梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

より機能的な髪型?

2006年12月16日 | 芝居
『勢獅子』で、鳶頭や獅子舞にからみ、立廻り(といっても本気で戦うわけではなく、その場の座興という心ですが)を演じる<若い者>。衣裳は名題役者さんが演じていらっしゃる<鳶の者>と同じものですが、鬘は、名題役者さんが<袋付き>という、世話物でのごく普通の髪型で、髷の刷毛先を斜めにした<いなせ>というものに対し、カラミのほうは豆絞りの手拭を<喧嘩かぶり>にしたかたちになっております。これは、見た目の変化をつけるという意味以上に、現実的な役割がございます。

皆様もよくご存知かとは思いますが、花四天、力者、捕り手など、様々な立廻りに登場するカラミは、たいてい鉢巻きをしておりますでしょう? あれはもちろんデザイン的な意味合い、また史実風俗に基づいたうえでの扮装なのではございますが、トンボ返りという回転技は、その返り方にもよりますが、確実に空中で1回転をするわけで、返る勢いや反動で、かぶっている鬘が外れる、ズレるおそれがあり、これを防ぐ意味合いもあるのです。

そこで『勢獅子』ですが、先ほども申しましたように、お祭りの余興でやっている立廻りですから、花四天や力者が出てはオカしいわけで、拵えは祭り半纏となる。そうなると鬘は<世話(物)の袋付き>となるが、<袋付き>の鬘をただかぶるだけというのは、実は上下、前後の動きに弱い(つけ外しが容易にできるくらいのゆとりはあるわけですからね)。立廻り中にスッポリ外れてしまってはみっともないし、鬘自体も痛みます。といって鉢巻きをするのは見た目が変だし役に合わない。そこで<喧嘩かぶり>にすれば、鬘も<鬢(びん)>だけの簡素かつ軽量なものになり、手拭でぐるりと頭部を包むので、外れるという心配はほとんどなくなりますし、風俗的にも問題はない…そんな理由もあるというわけです。
<喧嘩かぶり>そのものにつきましては、当ブログ昨年12月の記事をご覧下さいませ。

とはいえ、<袋付き>の鬘では絶対トンボを返らないのかといえばそうではございませんで、『伊勢音頭恋寝刃』の<奥庭>の幕切れ、福岡貢にかかる<油屋の若い者>は<袋付き>ですし、『石切梶原』の幕切れに出てくるカラミの<中間>も、鬘の種類こそ違いますが、鉢巻きやかぶり物なしの状態でトンボを返ります。
そもそも『勢獅子』のカラミも、<袋付き>で演じることは度々あり、かくいう私も過去<袋付き>で勤めさせて頂きましたが、このような場合は、普段よりきつめの鬘を用意したり(かぶってるとだんだんズキズキしてくるのですが)、鬘の裏側の縁に強度の粘着テープをつけ、地肌に密着させる、などの方法をとるのです。

しかしながら本来は、なにも細工しなくても、外れる心配がない返り方をしなくてはいけないと、先輩から伺いました。勢いだけで返るのではない、本当に<軽い>トンボを返る方のお姿を拝見いたしますと、その意味がとてもよくわかるのですが、いざ自分のトンボはどうなのか…。猛省を促されます!

鳶のコスチューム

2006年12月15日 | 芝居
昨14日は更新ができませんでしたが、<中日>でございました。朝から2幕続けての立廻り出演で、体力不足の私などは少々疲れが出てきてしまいましたが、残り半分、とにかく無事に乗り切りたいと思います。

さて、お芝居の話――。
『勢獅子』では、大勢の鳶が登場するのは以前お伝えいたしましたが、師匠と音羽屋(松緑)さんが最初に着ている衣裳は、歌舞伎においては鳶頭の定番といってもよいこしらえ、<首抜き>の着付けに<裁着袴>といういで立ちでございます。<首抜き>とは柄の用語で、着物の肩から背中にかけて、大きく紋を染め出すことで、着たときに、役者の首がそこから抜き出て見えることからきた名称だそうです。紋は演者のものになることがほとんどで、今回も、師匠が<祗園銀杏>、音羽屋(松緑)さんが<四つ輪に抱き柏>となっております。紋を着物のきっちり中心に据えるのではなく、やや左にずらして染め出しておりまして、見た目が単調にならないようになっているのが面白い工夫ですね。着付けの生地は細シボの縮緬、地色が薄い鼠色で紋が紺ですが、<お祭り>の鳶頭は地色が白になるのがもっぱらです。
<裁着袴>は膝下と足首のところを紐で縛るようになっているもので、動きやすく仕事がしやすい作業着的なものです。黒繻子地で、金銀の<けまん模様>が散らしてあります。
ちなみに襦袢は黒襟赤縮緬、その下は紺の<腹掛け>、帯は細めの紺献上。

