梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

死にゆく主君を前に

2007年02月08日 | 芝居
「四段目」は<切腹場>ともよばれるくらい、塩冶判官の“死の儀式”を粛々と見せる幕でございます。
下座もほとんど使わず、派手な動きもございません。主眼は判官の“無念”、そして臣下の者たちの“忠節”。形にはあらわせない思いが、ひと幕を支配していると申しても過言ではございませんでしょう。

<諸士>と表現される塩冶家の面々は、幹部俳優さんが8名で(評定に居残る方々です)、20余名は名題下から出ておりますが、主君の死を前にしての、沈痛の思いを表現するために、開幕早々、実際の出番のだいぶ前から、拵えをして舞台裏に控えているということは、数多くの解説書でも触れられておりますね。
切腹の前に、襖の裏から、「郷右衛門どの、郷右衛門どの、殿御存生のうち、ご尊顔を拝したき一家中の願い、この儀お取り次ぎ、お取り次ぎ」と呼びかけるのも、諸士役のうちのひとりが勤めます(最後の「お取り次ぎ」は諸士全員)。
郷右衛門から、判官の「由良之助が来るまでは無用」との言葉を聞いて、思わず嗚咽してしまう声が、ご覧になるお客さまには聞こえていると思いますが、襖1枚隔てた、全く見えないところでも、全員が泣く演技をしている(もちろん声だけ出しているのではないのです)。これなればこそ醸し出される「四段目」の雰囲気なのでしょう。
作法にならい、畳を2枚敷き、白布で覆い、四隅に樒(しきみ)を立て、切腹の場を作るのは諸士の仕事。ここで初めて数名が姿見せるわけですが、あとは判官が腹を切って、由良之助が駆けつけてくるまで出られません。しかも出ると言っても、正面の襖の前に1列で座れるだけの人数のみで、あとの者は下手の襖の陰でときには書き割りの裏側で平伏することになります。つまりやっぱりお客様には見えないわけですが、やはりこれも、見えないけれども<いる>ことで、はじめてこの芝居らしい空気が作られるのですね。

先ほどふれました切腹の場の用意からはじまり、平伏している間に何度かあるお辞儀の仕方、判官の亡骸を駕篭(あんぽつ、とよばれる、総塗りの大振りな駕篭)に納めるまでの段取り、そして退場まで、なかなか細かいところに決まり事がありますようで、舞台稽古では何度か手順合わせをしてから稽古を開始しておりました。公演が始まった今でも、より流れがスムースになるよう、先輩方がご指示をしていらっしゃいます。これも集団演技なんでよすね。

かくいう私は、師匠勤める石堂右馬之丞の後見ですから、諸士の皆様のお仕事ぶりは脇からチラと見えるだけで、なんとも無責任なものですが、皆さんの張りつめた気持ちはとても伝わってまいります。私も、決して気が抜けているわけではありませんから念のため!