梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

奥行きをうむ装置

2007年10月13日 | 芝居
悪僧・大仁坊が梅ヶ枝姫を斬りつけ、バタバタバタと花道七三へ。揚幕を見込んでキッと見得となりますと、それをキッカケに本舞台のバック一面の黒幕が<振り落とし>となり、うら寂しい夜の田圃、遠く山々を描いた書き割りが一瞬にお客様の目に飛び込んでくる…。

今月の『うぐいす塚』の大詰め<草土手の場>のワンシーンです。

芝居の途中で黒幕を振り落とし、新たに景色を見せることで、ストーリーの局面が変わったことを示す演出は、歌舞伎ではよくみられるものですが、黒幕の後ろにひかえている背景は、<遠見>と呼ばれる描かれ方であることがほとんどです。
字の如く、<遠くを見>ているように景色を描くこの背景は、いわば歌舞伎美術の遠近法でございますが、描かれる対象物によって<庭遠見>(『蘭平物狂 奥庭の場』など)<海遠見>(『与話情浮名横櫛 木更津海岸見染めの場』など)<宮遠見>(『暫』など)といった種類がございます。
先ほどご紹介した「草土手の場」は<野遠見>。同じ野遠見でも、菜の花満開の『落人』の背景も野遠見と申しております。
また<灯入りの遠見>というものもございまして、川向こうの家々の窓から、灯りがもれているという設定で、書き割りの裏から照明をあてるというものもあり、これは『文七元結 大川端の場』で見ることができます。

ではやはり今月上演の『平家女護島 鬼界ヶ島の場』でみられる一面の海の背景も<遠見>なのでしょうか? これがまたややこしいことに、見た目は『逆艪』などでみられる<浪遠見>と同じようなのですが、実際は、大道具用語で<空(そら)バック>といっている、水色一色の背景の前に、浪だけを描いた板を別に立てておりますので、厳密な意味での<書き割り>とは申せませんので遠見とは呼びません。この浪だけを描いた板は、<浪の並び>と申しておりまして、同様に<山の並び>などもあるそうです。

どうして<遠見>を使わず<浪の並び>を使うのか? それには、実はもうひとつの<遠見>演出にかかわる理由があるのですが、それはまた、明日お話しさせて頂きたいと思います。

久々の夜の舞台

2007年10月12日 | 芝居
というわけで『社会人のための歌舞伎入門』。大勢のお客様がお越し下さいました。
例年ですと、舞台機構とか小道具・仕掛け、あるいは歌舞伎の約束事をご紹介することが多い「歌舞伎への招待」ですが、今回は『鬼界ヶ島の場』に至るまでのストーリーの説明に重点をおいた構成ですので、より俊寛の境遇がご理解頂けたと思います。

さて、もうすぐ10月公演も<中日>を迎えますが、『うぐいす塚』はまだまだ進化し続けております。細かい部分の演出や段取りを改め、よりテンポよく運べるようになってまいりました。
芝居作りの難しさと、楽しさ、面白さを出演者皆々で味わいながらの毎日です。

『社会人のための歌舞伎入門』

2007年10月11日 | 芝居
明日、『社会人のための歌舞伎入門』が開催されます。
3年前からはじまりましたこの企画、歌舞伎をご存じない会社勤めの方々のために、午後7時からの開演で、本興行の演目から選ばれた、わかりやすく面白い一幕芝居と、「歌舞伎のみかた』的な解説をつけた構成で、より歌舞伎に親しんで頂こうというものでございます。

今回は『平家女護島』から「鬼界ヶ島の場」、いわゆる「俊寛」一幕をご覧頂きますが、本日はそれに先立ちます「歌舞伎への招待」の舞台稽古を行いました。
この度の解説役は9期生の先輩、松本錦弥さんです。おもに「俊寛」の場にいたるまでのストーリーを中心に、歌舞伎の成り立ちや特色をご説明いたしますが、私も出演することになりました。
詳細はご覧頂くまでのお楽しみでございますが、「社会人のための」とは申せ、どなたでもご覧頂ける公演でございます。明日12日(金)と、17日(水)の2回公演。お時間ございましたら是非お越し下さいませ!