劇中、曾我の夜討ちの振り事がすんでいったん引っ込むと、次の<ぼうふら踊り>用に着替えをいたします。紺地紬に、煉瓦を平積みにしたように見えるところからきた<れんが格子>模様の着付けを紺の三尺帯で箱結びに締め、着付けの尻あたりをつまんで帯に挟む<じんじん端折り>という端折り方にいたします。頭には鴇色の手拭いをかぶります。

その他革色(濃い緑)や納戸色、浅葱色の<祭半纏>に紺の股引姿の者も登場いたします。女性陣も<手古舞>姿ですし、いかにも『祭!』といった晴れ姿。年の瀬の舞台をおおいに盛り上げております。

様々な思いを込めて出刃の飛ぶ

2006年12月13日 | 芝居
『不忍池で傷害事件発生!』
本日夕刻、上田藩江戸屋敷御用役、増田正蔵(51)に、何者かが出刃包丁を投げつけ、左目を負傷させるという出来事があり、目下犯人を捜索中。上記写真は犯行現場に落ちていた凶器の出刃包丁――。

ふざけた書き出しで申し訳ありません。『出刃打お玉』から、小道具の<出刃包丁>についてちょっとお話をいたしたいと思います。
音羽屋(菊五郎)さんが演じていらっしゃるタイトルロール、お玉が鮮やかに投げる出刃包丁。狙いは外さず百発百中、腐れ縁の男を驚かしてお灸を据えたり、自分が<初めての女>となった青年の窮地を救ってあげたり、ときには恨みの刃ともなったりいたします。
ふつう小道具であつかう包丁などの小型刃物類は、木などのごく軽い素材で作った全くのニセモノですが、今回は少々手のこんだ誂えとなっております。従来の小道具の包丁では、舞台に落とした(あるいは落とす)とき、いかにも作り物然とした、軽い音がしてしまいます。刃自体が木製なのですから当然なのですが、こと今回の芝居では、出刃包丁自体がお芝居全編の大切なアイテム。よりリアルな質感、持ったときの重量感を出したいということで、本物の出刃包丁を用意し、刃を削って落とした上でさらにコーティングを施し安全を確保、最後に舞台ばえするように着色(血糊も含む)したものを使っております。
そういう品ですので、持ってみるとズシリと重みが伝わってまいりますが、種々の要望、課題に確実に応える小道具方の皆様のご工夫、創意の素晴らしさを、あらためて感じるひと品だと思います。

実際舞台でどのように使われているかは、ご覧になってからのお楽しみでございます。

こんな顔…

2006年12月12日 | 芝居
久々の画像は、『勢獅子』から<くわえ面>です。
この舞踊の終盤、それまで獅子の中に入っていた2人の鳶が、それぞれおかめとひょっとこの面をかぶって獅子の中から這い出し、おどけた踊りを見せるくだりがございます。
今回の演出では、このくだりの途中から、もう一人の鳶頭(すなわち師匠)が面をかぶって加わり、3人の踊りになりますので、3つ目の面として、<外道(げどう)>と呼ばれているものを使用しています。ひょっとこに似ていますが、口が真一文字に結ばれているのが、大きく違うところでしょう。

