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「助産婦の手記」 2章 『今度があなたの始めてのお仕事でしょう。どうしても男の子でなくちゃ!』『いいえ、女の子ですよ!』

2020年07月21日 | プロライフ
「助産婦の手記」

2章

開業第一週の土曜日に――もう遅くなって、私たちが、ちょうどベッドに入ろうとしていたとき――駅長が見えた。来てもらえないでしようか。多分、夜が明けないうちに、家内はお産をするでしょう。真夜中になってから呼びに来るのは大変だから、私の家の暖かい部屋で、待っていてもらう方がよいと思う、ということであった。
『もちろん、すぐ御一緒に参ります。でも、ちょっと靴をはかなければ。』 私は、仕事がすぐ始まったのと、それから、若い未婚の助産婦に対する婦人たちの反感は、そんなに強いものではなく、結構それを抑えてしまえるということが大へん嬉しかった。
『この前のときは、非常に早く生れたので、私は自分で、助産婦にならねばならなかったんです。年寄りの助産婦のバベットさんが着くまでには、万事終ってしまっていて、お婆さんは、ただ子供に湯を使わせる仕事があっただけでしたよ……』と駅長は、そのあいだに物語った。
『あなたは、お子さんはもう三人おありでしょう?』と私の母が尋ねた。
『そうです、娘二人に腕白一人です。今夜、リスベートさんが、男の子か女の子か、どちらをそれにつけ加えるか見たいものです。この村では、今度があなたの始めてのお仕事でしょう。とにかく、どうしても男の子でなくちゃ!』
『いいえ、女の子ですよ!』
『もちろん――御婦人たちは、いつでも一緒になって、我々に反対するものです!』
『リスベートや、お前ほんとに自信がおありかね……』 私の母は、大へん興奮していた。
『でもお母さん、私よく教わって来たのですもの。心配しなくていいわ。神父様は、私にこうおっしやいました。仕事に専念するときには、いつでも、すべての天使のお助けを求めなければならない、私の天使と、母親の天使と、赤ちゃんの天使に。すると、きっとうまく行くでしょうと。』
『何ですって……赤ちゃんの天使に……』
『そうです。天使は、赤ちゃんが母の胎內で生命を授かるその瞬間から、そのそばにいるのです。赤ちゃんは、霊魂を持っています――そしてその霊魂は、赤ちゃんが母胎に宿ると同時にすぐ持つものです――ですから、赤ちゃんもまた、一人の守護の天使を持っているわけです。』
『私はもう子供が三人ありますが、そんなことはまだ聞いたことがありませんでした――だが、確かにその通りです。「汝等の天使は、天にまします父の御顏を常に眺むるなり」と、我等の主イエズスは申しておられます。 後ほど、この話を私の家內にもしてやって下さい。』
『娘がこんな職業に引きずり込まれたのは、私にはどうも面白くないんですよ』と、母はまたしても歎息した。『どんなことが起きることやら……娘が帰って来るまでは、私は気が気ではありません……』そのうちに、私は出掛ける支度が整った。駅長は、私に味方をして言って下さった。
『しかし、娘さんは習っていらっしゃったんですよ、奥さん。御覧なさい、最近私は一人のごく若い鉄道職員候補者をやとい入れました。そんな坊やでも、何かの役に立つだろうと思ったからです。で、一昨日のこと、分岐器が一つ故障を起していましたが、その若者以外は誰もそれに気がつきませんでした。もしそうでなかったら、すんでのことで列車の大衝突が起きるところでした。その若者は、自分の仕事を正しく学んでいたので、正しく処置することができたのです。人間は誰でも、いつかは、独り立ちせねばならないのです。』
『私は、バベッド婆さんに、お前と一緒に行ってもらうように、頼まねばならないのじゃないかね…』
『でもお母さん、どうか私に恥をかかせないで下さい! もし、そうすれば、私はいつまでもこの村では何も仕事ができなくなってしまうでしょうから。女の人たちは、ただ私が娘だというので、私のことを余りよく思っていないんです。――お母さん、ちゃんとベッドにはいってお休みなさい。そして、もし今夜、目が覚めたら、お助け下さるに違いない天使様のことをお考えなさい。では、お休み、お母さん!』

