梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

梅之名古屋日記・9

2008年04月11日 | 芝居
こうもりが 出てきた浜の夕涼み 
川風さっと 吹く牡丹
荒い仕掛けの色男
いなさぬいなさぬ いつまでも 
浪花の水に写す姿絵


『与話情浮名横櫛』「見染め」の場で、与三郎の花道の出で使われる下座唄です。
この唄がうまれたきっかけにはひとつのエピソードがございます。文化12年、7代目の市川團十郎が大阪に上って芝居に出ましたおりに、大阪ッ子は熱狂的な歓迎ぶりだったそうです。ある日この團十郎が船を借り切っての盛大な夕涼みをしたことが評判になってできた小唄が、実は冒頭の唄なのです。

蝙蝠は、市川家の替紋に使われていました。「きたはま」は<北浜>という地名と<出て来た>がかかっていますから、「蝙蝠が出てきた浜の夕涼み」は、7代目が夕涼みにやってきたことを指しているわけです。
「牡丹」も市川家にとってゆかりの紋、紋様。「荒い仕掛け」は家に伝わる荒事芸のことだそうです。
…随市川の総本山、天下の成田屋を帰したくない、いつまでも浪花の地にとどまって欲しい、そんな意味でございます。

『与話情~』の初演の与三郎は8代目の團十郎ですから、この唄と芝居の直接的なつながりはございません。いつからこの唄が下座として取り入れられたか、「見染め」の場に使われるようになったかもはっきりとはしておりませんが、海と川とは違えど、<水辺の色男>をうたった内容は、場面にはぴったりなのかもしれませんね。