『三つ面子守』の子守り、『女夫狐』の衛士又五郎、『お祭り』の鳶頭など、歌舞伎舞踊では面を使っての振りがまま見られます。面の裏側、口の部分に、突起があり、これをくわえることで顔に固定することがほとんどです(お能のように、紐で頭に縛るものもあります)。突起には大抵ガーゼや晒などを巻いてくわえやすくし、口の部分の化粧が、面自体につくことを防ぎます(ですので巻いた布はほぼ毎日取り替えることになります)。視界は目に開けられた穴からのみ。これとても、面の目の位置と自分の目の位置が必ずしも同じ場所になるとは限りませんから、ごく狭い範囲しか見えないものとお考え頂いてよろしいかと思います。素材は張り子に縮緬を貼り、彩色したもので、それほど重さは感じられません。
面の種類としましては、他に<恵比寿><翁>、泣き、笑い、怒り上戸の3種類などがございます。<三つ面>の振り事は、後見の手を借りて、表情の違う面をとっかえひっかえかぶって、3人の登場人物を演じ分けるという趣向です。

『勢獅子』でのお面の振り事は、六代目の尾上菊五郎さんと、七代目坂東三津五郎さんのご工夫で付け加えられたものだそうですね。さっきまで暴れ回っていたお獅子のお腹から、おかめとひょっとこが出てくるという、ちょっとシュールで、奇抜な演出は、獅子舞→太神楽→茶番(太神楽の演目で、仮面をかぶって行う滑稽な寸劇)という連想からきたのだそうです。

歌は世につれと申しますが

2006年12月11日 | 芝居
先日部屋を整理しておりましたら、中学校時代に、当時のヒットソングをCDからカセットテープ(!)にダビングしたものが見つかりまして、しばし懐古にふけりました。
平成6~8年ぐらいになるわけですが、B'zの『ミエナイチカラ』とか大黒摩季の『あなただけ見つめてる』とか松任谷由実の『輪舞曲』、カズン(今どうしているのかしら)の『冬のファンタジー』…。スキャットマン・ジョンの『Scatman』に森高千里の『ジンジンジングルベル』なんてのもありました。
あの頃は小室ファミリー全盛期で、私も夢中で聴いていましたので、華原朋美『I BELIEVE』、安室奈美恵『Body Feels EXIT』、globe『DEPARTURES』はじめ、TRF、篠原涼子、H jungle with t などなど、収録曲における小室哲哉音楽の割合は相当高いです。そうだ、内田有紀だって小室ファミリーだったんだ! ちなみに今でもカラオケに行くと歌うのは小室さんの曲がほとんどです。彼もまた、今はどうしてござろうぞ…な人になっているような…。

今、この文章を書きながら、テープを聴いているのですけれど、曲が変わるたび、その歌が普通にテレビで、ラジオで流れていた日々の思い出が、自ずと浮かんでまいります。学校での日々、将来を考えた夜、友人たち、家族との会話のきれぎれ…。
聴く人を懐かしがらせたり、励ましたり、元気にしたり。音楽って、ホントに不思議な力がありますね。
今はコブクロとアジアンカンフージェネレーションがお気に入りです。


舞台で逆上がり

2006年12月10日 | 芝居
『将門』の立廻りのはじめに、力者2人が肩に担いだ2本の槍を、さながら鉄棒のようにして、別の1人が<逆上がり>をし、さらにもう1人がその足を支えて持ち上げ、その下を滝夜叉姫がくぐり抜けてのキマリがございます。
『将門』の立廻りといえばまずこの形が思い浮かばれるくらいのもので、他に『義経千本桜』の「鳥居前」でも、同様の形を見せる場合もございますが、この形を、立廻りの言葉で<鬼瓦>と呼んでおります。逆上がりをした者の顔を、あの日本家屋の屋根に見ることができる鬼瓦に見立てているわけですね。
小道具の槍はたいていは堅い樫材(ラワンの場合もある)ですが、それを2本重ねて、より負荷に耐えられるようにし、たいていはメンバーの中で背が高い者2人が左右で担ぐ役目になります。
逆上がりをする人は、なるべくなら軽い人がよいのでしょうが、逆上がりができることが、当然ながらの条件で、かくいう私も173センチ、57~60数kgの身体ながら、成駒屋(福助)さんや加賀屋(魁春)さんの滝夜叉姫で、勉強させて頂きました。
<鬼瓦>というくらいですから、逆上がりしたあとは、自分の顔をしっかり見せそうなものですが、顔を上げるのは行儀が悪いことといわれております。俯きすぎてもいけませんが、あくまで下を向いたまま、視線も伏し目がちにするのが約束です。なんといっても、下で見得をなすっている滝夜叉役者のためのキマリなのですからね。