駅の建物は、村からよほど離れて立っていた。私たちが、そうして一緒に歩いて行くと、居酒屋から出て来た数人の男に出会った。『また急行列車が御入用かね?』と、一人が上機嫌にからかった。
『一つ傑作を仕出かして、 この村での開業を飾って下さいよ!』 と、その人々の中にいた村長さんが、私に呼びかけた。
私たちが駅長の家の階段を上って行くと、奥さんは、入口の戸の下に立っていて、真鍮の呼リンの引き手をピカピカに磨いていた。彼女は笑って、私たちを迎えた。『あすの朝、皆さんがお祝いにいらっしゃるまでには、万事きちんと整えて置かねばなりません。私の義姉妹は、夜行で立って、やっと明方に着くはずです。』
奥さんは、歯をかみしめて、陣痛のため身をもんだが、その陣痛は、奥さんの話によると、もう三時間この方、ますます募って来たそうである。
『全く恐ろしく不愉快なことです、これも昔のエヴァのお陰ですが――あの呪われた林檎……』彼女は、しかし、また笑った。部屋の中には、食卓が布で被われていた。『主人は、夜業から、すぐあなたを迎えに行かねばならなかったんです、リスベートさん。では、一つおいしいコーヒーでも一緒に飲むことに致しましよう。外から来たときは、それはいつもいいものですからね。』
彼女は、相変らず主婦の仕事をすることを止めようとはしなかった。しかし、そうしながらも、あの引きつって、引き裂くような苦痛が起るたびに、歯を喰いしばり、両手で背中をひっつかんだ。
『母になることは、そう簡単なものじゃありませんよ。でも、やがて終ってしまいます……』と、彼女は私たちの同情を拒んだ。『その代り、私は赤ちゃんを授かるのです!』そして、その母親の眼はまたもや期待に満ちた喜びに輝いた。
『あすの朝早く、ペーターとグレートとリーゼロッテがあすこの小さなベッドの中に、とても小っちゃい赤ちゃんが寝ているのを見たら、驚いて目を丸くすることでしよう。あの子たちは、一日中、赤ちゃんはまだ来ないか来ないかって尋ねるんです。辛抱し切れなくて、私をほとほと困らせてしまったのです。』
赤ちゃんを入れる籠が、真白な布で被われて、きちんと置いてある。下着とおむつ、脱脂綿とリゾール、水と小さな浴槽、このような、お産の時いつも必要なものは、この母親はもう整頓していた。
これは始めてのことではないからと、彼女は、私の賞讃の言葉に対して答えた。これで、何がどのようにして、ということが、もう幾らか判るわけだ……。
私たちは、なおもあれこれとしばらくおしゃべりをした。時間は、どんどん早く経って行った。それから、駅長の奥さんは、御主人をベッドへ送った。『ペーター、わからぬことを言わないで、お休みなさいよ。あなたは、私の手助けにはならないんですから。リスベートさんが、ここにちゃんといて下さるんです。私たち二人で間に合いますよ。もし足りなければ、あなたを呼びます。でも、あなたは、あすはまた、頭をはっきりして置かねばなりませんよ、あすは日曜ですから、交通量が普段よりは多くなりますからね……』
少しばかり抗弁した後、御主人は譲歩した。彼のベッドは、こうした時の用意のために、子供部屋に運んであった。そこで、彼は私たちにお休みと言った。奥さんは、夫にタベの祝福を与えた。夫は聖水をもつて妻の額に二つの小さな十字を切った。『私たちの赤ちゃんのためにも祝福を。』 私はそのとき、こう思った、まだ生れぬうちから、このような両親の共同の愛と忠実と配慮とをもって大切にされる子供は、確かに祝福された子となるに違いないと。父性というものを、こういう風に解している夫に対しては、妻である母親は、杖とも柱とも頼めるのである。このような夫は、子供の世話と、子供に対する責任とを、母親にのみ背負わすようなことは、絶対にないであろうと。
『だが、私を呼びなさいよ……』
『間もなく、あなたが必要となるでしょう、きっと。女の赤ちゃんが直きに泣くのが聞えるでしょう……』と彼女は、うなずきながら、つけ加えた。
『お前もやはり女の子というのかね――女ではないよ――私は男の子が欲しんだよ……』
『男というものは、私たちよりずっと心配が多いものなんですね――真面目な男たちは――』
と、父親が出て行った後で、母親は言った。『いま天主様は、私たちに赤ちゃんをお授け下さいます。でも、私は悲しもうとは思いません、たとえ暮しが苦しくなろうとも……』
陣痛が、いよいよ激しくなったので、私は、母親もベッドにはいらねばならぬとすすめた。段々、間隔をちぢめて苦痛が起って来た。彼女の両手は、掛布団に痙攣的にすがりついた。波のように、苦痛が、体中を暴れ廻ったので、母親は歯をギシギシ軋ませ、そして陣痛が頂点に達したとき、低い呻き声を発した。しかし、陣痛がほんの少しやわらいだので、 この気丈夫な婦人は、涙を目から拭った。
『人生は、大変苦しいものです……赤ちゃんは、生れるとき、泣きます……いえ、母親は、それと一緒に泣いてはいけません。赤ちゃんに喜ばしい挨拶を贈らねばなりません……愛は、喜びであり、ほほえみでなければなりません……』