腰元、といえど…

2007年10月10日 | 芝居
歌舞伎の多くの演目で登場する<腰元>。
皆様にとりましては、すっかりお馴染みの役柄と存じますが、腰元と聞いてパッと思いつくビジュアルイメージはどうでしょう?
衣裳は矢絣? 鴇色? 矢の字の帯? 役に応じたコスチュームが、おそらく<定番>として皆様のご記憶にあるかと思います。


これは今月の『平家女護島・清盛館の場』での腰元(六波羅おどりを踊るのとは別)です。おそらく一番ポピュラーな腰元の扮装で、鴇色の着付、黒繻子の帯を<左矢の字>に結び、鬘は<文金高島田>です。
このような扮装は、時代物、時代世話、世話物でも格式の高い屋敷内でのこしらえとなります。着付が矢絣になったり、納戸色や縫い(刺繍)の入った振袖になることもございますが、いずれにしましても、多分に様式的な雰囲気となります。

さて、やはり今月上演の『うぐいす塚』でも腰元が多数登場いたしますが、こちらは時代物でもなければ、武士ではない“長者”の家に仕えているという設定。「清盛館」にくらべて、写実的に表現しなくてはなりません。そこで今回は…。



帯を<文庫>結びにいたしまして、鬘は<潰し島田>。先ほどのにくらべればこじんまりとなりまして、大仰にならないぶん、世話物っぽい雰囲気となっております。
着付の色は<鶸(ひわ)色>。これは序幕の天神様詣での外出着で、二幕目屋敷内では細かい矢絣と変わります。
いかがですか? 両者の扮装がうむ雰囲気、確かに違いますよね。

これから御覧になる方は、ちょっとご注目してみて下さい!

お悔やみ

2007年10月08日 | 芝居
本日、山城屋(坂田藤十郎)さんのお弟子さんの中村鴈五郎さんがお亡くなりになりました。享年60歳でした。
1年程前でしょうか、病をえて長期の休業となられて以来、ついに再びお会いすることなくお別れとなってしまいました。
鴈五郎さんは、まさに<大阪の役者>といった雰囲気をお持ちの方で、舞台でも楽屋でも、得難い味の持ち主でいらっしゃいました。『曾根崎心中>の序幕、敵役の九平次に詐欺の濡れ衣を着せられた徳兵衛が、トボトボ帰る背中へ、『騙りめ!』と罵声を浴びせる町人役。その言葉のイキと迫力は、余人を持ってかえがたいものでございました。

亡くなられた方の思い出として、ふさわしいものかどうかはわかりませんが、松竹座の名題下部屋、おりしも風邪が流行りだした冬の頃とて、イソジンでうがいしている鴈五郎さんに誰かが話しかけまして、鴈五郎さんうっかり『そやそや、…アッ、(イソジン)呑んでしもた!』
鴈五郎さんのおおらかであったかい人柄が偲ばれるこのエピソードを、覚えている仲間は多いはずです!

またお一人、大切な先輩が旅立たれてしまいました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

オイシイもの万歳

2007年10月07日 | 芝居
劇場の行き帰りに、小泉武夫さんの『地球怪食紀行』(光文社文庫)を読んでいるのですが、いやはや、食欲をそそられずにはいられない<魅惑の書>でございます。
東京農大出身、日本の醸造学のエキスパートにして希代の健啖家、鋼の胃袋の持ち主が、世界中で味わった<旨いもの>の思い出を綴ったエッセイ。氏独特のテンポよい講談調文体が、厭が応にも読む者の食欲を刺激する名著と、私、自身を持ってお勧めする一冊ですが、酒に関する記述が多いのも、自他ともに認める酒飲みとしては見逃せないところでございます。