2メートルちかくは上がるので、下を向いているとはいえ、なかなかな眺めです。左右で支える人や足を持ってくれる人とがイキを合わせてグググと持ちあがる瞬間が一番好きでした(こちらはすでに一仕事終えてますからね、気楽なもんです)。

怪力女との闘い

2006年12月09日 | 芝居
昼の部序幕『嫗山姥』に、役で出演いたしますのは初めてでございますが、平成12年1月国立劇場公演で、成駒屋(芝翫)さんの八重桐で、師匠が煙草屋源七をなさったおりには、後見をいたしておりました。主演者によっていくつかの<型>がある演目ですが、いずれにしても八重桐の<しゃべり>による廓話と、後の怪力ぶりが見せ場になります。
夫である源七、実は坂田の蔵人の魂魄が宿って、通力を得てからの八重桐には14人の<花四天>がからみ、立廻りとなりますが、義太夫の節に合わせて動くようになっており、『吉野山』や『京人形』ほどリズミカル、かつ舞踊的ではございませんが、全員がきちんと間合いを把握していなくてはなりません。
私も、不出来ながらトンボを数回返らせて頂いておりますが、うち1カ所は<この音で着地!>というツボがございます。私の前にシンにからむ方の動きもございますから、日によって微妙な差は生まれますが、トンボを返るまでの動作で調整しながら、ドンピシャで嵌まるよう努力いたしておりますけれど、もとより次にからむ方の迷惑にならぬよう、私自身も重々気をつけ、全体の中のひとりとして、流れ、段取りを大切に勤めてゆきたいです。
全員でひとつの形を作ったり、一斉にトンボを返ったりと、集団の演技の美しさを見せる部分も多いので、かつて申し上げましたように、皆と<合わせる>ことの難しさを再び味わってはおりますが、心地よい緊張感も。寒さも本格的になってきた師走の朝一番の演目ですので、身体を十分に目覚めさせて、よくほぐすのには時間がかかります。返り立ちや後返りといった技をなさる方、リードしてくださる先輩方にくらべましたら、はるかに負担は軽いのですが、とにかく無事に乗り切りたいです。

…立廻りとは別の話ですが、劇中、館に入ってきた八重桐が、自己紹介で「浮き川竹の流れの身でござんす」と言いますと、三枚目の腰元お歌が、「流れ、流れといやるからは、そなた蝋燭屋の娘かや」と尋ねる台詞がございますが、これは火をつけた蝋燭から滴った蝋のかたまりを<蝋燭の流れ>と申したそうで、これを買い歩き、再び安価の蝋燭を作る業者がいたことからきているのだそうです。いろんな商売があったものですね。

花に戯れ…

2006年12月08日 | 芝居
『勢獅子』は、山王祭に浮き立つ日枝神社を舞台に、鳶頭はじめ大勢の祭の若い者、手古舞が出てくる大変賑やかな舞踊です。
30分と決して長くはない上演時間ですが、鳶と手古舞の木遣りの踊り(幕内では常磐津の語り出しからとって<かっかれ>と呼んでおります)に始まり、頭二人の曾我の夜討ちの振り事、<ぼうふら踊り>といわれるおどけ節の踊り、芸者のクドキ、獅子舞からオカメとヒョットコの面をかぶった(今回はこれにもう一面加わっておりますが)おかしみの振り…と、盛りだくさんの内容です。