『では、赤ちゃんには、どんな名前をつけるおつもりですか?』
『ヨゼフか、ヨゼフィーネです――男か女かによって。お父さんか私か、一体どちらに授けられるかを見た上です。お父さんが男の子をいただくか、私が女の子をいただくか……ところで、リスベートさん、あなたが初めてここにいらしたとき、何をお考えになりましたか……?』
『私は、いつものように、聖母マリア様のことを考えなければなりませんでした。というのは、こうです。マリア様は、その御独り子が橄欖山に行き、捕えられ、むち打たれていることを御存知でした……で、マリア様は、自分のお部屋で、これらのすべてのことを確かに一緒にお苦しみになりましたが、とうとう堪えかねて、御子のもとにいらっしゃいました――まさしく十字架の下へ……もともとマリア様は、その御子の御誕生の際には、普通の母親がその子のためになめるような苦しみを味わわれたのではありませんでした。しかし、最後のときには、それだけ多くの苦しみを味わわれたのです……そうです、それから一番最後に、御復活の朝が訪れたわけです。私は、赤ちゃんが生れると、いつでもほんとに復活祭の喜びのような気がするのです。苦しみは打ち勝たれ――新しい生命が生れました――愛は、勝ちました。母性愛は、自分で戦い取った勝利を喜んでいいわけです……』
『結構な立派なお考えですね、リスベートさん。ただ、あなたは、使徒たちのように、眠りこみ、そして逃げ去ることだけは、してはいけませんよ。あなたは ここにいて、目を覚ましていらっしゃって、私を助け、そして……祈って下さらねばなりません。御知存のように、こんなときには、人は天主様のお助けを欲しく感ずるものです――別の世界からの力を……』
朝の三時頃に、その苦痛は頂点に達した。私たちは、もう互いに何も話さなかった。母親は、全く苦しみの中に埋もれた―そして、私は深い興奮に捉われた。こんな時刻に、母と子と私とだけで過ごしたのは、初めてであった。私には、あたかも、私の霊魂が千本の手をさしのべて、天の御父にすがろうとしているかのように思われた……
それから、ヨゼフが生れた。
弱り果て、疲れ果てて母親は、褥(しとね)に横たわっていた。しかし、私が、泣いてる小さな男の子を洗って、きちんとしているうちに、またもや母親に陣痛がはげしく起り、そしてますます強い勢いで襲いかつて来る波が、疲れた母親の体を揺り動かした。
そして三十分後に、小さなヨゼフィーネが生れた。
そこで、私たちは、お互いに笑いあった。母親は、目に涙を浮かべて。ヨゼフとヨゼフィーネ。ほんとにソロモンのような判決だ! 今や父親と母親とは、それぞれ自分の希望を達した。そして私が、母親に、二番目の赤ちゃんを渡すと、彼女は赤ちゃんの皺のよった額に小さな十字を切った。母の初めての祝福。そしてその小さなものに、接吻した。『お前の小さな兄さんのように、愛らしくなりなさい。お前は、後から生れて来たのだから、何の心配もしなくていいのだよ……』
死んだように疲れて、彼女は眠りこんだ。
駅長が、朝早く六時半頃に手伝いに来たが、白い籠の中に、マルチパン菓子のように薔薇色をした小さな一対の赤ちゃんがいるのを見たときの驚きようはなかった。そして数時間後に、三人の兄さんと姉さんが、この祝福に驚いてからの質問と不思議がりは、果てしもなかった。
『小さな弟と、小さな妹! それ、どこから来たの?』
『天主様から、』と父親が言った。『天主様が私たちに贈って下さったのだよ。』
『天の父から? 天から? では、どうして降りて来たの? 天使が持って来たの?』
『聖天使たちが、一緒に来たのだよ。一人の天使は小さな弟と一緒に。そして、もう一人の天使は、小さな妹と一緒に。弟と妹の守護の天使たち。それは、いつも二人のそばについていて下さるのだよ。お前たちの弟と妹とは、こんなに小さくて弱いのだから、可愛がってやらねばならないよ。そうしなかったら、天使たちは悲しむに違いないから。』
六本の小さな手は、籠の中の小さな赤ちゃんを撫で廻した。三つの小さな口は余り長く赤ちゃんにキッスしたので、赤ちゃんは、その慣れない、まだ訳の分らない愛撫を嫌って泣き出した。そこで私たちは、その愛情を止めさせなければならなかった。
『でも、一体どちらが弟なの?』と六つになるリーゼロッテは、非常に考え深そうにのぞき込んだ。
『ジャケツに赤いリボンをつけた方だよ……』
『でも、もし寝巻を取りかえたら……?』
そのとき、叔母さんが駅からやって来た。すると子供たちの注意は、それてしまった。駅長は、外出の支度をした。
『お父さん、どこへ行くの? も一人のおばさんを迎えに行くの?』
『いや教会へ行くんだよ。天主様に、赤ちゃんが生れたお礼を言いに……』






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