梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

2種類の三味線で

2007年10月25日 | 芝居
『平家女護島 鬼界ヶ島の場』の終盤、俊寛僧都と瀬尾太郎との立廻りの場面や、去り行く船を見届けようと俊寛が転けつまろびつしながら岩山をよじのぼるくだりで演奏される<千鳥の合方>。
チンチリトチチリ ツンテンチンレン チレトツツン… というフレーズは、皆様にとりましてもお馴染みのものだと存じます。
この合方、竹本の<太棹>三味線と、長唄の<細棹>三味線との合奏になっております。
少々専門的になりますが、ひとくちに三味線と申しましても、棹や胴の部分の大きさによって、音色がずいぶんとかわるものでして、竹本の三味線は一番大きい<太棹>、長唄の三味線は小ぶりな<細棹>を常用しております(ちなみに清元・常磐津は<中棹>)。

さて<千鳥の合方>、竹本の三味線方さんは、舞台上手の出語り用の<床(ゆか)>で、長唄の三味線方さんはその<床>の上にございます御簾内で弾くことになっておりまして、こういう合奏の仕方を、演奏者それぞれの位置からとって<上下(うえした)>と申しております。
<上下>で演奏する合方は、『吃又』の幕切れでの『春藤の合方』、『石切梶原』の剣菱呑助の件での『与次郎の合方』など、いろいろ種類がございますが、細棹三味線の方が調弦を高い調子にしておりまして、細棹三味線の<一の糸>のキーは、太棹三味線の<二の糸>と同じにしてあるそうです。この場での細棹三味線は、いわば太棹に対する<上調子(うわぢょうし。主旋律よりも高いキーで演奏して曲に変化を付ける役割)>のようなポジションだと申せましょう。

『鬼界ヶ島の場』の幕切れ。遠く過ぎ去った船を呆然と見送る俊寛。最初は竹本の三味線だけがゆっくりと弾きはじめ、ドンドン…ッと大きく波音が打ち込まれたところで細棹が加わり、クレッシェンドしながら幕ー。
上下による<千鳥の合方>が、一番効果を発揮するところでございましょう。