さて、このいくつにもわかれるパートのうち、幹部俳優さん自らが入って演技をするのが珍しい<獅子舞>について、ちょっとお話しさせて頂きます。
当然ながら、前足、後足にわかれ、2人が操るわけですが、前足の方は獅子頭の操作もなさいます。獅子頭の内部は、口の開閉を操作する握りがついており、手を離せば開き、握れば閉じるようになっています。またこの握りのすぐ近くには、耳の上げ下げを行う把手もついており、口の開け閉めの握りといっぺんに操作できるようになっております。ご覧になった方はおわかりだと思いますが、踊りの要所要所で効果的に操作され、表情を出しておりまして、お客様からも歓声があがるところでございます。
後足の方は、獅子の尻尾の根元を自分の腰に固定します。こうしないとだらしなく垂れ下がったままになってしまうんですね。獅子の胴体を表す緑色の布、<錣(しころ)>と申しますが、この錣のお尻の部分には穴が開いており、ここに別に作られた尻尾を差し込む。尻尾の根元には板で作られたベロがついており、これを後足役の方の帯に差し込み、さらにベロと一緒に取り付けられている晒の布で、腰回りを縛って固定するわけです。
そして後足の方は、錣の中ほどを掴んで、獅子の動きに合わせてヒラヒラとはためかせます。こうすると、獅子の動きに、さらに躍動感が出るのだそうでございます。
獅子頭のすぐ下の錣には、同じ色の紗で作った覗き窓があり、前足の方はここから方向を確認しますが、後足の方は足下しか見えません。錣はどの演目でも緑色(革色といったほうが正確でしょうか)で、華蔓(けまん)模様が散らしてあります。獅子頭は金塗りで、白い毛がついており、錣にも、和紙で作られた、毛を表現する飾りがついています。
…寝る、でんぐり返りをする、足拍子を踏むなど、さまざまな技が駆使される獅子舞。カラミの得物も獅子にちなんで紅白の牡丹の花枝。一幕で一番動きのある件でございます。

つらつら獅子について書いてしまいましたが、私も実は『お祭り』などのカラミとして、3公演ほど獅子に入った経験がございまして、そんなおかげでこの文章が書けました。いずれも前足をさせていただきましたが、ずっと飛び跳ねるので足はパンパン、息はゼイゼイ。体力が無い私には相当なシゴキでした!

崩壊する御殿

2006年12月07日 | 芝居
昼の部の2演目め『忍夜恋曲者 将門』は、朝廷に反乱を起こしたものの、野望を達せぬまま討ち死にした平将門の娘である滝夜叉姫が立てこもる相馬の古御所が舞台です。傾城に化けて近づき、色仕掛けで味方に引き入れようとする滝夜叉姫が駆使する蝦蟇の妖術に、さしもの勇者大宅太郎光圀もたじたじ、両者睨み合ったまま幕ーとなりますが、この一幕の最後のほうで、<屋台崩し>という大道具の演出法が使われまして、非常にダイナミックに舞台面が一変します。

正体を現した滝夜叉姫と、からみの<力者>の立廻り、続く光圀との一対一の闘いが終わりますと、滝夜叉姫は御殿(高足の二重屋台)上手側の壁の中に煙とともに消え、光圀は気を失います。光圀がいるままの御殿の御簾がスルスルと降りると、風雲急を告げる<テンテレツク>の鳴り物となり、照明も一気に落ちます。やがて御簾をくぐって現れるのは滝夜叉が使役する蝦蟇。これに先ほどの力者がからみますが、化性の魔力にこれも気絶。鳴り物もいよいよ凄みを増してきますと、御殿の柱がメキメキと折れ、屋根が沈んでまいります。あわせて四方の壁は崩れ、蔀(しとみ)も倒れ、最後は荒御殿になってしまうのです。
皆様おそらくお察しでしょうが、この演出には<大ゼリ>を利用いたします。大ゼリを取り囲むように御殿の縁側部分を作り、逆に柱や御殿背後の壁はセリの内側につくります。つまりこの御殿はもともと内側と外側にわかれているわけで、キッカケが来たらセリを沈めることで、屋根が下がってくるのですね。
柱が折れたように見えるのは、実際の柱の前面に、柱と同じ幅、色みのごく薄い板をたて、この上部は沈む屋根側に、下部は沈まない縁側のほうに取り付けているので、セリ下げと同時にだんだんとたわみ、最終的には圧力で折れてしまうというわけです。壁の崩落は、もともとがジクソーパズルのように破片が嵌っているところを、後ろから突き落としますし、倒れる蔀は、やはり裏から操作できる仕掛けになっており、これらは大道具さんの担当でございます。
力者役で出演しておりますと、この<屋台崩し>の間は、舞台正面に気絶のていで座り込んで控えておりますから、これら柱が折れる音やら壁が落ちる音がドスンガタンバコンズダンと聞こえ、それは凄まじいです。ときには折れた柱のかけらが飛んできたりすることもあり、なかなかスリルもあるのです。

