2021年5月30日(主日)三位一体の祝日のミサ
聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父 説教(東京)
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
愛する兄弟姉妹の皆さん、今日は三位一体の祝日です。三位一体から私たちがどれほど愛されているか、という事を一緒に黙想して、感謝致しましょう。
三位一体というのは、「唯一の天主に、聖父と聖子と聖霊の三つの位格がある」という事です。
聖父は天主、聖子も天主、聖霊も天主だけれども、三つの天主ではなくて、唯一の天主。
永遠の昔から、永遠の未来まで、変わる事のない三位一体、それが私たちを創造しました。無から創りました。そしてそれはなぜ創ったかというと、私たちを愛したからです。永遠の昔から、私たちに幸せを与える為に、創造しようと思われました。
この全宇宙、美しい大自然、太陽、月、それから花々、動物たち、私たち自身も、愛によって創られました。人間は、天主の似姿とその象りに寄せて、創られました。
創造の御業は、「天主聖父が、私たちを永遠の昔から愛しておられる」という事を示しています。聖人たちは、「花を一輪見ただけでも、太陽を見ても、月を見ても、大自然を見ても、どれほど天主聖父が私たちを愛して下さっているか、という事が分かる」と言っています。
そればかりではありません。天主聖子は、私たちを極みまで愛して、人となり、贖いの業を果たして下さいました。私たちの贖いの為に、御自分の命を捧げられました。十字架に付けられた天主聖子は、どれほど私たちを愛して下さるか、兄弟として愛して下さるか、叫んでいます。「これほど愛しているよ。」
天主聖霊は、私たちに賜物として、愛として、御自分を全く与え尽くしました。それは私たちを聖とする事で、聖化する為です。ますます天主と似通った者とする為です。
今日福音ではイエズス様はこう仰いました、「私はあなたたちと共に、世の終わりまでいる。決して見放す事はない。いつも傍に寄り添っている。」
聖父と聖子と聖霊、三位一体は私たちを、心から本当に、永遠の昔から永遠に至るまで、愛し続けて下さっています。憐れみと御恵みを与え続けて下さっています。私たちは三位一体から深く愛されている事を知って下さい。
どんな辛い事があっても、どんな悲しい事があっても、どんなに嫌な事があっても、決して心配しないで下さい。三位一体は私たちを心の中から、心の奥底まで深く愛して世話をして下さっています。必要なものを全て与えて、必要なもの以上も全てを与えて、祝福して、いつも見守って下さっています。
ですから今日は特別に、この三位一体に感謝しましょう。「ありがとう。これほどまで愛して下さっていて、ありがとう。」
三位一体を讃美するには一体どうしたら良いか、教会はいつも行なっているのが、「十字架の印」です。どんな事をするにも、朝起きた時にも、夜寝る時にも、食事をする時にも、食事が終わった後にも、あるいはお仕事をする時にも、授業をする時にも、額と胸と両肩に手をやって、「聖父と聖子と聖霊の御名によりて、アーメン。」三位一体の御名によって、十字架を切ります。
また教会はいつも、「願わくは、聖父と聖子と聖霊とに栄えあらんことを。始めにありし如く、今もいつも世々に至るまで。アーメン。」というとても素晴らしいお祈りを唱えます。短いのですけれども、非常に深い意味があります。まさにこのお祈りにこそ、教会の全ての意向が入っています。
またイエズス様は洗礼を授ける時にも、「聖父と聖子と聖霊との御名によりて洗礼を授けなさい」と教えました。
三位一体は私たちにぴったりくっ付いています。私たちは洗礼を受ける事によって、三位一体の名門の王の家系の子供になりました、養子相続を受けました。ですから私たちは十字架の印を切る時にも、何も恥ずかしがらないで下さい。堂々と、ゆっくりと、聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
この十字架の印には大きな力があります。悪魔を追い払う力があります、祝別の力があります。司祭は、司教様もいつも、十字架のこの印で、聖父と聖子と聖霊とによって、祝福します。
ですから、この十字架の印をよくするようにして下さい。栄唱をよく唱えるようにして下さい。
そしてその三位一体の名前によって罪を赦されて、洗礼を受けた私たちは特に深く感謝致しましょう。そして私たちもできる限りお愛ししましょう。どうやったら良いかというと、御旨を果たす事。罪を避ける事。お祈りをする事。
マリア様が、この私たちの愛を三位一体に届けて下さいますように、お祈り致しましょう。
聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。