実は私、9月の巡業で体重が4キロも増えてしまいまして、これは大変! というくらいのポッコリお腹、ただ今食事制限と運動の日々なのですが、そんな状態でこの本を読んでしまいますと、俄然胃袋が活発になり、「もっと食べたい、もっと美味しいものを!」と騒ぎだすのを必死でなだめているのですが、読む人の欲望をかきたてる文章なんて、なかなか書けるものではございませんよね…。
鰻に羊、馬、鮪、干物に缶詰、鮓麺薫製。お供するのは選りすぐりのワイン、焼酎、地酒。
氏の豪快な体験記を、すぐさま真似してみたくなってしまいますが、いかんせん私は酒に呑まてしまう方でして…。

只今も、手作りナメロウを相手に<奥の松>をやっつけております…。

ベランダからの眺め

2007年10月06日 | 芝居
私の住んでいる町に<第2東京タワー>が建つということで、今夕俄に建設予定地でライトアップ…!
皆様ご存知の東京タワーの約2倍、700メートル近い塔になるそうですが、はてさてどうなりますやら。
お陰様で隅田川の花火は、これまで通り、何にも遮られることなく観ることができそうです!

山蔭に 哀れ流人の 石の塔  

2007年10月05日 | 芝居
今月『平家女護島』で、高麗屋(幸四郎)さんがお勤めになっている<俊寛僧都>。1143?~1179年の実在の人物でございますが、僧職にありながら平家打倒ための<鹿ヶ谷の密議>に加担したのは、後白河院の側近であったことや村上源氏の出身であったためでしょうか。『平家物語』『源平盛衰記』に、その顛末は語られておりますので、ここでは省略させて頂きますが、絶海の孤島での日々、身中は如何ばかりでしたでしょう。

私、俊寛様のお墓にお参りしたことがございます。
といってはるばる鬼界ヶ島まで行ったわけではなく、山口県の長門、湯本ホテル「大谷山荘」のすぐ近くに、その名も<俊寛山>という小山があり、その山頂に俊寛の墓と伝えられる石塔があるのです(写真参照)。
現地の由来書きによると、鬼界ヶ島で俊寛が死去した後、家来であった亀王が島を訪れ遺骨を拾い、京都へ戻し埋葬しようとの帰路の途中、この長門において急に遺骨が重くなり、運ぶことができなくなった。そのため亀王は遺骨をそのまま埋葬した…とあります。

『平家物語』では、亀王の弟、有王丸が、俊寛の最期を看取り遺骨を高野へ納めたとなっておりますが、まあ伝説は登場人物も筋もコロコロかわりますので…。
私は平成12年3月の<近松座>巡業で長門を訪れ、このお墓に詣でることができたのですが、芝居でお馴染みの人とは申せ、約800年も昔の歴史的人物が、こうして今も祀られていることに感動いたしました。
御覧の通り本当に小さな石塔ですが、それがまた、流人の哀れを伝えているような…。

隣にいる7年前の私のことは無視して下さい。

ウグイスさんの操作法

2007年10月04日 | 芝居
先日もご紹介しましたように、『うぐいす塚』では各場で<鶯>が登場します。
登場人物に密接に絡み、ストーリー展開にも大きく関わる存在でございまして、いわば<芝居する鳥>。手のひらに収まるような小さな作り物が、どのように動き回るか、是非ご注目頂きたいと存じます。

今回の芝居に限らず、歌舞伎で鳥を扱う場合は、得てして<差し金>を使うことが多いですね。黒塗りの竹の棒の先に作り物の鳥を取り付けたものは、皆様よくご存知かと思います。
『伽羅先代萩・御殿』の雀、『関の扉』の鷹、『鳶奴』の鳶(鰹を掴んだ面白い姿)など、種類も色々ございます。飛んでいる様を表現するには、棒の先を上下させて見せる他にも、羽の部分にとりつけた黒糸(幕内では“ジャリ糸”と申しておりますが)を手元で操作して、羽ばたきを見せる工夫もございます。