また、この演目の上演時は、舞台設営では大ゼリを舞台前面に持ってこなくてはいけないわけですが(回り舞台を使うわけですね)、そうなりますと以外と狭くなるのが<踊れるスペース>です。舞台の縁から御殿の縁側までの間隔は一間ちょっとでしょうか。さらに御殿の中央には、三段の階段がついておりますから、舞台中央部は、本当にごく限られた奥行きとなります。立廻りでは、一同気をつけながら演じております。
『将門』に出演させて頂きますのはこれで4度目です。また日を改めて、お話しさせて頂きます。

貴重な体験でした

2006年12月06日 | 芝居
2日間のご無沙汰でした。
昨5日は、終演後に先輩のお誘いで、下谷神社境内での、鳶の<梯子乗り>の稽古風景を見学させて頂きました。半纏、股引、黒足袋姿の鳶頭の皆さんが20余名、来年1月6日の<出初め式>で披露する技のお稽古をされるのですが、間近に拝見することができましたので迫力満点、得難い体験でございました。
枕邯鄲、胆つぶし、背亀、鯱など、様々な形を、黙々と決めてゆく鳶の方々。お稽古と聞いていましたので、仲間内でのダメ出しや叱咤の声が上がるのかと思っておりましたら、実に粛々と、静かに進んでゆきました。街路の喧噪がかすかに聞こえてくる境内には、人々の息づかいと、3間半の大梯子がきしむ音、焚き火のはぜる音ばかり。見上げる梯子の先には今年最後の最中の月…。ピンと張りつめた空気と、命を懸けた男たちの身体から伝わる緊張感に、写真好きの私もさすがにカメラを取り出せませんでした。
お稽古終了後は、参加されていた鳶の方のお一人と、誘ってくださった先輩がお知り合いだそうで、ご一緒にお食事を。お酒を飲みながら、鳶の世界の風習をいろいろと伺わせて頂きました。なかでも、半纏の着こなしや帯の締め方など、実際に見本を示しながらご教授頂けたことは大変勉強になりました。今月も『勢獅子』で、鳶が大勢出てまいりますが、実際の鳶の風俗との違いを知ると同時に、ひとつひとつのアイテムの意味合い、なぜそうなるのかが、とてもよくわかりました。
その他珍談奇談武勇伝、面白いお話ばかりで、ずっと笑い通しの楽しい一席でございました。

…さて、公演のほうは5日目を終え、昼夜通して安定してきたように思えます。あいかわらず疲れはぬけませんが、だんだんと身体が慣れてくると思います。とにもかくにも、明日からはお芝居のお話をいたしたいと思います。

いまだ発展途上…

2006年12月03日 | 芝居
自分のお役、師匠の用事、ともに緊張が和らぎ、少しは冷静に勤められるようになってきましたが、まだまだ未熟な点ばかり。反省しきりの二日目でした。
『出刃打ちお玉』での師匠の拵えがえ、ごくわずかな時間で、手早く着付けをできるよう、衣裳そのものにも工夫がございますが、やはり、着付け作業を担当する弟子の立場の者の手際が早さを左右いたします。今回は私が勉強させて頂いておりますが、初めて携わる演目ですし、テンポの早い新歌舞伎でもあり、今現在は、失敗をしないようにするのが精一杯。これからはより早く、そして綺麗に仕上げることができるよう、衣裳さんはじめ廻りの方々に教わりながら、その日その日のベストを出せるようにしてゆきたいです。
舞台裏を駆け回っているうちに終わってしまう1時間余。最後の拵えが済んだあとはグッタリ、そしてホッと一息です。もう少し落ち着きましたら、芝居のあれこれをお伝えできると思います。今しばらくはご容赦のほど……。

