌だ嫌だと頭を抱えるあーちゃん。
終いには『練習する』と言い出した。
お皿を持ってきて『ここに入れて。ねこちゃんになる』と言って
子猫のようにペロペロと舐めり何10分もかけて飲む。
入園した頃牛乳が飲めないと言うと先生は『少しずつあーちゃんのペースに合わせて飲めるようにしていきましょう。今までもそうやって飲めるようになった子が沢山います』と言った。
確かに最初あーちゃんは3分の1から半分と徐々に飲めるようになっていった。
でもあーちゃんは牛乳が好きになったわけではなかった。
我慢して、頑張って飲んでいたのだ。
気持ち悪くて吐きそうになりながらも褒めてもらいたくて頑張って。頑張って。
でも一口飲めば次の日には二口に増えるのだ。
二口飲めなきゃ『昨日はこれくらい飲めたでしょ。もっと、もっと』と増えるのだ。
だんだん頑張れなくなっていった。
頭はどうやったら牛乳を飲まなくてすむかでいっぱい。
お昼寝の後のおやつはノロノロと支度が遅くなる。
早く座ればそれだけ牛乳とにらめっこの時間が長くなるからだ。
先生に遅いと怒られる。
牛乳は口をつけて何分も飲むふりで進まない。
おやつを先に食べれば「先におやつより牛乳を飲んだら」と言われ
隣につきっきりで座って『ほら。ほら。お支度が遅くなるよ』と言われ
少し離れて見守っていれば友達が来て『まだ、飲んでの?』と言われ
『ほら。お友達に言われたら嫌でしょ。早く飲もうよ。もう止める?』と聞かれる。
聞かれれば『頑張らねば』と思い『まだ、飲む』と言う
『遅くなるでしょ!もう今日はお終いにしましょう!』と取り上げられる。
入園して1年。半分まで飲めるようになった牛乳は今は舐めるほどしか
飲めなくなった。
先生に牛乳の事を言えば
『あーちゃんは何でもやる気がない。みんなとやろうとしない。
お支度が異常に遅い。牛乳も飲めるようになれば達成感を感じて、頑張れるようになる。そういう気持ちにさせてあげたい。少しでも飲めればきっとやれば出来ると思えるようになるはずなんだ。そうやりたいんです!』と熱く語る。
でも1年。
あーちゃんは達成感どころか苦痛しか感じていない。
少しでも飲めればと言うのならスプーンひとさじでも飲んだときに
褒めてくれたのか?
『これだけ?前はもっと飲めたじゃない。小さいお友達は牛乳嫌いだったけど
あーちゃんより飲めるようになったよ』と比べはしなかったか。
先生を責めているんじゃない。
やり方を替えてみませんかと言ったのだ。
『その小さな子はそのやり方で飲めるようになったかもしれない。
でもあーちゃんは今の状態でこれ以上飲めるようになるんでしょうか?
一度リセットして牛乳はお休みしよう。と頭から牛乳の心配を取り除いたなら
他の作業にも集中できるんじゃないでしょうか。』
『でも、すぐやりたくない。出来ない』って言うんですよ。
運動も苦手でみんなと差が大きくなるばかり。
小学校行ったらもっと困ると思うんです。
だから私は達成感を味合わせるために!
涙を拭いながら言う先生。
『牛乳で達成感は今のあーちゃんには無理だと思うんです。
今のあーちゃんにとって牛乳は試練。修行にど根性って感じです。
みんなとする作業はサボるようではダメですね。
しっかり言ってやらせるべきだと思います。
私も山が降りれないと言われれば連れて行き。
縄跳びが出来ないと言われれば練習して応援できます。
でも牛乳はダメです。
私にはお休みする以外いい方法が浮かばないんです。
だから先生にしばらく水でどうだろうとお願いしにきたんです。
『ハイ。。。分かりました。でもそれでみんなと違うと言うことでまた何かを言われて嫌な想いをするのはあーちゃんじゃないですか?』
『今だっていろいろ言われて嫌なんだから同じじゃないですか?』
先生はとても不満そうだったが納得してくれた。
でも次の日から私を避けている。
あーちゃんには普通に接してくれているようだ。
誰かに嫌われるのはとても苦手な私。
良い母親だと思われたい。
でも今、私は嫌われても良いと思っている。
あーちゃんの味方でいたいと思うのだ。
強くなれ。わたし。