私も、過日の『苫舟の会』の「新書小町桜容彩」で鷹を遣わせて頂きましたが、平成13年1月国立劇場『奥州安達原』の「外が浜の場」で、鶴を遣ったのが印象に残っております。
猟師に身をやつした奥州安倍氏の忠臣善知鳥安方が、禁制の鶴を射殺す場面でしたが、仕掛けで矢が突き立つようになっていたこと、また鶴の足に、後の芝居で重要な役割を果たす金の札がついており、これを安方が外せるようになっていること、ちょいと<仕込み>の多い鳥でございました。
また、鶴の飛び方といえば、優雅に大空を<滑空>する感じですから、たんに上下させただけでは鶴らしさがでない。といってただ真っすぐに舞台を移動しては飛んでいるようにも見えません。加えて、安方の矢が刺さった瞬間の動きなど、どうやったらお客様から見て<らしく>見えるか。色々試行錯誤したものでした。

<差し金>をつかうという見せ方そのものが、だいぶ古風な演出ですから、あまりリアルになってはいけないのでしょうが、お芝居の雰囲気にあった動かし方は、演目ごとに様々と申せましょう。
ひるがえって今月の鶯さん。差し金もつかいますけれど、ひと味もふた味も違う見せ方。あるいは差し金をつかわないところも…?
国立の大舞台に、どのようにはばたくのでしょうか!?

始まりました!

2007年10月03日 | 芝居
本日無事初日。
各役各場に反省点はございますが、まずは滞りなく勤められました。
今月の公演は、国立劇場では珍しい午前11時半開演ということで、終演もいつもより早くなり午後3時55分。日の沈まぬうちに仕事を終えられる有難さ!
身体をいたわりながら、万全のコンディションで今月を乗り切りたいものです。

まずはとりいそぎご報告まで。

三宅坂稽古場便り 6

2007年10月02日 | 芝居
本日は『初日通り<通し>舞台稽古』ということで、各演目ノンストップのお稽古でございました。
昨日よりだいぶ落ち着いて演じることができましたが、今日の今日でも変更点がございました。そういうことに迅速に対応するのは、若輩にとりましては難しいこと。明日の初日はドキドキです…!
数日に渡って書き連ねてき稽古場便りですが、<新たに芝居を作る>作業の多かった当月。連日手直し、修正、変更、改訂でございました。ひょっとすると、初日以降も細々変わる点もあるかもしれませんが、通常の『俊寛』をより深く味わって頂く『平家女護島』、平成の世に生まれ変わる『うぐいす塚』。とにかく御覧頂きたいと存じます!

明日からの興行、どうか大勢お出まし下さいますよう!! 

三宅坂稽古場便り 5

2007年10月01日 | 芝居
<初日通り舞台稽古>ではございますが、各場ごとにしっかり道具調べと段取り確認、そして演技後のダメだしをいたしましたので、1日かけてのたっぷり稽古となりました。

『平家女護島』。「清盛館の場」での6人の腰元による<六波羅おどり>も、居所合わせをしてから勤めましたが、実際の舞台の寸法で踊りますとだいぶ勝手が変わりまして、改めて<揃える>難しさを味わいました。
とは申せ、緋の切袴に白羽二重の小袖、浅葱や藤、白の長絹という衣裳に下げ髪の鬘、五色の房付きの鈴を手に踊るという、まさにお巫女さんのような綺麗な拵えで開幕に踊らせて頂けるという有難い舞台。心して勤めたいと存じます。

『うぐいす塚』でも、実際の舞台で諸々の仕事をこなすのが大変でした。幕開きの居並び台詞にはじまりまして、お姫様の手を引いて花嫁の座に導く、楽器を運ぶ、それを下げる…。無様になっていないか、テキパキできているか、考えだすときりがなく、とても緊張いたしますが、でもそれが御覧になる方に見えてしまわないように気をつけねば、…いや、気をつけなくても自然にできるようにならなくては、ですね!


…今日のお稽古に部屋子の梅丸が来まして、「今日は平日じゃないの」といったら、10月1日は《都民の日》で学校が休みなんだそうで…。そんな日があったのね。