今年最後の芝居はじまる

2006年12月02日 | 芝居
本日<十二月大歌舞伎>初日。無事に勤め上げ、ただ今帰ってまいりました。
『嫗山姥』『将門』の立廻り、そしてトンボも、まずは大過なく、というところ。しかし全体的にはまだまだ改めるべきところが多く、立師の方、先輩方からのダメ出しを、明日はしっかりクリアできるよう頑張ります。
『出刃打ちお玉』での師匠の拵えがえは、舞台稽古の時よりも、はるかにスムースにできましたが、まだバタバタしてしまうところもありました。数をこなして手慣れないといけませんね。とにかく時短、時短、時短! どこを省けるか、今後も工夫してまいります。
それにしても本日の『出刃打ち~』の、お客様の反応のよさには、出演者一同驚いておりました。大いに笑ってくださり、拍手を頂き、稽古場では予想もしなかった沸き方でした。12年ぶりの演目が、再びお客様に受け入れて頂けたのだと思いますと、つくづく有難いことでございます。
いずれの演目も、日を追ってさらに練り上げられてゆくと思います。華やかで、肩の凝らない、親しみやすい演目が揃った師走興行、どうぞ皆様歌舞伎座に足をお運び下さいますようお願い申し上げます。;

暮古月稽古場便り4・楽屋舞台を駆けずり回り…の巻

2006年12月01日 | 芝居
本日『将門』『出刃打ちお玉』『嫗山姥』の<初日通り舞台稽古>。
5ヶ月ぶりのトンボを返りますので、身体がなまっていないか、勘がにぶっていないか心配でしたが、まず最初の『将門』での、<馬簾付き四天>を着てのトンボは無事返ることができ、大いに安心いたしました。この衣裳を着てトンボを返るのは実に5年ぶりで、その間体重も6、7キロ増えておりますから…。無様な姿は見せたくないですし、それよりなにより、今日の舞台で、ひと月無事に勤め上げられる状態のトンボを見せなければ、まわりの方々へご迷惑をかけてしまいます。そういう意味でも、とりあえずは安全に立ち回りを勤めることができたことで、精神的にもだいぶ楽になったのです。

最初の出番を終えてゆっくりする間もなく、続く師匠の出番『出刃打ちお玉』。昨日までに決めた段取りで動いてはみるものの、実際拵え変えには何分とれるのか? <拵え場>はどれくらいの広さをとれるか? 誰が何を持ち何をすれば一番よいのか? その場にならないとわからないことが盛りだくさんで、対応に大わらわでした。場数の多い舞台ですから、大道具さんには大道具さんの転換の段取りがあり、照明さんには照明さんの手順があり、小道具さんには小道具さんのなさり方があります。そして音羽屋(菊五郎)さんはじめ多くの役者さんとそのお弟子さんのそれぞれの用事もある。まわりの皆さんのお邪魔にならず、しかし滞りなく師匠の用事を勤めること。久しぶりのお芝居ということもあり、劇場全体でバタバタした全二幕でした。
肝心の<早ごしらえ>には、まだ若干の工夫が必要です。もう少し、それこそ30秒でも稼ぎたい! 稽古終了後も衣裳さんと改めての打ち合わせをおこない、また一門の中でも、役割分担を再確認いたしました。

バタバタはいたしましたが、大きな支障もなく『出刃打ち~』が済み、師匠をお見送りしましてからが、今月一番の大立廻りとなる『嫗山姥』。<花四天>メンバーが、それぞれ師匠の用事をしていたりする関係で、開幕前の居所合わせなどはできませんでしたが、出番前に、無人のロビーで一回手順を合わせ、すぐに舞台でぶっ続け…。これまで何度も稽古をしたおかげでしょうか、無論改善点はいくつも見つかりましたが、混乱渋滞停止もなく済みました。ひとえに先輩方のリードのおかげでございますが、あらためて、まわりに<合わせる>ことの大切さを感じました。計14人という大所帯が、ひとつのかたちを作り、まとまった流れで動いてゆく。そのために、ひとりひとりが何をすればよいのか、どう気を遣えばよいのか。今回のような大規模な立廻りに、そうそうは出ない私ですから、いたって未熟であることは百も承知で申し上げますが、本当に、先輩方の細やかな気の配り方、全体を見る目の確かさには頭が下がりました。少しでもその心遣いを盗めるように頑張ります。

本日全ての仕事が終わったのが午後9時。さあ12時間とちょっと後には、ふたたび楽屋でストレッチをしているはず。まずは初日を無事に開けられるよう、心と身体の調子を整え、元気に楽しく前向きに、そして真摯に、ふたつの立ち回りとひとつの後見、計5回の拵え替えを勤めたいと思います!